2020 Volume 84 Issue 7 Pages 237-243
The importance of controlling grain boundary (GB) segregation is increasing with the strengthening of steel. In this study, a theoretical prediction method for the amount of GB segregation for a solute element in polycrystals, is established. In this prediction method, a nano-polycrystalline GB model for simulating GBs in polycrystals is developed, and the segregation energy of a solute element is calculated comprehensively for all atomic sites constituting the GB model by using an interatomic potential. From the obtained segregation energies, the segregation amount of the solute element at each atomic site is determined. Subsequently, each atomic site is classified for based on its distance from the GB center, and averaged to calculate the segregation profile of the solute element for that distance from the GB center. By applying this method to the GB segregation of P in bcc-Fe and comparing its results with experimental findings, it is determined that this prediction method can attain a good prediction accuracy.
合金元素や不純物元素の粒界偏析は多結晶金属材料の種々の材料特性を支配する.特に鉄鋼材料においては,PやSといった不純物元素や,Mnなどの合金元素の粒界偏析に起因する粒界脆化が知られている1-6).例えば,僅か500 wt. ppmのPあるいは30 wt. ppmのSによって鉄の低温靭性の指標である延性脆性遷移温度が100 Kも上昇するとの報告があり7,8),これらの元素による粒界脆化がしばしば問題となってきた.特に単位添加量あたりの延性脆性遷移温度の増加幅は材料強度の上昇に伴って大きくなる9)ため,近年の鉄鋼材料の高強度化に伴い,粒界脆化の懸念は高まっており,これを抑制する材料設計が求められる.
粒界脆化を抑制するためのアプローチとしては,粒界を強化する合金元素を添加し,粒界に偏析させることで,粒界を強化することが考えられる.合金元素の粒界偏析の延性脆性遷移温度への影響は多結晶における粒界偏析量に比例して変化する1)ことが知られている.そのため,合金元素の添加量,温度に応じて,どの程度の偏析量になるかは材料設計において重要な基礎データとなる.しかしながら,これを実験的に調査することは多大な時間を要するため,実験データが存在するのは一部の元素に限られる.そこで本研究では多結晶の単一元素の粒界偏析量を非経験的に予測する手法の構築に取り組む.
粒界偏析量の非経験的な予測に関しては,第一原理計算を用いた偏析エネルギーの計算がしばしば用いられる10).粒界に対する偏析エネルギーは溶質元素が粒内に存在した場合と粒界に存在した場合のエネルギーの差として評価され,得られた偏析エネルギーを後述するLangmuir-McLeanの式11)に代入することで,熱平衡状態における偏析量を計算することができる.bcc Feにおいては,Σ3(111)対称傾角粒界を用いた第一原理計算による偏析エネルギーの計算によって,bcc Fe多結晶粒界におけるB,C,P,Sといった溶質元素の偏析エネルギーの大小関係がよく再現されることが知られており12),各元素の粒界偏析傾向の調査や粒界脆化の機構解明に役立てられてきた.一方で,定量的にはΣ3(111)対称傾角粒界などの特定の粒界に対する計算で得られた偏析エネルギー及びそれから計算される偏析量と多結晶粒界の実験値の間には乖離があることが指摘されており13),これまで十分な精度で多結晶の粒界偏析を予測可能な手法は確立されていない.
実験結果との乖離の原因は主に2つの理由に起因すると考えられる.1つ目は,偏析エネルギーの計算に用いられる粒界モデルが,多結晶の粒界を模擬できていないことが挙げられる.2つ目は,計算された偏析エネルギーから粒界偏析量を算出する際に,Langmuir-McLeanの式では不十分であることが挙げられる.第一原理計算で計算される偏析エネルギーは粒界モデルの粒界性格や偏析サイトに依存して変化する14,15).しかしながら,計算コストの観点から,Σ3(111)対称傾角粒界のような少ない原子数の結晶構造で計算可能なΣ値の低い粒界についての偏析エネルギーの計算がなされることが多い.またLangmuir-McLeanの式では,単一の偏析エネルギーの値に基づき,粒界偏析量を計算する式になっており,粒界性格や粒界サイトの依存性を考慮できない.
