Journal of the Japan Institute of Metals and Materials
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The Effect of Tungsten Addition on Steam Oxidation Behavior of the Fe-20Cr-35Ni (at%) Alloy at 1073 K
Kaito OgawaharaMitsutoshi Ueda
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2022 Volume 86 Issue 7 Pages 121-130

Details
Abstract

This paper focuses on the effect of tungsten addition on the steam oxidation behavior of the Fe-20Cr-35Ni (at%) alloy at 1073 K. Steam oxidation tests of the W added Fe-20Cr-35Ni (at%) alloy were carried out at 1073 K in an Ar-15%H2O gas mixture for up to 604.8 ks. The oxidation resistance of the alloys was improved by adding W into the alloy. There are two effects of W on the steam oxidation behavior: the effect of solid solution and the effect of precipitation. Tungsten in the alloy is enriched as a Ni-W alloy in the matrix of the internal oxidation zone (IOZ) during oxidation. The Ni-W alloy in the IOZ may act as a diffusion barrier for oxygen and promote a continuous Cr2O3 layer. On the other hand, Fe2W precipitated in the alloy decomposes during oxidation and provides alloying elements for forming FeCr2O4 and CrWO4 in the IOZ, resulting in a continuous Cr2O3 layer formation.

1. 緒言

火力発電プラントに使用される耐熱金属材料には,製造時の加工性や施工時の溶接性に加えて,使用温度における高いクリープ破断強度と優れた耐酸化特性が求められる.現在,ボイラ配管の材料として,主に高Crフェライト系耐熱鋼やオーステナイト系耐熱鋼が使用されている.一方で,火力発電プラントのさらなる高効率化を目指して,700℃(973 K)の蒸気温度で稼働する先進超々臨界圧発電技術(A-USC)の開発が国家プロジェクトとして進められてきた.

700℃以上の蒸気温度では,安定相である金属間化合物を強化相とした耐熱合金の開発や選定が中心となっている.A-USCの候補材料として,Ni基合金であるAlloy617,HR6W,HR35などが挙げられる.先行研究によれば1-4,Alloy617はγ’相(Ni3(Al,Ti))を強化相とした汎用Ni基合金であり,優れたクリープ強度を有するものの,加工性や溶接性が劣るため,大径厚肉部材には適していない.それに対して,A-USC向けのボイラ配管として開発されたHR6Wは,γ’相の析出強化によらない合金設計となっている.高濃度のタングステン(W)を添加することによって,Wによる固溶強化とFe2W相の析出強化を利用している.HR6Wは,Alloy617などの既存のNi基合金よりもクリープ強度はやや劣るものの,加工性や溶接性に優れているのが特徴である.また,HR35はA-USCボイラの主蒸気管向けの材料として開発されており,HR6Wと同様にγ’相の析出強化によらない合金設計を採用している.HR6Wをさらに高Cr,高Niとし,Laves相およびα-Cr相の析出強化を利用している.このように,Wは新規耐熱合金の固溶強化と析出強化の両方に寄与する元素として注目されている.

他方で,金属間化合物を強化相とする新規オーステナイト系耐熱鋼も提案されている.竹山5はA-USC向けの耐熱鋼として,Fe-20Cr-30Ni-2Nb (at%)鋼を提案している.この鋼は粒界にFe2Nb相,粒内にNi3Nb相を選択的に析出させており,700℃において優れたクリープ破断強度を有する.また,Gaoら6は化学組成をFe-20Cr-35Ni-2.5Nb (at%)とすることで,800℃(1073 K)においても700℃と同様の組織を有する鋼を設計できることを示している.設計されたFe-20Cr-35Ni-2.5Nb (at%)鋼は800℃においても優れたクリープ破断強度を有する.現在,さらなる高温クリープ強度の向上を目指して,Laves相の粒界被覆率を向上させるWなどの添加が検討されている.このように,Ni基合金と同様にFe-Ni基合金に対しても,Laves相を析出強化相とした合金の研究が進んでおり,Wは析出強化相の組織制御にとって重要な元素になっている.

