2. 酸化-還元反応・酸-塩基反応・配位子交換反応とその熱力学的取り扱い
水溶液電気化学製膜法と関係する酸化-還元反応(電子交換反応),酸-塩基反応(プロトン交換反応),配位子交換反応に関して記述し,それらの反応と関係する電極電位(E)やpHなどの物理量の熱力学に立脚した計算法について簡単に記述する.これらの反応については優れた成書が多く発刊されているので,参考されたい20).
2.1 酸化-還元反応:電子交換反応
酸化-還元反応は,下記に示すような,水溶液中に存在する金属イオンが電子を受け取り金属に還元される反応などであり,下式ではn個の電子により金属Mの価数がn+から0に還元されている.
| \[{\rm M}^{n+} + ne^- \rightleftarrows {\rm M}^0\] |
この酸化-還元反応の電極電位(
E)は,
| \[E = E^0 - (RT)/(nF) \cdot \log_e(1/a_{{\rm M}^{n+}})\] |
ここで,
E0,
R,
F,
$a_{{\rm M}^{n+}}$は標準電極電位,気体定数,ファラディ定数およびM
n+の活量である.標準電極電位は後述の標準反応ギブス自由エネルギーから求めることができる.Cu
2+/Cu
0: +0.334 V(SHE),Zn
2+/Zn
0: −0.766 V(SHE)など,単純な金属カチオンから金属への酸化-還元反応における標準電極電位は,電気化学の書籍
26)に掲載されているので参照されたい.しかし,金属錯体の形成により標準電極電位は変化するので留意が必要である.
2.2 酸-塩基反応:プロトン交換反応
プロトン(H+)の関与した反応は,下式のような水和金属イオンの加水分解反応などであり,pHと関係する.
| \[{\rm M}^{2+} + 2{\rm H}_2{\rm O} \rightleftharpoons {\rm M}({\rm OH})_2 + 2{\rm H}^+\] |
この反応の平衡定数
Kは,
| \[K = (a_{{\rm M}({\rm OH})_2} \cdot a_{{\rm H}^+}^2)/(a_{{\rm M}^{2+}} \cdot a_{{\rm H}_{2}{\rm O}}^2) = a_{{\rm H}^+}^2/a_{{\rm M}^{2+}},\ a_{{\rm M}({\rm OH})_2} = a_{{\rm H}_{2}{\rm O}} = 1\] |
となる.両辺の対数をとると,
| \[\log_{10}K = 2 \cdot \log_{10}a_{{\rm H}^+} - \log_{10}a_{{\rm M}^+}\] |
${\rm pH}= -\log_{10}[{\rm H}^+]$より,
$a_{{\rm H}^+}$を[H
+]に置き換えると
${\rm pH}=1/2 \cdot ( -\log_{10}K - \log_{10}a_{{\rm M}^+})$と表される.このpHは上記の酸-塩基反応の平衡値を,M
2+の活量の関数として与えている.また,平衡定数
Kは反応に伴う標準反応ギブス自由エネルギー変化量から求めることができる.この平衡定数
Kも,金属錯体の形成により変化するので,留意が必要である.
2.3 配位子交換反応
CdSやZn(O,OH,S)層形成用のCBD水溶液としてアルカリ性アンモニア錯体水溶液が用いられている.後述のように水溶液中の溶解化学種は,溶液のpHや錯体を形成するための配位子濃度によって異なる.
配位子受容体(Acc)が,x molの配位子(L)と反応し,配位子供与体(Don)を形成する場合の反応式および平衡定数(Kc)は以下のように記述できる.
| \[
\begin{array}{l}
{\rm Acc} + x{\rm L} \rightleftharpoons {\rm Don} \\
K_{\rm c} = a_{\rm Don}/(a_{\rm Acc} \cdot {a_{\rm L}^x}),\ \log_{10}K_{\rm c} = x\log_{10}a_{\rm L} + \log_{10}(a_{\rm Don}/{a_{\rm Acc}})
\end{array}
\] |
また,配位子交換反応とプロトン交換反応を伴う以下のような反応についての反応式および平衡定数(
K)は以下のように記述できる.
| \[
\begin{array}{l}
a{\rm A} + m{\rm H}^+ + x{\rm L} \rightleftharpoons b{\rm B} \\
K = a_{\rm B}^b / ({a_{\rm A}^a} \cdot {a_{{\rm H}^+}^m} \cdot {a_{\rm L}^x}), \\
\log_{10}K = -x \log_{10} a_{\rm L} - m\log_{10} a_{{\rm H}^+} + \log_{10} ({a_{\rm B}^b}/{a_{\rm A}^a})
\end{array}
\] |
${a_{{\rm H}^+}}$を[H
+]に置き換えると,下式が得られる.
| \[{\rm pH} = 1/m \cdot \{x\log_{10} a_{\rm L} - \log_{10} ({a_{\rm B}^b}/{a_{\rm A}^a}) - \log_{10}K\}\] |
2.4 標準反応ギブス自由エネルギーとKおよびE0との関係
酸化-還元反応における標準電極電位(E0)および酸-塩基反応における平衡定数(K)は,標準反応ギブス自由エネルギー変化と関係する.
反応:$a{\rm A} + b{\rm B} \rightleftharpoons c{\rm C} + d{\rm D}$について考える.
物質jの化学ポテンシャルをμj,標準化学ポテンシャルをμ0jとすると,ギブス自由エネルギーとの関係は以下のようになる.標準化学ポテンシャルは標準生成ギブス自由エネルギー($\varDelta_f G^0$)としてまとめられている場合も多く,The National Bureau of Standards(NBS)のデータベースやLang's Handbook of Chemistryなどの書籍から知ることができる27,28).
| \[\mu_j = \left( \frac{\partial G}{\partial {n_j}} \right)_{T,P} = {\mu^0}_j + RT\log_e a_j\] |
上記反応における標準反応ギブス自由エネルギー(
$\varDelta_r G^0$)は,標準化学ポテンシャルを用いて下式により求めることができる.
| \[\varDelta_{\rm r} G^0 = \{(c{\mu^0}_{\rm c} + d{\mu^0}_{\rm D}) - (a{\mu^0}_{\rm A} + b{\mu^0}_{\rm B}) \}\] |
また,この
ΔrG0は,酸-塩基反応における平衡定数(
K)および酸化-還元反応における標準電極電位(
E0)と以下のような関係がある.
| \[
\begin{array}{l}
\varDelta_{\rm r} G^0 = - RT \log_e K \\
\varDelta_{\rm r} G^0 = -nFE^0
\end{array}
\] |
ここで,
R,
T,
n,
Fは,気体定数,熱力学温度,酸化-還元反応における電子数,ファラディ定数である.
2.1節ならびに2.2節において,酸化-還元反応と酸-塩基反応について記述した.水溶液中で単純な金属カチオンもしくは金属錯体として存在する場合の標準電極電位をZn2+とZn(NH3)42+からのZn金属の形成について求めてみる.ここで,Zn2+,Zn(NH3)42+,NH3,Zn,Zn(OH)2,H2Oの標準化学ポテンシャル(μ0)は,それぞれ−147.06 kJ・mol−1,−301.9 kJ・mol−1,−26.5 kJ・mol−1,0 kJ・mol−1,−553.59 kJ・mol−1,−237.129 kJ・mol−1である.
| \[
\begin{array}{l}
{\rm Zn}^{2+} + 2{\rm e}^- \rightleftarrows {\rm Zn}^0 : \varDelta_{\rm r}G^0 = 147.06\,{\rm kJ} \cdot {\rm mol}^{-1}, \\
E^0 = - 0.76\,{\rm V}({\rm SHE}) \\
{\rm Zn}{({\rm NH}_3)_4}^{2+}+2{{\rm e}^-} \rightleftarrows {\rm Zn}^0 + 4{\rm NH}_3 : \varDelta_{\rm r}G^0 = 195.9\,{\rm kJ} \cdot {\rm mol}^{-1}, \\
E^0 = -0.98\,{\rm V}({\rm SHE})
\end{array}
\] |
Zn
2+がNH
3と錯体を形成することにより,約0.22 V変化する.また,
| \[
\begin{array}{l}
{\rm Zn}^{2+} + 2{\rm H}_2{\rm O} \rightleftarrows {\rm Zn}({\rm OH})_2+2{\rm H}^+ : \varDelta_{\rm r}G^0 = 67.73\,{\rm kJ} \cdot {\rm mol}^{-1}, \\
\log K = -11.8,\ {\rm pH} = 5.9\ {\rm at}\ [{\rm Zn}^{2+}] = 1\,{\rm mol}/{\rm L} \\
{\rm Zn}{({\rm NH}_3)_4}^{2+} + 2{\rm H}_2{\rm O} \rightleftarrows {\rm Zn}({\rm OH})_2 + 4{\rm NH}_3 + 2{\rm H}^+ : \\
\quad \varDelta_{\rm r}G^0 = 116.568\,{\rm kJ} \cdot {\rm mol}^{-1}, \\
\log K = 20.29,\ {\rm pH} = 10.1\ {\rm at}\ [{\rm Zn}{{({\rm NH}_3)}_4}^{2+}] = [{\rm NH}_3]
\end{array}
\] |
と平衡pHは大きく変化する.
