2022 Volume 86 Issue 3 Pages 43-51
It is widely known that a steady-state grain size dss obtained by a plastic deformation varies with change in physical properties of a material, such as stacking fault energy ΓSFE, shear modulus G, flow stress σ and magnitude of Burgers vector b. In a previous study, a model has been proposed based on dislocation theory to describe the relationship between dss and physical properties. For pure metals, it has been reported that the variation of dss follows the model. For alloys, although the effect of the normalized stacking fault energy ΓSFE/Gb has been investigated, that of other physical properties such as σ has not been well considered. In this study, physical properties of the Ni-Fe alloys were controlled by changing Fe content, and effect of the physical properties on dss obtained by the High-pressure torsion (HPT) straining was investigated. dss of Ni-Fe alloys became finer with increasing Fe content. This study revealed that decrease in dss of Ni-Fe alloys follow the previous model, which suggested that not only ΓSFE/Gb but also normalized flow stress σ/G affects dss of Ni-Fe alloys. It is presumable that the decrease in ΓSFE/Gb suppresses the recovery of dislocations, and the decrease in inverse of σ/G enhances the introduction of dislocation, which leads to a finer dss in the Ni-Fe alloys.
微細な結晶粒を有する材料の作製を目的とし,HPT(High-pressure torsion)加工1)やECAP(Equal-channel angular pressing)加工2)などの巨大ひずみ加工法が提案された.それらを用いることで様々な純金属や合金における結晶粒の微細化挙動の調査が行われた.塑性変形による結晶粒の微細化はHansenらによって提案されたgrain subdivisionモデルによって理解される3,4).このモデルによると,塑性変形によって試料内に転位が蓄積されることで粒内に転位壁が形成され,ひずみ量の上昇とともに転位壁により生じた粒間の方位差が大きくなり,結晶粒が分断されることで結晶粒の微細化が進行する.結晶粒の微細化は与えたひずみ量の増加とともに進行するが,次第に導入される転位と消滅する転位が釣り合うことで,最終的に結晶粒径の微細化は定常状態となる5,6).定常状態となった粒径を定常結晶粒径dssと呼び,dssは加工条件(ひずみ速度,加工温度)や材料の物性値によって変化する.
積層欠陥エネルギーΓSFEは転位挙動に影響する重要な物性値である.転位の回復頻度は転位の上昇運動の速度vcに依存し7-9),vcとΓSFEの関係は
\begin{equation} v_{c} = c_{1}\frac{(\sigma Db^{2})\left(\cfrac{\varGamma_{\text{SFE}}}{Gb}\right)^{2}}{kT} \end{equation} | (1) |
\begin{equation} d_{\text{eq}} = \left(\frac{Ga^{2}}{16\pi \varGamma_{\text{SFE}}}\right)\left(\frac{2 - 3\nu}{3(1 - \nu)}\right) \end{equation} | (2) |
このように,dssは様々な物性値の影響を受ける.Mohamedは転位論を基にdssと物性値の関係式
\begin{equation} \frac{d_{\text{ss}}}{b} = c_{2}(e^{-\beta Q/4RT})\left(\frac{D_{\text{Po}}Gb^{2}}{v_{0}kT}\right)^{0.25}\left(\frac{\varGamma_{\text{SFE}}}{Gb}\right)^{0.5}\left(\frac{G}{\sigma}\right)^{1.25} \end{equation} | (3) |
\begin{equation} \frac{d_{\text{ss}}}{b} = c_{3}\left(\frac{\varGamma_{\text{SFE}}}{Gb}\right)^{0.5} \end{equation} | (4) |
そこで,本研究では合金のdssに及ぼす物性値の影響の調査を行う.本研究ではFe含有量が70 at%以下の広い範囲でFCC単相となり,Fe含有量によってΓSFEやGが顕著に変化するNi-Fe合金を供試材とした.系統的な調査を行うために,Fe含有量が1 at%Fe, 20 at%Fe, 40 at%Fe, 60 at%FeのNi-Fe合金と純Niを調査対象とした.本研究ではFe含有量の異なるNi-Fe合金と純Niを用い,Fe含有量の増加に伴う物性値の変化がdssに与える影響を調査した.
