Journal of the Japan Institute of Metals and Materials
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Work Softening Phenomena in Al-Fe Alloys: the Impurity-Scavenging Effect of the θ-Al13Fe4 Phase
Toshihiro HaraDaisuke EgusaMami MiharaHiroki TanakaIkuo OhnumaEiji Abe
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2020 Volume 84 Issue 12 Pages 406-412

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Abstract

We have investigated the work softening (WS) phenomena during a cold-roll process of an Al-Fe alloy, based on hardness measurements, electron microscopy observations, and thermodynamic calculations. The WS behavior was confirmed in the Al-Fe alloy when the rolling rate was larger than 80%, which contained fine grains with severe deformation. In contrast, the behavior and microstructural features were hardly observed in the A1050 alloy. Composition analyses showed that almost all Fe in the present Al-Fe alloy form the θ-Al13Fe4 phase, in which a trace impurity element, Si, is found to be significantly segregated. This Si partitioning behavior is confirmed by the thermodynamic calculations and consequently leads to a higher purification of the relevant Al matrix as being almost close to the 4N (99.99 mol%) level, known as a “scavenging effect” of the impurities. It can be concluded that the highly purified aluminum matrix provides an intrinsic origin of the WS of the present Al-Fe alloy. Significant reductions of the impurities may lead to an extended mean-free path of dislocation motions and related grain boundary effects, which promote the occurrence of dynamic recovery and/or recrystallizations at severe deformation ranges even during the cold-roll process.

1. 緒言

近年,エネルギー利用の効率化に対する社会的要請は高まっており,アルミニウム合金を始めとする軽金属材料活用への取り組みが世界的に行われている.工業用純アルミニウム合金(1000系合金)は成形性,耐食性,電気・熱伝導性などに優れており,実用合金として広く用いられている.1000系アルミニウム合金は非熱処理型であり,一般に加工硬化・固溶強化に基づいて材料設計されるため,その強度は冷間加工により増大し,焼鈍によって低下する.しかしながら,高純度アルミニウム1-3)や一部のアルミニウム合金4-6)においては,加工により強度が低下する加工軟化現象が発現することが知られている.こうした軟化現象は相当塑性ひずみが2.66(圧延率90%に相当)を超えるような強加工条件においてしばしば確認されており,定性的には変形組織の動的回復に由来する現象として理解されている1,6-8).また,アルミニウムの工業的製造において不可避な不純物元素であるFeおよびSiが軟化挙動に影響することが示唆されている9-11)

加工軟化現象は,強加工プロセス中に焼鈍処理を必要としない自発的な軟化を促すことから,工業用箔材料などのより効率的な製造プロセス設計への応用が期待される12).しかしながら,溶質元素の影響を含めた加工軟化現象の詳細なメカニズムについては未だ十分に明らかとなっていない.本研究では,加工軟化現象におよぼす微量溶質元素の影響を明らかにすることを目的とし,Fe含有量の異なる2種類のAl合金について,冷間圧延に伴う機械的特性および材料組織の変化を調査した.

2. 実験方法

Al-0.15 mol% Fe-0.06 mol% Si合金(以後A1050材)およびAl-0.69 mol% Fe-0.04 mol% Si合金(以後Al-Fe材)を試料として用いた.面削,均質化後に熱間圧延によりA1050材は厚さ2.6 mm,Al-Fe材は厚さ2.0 mmの板材とした.それぞれの板材に330℃,2hの中間焼鈍を施した後,圧延率40-95%として冷間圧延を行った.冷間圧延の際には,潤滑剤を用いた.冷間圧延前後の板材について,硬さを測定するとともに,材料組織を調査した.硬さ測定については,マイクロビッカース試験機により荷重0.294 N(0.030 kgf)として板厚法線方向面(ND面)より測定した.材料組織調査については,ND面をクロスセクションポリッシャにより鏡面研磨した試料を走査型電子顕微鏡(SEM)観察に供するとともに,機械研磨およびArイオンミリングにより薄膜化した試料を透過型電子顕微鏡(TEM)および走査透過型電子顕微鏡(STEM)観察に供した.SEM観察では,エネルギー分散型X線分析検出器(EDS)および後方散乱電子回折(EBSD)検出器を備えたJIB-4700Fを用いて,加速電圧15 kVにて実施した.EBSD測定時のステップサイズは0.5 µmとした.TEM観察にはJEM-2010HCを利用するともに,STEM観察は高角環状暗視野(HAADF)検出器およびEDS検出器を備えたJEM-ARM200CFを利用し,それぞれ加速電圧200 kVにて実施した.