2.5 溶解度積
溶解度積(Ksp)は,次のようなCdSの反応については,
| \[{\rm CdS}({\rm s}) \rightleftharpoons {\rm Cd}^{2+} + {\rm S}^{2-}\] |
平衡定数(
K)は,
$K = (a_{{\rm cd}^{2+}} \cdot a_{{\rm S}^{2-}})/{a_{\rm CdS}}$で表され,
$a_{\rm CdS} = 1$であるので,
$K = (a_{{\rm cd}^{2+}} \cdot a_{{\rm S}^{2-}})$となる.活量を各成分の濃度で表した[Cd
2+],[S
2−]の積が溶解度積(
Ksp)と定義される.化合物などの溶解度積(
Ksp)の値は文献などを参照していただきたい
29).溶解度曲線の計算と描画については,後述する3.4節を参照されたい.
以下に,2.1-2.5節までに記述した各反応とその熱力学的取り扱いを活用した,電気化学製膜プロセスの理解ならびに設計例を記述する.
3. 電気化学反応プロセス設計への熱力学の活用と実証
3.1 水溶液電気化学反応による化合物太陽電池光電変換層用前駆体の形成
水溶液電気化学反応による化合物層前駆体の形成については,CuInSe214),Cu2ZnSnS415),CdTe16),Bi2Te317)など多くの研究が行われており,制御した雰囲気中でこの前駆体を加熱することによって化合層を形成し,太陽電池や熱電半導体素子に活用されている.化合物層形成のアプローチは2種類に大別され,電気化学的に形成した構成金属層の積層体を加熱処理する方法と構成金属成分を同時に電気化学的に析出させて形成した合金層を加熱する方法である.
武井らは,2004年にMo/ソーダライムガラス基板上に,硫酸銅水溶液からCu層,メタンスルホン酸水溶液からIn層を順次電気めっき法により析出堆積させた後に,H2S雰囲気中で加熱することによりCuInSe2層を形成し,変換効率9.4%のCIS太陽電池を作製した30).また,2012年には,IBMのAhmedらが,電気めっき法によりCu/Zn/Sn積層体を形成したのち,S雰囲気中で加熱することにより,変換効率7.4%のCu2ZnSnS4太陽電池を作製した15).このように,積層体を形成するのは,すでに単金属の電気めっき技術が工業的に確立されており,適用が容易であることが背景にあるが,これらの元素の標準電極電位の差が大きく,Cu-In合金やCu-Zn-Sn合金を形成することが難しいことも要因である.Fig. 1に,Cu,In,Se,Cu2Se,In2Se3の下式の反応に関する標準電極電位(SHE)を示す.
| \[
\begin{array}{l}
{\rm Cu}^{2+} + 2{\rm e}^- \rightleftarrows {\rm Cu} : E = 0.337 + 0.0295 \cdot \log[{\rm Cu}^{2+}] \\
{\rm In}^{3+} + 3{\rm e} \rightleftarrows {\rm In} : E = -0.342 + 0.0197 \cdot \log[{\rm In}^{3+}] \\
{{\rm SeO}_3}^{2-} + 6{\rm H}^+ + 4{\rm e} \rightleftarrows {\rm Se}+3{\rm H}_2{\rm O} : \\
\quad E = 0.875-0.0886{\rm pH}-0.0148 \cdot \log[{{\rm SeO}_3}^{2-}]
\end{array}
\] |
それぞれ1 mol/Lを考えると,Cu
2+/Cu: 0.337 V,In
3+/In: −0.342 V,SeO
32−/Se: 0.875 − 0.0886 pHとなり,In
3+/InとCu
2+/Cu
0の電極電位の差は0.67 V程度と大きい.−0.342 Vよりも貴な電位ではCu金属のみが析出し,−0.342 Vよりも卑な電位においてCu-In合金が析出できるが,電位によって組成は大きく変化する.一定組成のCu-In合金層を得るためには,限界電流密度領域の電位で成膜することになるが,水素発生による電流効率の低下をもたらす.Lincotらは,下式のように,水溶液中にSe元素を共存させた場合,
| \[
\begin{array}{l}
2{\rm In}^{3+} + 3{\rm Se} + 6{\rm e} \rightleftarrows {\rm In}_2{\rm Se}_3 : E^0 = 0.33\,{\rm V} \\
2{\rm Cu}^{2+} + {\rm Se} + 4{\rm e} \rightleftarrows {\rm Cu}_2{\rm Se} : E^0 = 0.6\,{\rm V}
\end{array}
\] |
と電位差が小さくなり,電気化学的析出が可能であることを示した.Lincotらは,Cu,In,Seを含有する水溶液から電気化学的にCu-In-Se前駆体を形成し,CuInSe
2太陽電池を形成した
31).また,Aksuらは,配位子を添加しCu,In,Ga錯体を形成した水溶液からIn-SeならびにGa-Se化合物層を電気化学的に析出させCu層を含んだ積層体を形成した後,加熱することによりCu(In,Ga)Se
2層を形成した
32).また,邑瀬らは,アンモニアアルカリ性水溶液からCdTe層を電気化学的に形成した
16).これらの配位子を含有した金属錯体水溶液の取り扱いについては以降の節で記述するので,ここでは割愛する.
3.2 水溶液電気化学反応による酸化物層の直接形成
Fig. 2に,Zn-水系電位-pH図ならびにZnOの溶解度曲線を示した.電位-pH図は,縦軸に酸化-還元反応と関係する電位,横軸に酸-塩基反応と関係するpHをとり,興味のある元素(Fig. 2ではZn)のイオン種や化学種の安定領域を2次元的に示した図であり,これを草案したUniversity of BrusselのMarcel PourbaixにちなんでPourbaix-diagram33)とも呼ばれており,腐食や電気化学プロセス設計と理解に活用されている.錯体や化合物を含む電位-pH図の描画法と応用に関しては,増子21),粟倉22),邑瀬23,24)らを初め優れた解説・総説があるので,参照されたい34).
Fig. 2中の2本の波線は,それぞれ下記のH2ならびにO2の発生反応を表しており,その標準電位は下記のように表され,その電位差は1.228 Vである.
-
①
${\rm H}^{+} + 2{\rm e}^{-} \leftrightarrows 1/2{\rm H}_2 : E^0 = 0.000-0.0591{\rm pH}$
-
②
$2{\rm H}_2{\rm O} \leftrightarrows {\rm O}_2 + 4{\rm H}^+ + 4{\rm e}^{-} : E^0 = 1.228-0.0591{\rm pH}$
Zn-水系電位-pH図には,化学種としてZn
2+(aq),ZnO(s),Zn(s),ZnO
22−(aq)が記入されており,それらの反応と電極電位,pHは以下の通りである.
| \[{\rm Zn}^{2+} + 2{\rm e}^- \rightleftharpoons {\rm Zn},\ E^0 = -0.763 + 0.0295 \log[{\rm Zn}^{2+}]\] |
| \[{\rm ZnO}+2{\rm H}^+ + 2{\rm e}^- \rightleftharpoons {\rm Zn}+{\rm H}_2{\rm O},\ E^0 = -0.439-0.591{\rm pH}\] |
| \[{\rm Zn}^{2+}+2{\rm H}_2{\rm O} \rightleftharpoons {\rm Zn}({\rm OH})_2 + 2{\rm H}^+,\ \log[{\rm Zn}^{2+}] = 10.96-2{\rm pH}\] |
| \[{\rm ZnO}+{\rm H}_2{\rm O} \rightleftharpoons {\rm ZnO}_2^{2-}+2{\rm H}^+,\ \log[{\rm ZnO}_2^{2-}] = -29.78+2{\rm pH}\] |
Fig. 2中の①,②の線以外の上記の反応の縦線,横線,斜め線は,[Zn
2+] = 10
−2 mol/L,298 Kの条件で描画してある.Zn
2+(aq)領域に対して,ZnO(s)領域は高pH側,Zn(s)領域は卑な側に位置する.Zn電気めっきでは,Zn塩を溶解した水溶液中に基板を浸漬し,陰分極することにより金属層を形成するが,この過程はZn
2+(aq)領域にある水溶液において,基板にZn
2+/Zn
0境界線よりも卑な電位を付加することにより,その電位において安定相である金属Znを基板上に形成する過程である.実際のめっき浴は無機・有機配位子を含むことが多いため,前述の2.4節で示したように境界の電位・pHは変化し,後述するように平衡相領域の位置も変化するから注意が必要である.