Fe含有量が0 at%Fe(純Ni), 1 at%Fe, 20 at%Fe, 40 at%Fe, 60 at%FeのNi-Fe合金を作製するために,純Ni(99.99%)と純Fe(99.99%)を原材料として,アーク溶解により各種ボタンインゴットを作製した.作製したボタンインゴットを冷間圧延により薄板にし,真空中で1000℃,86.4 ksで均質化を行った試料を各種無加工材とした.以下,純NiとFe含有量が1 at%Fe, 20 at%Fe, 40 at%Fe, 60 at%FeのNi-Fe合金をそれぞれNi, 1Fe, 20Fe, 40Fe,60Feと称す.各種無加工材の粒径は15 µm程度であった.SEM(Scanning Electron Microscopy)/EDX(Energy Dispersive X-ray Spectrometry)により各Ni-Fe合金の組成分析を行なった.1Fe, 20Fe, 40Fe, 60FeのFe含有量はそれぞれ1.0 at%, 20.6 at%, 41.6 at%, 61.3 at%であった.積層欠陥エネルギーΓSFEはTable 1に示すようにFe含有量の増加とともに減少する15,16).
本研究では塑性加工の手法として,円板状の試料に対して高い圧力をかけた状態でねじり加工を行い,せん断ひずみを導入するHPT加工を用いた.HPT加工の加工経路として,一方向にねじり回転を行うmonotonic-HPT加工6,17)を用いた.
HPT加工によって導入されるせん断ひずみ量γは
\begin{equation} \gamma = \frac{2\pi rN}{t} \end{equation} | (5) |
\begin{equation} \varepsilon = \frac{1}{\sqrt{3}}\ln\left(\frac{(2 + \gamma^{2} + \gamma \sqrt{4 + \gamma^{2}})}{2}\right) \end{equation} | (6) |
各試料の評価方法として,剛性率Gの測定,XRD(X-ray Diffraction)測定,メスバウアー分光,Vickers硬さ試験,SEM/EBSD観察を行った.Gは共振法により求めた.測定には日本テクノプラス㈱製室温剛性率測定装置JG-RTを用い,薄板状試料(幅10 mm × 長さ60 mm × 厚さ1 mm)で測定を行った.XRD測定には,㈱リガク製Ultima-IVを使用し,入射X線にはCu-Kα線源(40 kV-40 mA,波長0.15418 nm)を用いた.Cu-Kα2の影響はRachingerの方法20)により分離を行った.XRDより得られた回折ピークの角度θと回折面の指数から,ブラックの法則を用いることで格子定数aを見積もることができるが,この値はXRD装置由来の誤差を含んでいる21,22).本研究では誤差を排除するために,aと$\cos^{2}\theta $の関係をプロットし,$\cos^{2}\theta = 0$に対応するaを用いた21,22).メスバウアー分光は室温で行い,線源にはRh中の57Coを用いた.速度軸はα-Feのスペクトルにて校正し,その重心位置を速度ゼロとした.Vickers硬さ試験には㈱島津製作所製HMV-1ADWを用い,荷重500 g,負荷時間10 sの条件で測定を行い,3点平均値を測定値とした.SEM/EBSD(Electron Back Scatter Diffraction Patterns)観察試料は過塩素酸78 mL,蒸留水90 mL,エタノール730 mL,ブチールセロゾルブ100 mLを混合した溶液を用いて,0℃,35 Vで電解研磨を行うことで加工変質層の除去を行った.SEM観察には㈱日立ハイテク製SU-5000を使用し,加速電圧20 kV,スポット強度70の条件で観察を行った.結晶方位の解析には,㈱TSLソリューションズ製EBSD測定装置を用い,解析には同社製OIM Analysisを用いた.結晶粒径はJIS G0551に従い,Planimetric method23-25)により求めた.
共振法によって測定したNi-Fe合金の剛性率Gの変化をFig. 1に示し,その値をTable 1に記載する.Fe含有量が20%まではFe含有量の増加とともにGは上昇する.Fe含有量が20%以上ではFe含有量の増加によってGは減少する傾向にあった.また,実験により得られた値は文献値26)と良い一致を示した.
Fe content c dependence on the shear modulus G in the non-deformed Ni-Fe alloys.
XRDにより得られた無加工のNi-Fe合金の回折パターンをFig. 2に示す.Ni-Fe合金の平衡状態図では,室温付近においてFe含有量が30-90 at%の範囲でα(BCC)とγ(FCC)の2相共存とされるが,本研究の試料はいずれのFe含有量においてもFCC単相であることが回折パターンより明らかとなった.これはNi-Fe合金の原子拡散が非常に遅く,FCC単相である1000℃(均質化の温度)から室温への冷却中に2相分離することができないことに起因する27).XRD結果より求めたNi-Fe合金の格子定数aをTable 1に示す.Niのaは文献28)の値と一致した.また,Ni-Fe合金のaはVegard則に従い,Fe含有量の増加に伴い増加した.FCC金属の完全転位のバーガースベクトルの大きさbとaの関係は$b = a/\sqrt{2} $で表される.Table 1にaから見積もったNi-Fe合金のbを示す.