ところで,火力発電プラントで使用されるボイラ配管には,使用温度における耐水蒸気酸化特性が求められる.先に述べたNi基合金および耐熱鋼は700℃以上の使用温度において良好な耐水蒸気酸化特性を有することが明らかになっている7-11.これらの結果は,開発合金の基本系となるFe-Cr-Ni系合金に対して,高温強度の向上を意図して添加されたWやNbなどの添加元素が,合金の水蒸気酸化挙動を変化させていることを示唆している.河内と西山12は,Fe-20Cr-30Ni (at%)合金に対して様々な析出物形成元素(Nb, Mo, Ta, W)を添加した合金を作製し,700℃における溶体化材の水蒸気酸化挙動を評価している.その結果,Fe系の金属間化合物を析出する添加元素の固溶によって,酸化特性が向上することを明らかにした.また,上田ら13はFe-20Cr-35Ni-2.5Nb (at%)鋼に対して,WもしくはTiを添加した鋼を作製し,800℃における予時効材の水蒸気酸化挙動を評価している.WやTiの添加に伴って合金の内部組織が変化し,水蒸気酸化挙動が合金の内部組織に強く依存することを明らかにした.このように,Fe-Cr-Ni系合金の水蒸気酸化挙動に及ぼす添加元素の影響は,合金中への固溶もしくは金属間化合物の析出による影響に分けられ,そのメカニズムが解明されつつある.今後,これらのメカニズムをさらに理解していくためには,それぞれの添加元素による影響を,個別に把握していく必要がある.

本研究では,添加元素として合金の固溶強化と析出強化の両方に寄与するWに着目した.Fe-20Cr-35Ni (at%)合金をモデル合金として,様々な濃度を有するW添加合金を作製し,1073 K(800℃)における予時効材の水蒸気酸化実験を行うとともに,水蒸気酸化挙動に及ぼすW添加の影響を実験的に明らかにする.

2. 実験方法

供試材には,Fe-20Cr-35Ni (at%)合金,Fe-20Cr-35Ni-1W (at%)合金およびFe-20Cr-35Ni-3W (at%)を用いた.以後,それぞれをBase合金,1W合金,3W合金と呼称する.Table 1に各合金に施した熱処理の条件を示す.アーク溶解法により約40 gの棒状インゴットを作製し,Table 1に示す条件で溶体化熱処理を施した.次に,インゴットから厚さ1.5-2 mm程度の円板状試料を複数枚切り出した後,それらの試料に対して圧延率が30%となるように冷間圧延を施した.圧延した試料の中央上部にφ1.5 mmの穴を開けた.次いで,Table 1に示す条件で再結晶熱処理を施し,1W合金と3W合金については,さらにTable 1に示す条件で時効熱処理を施した.すべての熱処理を終えた試料の表面を,耐水研磨紙(#320-#2000)で研磨した後,9 µmおよび2 µmのダイヤ液を用いてバフ研磨し,表面を鏡面仕上げにした.これに加えて,酸化時間が1.8 ksと10.8 ksの試料については,0.25 µmのダイヤ液およびコロイダルシリカを用いて研磨を行った.試料は表面積を測定し,エタノール中で超音波洗浄した後,酸化前の質量を測定して酸化実験に供した.

Table 1 Heat treatment conditions of the alloys.

水蒸気酸化実験は雰囲気制御可能な縦型電気炉を用いて行い,試料を1073 K(800℃),Ar-15%H2O混合ガス気流中で最長604.8 ks酸化させた.混合ガスの流量は1.7 × 10−6 m3s−1(100 ml/min)であり,混合ガス中の酸素分圧は1073 Kで10−7 Pa(10−12 atm)となるように調整した.試料を炉心管内上部から白金製の鎖を用いて吊るし,系内を密閉した.その後,Ar-15%H2O混合ガスを流して系内のガスを置換し,鎖を下ろして試料を炉の均熱帯に投入した.試料が均熱帯に入った時刻をt = 0とし,最長604.8 ks保持した.所定時間酸化後,試料を均熱帯から引き上げ,約1.8 ks冷却した後,炉外に取り出した.

