2020 Volume 84 Issue 6 Pages 208-215
Ultrafine-grained Al-Mg-Sc alloys were fabricated by the multi-directional forging (MDF) with different number of forging passes of 3, 9 and 15, i.e., to cumulative strains of ΣΔε = 1.2, 3.6 and 6.0, at room temperature. The achieved average grain sizes were 950 nm, 680 nm and 360 nm at 3 passes, 9 passes and 15 passes, respectively. Peak-aging treatments at 473 K for 172.8 ks were adopted for a portion of specimens after MDF in order to obtain finely dispersed Al3Sc precipitates. Grain coarsening did not take place in all the specimens during the aging. The activation volume for plastic deformation was estimated from the strain-rate jump tensile tests before and after the aging. Aging-free 3-pass and 9-pass specimens showed positive temperature dependence of the activation volume, while that of the aging-free 15-pass one bearing the smallest grain size exhibited a negative temperature dependence. Contrary to these results, values of the activation volume in the peak-aged specimens were approximately identical regardless of grain size or deformation temperature. These results strongly suggested that, due to the precipitation of Al3Sc, the rate-controlling process of deformation was changed from interaction between forest dislocations and mobile dislocations for the aging-free 3-pass and 9-pass specimens to interaction between mobile dislocations and Al3Sc precipitates, or from bowing-out of dislocations from grain boundaries for the aging-free 15-pass specimen to the interaction between the mobile dislocations and precipitates.
近年,各種金属材料の巨大ひずみ加工によって,ナノスケールの平均結晶粒径をもつ超微細粒バルク材の作製が可能となった.代表的な巨大ひずみ加工法として,繰り返し接合圧延(Accumulative Roll Bonding: ARB)加工1),側方押出し(Equal Channel Angular Pressing: ECAP)加工2),高圧ねじり(High Pressure Torsion: HPT)加工3),多軸鍛造(Multi-Directional Forging: MDF)加工などが挙げられる4).超微細粒材は優れた機械的特性を示すため,近年盛んに研究が行われている5-7).さらに,超微細粒材は一般的な粗大粒材とは異なる,特異な機械的特性を示すことも明らかになりつつあり,学術的な面からも注目を集めている.例えば,面心立方構造(fcc)純金属の粗大粒材において,塑性変形の活性化体積は温度の増加関数,即ち正の温度依存性を持つのに対して,超微細粒材では負の温度依存性を示すことが多数報告されている8-11).このような活性化体積の大きな粒径依存性と温度依存性について,Kato et al.10,11)はfcc純金属の粒界からの転位の放出を考慮したデピニングモデルを用いて定量的に説明している.このモデルでは,結晶粒が超微細化することによって粒内に転位源を持つことが困難となり,その結果,転位源が粒界上へ遷移し,活性化体積の温度依存性が変化すると説明している.しかし,結晶粒内に微細な析出物が存在する場合の活性化体積の温度依存性への影響に関しては明らかにされていない.粒内に微細な析出物が存在する場合には,粒界からの転位の放出ではなく,析出物の乗り越え過程が変形を律速することが考えられる.そのため,超微細粒材の示す特異な活性化体積の温度依存性が変化することが予測される.
本研究では,MDF加工を室温で行う冷間MDF加工を種々のパス数施し,結晶粒径の異なるAl-Mg-Sc合金超微細粒材を作製した.さらに熱処理を施すことで粒内および粒界に微細Al3Sc析出物を分散させた試料も作製した.これらの合金試料を用いて,機械的特性の温度依存性を調査した.