X-ray diffraction patterns of the non-deformed Ni-Fe alloys.
Ni-Fe合金では,原子の微視的な偏析によってFeNiやFeNi3などの短距離規則相が形成される場合がある.これらの規則相は交差すべりを抑制し,微細組織の発達に影響を与えることが報告されている29).XRDでは規則相の確認は困難であるため,本研究ではメスバウアー分光を用いた.Fig. 3にHPT加工の前後における20Feおよび60Feのメスバウアースペクトルを示す.Fig. 3からわかるように本研究ではHPT加工の有無に関わらず,20Fe, 60Feともに内部磁場による幅が広い6本のピークのみが観測された.幅が広いピークはFe原子の周囲のFeとNiの原子数がランダムであることに由来している.規則相に由来するピークはみられず,規則相はほとんど存在しないと考えられる.また,HPT加工の前後でピークの拡がりに変化がないことから加工に誘起された規則相の発現もないと言える.HPT加工によって20Feと60Feともに2ndと5thピークの強度が上昇したが,これは無加工材と比較して磁気モーメントの向きが入射γ線に対して垂直方向(=円板試料の面内方向)に変化したことを意味する.磁気モーメントの向きが変化した要因を断定することは難しいが,HPT加工により板面垂直方向へ磁化している磁区が面内方向へ引き延ばされることで面内方向へ磁化の向きが変わり,全体として面内方向への磁化の割合が増えたためではないかと考えられる.
Comparison of Mössbauer spectra of (a) 20Fe and (b) 60Fe before/after HPT-straining with N = 10.
HPT加工したNi-Fe合金のVickers硬さHVをFig. 4に示す.HPT加工の回転回数Nは10回転である.HPT加工はねじり回転のため,同じ回転回数であっても試料の中心からの距離rの増加によってひずみ量εは増加する.εについては式(6)を用いて整理した.HPT材の中心部は,回転軸のずれによる誤差の影響を受けやすいため,本研究ではr ≧ 1.0 mmの範囲でデータ整理を行った.いずれの試料においても,εの増加によってHVが大きな変化を示すことはなかった.一般に塑性加工が施された試料ではεの増加に伴い,HVは増加する.このHVの増加は転位密度の増加や粒径の減少に起因するが,εの大きな領域では微細組織の発達が定常状態となりHVは一定の値を示す6).r = 1 mmにおけるεは大凡5.4であり,Fig. 4はNi-Fe合金に5.4以上のεを加えることで微細組織の発達が定常化することを示している.本研究では微細組織の発達が定常状態となった際の硬さを定常硬さHVssと定義する.Fig. 4より,純金属であるNiのHVssが最も低く,20Feが最も高いことがわかった.
Change in Vickers hardness HV with equivalent strain ε in the Ni-Fe alloys after HPT-straining with N = 10.
N = 10回転のHPT加工により微細組織の発達が定常化したNi-Fe合金のIPF(Inverse Pole Figure)mapをFig. 5に示す.観察はε = 6.6(r = 3 mm)の位置で行った.観察方向はHPT加工の回転軸に平行である.IPF mapの指数付けはHPT材の板面方向に垂直なND方向(観察方向と平行)から行った.IPF mapの縦方向がHPT加工のせん断方向と平行である.これらの試料は微細組織の発達が定常化しているため,ここでの結晶粒径は定常結晶粒径dssと定義する.dssはFe含有量の増加によって微細となる傾向にあり,1Feから20Fe間におけるdssの微細化が最も顕著であった.無加工材において存在した焼鈍双晶はHPT加工後には消失しており,またHPT加工に伴う明瞭な変形双晶の形成も認められなかった.塑性加工に伴う焼鈍双晶の消滅は,室温でHPT加工したNi-20 mass%Fe(Ni-21 at%Fe)合金において報告されており,焼鈍双晶の消滅は部分転位と双晶の相互作用に起因するとHRTEM(High-Resolution Transmission Electron Microscopy)観察結果から推察されている30).また,同論文よりNi-20 mass%Fe合金においてHPT加工によるナノ変形双晶の形成がHRTEM観察結果より認められている30).従って,Fig. 5からは明瞭な変形双晶の形成は認められなかったが,ナノ双晶が存在する可能性について注意する必要がある.