酸化後,電子天秤を用いて酸化後の試料の質量を測定し,X線回折法(XRD)により表面に生成した酸化皮膜の相同定を行った.また,電界放出形走査電子顕微鏡(FE-SEM)およびエネルギー分散型X線分析装置(EDS)を用いて,酸化皮膜の組織観察と元素分析を行った.さらに,各試料につき8視野の断面組織写真を用いて,酸化皮膜の平均厚さを測定した.

3. 実験結果

3.1 酸化前における試料の内部組織

Fig. 1に各合金における酸化前の内部組織を示す.Base合金および1W合金はγ相単相であり,析出物は確認されなかったが,3W合金では微細な析出物が確認された.Fig. 2に3W合金の時効材における微小角入射X線回折(GI-XRD)の結果を示す.王水でエッチングした3W合金の時効材をGI-XRDに供した.母相であるγ-Feのピークに加え,Fe2WまたはFe7W6のピークが複数個検出されており,Fe2WもしくはFe7W6が析出していることを確認した.井和丸ら14は,本研究の試料と類似した成分系を有するHR6Wを1073 Kで時効するとFe2Wが析出すると述べている.本研究の3W合金はHR6WよりもFeの含有量が多いため,3W合金で観察された析出物はHR6Wと同様にFe2Wであると推測される.他方,本研究で使用する試料の結晶粒径は,Base合金および1W合金で約60 µm,3W合金で約110 µmとなっていた.また,ImageJによる画像解析の結果,3W合金における析出物の体積分率は約12%であった.

Fig. 1

Microstructure of the pre-aged samples before steam oxidation. (a) Base alloy, (b) 1W alloy and (c) 3W alloy.

Fig. 2

GI-XRD pattern of the pre-aged 3W alloy.

3.2 Wを添加したFe-20Cr-35Ni (at%)合金の水蒸気酸化挙動

Fig. 3に酸化後における試料の質量変化を示す.Base合金は約345.6 ksまで質量が徐々に増加し,その値が約20 g.m−2となった後,質量増加の変化率が小さくなった.1W合金では約86.4 ksまで質量が増加した後,約10 g.m−2程度でその変化率が小さくなり,Base合金の約1/2程度の質量変化となった.他方,3W合金も,1W合金と同様に約86.4 ksまでの質量が増加した後,その変化率は小さくなったが,質量変化の値自体は,3W合金の方が1W合金よりも小さくなった.本研究では,酸化皮膜の組織形成を明らかにするために,Fig. 3で示した実験結果のうち,酸化皮膜の生成段階にある43.2 ksおよび86.4 ksの試料と,酸化皮膜の成長段階である604.8 ksの試料を中心に,その組織形態を詳細に観察した.

Fig. 3

Mass change of the samples after the steam oxidation at 1073 K.

Fig. 4に酸化後の試料におけるXRDの結果を示す.Base合金では,いずれの酸化時間においてもFe3O4のピークが強く検出された.また,母相であるγ-FeのピークおよびNi(-Fe)のピークも検出された.1W合金では,Base合金と同様にFe3O4のピークが最も強く検出された.また,γ-Fe,Ni(-Fe)のピークに加え,すべての酸化時間においてCr2O3のピークも検出された.Ni(-Fe)のピークは酸化時間の経過とともに小さくなった.3W合金では,1W合金と同様に,Fe3O4,γ-Fe,Ni(-Fe),Cr2O3のピークが検出された.Ni(-Fe)のピークは酸化時間の経過とともに小さくなり,604.8 ks酸化後の試料ではそのピーク強度が非常に小さくなった.また,43.2 ksおよび604.8 ks酸化後の試料において,Wのピークが検出された.

