2020 Volume 84 Issue 11 Pages 352-359
There is a possibility that the cinnabar (HgS) pigment used in the Takamatsuzuka tumulus was dug from the old Yamato mine. To search for a key to the solution, the microstructures of a cinnabar ore produced in the old Yamato mercury mine has been investigated. The specimen was taken from an old stockpile at the mine. An X-ray diffractometer, a scanning electron microscope, a transmission electron microscope, and an energy dispersive X-ray spectrometer were used to clarify the microstructures. The ore contains HgS as the main mineral, and αSiO2, cristobalite (SiO2), augite, kaolinite, albite and other minerals were detected. HgS crystals are buried in the vacant space (fissure) of the ore, and the crystals are distributed similarly to a chain of islands. The size of an αSiO2 hexagonal column found in the ore is 5-10 µm. HgS contains Si, Al, and Fe as impurity.
高松塚古墳は7-8世紀の古墳時代終末期に築かれた古墳とみられている.内部の壁画には辰砂1),群青2),緑青3),砂鉄4),金箔5)などの絵具が使われており,これらの微細構造の大要については既に報告した.壁画に使われている絵具材料の主なものは明らかになったが,材料の産地は不明である.これらのうち,硫化水銀(HgS)である辰砂は古くからから丹(たん)あるいは丹(に)と呼ばれ,良く知られているように,出雲風土記,万葉集などに記述がある.出雲風土記では丹生(にう)の郷と書かれているが,場所は不明である.出雲と場所は異なるが,高松塚に近い大和および伊勢国では古くから辰砂が産出したと伝えられている.万葉集(巻7-1376)では大和(奈良県)の宇陀と書かれており,現在の宇陀市である.このほか,大和の吉野川上流,伊勢国では飯高郡丹生郷(現在の三重県多気町丹生)などにも辰砂の産地があったと伝えられている.我が国の丹生および丹の名がつく地名,辰砂産地などの歴史的展望は「日本水銀鉱山の史的考察」として矢嶋6)によってまとめられている.
奈良県の旧宇陀郡および磯城郡では田畑に鉱石が露頭していたため,明治末から小規模の採鉱がなされ,昭和の初め(1930年前後)に旧宇陀村を中心に(株)大和水銀鉱山(1974年に廃鉱)により本格的な採掘が始まり,当時,月あたり500 kg前後の水銀が得られた.また,採鉱の際,時代が不明な古い採掘跡があったという7,8).したがって,高松塚古墳に近い宇陀地方,丹生郷などの辰砂が高松塚古墳の壁画に使用された可能性がある.これを実証するのは非常に難しいが,両者に共通する物質的な因子の有無について研究を進めている.
本研究の目的は,その手始めとして,奈良時代の採掘遺跡があったと伝えられている旧大和水銀鉱山産の鉱石の成分および微細構造を明らかにすることで,主に電子顕微鏡で分析した結果を述べる.
用いた試料は旧大和水銀鉱山の鉱石として保存されていたものである.試料の一部をFig. 1に示す.試料の赤い領域がHgSを含むと考えられ,このほか黄土色などの鉱物が観察される.昭和5年(1930年)の辰砂鉱石のHg含有量の分析値では1.2-14.7%となっているが7),実際に精錬された鉱石のHg含有量は平均で0.5-1.5%と言われる8).したがって,用いた試料は外観から判断してHg含有量の高いものである.試料を機械研磨すると柔らかいHgSが流されて鉱石の凹部に埋め込まれる現象が観察されたので,観察および分析には,鉱石そのままの表面と破面を用いた.鉱石表面は分析前に洗剤を用いて軽くブラッシングし,さらに超音波洗浄した.
Cinnabar ore specimen from old Yamato mercury mine.
観察および分析にはX線回折,走査電子顕微鏡(SEM),透過電子顕微鏡(TEM),電子回折,エネルギー分散X線分光(EDX)を用いた.X線回折およびTEM試料には試料を粉末にして用いた.SEM観察では,試料が絶縁体に近いので,チャージアップを防ぐため,30-50 Paの雰囲気で行った.TEM試料で粉末を用いたのは,X線回折で得られなかった微量な鉱物の情報を得るためである.
粉末試料のX線回折像をFig. 2に示す.六方晶HgSのピークは明瞭である.また,αSiO2のピークはHgSより低いが明らかに存在し,HgSとαSiO2が主成分である.このほかにも矢印で示すような低いピークが複数あるが,鉱物の同定はできなかった.旧大和水銀鉱山の地質調査8)によれば,奈良地方を含む西南日本内帯の花崗岩を母岩とする中に辰砂鉱脈がある.辰砂は岩石中の隙間あるいは割れ目である裂罅(れっか)に貫入した状態で存在し,鉱床は石英・辰砂脈からなると報告されている8).したがって,X線回折で得られたように,HgSとαSiO2が主成分であるのは,上記の報告と一致する.ただし,鉱山の場所によって母岩である花崗岩が変質して鉱物の組成や性質が異なるといわれる.花崗岩は石英,長石類,黒雲母などの鉱物からなり,風化あるいは高温・高圧の影響を受けると一部は他のケイ酸塩に変化する.上記の特定できなかったピークは,これらのいずれかに由来するケイ酸塩とみられる.