そこで本研究では,上述の2つの乖離の理由を考慮し,多結晶粒界における単一元素の熱平衡偏析量の予測精度の向上を目的として,①偏析エネルギーの計算に用いる粒界モデル及び,②計算された偏析エネルギーから偏析量を算出する方法,を改良した予測手法を構築する.特に本研究では多結晶粒界を模擬する粒界モデルとして,Voronoi分割16,17)で作成するランダムな結晶方位を持つナノ多結晶の粒界モデルを用いる.つまりµmオーダーの粒径を持つ一般的な多結晶の粒界の原子構造を直接取り扱うことは計算コストの観点から不可能であるため,これを計算可能なnmオーダーの結晶粒径を持つナノ多結晶の原子構造モデルで模擬することを考える.Voronoi分割については後述するが,これを用いて作成したナノ多結晶の粒界構造はµmオーダーの粒径を持つ一般的な多結晶の粒界構造と類似した構造を持つことが指摘されており18),これを用いることで,粒界性格や粒界サイトの依存性の影響を十分に考慮できると期待される.なお今回構築する予測手法はあらゆる2元合金における粒界偏析に適用可能な汎用的なものであるが,予測手法の妥当性を検証するため,実験値が存在するbcc Fe多結晶におけるP偏析に予測手法を適用する1).
本章では,最初に予測対象である多結晶の粒界偏析量がどのように測定,算出されているかについて,検証に用いるbcc Fe多結晶におけるPの粒界偏析を例に取って述べる.そしてそれを考慮した上で,予測精度を向上させるための,①偏析エネルギーの計算に用いる粒界モデル及び,②計算された偏析エネルギーから偏析量を算出する方法,について検討する.
2.1 多結晶における粒界偏析量の測定方法と,多結晶における粒界偏析量の予測で考慮すべき因子今回検証に用いるbcc Fe多結晶におけるPの粒界偏析の実験1)においては,測定サンプルを液体窒素温度に冷却し,オージェ電子分光法装置内の真空下で,ハンマーにより粒界破面を露出させる.そして得られた粒界破面に対し,オージェ電子分光法を用いた分析を実施する.粒界偏析量は一般に粒界ごとに変化するため,数十個程度の粒界に対し,分析を実施し,それらを平均することで多結晶粒界における偏析量を算出する.このように,多結晶における粒界偏析量は,偏析量が異なる粒界についての平均値として算出される.したがって,予測に用いる粒界モデルにおいても多結晶を模擬した原子構造を準備し,各粒界についての偏析量を計算,平均化することが必要であると考えられる.
また各粒界の偏析量の測定においては,粒界破面の深さ方向(粒界中心から離れる方向)に対し粒内部分からの信号が混ざっていることを考慮し,補正することで粒界中心(粒界破壊表面)から1原子層(2.5 Å)における偏析量を求めている19).一般に粒界偏析量は粒界中心からの距離が大きくなるほど減少し,十分離れると粒内の値に近づいていく20).したがって,実験値を予測あるいはそれと比較するためには,粒界中心からの距離に応じた粒界偏析量の変化を考慮し,分析手法に対応した領域の偏析量を算出する必要がある.ここでは検証に用いる実験で利用しているオージェ電子分光法による粒界偏析量の算出方法について述べたが,透過電子顕微鏡21)や3次元アトムプローブ22)を用いて測定される多結晶の粒界偏析量の予測においても,上述の因子の考慮が必要である.
上記のような実験における多結晶の偏析量の算出方法を考慮し,本予測手法においては,多結晶を模擬した粒界モデルを作成し,各粒界からの距離に応じた偏析量を求め,それを多結晶全体について平均化することで,粒界からの距離に応じた平均偏析量を算出する.これにより種々の分析手法の評価領域に対応した偏析量の算出が可能になる.なおオージェ電子分光法を用いた粒界偏析量の算出方法において,粒界破面として現れる粒界は,P偏析量が大きく割れやすい粒界に限定され,P偏析量が小さい粒界は平均値の算出において考慮されず,結果として多結晶の偏析量を過大評価してしまう可能性がある.この影響については,計算結果に基づき後ほど議論する.