Comparison of IPF maps in the Ni-Fe alloys after HPT-straining with N = 10: (a) Ni; (b) 1Fe; (c) 20Fe; (d) 40Fe; (e) 60Fe. ND is parallel to a rotation axis of the HPT-straining. Steady-state grain size dss was estimated by using the planimetric method based on the value obtained from SEM/EBSD.
Fig. 6にN = 10回転のHPT加工により微細組織の発達が定常化したNi-Fe合金の変形集合組織を{111}極点図により評価した結果を示す.観察方向はHPT加工の回転軸に平行である.TD方向が円板試料の半径方向に平行であり,RD方向がHPT加工のせん断方向に平行である.いずれのNi-Fe合金においても,HPT加工によって変形集合組織が発達していることがわかる.また,その変形集合組織はFe含有量によって連続的な変化を示した.FCC金属に対して,ECAP加工やHPT加工によりせん断変形を加えることでshear textureと呼ばれる変形集合組織が発達することが知られている(Fig. 6(f))31-33).Shear textureの成分はすべり面が(111)であるα-fiber: $A_{1}^{*}$, $A_{2}^{*}$, A, $\bar{A}$とすべり方向が<110>であるβ-fiber: B, $\bar{B}$, Cに大別される.これらのshear textureの発達にΓSFEが関わっていることが先行研究の結果より示唆される33-35).FCC金属としては比較的ΓSFEが大きな純Al(ΓSFE = 166 mJ/m2 36))をHPT加工するとB成分と$\bar{B}$成分の合算値は1.2%であるのに対して,C成分は9.7%であった34).また,HPT加工したAl合金(Al-0.4Fe-0.15Zr-0.25Er)では,B成分と$\bar{B}$成分の合算値は3%であるのに対して,C成分は10.7%であった35).一方でΓSFEが33 mJ/m2と低いFe-36Ni合金をHPT加工した場合では,B成分と$\bar{B}$成分の合算値は10.5%とAl系合金と比較して高くなり,C成分は5.5%と低下することが報告されている33).これらの報告からshear texture,特にβ-fiberの割合はΓSFEによって変化し,ΓSFEの減少によってB成分と$\bar{B}$成分は増加し,C成分は低下することがわかる.Ni-Fe合金のΓSFEはFe含有量の増加によって減少するため,Fig. 6で認められた変形集合組織の変化はshear textureの成分の変化に起因する可能性がある.Fig. 7にNi-Fe合金のshear textureの成分の変化を示す.ここではtolerance angleを15°として解析を行った.α-fiberには系統的な変化はみられなかったが,β-fiberはFe含有量の増加,つまりΓSFEの減少によって変化した.HPT加工したNi-Fe合金では,ΓSFEの減少によってB成分と$\bar{B}$成分が増加し,C成分は低下を示し,これは先行研究の結果33-35)と同様の傾向であった.ΓSFEの減少に伴う微細組織の変化は変形双晶の形成に起因することが多いが,本研究のように明瞭な変形双晶の形成が認めらずとも,ΓSFEの減少が微細組織形成に影響することをFig. 7は示している.
Comparison of {111} pole figure in the Ni-Fe alloys after HPT-straining with N = 10: (a) Ni; (b) 1Fe; (c) 20Fe; (d) 40Fe; (e) 60Fe. (f) The components of a typical shear texture of FCC material are shown.
Fe content c dependence on the shear texture components in the Ni-Fe alloys after HPT-straining with N = 10.