Zn電気めっきでは,Zn2+(aq)領域からZn(s)領域に縦方向に陰分極することにより状態を変化させたが,Zn2+(aq)領域からZnO(s)領域にpHを上昇させる,すなわち横方向に状態を変化させれば,基板上には平衡相であるZnOが形成される.Fig. 2(b)は,ZnOの溶解度曲線であり,ZnOの溶解度のpH依存性を示している.ZnOの溶解度は約pH10で最も小さくなり,pHの低下ならびに上昇に伴い溶解度は増加する.溶解度曲線よりも下の領域では,全Zn量は溶解度よりも小さいので水溶液中で水和イオンとして存在することができるが,溶解度曲線よりも上では過飽和状態となり,過剰な量の一部のZnはZnOとして沈殿する.Zn2+(aq)領域にある水溶液全体のpHを上昇させれば,水溶液中にZnOの沈殿が生成するが,基板上のpHのみ上昇させ,過飽和状態を形成すれば,ZnO層が形成できると予想できる.1996年にIzakiは硝酸(NO3−)イオン5),Lincotは溶存酸素(O2)6)を用いて,それぞれ下記の反応により基板近傍のpHを上昇させることによって,基板上にZnO層を直接形成することに成功した.
| \[
\begin{array}{l}
{\rm NO}_3^- + {\rm H}_2{\rm O} + 2{\rm e}^- \rightleftharpoons {\rm NO}_2^- + 2{\rm OH}^-, \\
\varDelta_{\rm r}G^0 = -0.819\,{\rm kJ} \cdot {\rm mol}^{-1},\ E^0 = 0.004\,{\rm V}({\rm SHE}) \\
1/2{\rm O}_2 + {\rm H}_2{\rm O} + 2{\rm e}^- \rightleftharpoons 2{\rm OH}^-, \\
\varDelta_{\rm r}G^0 = -85.91\,{\rm kJ} \cdot {\rm mol}^{-1},\ E^0 = 0.44\,{\rm V}({\rm SHE})
\end{array}
\] |
これらの反応によって,水酸化物イオン(OH
−)が生成するため,基板表面近傍のpHが上昇し,ZnOの過飽和状態が形成され,基板上にZnO層が析出する.この反応は下式により記され,水溶液ならびにZnO中でのZnは,共にZn
2+であり価数は変化しておらず,酸化-還元反応と関係しているのはNO
3−とO
2である.Zn(OH)
2からの脱水反応についての
ΔrG0は負(−1.6 kJ・mol
−1)であり,平衡論的に反応は進行する.
| \[{\rm Zn}({\rm OH})_2 \rightleftharpoons {\rm ZnO} + {\rm H}_2{\rm O}\] |
Lincotらは,Zn塩として塩化亜鉛を用いており,Cl
−はZn
2+と錯体を形成することから,溶解種,溶解度曲線ならびに析出過程について詳細な検討を行っている
35).
前述のように,Zn2+からのZn0への還元反応における標準電極電位は,
| \[{\rm Zn}^{2+}+2{\rm e}^- \rightleftharpoons {\rm Zn},\ E^0 = -0.763+0.0295 \cdot \log[{\rm Zn}^{2+}]\] |
であるので,この標準電極電位よりも卑な電位領域,すなわち電位-pH図における金属Zn領域では,ZnO層に加え金属Znの析出も可能になる,すなわちZnO単相が形成できる電位領域はZn
2+/Zn
0に対してはアンダーポテンシャル析出(UPD)となる.
Fig. 3に,単純硝酸亜鉛水溶液から電気化学的に形成したZnO直立ナノワイヤのSEM像を示す.ZnO直立ナノワイヤは電気化学ヘテロエピタキシャル成長により<0001>単配向を有し,室温でエキシトン再結合により紫外発光する36,37).ZnOナノワイヤはX線コンピュータトモグラフィー(CT)などに用いる次世代シンチレータ候補であることから,シンクロトロンX線を用いて分解能測定を行った結果,2 µmの空間分解能を示した38).このように,水溶液から電気化学的に形成したZnOは加熱することなく,優れた半導体品質を有する.水を含有しないこともフーリエ変換赤外分光分析(FT-IR),X線光電子分光分(XPS),シンクロトロンX線を用いたXAFS(X線吸収微細構造)などによる分析で実証した39).このことは,前述のように,Zn(OH)2からZnOへの脱水反応は平衡論的に進行することによるが,この水酸化物から酸化物への脱水反応のΔrG0の正負が,最終生成物が酸化物か水酸化物かに影響する.
このような硝酸イオンや溶存酸素の還元による界面pHの上昇による金属酸化物形成が可能な条件は,前述のように電位-pH図においては金属カチオン領域の高pH側に金属水酸化物や金属酸化物領域が存在する元素であり,既に作成した金属酸化物以外にも多くの元素が対象になり,金属水酸化物からの形成も含めるとSiO2,TiO2,Mn3O4,ZrO2,他など多くの報告がある.
硝酸イオンの還元反応を用いた酸化物の電気化学的形成では,金属カチオンを還元しているのではなく,硝酸イオンの還元反応を利用しているので,硝酸イオンの酸化-還元電位よりも卑な電位領域に標準電極電位を有する物質が共存すると還元剤として作用し,外部電源を必要とせず非導電性基板上に化学的に酸化物を形成することが可能となる.例えば,水溶液中に水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)が共存すると,下記の反応により生成する電子が硝酸イオンを還元することにより酸化物を析出する.
| \[
\begin{array}{l}
{{\rm BH}_4}^- + 8{\rm OH}^- \rightleftarrows {{\rm BO}_2}^- + 6{\rm H}_2{\rm O} + 8{\rm e}^- :{} \\
\quad \varDelta_{\rm r}G^0 = -958.062\,{\rm kJ} \cdot {\rm mol}^{-1},\ E^0 = -1.24\,{\rm V}({\rm SHE})
\end{array}
\] |
形成する酸化物によって酸-塩基反応の平衡pHは異なるので,下式に示すジメチルアミンボラン(DMAB)やトリメチルアミンボラン(TMAB)を水素化ホウ素ナトリウムに替えて用いられ,ZnO
40),In
2O
3,Fe
3O
4,CeO
2などの酸化物層が化学的に作製されている.
| \[
\begin{array}{l}
{\rm DMAB}: \\
{({\rm CH}_3)}_2{\rm NHBH}_3 + {\rm H}_2{\rm O} \rightleftarrows {\rm HBO}_2 + ({\rm CH}_3)_2{{\rm NH}_2}^ + + 5{\rm H}^+ + 6{\rm e}^-
\end{array}
\] |
3.3 ZnO層中への不純物制御による物性制御
ZnOはバンドギャップエネルギー3.3 eV,エキシトン結合エネルギー59 meVのn型半導体であり,液晶表示デバイスや化合物太陽電池の透明電極,高周波フィルターや圧力センサーなどの素子を始めとして幅広く応用されている.これらのZnO素子は主に真空成膜法により形成され,素子に必要な電気抵抗率などの物性を得るために不純物が導入されている.電気化学的に形成したZnO層を実用化するためにも,不純物の導入は不可欠である.透明導電膜として応用する場合,ZnOのドナーとなる3価のカチオンであるAl3+,Ga3+,In3+が不純物として選択される.また,Cl−イオンもドーパントとして作用し,電気抵抗率の低下をもたらす.前述のように,硝酸還元反応によりZnOが形成される反応は,以下のように記述される.
| \[
\begin{array}{l}
{\rm NO}_3^- + {\rm H}_2{\rm O} + 2{\rm e}^- \rightleftharpoons {\rm NO}_2^- + 2{\rm OH}^-, \\
\varDelta_{\rm r}G^0 = -0.819\,{\rm kJ} \cdot {\rm mol}^{-1},\ E^0 = 0.004\,{\rm V}({\rm SHE})
\end{array}
\] |
| \[{\rm Zn}^{2+}+{\rm H}_2{\rm O} \rightleftharpoons {\rm ZnO}+2{\rm H}^+:{\rm pH} = 5.48-1/2 \cdot \log[{\rm Zn}^{2+}]\] |
一方,Al,Ga,Inに関しては,以下のように記述される.