受け入れ材は,(株)UACJよりご提供頂いたAl-Mg-Sc合金熱間圧延板である.合金組成をTable 1に示す.熱間圧延板試料作製プロセスは以下に示すとおりである.ブックモールド鋳造によって得た,長さ170 mm,幅200 mm,厚さ60 mmの鋳塊に,813 Kで14.4 ksの均質化処理を施した.均質化処理後の試料の各面を5 mm研削した後,熱間圧延を開始温度788 Kにて,厚さ約20 mmまで行った.この受け入れ材の熱間圧延板より,後述の直方体試料を切り出し,863 K,7.2 ksの溶体化処理を施した後,冷間MDF加工を行った.本研究で用いるMDF加工とは,一定圧縮ひずみを,3方向(直方体試料各板面の法線方向)から,圧縮を繰り返し加える加工法である4).適切な試験片寸法比と,1パス当たりのひずみΔεを用いることで,圧縮後も試験片寸法比が変化せず,圧縮方向を90°変更する事で同様の変形を再度加えることができ,理論上限りなく加工ひずみを与えることが可能となる.本研究では,Δε = 0.4とし,これに対応するよう,受け入れ材の熱間圧延板より圧延方向(RD)に15 mm,圧延ロール方向(TD)に22.4 mm,板面法線方向(ND)に18.3 mmの直方体試料を切り出した.また,加工温度は室温,初期ひずみ速度$\dot{\varepsilon}$ = 1.0 × 10−3 s−1にて,3パス(積算ひずみΣΔε = 1.2),9パス(ΣΔε = 3.6),15パス(ΣΔε = 6.0)のMDF加工を行った.その後,一部の試料については473 Kにて時効熱処理を最長302.4 ksまで行った.以後,時効熱処理の有無とMDFパス数をもって試料名を表す.すなわち,MDF加工まま材にはST-,ピーク時効を施した試料にはPA-を頭に付記し,続けてMDFパス数を付記した.例えば,溶体化処理後,MDF加工を9パス施した試料はST-9材,またこれにピーク時効を施した試料はPA-9材と表記する.これらの試料を用いて,光学顕微鏡(OM),透過型電子顕微鏡(TEM)にて組織観察を行うとともに,硬さ試験,比抵抗測定,引張試験を行った.いずれの試験に用いた試料もバルク試料の中心部付近より切り出しを行った.
Chemical composition of an Al-Mg-Sc alloy used in this study (mass%).
OM観察用試料は,エメリー研磨紙,粒度0.05 µmのアルミナ懸濁液を用いて機械研磨を施した後,コロイダルシリカを用いた琢磨を行った.その後,弗酸水溶液(蒸留水:弗酸(46%) = 10:1(体積比))を用い,室温にて30 sの条件でエッチングを行った.TEM観察は,FEI社製TECNAI G2を用いて,加速電圧200 kVにて行った.TEM用薄膜試料は,過塩素酸:メタノール = 1:9(容積比)の溶液を用い,液温243 K,電圧28 Vの条件でツインジェット法にて作製した.
硬さはマイクロビッカース硬度計((株)明石製作所製HM-102)を用いて測定した.この際,荷重4.9 N,10 s保持の条件にて10回の測定を行い,その平均値を求めた.電気抵抗は日置電機(株)製RM3545-01を用いて,4端子法により測定した.この際,電流1 A,室温大気中にて測定を行った.得られた抵抗値から,試料断面積と測定点長さを用いて比抵抗値に換算した.
引張試験は,平行部が長さ5 mm,幅1.5 mm,厚さ0.6 mmの板状肩付き試験片を作製し実施した.この時,引張軸は最終圧縮軸に対して垂直とした.万能試験機((株)島津製作所製AG-10kNX plus)を用いて,77 K,室温(RT)の試験温度において,初期ひずみ速度$\dot{\varepsilon}$ = 1.0 × 10−3 s−1の条件下で行った.併せて,200 K及び77 Kで,$\dot{\varepsilon}$ = 1.0 × 10−4と1.0 × 10−3 s−1にてひずみ速度を変化させる,ひずみ速度急変試験を行った.ここで,200 K及び77 Kでの低温試験に用いた冷媒は,それぞれ融点付近まで冷却したメタノール,液体窒素であり,試験片を各冷媒に浸漬し600 s保持した後,浸漬したまま試験を行った.また,メタノール冷媒中で試験を行う際には,試験開始時,及び試験中の冷媒温度を測定し,液体窒素を適宜加え温度が±2 Kとなるようにした.
Fig. 1に溶体化処理後の試料のOM写真を示す.結晶粒がRD方向に伸長した形状をしており,NDに沿った結晶粒界間隔は約96 µm,RDには約225 µm,TDには約102 µmであった.溶体化処理前の試料におけるND,RD,TDに沿った値,それぞれ約30 µm,153 µm,54 µmと比較して,粒成長が生じていた.また,TEM観察の結果,溶体化処理後の試料には,熱間圧延板中に存在していた平均半径約40 nmのAl3Sc析出物は認められずfcc単相となっていた.冷間MDF加工後の試料の組織をTEMを用いて観察した.Fig. 2にST-15材のTEM明視野像を示す.MDF加工によって,結晶粒が超微細化していることがわかる.また,Fig. 2の右上に,6 µmの制限視野絞りを用いて視野中心部より得られた制限視野回折像(SADP)を示す.SADPはリング状を呈しており,多くの粒界が大角粒界であることが確認できる.MDFパス数の増加に伴い結晶粒が微細化し,ST-3材,ST-9材,ST-15材の平均(亜)結晶粒径dはそれぞれ約950 nm,680 nm,360 nmであった.この時,小角粒界,大角粒界は区別せず粒径を測定した.
