Journal of the Japan Institute of Metals and Materials
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Effects of Laser Peening on Surface and Bending Fatigue Properties of Carburized Steel
Yuta TakeuchiNobuhiko MatsumotoTakashi AsadaKeiichiro Oh-ishi
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2023 Volume 87 Issue 6 Pages 205-210

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Abstract

To investigate the effects of laser peening (LP) on the surface and bending fatigue properties of carburized steel (JIS SCM420), surface roughness measurements, residual stress measurements, retained austenite measurements, and four-point bending fatigue tests were conducted. After LP, the compressive residual stress was introduced on the surface, with the effect extending to a depth of more than 1 mm. Due to the high compressive stress, the bending fatigue strength of LP specimen was 1.46 times higher than that of the as-heat-treated specimen even though the surface roughness was increased by LP. Notably, the amount of retained austenite was 10.9% at the top surface of LP specimen, and high-density twins were observed in the lath martensite structure. This can be attributed to high strain rate deformation by LP.

1. 緒言

近年,自動車用トランスミッションの小型化・高出力化の需要が高まっており,歯車にかかる負荷は増大することが見込まれるため,表面改質による歯元曲げ疲労特性の向上が求められている.これまでは,硬質粒子を高速で投射するショットピーニング(以下,SPと称す)による高強度化が図られてきた.SPは短時間で大面積の加工を得意とする一方で局所加工が不得意であり,歯先の欠損や投射材の品質管理に注意する必要がある.ここで,レーザピーニング(以下,LPと称す)はFig. 1に示すように水中の被加工材にパルスレーザを照射してプラズマを発生させ,水の慣性により膨張を妨げられた高圧のプラズマによって表面に衝撃力を与える表面改質方法である.LPは局所加工を得意とし,投射材が不要かつ再現性に優れることからSPに代わる表面改質方法として期待される.また,LPにより発生する衝撃力は数GPa以上に及び,圧縮残留応力を表面から深くまで付与できることに特徴がある1,2.圧縮残留応力は疲労破壊の原因となるき裂の進展を遅らせる効果があり,最表面だけでなく,深くまで付与されることによりき裂進展寿命が向上することが報告されている3-5

Fig. 1

Schematic diagram of LP process.

これまで,LPは航空機のエンジン部品6や原子炉の炉心シュラウド7などを対象として実用化が検討されてきた.そのため,アルミニウム合金やチタン合金,ステンレス鋼に関する報告が多く,歯車の材料として一般的に用いられる浸炭鋼については十分な検討がされていない.浸炭鋼のように高硬度の材料であってもLPにより最表面に大きく,かつ深くまで圧縮残留応力を付与することができれば,曲げ疲労特性は向上すると考えられる.そこで本研究では,LPが浸炭鋼の表面特性(表面粗さ,残留応力分布,残留オーステナイト量(以下,残留γ量と称す)分布)および曲げ疲労特性に及ぼす影響を明らかにすることを目的とした.

2. 実験方法

2.1 試験片

クロムモリブデン鋼(JIS SCM420)の棒材からFig. 2(a)に示す平板試験片およびFig. 2(b)に示す曲げ疲労試験片を切り出し,有効硬化層深さ(表面からビッカース硬さ550 HVまでの距離)が0.5-0.8 mmとなるようにガス浸炭(以下,NPと称す)を施した.ガス浸炭時のCP(Carbon Potential)は0.7-1.2とし,930℃で160 min保持後,850℃から130℃に油冷した.その後,低温焼き戻しを160℃で90 min行った.LPはTable 1の条件で平板試験片および曲げ疲労試験片のA面に施した.レーザの走査経路をFig. 3に模式的に示す.LPにはNd:YAGレーザの第2高調波(波長532 nm,パルス幅6.2 ns)を用い,水中に固定した試験片の表面に周波数10 Hzでパルスレーザを直接照射した.

Fig. 2

Schematic diagram of test specimens in mm: (a) flat specimen and (b) four point bending fatigue test specimen.

Table 1 Conditions of LP.
Fig. 3

Schematic diagram of laser scanning path.

