Journal of the Japan Institute of Metals and Materials
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Crystallographic Orientation and Microstructure Dependences of Surface Potential for Annealed S45C Steel Using Combined Scanning Kelvin Force Probe Microscopy and Electron Backscatter Diffraction Analyses
Yoshiharu MuraseHiroyuki MasudaHideki Katayama
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2022 Volume 86 Issue 3 Pages 35-42

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Abstract

Scanning Kelvin force probe microscopy (SKPFM) and subsequent electron backscatter diffraction (EBSD) measurements were performed across the same area of a ferrite/pearlite microstructure for annealed S45C steel. Larger potential differences were observed at the heterogeneous phase boundaries between cementite and ferrite. The EBSD measurements confirmed the dependence of potential on the crystallographic orientation of the ferrite phases. Specific orientation relationships between ferrite and cementite phases were observed when both phases nucleated in the same pearlite colony, however, such relationships were not valid when nucleation occurred in separate colonies. The heterogeneous phase boundaries exhibiting larger potential differences, in addition to having no specific orientation relationship, could be considered as a highly plausible candidate location for corrosion initiation. Thus, combined SKPFM and EBSD analyses are a powerful technique to improve the evaluation of the corrosion initiation process in ferrite/pearlite microstructures with respect to potential difference and crystallographic orientation relationships.

 

Mater. Trans. 61 (2020) 482-489に掲載.Figs. 2, 3, 4, 6ならびにFigs. 1, 2, 3, 4, 6, 7のキャプションを修正.

1. 緒言

高い引張強度と靭性の両方を備えた革新的な構造材料は,精緻な微細組織制御によって実現される.巧妙にデザインされた結晶粒や析出物の配置が革新鋼材の高強度特性を引き出す一方で,それらが腐食感受性を高める原因にもなるため,そのような革新鋼材の社会実装検証プロセスの向上を目的とした,異相境界における腐食発生メカニズムを評価する技術の開発が求められている.走査型ケルビンプローブフォース顕微鏡(SKPFM)は,金属材料組織の仕事関数に関連する表面電位を測定できる有力な装置である1.この装置は,ケルビンプローブを装着した走査型プローブ顕微鏡と高解像の原子間力顕微鏡(AFM)から構成されており,同じ測定領域の電位分布と表面形状の情報を同時に得ることができる.これまでの多くの研究から,SKPFMによって測定された電位は,材料組織の仕事関数を反映するだけでなく,表面欠陥,表面酸化物層,化学組成,および残留応力によっても変化することが指摘されている.しかし,これら電位に影響を及ぼす多数の要因が存在する条件下であっても,SKPFMによって測定される異相境界での電位の差と水溶液中における異相境界での腐食電位差との間には線形関係が成立することが確認されている2,3.従って,隣接する相の電位差は,マイクロガルバニック反応における陽極と陰極の役割を決定する上で重要な相対的な貴卑を示している.昨今のSKPFMの技術的性能の向上により,少なくとも100 nm4の走査解像度と1 mV5の電位測定感度が達成されるに至り,構造材料の腐食挙動における微細組織の影響に関する研究にSKPFM技術を活用する事例が報告されている6-8.一方,電子線後方散乱回折(EBSD)法は,微細組織の結晶学的特徴の観点から構造材料の腐食挙動研究に採用されている9-11.EBSD法では,微細組織を構成する相,それらの結晶方位,局所的な弾性ひずみを伴う結晶方位変化,および隣接する相の間の結晶方位関係などを特定することが可能である.とりわけ,隣接する相の結晶方位関係から評価される相境界での格子の不整合性は,腐食発生過程の駆動力となる界面自由エネルギーに密接に関連する12.このように,電位差と結晶方位関係の両方ともが腐食感受性を決定する重要な要素であるが,これら2つの要素の関連性を研究した報告は非常に限られている2,13.そこで本研究では,焼鈍したS45C鋼のフェライト・パーライト組織について,SKPFM測定とその後のEBSDの連続測定を同じ領域で実施し,フェライト・パーライト組織の腐食発生過程に関与しうる微細組織の特徴について調査を行う.