X-ray diffraction pattern of cinnabar ore specimen. Arrows indicate unknown peaks.
試料表面の代表的な走査電子顕微鏡(SEM)による反射電子像をFig. 3に示す.試料表面に凹凸があるため,観察に適したできるだけ平坦な場所を選んで分析した.非常に明るい領域と暗い領域が存在する.明暗領域の割合は試料の観察場所で異なるが,Fig. 3は平均的な組織である.反射電子像であるから,明るい領域に原子番号の大きい元素が存在する.Fig. 3に示した領域の主な元素分布像をFig. 4に示す.Fig. 3の明るい領域にはHgおよびSが多く存在し,辰砂の成分であるHgSの領域である.HgSの領域以外ではSi,AlおよびOが存在する領域が広く観察されるが,SiとOに富む領域およびAl,Si,Oに富む領域に分かれている.また,Fig. 3の右下領域ではFeに富む領域がある.
Scanning electron micrograph of surface of cinnabar ore. Letters and squares indicate analyzed points.
Elemental maps of the area shown in Fig. 3.
上記の領域においてFig. 3のA,B,Cで示した領域の成分をEDXにより分析した.Fig. 5(A)はFig. 3の領域Aで示した明るい領域のEDXスペクトルで,主成分のHgおよびSのほかにSi,Al,K,Caおよび痕跡量のNa,MgおよびFeが検出された.EDXで得られた分析値から求めたHg/S原子比は0.96である.上記の検出元素のほか,Oも検出されているので,検出されたSiなどの大半は測定領域に混在するアルミノケイ酸塩微粒子あるいは周囲のアルミノケイ酸塩からの信号とみられる.
Energy dispersive X-ray spectroscopy pattern of areas A, B, and C in Fig. 3.
次に,Fig. 3の領域BのEDXスペクトルをFig. 5(B)に示す.主成分はSi,AlおよびOで,KおよびCaなどが少量含まれている.検出された成分から単純に考えるとカリ長石(potash feldspar:理想化学組成KAlSi3O8)系であるが,Siの含有量が多く,化学組成は大略K2Al4Si21O60である.これに似た組成の既知の化合物を探すと,Al5.57Si43.82O96・(H2O)1.5が報告されているが9),この化合物にはKが含まれず,Al/Si原子比は前者が約1/5,後者が約1/7である.したがって,カリ長石に近いアルミノケイ酸塩とみられる.Fig. 5(C)はFig. 3の領域CのEDXスペクトルである.ここでは,Ca,Mg,Feが多く,普通輝石{augite:一般化学組成(Ca,Na)(Mg,Fe,Al,Ti)(Si,Al)2O6}とみなされる.
試料の表面ではFig. 1で示したように黄土色の領域があり,この領域の代表的なSEM(反射電子)像をFig. 6に示す.像の上部の比較的明るい領域が黄土色の領域で,下部は暗い領域になっている.上部の明るい領域では,領域Aとこれより若干明るい領域Bが観察され,これらの領域の組成を分析した.Fig. 7(A)は領域AのEDXスペクトルで,詳しい組成をTable 1のAで示す.領域AではCa濃度が最も高く,Fe,Mg,Si,Alの順に濃度が低くなる.痕跡量のNa,Mg,Mnも検出された.検出された元素と組成から,領域Aは上述の普通輝石系化合物である.
Scanning electron micrograph of the yellowish area of the specimen shown in Fig. 1. Letters and squares indicate analyzed points.
Energy dispersive X-ray spectroscopy patterns of areas A, B, and C in Fig. 6.
Composition of areas A-C shown in Fig. 8 (mol%).
領域BのEDXスペクトルはFig. 7(B)のごとくで,領域Aに比較して相対的にCaが少なくFeが多い.そのほかの成分の濃度はTable 1のBで示すように領域Aと同様である.反射電子像で領域Aより領域Bが明るいのは,領域BのFe濃度が高いためである.また,微量元素として両者ともMnを含んでいるので,領域Aと領域Bは組成の異なる普通輝石である.上述のように黄土色を示すのは,3価のFeが存在するためである.
