Journal of the Japan Institute of Metals and Materials
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Work-Hardening Phenomena in Face-Centered Cubic Metal Crystals
Kenji HigashidaTetsuya Ohashi
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2024 Volume 88 Issue 5 Pages 91-105

Details
Abstract

The work-hardening phenomenon is one of the most well-known and utilized mechanical properties of crystalline materials. This paper overviews the history of the study of work hardening of face centered cubic (FCC) single crystals under monotonic and uniaxial loading and presents some of our work since the 1980s. Chapters 1 and 2 of this paper review the history of work hardening research beginning in the 19th century, and emphasize that the concept of dislocation was first presented by a Japanese researcher, Keiji Yamaguchi in 1929, prior to the work of Taylor, Orowan, and Polanyi. Progress of research in the mid-20th century, backed up by the invention of the transmission electron microscope is then briefly introduced. Chapter 3 discusses the most important question in the mechanism of work hardening, namely, what is the dislocation microstructure that causes work hardening? The role of deformation bands, i.e., kink bands and bands of secondary slip is accentuated from experimental approach. Chapter 4 describes the modeling and numerical approach to the work-hardening. Tensile deformation of numerical models for single crystals with initial inhomogeneities show subtle activity of secondary slip superimposed on the primary one and the formation of deformation bands. The important role of the mean free path of dislocations is emphasized. Finally, directions for future research on work-hardening behavior in face-centered cubic metals are outlined.

1. 緒言

結晶性材料を塑性変形させると硬化するという「加工硬化(Work-hardening)」と呼ばれる現象は,あらゆる物性の中で最も古くから知られ,そして利用されてきた性質と言える.A.H. Cottrell著“Dislocations and Plastic Flow in Crystals”(1953)の加工硬化の節の冒頭に次のような記述がなされている1.“Few problems of crystal plasticity have proved more challenging than work hardening. It is spectacular effect, for example enabling the yield strengths of pure copper and aluminum crystals to be raised a hundred fold. Also, it occupies a central place in the subject, being related both the nature of the slip process and to processes such as recrystallization and creep. It was the first problem to be attempted by the dislocation theory of slip and may well prove the last to be solved.”(結晶塑性において,加工硬化ほど挑戦的な問題はないであろう.例えば,純銅や純アルミニウムの結晶の降伏強度を100倍にすることができるなど,その効果には目を見張るものがある.また,すべり過程の本性や再結晶やクリープのプロセスとも関係し,その問題の中心的な位置を占めている.この問題は,個々のすべりを対象とする転位論が最初に取り組んだ問題であったが,また最後に解決される問題であるに違いない).

このようにCottrellは加工硬化現象の解明の困難さを指摘すると同時に,その研究でなされるべき3つの要点を以下のように示している1

  1. (1)   The selection of a model of the structure of a cold-worked crystal(冷間加工された結晶の中で本質的と考える転位構造モデルを選択すること),
  2. (2)   The calculation of the stress needed to enforce slip in such a structure(そのような転位構造の中ですべりを新たに引き起こすのに必要な応力を計算すること),
  3. (3)   The calculation of the strain needed to make the structure(その転位構造を作るのに必要な塑性ひずみを計算すること).

以上3点の中で,後述する20世紀中期を中心とした加工硬化研究の中では,まず(1)の転位構造モデルを選択したのち,(2)の変形応力の計算に多くの力が注がれた.その一方で,塑性ひずみの増加とともに,何故そのような転位構造が形成されねばならないかという(3)の問題については,その解明の困難さもあって,殆ど取り扱われてこなかった.そして,上記Cottrellの指摘の中で改めて認識すべきことは,応力-ひずみ曲線の縦軸の「変形応力」の問題と,横軸の「その変形応力を支える転位構造を形成するに必要な塑性ひずみ」の問題とは,全く独立した問題であるということである.

Fig. 1は,単一すべり方位の面心立方(FCC)単結晶を単軸引張した時のせん断応力-せん断ひずみ曲線の模式図であり,よく知られるように,それはstage I,stage II,stage IIIの3段階硬化曲線となる1-3.ここでstage Iの変形の様相は主すべり系のみによる変形であり,流体に例えれば,層流状態にあると言える1.続くstage IIに入ると,後述するように2次すべり系の活動が始まり硬化率が急激に大きくなる.2次すべりの活動は,主すべり面とある角度を成した方向にも塑性流動が生ずることを意味することから,言わば乱流状態に対応するといって良いかもしれない1.さらにstage IIIでは硬化率が低下し始めるが,これは,導入された欠陥構造の中で何らかの動的な回復現象が起こっていることを示唆している.このようなstage I,stage II,stage IIIの特徴的加工硬化挙動が何故起こるのか?それを引き起こしている本質的な転位構造は何か?これらの疑問に少しでも答えることが,当オーバービューの目的である.

Fig. 1

Schematic diagram of stress-strain curve in fcc single crystals.

以上のことから本稿ではまず,FCC結晶の加工硬化研究の歴史について振り返る.そこではまず19世紀から20世紀前半にかけての,すべり変形という現象に対する理解の進展と,それを司る転位概念の創出について述べる.続いて20世紀中期以降の加工硬化研究の進展について記述したい.次に本稿では,著者らの研究をもとに,加工硬化に関する実験的研究,特に変形帯(deformation bands)1と呼ばれる転位組織の概要について紹介する.この変形帯の研究は,上記(3)の問題とも関連して転位蓄積を引き起こす必然性を考える上で重要である.さらに本稿では,そのような実験的成果を結晶塑性有限要素法の中に展開することにより,変形の不均一性と単結晶の加工硬化現象がどの程度数値的に再現されるかなど,計算科学分野からのアプローチについても紹介したい.

以上,FCC結晶の加工硬化機構解明という古典的命題に対する著者らのアプローチを紹介させて頂くことで,現代の新たな数理学的手法を持った若い研究者の方々に,転位論を基盤とした結晶塑性の基礎的問題に目を向けて頂く機会となればこの上ないことである.

2. 加工硬化研究の歴史

2.1 すべり変形,転位の概念の創出

結晶性材料の加工硬化現象に関する研究の歴史を振り返るに当たってまず,塑性変形機構の最も基本的なものである「すべり変形(slip deformation)」,そしてそれを司る「転位(dislocation)」の概念の歴史について少し振り返っておきたい.なお転位の歴史に関しては,鈴木秀次による「転位論の発展の歴史と将来の展望」と題する優れた解説がある4

まず,すべり変形という現象が認識された経緯について,R.W. Cahn著,小岩昌宏訳「激動の世紀を生きて,あるユダヤ系科学者の回想」5において,W. Rosenhainの名前が挙げられている(原著の“The Art of Belonging:A Memoir”ではRosenhainの記述のある第5章は省かれていたが,訳者がそれを復活).それによれば,19世紀も終わろうとしている時代,Cambridge大学の研究生であったRosenhain6が研磨した金属の板を曲げ戻した後,その表面を観察したところ,その表面に細かなすべり線の存在を認めたことが,取り上げられている.そして金属中の個々の微細粒の中で,結晶面に平行な薄いパケットの隣り合ったもの同士がすべりあうことで塑性変形が起きていると推論したことについて,「それ以前は塑性変形によって金属の結晶構造は次第に破壊されると考えられていたので,この発見は大きな驚きであった」と述べられている.しかし,さらにA. Kellyによる“Walter Rosenhain and Material Research at Teddington”と題する論文7では,結晶中のすべりを最初に発見したのはE. Reuschであったと記述されている.そこで1867年に出版されたReuschによる論文“Üeber eine besondere Gattung von Durchg Durchgängen im Steinsalz und Kalkspath”(岩塩と方解石における特別なパセージの種類について)8を見てみると,そのFig. 1に確かにすべりに対応した塑性変形の様相が示されている.なおRosenhainはこのReuschの論文を引用していないことをKellyは付記している7

次に転位の概念については,すべり変形を引き起こすのに必要な理想強度に比べて現実の強度が極めて低いという問題を解決するため,1934年,G.I. Taylor9,E. Orowan10そしてM. Polanyi11が,それぞれ独立に,転位によるすべりのモデルを提唱したことが,広く認められている.3人の研究者が同年にそれぞれ独立に,すべり変形の機構として転位モデルを提案したことは興味深い.当時の3人の所属・場所についてはそれぞれ,Taylorは英国王立協会研究教授(Yarrow Research Professor),Polanyiはin Manchester,Orowanはin Budapestとなっているが,なかでもOrowanとPolanyiの論文10,11が,Zeitshrift für Physikの同じ号の,しかも隣り合わせのページの論文として刊行されていることは偶然とは思われない.この2人はともにブダペストの出身であり,転位モデルに関しては,2人がともに過ごしていたベルリンで議論していたようである.Polanyiの著した“My Time with X-rays and Crystals”12によれば,Polanyiは1932年既に転位のアイデアをレニングラードのJoffe研究所で話していたが,ベルリンに帰ってそのアイデアをOrowanに話したところ,彼もまた当時ベルリン工科大学での学位取得のため提出しようとしていた論文中で同様の考えを展開していることを知り,敢えてOrowanが論文を出せるようになるのを待って,2人は同時に,しかし単独名で論文を刊行したのである.Polanyiの研究は,化学反応速度論や結晶回折,表面吸着など物理化学の広範な分野に及んでいるが,哲学・社会学の領域にも足を踏み入れ,暗黙知(tacit knowledge)の概念を創始した世界的研究者としても名を残している13