| \[
\begin{array}{l}
{\rm Al}^{3+} + 3{\rm e} \rightleftarrows {\rm Al} : E^0 = -1.663\,{\rm V} \\
2{\rm Al}^{3+} + 3{\rm H}_2{\rm O} \rightleftarrows {\rm Al}_2{\rm O}_3 + 6{\rm H}^+ : {\rm pH} = 1.9-1/3 \cdot \log [{\rm Al}^{3+}]
\end{array}
\] |
| \[
\begin{array}{l}
{\rm Ga}^{3+} + 3{\rm e} \rightleftarrows {\rm Ga} : E^0 = -0.529\,{\rm V} \\
2{\rm Ga}^{3+} + 3{\rm H}_2{\rm O} \rightleftarrows {\rm Ga}_2{\rm O}_3 + 6{\rm H}^+ : {\rm pH} = 0.74-1/3 \cdot \log [{\rm Ga}^{3+}]
\end{array}
\] |
| \[
\begin{array}{l}
{\rm In}^{3+} + 3{\rm e} \rightleftarrows {\rm In} : E^0 = -0.34\,{\rm V} \\
2{\rm In}^{3+}+3{\rm H}_2{\rm O} \rightleftarrows {\rm In}_2{\rm O}_3 + 6{\rm H}^+ : {\rm pH} = 2.57-1/3 \cdot \log [{\rm In}^{3+}]
\end{array}
\] |
Al
3+/Al,Ga
3+/Ga,In
3+/Inの酸化-還元反応の標準電極電位は,NO
3−/NO
2−の標準電極電位よりも卑であるので,硝酸イオンの還元により金属酸化物もしくは金属水酸化物の作成は可能である.しかし,金属イオン濃度1 mol/Lの場合,Al
3+/Al
2O
3,Ga
3+/Ga
2O
3,In
3+/In
2O
3の平衡pHは,Zn
2+/ZnOの平衡pHよりも低い.pH = −log[H
+]であるので,混合溶液の場合,低いpHとなる反応に支配される.すなわち,In
3+とZn
2+を含有する水溶液のpHは,上記In
3+/Inの平衡pH([In
3+] = 1 mol/L)である2.57となる.この溶液中に硝酸イオンが共存し,電気化学的に還元すると界面pHは増加するが,界面pHが2.57-5.48([Zn
2+] = 1 mol/L)までの範囲で析出するのはIn
2O
3のみであり,界面pHが5.48を超えるとZnOの析出も始まり,それらの混合物が形成されると予想される.硝酸亜鉛水溶液からのZnO形成では,一般に[Zn
2+] < 0.05 mol/L水溶液が用いられるので,水溶液pHをあわすためには,[In
3+] = 6.15 × 10
−5 mol/L程度に調整する必要があり,現実的ではない.Ga
3+,Al
3+についても同様であり,ドーパントとして作用する微量のGa
3+,In
3+,Al
3+を含有するZnOを,混合水溶液から形成することは困難である.一方,Ce
3+/Ce
2O
3の場合,下式のように
| \[2{\rm Ce}^{3+} + 3{\rm H}_2{\rm O} \rightleftarrows {\rm Ce}_2{\rm O}_3 + 6{\rm H}^+ : {\rm pH} = 7.38-1/3 \cdot \log[{\rm Ce}^{3+}]\] |
となり,混合水溶液からCe:ZnO複合酸化物を形成することができる
41).また,ZnCl
2については,LincotらがZn-Cl錯体を考慮した溶解度曲線を計算・描画しており,pHの上昇によって過飽和状態を形成し,Cl:ZnOが形成されることを示すと共に,Clがドナーとして作用することも示した
34).
Izakiらは,ZnO層形成後,In3+ならびにFe2+含有水溶液に浸漬することによって化学的にIn3+ならびにFe2+をZnO層中に導入した42,43).
| \[3{\rm ZnO} + 2{\rm In}^{3+} \rightleftarrows {\rm In}_2{\rm O}_3 + 3{\rm Zn}^{2+} : \varDelta_{\rm r}G^0 = -121.7\,{\rm kJ} \cdot {\rm mol}^{-1}\] |
| \[
\begin{array}{l}
4{\rm ZnO}+{\rm Fe}^{2+} + 2{\rm Fe}^{3+} \rightleftarrows {\rm Fe}_3{\rm O}_4 + 4{\rm Zn}^{2+} : \\
\quad \varDelta_{\rm r}G^0 = -247.8\,{\rm kJ} \cdot {\rm mol}^{-1}
\end{array}
\] |
いずれの場合も,標準反応ギブス自由エネルギーは負であり,反応は右側,すなわち置換反応が生じて良い.Fe:ZnO中のFeは,Fe
2+とFe
3+の状態を有することが確認されている.置換反応は固液界面で生じたのち,導入元素は内部に拡散していくため,導入元素の濃度は深さ方向で変化しており,時間の経過と共に導入量は増え,導入分布も均一になっていく.不純物を含有しないZnO層は10
−3 Ωcm程度の抵抗率を示すが,80℃,95%湿度の環境に24 h放置することによって1.71 Ωcmまで抵抗率が増加する.しかし,Inを導入したZnO層は8.4 × 10
− 4 Ωcm台の低い抵抗率を示すとともに,表面近傍にはIn濃度が非常に高い酸化物層が形成するため,80℃,95%湿度の環境においても高い安定性を示す.また,ZnOは室温で磁場が付加しても磁化を観測できないが,Feを導入することによってヒステリシス曲線を示す強磁性体となる.このように,同時析出で形成が困難なIn:ZnO層が,置換導入によって形成できたように,標準反応ギブス自由エネルギーを活用することによって,同時析出と置換析出を使い分けることが可能であり,種々の不純物添加酸化物層形成が可能となる.
3.4 化学溶液析出(CBD)法によるZn(S,O,OH)層形成の熱力学的理解とCu(In,Ga)Se2太陽電池の高効率化
3.2節 水溶液電気化学反応による酸化物層の直接形成では,硝酸塩水溶液中の金属イオンは水和イオンであり,錯体などの形成を考慮する必要はなかった.しかし,多くの工業的に用いられている電気めっき・無電解めっきプロセスやCu(In,Ga)Se2太陽電池のCdS,Zn(S,O,OH)バッファ層形成に用いられている化学溶液析出(CBD)法では,無機・有機配位子が添加され,金属錯体を形成している.金属錯体の形成によって,酸化-還元反応や酸-塩基反応に関係する標準電極電位やpHが変化することは既に記述したが,以下に示すように電位-pH図や溶解度曲線の形にも大きな変化をもたらす44,45).
ここでは,CBD法によるZn(S,O,OH)層形成について記述する.このCBD法に用いる水溶液はZn塩,NH3,チオ尿素を含有する.アンモニアを含有しないZn-水系における溶解種は,Zn2+,Zn(OH)+,Zn(OH)2,Zn(OH)3−,Zn(OH)42−,などであるが,アンモニアが存在することによって,ZnNH32+,Zn(NH3)22+,Zn(NH3)32+,Zn(NH3)42+なども生成し,その比率はNH3濃度やpHにより変化する.Znアンモニア錯体を考慮した水溶液中化学種のNH3濃度およびpHを変化させた場合の化学種存在比率の変化をFig. 4に示す.NH3濃度に伴う溶解種の比率(Fig. 4(a))の変化は,以下のように求めることができる.ここで,Kは安定度定数であり,データブック46)から得ることができるが,前述の$\varDelta {G^0} = - {\rm RT} \log_{\rm e} K$を用いて,金属カチオン,金属錯体,配位子の化学ポテンシャルから求めることもできる.