Optical micrographs of an Al-Mg-Sc specimen after hot-rolling and then solution treatment at 863 K for 7.2 ks. The micrographs were taken from (a) ND and (b) TD, respectively.
TEM micrograph of a ST-15 specimen. The inset is selected-area diffraction pattern taken using a selected-area aperture with 6 µm in diameter.
Fig. 3に,各パス材の時効温度473 Kにおける時効硬化曲線を示す.パス数の増加に伴い初期硬さが増加した.また,いずれの試料においても,約172.8 ksでピーク硬度に達し,その後軟化した.特に3パス材と9パス材の軟化量は大きく,302.4 ks時効後の組織観察の結果,再結晶が生じていた.以上より,172.8 ksの時効をピーク時効時間とし,この熱処理を施した試料をPA材とした.
Age-hardening curves of Al-Mg-Sc specimens processed by MDF of 3-passes, 9-passes and 15-passes at room temperature. The aging treatments were conducted at 473 K.
Fig. 4(a)にPA-15材のTEM明視野像を示す.Fig. 4(a)の右上にSADPも併せて示した.ピーク時効処理後も,超微細結晶粒組織が保たれていること,dは約360 nmとなっており,ST-15材のそれと比較して粒成長は起こっていないことがわかる.Fig. 4(b)に示すように,粒界上に析出物が存在し,粒界をピン止めしている様子が観察された.この粒界析出物はSADPの解析よりAl3Sc相と同定された.このAl3Sc析出物によって粒界移動が阻害されたため,ピーク時効熱処理後も微細結晶粒組織が維持されたと理解される.さらに,結晶粒内には,Fig. 4(c)に示すように,微細な球状Al3Sc析出物が観察された.したがって,時効による硬度上昇はAl3Sc析出物によってもたらされたと言える.Table 2にPA材のd,粒内Al3Sc析出物の平均半径rを示す.併せて,ST材のdも示した.いずれのPA材においても,同パス数のST材と比較してdはほとんど変化していないことがわかる.また,MDFパス数にかかわらず粒内のAl3Sc析出物のrはほぼ同じであった.
(a) TEM micrograph of a PA-15 specimen. (b) High-magnification TEM micrograph showing an Al3Sc precipitate pinning a grain boundary. (c) High-resolution TEM micrograph showing an Al3Sc precipitate within grain-interior. The inset in (a) is selected-area diffraction pattern taken using a selected-area aperture with 6 µm in diameter.
Average grain size d and radius r of Al3Sc precipitates in PA-specimens. Average grain sizes of ST-specimens are shown for comparison. Also shown are data for an OA-15 specimen (15-pass specimen over-aged at 473 K for 302.4 ks).
室温にて,初期ひずみ速度$\dot{\varepsilon}$ = 1.0 × 10−3 s−1の条件下で引張試験を行った.得られた各試料の応力-ひずみ曲線をFig. 5に示す.拡大図で示してあるようなセレーションがすべての試料の応力-ひずみ曲線に見られる.Al母相中のMg原子は転位周りにコットレル雰囲気を形成することが知られており12-14),運動転位のコットレル雰囲気によるトラップと,雰囲気からの離脱が生じ,セレーションが発現したと言える14-17).Table 3に,得られた各試料の機械的特性をまとめて示す.Fig. 6に各試料のdと得られた0.2%耐力σ0.2の関係を示す.σ0.2とd−1/2の間に線形関係が認められ,Hall-Petch則に従って結晶粒が微細化するほどσ0.2が上昇していることが分かる.また,PA材はAl3Sc析出物による析出強化によって,ST材よりも高いσ0.2を示した.
Stress-strain curves of (a) ST-specimens and (b) PA-specimens. Tensile tests were conducted under an initial strain rate of 1.0 × 10−3 s−1 at room temperature.
Fracture strain εf, 0.2% proof stress σ0.2 and tensile stress σUTS of ST-specimens and PA-specimens. The data were obtained from tensile tests at an initial strain rate of 1.0 × 10−3 s−1 at room temperature.
Grain size d dependence of 0.2% proof stress σ0.2 of ST- specimens and PA-specimens. The data were obtained from tensile tests at an initial strain rate of 1.0 × 10−3 s−1 at room temperature.
Fig. 7に,77 Kで得られた各試料の応力-ひずみ曲線を示す.すべての試料において応力レベル,伸びが室温よりも増加した.また,セレーションは確認されなかった.これは試験温度低下によってMgの拡散速度が低下するため,コットレル雰囲気の形成が困難なためと理解できる18).