Taylorについては,流体力学そして固体力学の大家としてこれまでも多くのことが述べられていると思うが,Cambridge大学の物理教室に残された1923年の写真はとても興味深い.そこには,当時まだ37歳のTaylorが,J.J. ThomsonやE. Rutherfordら現代物理を創始した偉大な科学者と肩を並べて座している姿を見ることができる.なお当該写真は以下のサイトで見ることができる(九州大学 波多聡 教授より教示).

https://helenthehare.org.uk/2019/11/07/chadwick-and-meitner-discoveries-that-changed-the-world/

Taylorについて述べる時,彼とA.A. Griffithとの関係に言及しておくことは意味あることである.これは転位論が生まれてくる背景にクラック論があったことを示すことに他ならないからである.破壊研究と塑性変形研究との深い関係はまず,それらが発想された論理展開の共通性に見られる.すなわち,結晶の理想劈開強度と現実の破壊強度との大きな相違からき裂先端の特異性が認識されたことと,理想せん断強度と現実のすべり変形抵抗との大きな違いから転位という結晶中の特異性が発案されたことは,全く同じ論理展開と言える.Griffithにより1921年に発表された“The Phenomena of Rupture and Flow in Solids”と題する論文14では,よく知られるように,き裂進展の可否を,その進展に伴うひずみエネルギーの解放とき裂進展に伴う表面エネルギーの増加のエネルギーバランスによって決まることが要点である.この論文でまず興味深いことは,著者がGriffith単独名の論文である一方で,著者名のすぐ下に,“Communicated by G.I. Taylor”の記述が見られることである.すなわちこの研究には,Taylorの貢献が極めて大きかったことが窺われる.GriffithはLiverpool大学を卒業後,1915年に英国王立航空研究所に入所する.同所には1914年,CambridgeからTaylorが来ており,ここでGriffithとTaylorは共同研究を行い,“The use of soap films in solving torsion problems”と題する論文15を2人の共著で発表している.この研究で石鹸泡のフィルムが用いられたことは上記の破壊研究に表面張力が不可欠の因子として入ってくることを考えると興味深い.当時まだ28歳の技師であったGriffithが,歴史に残る研究を成し得た背景には,現代物理を創始したCambridgeの偉人達の仲間の1人であったTaylorの存在が深く関わっていたに違いない16.一方,この2人の関係は,その後のTaylorの転位論研究にも大きな影響を与えた.すなわち,塑性変形に要する実際の力が理想強度より桁違いに小さいことを理解する上で,TaylorはGriffithのき裂先端の応力集中の考えに倣って,塑性変形でも何らかの大きな内部応力集中があると考えたと思われる.TaylorがGriffithの考えに影響を受けていたに違いないことを示す次の一節をTaylorの1934年の論文9に見出せる.“The stresses produced in the material by slipping over a portion of a plane are necessarily such as to give rise to increased stresses in the part of the plane near the edge of the region where slipping has already occurred, so that the propagation of slip is really understandable and is analogous to the propagation of a crack.”(1つの面の一部をすべることによって材料に生じる応力は必然的に,既にすべりが生じている領域の端に近い部分に応力の増加を生じさせるので,すべりの伝播は実に理解しやすく,そしてそれはき裂の伝播に類似している).さらに,Taylorによる1928年の論文“Resistance to Shear in Metal Crystals”17でも,“If the material is considered as elastic except in so far as it has slipped over a limited area of the slip plane, the displacements and stresses are those round a limited crack in a material when a shearing stress is applied parallel to its plane.”(もし材料がすべり面の限られた領域ですべる以外は弾性的であると考えるならば,その変位と応力はせん断応力が負荷された時の有限なき裂の周りのそれとなっている)との記述があり,いずれもTaylorが転位に相当する欠陥を当初,微小なクラックに類似したものと考えていたことを示している.以上,技術者Griffithと大学研究者Taylorが強く影響し合い,それぞれ1世紀の時代を超える仕事を残したことは,これこそ究極の産学連携と言えるかもしれない.

ところで転位の概念が最初に提示されたのは,よく知られるように,V. Volterraが1907年に出版した“L'ÉQUILIBRE DES CORPS ÉLASTIQUES”(The Balance of Elastic Bodies)と題する論文18においてであった.そこには連続体中の転位や回位に対応する変位の様相が明確に示されている.しかしそれはあくまで弾性論の研究論文であり,そこに格子欠陥という物理的描像はない.J.P. HirthとJ. Lotheの転位論のテキスト19に以下の記述が見られる.“The relation of the work of elasticians to crystalline slip remained unnoticed until late 1930s, after dislocations had been postulated as crystalline defects.”(転位が結晶欠陥として主張されて後の1930年代後半まで,弾性論研究者の仕事と結晶中のすべりとの関係は気付かれないままであった).そこで,Taylor9,Orowan10,Polanyi11それぞれの1934年の論文を確認したところ,Taylorの論文においてのみVolterraの引用がなされていた.なお1934年のOrowan,Polanyiいずれの論文でも,1928年のTaylorの論文17が引用されている.これらのことは,現代と全く異なる情報環境のもとではあるが,当時,塑性変形の微視的機構に関する研究において,熾烈な競争が行われていたことを窺わせるものである.

そのような中,転位論の歴史を顧みる時,日本の山口珪次の存在は極めて重要である.彼の著した1929年の理化学研究所報の論文“Slip Bands of compressed Aluminum Crystals”20の中で,結晶中ですべりが止まった時,すべった結晶領域とまだすべっていない領域との境界に,転位堆積が生ずることが明確に図式化されている.そして山口はこの転位堆積した領域を“zone of limited slip”と呼んでいる.さらにこの論文中で興味深いのはG.I. Taylorからアルミニウム単結晶を提供されたことを謝辞として明記していることである.この論文発表年は,Taylorによる転位論文(1934)9の5年前に当たり,Taylorはこの山口の論文を必ず読んでいたはずである.ただしTaylorの1934年論文9でその引用は見られない.これと関連して山口は1929年の論文20の中で,“Taylor has considered the zone of limited slip as a fine crack, but it is not correct to consider so, because in a crack there should be no force acting between both sides of crack.”(Taylorはzone of limited slipを小さなき裂と考えていたが,それは正しくない.何故なら,き裂の両サイドの間には力は働いていないからである)と述べており,Taylorが転位に相当する“zone of limited slip”が微小なクラックであると考えていたことを指摘している.山口珪次については,橋口隆吉21,三谷裕康22そして小岩昌宏23による記事がそれぞれあるが,なかでも三谷による「転位論のパイオニア山口珪次先生を語る」と題する伝記的随想22で山口のことが詳しく紹介されている.それによれば,山口は1922年東大冶金を卒業後,京都の園田伸銅所に就職,さらにその翌年から京大に委託生として留学し,2年間そこで西村秀雄と机を並べている.さらに1925年東京に戻った山口は理化学研究所に入所し,真島正市(本多光太郎の後を受けて第2代日本金属学会会長も歴任)のもとで上記の結晶塑性の研究を行うことになるが,その基盤には京大での研究経験があったに違いない.一方西村も転位論に基づく論文を1950年という早い時期に著しており24,これは山口との関係で興味深い.なお,U. Dehlingerも山口の論文と同年の1929年に,“Zur Theorie der Rekristalilsation reiner Metalle”(純金属の再結晶理論について)と題する論文25の中で,転位の描像を示している.その後1956年に至って,P.B. Hirschらがアルミニウム中の転位の動く姿を透過電子顕微鏡で直接観察したことを発表26,またW. BollmannもCr-Ni鋼中の転位線の電顕像を示すことになる27

ここまで転位論の歴史について振り返ってきたが,“dislocation”そして“転位”という言葉について少し触れておきたい.Vorterraは彼の1907年の論文18(フランス語で書かれている)で,「転位」に対応する言葉として“distorsioni”を用いた.これに対し,「転位」の英語名“dislocation”という言葉は,J. Friedel28やJ.P. Hirth29によれば,A.H. Loveによる“A Treatise on the Mathematical Theory of Elasticity”(1927)30で初めて使われたようである.また結晶中の“dislocation”という言葉が「転位」という日本語に訳されたことについて,中村正久は,Weertmann夫妻によるElementary Dislocation Theoryの翻訳書「基礎転位論」の訳者序の中で31,F. SeitzとT.A. Read著“The Theory of the Plastic Properties of Solids”32の壽時富彌による翻訳記事(1942)33が最初ではないかと指摘している.しかし著者らが調べた限りでは,谷安正による著作「可塑性論」(岩波講座 物理学,1939)34が最も早いものであった.なお“dislocation”「転位」という言葉は元来,医学用語(例えば脱臼)として上記のものより,さらに古くから用いられていたようである(九州大学 美浦康弘 名誉教授より教示).