3. 実験結果

3.1 加工に伴うビッカース硬度変化

Fig. 1(a)に冷間圧延前後試料のビッカース硬度を示す.いずれにおいても,圧延率60%以下の条件では圧延率の増大に伴って硬度が増加しており,加工硬化の挙動を示した.A1050材については圧延率80%で硬度の極大を示し,それ以上の圧延率ではやや硬度が減少するものの,ほぼ43 HV程度に収束している.一方,Al-Fe材の硬度は圧延率60%で極大を示した後に,圧延率80%でやや減少した後,圧延率90%以上で顕著に減少する加工軟化挙動を示す.

Fig. 1

(a) Vickers hardness of cold rolled sheets of A1050 and Al-Fe alloys with reduction rates (R) of 0%, 40%, 60%, 80%, 85%, 90% and 95%, respectively. The applied load for Vickers tests is 0.294 N (0.030 kgf). (b) Differences of Vickers hardness between cold rolled sheets of Al-Fe alloy and A1050 alloy.

各圧延率におけるAl-Fe材とA1050材のビッカース硬度差をFig. 1(b)に示す.圧延率0-60%においては,Al-Fe材の硬度がA1050材より常に3 HV程度高い.この差は,後ほどSEM観察結果で述べるように,硬質なAl-Fe化合物13)の体積率がAl-Fe材において高いためであると考えられる.その後,圧延率80%で硬度差は減少し,90%以上では逆転する.このことは,圧延率80%を超える強加工領域において,冷間加工の効果がA1050材とAl-Fe材とで顕著に異なることを示している.

3.2 加工に伴うミクロ組織変化

Fig. 2(a)-Fig. 2(f)に冷間圧延前後のA1050材およびAl-Fe材より得た典型的なSEM-EBSD像逆極点図方位(IPF)マップを示す.図中のIPFマップ配色は,試料ND方向の結晶方位に対応している.また,隣接点との方位差が15度以上の傾角界面を黒線で示している.Fig. 2(a),Fig. 2(d)に示す圧延率0%のA1050材およびAl-Fe材は,いずれも中間焼鈍中の再結晶により形成されたランダム等軸粒組織を呈する.A1050材の圧延に伴い,圧延率60%の状態(Fig. 2(b))では数度程度の方位差を有するサブグレインが多数確認されるようになる.圧延(RD)方向と併せた複数IPFマップに基づく結晶方位解析から,これらはCu方位を主体とする典型的な圧延集合組織であることがわかった.圧延率95%(Fig. 2(c))の状態においてもサブグレインは多数残存しており,一部に黒線で示される高角度方位差を有する界面(以降HAGBと呼称)が確認された.これらは主に,Cu方位およびBrass方位から構成される圧延集合組織であった.一方,Al-Fe材の圧延に伴い,圧延率60%の状態(Fig. 2(e))でサブグレインが確認されるとともに,一部矢印で示す箇所にてHAGBが確認された.HAGBの生成頻度は,IPFマップ中に黒色で表される第二相粒子の近傍で顕著に高く,Al母相と第二相粒子の界面に起因して形成される傾向にある.この第二相粒子とHAGBの関係については考察にて述べる.結晶方位については,Cu方位,Brass方位に加えて,通常の圧延集合組織では見られないCube方位が一部確認された.Fig. 2(f)に示す圧延率95%の状態においては,HAGBがほぼ試料全面に渡って形成されており,数µm程度の粒径を有する微細粒が高密度に生成している.同じ圧延率のA1050材圧延集合組織(Fig. 2(c))とは大きく異なる組織となっていることが一目でわかる.