2.2 多結晶を模擬する粒界モデル前述のように多結晶を模擬した粒界モデルの構築が必要である.そこで本研究では多結晶を模擬しうる粒界モデルとして,Voronoi分割16,17)を用いて作成するランダムな方位の結晶粒からなるナノ多結晶粒界モデルを検討する(Fig. 1参照).ナノ多結晶粒界モデルの作成方法については次章で詳細に述べるが,計算セルを空間的に分割し,各領域にランダムに結晶方位を割り当て,各領域を埋め尽くすように原子を配置し,初期構造を作成する.そして分子動力学法で構造緩和することで安定な粒界構造を持つ多結晶を得る.分子動力学法での構造緩和が必要であるため,一般に結晶粒径はnmオーダーになる.この手法で得られるナノ多結晶の粒界は,粒界構造の詳細な解析により,µmを超える粒界を持つ一般的な多結晶の粒界と類似した構造を持つことが示唆されている18).またE.A. HolmらはVoronoi分割で作成したナノ多結晶の結晶粒成長を分子動力学法で解析し,ナノ多結晶の平均結晶粒径が,µmを超える粒径を持つ多結晶で観測される,時間に対して1/2乗で成長する挙動をとることを示している23).粒成長挙動は粒界の性質の影響を強く受けることが知られており24),Voronoi分割で作ったナノ多結晶が一般的な多結晶の結晶粒成長挙動と同様の振る舞いを示すことは,Voronoi分割で作ったナノ多結晶の粒界が,一般的な多結晶の粒界に近いものとなっていることを期待させる.
Nano-polycrystalline grain boundary model. The white circles represent atomic sites whose atomic structures are not bcc. The cell size is 28.6 nm × 28.6 nm × 28.6 nm.
前節で述べたようにナノ多結晶粒界モデルを用いた偏析量予測を検討する.上述したように各偏析サイトにおける偏析エネルギーは第一原理計算によって計算することができるが,一般にナノ多結晶は低Σ値の対称傾角粒界の粒界モデルよりもはるかに大きい原子数から構成されるため,計算コストの観点から現実的ではない.
そこで本予測手法では,原子間ポテンシャルを用いて各サイトの偏析エネルギーを計算し,これを用いた偏析量計算を検討する.Fe-P2元系においては第一原理計算の計算結果を再現するように構築された精度の高い原子間ポテンシャルが開発されており25),それを用いた粒界偏析の解析が報告されている26).原子間ポテンシャルは第一原理計算に比べて,計算コストが極めて低いため,原子数の大きい粒界モデルの偏析エネルギーの計算が可能で,それを多数実施することも容易である.そこで,これを用いてナノ多結晶モデルを構成する全ての原子サイトについて原子間ポテンシャルを用いて網羅的に偏析エネルギーを計算し,それを利用し偏析エネルギーの原子サイト依存性及び粒界からの距離を考慮した平均偏析量の算出を検討する.
偏析エネルギーから偏析量を算出する場合,前述したようにLangmuir-McLeanの式11)がよく用いられる.すなわち,溶質元素の粒界偏析量cgbは以下の式で与えられる.
