2023 Volume 87 Issue 7 Pages 226-230
The equilibrium crystal structure of LnMnO3 (Ln: lanthanide) has been reported to be orthorhombic when relatively large ions from La3+ to Dy3+ are used as Ln3+ and hexagonal when relatively small ions from Ho3+ to Lu3+ are used. It has been reported that the hexagonal phase is formed when the tolerance factor, expressed as functions of radii of the constituent ions, is less than 0.840. In the present study, we attempted to induce oxygen deficiency in DyMnO3 under the solidification at low oxygen partial pressure using aerodynamic levitator to reduce the tolerance factor through a decrease in the valence of manganese ions and the accompanying increase in the ionic radius. The results showed that the oxygen deficiency increases with decreasing oxygen partial pressure. Assuming that valence of manganese ions decreased due to the increase in oxygen deficiency, the corresponding tolerance factor evaluated from the average ionic radii of manganese and oxygen decreased, which promoted the formation of the hexagonal phase as is the case with the reduction of the ionic radius of Ln3+.
分子式がLnMnO3(Ln: Lanthanoid)で表される希土類マンガン酸化物では,Ln元素としてイオン半径が比較的小さいHo3+~Lu3+を用いた場合は六方晶(h-LnMnO3,space group: P63cm)が,イオン半径が相対的に大きなLa3+~Dy3+を用いた場合には直方晶(o-LnMnO3,space group: Pbnm)が安定相となることが報告されている1).ただしKumarら2)は,ガスジェット浮遊炉によって酸素ガス中で過冷却凝固させたDyMnO3試料では,h-DyMnO3とo-DyMnO3が共存することを報告している.さらに彼らは,h-DyMnO3とo-DyMnO3が共存する試料では,酸素欠損が生じていることも示した.またHarikrishnanら3)は,DyMnO3をフローティングゾーン法によって結晶成長させると,空気および酸素ガス雰囲気ではo-DyMnO3が,アルゴンガス雰囲気では,h-DyMnO3が生成すると報告した.これらの結果は,酸素ポテンシャルの違いが,DyMnO3を凝固させる際の相選択に関わっていることを示唆する.
ABO3(A:希土類およびアルカリ土類元素,B:遷移金属,O:酸素元素)の相選択については,以下のトレランス因子(tolerance factor, TF)の概念4)が適用される.
\begin{equation} \textit{TF} = \frac{r_{\text{A}} + r_{\text{o}}}{\sqrt{2} (r_{\text{B}} + r_{\text{o}})} \end{equation} | (1) |
酸素ポテンシャルを考慮した場合,DyMnO3(s)の生成は以下の化学平衡に従うと考えられる8).
\begin{equation} 2\text{Dy$_{2}$O$_{3}$}(\text{s}) + 4\text{MnO(s)} + \text{O$_{2}$}(\text{g}) \leftrightarrows 4\text{DyMnO$_{3}$}(\text{s}) \end{equation} | (2) |
\begin{equation} \Delta G^{\circ} = - 534400 + 224 T\ [\text{J}{\cdot}\text{mol}^{-1}] \end{equation} | (3) |
本研究ではこれらの検討を念頭に,様々な雰囲気酸素分圧($P_{\text{O}_{2}}$)条件において凝固させたDyMnO3試料の酸素欠損量と構成相の関係から,それに対応するMn2+の包含量について検討した.またその結果を元にして,Mn2+の包含量から計算されるTFが,Ln3+イオン半径を変化させた場合のTFと同様に,LnMnO3の相選択を特徴付けられるかについて明らかにすることを目的とした.なお,Dy2O3の生成エネルギー(−372.5 kJ·mol-1)はMn2O3のそれ(−191.3 kJ·mol-1)より低い9-12).そこで,陽イオンの還元については,Mn3+ → Mn2+のみを対象とした.
質量純度が99.9%以上のDy2O3粉末およびMn2O3粉末をモル比で1:1(162 mg,68 mg)に秤量し,瑪瑙乳鉢を用いて十分に混合した.これを銅炉床上で半導体レーザ加熱して溶解し,DyMnO3のバルク体に凝固させた.これを瑪瑙乳鉢で粉砕して均質化を図った後,約20 mgを再度溶融凝固させ,直径約2 mmの球状試料を作製した.
この球状試料を,ガスジェット浮遊炉(ADL:Aerodynamics levitator)13)のノズルに載せ,マスフローコントローラ(MC-3102L-NC,リンテック㈱)を用いて,下部から$P_{\text{O}_{2}}$ ≈ 1 ~ 1 × 105 PaのAr-O2混合ガスを~600 mL/minでフローして無容器浮遊させた.浮遊試料の上部から半導体レーザ光を照射して加熱・溶融させた後,レーザ光を遮断して冷却・凝固させた.