Fig. 2

(a)-(f) Inversed pole figure maps of A1050 alloy and Al-Fe alloy with R of 0%, 60% and 95%, taken by SEM-EBSD along the ND direction. Colors in map correspond to crystallographic orientations along the ND direction. (g), (h) TEM bright field images of A1050 alloy and Al-Fe alloy with R of 95%, respectively. An incident beam is parallel to the [110] direction of the fcc Al.

Fig. 2(g),Fig. 2(h)に圧延率95%のA1050材およびAl-Fe材より取得したTEM明視野像を示す.これらはほぼ[110]晶帯軸入射にて撮影されており,この方位を満たす結晶粒が黒いコントラストを呈している.A1050材では,結晶粒内にさらに少しずつコントラストが異なる領域が多数観察されるが,これらは結晶方位がわずかに異なるサブグレインに対応しており,強加工中の転位再配列過程による亜粒界形成に起因している.また,多くのサブグレイン内には転位コントラストも認められる.一方,圧延率95%のAl-Fe材における微細粒内においては,亜粒界の密度が低下するとともに,サブグレイン内には転位に相当するコントラストが殆ど観察されない.これら転位密度が極小化された状態は,回復14,15)や再結晶による結晶粒組織の特徴と一致しており,今回の冷間圧延プロセスにおいても回復・再結晶に類似の現象が進行したことが直接示唆される.

3.3 ミクロ組織中のFeおよびSiの分布

Fig. 3(a)-Fig. 3(d)に,冷間圧延前のA1050材,Al-Fe材から取得したSEM後方散乱電子像(BSE像)およびSEM-EDSによるFe分布マップを示す.Al-Fe材のSEM-BSE像(Fig. 3(c))には,1 µm程度の化合物が高密度に観察され,Fe分布マップ(Fig. 3(d))との対応からこれらがFeを含む化合物であることがわかる.この化合物は,A1050材においても形成されている(Fig. 3(a),Fig. 3(b)).Fig. 3(e)に示すTEM明視野像と制限視野電子回折パターンから,この化合物はθ-Al13Fe4相(以降θ相と略する)と同定された16,17).A1050材,Al-Fe材それぞれに含まれるθ相の体積率Vθを,複数のSEM-BSE像の二値化処理により見積もったところ,A1050材ではVθ = 0.49 ± 0.24%,Al-Fe材ではVθ = 2.87 ± 0.37%を得た.これらの値は,各試料に含まれるFe元素が全てθ相として晶出した場合の体積率(A1050材:Vθ = 0.56%,Al-Fe材:Vθ = 2.57%)とほぼ一致することから,試料中Fe元素のほぼ全てがθ相に含まれると言える.

Fig. 3

(a)-(d) SEM-BSE images and Fe-EDS maps of Al050 alloy and Al-Fe alloy, respectively, each of which was independently obtained from representative areas of the samples. (e) TEM bright field image and selected area diffraction pattern obtained from the Al-Fe compound in Al-Fe alloy. (f) Fe and Si compositions of the θ phase in Al-Fe alloy obtained by SEM-EDS point analyses. A black line represents a regression line of the Si/Fe ratio estimated by the least-squares method. A gray region represents a prediction interval of the regression line with one sigma. (g) HAADF-STEM image of the θ phase in Al-Fe alloy and a line profile of Si k-edge photon counts of the relevant EDS spectra taken across the Al matrix to the θ phase.