2.2 加工硬化研究の進展

緒言で紹介したCottrellの指摘のように,応力-ひずみ曲線の理論的予測には3つのステップが必要であるが1,この3つのステップの中で最も早く試みられた研究は,(1)と(2),すなわち,本質と考える転位構造を想定した後,その中で転位を動かすに必要な変形応力を計算するものであった.ここではその代表的な研究を簡単に紹介したい.

これについては,転位の概念を提案したTaylorによる論文(1934)9において最初になされた.それによれば,刃状転位のモデルを基に,すべり変形の抵抗力は次式で与えられる.

  
\begin{equation} S \propto \mu \lambda d^{ - 1} \end{equation} (1)

ここで,Sは外部から負荷されるせん断応力,μは剛性率,λは1本の転位の移動によって結晶中に生じる変位(バーガースベクトルの大きさに対応),dは転位の存在するすべり面間の距離である.そしてそこでTaylorは,“If the crystal is initially perfect, the first few dislocations migrate through it under the action of a shear stress which may be regarded as infinitesimally small. As the distortion proceeds, however, the number of dislocations will increase and the average value of d will decrease so that the resistance to shear will increase with the amount of distortion.”(結晶が初期に完全であった場合,最初の数個の転位は無限に小さいせん断応力の作用で結晶中を移動する.しかしひずみが進むにつれて転位の数は増加し,dの平均値は減少するので,せん断に対する抵抗はひずみとともに増加する)と述べ,転位密度の増加に伴う変形応力の増大に関する基本的考えを明確に示している.

その後1950年代に入り,多くの加工硬化理論が登場してくる.これについては,優れたレビューが多くあり,例えばHirschの編集した“The Physics of Metals, 2. Defects”の第5章Work Hardeningの記事はその1つである35.ここでは応力-ひずみ曲線の性質,すべり線観察,転位分布,変形応力,そして加工硬化理論について代表的な研究が紹介されている.加工硬化理論には大きく分けて,長範囲応力(Long Range Stress Field)理論と林転位(Forest dislocation)理論があり,これについて簡単に紹介したい.まず前者の長範囲応力理論には,代表的なものとしてN.F. Mott(1952)36,J. Friedel(1955)37,そしてA. Seegerら(1957)38の研究が挙げられる.それらの中で,Fig. 2は,Seegerらの理論38におけるLomer-Cottrell不動転位の形成を示している.主すべり面$( 11\bar{1} )$と2次すべり面$( 1\bar{1}\bar{1} )$上とで式(2)に従って分解したShockley部分転位の先頭転位同士が,

  
\begin{align} &\frac{1}{2}[1\bar{1}0] = \frac{1}{6} [2\bar{1}1] + \frac{1}{6} [1\bar{2}\bar{1}]\text{ on }(11\bar{1})\\ &\frac{1}{2}[01\bar{1}] = \frac{1}{6} [\bar{1}1\bar{2}] + \frac{1}{6} [12\bar{1}]\text{ on }(1\bar{1}\bar{1}) \end{align} (2)

次式(3)のように反応する.

  
\begin{equation} \frac{1}{6}[2\bar{1}1] + \frac{1}{6} [\bar{1}1\bar{2}] = \frac{1}{6} [10\bar{1}] \end{equation} (3)

これによりFig. 2に示すような,部分転位と積層欠陥からなる2つの面に跨った,すべることのできない転位構造が形成される.この構造がLomer-Cottrell不動転位と呼ばれるものであり,これによって主すべり転位の運動がせき止められ,堆積(pile-up)した転位群の長範囲応力場が加工硬化の主因となるという考えがSeeger理論の要旨である38.堆積転位群から長範囲応力場τは,Hirschによれば,次式(4)で与えられる35

  
\begin{equation} \tau = n\mu b/(4\pi Kh) \end{equation} (4)

ここで,nは堆積転位数,μは剛性率,bはバーガースベクトルの大きさ,hは堆積転位群から距離(転位堆積長さに比べ十分大きいとする),Kは転位の性格によって決まる定数(ラセン転位の時1,刃状転位の時2(1 − ν),νはポアソン比)である.これによって一本の転位が堆積転位群の近くを通り過ぎようとする時の抵抗力は,堆積転位数が多いほど,またその転位と堆積転位群との距離が小さくなるほど増加していくことになる.

Fig. 2

Lomer-Cottrell sessile dislocation.

一方,林転位理論の代表的なものとしては,Z.S. Basinskiらの研究39が挙げられるが,これは,Fig. 3の模式図に示すように,転位がすべり面上を運動して行く時,すべり面に立った2次系転位(林転位,forest dislocation)を切って進んでいかねばならず,この林転位の切断に要する応力が,変形抵抗の主体となるという考えである.この考えを強く支持する実験的研究として,P.J. JacksonとZ.S. Basinski による潜在硬化(latent hardening)の研究40が挙げられる.

Fig. 3

Cutting process of forest and moving dislocations.

以上のように,これまでいくつかの加工硬化理論が提案されてきたが,それが長範囲応力理論,或いは林転位理論のいずれの考え方に属するものであっても,平均転位密度ρと変形応力τとの間に,次式(5)の関係41が成り立つが,この関係は式(1)で示したTaylorによる式から必然的に出てくる関係とも言えよう.

  
\begin{equation} \tau = \alpha \mu b \sqrt{\rho } \end{equation} (5)

また,これらの研究の中で,転位そして転位分布の直接観察が大きな役割を果たしたことは言うまでもない.中でも前述のHirschら26やBollmann27による透過電子顕微鏡法による転位の直接観察(いずれも1956年)は画期的なものであり,それはその後の材料科学の研究全般に大きな影響を与えたと言っても過言でない.

さて,金属材料の塑性変形に関する理論的な研究の最も基本的な領域は転位論に集積されてきた.その中で,観察された複雑な現象を単純な数学的な表現に置き換える努力がなされてきた.その1つの結実が式(5)である.しかしCottrellの記述にあるように,金属材料の塑性変形現象においては,多様な因子が同程度の重要性を持って複雑に関わることを無視することができない.数値計算の技術を援用してこの多様性に対応するという研究方向が1970年代の後半から出てきた.結晶材料を連続体と見なしてその力学応答を研究する方向としては結晶塑性解析,原子集団の挙動を追求する方向としては分子動力学シミュレーション,電子論に則って最も基礎的な物理量を定量化する手段としては第一原理計算などが計算機ハードウエア,ソフトウエアの発達とともに広く展開されてきた.このうち結晶塑性解析による単結晶材料の加工硬化に関する検討について第4章で紹介する.

3. 加工硬化現象に関する実験的研究 - 変形帯に着目して-

3.1 加工硬化曲線の段階Iから段階IIへの移行過程における転位組織の特徴

Fig. 1で示した単結晶の応力-ひずみ曲線のstage Iからstage IIへの遷移,すなわち急激な加工硬化の開始に際して,着目すべき最も重要な現象として,(a)すべり線長さの減少,(b)2次すべり系の活動,(c)転位セル構造の形成,の3点が挙げられる42

まず(a)のすべり線長さについて,stage II開始以降の塑性ひずみに反比例して減少していくことが,Seegerグループによって示されている38.すべり線長さは,後の第4章で述べる転位の平均自由行程と相関する量であり,その減少は加工硬化を主体的に支える直線硬化段階stage IIでの転位蓄積の進行を端的に示すものである.次に2次すべり系の活動は,詳細は後に述べるが,stage IIの加工硬化を考える上で不可欠の事象である.前節で紹介したSeeger理論38におけるLomer-Cottrell不動転位の形成には2次すべりが必須であり,さらに林転位理論においては,まさにその2次すべり転位そのものが変形抵抗の主体である39.しかしながらここで最大の問題点は,その2次すべり系誘発の原因が,いずれの理論にも組み込まれていないことである.Fig. 4は,武内朋之の研究43で得られたCu結晶の応力-ひずみ曲線の方位依存性を示している.ここで,応力-ひずみ曲線のstage Iの長さに着目すると,<100>-<111>境界近くに引張軸を持つ結晶では,stage Iは殆ど現れず,変形初期からstage IIの直線硬化が起こっている.これらの方位ではSchmid因子のほぼ等しいすべり系が複数存在することから,変形初期から多重すべりが起こり,必然的にstage Iは消滅する.これに対して,<100>-<111>境界から離れた方位に初期引張軸方位を有する結晶では,明確なstage Iが現れる.これらの方位ではSchmid因子最大となる主すべり系が明確に存在し,単一すべりが変形当初,保証されるためである.同様の結果を文献3)でも見ることができる.