2. 実験方法

本研究に用いた材料は市販のS45C鋼であり,鋼の化学組成をTable 1に示す.材料から10 mm(長さ)× 3 mm(幅)× 2 mm(厚さ)の寸法の小型直方体試験片を採取し,試験片を850℃で30 min焼鈍後,炉冷した.試験片の表面を#600-1200エメリー紙を用いて機械研磨後,コロイド状シリカ懸濁液で鏡面研磨を行い,Arイオンミリングにて表面仕上げを行った.試料表面には,SKPFMおよびEBSD測定領域のガイドとしてレーザーマーキングを施した.

Table 1 Chemical composition of S45Csteel (mass%).

本研究で使用したSKPFM(SII-SPI3800N)は,AFM,ケルビンプローブ,電位測定装置,およびX-Yステージシステムで構成される.ケルビンプローブには導電性RhコーティングSiチップを使用し,空気中,室温にて共振周波数を約25 kHzとし,タッピング/リフトデュアルパスモードにて測定を行った.測定領域は40 × 40 µm2であり,データポイント数は512 × 512ピクセル,電位の分解能は1.4 mVであった.この装置で得られる電位は,バイアス制御されたケルビンプローブと接地された試料の表面組織との間の電位差であり,電位データは相対的な数値にすぎないため,2つの組織間の電位の差異が重要な意味をもつことになる.ここで今回の測定では,得られた電位データの最低値をゼロに規格化して電位マップを作成した.SKPFM測定手法に関する詳細な説明は,他の文献を参照されたい6,7,14

SKPFM測定後,引き続き同一の領域でEBSD測定を行った.EBSD測定では,回折電子線検出器(EDAX,DVC-4)を備えた電界放出走査型電子顕微鏡(FE-SEM,日本電子㈱ JSM7900F)装置を使用した.測定領域では,40 × 40 µm2の領域にわたって0.20 µm間隔にて表面組織の結晶方位を測定した.逆極点図(IPF)マップは,試験片表面を法線方向(ND)に設定して作成された.EBSD測定データ分析には,ソフトウェアOIMシステム(バージョン7.3,㈱TSLソリューションズ)を使用し,微細組織の結晶方位解析には,信頼指数(CI)値が0.1以上のデータのみを採用した.

Fig. 1に本研究におけるSPKFM-EBSD複合解析の照合プロセスを示す.SKPFM測定はレーザーマーキングで囲まれた領域で行われ(Fig. 1(a)を参照),同時に得られる表面形状マップを基に(Fig. 1(b)を参照),対応する領域でEBSD測定が行われる(Fig. 1(c)を参照).Fig. 1(b)およびFig. 1(c)に示すように,表面形状マップは,SKPFM測定領域とEBSD測定領域と一致させるために重要な役割を果たしている.

Fig. 1

Collation process of combined SKPFM-EBSD analyses: (a) SEM photo of specimen surface engraved with laser markings, (b) surface topography at SKPFM measurement area and (c) SEM photo of corresponding area for EBSD analysis.