Fig. 4

XRD patterns of the samples after the steam oxidation at 1073 K. (a) Base alloy, (b) 1W alloy and (c) 3W alloy.

Fig. 5に43.2 ks酸化後のBase合金における断面組織と面分析の結果を示す.酸化皮膜は,外層および内部酸化層からなる二層構造を呈しており,外層/内部酸化層界面には金属相が存在していた.外層はごく微量のNiを含むFe系酸化物であり,外層/内部酸化層界面に存在する多数の金属粒子は,微量のFeを含むNi基合金であった.一方,Fe系酸化物の直下には,内部酸化層が生成しており,内部酸化層/合金界面近傍では,Crの濃化が確認された.内部酸化層中の酸化物は,外層/内部酸化層界面近傍では非常に微細に析出しているが,内部酸化層/合金界面近傍では成長方向に伸びた形となり,その体積分率が増加した.内部酸化層/合金界面近傍に存在する酸化物にはNiが含まれておらず,Crが濃化したFe-Crスピネルが生成していると考えられる.43.2 ks酸化後の試料では,Crの濃化は不連続であり,Crの濃化した部分の内部にFeが存在していることから,この段階においてCr2O3の保護性酸化皮膜は生成していないと考えられる.Fig. 6に604.8 ks酸化後のBase合金における断面組織と面分析の結果を示す.酸化皮膜の組織はFig. 5で示した43.2 ks酸化後の試料とほぼ同様であるが,内部酸化層の組織が変化していた.604.8 ks酸化後の試料では,内部酸化層/合金界面のCr濃化層が連続層となっており,この連続層に対応する部分でFeが欠乏していることから,Cr濃化層の合金側にはCr2O3,その表面側にはFe-Crスピネルが生成していると考えられる.Cr濃化層/合金界面にCr欠乏層がみられないことから,Cr2O3の連続層の厚さはかなり薄いものだと予想される.

Fig. 5

Elemental mapping of the oxide scale formed on the Base alloy after the steam oxidation for 43.2 ks at 1073 K.

Fig. 6

Elemental mapping of the oxide scale formed on the Base alloy after the steam oxidation for 604.8 ks at 1073 K.

Fig. 7に43.2 ks酸化後の1W合金における断面組織と面分析の結果を示す.酸化皮膜の組織はBase合金と類似しており,外層はFe系酸化物,金属相はNi基合金であり,その直下には内部酸化層が生成していた.また,内部酸化層/合金界面にはCr濃化層が生成していた.Wは主に内部酸化層中に濃化する傾向を示し,Cr濃化層中には存在していなかった.Base合金とは異なり,43.2 ks酸化後の試料においてCr濃化層が連続層となっていた.また,Cr濃化層の合金側にはCr欠乏層がみられ,Cr欠乏層に対応する部分にNiやWが濃化していた.しかしながら,Cr濃化層の内部にFeが存在していることから,このCr濃化層は主にFe-Crスピネルによって構成されていると考えられる.Fig. 8に604.8 ks酸化後の1W合金における断面組織と面分析の結果を示す.酸化皮膜の組織はFig. 7で示した43.2 ks酸化後の試料とほぼ同様であるが,内部酸化層/合金界面近傍における酸化物の体積分率は非常に高くなっており,その酸化物に対応する部分でCrが濃化していた.また,Cr濃化層の合金側ではFeが欠乏しており,その直下の合金中にCr欠乏層が存在していることから,Cr濃化層の合金側にはBase合金よりも厚いCr2O3の連続層が生成していると考えられる.他方,Wは主に内部酸化層の外層側に濃化しており,Cr濃化層中にはほとんど存在していなかった.また,内部酸化層中にWが粒状に濃化している部分も確認された.

