2023 Volume 87 Issue 6 Pages 193-199
The segregation behaviors on the prior austenite grain boundaries for the B added-high C case hardening steel (Fe-0.82C-0.22Si-0.86Mn-0.02P-1.1Cr-0.21Mo-0.005B (mass%)) were evaluated by three-dimensional atom probe (3DAP). The results revealed the intense segregation of C, Mo, Cr, and B on the grain boundaries. In contrast, it was confirmed that the segregation of P known as a strong segregation element for steel was suppressed. The thermodynamic analysis based on the parallel tangent law by McLean-Hillert was carried out in order to validate the segregation of each element. To evaluate the chemical potentials taking the interaction with multiple elements into account, the CALPHAD (CALculation of PHAse Diagram) method was employed, where liquid phase was adopted to estimate the Gibbs free energy of grain boundaries. The calculation results represented the segregation tendencies obtained from 3DAP. Detailed investigations of the interaction effects of C, B, and Mo on the other elements were also conducted. The results showed the suppression of the P segregation by increasing B content. Therefore, the efficiency of the segregation prediction method that implemented the CALPHAD method for the B added high C steel was demonstrated.
Bは粒界偏析が大きい元素であり,微量の添加により鋼の焼入れ性を向上させることが知られている.これは,オーステナイト(γ)粒界へ偏析したBがγ粒界のエネルギーを低下させ,フェライト(α)の不均一核生成を抑制するためであるとされる1-4).また,粒界エネルギーの低下は粒界強度を向上させるため,粒界割れを抑制することができる.そのため,B偏析により旧γ粒界の破壊を抑制することで,疲労強度や衝撃強度を向上させた研究結果も報告されている5-7).
Bのγ粒界への偏析に対しては,製造プロセスや合金元素が影響を及ぼす.例えば,Al-B添加系780 N/mm2級高強度鋼における熱間加工では,再結晶による新たな粒界の生成とBの偏析に加えて,粒界におけるM23(C,B)6の生成などのBが関与する種々の冶金現象に伴い,焼入れ性が変化することが報告されている8).このことは,直接焼入れ(Direct Quenching)プロセスによりB添加鋼の強度を得ようとする際には,適切なプロセス設計が必要であることを示唆している.
一方,粒界偏析に対する元素間の相互作用についても報告例がある.例えば,鋼においてCとPは互いの偏析挙動に影響を及ぼし,C添加量の増加がPの粒界偏析を抑制することが知られている9,10).また,B添加もPの偏析を抑制することが報告されており11),元素間で粒界偏析に関する相互作用が存在することが報告されている.一方で,Mo,B,V,Mn,Siなどの元素はPの偏析への影響はほとんどない10,12)とされる.実用鋼には不純物元素を含めて様々な元素が存在するため,それらの元素の影響を明らかにすることは,B添加鋼の合金およびプロセス設計において重要である.
A-B2元系合金における溶質元素Bの粒界偏析挙動については,McLean-Hillertの粒界相モデル,および平衡条件を示す平行接線の法則(母相と粒界相における元素AおよびBの化学ポテンシャル差が等しいこと)13)を用い,多くの検討結果が報告されている.基本的に2元系合金を前提としているが,3元系以上の合金に対する拡張も試みられている.例えば,Guttmannは2つの偏析元素の相互作用を考慮することにより,3元系合金における偏析挙動を予測することを可能とした14).ただし,これらの手法では粒界偏析エネルギーとその相互作用を実験的に求める必要があり,実際に用いられる合金のような多元系のすべての元素に対して,これらの手法を運用することは困難である.
一方,CALPHAD(CALculation of PHAse Diagram)法では複数の元素の相互作用を考慮した膨大なデータベースを用いることにより,多元系合金に対する熱力学計算が可能である.Mclean-Hillertの解析に対してCALPHAD法を利用することができれば,そのデータベースを活用することで多元系合金における元素の粒界偏析挙動を推察することが可能となる.例えば,高橋らは独自のFe-Mo-B系の熱力学データベースを構築し,それを用いてMoとBの偏析挙動解析を実施した15).大沼はCu合金における粒界偏析に対してCALPHAD法に基づく解析を行い,PやSが偏析しやすい傾向を示すことを導き出した16).また,鋼材におけるα粒界偏析における元素間の相互作用の解析例として,本村らはFe-N-X3元系合金におけるN偏析17),徳永らはFe-B-X3元系合金におけるB偏析に対する添加元素の影響を報告している18).これらの計算では,粒界をランダムな原子構造を持つ相と仮定し,粒界のGibbs自由エネルギーとして,液相のGibbs自由エネルギーが適用できるとした19).一方で,多くの元素が添加された実用鋼材における各元素の粒界偏析挙動について,CALPHAD法に基づく解析と実験結果との比較検証を行った報告例は見当たらない.