\[c_{\rm gb} = \frac{c_{\rm bulk}{\rm exp} \left(\dfrac{E_{\rm seg}}{k_{\rm B}T} \right)}{1-c_{\rm bulk} + c_{\rm bulk}{\rm exp}\left(\dfrac {E_{\rm seg}}{k_{\rm B}T}\right)}\] | (1) |
\[c_{\rm gb}^i = \frac{c_{\rm bulk}{\rm exp}\left(\dfrac{E_{\rm seg}^i}{k_{\rm B}T}\right)}{1-c_{\rm bulk}+c_{\rm bulk}{\rm exp}\left(\dfrac{E_{\rm seg}^i}{k_{\rm B}T} \right)}\] | (2) |
\[c_{\rm gb} = \mathop \sum \limits_i \left({{F_i}c_{\rm gb}^i}\right)\] | (3) |
\[c_{\rm gb}(D) = \frac{1}{N^D} \sum _{\begin{subarray}{c}i\\{(D - 1/2{\rm d}D < D_i}\\{<D+1/2{\rm d}D)}\end{subarray}} \frac{c_{\rm bulk}{\rm exp}\left(\dfrac{E_{\rm seg}^i}{k_{\rm B}T} \right)}{1-c_{\rm bulk}+c_{\rm bulk}{\rm exp}\left(\dfrac{E_{\rm seg}^i}{k_{\rm B}T}\right)}\] | (4) |
Voronoi分割の手法16,17)を用いて,ナノ多結晶粒界モデルの初期構造を作成する.最初に計算セル内にランダムに結晶粒のもととなる点を複数配置する.次に周期境界条件を考慮したうえで,隣接した点間を垂直二等分面で分割し,各点を含む領域(結晶粒に対応)に分割する.各点に結晶方位をランダムに割り当て,各領域に対応する結晶方位を持つよう原子を敷きつめ,初期構造を作成する.上記の手順をAtomskコード33)で実施し,ナノ多結晶粒界モデルの初期構造を作成した.ここでは28.6 × 28.6 × 28.6 nm3の計算セルと,125個の結晶粒からナノ多結晶モデルの初期構造を作成した.続いて粒界構造の緩和を,H. Van Swygenhovenらの方法18)に習い分子動力学法で実施した.すなわち300 Kで300 psec保持した後,0 Kまで冷却し,最後に共役勾配法で原子位置の最適化を実施した.分子動力学計算はLAMMPSコード34)で実施した.なお初期構造のまま分子動力学法を用いた緩和を実施すると,極めて距離が近い原子ペアが存在し,計算が発散してしまう.そのため計算セル内のすべての原子について,ランダムな順で原子を選択していき,選択された原子と2 Å未満の距離にある原子を探索し,それらを削除した.ここで計算が発散しない範囲で小さい距離として,2 Åを選択した.
得られたナノ多結晶モデルをFig. 1に示す.ここで,CNAでbcc構造でないと判断された原子サイトを白色で示している.得られたナノ多結晶粒界モデルの平均結晶粒径は5.3 nmであり,平均粒界エネルギーは1.53 J/m2であった.ランダムな方位を持つ多結晶が得られているか確認するため,Fig. 2には各粒界の方位差とその粒界中心から2.5 Å(1原子層)以内に存在する粒界サイト数の度数分布図を示す.結果は完全ランダムな結晶方位を仮定した場合のMacKenzieの分布(Fig. 2の破線)に近く,ランダムに近い方位を持つナノ多結晶モデルが得られていることがわかった.
Histogram of atomic sites near grain boundaries with the corresponding misorientation angle. The dashed line represents the distribution for a completely random case.
得られたナノ多結晶粒界モデルを用いて,それを構成する全ての原子サイト,約200万サイトにおけるPの偏析エネルギーを,Fe-Pの埋め込み原子法(Embedded Atom Method: EAM)ポテンシャル25)を用いて計算した.Pの偏析エネルギーは,対象のサイトのFeをP置換した場合のエネルギーの変化と,粒界から十分に離れたサイト(粒界からの距離が10 Å以上)のFeをPに置換した場合のエネルギーの変化の差から計算する.Pに置換した場合の計算においても,置換後に原子位置緩和を実施している.なお,M.A. Tschoppらはこのポテンシャルを用いて<110>軸対称傾角粒界の原子サイトについてPの偏析エネルギーを網羅的に計算し,Pの偏析エネルギーの粒界性格及び原子サイトの依存性が表現できることを示している26).またこの計算結果は第一原理計算によって計算されたΣ3(111)対称傾角粒界の各サイトの偏析エネルギー14)をよく再現している.
得られた各サイトの偏析エネルギーを粒界からの距離を考慮可能な偏析量の式(4)に代入することで粒界からの距離に応じた粒界偏析量を得た.ここで粒界中心はVoronoi分割で用いた垂直二等分面とし,各サイトの粒界中心からの距離は,対象のサイトからの各粒界中心までの距離が最も短いものとして定義した.