これに対して,Fig. 6の領域CのEDXスペクトルはFig. 7(C)のようにFe,Ca,Mgは低濃度でSiとAl濃度が高く,Table 1のCで示すようにAl:Si原子比が1:1に近いアルミノケイ酸塩である.これに類似する化合物としては,カオリナイト{kaolinite:理想化学組成Al2Si2O5(OH)4},灰長石{anorthite:理想化学組成CaAl2Si2O8},霞石{nepheline:理想化学組成KNa3Al4Si4O16},白雲母{muscovite:理想化学組成KAl3Si3O10(OH)2}がある.AlおよびSi以外のアルカリおよびアルカリ土類金属元素の濃度が低いので,灰長石,霞石および白雲母の可能性は低い.また,Si以外の元素をAlに含め,Al,SiおよびO原子数比を考慮すると,化学組成はおおよそAl2Si2O9となり,カオリナイトに近い組成で,他の微量元素は固溶元素とみなされる.一方,雲母類は層状化合物であり,薄片状組織が観察されることが多いが,このような像は観察されなかった.
次に,内部の構造を探るため,試料を割って破面を観察した.破面の代表的なSEM像をFig. 8(a)に示す.明るい領域がHgS,暗い領域はケイ酸塩などで,HgSの周囲には,暗く見える微細な結晶が存在する.中央部のHgS破面は平坦な面と多くのステップからなり,劈開によるものである.Fig. 8の領域Aで示したHgS領域のEDXスペクトルをFig. 8(b)に示す.HgおよびSの高いピークのほか,Si,Al,およびFeが検出され,Feは痕跡量である.分析領域に異物は観察されないので,これらの元素はHgSに含まれていると考えられる.Hg/S原子比は0.94で,Fig. 3領域Aで述べた値と同様にHg不足であり,上記の不純物はHgに置換して存在しているものと推定される.Fig. 8の領域における元素分布像をFig. 9に示す.中央の明るい領域はHgとSよりなるが,HgS以外の領域はSi,Al,O,およびFeなどからなる.SiとOはHgS以外の微細な結晶が存在する領域に広く分布しているが,AlはSiが分布している一部だけに存在する.SiとOの存在する領域はX線回折で検出されたαSiO2が主に存在し,Si,AlおよびOが存在する領域はアルミノケイ酸塩と考えられる.FeはSiとAlが存在する領域に点在しており,上述の輝石類と推定される.
(a) Scanning electron micrograph of fractured surface of cinnabar ore and (b) EDX pattern of area A in (a). Letters and squares indicate analyzed points.
Elemental maps of the area shown in Fig. 8.
辰砂(HgS)以外のSiの存在する領域{Fig. 8(a)の矩形領域B}の拡大像をFig. 10に示す.Fig. 10(a)は反射電子像で,コントラストが強いので明るいHgS以外の領域が明瞭でないが,Fig. 10(b)の2次電子像ではHgS以外の結晶像が明瞭に観察される.Fig. 10(a)の矩形領域のEDXスペクトルはFig. 11のようにSiとOが主成分である.この領域はFig. 10(b)で示すように結晶の自形が明瞭で,6角柱になっており,柱の径は5-10 µmである.成分と形状から推定してX線回折で検出されたαSiO2である.Fig. 10(b)の右上の矢印で示したHgSは破面から突出している.ここでは,地となっている鉱物の裂罅に侵入したHgSが劈開せずに変形して引き抜かれた状態になっている.HgSのモース硬度は約2.5といわれており,比較的軟らかい化合物であることと,裂罅への侵入形状によって劈開しにくかったためであろう.また,Fig. 10(a)にみられる微細なHgS像の一部は破面を出すために破壊したときの破片が付着したものであるが,これはFig. 10(a)およびFig. 10(b)の像を比較すると区別できる.たとえば,Fig. 10(a)の矢印は微小な裂罅に侵入した1 µm程度のHgSである.
Scanning electron micrographs of area B in Fig. 8; (a) reflection and (b) secondary electron images.
Energy dispersive X-ray spectroscopy pattern of the area indicated by the square in Fig. 10(a).
上述のように,辰砂以外の鉱物としてαSiO2,および幾つかのアルミノケイ酸塩が試料に含まれている.上記の観察では捉えられなかった鉱物を探索するため,試料を粉末にして,透過電子顕微鏡(TEM)で観察した.粉末試料のTEM像の代表例をFig. 12に示す.帯状の像は支持膜で,不定形の像が試料の微粉末である.粒子像を大別すると,暗い粒子と明るい粒子が観察される.TEM像では粉末の厚さおよび結晶方位によって明暗の差が生ずるので,明暗だけから化合物を判別することはできない.Fig. 13(a)はFig. 12の矩形領域を拡大した像である.円で示した暗い粒子領域の制限視野電子回折図形をFig. 13(a)の中に挿入した.リング状および斑点がみられ,これから求めた面間隔(有効数字は2桁)の中で0.34 nm,0.29 nm,0.21 nm,0.17 nmは六方晶HgS10)のそれぞれ{001},{102},{110}および{113}に一致する.その他はケイ酸塩などに由来するものとみられる.