3. 結果

焼鈍したS45C鋼の試験片表面のフェライト・パーライト組織は,初析フェライト粒とパーライトコロニーで構成されていた.Fig. 2Fig. 3は,測定領域Aと測定領域Bにおける(a)SEM写真,(b)電位マップ,および(c)フェライト相と(d)セメンタイト相のIPFマップのセットをそれぞれ示している.電位マップは,パーライトコロニーがいくつかのタイプに特徴付けられることを示している.すなわち,1)コロニー内のフェライト相とセメンタイト相の間で電位差が相対的に大きいコロニー(領域AでPearlite colony-1に指定),2)コロニー内のフェライト相とセメンタイト相の間の電位差が相対的に小さく,かつ,フェライト相の電位が高いコロニー(領域BでPearlite colony-2に指定),および3)コロニー内のフェライト相とセメンタイト相の間の電位差が相対的に小さく,かつ,フェライト相の電位が低いコロニー(領域BでPearlite colony-3に指定)である.Fig. 2に示すように,コロニー内のフェライト相の電位と比較して,粗大なセメンタイト相の電位が高いため,Pearlite colony-1内の電位差が大きくなったと考えられる.また,セメンタイト相はパーライトコロニー内にラメラ状に存在するほか,コロニー境界に沿って断片的に核生成していることが観察された(Fig. 2(d)を参照).一方,Fig. 3(b)に示すように,Pearlite colony-2およびPearlite colony-3ではフェライト相とセメンタイト相の間の電位差が比較的小さくなった.Pearlite colony-2では,フェライト相の電位は比較的低かったが,セメンタイト相のラメラ幅が細密であったため,電位マップ上においてセメンタイト相の電位が高い値を示さなかったと推察される.Pearlite colony-3の場合では,コロニー内のフェライト相とセメンタイト相の電位が両方とも比較的高いため,電位マップ上での電位差が小さくなったと考えられる.このように,パーライトコロニー内におけるフェライト相とセメンタイト相の間の電位差は,ラメラ状セメンタイト相の生成状態だけでなく,フェライト相の相対的な電位にも依存すると考えられる.そこで,フェライト相の相対的な電位の結晶方位依存性を調べるため,初析フェライト粒とパーライトコロニー内のフェライト相について,電位マップとIPFマップの比較を行った.Fig. 4に示すように,電位マップの電位スケールを3等分(電位の昇順で低,中,高)し,電位マップ上の1つのフェライト相の電位に対応するスケールマークを割り当てたのち(Fig. 4(a)を参照),IPFマップ上で対応するフェライト相の結晶方位を基に結晶方位凡例にスケールマークを割り当て(Fig. 4(b), (c)を参照),対応するフェライト相のIPFプロット(Fig. 4(d)を参照)を作成した.Fig. 5は,(a)初析フェライト粒と(b)パーライトコロニー内のフェライト相について,電位のIPFプロットをそれぞれ示している.これらのプロットは,5つの測定領域においてSPKFM-EBSD複合解析を実施し,44個の初析フェライト粒と,43個のパーライトコロニーから得られた結果である.初析フェライト粒では,Fig. 5(a)に示すように,(001)面と(110)面の周りに低電位と高電位のプロットがそれぞれ分布することが確認された.(111)面の近傍にはプロットがほとんど見られなかったが,(111)面では(001)と(110)面の中間の電位に相当すると考えられる.パーライトコロニー内のフェライト相(Fig. 5(b)を参照)では,(001),(111)および(110)面の近傍のプロットは,それぞれ低電位,中電位,高電位のプロットにほぼ対応していた.これらの結果から,フェライト相の電位の結晶方位依存性は,初析フェライト粒とパーライトコロニー内のフェライト相の両方で類似しており,(001) < (111) < (110)面の順で電位が大きくなると考えられる.

Fig. 2

A set of (a) SEM photo, (b) potential map, and IPF maps for (c) ferrite phases and (d) cementite phases in Area A.

Fig. 3

A set of (a) SEM photo, (b) potential map, and IFP maps for (c) ferrite phases and (d) cementite phases in Area B.

Fig. 4

IPF plot configuration procedure: (a) potential map, (b) IPF map for ferrite phases, (c) orientation legend for IPF map and (d) IPF plot.

Fig. 5

IPF plots of the relative potential for (a) the pro-eutectoid ferrite grains and (b) the pearlitic ferrite phases.

次に,セメンタイト相と初析フェライト粒およびパーライトコロニー内フェライト相との間の結晶方位関係を,領域Cのフェライト・パーライト組織において測定した.Fig. 6は,領域Cの(a)SEM顕微鏡写真,(b)電位マップ,(c)フェライト相のIPFマップ,および(d)セメンタイト相のIPFマップのセットを示す.Fig. 6(c)に示すように,いくつかのフェライト相をそれぞれ①,②,③,④,および⑤に指定した.同様に,Fig. 6(d)に示すように,パーライトコロニー内で核生成したセメンタイト相,ならびにコロニーの境界に沿って核生成したセメンタイト相などをそれぞれⒶ,Ⓑ,およびⒸに指定した.ここで,フェライト相①とセメンタイト相Ⓐは,同じコロニー内のフェライト相とセメンタイト相である.セメンタイト(c)相とフェライト(α)相の間には,両格子間で整合性のよい方位関係として,a)Pitsch-Petch15,16およびb)Bagaryatsky16,17の関係が知られている.すなわち,a)[100]c~//$[3\bar{1}1]$α, [010]c~//[131]α, [001]c//$[\bar{2}\bar{1}5]$α,およびb)[100]c//$[1\bar{1}0]$α, [010]c//[111]α, [001]c//$[\bar{1}\bar{1}2]$αである.Fig. 7は,フェライト(α)相①の極点図とセメンタイト(c)相Ⓐの極点図を重ねあわせた図を示している.すなわち,Fig. 7(a)は,$[3\bar{1}1]$αと[100]c,(b)は[131]αと[010]c,(c)は$[\bar{2}\bar{1}5]$αと[001]c,(d)は$[1\bar{1}0]$αと[100]c,(e)は[111]αと[010]c,(f)は$[\bar{1}\bar{1}2]$αと[001]cの極点図の重ね合わせをそれぞれ示している.Fig. 7(a),Fig. 7(b),Fig. 7(c)に示すように,重ね合わせた極点図のプロットはほぼ重なり合うのに対し,Fig. 7(d),Fig. 7(e),Fig. 7(f)ではプロットは重なり合わない.これは,Fig. 6に示すフェライト相①とセメンタイト相Ⓐの間にPitsch-Petchの関係が成立することを示している.Table 2は,領域Cのフェライト相とセメンタイト相の間のすべての方位関係をまとめたものである.PはPitsch-Petchの関係が成立することを示し,NはPitsch-Petchの関係もBagaryatskyの関係も成立しないことを示す.Table 2に示すように,パーライトコロニーの境界で核生成したセメンタイト相は,2つの隣接するフェライト相のいずれかに対してPitsch-Petchの関係が成立していることが確認された.