Stress-strain curves of (a) ST-specimens and (b) PA-specimens. Tensile tests were conducted at an initial strain rate of 1.0 × 10−3 s−1 at 77 K.
室温(RT),200 K及び77 Kにて,ひずみ速度急変試験を行った.この際,初期ひずみ速度を$\dot{\varepsilon}$ = 1.0 × 10−4 s−1とし,引張試験中に$\dot{\varepsilon}$ = 1.0 × 10−3 s−1となるようにクロスヘッド速度を急変させ,その後,ひずみ量0.5%程度保持した後,再びひずみ速度が$\dot{\varepsilon}$ = 1.0 × 10−4 s−1となるようにクロスヘッド速度を急変させ同じくひずみ量0.5%程度保持した.これを交互に引張強さに達するまで複数回繰り返した.一般に,引張試験中にひずみ速度を増加すると,それに対応して流動応力の増加が見られる19).200 Kと77 Kにおいては,ひずみ速度の増加/減少に対応した流動応力の増加/減少が観察された.一方で,RTにおいては,ひずみ速度の増加/減少に対して流動応力は逆に減少/増加し,反対の挙動を示した.Miyajima et al.によって室温付近におけるAl-Mg合金超微細粒材の変形機構は,Mg原子による動的ひずみ時効が支配的であると報告されている20).そして,本研究と同様に,ひずみ速度の増加/減少に対して流動応力が減少/増加を示すことが報告されている.本研究の結果も,Mgの動的ひずみ時効によってRTでの試験における流動応力変化の逆転が生じたと考える.次に77 Kと200 Kの結果について述べる.
ST材とPA材のひずみ速度急変試験の結果をそれぞれFig. 8とFig. 9に示す.77 Kにおいては,ひずみ速度の変化による流動応力の変化が大きく,鋸歯状のグラフとなった.200 Kにおいては,ひずみ速度の変化による流動応力の変化が77 Kと比較して小さくなった.200 Kにおいて,Fig. 8中の拡大図に示すように,ひずみ速度増加に対応して流動応力が増加するが,その後急激に減少した.これは,転位がコットレル雰囲気からの離脱時に観察される典型的な現象であることから,Mg原子のコットレル雰囲気による影響と判断された21).
Stress-strain responses of ST-specimens during strain-rate jump tests. The strain-rate jump tests were conducted between $\dot{\varepsilon}$ = 1.0 × 10−4 and 1.0 × 10−3 s−1 at (a) 77 K and (b) 200 K.
Stress-strain responses of PA-specimens during strain-rate jump tests. The strain-rate jump tests were conducted between $\dot{\varepsilon}$ = 1.0 × 10−4 and 1.0 × 10−3 s−1 at (a) 77 K and (b) 200 K.
Fig. 8とFig. 9に示した,ひずみ速度急変試験の結果より,活性化体積V*を算出した.この際,降伏直後の1回目(塑性ひずみ約0.5%)のひずみ速度急変時のデータを用いてV*を求めた.V*は以下の式で表される11).
\[V^* \equiv M_T kT{(\partial \ln \dot{\varepsilon}/\partial \sigma)}_T = M_T kT{[\ln ({\dot{\varepsilon}}_2/{\dot{\varepsilon}}_1)/\varDelta \sigma]}_T\] | (1) |
ここで,$\dot{\varepsilon}_1$(= 1.0 × 10−4 s−1)と$\dot{\varepsilon}_2$(= 1.0 × 10−3 s−1)はひずみ速度であり,Δσはひずみ速度変化に対応した流動応力変化,kはボルツマン定数,Tは変形温度,MTはテイラー因子である.ここで,MTはfccにおける一般的な値である3.06を用いた22).式(1)より得られた各試料のV*の変形温度依存性をFig. 10に示す.この際,V*は,バーガースベクトルの大きさ(b = 0.287 nm)を用いて規格化した値で示した.bの値は,X線回折より実験的に求めた格子定数(a = 0.4063 nm)より算出した.Fig. 10(a)に示すように,ST-3材,ST-9材は,変形温度の増加に伴いV*/b3が増加しており,正の温度依存性を示すことが分かる.一方で,ST-15材は,負の温度依存性を示している.また,PA材に関しては,MDFパス数にかかわらず,V*は300b3程度となった(Fig. 10(b)).さらに,V*はほとんど温度依存性を示さなかった.