Fig. 4

Orientation dependence of the stress-strain curves of copper single crystals43).

しかしこの単一すべり方位の結晶のstage IIの開始について1つの問題が存在する.単結晶を引張変形すると,その引張軸方位は,すべり方向に向かって回転していく.このため,単一すべり方位の結晶でも引張変形すれば,やがてはその軸方位は2重すべりを起こす<100>-<111>境界に到達し,その状況でstage IIに相当する大きな硬化が生ずることは理解できる.しかしここで問題となる事実とは,Fig. 4中のstage Iを有するすべての結晶において,そのstage I終了時において,その引張軸方位は決して<100>-<111>境界に達しておらず,まだ充分に単一すべりが可能な方位にあるということである.最も長いstage Iを持つほぼ[101]に初期軸方位を持つ結晶も,その例外ではない.これについて,前記Cottrellの著作中の“Deformation Bands”(変形帯)の節において,次のように述べられている1.“It is reasonable to expect that easy glide should end, and turbulent flow begin, when the crystal reaches an orientation for which two or more slip systems are equally stressed, and the results on brass bear this out. However, in aluminum, at least, easy glide generally ends long before symmetrical orientations are reached. The structural feature that appears to be responsible for this is the deformation band.”(結晶方位が2つ或いはそれ以上同じ応力を受ける方位に達した時,容易すべりは終わり乱流が始まると期待することは合理的であり,黄銅の結果ではそのようになっている.しかし,少なくともアルミニウムでは,そのような対称方位に達する遥か前に容易すべりは終了する.この現象に対応して現れる構造的特徴が変形帯である).

以上,Schmid因子から見た時,決して2次すべり系の活動を期待できない方位を有する結晶において,「何故stage IIの大きな加工硬化が開始するのか?」という問いに,加工硬化理論はきちんと答えねばならない.その答えはCottrellも指摘した「変形帯」と呼ばれる転位構造の形成にある.次節以降でこの変形帯に関して筆者らが行った研究について紹介する.

3.2 変形の不均質による湾曲すべりの発生と過剰転位の導入

Fig. 5は,Cu-1 at%Ge合金単結晶のstage IIでのすべり線観察の中で見られる典型的な2つのタイプの変形帯の様相を示している44.ここで,左上から右下に向かって直線状の多くの陰影が現れているが,これは主すべり系の活動によるすべり帯である.ここでまず左図Fig. 5(a)で見られる特徴は,この主すべり帯が,主すべり面に垂直な方向に沿って帯状に屈曲(キンク)していることである.このような結晶の屈曲を変形帯の1つめのタイプとしてkink bandと呼ぶ.次にFig. 5(b)では,主すべり系のすべり帯が欠落し白く見える領域の中に,縦方向に沿って疎に2次系のすべり帯が見られる.この2次すべり系の活動している領域を変形帯の2つめのタイプとしてbands of secondary slip(BSS)と呼ぶ.以下の節では,この2つの特徴的加工組織がstage IIの加工硬化を主体的に担う重要な転位組織であることを示していくが,ここではまず,これら2種類の変形帯形成の必然性を考える上で重要な,前駆段階としての湾曲すべり(Bend Gliding)と呼ばれる現象について説明する45

Fig. 5

Two types of deformation bands in a Cu-1 at%Ge crystal: (a) Kink bands, (b) bands of secondary slip (BSS)44).

転位分布の観察では,前述のように,透過電子顕微鏡法が最も一般的であるが,当研究ではエッチピット法を活用した.この手法については,J.J. Gilmanらや46やJ.D. Livingston47による文献に詳しいが,転位密度の比較的低い状況において,その分布状態を,個々の転位の分解能を持つと同時にミリメートルのオーダーの大きな視野で観察することができるという優れた観察手法と言える.Fig. 6(a)はCu-1 at%Ge合金結晶で観察されたエッチピットの一例であり,Fig. 6(b)はその観察に際して用いられた結晶の形状と方位を示している.結晶表面に顔を出す個々の転位に対応したピットを得るためには,一般に表面エネルギーの低い低指数面での観察が必要である.そこで当観察では六角柱の形状を持った単結晶を準備し,その1つの側面が{111}面の1つの交叉すべり面(cross slip plane)と一致している.Fig. 6(a)で見られるように,三角錐状のピットが形成されているが,その三角錐の各面は{111}面に対応している.また,この方位の単結晶では,主すべり方向が,試片側面の交叉面に平行であるため,試片側面の{111}面は変形が進んでも保存されるため,塑性ひずみを増しながら連続的にエッチピット観察することが可能である.

Fig. 6

(a) Etch pits formed on the {111} cross slip plane, and (b) geometrical relationship of slip systems.

Fig. 7はCu-1 at%Ge合金結晶を室温で降伏直後からstage I後期まで引張変形した時の転位組織変化をエッチピット法で観察した結果である45.観察面は試片側面の{111}cross面で,各図左下の矢印は主すべり方向を示している.まずFig. 7(a)は,降伏直後(せん断ひずみγ = 0.2%)の組織で,すべり帯の伝播が始まったばかりの状態,Fig. 7(b)はやや変形が進み(γ = 5.5%),すべり帯が試片全体を埋め尽している.Fig. 7(c)はさらに変形の進んだstage I後期(γ = 21.1%)における転位組織で,主すべり方向にほぼ垂直な黒い帯状に見えるエッチピットの集積体が数多く形成されている.この帯状の転位集積領域を,我々は「局所的湾曲すべり領域(local bend gliding region)」45と呼んでいるが,次にこれについて今少し詳細に説明する.

Fig. 7

Etch pits showing dislocation distribution in stage I in a Cu-1 at%Ge crystal45). Shear strains are 0.2%, 5.5% and 21.1% in (a), (b) and (c), respectively.

Fig. 8は,エッチピット法で観察した局所的湾曲すべり領域における塑性湾曲の状態を微小焦点X線解析で調べた結果である45Fig. 8(a)はstage I途上でのエッチピット転位組織で,図左上の矢印は主すべり方向を示している.局所的湾曲すべり領域に対応した帯状の転位の集積体の間の8箇所(白丸)にX線を当てて解析を行った.Fig. 8(b)はその応力-ひずみ曲線とFig. 8(a)で示した白丸の位置の局所方位を示している.Fig. 8(b)右図中の実線は,結晶が主すべりのみによる単一すべりによって,変形が進行したと仮定した時の試片軸の理想回転方向を示している.Fig. 8(b)中の数字1は降伏直後(γ = 0.1%),数字2はstage I途上(γ = 14.2%)の状況を示している.降伏直後(数字1),8箇所の試片軸方位は測定場所によらずほぼ一致しているが,γ = 14.2%では(数字2),その軸方位は測定場所によって異なり,矢印2で示した理想回転の軸方位を中心にして50 mradに及ぶバラツキが生じ,さらにそのバラツキは主すべりのみによる理想回転方向に沿って分布している.これは主すべり変形による結晶回転に,局所領域ごとの遅れ進みが生じていることを意味する.すなわち,単結晶を単軸変形するという最も単純な変形条件においても塑性変形に不均質が生じ,それに対応して特定の転位組織が形成される.このstage Iにおいて現れる変形の不均質性について今少し述べる.

Fig. 8

(a) Dislocation distribution revealed by etch-pits in a Cu-1 at%Ge alloy crystal, (b) specimen axes measured by micro-focus X-ray analysis at eight points shown by white circles in (a) when the shear strains are γ = 0.1% (indicated by 1) and 14.2% (indicated by 2)45).