Fig. 7

Elemental mapping of the oxide scale formed on the 1W alloy after the steam oxidation for 43.2 ks at 1073 K.

Fig. 8

Elemental mapping of the oxide scale formed on the 1W alloy after the steam oxidation for 604.8 ks at 1073 K.

Fig. 9に43.2 ks酸化後の3W合金における断面組織と面分析の結果を示す.外層はFe系酸化物,外層/内部酸化層界面の金属相はNi基合金であり,Base合金や1W合金と同様であった.一方,内部酸化層の組織形態は両者と大きく異なり,Crが内部酸化層全体にわたって濃化し,Niは内部酸化層中にほとんど存在していなかった.また,Wも内部酸化層全体に分布していた.さらに,内部酸化層の直下にはCr欠乏層がみられ,Cr欠乏層に対応する部分にはNiが濃化していた.Fig. 10に604.8 ks酸化後の3W合金における断面組織と面分析の結果を示す.酸化皮膜の組織はFig. 9で示した43.2 ks酸化後のものとほぼ同様であるが,外層/内部酸化層界面において金属相が消失しており,Niが外層全体に分散していた.また,内部酸化層/合金界面に連続的なCr濃化層が生成しており,この層にはCr以外の元素がほとんど含まれていなかった.これより,このCr濃化層は主にCr2O3で構成されていると考えられる.

Fig. 9

Elemental mapping of the oxide scale formed on the 3W alloy after the steam oxidation for 43.2 ks at 1073 K.

Fig. 10

Elemental mapping of the oxide scale formed on the 3W alloy after the steam oxidation for 604.8 ks at 1073 K.

Fig. 11に各試料の断面組織(反射電子像)による酸化皮膜の形成過程を示す.Base合金および1W合金では,場所によって外層および内部酸化層の厚さに大きなばらつきがあり,一部に内部酸化層が生成していない部分も存在した.酸化の初期段階に形成した不均一な内部酸化層の組織形態をそのまま維持した形で内部酸化層が成長し,その後,内部酸化層/合金界面にCr2O3の連続層が生成した.いずれの試料においても,内部酸化層の合金側で酸化物の体積分率が増加しているが,1W合金の方がBase合金と比較して酸化物の体積分率が大きく,より厚い酸化物の連続層が形成していた.また,両合金ともに,酸化後86.4 ks以降の試料において,この酸化物層の合金側に1 µm以下のCr2O3皮膜が生成していることを確認した.一方,3W合金では,外層および内部酸化層の厚さのばらつきは小さかった.酸化の初期段階から,内部酸化層/合金界面にBase合金や1W合金よりも厚いCr2O3皮膜が形成していた.また,604.8 ks酸化後の試料では,内部酸化層の直下において,Cr欠乏層に対応する無析出物帯がみられた.

Fig. 11

Cross-sectional BE images of the oxide scale formed on the alloys after the steam oxidation at 1073 K.

Fig. 12に各試料における酸化皮膜の厚さの経時変化を示す.本研究では,酸化皮膜を構成する各層の厚さを測定した.Fig. 12には,それぞれCr濃化層,Cr濃化層を含む内部酸化層および酸化皮膜全体の厚さを示している.Base合金,1W合金では測定された膜厚にばらつきがあった.これは,Fig. 11で示したように,場所によって酸化皮膜の成長に差が生じていたためである.Base合金では,主に外層と内部酸化層の膜厚が345.6 ksまで増加し,全体の膜厚が20 µm程度となった.Cr濃化層の厚さは1 µm程度となっており,この層の大部分は保護性を持たないFe-Crスピネルであった.1W合金では,86.4 ksまでの膜厚の変化が大きく,全体の膜厚が10 µm程度となった.この値は約Base合金の約1/2程度である.3W合金においても,86.4 ksまでの膜厚の変化が大きく,その後,膜厚が7 µm程度となった.また,3W合金において,酸化皮膜全体に対する外層の割合は,Base合金と1W合金に比べて大きくなっていた.