本報では,歯車などに用いられる浸炭プロセスを前提として,高C化した肌焼き鋼におけるBをはじめとする各元素の旧γ粒界上への偏析挙動を3次元アトムプローブ(3DAP)によって分析した.さらに,γ粒界における偏析挙動のCALPHAD法による解析を行い,3DAPの測定結果との比較を行うことで,その有効性を評価した.また,主な元素の濃度が変化した際に,他の元素の粒界偏析挙動がどのように変化するかについてもCALPHAD法による評価を行った.
供試材の化学成分をTable 1に示す.SCM420に対して浸炭処理を実施した場合を想定し高炭素化するとともに,0.0050 mass%のBを微量添加した.供試材の作製には,電磁軟鉄(SUY),電解鉄,黒鉛,純Si,純Cr,純Mn,フェロモリブデン,フェロボロンを用いて,高周波真空溶解炉を用いてAr雰囲気中にて溶融後,金型に鋳造することで約1.8 kgインゴットを得た.さらに,熱間圧延および熱間スエージにより約ø9 mmまで加工し,γ単相である950℃で30 min保持した後に,直ちに油焼入れを実施した.得られた素材からø7 mm × 11 mmの円柱形状の試験片を作製し,富士電波工機㈱製のサーメックマスターZを用いて熱処理を実施した.まず950℃まで10℃/sで加熱し,300 s保持した後,Heガスで室温近傍まで冷却して組織を凍結した.この熱処理によって得られた旧γの平均粒径は22 µmであった.なお,処理温度(950℃)は浸炭処理温度を想定して選択した.
3DAPによる分析に際し,焼入れした鋼材を集束イオンビーム(FIB)により旧γ粒界を横切るように試料を採取し,針状の試料に加工した.3DAPの測定には紫外光レーザー搭載型アトムプローブ(LEAP4000XSi)を用い,パルスエネルギーを30 pJ,試料温度を50 K,飛行距離を90 mm,エバポレーション速度を0.1%/パルス以下の条件で測定を実施した.Fig. 1に試料の走査型透過電子顕微鏡(STEM)像を示す.旧γ粒界を含んだ針状試料を作製できたことが確認できた.
The microstructure of 3DAP specimen observed by STEM.
The black arrow indicates the prior austenite (γ) grain boundary (GB).
A-B 2元系合金における,粒界への元素Bの偏析しやすさの傾向を表す偏析係数kBGBは次式(1)で求められる.
\begin{equation} k_{\text{B}}^{\text{GB}} = \exp \left(\frac{\Delta \varepsilon_{\text{B}}^{\text{GB}}}{kT} \right) \approx \frac{X_{\text{B}}^{\text{GB}}}{100 - X_{\text{B}}^{\text{GB}}}\bigg/\frac{X_{\text{B}}^{\text{MAT}}}{100 - X_{\text{B}}^{\text{MAT}}} \end{equation} | (1) |
粒界への偏析解析にはいくつかの手法があるが,ここではMcLean-Hillertの粒界相モデルを適用する.本モデルでは,次式のように母相と粒界相における元素Aと元素Bの化学ポテンシャル差が等しいことが平衡偏析の条件となる(平行接線の法則)13).
\begin{equation} \mu_{\text{A}}^{\text{MAT}} - \mu_{\text{A}}^{\text{GB}} = \mu_{\text{B}}^{\text{MAT}} - \mu_{\text{B}}^{\text{GB}} \end{equation} | (2) |
Schematic of chemical compositions (XB,CMAT and XB,CGB) and chemical potentials (μA-CMAT, μA-CGB) for grain boundary segregation for (a) A-B binary alloy and (b) A-B-C ternary alloy.