Fig. 3に各原子サイトの偏析エネルギーを対応する座標にカラーマップで示した.ここで,白色は偏析エネルギーがゼロであることを意味し,濃い赤色ほど,高い偏析傾向を示し,濃い青色を持つほど,対象のサイトでエネルギーが上昇することを示している.またFig. 4には各サイトの偏析エネルギーを粒界中心からの距離に対してプロットした.粒界に近いサイトでは,正あるいは負の大きな偏析エネルギーを示し,粒界から離れるに従い偏析エネルギーがゼロに近づいていくことがわかる.
Color map of segregation energy at each atomic site. Darker red represents a higher segregation energy at the corresponding site.
Relationship between segregation energy and distance from the grain boundary (GB) center for each atomic site.
Fig. 5に各サイトの偏析エネルギーを式(4)に代入して得られた粒界からの距離に対するPの偏析量を示す.ここでは実験データが存在する,Fe-0.05 wt%P,Fe-0.1 wt%P,Fe-0.2 wt%P及びFe-0.3 wt%Pにおける1073 Kの平衡偏析について計算した.この時,比較に用いた実験の各合金の粒径は,組織写真から数十µmを超えるものであり,Pの粒界偏析がPの粒内組成に与える影響を無視できるほど粗大であるため,式(4)の溶質元素の粒内組成cbulkとして合金組成を用いた.Fig. 5の結果は全ての粒界を平均化した偏析量であることに注意されたい.粒界に近づくにしたがって偏析量が増加する濃度プロファイルが得られ,実験で一般に観測される濃度プロファイルと対応する20).Pの偏析領域は,粒界中心からおよそ5 Å(粒界の両側を考えると1 nm),すなわち2原子層程度の領域に集中している.この結果からも偏析量は粒界からの距離に強く依存しており,実験結果と対応する粒界からの距離を考慮した比較が必要であることがわかる.
Dependence of grain boundary (GB) concentration of P on the distance from the GB center in the thermal equilibrium state at 1073 K.
木村らのオージェ電子分光法を用いた実験結果1)と比較するため,Fig. 5の結果から,1原子層領域(<2.5 Å)までの平均偏析量を求めた.Fig. 6に1原子層領域までの平均偏析量をPの添加量に対しプロットした結果(NP GB,2.5 Å)及び,比較のため2原子層領域(<5.0 Å)までの平均偏析量を計算した結果(NP GB,5.0 Å)及び実験値を示す.また比較として,第一原理計算を用いたbcc Feの偏析エネルギーの研究で最もよく用いられるΣ3(111)対称傾角粒界について,原子間ポテンシャルを用いて各サイトの偏析エネルギーを計算し,式(4)を用いて偏析量を計算した結果(Σ3 GB,2.5 Å)を示す.本予測手法を用いて1原子層領域の偏析量を計算した結果は,偏析量及びそのPの添加量依存性の実験値を良く再現している.Σ3(111)粒界を用いた計算ではPが粒界偏析することは再現できているものの,偏析量は多結晶の実験結果より大きくなっている.また比較として示した本予測手法を用いた2原子層領域の計算結果では,偏析量を過小評価している.このように多結晶を模擬した粒界モデルと,粒界からの偏析量の距離依存性を考慮し,測定手法に応じた適切な評価領域を選択した平均偏析量の算出により,実験値と良く一致する偏析量が得られることがわかった.次節以降では,本予測手法の妥当性について議論する.
Comparison between calculated and experimental results on the dependence of grain boundary (GB) concentration of P on P concentration in the bulk in the thermal equilibrium state at 1073 K. The red line (NP GB, 2.5 Å) represents the calculation result for the single atomic layer region using the nano-polycrystalline GB model. The black line (Σ3 GB, 2.5 Å) denotes the calculation result for the single atomic layer region using the Σ3(111) GB model. The green line (NP GB, 5.0 Å) indicates the calculation result for the double atomic layer region using the nano-polycrystalline GB model. The blue trend represents the experimental result for one atomic layer region measured by Auger electron spectroscopy.