Ni-Fe合金において,dssはFe含有量の増加に伴い微細になることがわかった(Fig. 5).ここで式(3)に基づいて各物性値がdssに与える影響について考察を行う.NiおよびFCC-Feの自己拡散エネルギーQはそれぞれ287 kJ/molと286 kJ/molであるため37),Ni-Fe合金におけるNiとFe原子の拡散はFe含有量によって大きく変化しないと考えられる.また,同様の理由によりFe含有量の変化に伴うパイプ拡散の頻度因子DPoの変化も小さいと考えられる.従って,本研究ではQとDPoを定数とした.また,式(3)はボールミリングを想定して提案されており,ボールミリングでは不純物元素の混入の影響があるため,転位の移動速度v0は不純物元素の濃度と拡散速度,および不純物元素が転位に影響する有効半径によって決定される.しかしながら,バルク体を加工するHPT加工によって混入する不純物元素の量は,粉体を扱うボールミリングと比較すると極微量と考えられ,無視できると考えられる.また,本研究の試料の作製方法は同じであり,原料は純Niと純Feともに高純度(99.99%)であるため,各試料の不純物元素の濃度は同程度かつ極微量である.従って,本研究ではv0を定数とする.Tについては,室温でHPT加工を行っており,本研究の条件下では加工発熱の影響も小さいため定数とした.以上の仮定に基づき式(3)を書き直すと,
\begin{equation} d_{\text{cal}} = c_{4}(G^{0.25}b^{1.5})\left(\frac{\varGamma_{\text{SFE}}}{Gb}\right)^{0.5}\left(\frac{G}{\sigma}\right)^{1.25} \end{equation} | (7) |
(a) Comparison of grain size obtained from experiment dss and calculated grain size dcal in the Ni-Fe alloys after HPT-straining with N = 10. (b) Change rate of parameters in the Ni-Fe alloys.
次に式(7)を用いてNi-Fe合金のdssに与える各物性値の影響の大きさについて議論を行う.Fig. 8(b)にNiを基準とした際のFe含有量の増加に伴うパラメータの変化率を示す.対象となるパラメータは,式(7)に含まれる$(G^{0.25}b^{1.5})$, $(\varGamma_{\text{SFE}}/Gb)^{0.5}$, $(G/\sigma )^{1.25}$の3種類である.各パラメータの変化率が正の値であれば粗大化に,負であれば微細化に寄与することを示す.$(G^{0.25}b^{1.5})$の変化率はいずれのFe含有量においても5%前後であり,dssの微細化には大きく影響していないと考えられる.$(\varGamma_{\text{SFE}}/Gb)^{0.5}$はFe含有量の増加とともに減少し,$(G/\sigma )^{1.25}$もFe含有量が1%で一旦増加を示した後に低下する傾向にあった.従って,Fe含有量の増加に伴うdssの微細化は$(\varGamma_{\text{SFE}}/Gb)^{0.5}$と$(G/\sigma )^{1.25}$の低下に起因すると考えられる.規格化積層欠陥エネルギーΓSFE/Gbの低下は式(1)からわかるように転位の上昇運動の速度vcを低下させ,転位の回復を抑制する.加えて,式(2)からわかるよう,ΓSFE/Gbの低下は積層欠陥の幅deqを増加させ,交差すべりを介した転位の対消滅の頻度を低下させる.従って,試料内の転位密度は高くなり,転位セル壁の形成および高角化が容易となりdssは微細となる.G/σは規格化流動応力σ/Gの逆数である.σ/Gは活動する転位源の数に影響し,単位体積あたりに活動する転位源の数nとσ/Gの関係は
\begin{equation} n = \left(\frac{\sigma}{Gb}\right)^{3} \end{equation} | (8) |
60Feはdssが最も微細であるにも関わらず,HVssは20Feや40Feよりも低いことがわかった(Fig. 4, Fig. 5).塑性加工による強度の増加は転位強化と結晶粒微細化強化によって説明されるが,試料の結晶粒が微細になるに従い,これらの強化機構の寄与度は変化することが知られている.Takakiらは,結晶粒径250 nmのFeにおいて,冷間圧延前後で降伏応力の変化がないことから,微細粒を有する材料では転位強化よりも結晶粒微細化強化の寄与が大きいと述べている38).N = 10回転のHPT加工したNi-Fe合金の中で最もdssが粗大なNiであってもdssは276 nmと微細なため,HPT加工したNi-Fe合金では結晶粒微細化強化の寄与が大きいと考えられる.結晶粒微細化強化は一般にHall-Petchの関係39,40)
\begin{equation} \mathit{HV} = \sigma_{0} + k_{\text{y}}d^{-1/2} \end{equation} | (9) |