この関係は3元系に拡張することが可能である.Fig. 2(b)は,A-B-C3元系における関係を示す模式図である.母相組成(XB,CMAT)において母相の自由エネルギー曲面に接する接平面が求めることで,母相における元素A, B, Cの化学ポテンシャル(μAMAT,μBMAT,μCMAT)が得られる.また,その接平面と平行な平面が粒界の自由エネルギー曲面に接する点が粒界の組成(XB,CGB)であり,粒界における元素A, B, Cの化学ポテンシャル(μAGB,μBGB,μCGB)が求められる.このとき,
\begin{equation} \mu_{\text{A}}^{\text{MAT}} - \mu_{\text{A}}^{\text{GB}} = \mu_{\text{B}}^{\text{MAT}} - \mu_{\text{B}}^{\text{GB}} = \mu_{\text{C}}^{\text{MAT}} - \mu_{\text{C}}^{\text{GB}} \end{equation} | (3) |
\begin{equation} \mu_{\text{A}}^{\text{MAT}} - \mu_{\text{B}}^{\text{MAT}} = \mu_{\text{A}}^{\text{GB}} - \mu_{\text{B}}^{\text{GB}} \end{equation} | (4-1) |
\begin{equation} \mu_{\text{A}}^{\text{MAT}} - \mu_{\text{C}}^{\text{MAT}} = \mu_{\text{A}}^{\text{GB}} - \mu_{\text{C}}^{\text{GB}} \end{equation} | (4-2) |
これをさらにFe-Y系の多元系(Y = B, C, D…)に拡張する.Feの母相(γ)および粒界相の化学ポテンシャル(μFeγ,μFeGB),および元素Y(Y = B, C, D…)の母相(γ)および粒界相の化学ポテンシャル(μYγ,μYGB)についても,式(4-1),式(4-2)と同様に次式が成り立つ.
\begin{equation} \mu_{\text{Fe}}^{\gamma } - \mu_{\text{Y}}^{\gamma } = \mu_{\text{Fe}}^{\text{GB}} - \mu_{\text{Y}}^{\text{GB}} = \Delta \mu_{\text{Fe},\text{Y}} \end{equation} | (5) |
すなわち,Fe-Y系多元系合金(Y = B, C, D…)における母相組成(XYγ)から化学ポテンシャルを計算することによってΔμFe,Yが得られる.
さらに,粒界相における各元素Y(Y = B, C, D…)の化学ポテンシャル(μYGB)に対して,μFeGB-μYGBを計算することで,元素Yに対して式(5)を満たす粒界相組成(XYGB(Y = B, C, D…))を求めることが可能となる.
その際,粒界のGibbs自由エネルギーを見積もることが必要となる.ここでは,Ohtaniらが提唱した,液相のGibbs自由エネルギーを粒界相に適用する手法を用いた19).この手法の利点は,複数の元素間の相互作用を考慮した既存の熱力学データベースを活用できることにあるが,ランダム粒界を仮定しているため,双晶などの低エネルギー粒界には適用できないことに注意が必要である.
本研究ではTable 1に示すFe系多元成分系に対して,CALPHAD法に基づいた次のような解析を実施した.すなわち,元素Y(Y = C, Si, Mn, P, Cr, Mo, B)に対して,母相(γ)の化学ポテンシャルを求めることで,ΔμFe,Yを得た.次に,粒界相(ここでは液相)における元素Yの化学ポテンシャル(μYGB(Y = C, Si, Mn, P, Cr, Mo, B))に対して,式(5)を満たす粒界相組成(XYGB(Y = C, Si, Mn, P, Cr, Mo, B))を求め,元素Yの粒界偏析量とした.
なお,供試材にはMo,BとCが添加されており,炭ホウ化物の生成が予測される20).Fig. 3にB量に対する平衡状態図の計算結果を示す.供試材は0.0050 mass%のBを含有しており,950℃においてM23(C,B)6が存在する.そこで,供試材組成に対して950℃における平衡計算を実施し,計算によって得られたγ相の組成(Table 1)に対して偏析の計算を実施した.計算には,市販の多元系熱力学計算ソルバーであるThermo-Calc(2022a)とFe系データベースであるTCFE7を用いた.
Calculated phase diagram of Fe-0.82C-0.22Si-0.86Mn-1.1Cr-0.21Mo-xB system.
旧γ粒界を含む領域の3DAPによる原子マップをFig. 4(a)に示す.STEM観察の結果(Fig. 1)との比較により,Fig. 4(a)において黒矢印で示した線状の特定の原子密度が濃い領域が旧γ粒界に対応する.偏析した元素は粒界上にほぼ均一に分布しており,粒子形状の濃化領域は確認できなかった.特に,粒界上および母相内でCの分布がほぼ均一であることから,Fig. 1のSTEM観察の結果と合わせて,測定部位内に粗大な炭ホウ化物などの析出物は存在しないと判断した.