今回作成したナノ多結晶粒界モデルを用いた計算で実験値とよく一致する偏析量を得た.しかしながら,粒界偏析量は一般に粒界に依存するため,今回作成したナノ多結晶粒界モデルの平均偏析量が偶然実験値と近い値になった可能性がある.この可能性について検討するため,Voronoi分割でナノ多結晶粒界モデルの初期構造を作成する際のランダムシードを変化させ,新たに2つのナノ多結晶粒界モデルを作成し,それぞれを用いて偏析量を計算した.Fig. 7には,3つの異なるナノ多結晶モデルを用いたFe-0.1 wt%Pの1073 Kの平衡状態における粒界からの距離に対するPの偏析量を示す.Case 2及びCase 3が追加で実施した結果であり,Case 1はFig. 5に示した結果である.3つの計算結果は極めて良く一致している.この濃度プロファイルから1原子層領域の偏析量を計算したところ,Case 1,Case 2,Case 3でそれぞれ,10.9 at%,11.1 at%,11.2 at%であり,得られる結果はランダムシードにほとんど依存しないことがわかった.
Dependence of grain boundary (GB) concentration of P in Fe-0.1 wt%P in the thermal equilibrium state at 1073 K on the random seed for constructing the nanocrystalline GB model.
本予測手法の偏析量に関する計算結果がナノ多結晶粒界モデルのランダムシードに依存せず,ユニバーサルな結果になっていた理由を調査するため,Case 1のナノ多結晶粒界モデルの各粒界における偏析量を算出し,それが平均の偏析量に対し,どのように寄与しているかを解析する.各粒界の1原子層領域の偏析量に対する度数分布図をFig. 8に示す.ここでは,構成する原子サイト数が小さく誤差が大きい粒界が度数分布に影響を与えるのを防ぐため,1つの粒界について,50サイト以上の原子サイトがある粒界について抽出した.なおここで取り除いた原子サイト数が小さい粒界は距離ごとの平均偏析量を計算する場合にはほとんど影響を与えないことに注意されたい.Fig. 8の偏析量についての度数分布は正規分布に近い分布となっており,正規分布へのフィッティングで得られた中央値11.0 at%は,上述した平均値の10.9 at%に近い値をとっている.このことから,ナノ多結晶粒界モデルにおける各粒界の偏析量は粒界ごとに異なるが,今回用いたナノ多結晶粒界モデルでは,多結晶の粒界偏析量の平均値を得るために十分な粒界数を含む粒界モデルになっていたことがわかった.
Histogram of grain boundary (GB) concentration of P at each GB in Fe-0.1 wt%P in the thermal equilibrium state at 1073 K. The solid line represents a normal distribution.
一方で,2.1節で述べたように,オージェ電子分光法を用いた手法では多結晶の平均偏析量を過大評価してしまい,比較の実験値として不適当となる懸念がある.そこでFig. 8の結果に基づき,P偏析量が小さい粒界が多結晶の平均偏析量の算出において考慮されなかった場合の影響について議論する.オージェ電子分光法を用いた実験において,あるP偏析量未満の粒界が粒界破面として現れず,結果として平均偏析量の算出においてそれらの粒界が考慮されなかった場合を想定し,Fig. 9には平均偏析量の算出で考慮される粒界の最低偏析量$c_{\rm gb}^{\rm min}$を変化させた場合に得られる平均偏析量を示した.$c_{\rm gb}^{\rm min}$が大きくなるに従い,算出される平均偏析量は大きくなるが,$c_{\rm gb}^{\rm min}$がFig. 8の正規分布にフィッティングした場合の中央値である11.0 at%としても算出される平均偏析量は13.5 at%である.実際の$c_{\rm gb}^{\rm min}$はこれよりも小さい値となるはずであり,例えば$c_{\rm gb}^{\rm min}$が8 at%となっても1 at%の変化しかなく,その影響は軽微である.これは各粒界の偏析量の度数分布が正規分布に従い,その分散が小さいことに由来する.このように,今回比較に用いたbcc FeにおけるPの粒界偏析については,オージェ電子分光法を用いた手法で,多結晶の平均偏析量に近い値が得られており,比較の実験値として妥当であることが示唆される.また得られる多結晶の平均偏析量と,延性脆性遷移温度の間に比例関係が成り立つ1)ことも,オージェ電子分光法を用いた手法で得られる平均偏析量が多結晶の平均値として妥当なものになっていることを示唆する.