Temperature dependence of normalized activation volume V*/b3 of (a) ST-specimens and (b) PA-specimens. Also shown in (b) is data for an OA-15 specimen (15-pass specimen over-aged at 473 K for 302.4 ks).
fcc純金属のV*は非常に大きな粒径依存性を持ち,さらに結晶粒を超微細化(50-500 nm)すると,V*の温度依存性が変化することが報告されている4-8).すなわち,結晶粒微細化に伴って,V*の温度依存性が正から負へと変化する8-11).このようなfcc金属超微細粒材のV*の結晶粒径・温度依存性について,Kato et al.10,11)は,結晶粒界から転位が放出されるデピニングモデルを用いて定量的に考察している.このモデルでは,結晶粒内に転位源を持つ場合には,運動転位と林転位の交切が変形を律速するのに対して,結晶粒微細化により転位源を粒内に持てない場合には,粒界からの転位の放出が律速過程へと遷移すると説明されている.Fig. 10(a)に示したように,ST材においてはMDFパス数の増加,つまり結晶粒微細化に伴い,V*の温度依存性は正から負への逆転を示した.これは,デピニングモデルに従えば,結晶粒微細化に伴って転位源が粒内から粒界上へ遷移し,運動転位と林転位間の相互作用から,粒界からの転位放出へと律速過程が変化したと理解される.
一方で,結晶粒内に微細なAl3Sc析出物が存在するPA材においては,Fig. 10(b)に見られるように,V*はほとんど温度依存性を示さなかった.これは時効によって析出したAl3Scの存在により変形の律速過程が変化したためと判断される23).すなわち,粒内もしくは粒界転位源から発生した転位は粒内析出物との相互作用によりピン止めされ,変形の律速過程が転位源からの転位放出から析出物の乗り越え過程へと変化したと予測される.変形の律速過程が析出物の乗り越えであるならば,V*は析出物半径rと析出物間距離λに依存することになる.本研究では,Fig. 11に示すように,Al3Sc析出物が,ある平面上で正六角形状に分布していると仮定して考察を進める.ここでλは,Al3Sc析出物のrと体積分率fを用いて以下のように表される24).
\[\lambda = r \left[{ \left(8 \pi /3 \sqrt{3}f \right)}^{1/2} - 2 \right]\] | (2) |
Schematic illustration of the distribution model of precipitate particles.
Volume fraction of Al3Sc precipitates f, average precipitate radius r, and inter-precipitate spacing λ for PA-specimens. Also shown are data for an OA-15 specimen (15-pass specimen over-aged at 473 K for 302.4 ks).
一般に,運動転位と析出物間の相互作用として,せん断機構とOrowan機構を挙げることができる27).せん断機構が働く場合(Fig. 12(a))のV*は以下の式で表すことができる.
\[V^* \equiv S^* b = 2r \lambda - (\lambda^2/4)[(2 \theta - \sin 2 \theta )/ \sin ^2 \theta ]\] | (3) |
\[V^* \equiv S^* b = (\pi /8)[{( \lambda + 2r)}^2 - \lambda ^2]b\] | (4) |
\[ \begin{split} S^* & = V^* /b \\[-1.25mm] & = ( \pi \lambda ^2/8)[(1/\cos ^2 \varDelta \theta ) + (\varDelta \theta /180^{\circ}) -1] + (\lambda ^2 \tan \varDelta \theta )/4 \end{split} \] | (5) |
Schematic illustration of activation volume in the (a) shearing and (b) overcoming process of precipitates.
Schematic illustration of activation volume in the bypassing process of precipitates.
冷間多軸鍛造(Multi-Directional Forging: MDF)加工によって作製した結晶粒径の異なるAl-Mg-Sc合金超微細粒材を用いて,変形挙動の温度依存性を調査した.得られた結果を以下に示す.
(1) MDF加工ままの試料では,比較的大きい結晶粒径をもつ3パス加工材,9パス加工材において活性化体積は正の温度依存性を示すのに対し,最も小さい結晶粒径をもつ15パス加工材において負の温度依存性を示した.これは,粒界デピニングモデルにより,結晶粒の微細化に伴い,変形の律速過程が運動転位と林転位間の相互作用から,粒界からの転位の放出に遷移したためと説明される.
(2) ピーク時効材では,いずれの試料においても活性化体積は温度依存性を示さず,大きさが一定であった.これはAl3Sc粒子が粒内に分散し,運動転位への障害物として働くため,変形の律速過程が運動転位と析出物の相互作用へ変化したためと理解される.
本研究の一部は,国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)産学共創基礎基盤研究プログラム(JPMJSK1413)の支援を受けて行われた.記して謝意を表す.