| \[
\begin{array}{l}
{\rm Zn}^{2+} + {\rm NH}_3 \rightleftharpoons {\rm Zn}({\rm NH}_3)^{2+} \\
K_1 = [{\rm Zn}({\rm NH}_3)^{2+}]/([{\rm Zn}^{2+}][{\rm NH}_3]),\ [{\rm Zn}({\rm NH}_3)^{2+}] = K_1[{\rm Zn}^{2+}][{\rm NH}_3] \\
{\rm Zn}({\rm NH}_3)^{2+} + {\rm NH}_3 \rightleftharpoons {{\rm Zn}({\rm NH}_3)_2}^{2+} \\
K_2 = [{{\rm Zn}({\rm NH}_3)_2}^{2+}]/([{\rm Zn}({\rm NH}_3)^{2+}][{\rm NH}_3]) \\
{}[{\rm Zn}{({\rm NH}_3)_2}^{2+}] = {K_2}[{\rm Zn}({\rm NH}_3)^{2+}][{\rm NH}_3] = {K_1}{K_2}[{\rm Zn}^{2+}][{\rm NH}_3]^2 \\
{\rm Zn}{({\rm NH}_3)_2}^{2+} + {\rm NH}_3 \rightleftharpoons {{\rm Zn}({\rm NH}_3)_3}^{2+}\quad pK_3 = 2.55 \\
{}[{\rm Zn}{({\rm NH}_3)_3}^{2+}] = K_3[{{\rm Zn}({\rm NH}_3)_2}^{2+}][{\rm NH}_3] = K_1 K_2 K_3[{\rm Zn}^{2+}][{\rm NH}_3]^3 \\
{\rm Zn}{({\rm NH}_3)_3}^{2+} + {\rm NH}_3 \rightleftharpoons {{\rm Zn}({\rm NH}_3)_4}^{2+} \quad pK_4 = 2.22 \\
{}[{\rm Zn}{({\rm NH}_3)_4}^{2+}] = {K_4}[{{\rm Zn}({\rm NH}_3)_3}^{2+}][{\rm NH}_3] = {K_1}{K_2}{K_3}{K_4}[{\rm Zn}^{2+}][{\rm NH}_3]^4 \\
{}[{\rm Zn}_{\rm total}] = [{\rm Zn}^{2+}] + [{\rm Zn}({\rm NH}_3)^{2+}] + [{{\rm Zn}({\rm NH}3)_2}^{2+}] \\
\quad {} + [{{\rm Zn}({\rm NH}_3)_3}^{2+}] + [{{\rm Zn}({\rm NH}_3)_4}^{2+}] = [{\rm Zn}^{2+}](1 + K_1[{\rm NH}_3] \\
\quad {} + K_1 K_2[{\rm NH}_3]^2 + K_1 K_2 K_3[{\rm NH}_3]^3 + K_1 K_2 K_3 K_4[{\rm NH}_3]^4)
\end{array}
\] |
各錯体の比率は,例えばZn
2+については,
$[{\rm Zn}^{2+}]/[{\rm Zn}_{\rm total}] = 1/(1+K_1[{\rm NH}_3] + K_1 K_2[{\rm NH}_3]^2 + K_1 K_2 K_3[{\rm NH}_3]^3 + K_1 K_2 K_3 K_4[{\rm NH}_3]^4)$となる.この式は[NH
3]の関数であり,[NH
3]と各溶存種の比率の関係を
Fig. 4(a)に示した.log[NH
3] < 10
−4 mol/Lでは錯体を形成しないZn
2+イオンとしてほぼ存在するが,log[NH
3]の増加に伴い,Zn(NH
3)
2+,Zn(NH
3)
22+,Zn(NH
3)
32+錯体を形成し,log[NH
3] = 0,すなわち[NH
3] = 1 mol/L以上ではほぼZn(NH
3)
42+錯体となる.
また,これらのZn-NH3錯体とZn(OH)2との反応は,
| \[
\begin{array}{l}
{\rm Zn}({{\rm OH}})_2 + 2{\rm H}^+ + {\rm N}{\rm H}_3 \rightleftharpoons {\rm ZnNH}_3^{2+} + 2{\rm H}_2{\rm O}, \\
\log[{\rm ZnNH}_3^{2+}] = \log K_{{\rm N}1} + \log[{\rm NH}_3] - 2{\rm pH},\ K_{{\rm N}1} = 6.5 \times 10^{13} \\
{\rm Zn}({\rm OH})_2 + 2{\rm H}^+ + 2{\rm NH}_3 \rightleftharpoons {\rm Zn}({\rm NH}_3)_2^{2+} + 2{\rm H}_2{\rm O}, \\
\log[{\rm Zn}({\rm NH}_3)_2^{2+}] = \log K_{{\rm N}2} + 2\log [{\rm NH}_3] - 2{\rm pH},\ K_{{\rm N}2} = 1.27 \times 10^{16} \\
{\rm Zn}({\rm OH})_2 + 2{\rm H}^+ + 3{\rm NH}_3 \rightleftharpoons {\rm Zn}({\rm NH}_3)_3^{2+} + 2{\rm H}_2{\rm O}, \\
\log[{\rm Zn}({\rm NH}_3)_3^{2+}] = \log K_{{\rm N}3} + 3\log[{\rm NH}_3] - 2{\rm pH},\ K_{{\rm N}3} = 2.91 \times 10^{18} \\
{\rm Zn}({\rm OH})_2 + 2{\rm H}^+ + 4{\rm NH}_3 \rightleftharpoons {\rm Zn}({\rm NH}_3)_4^{2+} + 2{\rm H}_2{\rm O}, \\
\log[{\rm Zn}({\rm NH}_3)_4^{2+}] = \log K_{{\rm N}4} + 4\log[{\rm NH}_3] - 2{\rm pH},\ K_{{\rm N}4} = 3.12 \times 10^{20}
\end{array}
\] |
であり,NH
3も
| \[{{\rm NH}_4}^+ \rightleftarrows {\rm NH}_3 + {\rm H}^+,\ K_{\rm aN} = 5.62 \times 10^{-10}\] |
であるので,pHに依存することになる.また,Zn(OH)
2は,Zn(OH)
+,Zn(OH)
20,Zn(OH)
3−,Zn(OH)
42−としても溶解し,下記のような反応が考えられる.
| \[
\begin{array}{l}
{\rm Zn}({\rm OH})_2 + {\rm H}^+ \rightleftharpoons {\rm Zn}({\rm OH})^+ + {\rm H}_2{\rm O}, \\
\log[{\rm Zn}({\rm OH})^+] = \log K_{{\rm O}1} - {\rm pH},\ {\rm K}_{{\rm O}1} = 6.48 \times 10^3 \\
{\rm Zn}({\rm OH})_2 \rightleftharpoons {\rm Zn}({\rm OH})_2^0, \\
\log[{\rm Zn}({\rm OH})^+] = \log K_{{\rm O}2},\ K_{{\rm O}2} = 5.23 \times 10^{-6} \\
{\rm Zn}({\rm OH})_2 + {\rm H}_2{\rm O} \rightleftharpoons {\rm Zn}({\rm OH})_3^- + {\rm H}^+, \\
\log[{\rm Zn}({\rm OH})_3^-] = \log K_{{\rm O}3} + {\rm pH},\ K_{{\rm O}3} = 1.68 \times 10^{-17} \\
{\rm Zn}({\rm OH})_2 + 2{\rm H}_2{\rm O} \rightleftharpoons {\rm Zn}({\rm OH})_4^{-2} + 2{\rm H}^+, \\
\log[{\rm Zn}({\rm OH})_4^{-2}] = \log K_{{\rm O}4} + 2{\rm pH},\ K_{{\rm O}4} = 2.71 \times 10^{-30}
\end{array}
\] |
Zn溶解種の総濃度は,[Zn
total] = [Zn
2+] + [Zn(OH)
+] + [Zn(OH)
20] + [Zn(OH)
3−] + [Zn(OH)
42−] + [Zn(NH
3)
2+] + [Zn(NH
3)
22+] + [Zn(NH
3)
32+] + [Zn(NH
3)
42+]と規定できる.各錯体の比率は,例えばZn
2+については[Zn
2+]/[Zn
total]により求めることができ,前述の式を代入し,[NH
3]濃度を一定とすれば,錯体比率とpHの関係を得ることができる.[NH
3] = 1.5 mol/Lにおける錯体比率とpHの関係を
Fig. 4(b)に示す.約pH7程度まではZn
2+イオンとして水溶液中に存在するが,pHの増加に伴いNH
3の数の異なる亜鉛アンモニア錯体が生成し,pH 7-12程度の広いpH領域でZn(NH
3)
42+溶解種として存在する.Zn-水系ではこのpH領域では,Zn(OH)
2として存在するので,Znアンモニア錯体の形成により状態が変化することになる.化学溶液析出(CBD)法では,チオ尿素も水溶液中に含まれており,硫化物イオンとの反応も考慮する必要があるが,ここでは割愛するので,詳細については参考文献を参照されたい
45).