Fig. 12

Thickness of the oxide scale formed on the alloys after the steam oxidation at 1073 K. (a) Base alloy, (b) 1W alloy and (c) 3W alloy.

4. 考察

4.1 Fe-Cr-Ni合金の水蒸気酸化挙動

Fe-Cr-Ni三元系合金であるBase合金の酸化は以下の過程を経て進行すると考えられる.酸化の初期段階において,合金表面ではCrやNiに対してFeが優先的に酸化し,外層としてFe3O4皮膜が生成する.また,外層の直下でCrが内部酸化し,母相をNi(-Fe)合金とする内部酸化層が生成する.その際,内部酸化に伴う体積膨張により,外層/内部酸化層界面に母相の一部が凝集し,金属相が形成される.合金表面がFe3O4に覆われることで,外層/内部酸化層界面の酸素分圧は,Fe/Fe3O4平衡酸素分圧となる.ところで,1050℃(1323 K)におけるFe-Ni-O系状態図15によれば,この系にはNi-Fe合金とFe-Niスピネルが二相平衡する領域が存在し,その平衡酸素分圧はFe-Niスピネル中のNi濃度によって変化する.Fig. 5に示すように,Base合金のFe3O4中にはNiがほとんど固溶していないことから,Fe-Ni-O系状態図において,1073 Kでもこの相関係が維持され,FeO中のNiの溶解度が非常に小さいと仮定すれば,Fe/Fe3O4平衡酸素分圧はFeO/Fe3O4平衡酸素分圧とほぼ等しくなると考えられる.この酸素分圧下においてNiは酸化しないため,外層/内部酸化層界面に存在する金属相や,内部酸化層の母相であるNi(-Fe)合金は,酸化されずに酸化皮膜中に存在する.他方,Crは内部酸化し,内部酸化層/合金界面でCr2O3が生成するものの,この段階では連続層とはならず,その大半が母相中のFeおよび内部酸化層中を透過する酸素と反応してFe-Crのスピネルとなる.以上の過程を経て,金属相を含む外層と内部酸化層からなる二層酸化皮膜が生成する.

酸化時間の経過とともに内部酸化層が成長し,内部酸化層/合金界面におけるCrの酸化形態が内部酸化から外部酸化に遷移すると,内部酸化層/合金界面でCr2O3の連続層が生成する.Cr2O3の連続層が生成することで,内部酸化層/Cr2O3皮膜界面の酸素ポテンシャルが上昇し,外層/内部酸化層界面や内部酸化層中に存在するNi(-Fe)合金が酸化する.特に,外層/内部酸化層界面に存在するNi(-Fe)合金が酸化すると,NiはFe3O4中に固溶し,金属相が存在していた部分はボイドになる.

ところで,Fig. 6に示すように,Base合金では604.8 ks酸化後の試料においてCr濃化層が連続層になっているにもかかわらず,内部酸化層/合金界面に存在するNi(-Fe)合金は酸化していなかった.以上の結果から,Base合金にはCr濃化層の一部にCr2O3皮膜が生成するものの,604.8 ks酸化後であっても完全な保護性を発揮できていないと考えられる.

