Journal of the Japan Institute of Metals and Materials
Online ISSN : 1880-6880
Print ISSN : 0021-4876
ISSN-L : 0021-4876
Special Issue on Superfunctional Nanomaterials by Severe Plastic Deformation
Synchrotron High-Energy X-ray & Neutron Diffraction, and Laser-Scanning Confocal Microscopy: In-Situ Characterization Techniques for Bulk Nanocrystalline Metals
Megumi KawasakiJae-Kyung HanXiaojing LiuSuk-Chun MoonKlaus-Dieter Liss
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2025 Volume 89 Issue 1 Pages 93-105

Details
Abstract

This report is aimed at giving an overview of the significance of the novel and innovative microstructural and microscopic characterization techniques for bulk nanostructured metals processed by severe plastic deformation, specifically high-pressure torsion (HPT). In practice, the microstructural relaxation behavior upon heating of nanostructured 316L stainless steel and CoCrFeNi high-entropy alloy was characterized by in-situ heating neutron diffraction measurements; the heterogeneous phase distribution of an HPT-bonded hetero-nanostructured Al-Mg alloy was examined using synchrotron high-energy X-ray diffraction; and the microstructural evolution upon heating of a nanostructured CoCrFeNiMn high-entropy alloy was examined by laser-scanning confocal microscopy. These novel techniques are complementary to each other and any other in- or ex-situ testing methods, especially when nanocrystalline metals are transforming microstructurally and compositionally with temperature and time in a hierarchical manner. The outcomes of the studies emphasize the importance of the methodologies and the development of characterization techniques for further in-depth exploration in the research field of severe plastic deformation.

Mater. Trans. 64(2023)1683-1694に掲載. Fig.10のCaptionを修正.

1. はじめに

バルクナノ構造金属とその加工技術である強塑性変形(SPD)は,その優れた機械的・機能的特性と材料加工能力から,材料研究者の間で注目されている.ナノ構造材料の加工を扱う研究分野では,継続的な取り組みが行われており,ナノ構造材料の機械的挙動とさらなる機能性を制御する根本的なメカニズムを理解するために,相当数の研究が行われてきた[1].しかし,時間や温度の変化に基づいて起こる,ナノ構造に向かう,もしくはナノ構造からの変化は,現場外(ex-situ)の測定に基づいて評価されることが多く,微細構造の連続的かつ動的な変化は,一般に使われる実験設備では捉えにくいことが多い.さらに,多数の欠陥を含む複雑なナノ構造は,高倍率を可能にする様々な顕微鏡技術[2-5]を用いて研究されているが,バルク金属中の不均一なナノ構造が時間や温度などによってどのように変化するのかという疑問が残る.これは,時間,温度,長さ(または位置)のような付加的なスケールで微細構造の進化を理解することを可能にする新しい特性評価技術の適用の必要性を示唆している.

ナノ構造の進化は,X線回折,放射光回折,中性子回折などの回折法を用いて,逆格子空間イメージング法で評価することができる.実験室規模のX線回折(XRD)とそのX線回折ラインプロファイル解析は,SPD加工したナノ結晶金属[6-9]の微細構造の進化と相変態を調べるために使用されてきた.反射型XRD[10] の限られた浸透深度は,特に高圧ねじり(HPT)後の,SPD加工されたナノ結晶金属における微細構造の不均一性を明らかにした.実際に, 同一試験材料内でありながら,ZK 60A[11] のMg合金における異なるディスク表面領域(局所的または全体的)や,TiAl 金属間化合物[12] の異なる厚さ領域(表面近傍または中間部)で採取された表面において,微細構造とその進化の違いが観察されている.したがって,放射光や中性子線を用いた回折技術は,複数の長さスケールにわたるナノ構造の不均一性をさらに理解するために,顕微鏡を用いた特性評価に加えて,代替的かつ補完的なアプローチとなりうる.