Fig. 9は,主すべり活動の不均質によって生じた結晶の塑性湾曲とそれに伴って導入されねばならない転位の性格を示している.まずFig. 9(a)は,主すべり活動の不均質により,結晶回転が進んだところと遅れたところが形成される様子を模式的に示したものである.このような変形の不均質はまず試片の掴みの拘束により発生するが,そればかりでなく,掴み部から離れた領域にも,主すべり活動の不均質によって形成される.そしてこの不均質変形の結果,局所的な塑性湾曲が生じ,幾何学的に必要な転位(geometrically necessary dislocations(GN転位))48,49が導入される.高村仁一は,この塑性湾曲を伴ったすべり変形を湾曲すべり(bend gliding),またその湾曲を担うGN転位を過剰転位(excess dislocations)と呼んだ50,51.そしてその転位線はFig. 9(b)のbending axisの方向に沿って導入される.その結果,過剰転位の性格は,一般に刃状成分だけなくラセン成分も含み,その割合は結晶方位によって決まる.Fig. 9(c)は過剰転位の性格(ラセン成分bsと刃状成分beの比(bs/be))の方位依存性を示している50,51.ここでηは主すべり面の最大傾斜方向と主すべり方向とのなす角度で,この角度がゼロの時,すなわち主すべり方向が主すべり面最大傾斜方向と一致している時,過剰転位の性格は純刃状となる.このような主すべり活動の不均質によって導入された過剰転位が,安定構造をとるべく,前述の変形帯kink bandとbands of secondary slipに移行していくことが,その後のstage IIの急峻な加工硬化を引き起こすことになる.なお“彎曲すべり(biegegleitung)”という言葉は,C.F. Elamの著作である“Distortion of Metal Crystals”(1935)を小林篤郎が翻訳した「イーレム・金屬結晶の變形」(1943)で既に見られる52

Fig. 9

(a) Schematic diagram of local bend gliding, (b) plastic bending of slip plane and excess dislocations, (c) ratio of screw and edge components (bs/be) of excess dislocations50,51).

3.3 変形帯kink bandとbands of secondary slip(BSS)の形成とstage IIの開始

Fig. 10(a)は,亜粒界を殆ど含まない高完全度Cu結晶を,室温でstage Iからstage IIへの遷移段階の後期(γ = 10.1%)まで変形した後,試片側面の{111}cross面でエッチピット観察を行った結果である42.図左上の矢印は主すべり方向である.ここでまず特徴的転位組織は,主すべり方向に垂直に多数形成されたシャープな線状組織である.これは純刃状転位がすべり面に垂直な安定構造をとった変形帯kink bandに対応した組織である.Fig. 10(b)は,そのようなkink bandに集積しつつある転位群の様相をより拡大して示したものである.シャープなkink band周辺では恰も転位運動が止められ,堆積しているような様子も見られる.また,Fig. 10(a)において,主すべり方向にほぼ平行に,0.1-0.2 mm程度の幅で,エッチピット密度が低く,白く抜けたような領域が数カ所見られる.著者らは,この組織をcoplanar slip zone(CSZ)と名付けたが,これはもう1つの変形帯であるbands of secondary slip(BSS)に発展していく転位組織である.

Fig. 10

(a) Deformation bands revealed by etch pits during the transition from stage I to stage II (γ = 10.1%) of a Cu crystal, (b) enlarged image of the etch pit structure42).

ところでstage IIの急激な加工硬化は,2次すべり系の活動と強く連鎖しており,この2次すべり系の活動が何故,どこで起こるのかは,加工硬化現象を考える上で極めて重要な問題である.その答えの1つが,上記の変形帯kink bandの形成にある.Fig. 11(a),Fig. 11(b)がその証拠となる観察結果の1つである42.それぞれCu結晶のstage I(γ = 2.2%)とstage Iからstage IIへの遷移段階(γ = 5.0%)における主すべり面上でのエッチピット組織である.この観察では,それぞれのひずみ量で一旦変形を止めて,試片を主すべり面に沿って化学切断し,その表面を丹念に電界研磨した後にエッチピット観察を行った.すなわち,ここで観察されるエッチピットはすべて,主すべり面に立った2次すべり系の転位に対応したものである.ここでFig. 11(b)の右上に示す矢印は,主すべり方向を示している.なお,試片切断前の側面のエッチピット観察で,Fig. 11(a)に対応するγ = 2.2%ではkink bandの形成は全く認められなかったのに対して,Fig. 11(b)のγ = 5.0%では,kink bandの形成が多く観察されていた.この観察で何より重要なことは,Fig. 11(a)では,そのエッチピット分布はランダムであるのに対して,Fig. 11(b)では主すべり方向に垂直な方向に沿った特徴的なエッチピット列が形成されていることである.このエッチピット列はkink bandの形成方向<112>に沿っており,さらに観察面を50 µm程度,電界研磨により削り再度エッチピット観察した時も多くの転位列が同一場所に観察された.すなわちここで観察される<112>方向に沿ったエッチピット列は,{110}面に平行に形成されたkink band壁に沿って誘起された林転位である.なおFig. 11(a)で見られる林転位の多くは,変形前すなわち単結晶成長段階で導入された転位と考えられ,それらの多くは,降伏以後導入された主すべり転位のような移動度を持つものではない.このためFig. 11(b)で観察される主すべり方向に垂直方向に沿ったエッチピット列を,kink band形成後に運動を止められた2次すべり系の転位と解釈することは困難である.以上のことから,この観察結果は,kink bandが2次系転位の活動を誘発していることを明確に示すもので,kink bandの形成がstage IIの急峻な加工硬化を引き起こす原因となっていることを示唆している.さらにその成因は,前節で述べた,stage Iにおける湾曲すべりを構成する過剰転位にあり,その刃状成分が集積して,低エネルギー転位構造(low energy dislocation structure)44としてのkink bandが形成されることは,加工硬化の因果関係を理解する上で大切な要点と言える.

Fig. 11

Etch pits observed on the primary slip plane in Cu crystals: (a) in early stage I (γ = 2.2%), (b) in transition from stage I to stage II (γ = 5.0%). All the etch pits depicted here are due to the forest dislocations lying on the secondary slip planes42).

ところで,もう1つの変形帯であるbands of secondary slip(BSS)について,ここでは詳細は避けるが,その起源は過剰転位のラセン成分にある.Fig. 9(c)に示すように,湾曲すべりを構成する過剰転位は刃状成分が強いが,一般にはラセン成分も含んでいる.kink bandの形成によって過剰転位の刃状成分が安定化された後,残された過剰転位のラセン成分もまた何らかの安定構造を取らねばならない.これを集約的に担うのがBSSである.詳細は著者の文献44に委ねるが,ここには過剰転位のラセン成分が集積し,1次共面すべりの活動と相まって,一種の捻れ粒界(twist boundary)を構成するというものである.

以上,過剰転位の刃状成分は一種の傾角粒界(tilt boundary)としての変形帯kink bandに集約される一方,過剰転位のラセン成分は一種の捻れ粒界としての変形帯BSSに安定化され,それがstage IIの開始とそれ以降の加工硬化を担うと考えられるのである.このようなkink bandやBSSの形成は,すべりの障害となって,すべり線長さの減少を引き起こし,同時に「転位のセル構造」にも連なっていくのである.

これについてM. Wilkensは,X線トポグラフの観察結果53に基づき,stage IIの典型的転位組織として,(i)the dislocation layers about parallel to the primary slip plane,(ii)the dislocation walls perpendicular to the primary slip plane,を挙げている.さらに,H. Mughrabiもまた次のような記述を残しいている54.“The dislocation microstructures in fcc single crystals deformed in single slip into work-hardening stage II exhibit two dominant features extending over larger distances, namely kink walls/bands and the so-called sheets/grids in the form of layer-like networks which are composed of primary and secondary dislocations and their reaction products and which lie roughly parallel to the primary glide plane.”(単一すべり方位のfcc単結晶が加工硬化段階IIに入る時の転位微細構造を広範囲に見ると,2つの支配的特徴がある.それはキンク壁/バンドと,いわゆるシート/グリッドと呼ばれる組織である.後者の組織は,主すべり系転位と2次系転位とその反応生成物からなる層状のネットワークで,主すべり面にほぼ平行である).

このように,これまでの転位組織研究は,単結晶の加工硬化が変形帯の形成と強く連関しているとのCottrellの指摘1の正しさとその慧眼を示すものと言えよう.

3.4 Stage IIIの動的回復の方位依存性

Fig. 12(a)は,2つの多重すべり方位を有するCu結晶の加工硬化挙動を示す応力-ひずみ曲線である.いずれも多重すべりを変形当初から起こすため,stage Iは全く現れていない.しかし,両者を比較して明らかなように,そのstage IIそしてstage IIIの硬化挙動は大きく異なる.すなわち,<111>近傍では<100>近傍に比べ,その硬化率そしてその硬化の持続性は著しく大きい.<100>方位では4つのすべり面での多重すべりが,また<111>では3つのすべり面での多重すべりが期待されるが,何故このような加工硬化能に差が現れるのであろうか?