Fig. 5に,Zn-NH3-水系電位-pH図と25℃と80℃におけるZnO,Zn(OH)2,ZnSの溶解度曲線を示す.Zn-NH3-水系電位-pH図では,前述のZn-NH3錯体と金属ZnならびにZn(OH)2の反応を考慮することになる.計算の方法は前述の反応に基づきΔrG0から酸化-還元反応に関係する標準電極電位E0と酸-塩基反応に関係するlogKを求める.${\rm Zn}({\rm OH})_2/{{\rm Zn}({\rm NH}_3)_3}^{2+}$の反応およびpHは以下のようになる.
| \[
\begin{array}{l}
{\rm Zn}({\rm OH})_2 + 2{\rm H}^+ + 3{\rm NH}_3 \rightleftharpoons {{\rm Zn}({\rm NH}_3)_3}^{2+} + 2{\rm H}_2{\rm O} \\
\log[{{\rm Zn}({\rm NH}_3)_3}^{2+}] = \log K_{{\rm N}3} + 3\log[{\rm NH}_3]-2{\rm pH}
\end{array}
\] |
また,
$\varDelta_{\rm r}G^0 = \{({\mu^0}_{{\rm Zn}{{({\rm NH}_3)}_3}^{2+} + 2{\mu ^0}_{{\rm H}_2{\rm O}}}) - ({\mu ^0}_{{\rm Zn}({\rm OH})_2} + 3{\mu ^0}_{{\rm NH}_3})\}$となり,
Kが計算できる.ZnカチオンがNH
3と錯体を形成することにより,標準電極電位やlog
Kの値が変化することはすでに述べたが,
Fig. 5(a)に示すように,Zn(OH)
2と金属Znに囲まれたZn(NH
3)
42+領域が現れる.ZnやZn(OH)
2との境界の電位やpHは,[Zn
2+]ならびに[NH
3]の値によって変化する.
Zn(OH)2と同様に,ZnOやZnSについても計算した溶解度曲線をFig. 5(b)に示した.溶解度曲線への温度の影響は,標準反応ギブス自由エネルギー(ΔrGT0),標準反応エンタルピー(ΔrHT0),標準反応エントロピー(ΔrST0)ならびに標準低圧モル比熱(ΔCp0)から,
| \[
\begin{array}{l}
\varDelta_{\rm r}G_{\rm T}^0 = \varDelta_{\rm r}H_{\rm T}^0 - T\varDelta_{\rm r}S_{\rm T}^0 \\
\displaystyle {} = \left[\varDelta_{\rm r}H_{298.15}^0 + \int_{298.15}^T \varDelta C_{\rm p}^0dT \right] + T \left[\varDelta_{\rm r}S_{298.15}^0 + \int_{298.15}^T (\varDelta C_{\rm p}^0/T)dT \right]
\end{array}
\] |
として表されるので,温度の影響を考慮することができる.ZnO,Zn(OH)
2,ZnSの溶解度は,Zn(NH
3)
42+錯体が形成する領域で極大をとるが,pHの上昇ならびに低下によって極小値をとったのち,溶解度は増加する.ZnSの溶解度はZnOやZn(OH)
2よりも非常に小さい.また,温度の上昇によって全ての溶解度曲線は低pH側にシフトしている.
Cu(In,Ga)Se2太陽電池に用いるZn(S,O,OH)バッファ層は,CBD水溶液に室温近傍で基板を浸漬し加温することによって形成される.25℃の状態で,既にZnSの溶解度曲線よりも上側に位置するので,過飽和状態となっているが,Zn(OH)2,ZnOに対しては溶解度曲線よりも下側に位置するので,溶解している状態である.しかし,温度が上昇するといずれの溶解度曲線も低pH側にシフトするために,Zn(OH)2,ZnOに対しても過飽和状態となる.そのため,初期析出層はZnSリッチとなり,温度の上昇に伴いZnO,Zn(OH)2の析出も生じるために,厚さに伴い構造が変化することが予想された.実際に,Cu(In,Ga)Se2層上に形成したZn(S,O,OH)バッファ層の構造を透過型電子顕微鏡とX線吸収微細構造(XAFS)解析によって,Cu(In,Ga)Se2層直上の初期析出層はZnSに近く,厚さと共にZnO,Zn(OH)2成分が増加することが明らかとなっており,温度に伴う溶解度曲線の変化と対応している47).Cu(In,Ga)Se2太陽電池の構造は,主にGlass/Mo/Cu(In,Ga)Se2/Zn(S,O,OH)/i-ZnO/Ga:ZnO構造であり,Cu(In,Ga)Se2層で光照射によって励起した電子は,Zn(S,O,OH)層を経て,ZnO側に流出する.しかし,Cu(In,Ga)Se2層とZn(S,O,OH)層の界面には伝導帯バンドオフセットが存在し,その大きさはZnO,Zn(OH)2リッチなZn(S,O,OH)層では1 eV以上であるが,ZnSリッチなZn(S,O,OH)層では0.5 eV程度である.前述のように,ZnO,Zn(OH)2,ZnSでアンモニアを含有する水溶液中での溶解度曲線は大きく形状が異なり,ZnSに比べZnO,Zn(OH)2の溶解度は非常に大きい.そのため,このZn(S,O,OH)層をアンモニア水溶液に浸漬すると,ZnO,Zn(OH)2が溶解し,ZnSは残存すると予想できる.ZnO,Zn(OH)2リッチZn(S,O,OH)層の場合の変換効率は6.7%であるが,アンモニア水溶液への浸漬処理によりZnO,Zn(OH)2リッチのZn(S,O,OH)層のみを除去し,ZnSリッチのZn(S,O,OH)層のみ残存させることにより変換効率は15.5%と,2倍以上向上する.Fig. 6に,15.5%変換効率のCu(In,Ga)Se2太陽電池の断面SEM像,外観ならびにAM1.5照射下での電流密度-電圧曲線を示す48,49).

3.5 単一水溶液からCuO-Cu2O積層体を形成する電気化学プロセスの熱力学的設計と実証
CuOやCu2Oなどの銅酸化物は,バンドギャップエネルギーが1.5 eVならびに2.1 eVのp型半導体であり,太陽電池の光電変換層や光電気化学水分解用光カソードとして研究開発が進められている50,51).金属Cuめっきには,硫酸浴,シアン浴,ピロリン酸浴などの水溶液が用いられているが,Cu2O層の作成には銅-乳酸錯体水溶液8),CuOの作成にはアンモニア錯体7),酒石酸錯体52),アミノ酢酸錯体53)などの水溶液が用いられ,単純塩水溶液は用いられない.また,近年,著者らは,酒石酸錯体水溶液から電位制御によるCuO,Cu2Oならびにそれらの積層体形成に成功している54).
Fig. 7に,Cu-水系,Cu-NH3-水系ならびにCu-乳酸-水系電位-pH図を示す.Cu-乳酸-水系電位-pH図は,邑瀬らにより描画されたものである55,56).硫酸銅電気めっき法では,水和Cu2+カチオンとして存在する硫酸銅水溶液において,Cu2+/Cu0反応の標準電極電位よりも卑な電位を基板に付加することによって,基板上に金属Cu層を形成する.この反応は,Cu-水系電位-pH図(Fig. 7(a))上では,Cu2+領域から金属Cuへの下向きの還元反応を示す.CuO領域は,このCu2+領域の高pH側に位置し,Cu2O領域はCuOと金属Cu領域の間に位置する.Cu2+からCu2Oに変化するためには,Cuカチオンの還元が必要であるため,Cu2+/Cu2O境界は斜めの線となる.Cu2+領域から還元した場合,pHが約3以下ではCu2+はCuに還元され,Cu2O領域と交差しない.pHが約3以上であれば,Cu2+はCu2O領域と交差した後,Cu領域に入り,Cu2+ → Cu1 + → Cu0と還元される.すなわち,Cu2O相は,単純塩水溶液から還元により生成できる可能性があるが,形成できるpH範囲が限定される.また,前述の硝酸イオンの還元による基板表面近傍の局所pH上昇も,標準電極電位の関係から活用できない.CuO層はCu2+領域に隣接するため,CuO形成のためにはpH上昇の操作が必要であるが,Cu2O/CuOの境界電位が硝酸イオンや溶存酸素の還元電位よりも貴であるため,基板の陰分極による形成の可能性は極めて低い.また,陽分極した場合,前述の酸素発生電位まではCu2+/CuO境界に平行に状態が変化し,酸素発生電位よりも貴な電位で基板表面のpHが減少するためCuOは形成できない.これらの理由から,CuOやCu2Oの電気化学的形成には錯体水溶液が用いられる.