放射光X線回折法と中性子回折法は互いに補完し合うものである.一方が他方の計測できないものを測定できると同時に,どちらも本質的な構造的および動的微細構造変化を提供できる[13].特に高エネルギーX線は,マイクロビームを用いてミリ単位の金属厚さの局所領域を透過し,局所的に金属の内部構造を調査することができるが[14],中性子はバルク材料の内部構造の情報を積分して提供する.さらに,特にチタン合金の中性子回折観察において,秩序・無秩序相転移に起因するであろう異なる回折コントラストを示した[13,15].SPD加工されたナノ構造材料における放射光X線回折と中性子回折の代表的な利用例をTable 1に示す[12,16-46].具体的には,バルクナノ結晶材料にこれらの回折技術を用いる利点は以下の通りである:

  • (i)   高エネルギー放射光のビームサイズをマイクロスケールからナノスケールまで縮小することで,高い逆空間分解能で試料厚さ方向の微細構造情報を提供しながら,局所的な関心領域を観測することができる.したがって,この手法では,局所的な微細構造をマッピングすることで,バルク試料全体の不均質な微細構造情報を得ることができる.さらに,機械的試験装置を追加することで,ナノ結晶試料の変形ひずみによる局所的な微細構造の変化を測定することができる.
  • (ii)   中性子回折による特性評価は,時間の経過に伴う構造変化を明らかにし,バルク試料における構造進化のメカニズムやその遷移を導き出すことができる[47].加熱や冷却を含む他のパラメータを加えることで,温度を変化させたときのリアルタイムの結晶学的変化を特徴付けることができ,さらに有益である.

Table 1. Representative examples of utilizing the synchrotron X-ray and neutron diffraction techniques on SPD-processed nanostructured materials.

したがって,この概説論文では,著者らの最近の実験結果を紹介するとともに,SPD加工されたバルクナノ構造材料の温度,時間,および複数の長さスケールにわたる微細構造遷移と,その場 (in-situ) 環境下の構造変化を理解するための特性評価技術に関する重要な知見を解説する.特に,高温レーザー走査型共焦点顕微鏡を用いた,不均一性ナノ構造金属のマイクロンスケールの微細構造変化のその場観察の能力と補完性に重点を置いて説明している.

2. SPD加工後の一般的な観察:硬度と構造の変化

この章では,一般的な工業用金属合金の1つである316Lステンレス鋼(SS)のHPT加工後に見られる一般的な硬度と組織変化について解説する.ここで説明される316Lステンレス鋼を含むHPT加工材料は,次の章で解説されるその場観察の必要性を説明するためのベース材料でもある.一般に,HPT加工された金属の微細構造と機械的特性の基本的な特徴は,ビッカース硬さ試験,光学顕微鏡,電子顕微鏡,実験室規模のX線回折を組み合わせて,加工後の現場外において検査・測定されることが多い.Fig. 1に,(a) HPT8回転までの回転数の増加に伴う,ステンレス鋼のディスク型試験片直径にわたるビッカース硬さの変化[45,48],また(b) 15回転までのHPTによって導入されたせん断ひずみγに対するステンレス鋼の硬さの変化を示している.ここで,HPT加工により与えられるせん断ひずみは次式で表される.

  
$$ \gamma=\frac{2\pi Nr}{h} $$ (1)

ここで,N は HPT 加工の回転数,r はディスク型試験片の中心(r = 0 mm)からの距離,h はディスク試料片の厚さである[49].この合金では,特に2-4回転までのHPTの初期段階で,ディスク直径内での硬度勾配が見られ,4-8回転でディスク直径全体でステンレス鋼の硬度上限であるHV >500に達する.達成された最大硬度は,初期硬度HV = 233の約2倍である.Fig. 1(b)のせん断ひずみに対する硬度変化は,HPT中の鋼の硬度変化が組織回復を伴わないひずみ硬化モデル[50] に従っていることを示している.316Lステンレス鋼に代表されるように,ほとんどの 工業用金属および合金は,主に結晶粒の微細化により,HPT後に顕著な硬度上昇を示す.これはホール-ペッチ(Hall-Petch) の関係式[51] を用いて頻繁に確認されており,HPTによる硬度上昇-結晶粒微細化の関係の代表的な例は,6 GPa下で2回転処理したCoCrFeNiMn高エントロピー合金(HEA)に見られる[52].最近の報告では,強歪み塑性変形後の一般工学合金における異なる強化メカニズムの意義と,材料をさらに強化するための戦略について論じている[53].