Fig. 12

(a) Stress-strain curves of Cu single crystals with the tensile directions near [100] and [111], (b) obtuse and acute cross slip occur in the orientations of region A and region B, respectively.

Fig. 12(b)は,その要因の可能性を示している.図中,ステレオ三角形の<110>-<211>を結ぶ線を境として,<100>側をRegion A,<111>側をRegion Bと名付ける.そして,<110>-<211>を結ぶ線上に引張軸方位がある時,先のエッチピット観察において述べたように,交叉すべり面は試片軸方向に平行になる.そこで,転位が主すべり面からの交叉すべり面に移っていく過程を考えると,<100>側のRegion Aでは鈍角の交叉すべりが起こるのに対して,<111>側のRegion Bでは鋭角の交叉すべりとなる.高村はこれに基づいて,交叉すべりの難易と変形双晶の発生の難易とを結びつけたが51,ここでは,常温,低ひずみ速度下でのCu単結晶という変形双晶が発生しない条件下での,すべりによる加工硬化挙動への影響に注目する.主すべり面に堆積した転位群の内部応力場は,高村が指摘したように,鈍角の交叉すべりを容易に引き起こすことに大きく寄与するのに対して,鋭角の交叉すべりにはそのような寄与は期待できない.すなわち,<100>近傍では鈍角の交叉すべりとなるため,<111>近傍に比べ,交叉すべりがより容易に起こり得るため,stage IIIの開始が早まると考えられるのである.以上,交叉すべりによる動的回復の容易さが,結晶方位によって異なり,それが加工硬化能に大きく影響する可能性があることは興味深いことである.

4. 計算科学からのアプローチ

本章では「転位論」に集積されてきた成果を結晶塑性有限要素法の中に展開することによって,変形の不均一性と単結晶材料の加工硬化現象がどの程度数値的に再現されるかを振り返り,今後の研究の方向性についても検討する.

4.1 塑性すべりとSS転位の蓄積

試料の中で多数の直線状の転位が動いた時に生ずる塑性せん断ひずみは,以下のように求められる.

  
\begin{equation} \gamma = \rho b\bar{x} \end{equation} (6)

ここで,γρbおよび$\bar{x}$はそれぞれ塑性せん断ひずみ,転位の密度,バーガースベクトルの大きさおよび,転位の平均の運動距離である.この式は直ちに以下のように書き変えることができる.

  
\begin{equation} d\rho = \frac{1}{b\bar{x}}d\gamma \end{equation} (7)

すなわち,塑性せん断ひずみの増分が生じた時,それは転位密度の増分をもたらし,その比例係数にバーガースベクトルの大きさと転位の平均の運動距離が関係する.

試料中で多数の転位ループが放出されて,試料中で運動が止められるような状況を考えよう55.この時にも塑性ひずみの増分と転位密度の増分には式(7)で考察したことと同様のことが起こる.詳細は省くが,その結果は式(7)と同様で,

  
\begin{equation} d\rho_{S}^{ + } = \frac{c}{bL} \cdot d\gamma \end{equation} (8)

となる.ここで式(8)左辺の転位密度$\rho_{S}^{ + }$の下添字のSは後述する統計的に蓄積する転位を意味し,上添字の+は塑性ひずみの発生に伴う転位密度の増加を表している.式(8)右辺のLは転位の運動した距離の平均値であり,転位の平均自由行程と呼ばれる.第3章で述べた「すべり線長さ」は実験的に観察される量であるのに対し,ここで導入した「転位の平均自由行程」は数理モデルを構成する因子の1つであり,これらに完全な一対一対応があるとは必ずしも言えないが,少なくとも良い相関はあるものと期待される.また係数cは転位ループの形状によって決められ,辺長がdαdの矩形ループならば

  
\begin{equation} c = \frac{(1 + \alpha)^{2}}{2\alpha } \end{equation} (9)

である.ここに述べたような過程で蓄積した転位は,バーガースベクトルが正のものと負のものが組になって存在している.式(8)のように塑性せん断ひずみの増分に転位密度の増分が比例し,なおかつ,何らかの小さな領域中に蓄積する転位のバーガースベクトルの総和がゼロとなるような転位を,統計的に蓄積する転位(statistically stored dislocation(SS転位))48,49と呼ぶ.なお文献48)のCottrellの記述では,statistically storedの代わりにredundantという言葉が使われているが,物理的には同義である.

SS転位の集団を形成する転位のバーガースベクトルは正と負が混在するので,それらの転位は熱活性化の過程を経て対消滅する.このようにして消滅する転位の量が蓄積している転位の密度と塑性せん断ひずみに比例すると考えると,

  
\begin{equation} d\rho_{S}^{ - } = - D \cdot \rho_{S} \cdot \frac{d\gamma }{b} \end{equation} (10)

と書くことができる.ここでは転位密度の減少を考えるので−の上添字を付けて$d\rho_{S}^{ - }$とした.式(10)のような転位の対消滅は変形量とともに評価されるので,動的な回復と呼ばれることもある.Dは対消滅距離と呼ぶこともあり,温度,ひずみ速度その他の関数であると考えられる.

SS転位の密度発展には式(8)の蓄積速度と式(10)の消滅速度の双方が寄与するので,

  
\begin{equation} d\rho_{S} = \left(\frac{c}{bL} - \frac{D}{b}\rho_{S}\right) \cdot d\gamma \end{equation} (11)

となる56.すべり系に塑性すべりを生じさせるために加えなければならないせん断応力,すなわち臨界分解せん断応力(Critical Resolved Shear Stress; CRSS)と転位密度との間には一般に式(5)で与えられる関係がある.式(11)で2つの寸法因子,すなわち転位の平均自由行程Lと対消滅距離Dが関与するが,以下では平均自由行程とひずみ硬化の一般的な特徴について概観して行こう.

4.2 平均自由行程がひずみの関数である場合の応力ひずみ曲線

最初に,平均自由行程Lが一定値L0の場合のひずみ硬化特性を考える.D = 0ならば式(11)から,

  
\begin{equation} \rho_{S} = \frac{c}{bL_{0}}\gamma + \rho_{0} \end{equation} (12)

となる.ここでρ0は初期転位密度である.式(12)で得られるSS転位の密度ρsを式(5)に用いられているρに置き換えると放物型のひずみ硬化曲線,すなわち,CRSSが塑性せん断ひずみの1/2乗に比例する曲線になる.

もう一方の簡単化した例として,回復項がないD = 0という条件で,平均自由行程が変形とともに発展する場合を考えよう.平均自由行程がひずみに反比例する場合を考えて,

  
\begin{equation} L = \frac{\varLambda }{\gamma } \end{equation} (13)

とすると(ここでΛは定数),

  
\begin{equation} d\rho_{S} = \frac{c}{bL} \cdot d\gamma = \frac{c\gamma }{b\varLambda } \cdot d\gamma \end{equation} (14)

となり,これを積分して,

  
\begin{equation} \rho_{S} = \frac{c}{b\varLambda } \cdot \frac{1}{2}\gamma^{2} + \rho_{0} \end{equation} (15)

が得られる.これを式(5)に用いると,FCC単結晶のいわゆるstage IIの変形段階にあたる直線的なひずみ硬化曲線になる.

例1:Seegerのモデル

変形開始前の結晶方位が単一すべり方位に設定されたFCC単結晶を単軸引張した時,変形の最初の段階ではSchmid因子が最大のすべり系(主すべり系)が試料の全領域に渡ってほぼ均一に活動し,荷重-伸び曲線もほぼ放物型になる.変形が進むと,第3章に詳述したように,荷重-伸び曲線は傾きの大きな直線状に遷移していく.平均自由行程に関するSeegerらのモデル38では塑性せん断ひずみがある量γ*に達した時にこの遷移が生ずるように設計されている.

  
\begin{equation} L = \begin{cases} L_{0} &\textit{$\cdots$ when $\gamma < \gamma^{\ast}$} \\ \dfrac{\varLambda }{\gamma - \gamma^{\ast}} &\textit{$\cdots$ when $\gamma \geq \gamma^{\ast}$} \end{cases} \end{equation} (16)

このモデルではγ < γ*の時には平均自由行程は一定値であるので転位密度ρは式(12)のように塑性せん断ひずみγに比例してひずみ硬化曲線は放物型になり,変形が進んで,γγ*の時には転位密度は式(15)のように塑性せん断ひずみγの2乗に比例するのでひずみ硬化曲線はほぼ直線型になる.式(16)はある与えられたひずみγ*の前後で,放物型のひずみ硬化曲線(すなわち変形のstage I)から,直線的なひずみ硬化曲線(すなわち変形のstage II)へと,遷移するように設計されたモデルである.