Fig. 3(f)に,SEM-EDSの点分析により測定したθ相のFeおよびSi組成を示す.各点の組成は,粒子径1 µm程度のθ相に電子ビームを照射して得たEDSスペクトルから算出している.この測定中,試料照射した電子ビームは試料表面から内部へと拡がりながら伝播するため(Fig. 3(f)中の模式図),求められた組成は微細θ相だけではなくAl母相の組成も併せて含んでおり,結果として(θ相のサイズやビーム照射状態に応じて)FeおよびSi組成値は幅を持った分布を示す.Fig. 3(f)をよく見ると,測定されたSi/Fe比は黒線で示すようにほぼ一定となる傾向があることから,θ相に含まれるSi濃度が一定値となっていると考えられる.すなわち,θ相がほぼ常に化学量論組成(Al-23.5 mol% Fe)で形成される定比化合物であるとすると,Al母相中のFeおよびSi濃度は十分に低いと仮定することで,SEM-EDSで測定されたSi組成値をθ相中に一定に含まれるFe量と直接相関付けることができる.この考え方から,θ相中のSi量を0.79 ± 0.12 mol%と見積もった.この値は既報18)でのθ相中固溶Si濃度におおよそ一致する.

θ相へのSi濃化は,HAADF-STEM法による局所EDS測定により直接確認できる.Fig. 3(g)に示すAl母相/θ相界面を挟んだEDSライン分析から,界面を境にSi-K端のEDSカウントが急峻に増加しており,θ相へのSi濃化挙動が明瞭である.このことは,相対的にAl母相から不純物Siを取り除く(固相間での)精錬効果に相当しており,第二相によるスカベンジング(scavenging)効果と呼ばれる19,20).先に求めたVθθ相中Si濃度(0.79 mol%)から,それぞれの試料中でθ相が担う総Si量を見積もり,仕込みSi組成から差し引くことでAl母相のSi濃度を見積もることができる.算出の結果,A1050材ではAl-0.055 mol% Si,Al-Fe材ではAl-0.020 mol% Siを得た.

3.4 Al-Fe-Si 3元系の熱力学計算

θ相へのSi元素の分配傾向を,熱力学データベース(Thermo-Calc TCAL6)を用いた平衡計算により検討した.Fig. 4(a)に中間焼鈍温度330℃におけるAl-Fe-Si 3元系平衡計算状態図を示す.A1050材,Al-Fe材ともに仕込組成は灰色で示す三相三角形内に含まれる.三相平衡状態では,構成相の組成は合金仕込み組成によらず,相律により一意に定まる.Fig. 4(a)より,Al母相:Al-0.0001 mol% Fe-0.0008 mol% Si,θ相:Al-23.55 mol% Fe-0.034 mol% Si,β-Al9Fe2Si2相:Al-15.20 mol% Fe-10.00 mol% Siとなる.しかしながら,今回の試料に関しては3元系化合物であるβ-Al9Fe2Si2相は殆ど観察されず,Al母相とθ相の二相組織であった.このことは,θ相が鋳造時もしくは均質化処理の高温下で形成され,その後の(比較的低温での)熱処理ではβ-Al9Fe2Si2相への変態が十分に進行しなかったためであると考えられる21).そこで準安定の二相平衡を仮定し,Fig. 4(b)に示すように各試料の仕込み組成を通るタイラインからAl母相の固溶Si濃度を見積もったところ,A1050材,Al-Fe材のAl母相組成はそれぞれAl-0.049 mol% Si,Al-0.019 mol% Siの値を得た.これらは前述の実験により求めたAl母相中Si濃度とおおよそ一致しており,Al-Fe材におけるAl母相の純度が,A1050材のそれよりも高まることが熱力学計算によっても確認された.