Dependence of average grain boundary (GB) concentration of P on $c_{\rm gb}^{\rm min}$ in Fe-0.1 wt%P in the thermal equilibrium state at 1073 K. $c_{\rm gb}^{\rm min}$ is the minimum value of GB concentration taken into account in the calculation of the average GB concentration.
本予測手法に基づく偏析量の計算結果は,偏析エネルギーの計算に用いる原子間ポテンシャルに依存する.原子間ポテンシャルについては,上述したように第一原理計算によって計算されたΣ3(111)対称傾角粒界の各サイトの偏析エネルギー14)をよく再現していることから,ナノ多結晶粒界モデルの偏析エネルギー計算においても妥当なものになっていることが示唆される.近年では,第一原理計算と機械学習を用いた高精度なポテンシャルの開発が進められており,今後それらを活用することでさらに精度の良い偏析エネルギーの計算が可能になると考えられる.
また偏析量の算出式(4)においては,CoghlanとWhiteの式の拡張であることから,粒界における溶質元素間の相互作用を考慮していない.今回の計算においては,Fig. 8に示したように粒界偏析量が10 at%をこえる場合もあることから,相互作用の大きさによっては溶質元素間の相互作用が無視できなくなる可能性がある.しかしながら,比較に用いた実験結果におけるPの添加量と粒界偏析量の関係が,溶質元素間の相互作用を考慮していないLangmuir-McLeanの式で良く整理されることから,今回計算した偏析量の水準においては溶質元素間の相互作用が偏析量に与える影響は小さいものと考えられる.一方で,溶質元素の種類や,その添加量次第では,溶質元素間の相互作用の考慮が必要となる場合がある.溶質元素間の相互作用の影響については,例えば準大正準集団モンテカルロシミュレーション35)を活用することなどで考慮可能である.しかしながら,これをナノ多結晶粒界モデルに適用した場合,粒成長の駆動力が極めて高いため粒成長による粒界の移動が生じてしまう.そのため偏析量の評価が困難になり,今回のようなµmオーダーの粒径を持つ多結晶の偏析量を予測に用いることはできない.今後,今回のナノ多結晶粒界モデルの計算結果を元に代表的な粒界を決定し,その双結晶の粒界モデルに対する準大正準集団モンテカルロシミュレーションによりこの困難を解決できると考えられる.
またナノ多結晶粒界モデルを用いているため,µmを超える粒径を持つ多結晶における平均偏析量に対し,粒界3重線の影響を過大評価している.粒界3重線においては粒界と偏析量が異なるとの報告があるため36),これがナノ多結晶粒界モデルを用いた偏析量予測の誤差となる可能性がある.G. Palumboらの提案した式37)によれば,粒径を5.3 nmで粒界幅を0.5 nmとした場合,粒界に対する3重線の割合は20%程度である.そのため粒径は小さいが,それでも粒界3重線の割合は20%程度であり,偏析量に大きな影響を与えなかったと推察される.粒径を変化させ,3重線の比率を変化させた場合についての偏析量計算を実施することで,3重線における偏析量を算出し,これを補正することでより精緻な粒界偏析量の予測が可能になると考えるが,これは今後の課題としたい.
このように本予測手法においては,原子間ポテンシャルの精度,溶質元素間の相互作用,粒界3重線の影響の考慮によって,さらなる精度の改善が期待される.しかしながら今回の検討により,適切な粒界モデルの選定と,粒界からの偏析量の距離依存性を考慮し,測定手法に応じた適切な評価領域を選択した平均偏析量の算出により,多結晶における粒界偏析量の予測精度が大幅に改善することが明らかとなった.
多結晶粒界における単一元素の平衡粒界偏析量予測の高度化について検討し,(1)多結晶粒界を模擬するナノ多結晶粒界モデルと,(2)偏析エネルギーのサイト依存性および粒界中心からの距離を考慮可能な偏析量計算式,を用いた予測手法を構築した.本予測手法をbcc Fe中におけるPの粒界偏析に適用し,測定領域を適切に選択し,実験値と比較することで,優れた予測精度が得られることがわかった.本予測手法はFe中におけるP偏析量の予測に限らず,様々な2元合金における多結晶粒界の偏析量予測に有効な手法であると期待される.
構造材料元素戦略拠点の支援を受けました.