式(16)はγ = γ*で発散するのでこのままでは結晶塑性解析に使うことができない.これを避けるためには式(16)を修正して,

  
\begin{equation} L = \begin{cases} L_{0} &\textit{$\cdots$ when $\gamma \leq \gamma^{\ast}$}\\ \dfrac{\varLambda }{\gamma - (\gamma^{\ast} - \varLambda /L_{0})} &\textit{$\cdots$ when $\gamma > \gamma^{\ast}$} \end{cases} \end{equation} (17)

とすれば良い.純銅の変形のstage Iにおける平均自由行程は実験観察結果がいくつかあり39,57-59,概略1000-5000 µmである.式(17)のモデルを用いて応力-ひずみ曲線を計算すると60Fig. 13のように,実験結果をよく再現することができる.

Fig. 13

Stress-strain curves for Cu single crystals obtained when the dislocation mean free path is given by the model of Seeger et al.62).

例2:Stage Iからstage IIへの自発遷移が生ずるモデル

平均自由行程に関するSeegerのモデルでは塑性せん断ひずみがある与えられた量γ*に達した時に変形のstage Iからstage IIへの遷移が生ずるように設計されていた.しかし実際にはこの遷移の生ずるまでの変形量は結晶の初期方位や熱処理状態などに依存して変化する.stage Iからstage IIへの遷移が自発的に生ずるモデルを検討しよう.

変形段階のIからIIへの遷移の現象については3.3節に詳しく述べたように,stage IIの前駆段階として,主すべり系とは異なるすべり系の微細な活動が試料中に散発的に生じ,同時に主すべり系のすべり線には折れ曲り(kink band)が観察され始める.微細な2次すべり系の活動をトリガーとして平均自由行程を記述する関数形を切り替えるように,Seegerのモデルに次のような修正を加えよう.

  
\begin{equation} L^{(n)} = \begin{cases} L_{0}^{(n)} & \textit{$\cdots$ single slip}\\ \dfrac{\varLambda }{\displaystyle\sum\nolimits_{m}\gamma^{(m)} - \left(\gamma^{D} - \dfrac{\varLambda }{L_{0}^{(n)}}\right)} & \textit{$\cdots$ multiple slip} \end{cases} \end{equation} (18)

ここでnおよびmはすべり系の識別子であり,FCC結晶の12の{111}<110>すべり系を考えるならば,それらに番号を振ってn, m = 1, 2, … 12である.またγDは複数のすべり系が活動を開始した時の主すべり系のせん断ひずみである.どのような試料作成の手順を経たとしても,単結晶試料の初期状態には何らかの不均一性,例えば,初期転位密度の不均一性,結晶方位のわずかな空間的な偏り,不純物原子の密度分布の揺らぎなどが内在しうる1.式(18)はこのような初期不均一性が存在することを想定している.変形を解析する際に試料中の点ごとに活動しているすべり系の数をモニターしておき,すべりが多重化したら平均自由行程の評価をひずみに反比例する関数での評価に切り替える.

Fig. 14(a)に示すような14 µm × 14 µm × 42 µmの単結晶試料を数値的に作成し,これを8 × 8 × 30の有限要素に分割した.初期転位密度の値を各要素のすべり系ごとに正規乱数を用いて与える.乱数の標準偏差または初期結晶方位が異なる#1から#4までの4種類の試料の単軸引張変形を結晶塑性有限要素法によって解析した61.解析を進めていくと,初期不均一性があるためにすべりが空間的に不均一になり,試料中の主応力軸が負荷軸と一致しなくなり,やがて10−5程度の微細な2次すべり系の活動が重畳する.

Fig. 14

Tensile deformation of Cu single crystals with initial inhomogeneity in the dislocation density distribution. (a) Dimension of the specimen given in unit of µm and crystal orientation, (b) density distributions of GN and SS dislocations in the specimen #3 when the average tensile strain was 4.625%, (c) load-elongation curves for specimens with different magnitude of initial inhomogeneity61).

Fig. 14(b)は#3の試料に4.625%の公称ひずみが生じた時の主すべり系上のGN転位とSS転位55の分布である.SS転位の密度がGN転位のそれに比べて約1桁高いが,空間的にはほぼランダムに分布している.一方GN転位は主すべり系のすべり面と試料表面の交線の方向に対して垂直な方向に伸びる帯状の分布となっており,この特徴は第3章に述べたkink bandの特徴と一致する.ただし,これを成しているGN転位はほぼ刃状転位であった.第3.2節でも述べたように,GN転位は第3章で言及した「過剰転位」と本質的に同一のものである.しかしここで用いた試料の結晶方位関係が第3章で述べたものとは異なるので,第3章で見た「過剰転位」にはらせん成分が含まれる一方,ここで見られるGN転位は上述したようにほぼ刃状転位であった.

試料#1から試料#4の計算で得られた荷重―伸び曲線をFig. 14(c)に示す.#1から#3の初期結晶方位はステレオ三角形の内部にあり,初期転位密度の標準偏差値が違う.初期転位密度のばらつきの大きさを図中では(S.D.) = 0.1ρ0, ave.などと記した.これは初期転位密度の頻度分布の標準偏差が平均初期転位密度(ρ0, ave.)の0.1倍であることなどを示している.#1はこの標準偏差が0なので完全に均一な条件である.この試料ではstage Iからstage IIへの遷移は起こらなかった.#2は#3に比べて標準偏差値が小さい.この試料では公称ひずみが5%程度の際にstage Iからstage IIへの遷移が起こり,#3での遷移が公称ひずみが1%程度の際に生じたことに比べて遅い.

Fig. 1560,62Fig. 14に示したものと類似の試料を5 × 5 × 15の要素に分割していくつかの異なった結晶方位を用いて応答を計算した結果である.stage Iの続くひずみの範囲が結晶方位に依存し,初期結晶方位が2重すべり方位に近いとstage Iの継続するひずみ範囲が短くなる.これらのことはFig. 4で示した実験結果3とよく一致する.なお,Fig. 15で4とラベルした試料はFig. 14の#3の試料と結晶方位も,初期転位密度の標準偏差も類似しているが,stage Iの持続する範囲が大きく異なっている.初期転位密度を要素ごとに与えているが,要素の大きさが異なっていることが初期不均一性への感受性に影響を与えてると思われる.

Fig. 15

Stress-strain curves for Cu single crystals obtained with the modified model of Seeger et al. for the dislocation mean free path. The numerical specimen was divided into 5 × 5 × 15 finite elements. ρ0,ave. = 1 × 109 m−2, (S.D.) = 0.32 × 109 m−2, L0 = 1000 µm, Λ = 4 µm60).

また試料に内在する初期不均一性からkink bandとbands of secondary slipが発達する機構の詳細についても検討を加えた63.その結果,すべり変形が不均一に発生すると,試料中には微視的な応力集中がおこり,同時に主応力軸が荷重軸方向からずれ,応力軸のずれは,主すべり系,2次すべり系の実効的なSchmid因子の増減をもたらす.試料中のこの応力軸のずれと応力集中に基づいて,kink bandとbands of secondary slipが特定の方向に発達していく理由を説明することができることがわかった.

4.3 平均自由行程を内部状態変数から決定するモデル

4.2節で検討したモデルでは平均自由行程を試料に生じた塑性せん断ひずみの関数として与えた.しかし塑性ひずみは人為的に定義した初期状態を起点として変形量を記述するものであり,材料の内部状態を客観的に記述する変数にはなり得ない.一方転位密度は変形とともに発展する客観性のある内部状態変数の1つである.平均自由行程を材料中に蓄積した転位の密度などの内部状態変数の関数として決定するモデルを考えよう.

平均自由行程を材料中に蓄積した転位の密度と微視組織に関係する何らかの寸法因子の関数として決定するモデルは一般的には,

  
\begin{equation} L^{(n)} = L^{(n)}(\rho_{a}^{(1)},\rho_{a}^{(2)}, \cdots ,d_{1}^{\ast(n)},d_{2}^{\ast(n)}, \cdots) \end{equation} (19)

と書いて良いだろう55.ここで$\rho_{a}^{( 1 )},\rho_{a}^{( 2 )}, \cdots $はすべり系1, 2, …に蓄積した転位の密度,$d_{1}^{\ast ( n )},d_{2}^{\ast ( n )}, \cdots $は微視組織の寸法因子である.微視組織の寸法因子とは,例えば結晶粒径や析出物の間隔などであり,多結晶組織や合金材料では転位の平均自由行程に顕著な役割を果たすが,単結晶の場合ではその役割は大きくないと思われる.ここではすべり系に蓄積した転位と平均自由行程について検討しよう.