Typical transmission electron micrograph of powdered specimen. The square indicates the analyzed area.
(a) Enlarged transmission electron micrograph of powdered specimen indicated by the square in Fig. 12 and (b) EDX pattern of the circle area in (a).
次に,Fig. 13(a)の円形領域のEDXスペクトルをFig. 13(b)に示す.主成分はHgとSで,これらのほかにSi,Al,Oなどが検出された.したがって,非常に暗い粒子はHgSである.HgS領域は観察中に電子線照射によって次第に明るさを増し,最終的にHgとSが検出されなくなる.これは,HgSが昇華したためである.一般に,辰砂鉱石からHgを精錬するには,空気中で加熱・酸化してHgとSO2に分離し,気体のHgを冷却塔に通して液体を得るが7,11),無酸素中では約580℃で昇華するといわれている12).真空中では,これより低い温度で昇華するものと推定される.
辰砂以外のケイ酸塩とみなされる粒子のTEM像と円で示した領域の制限視野電子回折図形をFig. 14に示す.回折図形は複数の結晶粒子からの回折図形である.得られた面間隔のうち0.37 nm,0.28 nm,0.25 nm,0.24 nmは曹長石{albite:理想化学組成NaAlSi3O8}13)のそれぞれ{012},{112},{113}および{131}の面間隔に一致する.Fig. 15はアルミノケイ酸塩粒子の結晶格子像(a)とその一部をフーリエ変換によって再生した格子像(b)で,測定した面間隔は0.38 nmおよび0.31 nmで,曹長石の{101}および{002}に一致する.
Transmission electron micrograph of the silicate area and the electron diffraction pattern of the circle area.
(a) Lattice image of albite and (b) Fourie transformed image.
また,Fig. 16(a)は図中に挿入した粒子のTEM像の円で示す領域のEDXスペクトルであり,Alを0.6 mol%含むSiO2組成の粒子である.Fig. 16(b)はこの領域の制限視野電子回折図形である.これを解析した結果,αSiO2ではなく,高温型のクリストバライト(cristobalite)14,15)であった.クリストバライトはAlなどを少量含み,1470-1730℃で安定に存在し,これ以下の温度でも準安定で火成岩に含まれる16).実験的には,約1600℃からSiO2組成の試料を空冷するとクリストバライトが得られる14).したがって,溶岩が冷却されたときに生成したものとみられる.Fig. 17は上記とは異なる粒子のTEM像と電子回折図形である.円領域のEDXスペクトルはFig. 15と同様にSiと極少量のAlからなる.電子回折図形の斑点は少ないが,これらから求めた面間隔は0.34 nm,0.26 nm,0.21 nm 0.13 nmであり,これらはSiO2組成であるコーサイト(coesite)17)のそれぞれ{130},{132},{331},{370}の面間隔に相当する.コーサイトは高温・高圧下で生ずる特異な二酸化ケイ素であり,今後精査が必要である.
(a) Energy dispersive X-ray spectroscopy pattern of the grain superimposed on the figure, and (b) electron diffraction pattern of the circle area in (a).
Transmission electron micrograph of the silicon oxide grain and the electron diffraction pattern of the circle area.
以上のように,主成分のHgSのほかに,ケイ酸塩を構成するSi,Al,Fe,Mg,K,Ca,Na,Mnが検出されたが,これら以外に含まれる元素を探した.その結果,CrとTiを含む酸化物粒子が観察された.Fig. 18はその一例で,TEM像とFe,Cr,Ti,SiおよびAlの分布像を示す.矢印Aで示す粒子はFeとCrに富むFe-Cr-O系である.一方,矢印Bで示す粒子にはFeとTiが多く含まれるFe-Ti-O系である.また,矢印Cで示す粒子はAlに富む酸化物である.このように,鉱石中には種々の元素を含む酸化物が混在する.
Transmission electron micrograph (TEM) of powdered specimen and elemental maps of Fe, Cr, Ti, Si, and Al.
高松塚古墳に近い奈良地方の旧大和水銀鉱山産の水銀(辰砂)鉱石について,鉱石に含まれる鉱物の成分,元素分布,結晶構造などの微細構造を分析した.HgSにはSi,Alなどの不純物が少量含まれている.ケイ酸塩鉱物としては,αSiO2,クリストバライト型SiO2,曹長石,普通輝石,などが検出された.このほか,Cr,Tiなどを含む酸化物も認められた.今後,高松塚古墳に使われた辰砂顔料の不純物などを詳しく調べて比較研究する計画である.
本研究を進めるにあたり,走査電子顕微鏡観察でご協力戴いた(株)日立ハイテクの坂上万里氏,塩野正道氏,谷友樹氏,吉原真衣氏に深謝する.