The results of 3DAP analysis.
(a) 3DAP image (atomic distribution), (b) chemical composition profiles.
旧γ粒界を垂直に横切るように領域を選択し,赤矢印の方向に沿って得たC, Si, Mn, P, Cr, Mo, BおよびFeの濃度プロファイルをFig. 4(b)に示す.Fig. 4(b)よりCは母相に2-3 mol%程度検出されるが,粒界に著しく偏析していることがわかる.ただし,この母相の測定値はTable 1で示したC濃度である3.6 mol%よりも0.5-1 mol%程度,小さい値であった.Fig. 3より950℃ではM23(C,B)6が析出するが,その量はわずかであるため,炭化物がC濃度差の原因であると考えられない.一方,3DAP測定で得られる濃度は統計誤差を含んでおり,誤差を95%信頼区間の±2σ(ここでσは標準偏差)とした場合,C濃度の誤差は±0.3~0.4 mol%と計算される.この誤差を考慮しても,3DAPで得られたC濃度はTable 1に示す母相のC濃度よりも若干小さめであることがわかる.このような3DAP測定で得られる濃度と実際の組成との乖離は,測定条件による元素の優先・遅延蒸発に起因すると報告されている21,22).ただし,粒界への偏析傾向を評価する際に,母相からの相対的な濃度差を指標に用いることで,乖離による影響を低減することが可能と考えられる.
Bは母相にはほとんど存在しないが,粒界からは約2 mol%検出されたことから,C同様に激しく偏析していることが確認できた.さらに,Cr,Moも粒界上に偏析している.一方,Mnはほとんど偏析せず,Siは逆に粒界でわずかに濃度が低下した.また,Pはわずかであるが偏析していた.
なお,CとCrの濃度プロファイルが粒界を挟んで非対称であり,粒界近傍に母相よりも濃度が低下している領域が確認できた.一方,Bの分布は旧γ粒界を挟んで対称であり,濃化している領域が他の元素(MoやCrなど)と比べてややブロードであることが確認できた.
3.2 粒界偏析挙動の熱力学解析Table 2に計算によって得られた950℃における母相および粒界の組成(XYγ,XYGB)と偏析係数(kYGB)の計算結果を示す.Bの著しい偏析傾向が確認でき,偏析係数は2600と極めて高い値を示した.Cの偏析係数は3.2とBよりも偏析係数は小さいものの,その添加量がmol%で3.6と多量であるため,粒界への偏析量の絶対値は大きい結果となった.また,MoとCrの偏析係数はそれぞれ12,2.5と偏析する傾向を示す一方で,Mnの偏析係数は0.97と偏析しない傾向を示した.さらにSiは1より小さい0.19という偏析係数となり,粒界で希薄化する結果となった.
3DAPの結果から,C,B,Mo,Crの粒界への偏析傾向が確認できた.一方,Mnは粒界にほとんど偏析せず,Siは粒界で濃度が低下した.Table 2より,同様の傾向はCALPHAD法による計算結果でも得られた.
測定感度のため分析結果がブロードな分布となること,粒界がある程度の厚さがあること,その厚さが粒界構造に依存するため,3DAPの結果とCALPHAD法による計算結果とを比較するには,粒界の単位面積当たりの原子数(原子密度)の形で評価する必要がある12,23).3DAPの結果から求められる粒界への過剰偏析量(grain boundary excess)をNGB3DAPとすると,その値は元素濃度プロファイルを粒界厚さ方向に積分することによって求めることができる15).
\begin{equation} N_{3\text{DAP}}^{\text{GB}} = \int_{ - w/2}^{ - w/2}(n_{3\text{DAP}}(z) - n_{0})dz\quad (\text{atom}/\text{m}^{2}) \end{equation} | (6) |
\begin{equation} N_{\text{TC}}^{\text{GB}} = (x_{\text{TC}} - x_{0})D^{\text{GB}} \end{equation} | (7) |
Fig. 4の測定領域に対し,式(6)に基づいてB濃度を積分した結果をFig. 5に示す.Bは母相領域ではほとんど存在しないが,粒界近傍において急激に増加しており,粒界に偏析していることが確認できた.さらに,3DAPの測定値からB,Mo,C,Cr,SiおよびPに対してN3DAPGBを求めた結果をFig. 6に示す.なお,Fig. 6は2回の測定結果に対して計算を行い,その平均値から求めたものである.さらに,Table 2の熱力学計算結果と式(6)を用いてNTCGBを求めた結果も示した.Bに対するN3DAPGBは約4.7 atom/nm2であり,他の文献における分析値12,23)と同等であった.一方,NTCGBは約3.4 atom/nm2であった.