2.2 表面特性の測定

表面粗さ測定には光学式表面性状測定機(Zygo社製,NewView5022)を用いた.Fig. 2(a)の平板試験片のA面の中心付近の領域2.8 mm × 2.1 mmを測定後,Y方向の10本のプロファイルから算術平均粗さRaおよび最大高さRzをそれぞれ算出し,平均値を試験片のRaおよびRzとした.

残留応力測定および残留γ量測定には,測定法としてcosα法を採用したX線応力測定装置(パルステック工業㈱製,μ-X360s)を用いた.線源はCr-Kα線,コリメータ径は直径1.0 mmとした.残留応力測定における電圧は30 kV,電流は1.5 mA,照射角度は35°,測定回折面はα-Fe(211)とした.また,残留γ量測定における電圧は30 kV,電流は1.0 mA,照射角度は0°,測定回折面はα-Fe(211)およびγ-Fe(220)とし,積分強度比から残留γ量を求めた.測定は平板試験片のA面の中心付近のY方向について行った.表面から深さ方向の分布は,表面を電解研磨法により逐次除去し取得した.

2.3 組織観察

表面の組織観察には光学顕微鏡(オリンパス㈱製,MVXC10)を用いた.断面の組織観察はFig. 2(a)の平板試験片のX方向の断面を切り出し,樹脂埋め後に鏡面研磨を施して,走査型電子顕微鏡(日本電子㈱製,JSM-7000F)に備えた電子線後方散乱回折(以下,EBSDと称す)測定装置(㈱TSLソリューションズ製,MSC-2200)を用いて結晶方位解析を行った.電子線の加速電圧は15 kV,照射電流は15 mA,測定点の間隔は0.2 µmとした.結晶性の良し悪しを示すIQ値が400以上の測定点を有効点とし,結晶方位分布を表すInverse pole figure(IPF)マップを作成した.また,表面から深さ約20 µmの位置において,集束イオンビーム加工装置(㈱日立ハイテク製,NB5000)を用いて走査型電子顕微鏡像やIPFマップと観察方向が一致するように微小薄片を切り出し,透過型電子顕微鏡(日本電子㈱製,JEM-2100F)によりTEM観察を行った.

2.4 曲げ疲労試験

曲げ疲労試験には電気油圧サーボ式疲労試験機(㈱島津製作所製,EHF-ED520L)を用いて,4点曲げ疲労試験を行った.4点曲げ疲労試験の模式図をFig. 4,試験条件をTable 2に示す.打ち切りの繰り返し数は3 × 106回とした.ここで,曲げ疲労試験として一般的に採用される回転曲げ疲労試験は応力比が−1であるため,圧縮残留応力が付与された試験片では圧縮応力負荷時に圧縮降伏を起こし,初期の圧縮残留応力が減衰する可能性がある8.そのため,本研究では4点曲げ疲労試験を採用し,応力比を0.1とした.

Fig. 4

Schematic diagram of four point bending fatigue test in mm.

Table 2 Conditions of four point bending fatigue test.

3. 実験結果および考察

3.1 表面性状

表面粗さの測定結果をTable 3,プロファイルの例をFig. 5(a), Fig. 5(b)に示す.NP材と比較してLP材は,アブレーション(パルスレーザの照射により表面が瞬時に溶融,蒸発する現象)の影響により表面粗さ(RaおよびRz)が大きかった.次に表面の組織観察結果をFig. 6(a)-Fig. 6(b)に示す.Fig. 6(a)のNP材では研削痕がY方向に沿って観察されたが,Fig. 6(b)のLP材ではアブレーションにより研削痕は消失した.LP前後の板厚変化から推定したアブレーション深さは27 µmであった.

Table 3 Surface roughness of flat specimens.
Fig. 5

Examples of surface roughness profile: (a) NP and (b) LP.

Fig. 6

Surface microstructure of flat specimens: (a) NP and (b) LP.

3.2 残留応力分布および残留γ量分布

表面から深さ方向の残留応力分布をFig. 7に示す.最表面の残留応力はNP材が203 MPaであったのに対して,LP材は−1020 MPaであった.また,LP材の圧縮残留応力のピーク値は−1547 MPa(深さ17 µm)であり,深さ1002 µmにおいても−400 MPaの圧縮残留応力が確認された.ここで,一般的な条件のSPにより浸炭鋼に付与される圧縮残留応力の深さは約200 µmである4.よって,浸炭鋼のように高硬度の材料であってもLPにより深くまで圧縮残留応力を付与できることがわかった.