Ni-Fe合金のHall-Petch係数kyに及ぼすFe含有量について調査した結果をFig. 9(a)に示す.HPT加工を行った各種Ni-Fe合金に対して異なる温度で熱処理を行い,焼鈍組織を有する試料を作製した.試料を焼鈍組織とすることで転位強化の影響を排除した.これらの試料に対してdとHVの測定を行い,最小二乗法を用いることでσ0とkyを得た.Table 2にNi-Fe合金のσ0とkyを示す.Table 2中の±は標準偏差を示す.σ0はFe含有量の増加とともに増加した.これはFe原子の増加に伴う摩擦力の増加に起因する.1FeのkyはNiよりもやや高い値を示した.純金属に合金元素を添加することでkyが上昇することが多くの合金系で報告されており41-44),Ni-Fe合金の中で20Feのkyが最も高いことが明らかとなった.また,最もFe含有量の多い60Feのkyは純金属であるNiよりも低く,Ni-Feの中で最も低いkyであった.Fig. 9(a)にN = 10回転のm-HPT加工したNi-Fe合金の値をプロットした.dssが150 nm以下である20Fe, 40Fe, 60Feは試料内に多くの転位を含んでいるにも関わらず,焼鈍組織を有する試料のプロットの延長線上に概ね乗ることがわかった.これは,20Fe, 40Fe, 60Feではdssが微細なため,強度に対して結晶粒微細化強化が支配的であり,転位強化の寄与が小さいことを示している.一方で,dssが250 nm以上のNiと1Feのプロットは焼鈍組織を有する試料のプロットの延長線上よりも上に位置した.これはNiと1Feは結晶粒微細化強化だけでなく,転位強化も強度の上昇を担っていることを示している.これらの結果から,Ni-Feにおいては粒径が200 nm前後において転位強化の寄与が小さくなることが明らかとなった.TakakiらはBCC-Feは粒径250 nmにおいて転位強化の寄与は小さくなると述べているが38),FCC構造を有するNi-Fe合金においても同程度の粒径で転位強化の寄与が小さくなることは非常に興味深い.dssとなったNiや1Feは結晶粒微細化強化だけでなく,転位強化によっても強度が上昇するが,dssが20Feなどと比較して大きく,kyが低いために低いHVssを示すことがFig. 9(a)から明らかとなった.また,60FeはdssがNi-Fe合金の中で最も微細であったが,kyが20Feよりも低いため,HVssでは20Feの方が高い値を示したと考えられる.
(a) Hall-Petch relationship at various Fe content c in the Ni-Fe alloys. (b) Relationship between critical shear stress $\tau^{*}$ and Fe content c in the Ni-Fe alloys.
Ni-Fe合金のkyはFe含有量によって変化することがFig. 9(a)より明らかになった.ここではHall-Petchのモデルとして広く知られているpile-upモデル39,40)を用いることでNi-Fe合金のkyに及ぼすFe含有量の影響についての議論を行う.このモデルは粒界に転位が堆積することで応力集中が生じ,その応力がある閾値を超えた際に粒界もしくは粒界近傍の転位源が活性化し,転位が放出されると仮定したモデルである.実際にTEM観察を通じて粒界から転位が放出される様子が確認されている45-47).Pile-upモデルに基づくとkyは
\begin{equation} k_{\text{y}} = M\sqrt{\left(\frac{2Gb\tau^{*}}{\pi k}\right)} \end{equation} | (10) |
本研究では,物性値が異なるNi-Fe合金にHPT加工を行い,定常結晶粒径dssに与える影響を明らかにした.本研究にて得られた結果を以下にまとめる.
(1) HPT加工されたNi-Fe合金のdssはFe含有量の増加によって減少した.
(2) Ni-Fe合金のdssは物性値(積層欠陥エネルギーΓSFE,剛性率G,流動応力σ,バーガースベクトルの大きさb)を関数とし,$d_{\text{cal}} = c_{4}(G^{0.25}b^{1.5})(\varGamma_{\text{SFE}}/Gb)^{0.5}(G/\sigma )^{1.25}$で表すことができた.Fe含有量の増加に伴う$(G^{0.25}b^{1.5})$の変化は小さく,Ni-Fe合金のdssの減少は,規格化積層欠陥エネルギーΓSFE/Gbの減少による転位の回復の抑制と規格化流動応力の逆数G/σの減少による転位の導入量の増加に起因すると考えられる.
(3) HPT加工によって微細組織の発達が定常状態となったNi-Fe合金の変形集合組織はFe含有量によって変化した.これはFe含有量の増加に伴い,shear textureであるB成分と$\bar{B}$成分が増加し,C成分が低下することに起因する.
(4) Fe含有量が20 at%以下では,Ni-Fe合金のHall-Petch係数kyはFe含有量の増加とともに上昇した.一方で,Fe含有量が20 at%より多い場合は,Fe含有量の増加によってkyは減少を示した.これは粒界でのNi濃度が80 at%の場合(20Fe)に臨界せん断応力$\tau^{*}$がNi-Fe合金の中で最大となるためである.
本研究は,日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(B) 18H01750の支援を受けて行われたものであり,ここに深甚なる謝意を表します.