Integral B content obtained from 3DAP results.
The segregations amount of C, Si, Mn, P, Cr, Mo, and B obtained from 3DAP analysis and thermodynamic calculation at 950℃.
Note: Segregation amount of B (NBGB) obtained from the calculation method using eq. (1) and ΔεBGB = 0.65 eV is indicated by the dashed line.
Bと他元素との相互作用を考慮しないと仮定して,式(1)および式(7)とΔεBGB = 0.65 eV12,24)を用いて,過剰偏析量(NBGB)を求めるとNBGB = 0.66 atom/nm2と実験値よりもはるかに小さな値となる.すなわち,CALPHAD法を基にした計算で求めたNGBTCは,3DAPの結果と比べて過小に見積もられるものの,他元素との相互作用を考慮しない場合(NBGB)と比べて実験値に近い結果となった.なお,NTCGBが過小に見積もられる原因として,元素の偏析量は粒界エネルギー,すなわち粒界の構造に依存するが,今回の計算ではあくまで平均的な粒界を想定していること,さらにBは高温であるほど空孔などの存在により平衡値以上に偏析する非平衡偏析を生じる12,23)ことなどが考えられる.
その他の元素(C, Cr, Mo, Mn, Si, P)においても,3DAPの結果と計算結果の傾向はほぼ一致することが確認できた.ただし,Crは偏析する傾向は再現するものの,NTCGBは特に過小に見積もられた.SiおよびMnについては,いずれの過剰偏析量も非常に小さい値,もしくは負の値となり,偏析しないことが実験的にも熱力学計算的にも確認できた.
以上のように,2.2節で示した各元素間の相互作用をCALPHAD法によって考慮した計算手法は,3DAPの結果をほぼ定量的に再現し,多元系のB添加鋼において有用であることが確認できた.
なお,Fig. 4(b)よりCとCrに関しては,粒界近傍において濃度プロファイルの非対称性と欠乏領域が確認できたが,3DAP測定時の粒界における元素蒸発の不均一のほかに,γ粒成長におけるsolute-dragに起因する可能性がある25).この際,CrとCは互いの活量を低下させるため,類似した濃度プロファイルを呈したと考えられる.
また,Rosaらによると,500℃/sで冷却した際に,粒界近傍にBの欠乏領域が発生した26).本報での冷却は小型の試料であるとはいえ,Heガス冷却により組織を凍結している.室温までHeガス冷却したものの,その冷却速度は最大で100℃/s程度であることを考慮すると,拡散係数の大きいCに関しては,冷却過程での拡散を完全には抑制することができなかった可能性がある.これは,Fig. 4(b)でみられたCの濃度プロファイルの非対称性の一因となりうる.
4.2 粒界偏析挙動に対する元素間の相互作用前節で考察したように,各元素間の相互作用をCALPHAD法によって考慮した計算手法は,B添加鋼における偏析挙動の理解に有用であると考えられる.そこで,各成分の粒界偏析挙動に対して,各合金成分がどのように影響するかについて,同様にCALPHAD法を用いて計算した.
Fig. 7(a)よりx C-0.42Si-0.85Mn-0.0035P-1.14Cr-0.12Mo-0.0025B鋼(mol%)において,C量を変化させた際の各元素の粒界偏析係数の変化を示す.C量の増加はBの偏析量を低下させることが明らかになった.ただし,もともとのBの粒界偏析係数が大きいことから,偏析を完全に抑制するまでには至らない.一方,偏析係数が1以下のSiでは,C量の増加とともにさらに低下することが確認できた.Mnの粒界偏析係数は0 mol%Cの場合は1以下であるが,C量の増加とともに偏析係数が増加し,4 mol%程度から1以上の値と偏析が生じることが明らかになった.Pに対してはC量の増加とともに減少傾向を示すが,3 mol%程度から偏析係数はほぼ横ばいとなった.この結果はFe-C-P合金においてC添加によってPの偏析が抑制される9,27)結果と同様の傾向であるが,本鋼材のような高C鋼の場合はC濃度を増加させても,Pの粒界偏析係数はあまり変化しない.ただし,今回の合金が多元系であることに注意が必要である.すなわち,Fig. 7(a)ではC添加量の増加とともにMnの偏析量が増加している.そのため,MnとPとの相互作用にも留意が必要である.そこで,C量をMnの粒界偏析が確認できる5 mol%,Mn量を0 mol%とした場合(5.0C-0.42Si-0Mn-0.0035P-1.14Cr-0.12Mo-0.0025B鋼)のPの偏析係数を求めた.その結果,Pの偏析係数は7.35と0.85 mol%Mn時の値(7.00)と同等であった.すなわち,Fig. 7(a)におけるPの偏析に対するMn影響は無視できることが確認できた.