Fig. 4

(a) Calculated equilibrium phase diagram of an Al-Fe-Si ternary system around Al corner at 330℃. A gray triangle corresponds to a three-phase region with fcc Al, β and θ phases. Nominal compositions of A1050 alloy and Al-Fe alloy are shown by orange and blue dots, respectively. (b) Enlargement of a dilute Al corner, corresponding to the blue-rectangle region in (a). Gray lines indicate tie lines of meta-stable equilibrium between fcc Al and θ phase crossing nominal compositions of A1050 alloy and Al-Fe alloy, respectively.

4. 考察

前章での組織解析と元素分析により,Al-Fe合金における加工軟化現象の発現は,添加したFeが形成するθ-Al13Fe4相が不純物Siを引き寄せるスカベンジング効果により,Al母相が高純度化されることに起因することが強く示唆された.本章では,この仮説を検証・考察する.

4.1 高純度アルミニウムにおける加工軟化発現

Al母相の高純度化による加工軟化発現を実験的に検証するため,今回のAl-Fe合金材で見積もられたAl母相の純度に相当する99.98%純度の高純度アルミニウム(以下99.98%材)を作製し,冷間圧延に伴うビッカース硬度の変化を調べた.均質化・熱間圧延・中間焼鈍条件はすべてAl-Fe材と同一とした.Fig. 5に高純度アルミニウムにおける冷間圧延率とビッカース硬度の関係を示す.99.99%(4N材)および99.999%(5N材)の高純度アルミニウムの硬度については先行研究を参照した2).いずれの高純度アルミニウムにおいても明瞭な加工軟化現象が観察されており,圧延の進展に伴う硬度の低下が,99.98%材および4N材は圧下率90%以降で,5N材ではより小さな圧下率40%以降において確認される.ここで注目したいのは,99.98%材の硬度変化挙動がAl-Fe材のそれと非常に類似している点である.この事実は,Al-Fe合金における加工軟化現象の発現が,θ相のスカベンジング効果によるAl母相高純度化に起因していることを強く支持する.

Fig. 5

Vickers hardness of cold rolled sheets of Al-Fe alloy and pure aluminums with a purity of 99.98%, 99.99% and 99.999%, respectively, for which the latter two is referred from the paper (2).

本研究のAl-Fe合金のように,加工度の増加に伴って材料強度が低下する現象は,Ca,Ni,Coなどの合金元素においても観察されてきた7,22).これらの添加元素に共通することは,1)Alに対する固溶限が低く,2)化合物を容易に形成する,の2点である.また,これらの合金系でも組成や焼鈍条件に依存して加工軟化の程度が変化することが知られている.本研究のAl-Fe系合金と同様に,これら他元素との合金系における加工軟化現象の発現も,化合物相による不純物Siのスカベンジング効果がもたらすAl母相の高純度化に起因している可能性がある.すなわち,強加工域における加工軟化挙動は,高純度アルミニウムに本質的な現象と考えられる.

山本らは,Al-1.0 mass% Fe合金における加工軟化挙動の焼鈍温度依存性を調査し2),673 Kで観察される硬度低下が873 Kの焼鈍処理により消失することを示している.我々はAl-Fe-Si系の873 Kにおける熱力学計算を行い,Al母相へのSi固溶度がおよそ0.04 mol%まで増加(603 Kでの固溶度は0.019 mol%(Fig. 4(b)))するとともに,Feの固溶度が顕著に増大すること(603 Kで0.0001 mol%,873 Kでは0.0117 mol%)を確認した.すなわち,873 Kの焼鈍ではθ相へのSi分配が減少しそのスカベンジング効果が薄れるとともに,新たに相当量のFeがAl母相へと固溶してその純度を著しく低下してしまったため,加工軟化が発現しなくなったと考えられる.

4.2 不純物Siの除去がなぜ加工軟化を引き起こすのか?