Fig. 6

A set of (a) SEM photo, (b) potential map and IPF maps for (c) ferrite phases and (d) cementite phases in Area C.

Fig. 7

Overlaid pole figures at ferrite (α) phase ① and cementite (c) phase Ⓐ: (a) $[3\bar{1}1]$α vs. [100]c, (b) [131]α vs. [010]c, (c) $[\bar{2}\bar{1}5]$α vs. [001]c, (d) $[1\bar{1}0]$α vs. [100]c, (e) [111]α vs. [010]c and (f) $[\bar{1}\bar{1}2]$α vs. [001]c.

Table 2 Orientation relationship between ferrite and cementite in Area C.

4. 考察

一般に炭素鋼のフェライト・パーライト組織における局部腐食は,フェライト相とセメンタイト相の間の異相境界に沿って発生することが知られている.腐食性溶液中におけるマイクロガルバニック反応において,セメンタイト相は陰極サイトとして機能するため,隣接するフェライト相は陽極サイトとして優先的に溶解する.セメンタイト相はパーライトコロニー内だけでなく,パーライトコロニー周辺のフェライト相の溶解を促進することを詳述した報告18,19もなされている.フェライト相の腐食感受性における結晶方位依存性は,純鉄の仕事関数の理論計算をもとに詳細に解説されており20,その計算によれば,仕事関数は(001) < (111) < (101)面の順で増加することが報告されている.また,フェライト相の(101)面は最密面であり,上記3つの結晶面の中で最も表面エネルギーが低い21ことから,高い耐食性を有すると考えられる12.このようなフェライト相の仕事関数の異方性は,本実験で測定された初析フェライト粒(Fig. 5(a))とパーライトコロニー内のフェライト相(Fig. 5(b))のそれぞれの電位として反映されている.従って,電位マップにおいて,(001)面やその方位に近い結晶面をもつフェライト相は腐食の影響を最も受けやすいと考えられる.さらに,(001)面やその方位に近い結晶面をもつフェライト相がセメンタイト相と隣接し,かつ,その境界で大きな電位差を示す異相境界は,フェライト・パーライト組織における腐食起点候補と見なすことができる.