様々なすべり系に蓄積した転位がすべり系nの上を運動する転位の平均自由行程に様々な方法で関与するが,蓄積した転位の間隔が平均自由行程を決定する主要な因子であるとすると,次のようなモデル化が可能である64

  
\begin{equation} L^{(n)} = \frac{c^{\ast}}{\sqrt{\displaystyle\sum\nolimits_{m}\rho_{a}^{(m)}} } \end{equation} (20)

$1/\sqrt{\mathop \sum \nolimits_{m}\rho_{a}^{( m )}} $はすべり系に蓄積した転位の平均間隔であり,式(20)はすべり系nを運動する転位の平均自由行程が様々なすべり系に蓄積した転位の平均的な間隔のc*倍で与えられるというモデルになっている.c*は,運動転位が林立転位によってトラップされる確率の逆数であるという解釈も可能である.c*は10-100程度と見積もられている64.式(20)はすぐに次のような展開をすることができる60,62

  
\begin{equation} L^{(n)} = \frac{c^{\ast}}{\sqrt{\displaystyle\sum\nolimits_{m}w^{(nm)}\rho_{a}^{(m)}} } \end{equation} (21)

ここですべり系nmの転位間の相互作用から決定すべき重み行列w(nm)を導入した.すべり系mに蓄積した転位がどの程度すべり系n上の転位の運動の平均自由行程に関与するかは,mnの組み合わせによって異なるので,そのことをw(nm)の成分で表す.

運動転位と蓄積転位の相互作用の仕方は様々である.しかしその大きな分類としては運動転位と蓄積転位が相互に切り合うか,切り合わずに弾性場を介した相互作用になるかの2種類になる.運動転位と同じすべり系に属する転位および,すべり面を共有する転位は弾性場を介した相互作用しかしないので,これらの転位は平均自由行程に寄与しない,という簡単化が近似的に可能かもしれない.これは重み行列w(nm)の対応する成分をゼロとすることによって表現される.またはもっと直接的に,運動転位と同じすべり系に属する転位に対しては平均自由行程に関与しないという簡単化もあり得る.これは式(21)の重み行列の対角成分をゼロとすることに相当する.

運動転位に対して林立転位になるすべり系上の転位は自己すべり系同士または共面すべり系の転位との相互作用とは性質の異なったものになるだろう.これらのことを重み行列w(nm)の成分の中にモデル化していくことが可能と思われる.c*は蓄積転位によって運動転位の運動が阻害される頻度に関係すると考えると,c*には温度依存性があるというモデル化が可能であるが65,ここではc*が定数であると見なすことができる場合について考えよう.自己すべり系に関する重み行列成分を0とし,それ以外のすべり系に関する重み行列成分をすべて約1(等方硬化条件)として,初期不均一性のある単結晶試料の引張変形を式(21)を用いて解析した66.結果をFig. 16に示す.単一すべり方位の試料では放物型のひずみ硬化特性を示し,2重すべり方位の試料ではほぼ直線型のひずみ硬化特性になり,それらの傾きは実験結果と良い一致を示す.しかし単一すべり方位の試料に大きな伸びひずみを与えても,stage Iからstage IIへの自発的な遷移は明瞭には観察されなかった.微細な2次すべり系の活動はあり,主すべり系転位の平均自由行程は式(21)によって減少していくが,その減少の仕方は弱く緩慢なものだった.そのため加工硬化率は増加したものの,stage IIに対応するような急激な増加には至らなかったのである.すなわち,式(21)で示される転位の平均自由行程のモデルでは単結晶の変形におけるstage Iからstage IIへの自発遷移現象を明瞭に再現するものにはなっていない.

Fig. 16

Stress-strain relationship of Cu single crystals obtained by crystal plasticity analyses. The mean free path of dislocations is given by eq. (21). c* = 100 and ρ0 = 1 × 109 m−2. Experimental results by Basinski and Basinski39) is shown by the solid line66).

この課題を克服する方向として2つの可能性がまず考えられる.1つは,式(21)を2次すべり系の活動に対してより敏感に反応するように,例えば2次系の転位密度そのものの代わりに,$\rho_{a}^{( m )}( \rho_{a}^{( m )}/\rho_{0}^{( m )} )^{q}$を用いて,何らかの参照値(または初期値)$\rho_{0}^{( m )}$と観測値$\rho_{a}^{( m )}$がわずかでも異なったらそれを拡大するように指数qを導入する,ということも可能かもしれない.qの値が十分大きければ2次すべり系の微細な活動が平均自由行程に大きな影響を及ぼすようにすることが可能である.しかしこれは明瞭な物理描像に欠ける.

もう1つの可能性は,前述の変形帯kink bandといった特定の転位組織の形成の重要性に注目することである.kink bandは前項に述べたように概略GN刃状転位が集積した構造である.SS転位の集団は集団全体としてのバーガースベクトルの和がゼロになるのに対して,GN転位の集団はそれがゼロではない.そのため自己応力場も個々の転位の自己応力場を加算したものになり,試料中で大きな内部応力場を形成する.この応力場が主すべり系の転位の平均自由行程に関与することは十分あり得る.しかしこの方向での計算力学による研究は著者らの知る限りはまだ進められていない.変形によって形成される変形帯kink bandやbands of secondary slipといった転位組織が巨視的な力学特性にどのように関与するのかが,今後の計算力学分野における重要な研究課題である.

さてここに述べた材料の初期不均一性の存在,変形帯の形成,巨視的加工硬化率の急変という一連の結果を若干抽象化して考えた時,以下の点が興味深い.すなわち,塑性すべりが周囲の領域よりもわずかながらでもしやすい,あるいはしにくい領域があったとして,その広がり方やその程度,言い換えれば初期不均一性の統計的な性質がkink bandやbands of secondary slipの形成にどのように関与しているのであろうか.またはどのような初期不均一であれ,結局はより規模の大きな不均一変形に繋がっていくのだろうか.小さな規模の初期揺らぎが中間的な規模の現象(この場合は変形帯形成)をもたらし,それがさらに巨視的規模の現象(この場合は加工硬化率の急変)につながっていくという一連の物理過程を促進するものと抑制するものは何だろうか.変形帯形成の有無は塑性変形を開始した局所領域における加工硬化の大きさに依存する可能性があるが,その詳細はいかなるものだろうか.変形帯形成と巨視的加工硬化率の急変については第3章で述べたように実験的な知見が蓄積されてきているが,より広い視野に立てば追求すべき課題は多様であり,材料科学,固体力学だけではなく統計物理の分野にもつながる課題かと思われる.

5. まとめ

格子欠陥論を基盤とした材料強度研究がスタートして1世紀近い時を経た.当オーバービューでは,結晶性材料が示す力学的性質の中でも最も普遍的なものの1つである加工硬化現象について,研究の歴史を振り返るとともに,その中で浮かび上がってくる「加工硬化を支える転位組織は何か,そこにはどのような来歴があり,どのような役割を果たすのか?」という問いに応えるべく,「変形帯」と呼ばれる加工組織の重要性について述べた.また数値試料を用いた結晶塑性解析においては,試料に初期不均一性があるならば,実験的に観察される「変形帯」とほぼ同様の構造が固体力学の帰結として試料中に形成されることを示し,さらに,これから転位の平均自由行程を媒介として加工硬化が発現することを記述した.

以上,加工硬化現象に関するいくつかの基本的事項が明確化されてきたことは事実であるが,その一方,変形の不均一性の起源や,その結果導入されるGN転位,SS転位の性格や蓄積メカニズムなど,転位の集団運動・蓄積に関する多くの課題は依然として未解決のまま残されている.これらの基本的問題の解決には,実験観察,計算科学両分野が今後さらに一体化し,多様な観点からアプローチしていくことが必要である.

本稿では,特に加工硬化能の大きい面心立方結晶を対象としたが,その他の結晶構造でも変形の不均一性とそれに伴う転位組織形成が加工硬化にとって重要であることに変わりはない.様々な局面に立たれる読者諸氏の今後の研究や技術開発に,本稿が少しでも参考になれば幸いである.なお,当稿第2章の加工硬化研究の歴史に関しては,文献67)(筆者のひとりの同窓会(水曜会)発行誌)での記載と一部重なっていることをお断りする.

当論文3章の変形帯の研究に当たっては,故高村仁一教授,故成田舒孝教授,大谷泰清博士ら多くの方々からご支援,ご助言を賜った.また,本稿執筆や資料収集では,科学研究費 基盤研究(A)(#JP18H03848)による助成,そして田中將己教授のご支援も頂いた.これらのご支援や助成に深く感謝する.最後に,本稿を成田舒孝先生(2023年11月逝去)に捧げる.

文献
 
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