Fig. 7(b)は,著者らにより計算・描画されたCu-NH3-水系電位-pH図である.Cu-NH3-水系では以下のような反応が生じる.
| \[
\begin{array}{l}
{\rm Cu}^{2+} + {\rm H}_2{\rm O} \rightleftarrows {\rm CuO} + 2{\rm H}^+ : \log K = -7.35 \\
{\rm Cu}^{2+} + {\rm H}_2{\rm O} \rightleftarrows {\rm CuO} + 2{\rm H}^+ : \log K = -7.34 \\
{\rm CuO} + {\rm H}_2{\rm O} \rightleftarrows {\rm Cu}({\rm OH})_2 : \log K = -1.74 \\
{\rm Cu}^{2+} + {\rm NH}_3 \rightleftarrows {\rm Cu}({\rm NH}_3)^{2+} : \log K = 4.28 \\
{\rm Cu}({\rm OH})_2 + {\rm NH}_3 + 2{\rm H}^+ \rightleftarrows {\rm Cu}({\rm NH}_3)^{2+} + 2{\rm H}_2{\rm O} : \log K = 4.28 \\
{\rm Cu}({\rm NH}_3)^{2+} + {\rm NH}_3 \rightleftarrows {\rm Cu}{({\rm NH}_3)_2}^{2+} : \log K = 3.56 \\
{\rm Cu}{({\rm NH}_3)_2}^{2+} + {\rm NH}_3 \rightleftarrows {\rm Cu}{({\rm NH}_3)_3}^{2+} : \log K = 2.90 \\
{\rm Cu}{({\rm NH}_3)_3}^{2+} + {\rm NH}_3 \rightleftarrows {\rm Cu}{({\rm NH}_3)_4}^{2+} : \log K = 2.18 \\
{\rm CuO} + {\rm NH}_3 + 2{\rm H}^+ \rightleftarrows {\rm Cu}({\rm NH}_3)^{2+} : \log K = 11.6
\end{array}
\] |
これらの錯体種の生成を考慮すると,CuOならびにCu
2O領域内にCu(NH
3)
4+ならびにCu(NH
3)
42+錯体による溶解領域が出現する.この溶解領域は,Cu-水系電位-pH図には存在しない.このCu-NH
3溶解領域の卑な電位側にはCu領域が存在し,Cu
2O領域は存在しない.そして,この領域の低pH側と高pH側にはCuOとCu
2O領域が,電位に依存して隣接している.すなわち,このCu-NH
3錯体領域から基板を陰分極させると金属Cuが形成され,逆に酸素発生電位よりも貴な電位まで陽分極させると基板表面近傍の局所pHが減少し,
Fig. 7中の矢印のようにCuO領域に入り,基板上にCuOが形成される.反応式を以下に示す.
| \[
\begin{array}{l}
2{\rm H}_2{\rm O} \rightleftarrows {\rm O}_2 + 4{\rm H}^+ + 4{\rm e}^- \\
{\rm Cu}{({\rm NH}_3)_4}^{2+} + 4{\rm H}^+ \to {\rm Cu}^{2+} + 4{{\rm NH}_4}^+ \\
{\rm Cu}^{2+} + 2{\rm OH}^- \to {\rm Cu}({\rm OH})_2 \\
{\rm Cu}({\rm OH})_2 \to {\rm CuO} + {\rm H}_2{\rm O}
\end{array}
\] |
このCuO相は,成膜した状態でp型半導体であり,光電気化学水分解用光カソードとして機能し,n型半導体との接合により太陽電池としても機能する.
Cu-乳酸錯体水溶液から陰分極によりp型半導体Cu2Oが直接析出することは,1986年にRakhshaniらによって報告され57),主に銅塩0.4 mol/L,乳酸3 mol/Lを含有し,pH9.0-12.5の水溶液が用いられている8).Cu2O層を形成する方法には,大気中加熱やスパッタリングなどの真空成膜法もあるが,1気圧でのCu-O系の室温での平衡相はCuOであり,Cu2O相の安定領域は約800-1200℃に存在する.そのため,大気加熱によるCu2O層形成では,Cu板を1000℃で加熱しCu2O層を形成するが,冷却時に表面に形成されるCuO層を除去するために,水溶液処理が行われる58).
Cu-乳酸(L)-水系では,下式で示すCuL+(aq),CuL2(aq),CuL3−(aq)の錯体種が知られており,それぞれのlogKは以下の通りである
| \[
\begin{array}{l}
{\rm HL} \rightleftarrows {\rm H}^+ + {\rm L}^- : \log K = -3.81 \\
{\rm Cu}^{2+} + {\rm L}^- \rightleftarrows {\rm CuL}^+ : \log K = 2.45 \\
{\rm Cu}^{2+} + 2{\rm L}^- \rightleftarrows {\rm CuL}_2 : \log K = 4.08 \\
{\rm Cu}^{2+} + 3{\rm L}^- \rightleftarrows {{\rm CuL}_3}^- : \log K = 4.70 \\
{\rm Cu}^{2+} + 2{\rm OH}^- \rightleftarrows {\rm Cu}({\rm OH})_2 : \log K - = 8.81
\end{array}
\] |
これらの錯体種を考慮して邑瀬らが銅塩0.4 mol/L,乳酸3 mol/L水溶液について計算・描画した電位-pH図が,
Fig. 7(c)である.Cu
2+カチオンやCu-乳酸錯体による溶解領域は,pH8程度まで存在し,それよりも高いpH領域ではCu(OH)
2(s)が生成する.しかし,実際に作製したCu-乳酸錯体水溶液の外観は低いpH領域では明るい青色,pHの上昇に伴い濃い青色,紫色と変化し,pH12.5においても沈殿などは生成しない.このことは,上述以外のCu乳酸錯体種が存在することを示している.邑瀬らはエレクトロスプレーイオン化質量分析(ESI-MS)と滴定実験から,Cu(H
−1L)L
−,Cu(H
−1L)L
22−,Cu(H
−1L)
22−,Cu(H
−1L)
2L
3−の錯体種の存在を見出し,下記の反応式を示した.
| \[
\begin{array}{l}
{\rm CuL}_2 + {\rm OH}^- \rightleftarrows {\rm Cu}({\rm H}_{-1}{\rm L}){\rm L}^- + {\rm H}_2{\rm O} \\
{{\rm CuL}_3}^- + {\rm OH}^- \rightleftarrows {\rm Cu}({\rm H}_{-1}{\rm L}){{\rm L}_2}^{2-} + {\rm H}_2{\rm O} \\
{\rm CuL}_2 + 2{\rm OH}^- \rightleftarrows {\rm Cu}({\rm H}_{-1}{{\rm L})_2}^{2-} + 2{\rm H}_2{\rm O} \\
{{\rm CuL}_3}^- + 2{\rm OH}^- \rightleftarrows {\rm Cu}({\rm H}_{-1}{\rm L})_2{\rm L}^{3-} + 2{\rm H}_2{\rm O}
\end{array}
\] |
また,Cu乳酸錯体水溶液の吸収スペクトル測定から,下記のようにlog
Kを決定した.
| \[
\begin{array}{l}
{\rm Cu}^{2+} + 2{\rm L}^- \rightleftarrows {\rm Cu}({\rm H}_{-1}{\rm L}){\rm L}^- + {\rm H}^+ : \log K = -2.87 \\
{\rm Cu}^{2+} + 2{\rm L}^- \rightleftarrows {\rm Cu}{({\rm H}_{-1}{\rm L})_2}^{2-} + 2{\rm H}^+ : \log K = - 11.82
\end{array}
\] |
また,Cu-乳酸-水系における平衡反応とその反応式を下記に示す.