浮遊試料の凝固挙動を,高速度カメラ(HSV,FASTCAM MC-MP,㈱フォトロン)により2000 frames/sで記録した.またその際の温度履歴を,スポット径が1.0 mmの単色放射温度計(FTK9-P600A,ジャパンセンサー㈱)を用いて,2000 Hzで記録した.その際DyMnO3試料の放射率は,LuFeO3試料の放射率13)と同様の0.9とし,固相と液相で同じであると仮定した.
凝固後の試料を酸素ガス雰囲気で加熱・冷却した際の質量変化を,熱重量・示差熱分析装置(TG-DTA,TG-DTA2200S マック・サイエンス社)を用いて調べた.また試料の表面形態を,共焦点レーザ顕微鏡(LSM, OPTELICS H1200,レーザーテック㈱)を用いて観察した.さらに試料の構成相を,CuKa線を用いた粉末X線回折(XRD,Miniflex600, ㈱リガク)により同定した.さらに,得られた試料の酸素欠損率と構成相の関係からTFを計算した.なお本研究で使用した変数一覧をTable 2に示す.
様々な$P_{\text{O}_{2}}$下で凝固させたDyMnO3試料を,O2ガス雰囲気で熱重量分析した.その代表的な結果をFig. 1に示す.$P_{\text{O}_{2}}$ ≈ 1 × 105 Pa(O2ガス中)で凝固させた試料(実線)の質量は,温度上昇に伴って増加し,1200 K付近でほぼ一定となった.また,その後の冷却過程では,試料質量が変化しなかった.このことから,加熱中の質量増加は不可逆反応に伴うものであることがわかる.さらに凝固時の$P_{\text{O}_{2}}$を~1 Paに低減した試料(破線)では,熱処理中の質量増加が大きくなった.これらの結果は,低酸素ポテンシャルにおいて凝固させたDyMnO3試料では,酸素欠損が生じるとの当初の予想と一致する.つまり加熱中の試料の質量増加は,酸素欠損量に応じて雰囲気から酸素が補完されたことによるものと思われる.また,O2ガス雰囲気($P_{\text{O}_{2}}$ ≈ 1 × 105 Pa)で凝固させた試料においてさえ,いくらかの酸素欠損が生じることが確認された.Fig. 2およびFig. 3は,様々な$P_{\text{O}_{2}}$下で凝固させたDyMnO3試料についての代表的な粉末XRDパターンと,それに対応する凝固試料の表面形態のレーザ顕微鏡写真である.$P_{\text{O}_{2}}$ ≈ 1 × 105 Paで凝固させた試料(Fig. 2(a))では,h-DyMnO3(⬢)とo-DyMnO3(□)が検出された.またその際の表面形態(Fig. 3(a))は,いわゆるファセットデンドライトを想起させるものであった.Kumarら2)は,ファセット面は結晶異方性を持つh-DyMnO3の生成によるもので,デンドライトはo-DyMnO3であると報告している.凝固時の$P_{\text{O}_{2}}$を低下させると,o-DyMnO3の回折ピーク強度が減少し,$P_{\text{O}_{2}}$ ≈ 3 × 103 Paになると,ほぼh-DyMnO3のみで構成されるようになった(Fig. 2(c)).また,この試料の表面ではデンドライトが観察されず,ファセット形態だけが示された(Fig. 3(c)).さらに凝固時の$P_{\text{O}_{2}}$が低下するにつれて,立方晶Dy2O3(c-Dy2O3,space group: $Ia\bar{3}$)(◇)と,立方晶MnO(c-MnO,space group: $Fm\bar{3}m$)(○)の回折ピークも検出されるようになった.このことは,酸素ポテンシャルの低下により式(2)の化学平衡が左に移動し,一部のMn3+がMn2+へと還元するとの予想と一致する.
The TGA curves of DyMnO3 samples solidified at $P_{\text{O}_{2}}$ of 1 Pa (dashed line) and 1 × 105 Pa (solid line) under a high purity oxygen gas at $P_{\text{O}_{2}}$ of 1 × 105 Pa flowing under 50 ml/min.
XRD patterns of DyMnO3 samples solidified under various $P_{\text{O}_{2}}$.
Surface morphology of DyMnO3 samples solidified under various $P_{\text{O}_{2}}$ observed by confocal laser scanning microscopy.
凝固時の酸素ポテンシャルが低くなるにつれ,DyMnO3試料には酸素欠損が生じた.またそれに伴ってo-DyMnO3の生成が抑制され,h-DyMnO3が生成した.さらに低酸素ポテンシャルではc-MnOとc-Dy2O3が生成した事実から,Mn3+の一部がMn2+に還元することが確認された.ここでは,これらの実験結果を元に,酸素欠損に対応してMn3+の一部がMn2+に還元したDyMnO3試料のTFについて考察し,相選択との関係について検討する.