4.2 Wの酸化物および複酸化物の熱力学的安定性

Fe-Cr-Ni合金に対して第4の元素としてWを添加した場合,Base合金において主に酸化するFeやCrに加えて,Wの酸化を考慮する必要がある.そこで本研究では,Wの酸化物および複酸化物の熱力学的安定性を調査した.まず,900℃(1173 K)におけるFe-W-O系状態図16によれば,この系においてFe-W合金やFe3O4と平衡する酸化物はFeWO4であり,低W合金とW酸化物は直接平衡しない.また,1000℃(1273 K)におけるCr-W-O系状態図17によれば,Cr2O3と平衡する酸化物はCrWO4およびCr2WO6である.Cr2O3と合金中のWが反応してCrWO4が生成し,Cr2WO6はCrWO4とCr2O3が反応して生成する.さらに,1200 KにおけるNi-W-O系状態図18によれば,この系ではW酸化物とNiWO4が平衡する.Table 2は1073 Kにおける主な酸化物の平衡酸素分圧を計算した結果である.平衡酸素分圧は既報の文献値17-19と熱力学データ20を用いて計算した.なお,FeOの熱力学データにはFe0.947Oの値を用いた.また,合金中のCrの活量はラウール則に従うと仮定し,aCr = 0.2として計算した.本研究では,以上の計算結果をもとに,Wの添加によって生じる水蒸気酸化挙動の変化について考察する.

Table 2 Chemical stability of the oxides at 1073 K.

4.3 Fe-Cr-Ni合金の水蒸気酸化挙動に及ぼす固溶Wの影響

1W合金もBase合金と同様に,酸化の初期段階において外層と内部酸化層からなる二層酸化皮膜が生成し,外層/内部酸化層界面に金属相が生成した.1W合金についても,Wを含む4つの元素の酸化挙動を考慮することで,Base合金と同様にその酸化過程を考えることができる.

各元素について酸素との親和力を考えると,Wが固溶していたとしても,Crと酸素の親和力が他の元素に比べて大きいことから,Crが優先的に内部酸化すると考えられる.表面でFeが優先的に酸化して外層が生成し,その直下でCrが内部酸化すると,合金中のCr濃度は減少し,合金はNi-Fe-W合金になる.Feは外層の生成に使われるが,内部酸化層の母相中にも残存する.内部酸化層中のFeは,先に生成したCr2O3と反応してFeCr2O4となるか,Wとともに反応してFeWO4となるいずれかの可能性を持つ.Table 2から外層/内部酸化層界面の酸素ポテンシャルを基準にして,両者の複酸化物を生成させる駆動力を考えると,FeWO4と比較してFeCr2O4を生成させる方が,その駆動力は大きいと言える.これよりFeはFeCr2O4を生成させるために消費され,内部酸化層中の母相はNi-W合金となる.

本研究では,内部酸化層におけるWの状態を実験的に確認するために,外層を除去した1W合金を用いて,XRDにより内部酸化層中の母相の相同定を行った.その結果をFig. 13に示す.1W合金においてWは酸化しておらず,母相としてNiのピークのみが検出された.以上の結果より,Wは酸化せず,内部酸化層中にNi-W合金として存在しているものと考えられる.

Fig. 13

XRD patterns of the surface polished 1W alloy after the steam oxidation at 1073 K.

ところで,1W合金は内部酸化層中の合金側に存在する酸化物の体積分率がBase合金に比べて大きくなっていた.これは,内部酸化層/合金界面において,相対的にCrの流束が大きくなっていることを示している.外方への相対的なCrの流束の増加は,内方への酸素の流束が減少したか,外方へのCrの流束が増加したか,もしくはその両方が生じたかのいずれかによるものだと考えられる.Base合金および1W合金における内部酸化層の母相はNiおよびNi-W合金であり,両者の酸素透過能を考えると,内方への酸素の流束はNi-W合金の方が小さくなると予想される.Ni-W合金の酸素透過能は著者らが調べた限り,先行研究を見つけることはできなかったが,表面にNi-Wコーティングを有する鉄鋼材料の高温酸化を行い,界面に生成するNi-Fe-W合金が酸素を遮断していると報告している研究21もみられた.以上の観点から,1W合金ではBase合金に比べて内方への酸素の流束が減少し,内部酸化層の合金側に存在する酸化物の体積分率が増加したと考えられる.

他方,合金へのWの固溶によってBase合金に比べて1W合金の方が,合金中における外方へのCrの流束が増加した可能性も考えられるが,この点についてはさらなる議論が必要である.総じて,合金中へのWの固溶により,内部酸化層/合金界面において相対的に外方へのCrの流束が増加し,Cr2O3の連続層が生成しやすくなったため,1W合金の耐水蒸気酸化特性が向上したものと考えられる.