一般にアルミニウム合金における加工軟化現象は,強加工中における動的回復・再結晶に起因するとされる.実際,加工軟化挙動を示した今回のAl-Fe合金のミクロ組織においても,これら回復・再結晶に相当する特徴が高圧延率域で実際に観察されており(Fig. 2),動的な組織再構築プロセスによって軟化挙動が引き起こされた痕跡が直接伺える.しかしながら,熱活性化を伴う回復・再結晶は,一般に1000系合金では150-300℃程度の温度域にて進行すると考えられており10),室温における今回の圧延プロセス中に動的再構築が行われたとは考え難い,とする向きもある(圧延中の発熱を考慮しても,せいぜい100℃以下に抑えられていると考えられる).一方,最近の報告では室温で強加工プロセスを施した金属材料においても加工軟化現象はしばしば観察されており23),その起源を室温変形下での動的回復現象とみなす傾向も高まっている.この時,強加工プロセス中における粒界近傍への転位堆積,欠陥高密度領域の生成や,それに伴う見かけ上の積層欠陥エネルギーの変化など,動的回復に寄与する種々のミクロ因子が挙げられている.現時点では未だ決定的なモデルはないが,室温下での強加工プロセス中におそらく何らかのメカニズムが働き,動的な回復・再結晶現象が起こっていることは確かであろう.

Al合金における転位は,パイエルスポテンシャルが十分に小さく,その運動は転位間や溶質元素との相互作用によって律速される.本稿で述べてきたような,高純度アルミニウムにおける室温変形下での動的回復メカニズムを,溶質濃度低下に伴う転位平均自由行程の増大の結果であるとして定性的解釈を試みる.ここでは,不純物Siは転位との相互作用が強く,転位の平均自由行程を律速する主因子であると仮定しよう.fccアルミニウムにおける溶質濃度CSと平均溶質原子間距離dSは,以下の式(1)にて近似できる.   

\[d_{\rm s} = \frac{\alpha }{\sqrt[3]{C_{\rm s}}}\](1)

ここでαは係数であり,CSが1の時にdSがfccアルミニウムの原子間最近接距離(0.286 nm)に相当することからα = 0.286とした.Fig. 6にそのプロットを示す.dSは溶質濃度の3乗根に反比例し,アルミニウム中のCSが減少する(純度が上がる)に従って顕著に増大する挙動を示すことがわかる.その結果,高純度アルミニウムにおいては転位の平均自由行程が飛躍的に増加し,それらの交切頻度,および粒界へ堆積や吸収の機会も顕著に増すであろう.これら転位プロセスの結果として,特に粒界近傍への歪み蓄積や,粒界における構造乱れが顕著に促進され,これらを起点として微細結晶粒が生成(Fig. 2(f),Fig. 2(h))されたと考えられる.これら新生結晶粒は,一般の再結晶粒と同様に欠陥密度が低いため,硬度や強度の低下をもたらす.

Fig. 6

Averaged solute interatomic distances in fcc Al with respect to a solute concentration of Cs, based on the eq. (1) described in the text. Dots on the curve correspond to Cs of 5N, 4N, 99.98% (Al-Fe alloy) and 99.95% (A1050 alloy), respectively. Schematic illustrations for solute-dislocation interactions are inserted.

ここで述べた動的プロセスによる微細結晶粒生成は,今回のAl-Fe合金においてはθ相の存在によって促進されている可能性が高い.すなわち,Al母相と硬質θ相の界面では転位堆積がより顕著であるため,効果的な歪み蓄積が実現されやすいと思われる.実際,Fig. 2(e)にて示したように,θ相近傍におけるHAGB微細粒の不均一生成が確認されている.また,Fig. 5のビッカース硬度変化に目を戻すと,Al-Fe材の軟化は99.98%材よりもやや低い圧延率で開始されている.これらの事実は,θ相による動的微細粒生成の促進効果を支持している.