Mn3+の一部がMn2+に還元したDyMnO3試料のTFを計算するためには,h-DyMnO3に包含されたMn2+の割合を見積もった後,それに対応する平均Mnイオン半径を求める必要がある.その際h-DyMnO3に包含されるMn2+の割合は,h-DyMnO3の酸素欠損率から計算できる.またMn2+を含むDyMnO3融体から酸素欠損したh-DyMnO3がc-MnOとc-Dy2O3と共に生成する反応は,c-MnOとc-Dy2O3がいずれも化学量論的であると仮定すると,TGAで測定された試料全体の酸素欠損率を$\varepsilon $,h-DyMnO3の酸素欠損率を$\varepsilon_{h}$,c-MnOのモル分率をxとして次式で表すことができる.
\begin{align} &\text{Dy$^{3 + }$Mn$_{(1 - 2 \times 3\varepsilon)}^{3 + }$Mn$_{(2 \times 3\varepsilon)}^{2 + }$O$_{3(1 - \varepsilon)}^{2 - }$}\\ &\quad = (1 - x)\text{Dy$^{3 + }$Mn$_{(1 - 2 \times 3\varepsilon_{h})}^{3 + }$Mn$_{(2 \times 3\varepsilon_{h})}^{2 + }$O$_{3(1 - \varepsilon_{h})}^{2 - }$}\\ &\qquad + x\left(\text{Mn$^{2 + }$O} + \frac{1}{2}\text{Dy$_{2}$O$_{3}$}\right) \end{align} | (4) |
\begin{equation} \varepsilon_{h} = \frac{3\varepsilon - 0.5x}{3 (1 - x)} \end{equation} | (5) |
\begin{equation} \bar{r}_{\text{Mn}} = (1 - 2 \times 3\varepsilon_{h})r_{\text{Mn}^{3 + }} + (2 \times 3\varepsilon_{h})r_{\text{Mn}^{2 + }} \end{equation} | (6) |
XRD patterns for artificially mixed samples of high purity powders of h-DyMnO3, c-MnO, and c-Dy2O3 with various x values.
Intensity ratio of diffraction peaks of c-MnO ($01\bar{1}$) and h-DyMnO3 ($2\bar{1}2$) with respect to mole fraction of c-MnO in the sample.
ここで着目すべきは,$P_{\text{O}_{2}}$ = 3 × 103 PaにおいてTFの計算値が0.837まで小さくなると,o-DyMnO3が検出されなくなる点である.この値(TF = 0.837)は,Table 1に示したようにh-LnMnO3の単相試料が得られるHoMnO3のTFと一致することから,LnMnO3系の相選択がLn3+イオン半径を変化させた場合と同様に,$\bar{r}_{\text{Mn}}$を変化させた場合も,TFによって特徴付けられることを示唆する.
Szaboら14)は,DyMnO3の安定相が,1900 K以上でh-DyMnO3になると報告している.またHayasakaら15)は,DyMnO3の融液を1900 K以上で強制的に急冷凝固させると,o-DyMnO3の生成量が減少し,h-DyMnO3の生成量が増大すると報告している.これらはいずれも,酸素欠損に伴った平均イオン半径の増大に対応してTFが減少したことの効果の例証であると言える.
なお,h-DyMnO3とo-DyMnO3の両相が生成される$P_{\text{O}_{2}}$ = 1 × 105 Paにおいて凝固させた試料では,TFの計算値が0.840と若干大きくなった.これは,Mn3+の還元によって生じたMn2+が,h-DyMnO3とo-DyMnO3の両相に等しい割合で包含されるとしたためと思われる.h-DyMnO3の生成とMn3+ → Mn2+に伴う酸素欠損が不可分の関係にあるとすれば,Mn2+はh-DyMnO3に多く含まれるので,h-DyMnO3そのもののTFは0.840よりも小さくなることが予想される.
本研究では,低酸素ポテンシャルにおいて凝固させたLnMnO3では,酸素欠損に対応してMn2+が包含されるかについて実験的に検討した.またその結果から,Mn2+の包含率により計算されるTFが,Ln3+イオン半径を変化させた場合と同様に,LnMnO3の相選択を特徴付けるかについて検証した.その結果,以下を明らかにした.
(1) 凝固時の酸素ポテンシャルが低くなるほど,DyMnO3試料に酸素欠損が生じる.
(2) 酸素欠損の増大に伴い,h-DyMnO3に包含されるMn2+の割合が増加する.
(3) Mn2+の包含率から計算されるTFは,Ln3+イオン半径を変化させた場合と同様に,LnMnO3の相選択を特徴付ける.
(4) h-LnMnO3が生成するクライテリアは,TF ≤ 0.837である.