4.4 Fe-Cr-Ni合金の水蒸気酸化挙動に及ぼすFe2Wの影響

本節では,Fe2Wが析出した3W合金における酸化挙動について考察する.3W合金においても,酸化の初期段階において1W合金と同様に外層と内部酸化層からなる二層酸化皮膜が生成し,内部酸化層においてNiの濃化が進み,Wは内部酸化層の母相に残存する.1W合金の場合はNiの濃化が起こってもWはNi中に固溶する.一方,3W合金の場合,Wを含む内部酸化層の母相はFe2Wと共存する.既報のFe-Ni-W系状態図22やCr-Ni-Fe-7W系計算状態図2からFe-20Cr-Ni-W系状態図における相平衡を考慮すると,酸化に伴って内部酸化層でNiの濃化が生じた場合,母相側のWの濃度が増加し,Fe2Wの体積分率が減少する.さらにNiの濃化が進むと,合金はFe2WではなくFe7W6もしくはWと平衡するようになる.すなわち,内部酸化層に取り込まれたFe2Wは分解して最終的にはWとなる.このFe2Wの分解により,内部酸化層中に新たなFeやWが供給される.これらの元素がCr2O3および内部酸化層中を透過する酸素と反応することで,内部酸化層中にさらなるFeCr2O4やCrWO4が生成し,その体積膨張によって内部酸化層中のNiは,外層/内部酸化層界面に掃き出される.この結果,内部酸化層はFeCr2O4とCrWO4と分解したWから構成されると予想される.そこで本研究では,1W合金と同様に,外層を除去した3W合金を用いて,XRDにより内部酸化層中の構成相の相同定を行った.その結果をFig. 14に示す.3W合金の内部酸化層中には,Ni,FeCr2O4,Cr2O3に加えてCrWO4やWが確認された.このようなFe2Wの分解に伴う複酸化物の生成によって,内部酸化層中の酸化物の体積分率が大きくなるとともに,内部酸化層中を透過する酸素の消費が起こり,内方への酸素の流束が小さくなると考えられる.その結果,内部酸化層/合金界面でCr2O3の連続層が生成しやすくなり,3W合金の耐水蒸気酸化特性が向上したものと考えられる.

Fig. 14

XRD patterns of the surface polished 3W alloy after the steam oxidation at 1073 K.

5. 結言

本研究では,1073 KにおけるFe-20Cr-35Ni (at%)合金の水蒸気酸化挙動に及ぼすW添加の影響を詳細に検討した.その結果,Wの添加に伴い,表面に生成する酸化皮膜の厚さが減少した.本合金の水蒸気酸化挙動に及ぼすWの影響は,合金中に固溶したWによる影響とFe2Wの析出による影響とに分けられる.合金中に固溶したWは,合金が内部酸化する過程でNi-W合金として内部酸化層中の母相に残存し,酸素の拡散障壁として働くことで内方への酸素の透過を抑制する.その結果,内部酸化層/合金界面でCr2O3の連続層が生成しやすくなり,合金の耐水蒸気酸化特性が向上すると考えられる.他方,合金中に析出したFe2Wは,酸化皮膜の構造変化に大きな影響を与えた.酸化の過程で生じる内部酸化層中のNiの濃化によりFe2Wが分解し,内部酸化層中に新たなFeやWの供給することで複酸化物の生成を促進させる.複酸化物の生成によって,内部酸化層/合金界面でCr2O3の連続層が生成しやすい状況となり,合金の耐水蒸気酸化特性がさらに向上することがわかった.

本研究は,JSPS科研費 JP19K05055の助成を受けて行われたものである.また,GI-XRDの測定を東京工業大学オープンファシリティセンター分析部門にて行って頂いた.関係各位に感謝いたします.

文献
 
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