Fig. 7

Residual stress distributions of flat specimens.

次に表面から深さ方向の残留γ量分布をFig. 8に示す.最表面の残留γ量はNP材が8.8%であったのに対して,LP材は10.9%であった.SPでは高速で投射された硬質粒子が被加工材に衝突することで加工誘起マルテンサイト変態が生じ,最表面の残留γ量が大幅に減少する9.これに対して,LP材の最表面では残留γ量が減少しなかったことから,LPでは最表面の加工誘起マルテンサイト変態が抑制されることがわかった.なお,最表面より深い位置ではNP材よりもLP材の方が残留γ量は少なく,深さ約800 µmにおいてNP材とLP材は同等の残留γ量を示した.

Fig. 8

Retained austenite distributions of flat specimens.

3.3 断面組織解析

EBSDにより得られたIPFマップをFig. 9(a)-Fig. 9(b)に示す.Fig. 9(a)のNP材の最表面には粗大な結晶粒で構成される浸炭異常層(粒界酸化層)が観察された.浸炭異常層は,浸炭時の粒界酸化により焼き入れ性が低下することで生じる10.観察された浸炭異常層の厚さは約10 µmであった.また,浸炭異常層の直下はラスマルテンサイト組織であった.一方,Fig. 9(b)のLP材の最表面には浸炭異常層は観察されず,ラスマルテンサイト組織が観察された.なお,Fig. 9(a)-Fig. 9(b)のIPFマップではNP材とLP材のラスマルテンサイト組織に明確な違いは確認できなかった.

Fig. 9

EBSD-IPF map of cross section of flat specimens: (a) NP and (b) LP.

次に,NP材およびLP材の表面から深さ約20 µmの位置より採取した微小薄片のBright field(BF)-TEM像をFig. 10(a)-Fig. 10(b)に示す.どちらもFig. 9(a)-Fig. 9(b)に示したIPFマップの結果と同様にラスマルテンサイト組織が観察されたが,Fig. 10(a)のNP材のラスマルテンサイト組織とは異なり,Fig. 10(b)のLP材のラスマルテンサイト組織中には数nm幅の双晶あるいは積層欠陥に起因する筋状組織が高密度で観察された.LP材の圧縮残留応力のピーク値はFig. 7に示したように深さ17 µmで得られたことから,Fig. 10(b)に示す筋状組織は3.4.節で後述するように圧縮残留応力と密接に関係していると推察される.

Fig. 10

BF-TEM images of flat specimens taken from a depth of 20 µm: (a) NP and (b) LP.

筋状組織が観察されたLP材について,母相である体心立方格子構造の[011]入射により得た制限視野電子回折図形(以下,SAED図形と称す)をFig. 11(a),SAED図形の$01\bar{1}$反射で結像したDark field(DF)-TEM像をFig. 11(b)に示す.なお,Fig. 11(a)のSAED図形はFig. 11(b)の領域Xから得た.先に示したFig. 10(b)と比較して,Fig. 11(b)ではより明瞭に筋状組織が観察された.ここで,母相の$(21\bar{1})$双晶を仮定すると,Fig. 11(a)に示したSAED図形の回折スポットが説明されることから,LP材の筋状組織は双晶に起因するものであることがわかった.

Fig. 11

TEM images of LP specimen viewed from [011] direction: (a) SAED pattern of X-region, and (b) DF-TEM image of X-region using the $01\bar{1}$ diffraction spot.

3.4 浸炭鋼のLPによる変形機構の特徴

3.2節で述べたように,SPでは加工誘起マルテンサイト変態が生じ,最表面の残留γ量が大幅に減少する9のに対して,LP材ではFig. 8に示したように最表面では残留γ量が10.9%と多く,加工誘起マルテンサイト変態が抑制された.また,LP材の表面から深さ約20 µmの位置ではFig. 10(b)やFig. 11(b)に示したように高密度の双晶が観察された.