異相境界における電位差に加えて,隣接する2つの相の格子の不整合によって誘発される界面自由エネルギーは,腐食感受性を決定するもう1つの要因となる12.古典的な核生成理論から,炉冷却中の炭素鋼ではセメンタイト相とフェライト相間の界面自由エネルギーを最小化する結晶方位関係として,Pitsch-Petch15,16,Bagaryatsky17およびIsaichev22の関係が導き出されている.このなかで,Isaichevの関係は,Bagaryatskyの関係と方位関係が非常に近く,前者は後者からわずか3.8°離れている程度にすぎないため,ほぼ同等の関係と見なすことができる.炭素含有量が0.77 mass%未満の炭素鋼の亜共析変態では,共析温度をわずかに下回る温度で熱処理すると,初析フェライトの体積分率が大きくなり,パーライトコロニーが発達する前に,初析フェライト粒とオーステナイト相の界面にセメンタイト相が核生成する.また,この変態では,フェライト相と結晶方位が同一で連続的な初析フェライトを含むパーライトコロニーが一般的に形成される.ManganとShiflet23は,同一のパーライトコロニー内のフェライト相とセメンタイト相との間にPitsch-Petchの関係が成立するが,互いに異なるパーライトコロニーに属する初析フェライトとセメンタイト相の間には特定の結晶方位関係は観察されないことを報告している.本研究では,Fig. 6に示すように,セメンタイト相とフェライト相の方位関係を領域Cで調べたところ,Table 2に示す結果で,Pitsch-Petchの関係がフェライト相①とセメンタイト相Ⓐ(①-Ⓐと表記),および,②-Ⓑと⑤-Ⓒにも成立することを確認した.フェライト相①は,結晶方位が同一で連続的な初析フェライトを含むパーライトコロニーに対応するため,同一コロニー内のセメンタイト相Ⓐの間にPitsch-Petchの関係が成立することは,ManganとShiflet23が報告した結果とよく一致する.同様に,セメンタイト相ⒷとⒸは,それぞれ初析フェライト②と⑤を含むパーライトコロニーに属しているため,Pitsch-Petchの関係が成立したと推察される.領域Cの電位マップにおける電位差(Fig. 6(b)を参照)から,①-Ⓐ,①-Ⓑと①-Ⓒの間の異相境界において,腐食の感受性が高いことが示唆されるが,このなかで①-Ⓐの境界ではPitsch-Petchの関係が成立するため,界面自由エネルギーが低く腐食感受性が小さいと考えられる.従って,①-Ⓑと①-Ⓒの間の異相境界は,領域Cにおいて,電位差と結晶方位関係の両方の観点から,腐食開始の最も有力な候補と判断することできる.このように,SKPFMとEBSDの複合解析は,腐食発生過程の評価技術を向上させる有力な手法であると期待される.

従来の炭素鋼の腐食開始の典型的な形態として,孔食による腐食は,介在物(MnSなど)の周りのフェライト相の選択的溶解によって引き起こされる一般的で深刻な現象と見なされてきた18.MnS介在物は,マイクロガルバニック反応において隣接するフェライト相の陰極サイトとして機能すると考えられている.従って,革新的な高強度材料の製錬プロセス中の脱硫技術の開発によって,MnS介在物の出現を大幅に抑制して腐食発生に影響を与えないようにする必要がある.しかし,炭素鋼に基づく材料開発においては精緻な組織調整のもとに開発されたいかなる材料においてさえ,セメンタイト相の腐食への関与は本質的に避けられない.本研究の次のステップは,人工海水の液滴による腐食下で試験片のその場SKPFM測定を行い,今回の複合解析によって予測された腐食発生過程の評価および検証をすることである.構造材料の腐食発生過程について信頼性の高い評価手法の開発を推進するためには,SKPFMとEBSDの複合解析データをさらに蓄積する努力が必要である.

5. 結論

焼鈍されたS45C鋼のフェライト・パーライト組織についてSKPFMとEBSDの複合解析を実施した.組織中のフェライト相とセメンタイト相の異相境界における電位マップと結晶方位関係の結果から,電位の結晶方位依存性は,フェライト相において,(001) < (111) < (101)面の順序で電位が増加することを確認した.一方,セメンタイト相は安定した高い電位を示した.(001)面およびそれに近い結晶面を持つフェライト相とセメンタイト相との異相境界では大きな電位差が観察された.パーライトコロニー内のフェライト相とセメンタイト相との間の結晶方位には,Pitsch-Petchの関係が成立していた.パーライトコロニーの境界で核生成されたセメンタイト相が隣接するコロニーに属さない場合,そのコロニー内に属するフェライト相との間の異相境界には特定の結晶方位関係は検出されなかった.電位差と界面自由エネルギーの観点から,セメンタイト相とフェライト相との間に大きな電位差が存在し,かつ,特定の結晶方位関係をもたない異相境界は,パーライト・フェライト組織における腐食発生の有力な候補であると考えられる.このように,SKPFMとEBSDの複合解析は,腐食発生過程の評価技術を向上させるための有力な手法である.今後,これらSKPFMとEBSDの複合解析データを着実に蓄積していく努力が,構造材料の腐食発生過程における信頼性の高い評価手法の開発に貢献することが期待される.

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