ここで,高純度Al母相粒内における転位運動についても言及したい.合金の積層欠陥エネルギー(SFE)は,構成原子がもたらす電子状態によって決まる非局所的因子であり,その値は添加元素に依存して変化する.第一原理計算により,Al合金のSFEはSi添加によって低下することが報告されているが24),このことは,Si濃度の低下に伴う高純度化によってAl母相のSFEが増加することを意味する.すなわち,高純度Al母相の強加工プロセス中,運動転位の拡張がより抑制される状態となるため,転位が不純物Si原子に近づいた際や,転位同士の交接頻度が増した状態でも交差すべりが容易となり,(増大した)平均自由行程を損なうことなく容易に粒界へ到達することができると考えられる.これにより,上述の粒界を起源とする動的回復現象は十分に促進されるであろう.

以上のように,転位の平均自由行程増大による動的回復現象の促進効果は,転位が容易に粒界に達することが可能となったことに起因している.言い換えれば,粒内転位運動の容易化によって,相対的に粒界の影響が(見かけ上)顕著に増加していることを意味しており,この点においていわゆるナノ結晶と類似の状態になっているとも言えよう.ナノ結晶材料においては,粒内転位源の枯渇モデル25)(i.e.,粒界転位源の活性化)等々,粒界効果の顕在化による種々の興味深いアイデアが提案されている.そのいくつかの基本物理は,高純化された粗大結晶粒材料にも適用可能であると考えられる.今後,加工軟化現象の定量的理解をより深めていく予定である.

5. 結言

Fe量の異なるA1050材およびAl-Fe材に冷間圧延を施した強加工材料を対象に,ビッカース硬さ測定により加工軟化現象を評価するとともに,SEM-EBSD/EDS,TEMおよびSTEM観察により微細組織を調査し,加工軟化現象発現に関する以下の知見を得た.

(1) Al-Fe材では圧延率60%でビッカース硬さの極大を示した後,圧延率80%以上において圧延率の増加に伴って顕著に硬さが低下する加工軟化現象が明瞭に観察された.この軟化挙動は,Fe量の異なるA1050材では観察されなかった.

(2) SEM-EBSD観察から,冷間加工後のA1050材では一般的な圧延集合組織が形成されていることを確認した.一方,Al-Fe材では,大角粒界を有する微細粒により組織が構成されており,冷間加工中の動的回復・再結晶の発現が強く示唆された.

(3) SEM/STEMによる組成分析により,Al-Fe材はAl母相とθ-Al13Fe4相による二相組織を示すこと,さらには典型的な不純物元素であるSiがθ相へ顕著に偏析していることが判明した.このSiの分配挙動は計算状態図によっても確認され,θ相のスカベンジング効果によってAl-Fe合金中のAl母相の純度が99.98 mol%程度まで向上していることが分かった.高純度アルミニウムにおける加工軟化現象は以前から知られており,今回のAl-Fe材における加工軟化発現は,Al母相の高純度化によって引き起こされたと結論づけた.99.98 mol%アルミニウムが,Al-Fe合金のそれと極めて類似した加工軟化挙動を示すことを実験的に確認した.

(4) 高純度アルミニウムでは,なぜ室温においても動的回復(および再結晶)現象が強加工域で顕著に進行するのかについての考察を行った.不純物元素濃度の低下により運動転位の平均自由行程が著しく増大し,粗大粒材料においても転位が容易に粒界まで達することが可能となり,結果として粒界効果が顕在化されるためであろうと推察された.この状況は,強加工域での動的回復現象がしばしば観察されるナノ結晶材料でも議論されている.

本研究の一部は,文部科学省委託事業ナノテクノロジープラットフォームに参画する東京大学微細構造解析プラットフォームの支援を受けて実施された.また本研究の遂行に際しては下記研究助成金の支援を受けた:JSPS科研費 新学術領域研究「ミルフィーユ構造の材料科学」JP18H05475・JP18H05479,若手研究JP18K13983,公益財団法人軽金属奨学会 平成30年度研究補助金,一般財団法人アルミニウム協会 平成30年度アルミニウム研究助成事業.

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