| \[
\begin{array}{l}
{\rm Cu}^{2+} + {\rm HL} \rightleftharpoons {\rm CuL}^+ + {\rm H}^+ : \\
\quad {\rm pH} = 1.36 + \log ([{\rm CuL}^+]/[{\rm Cu}^{2+}]) - \log [{\rm HL}]
\end{array}
\] |
| \[
\begin{array}{l}
{\rm CuL}^+ + {\rm HL} \rightleftharpoons {\rm CuL}_2 + {\rm H}^+ : \\
\quad {\rm pH} = 2.18 + \log ([{\rm CuL}_2]/[{\rm CuL}^+] - \log [ {\rm HL}]
\end{array}
\] |
| \[
\begin{array}{l}
{\rm CuL}_2 \rightleftharpoons {\rm Cu}({\rm H}_{-1}{\rm L}){\rm L}^- + {\rm H}^+ : \\
\quad {\rm pH} = 6.95 + \log ([{\rm Cu}({\rm H}_{-1}{\rm L}){\rm L}^-]/[{\rm CuL}_2])
\end{array}
\] |
| \[
\begin{array}{l}
{\rm Cu}({\rm H}_{-1}{\rm L}){\rm L}^- \rightleftharpoons {\rm Cu}({\rm H}_{-1}{\rm L})_2^{2-} + {\rm H}^+ : \\
\quad {\rm pH} = 8.95 + \log ([{\rm Cu}({\rm H}_{-1}{\rm L})_2^{2-}]/[{\rm Cu}({\rm H}_{-1}{\rm L})^-]
\end{array}
\] |
| \[{\rm Cu}^{2+} + 2{\rm e} \rightleftharpoons {\rm Cu} : E = 0.337 + 0.0295\log [{\rm Cu}^{2+}]\] |
| \[
\begin{array}{l}
{\rm CuL}^+ + {\rm H}^+ + 2{\rm e} \rightleftharpoons {\rm Cu} + {\rm HL} : \\
\quad E = 0.377 + 0.0295(\log [{\rm CuL}^+] - \log [{\rm HL}] - {\rm pH})
\end{array}
\] |
| \[
\begin{array}{l}
{\rm CuL}_2 + 2{\rm H}^+ + 2{\rm e} \rightleftharpoons {\rm Cu} + 2{\rm HL} : \\
\quad E = 0.441 + 0.0295(\log [{\rm CuL}_2] - 2\log [{\rm HL}] - 2{\rm pH})
\end{array}
\] |
| \[
\begin{array}{l}
{\rm CuL}_2 + 2{\rm e} \rightleftharpoons {\rm Cu} + 2{\rm L}^- : \\
\quad E = 0.216 + 0.0295(\log [{\rm CuL}_2] - 2\log [{\rm L}^-])
\end{array}
\] |
| \[
\begin{array}{l}
2{\rm CuL}_2 + {\rm H}_2{\rm O} + 2{\rm e} \rightleftharpoons {\rm Cu}_2{\rm O} + 2{\rm H}^+ + 4{\rm L}^- : \\
\quad E = - 0.039 + 0.0591(\log [{\rm CuL}_2] - 2\log [{\rm L}^-] + {\rm pH})
\end{array}
\] |
| \[
\begin{array}{l}
2{\rm Cu}({\rm H}_{-1}{\rm L}){\rm L}^- + {\rm H}_2{\rm O} + 2{\rm e} \rightleftharpoons {\rm Cu}_2{\rm O} + 4{\rm L}^- : \\
\quad E = 0.371 + 0.0591(\log [{\rm Cu}({\rm H}_{-1}{\rm L}){\rm L}^-] - 2\log [{\rm L}^-])
\end{array}
\] |
| \[
\begin{array}{l}
2{\rm Cu}({\rm H}_{-1}{\rm L}){\rm L}_2^{2-} + {\rm H}_2{\rm O} + 2{\rm H}^+ + 2{\rm e} \rightleftharpoons {\rm Cu}_2{\rm O} + 4{\rm L}^- : \\
\quad E = 0.903 + 0.0591(\log [{\rm Cu}({\rm H}_{-1}{\rm L}){\rm L}_2^{2-}] - 2\log [{\rm L}^-] - {\rm pH})
\end{array}
\] |
| \[
\begin{array}{l}
{\rm Cu}_2{\rm O} + 2{\rm H}^+ + 2{\rm e} \rightleftharpoons 2{\rm Cu} + {\rm H}_2{\rm O} : \\
\quad E = 0.903 + 0.0591(\log [{\rm Cu}({\rm H}_{-1}{\rm L}){\rm L}_2^{2-}] - 2\log [{\rm L}^-] - {\rm pH})
\end{array}
\] |
上記の反応式をもとに描画したCu-乳酸-水系電位-pH図が
Fig. 7(d)である.pH8以上においても,Cu(H
−1L)L
−(aq)やCu(H
−1L)
22−(aq)などの銅錯体として溶解している.これらの銅錯体領域の卑な電位側にはCu
2O領域が存在しており,pH9-12.5の銅乳酸錯体水溶液に基板を浸漬し,陰分極することによってCu
2O層が生成するという実験結果と一致する.
前述のように,CuOもCu2Oもp型半導体であり,光電変換層として機能するが,高効率化のためには異なるバンドギャップエネルギーを有する複数のp型半導体層を包含することが望ましく,変換効率30%を超える性能を実証している多接合型の太陽電池もInGaP,GaAs,Geなどの複数のp型半導体を内包している59).そのため,主に光電気化学水分解光カソードとしての応用を目的としてCu2OとCuOを積層した積層型光カソードの研究が活発化している.種々の作製方法が用いられているが,前述の銅乳酸錯体水溶液から電気化学的に形成したCu2O層などを大気酸化する方法など,形成過程に加熱工程を含んでいる.しかし,Cu2O層の酸化によるCuO形成過程では,ナノポアなどの欠陥が生成し,光照射によるキャリア生成・輸送過程の障害となることが報告されている60).
前述のように,単純塩水溶液からはCu2O層は形成できるが,CuO層は形成できない.また,銅乳酸錯体水溶液では,pH9-12.5程度の領域において銅乳酸錯体領域から陰分極によりCu2O層が形成できるが,CuOは形成できない.銅アンモニア錯体水溶液からは陽分極することによってCuO層は形成できるが,Cu2O層は形成できない.しかし,これらの銅錯体水溶液の要件を整理すると,Cuアンモニア錯体水溶液のようにCu錯体領域の高pH側もしくは低pH側にCuO領域が存在し,Cu乳酸錯体水溶液のように卑な電位側にCu2O領域が存在すれば,単一水溶液から電位制御によってCuOならびにCu2O層が形成できることになる.また,Cuアンモニア錯体からのCuO形成の境界pHならびにCu乳酸錯体からのCu2O形成の標準電極電位は,いずれもCu-NH3錯体ならびにCu-乳酸錯体種の安定度定数(logK)の関数である.すなわち,適当な安定度定数を有するCuに対する配位子を選択すれば,CuOとCu2Oの単一水溶液からの電気化学的形成は可能になる.著者らは,これらの考察から,配位子として酒石酸を選択した.Fig. 8に,期待されるCu-酒石酸-水系電位-pH図と溶液中溶解化学種のpH依存性を示す.高いpH領域において[Cu2(H−2L)2]4−錯体(ここで,H2L = HCOOCCH(OH)CH(OH)COOH)が生成し,溶解する.この水溶液中に基板を浸漬し,陰分極すると下記の反応によりCu2O層が析出する.
| \[
\begin{array}{l}
[{\rm Cu}_2({\rm H}_{-2}{\rm L})_2]^{4-} + 2{\rm e} \rightleftarrows 2{\rm Cu}^+ + 2({\rm H}_{-2}{\rm L})^{4-} \\
{\rm Cu}^+ + {\rm OH}^- \rightleftarrows {\rm CuOH}\\ 2{\rm CuOH} \rightleftarrows {\rm Cu}_2{\rm O} + {\rm H}_2{\rm O}
\end{array}
\] |
また,陽分極した場合,
Fig. 8中の赤矢印で示すように,酸素発生電位までは真っ直ぐ直上に分極するが,酸素発生に伴う界面pHの減少によって矢印はpHの低い側に曲がり,CuO領域に入ることによって,下記の反応によりCuOが析出する.
| \[
\begin{array}{l}
{\rm H}_2{\rm O} + 4h^+ \rightleftarrows {\rm O}_2 + 4{\rm H}^+ \\
\left[{\rm Cu}_2({\rm H}_{-2}{\rm L})_2\right]^{4-} + 2{\rm H}^+ \rightleftarrows [{\rm Cu}_2({\rm H}_{-1}{\rm L})_2]^{2-} \\
\left[{\rm Cu}_2({\rm H}_{-1}{\rm L})_2\right]^{2-} + 4{\rm OH}^- \rightleftarrows 2{\rm Cu}({\rm OH})_2 + 2({\rm H}_{-1}{\rm L})^{3-} \\
{\rm Cu}({\rm OH})_2 \rightleftarrows {\rm CuO} + {\rm H}_2{\rm O}
\end{array}
\] |
析出したCuO層は単斜晶系格子を有しバンドギャップエネルギーは1.5 eV,Cu
2O層は立方晶格子でバンドギャップエネルギーは2.1 eVであり,析出した状態で標準的な物性を有する半導体層である
54).
Fig. 9に示すように,時間と共に製膜電位を制御,すなわちCuO形成には陽分極,Cu2O形成には陰分極と電位スイッチングを行うことによって,CuO/Cu2OならびにCu2O/CuO積層体を形成することができる.Cu2O層上のCuO層形成においては,CuO形成に必要なホール(h+)がCu2O層中の多数キャリアであるため,外部からの電位付加により形成できる.しかし,CuO層上にCu2O層を形成する場合,Cu2Oの形成に必要な電子は,CuOでは少数キャリアとなるため,In-darkでは十分に供給することが難しい.そのため,バンドギャップエネルギーよりも大きなエネルギーの光を照射することによって少数キャリアである電子量を増加させる.また,Cu酒石酸錯体水溶液界面では,p-CuO層の伝導帯ならびに価電子帯は下側に屈曲していることから励起した電子は,この内蔵電界によって固液界面に供給され,前述のCu2O析出反応を駆動する.その結果,Fig. 9に示すように,CuO/Cu2OならびにCu2O/CuO積層体を形成することができる54).