ここで,高ひずみ速度の条件下ではすべり変形よりも双晶変形が活発に活動することが知られている11.また,Chenら12はひずみ速度がSUS304鋼の組織変化に及ぼす影響を10∼105 s−1の範囲で調査しており,10∼103 s−1の範囲では転位の運動と加工誘起マルテンサイト変態が活発である一方で,104∼105 s−1の範囲では双晶変形が活発であり,加工誘起マルテンサイト変態が阻害されることを報告している.これに加えて,Punら13は高ひずみ速度の塑性変形では局所的な発熱の影響により,マルテンサイト変態の核が成長せず,加工誘起マルテンサイト変態が抑制されることを報告している.

Peyreら1やKanouら2によれば,LP(∼106 s−1)ではSP(∼104 s−1)よりも高ひずみ速度で塑性変形する.よって,LP材の最表面ではひずみ速度が高く,加工誘起マルテンサイト変態が抑制され,Fig. 8に示したように残留γ量が多かったと考えられる.一方,表面から深さ約20 µmの位置では残留γ量がNP材よりも少なかったことから,加工誘起マルテンサイト変態が進行し,変態双晶が導入されたと考えられる.また,LPの大きな衝撃力により変形双晶も導入されたことで,Fig. 10(b)やFig. 11(b)に示したように高密度の双晶が観察されたと推察される.

3.5 曲げ疲労特性

4点曲げ疲労試験の結果をFig. 12に示す.縦軸は最大応力,横軸は繰り返し数である.3 × 106回時間強度はNP材が1100 MPaであったのに対して,LP材は1601 MPaであり,疲労強度がNP材に比べて1.46倍向上した.なお,Fig. 12から明らかなようにLP材は低サイクル疲労特性も優れていた.

Fig. 12

Results of four point bending fatigue test.

緒言で述べた通り,曲げ疲労特性の向上には圧縮残留応力の付与が有効であり,最表面だけでなく,深くまで付与すことにより,き裂進展寿命が向上する3-5.LP材の圧縮残留応力はFig. 7に示したように最表面で大きいだけでなく,深くまで付与されたため,NP材と比較して曲げ疲労特性が大幅に向上したと考えられる.また,浸炭鋼において最表面の残留γはマルテンサイト変態誘起塑性によるき裂閉口効果(TRIP効果)をもたらし,き裂開口応力拡大係数が上昇することで曲げ疲労強度が向上することが報告されている14.LP材の最表面の残留γ量はFig. 8に示したように10.9%であったことから,TRIP効果により曲げ疲労強度が向上した可能性が考えられる.更に,Fig. 9(a)およびFig. 10(a)においてNP材の表面で観察された浸炭異常層は疲労強度の低下を招くため,化学研磨や電解研磨による浸炭異常層の除去15や,真空浸炭による粒界酸化の抑制16が行われるが,LP材ではFig. 9(b)およびFig. 11(b)に示したように表面のアブレーションにより浸炭異常層が除去されたことも曲げ疲労強度の向上に寄与したと推察される.

4. 結言

本研究ではクロムモリブデン鋼(JIS SCM420)のガス浸炭材(NP)にレーザピーニング(LP)を施し,表面特性および曲げ疲労特性に及ぼす影響を調査した.得られた主な知見を以下に示す.

(1) LPにより最表面には−1020 MPaの圧縮残留応力が付与された.また,深さ1002 µmにおいて−400 MPaの圧縮残留応力が確認された.

(2) LP材の最表面の残留γ量は10.9%であった.LPにより最表面では高ひずみ速度の塑性変形が起こり,加工誘起マルテンサイト変態が抑制されたと考えられる.

(3) LP材の表面から深さ約20 µmの位置では,高密度の双晶を含むラスマルテンサイト組織が観察された.

(4) 3 × 106回時間強度はNP材が1100 MPaであったのに対して,LP材は1601 MPaであった.これは,LPにより圧縮残留応力が最表面に大きく,かつ深くまで付与されたためであると考えられる.

本研究の遂行に当たり,レーザピーニングの施工において新東工業㈱の協力を得た.ここに記して感謝の意を表する.

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