Segregation tendencies at 950℃ calculated by CALPHAD method as a function of (a) C content, (b) B content, (c) Mo content.
Fig. 7(b)に3.69C-0.42Si-0.85Mn-0.0035P-1.14Cr-0.12Mo-x B鋼(mol%)において,B量を変化させたときの各元素の粒界偏析係数の変化を示す.B量の増加により,Cr, Moの粒界偏析係数は増加し,C,Si,MnおよびPの偏析係数は低下する.例えば,Pの偏析係数は,Bが添加されていない場合は14となり,Table 2の計算結果(7.0)よりも明らかに大きい値となる.Pの偏析の抑制に対してB添加はC添加よりも有効であることは報告されており,計算結果はその傾向を再現している11,27).一方,B添加によりMnの偏析が抑制される結果は,9Mn鋼にBを添加することで,オーステナイト粒界におけるMnの偏析が抑制できたというKuzminaらの結果と矛盾しない6).
3.69C-0.42Si-0.85Mn-0.0035P-1.14Cr-x Mo-0.0025B鋼(mol%)において,Mo量を変化させた場合の各元素の粒界偏析係数の変化をFig. 7(c)に示す.Mo添加が他元素の粒界偏析挙動に及ぼす影響はわずかであるが,SiとPの粒界偏析係数を低下させる傾向が認められた.これは,MoとBの同時添加が,Pの偏析の抑制に効果的であることを示唆する.また,Bの偏析に対してMo添加の影響がほとんど存在しないことは,Takahashiらの報告と一致する12).
以上のように,各元素間の相互作用をCALPHAD法によって考慮した計算手法は,多元系であるB添加鋼における粒界偏析挙動の予測に有用であると言える.手法によりあくまでも平衡状態という制限はあるものの,複数元素の粒界偏析を制御した合金設計も可能であると考えられる.例えば,Bのように微量添加で十分に粒界偏析させたい場合,あるいはPをはじめとする不純物元素の粒界偏析を抑制したい場合などの合金成分設計,ならびにプロセス設計に活用できるものと期待される.
Mclean-Hillertの粒界相モデルおよび平行接線の法則を基に,CALPHAD法による多元系に拡張した計算手法を活用して,B添加高炭素鋼のγ粒界偏析を解析した.このとき,粒界のGibbs自由エネルギーとして液相のGibbs自由エネルギーを適用した.さらに,3DAPによる高C鋼における旧γ粒界への元素偏析の測定を実施し,解析結果との比較を行った.供試鋼は,SCM420をベースに,浸炭後を想定して高C化し,さらに微量のBを添加した0.82C-0.22Si-0.86Mn-0.02P-1.1Cr-0.21Mo-0.005B鋼(mass%)である.その結果,以下のような知見が得られた.
(1) 950℃から焼入れした試料の旧γ粒界近傍における3DAPの分析結果から,BをはじめとしてC,Mo,Crの旧γ粒界への偏析が確認できた.一方,P,Mnの偏析はわずかであり,Siは母相より濃度が低く希薄化していた.
(2) 粒界に対してCALPHAD法に基づく液相のGibbs自由エネルギーを適用した熱力学計算による偏析挙動の解析により,B,C,Mo,Crの偏析係数は偏析しない場合(kYGB = 1)よりも大きくなり,3DAPの分析結果と良好な一致を示した.
(3) この手法を用いて,今回の供試材をベースとしてγ粒界への偏析挙動に対する,合金成分の影響を評価した.その結果,本鋼においてはB,Cの添加によりPの偏析量が低下するが,Pの偏析抑制はCよりもBの方が顕著であることなど,これまでの報告と一致する傾向が得られた.本計算手法は,B添加鋼のような多元系合金における各元素の粒界偏析挙動の理解,予測および解析に有用であると考えられる.