Fig. 1 (a) Vickers microhardness evolution across the steel disk diameter with increasing numbers of HPT rotations through 8 turns [45,48] and (b) the hardness changes of the steel against shear strain, γ, introduced by HPT through 15 turns [45].

ステンレス鋼は,レーザー粉末床溶融法(L-PBF) を用いた積層造形法(AM)によって製造され,造形後(as-built)の試験材料は,数十マイクロンサイズの粒径中に300 nmのサブグレインサイズを有していたことに留意すべきである[48].透過型電子顕微鏡(TEM)による測定では,AM 316L鋼ディスクの微細構造は,8回転以上のHPT後,等軸形状の平均粒径60 nmの微細粒が得られた[45,48].この結果は,鋳造による従来の製造[54,55],AMによる製造[56]を問わず,HPT加工後の316L系ステンレス鋼が同様の微細組織を得ている先行報告と一致している.HPT中のバルク金属におけるナノ構造化などの前述の微細構造の変化は,一連のXRD測定[9]を用いて,現場外で系統的に調べることができる.AM造形後の材料表面と,異なる回転数のHPT後,わずかに研磨したディスク型材料表面で測定したXRDラインプロファイルをFig. 2(a) に示す[45,48].選択された造形パラメータ[57]に起因するAM造形技術に依存した非常に強い220の集合組織を除けば,HPT後のナノ構造ステンレス鋼は,1/2回転後でも111集合組織に向かって進化する傾向がある.発達した集合組織は,15回転まで目に見えてピーク幅の広がりを示しつつ維持され,HPT中に顕著な結晶粒微細化が起こったことを示唆している.AM造形後とHPT後の全体的な試料表面観察において,マルテンサイト二次相のない面心立方( f.c.c.)構造を示した.HPT加工前後の試料間で観察されるX線回折のピークのシフトは,過剰な空孔と転位の導入に起因するf.c.c格子の格子膨張を示唆している[45].ウィリアムソン·ホール (Williamson-Hall) 法を用いた解析[58,59]により,結晶子サイズ dXRD,微小ひずみε,また転位密度ρXRD の構造パラメータを$ \rho = 2 \sqrt{3} \langle \varepsilon^2 \rangle^{1/2} \, /\, bd $60]の関係を用いて定量的に推定することができる.ここで,b はバーガーズベクトルであり,γ-Fe の場合は 2.58 × 10-10 m [61]を用いた.HPT回転数の増加に伴う構造パラメータの変化は,造形後の結果[48]も含めてFig. 2(b)に示される.HPTを15回転まで施したAM 316ステンレス鋼の微細構造パラメータでは,1/2回転程度のHPT加工でも有意な微細化が得られる 傾向が見られる.

Fig. 2 (a) The XRD line profile taken on the surfaces of the as-built and slightly polished steel disks after HPT for different numbers of turns [45,48] and (b) the quantitative estimation of the structural parameters of crystallite size, microstrain and dislocation density with increasing HPT turns [45].

3. ナノ結晶金属の中性子回折その場加熱実験

3.1 超微粒子316Lステンレス鋼

AM 316Lステンレス鋼の加熱による組織回復を,HPT加工後の超微細粒組織から加熱したその場観察で中性子回折法により調査した.その場中性子散乱法は,加熱-冷却サイクル中の時間分解中性子回折像の大規模なデータセットを提供し,連続的な組織パラメータの変化を定量的に可視化することを可能にする. 今回の測定は,大強度陽子加速器施設 (J-PARC)[63]の物質・生命科学実験施設にあるiMATERIAビームラインBL20[62]で行われた .実験セットアップ,データ補正,解析については報告書に記載されている.HPTにより15回転されたAM 316L ステンレス鋼の中性子回折コンターマップ (バンク1より)と加熱速度4K/minにおける1240 Kまでの温度変化をFig. 3に示す[45].

Fig. 3 Contour plots showing variation in neutron diffraction patterns of Bank 1 with time and temperature for the AM 316L SS after HPT for 15 turns [45].(online color)

各回折座標におけるピーク強度,ピークの位置と幅の連続的な変化は,時間,つまり温度によって観察することができる.相対ピーク強度比から,集合組織として知られる結晶学的な優先配向を推定することができる.加熱時間 t = 0 minで観察された組織は,ナノ構造加工後のステンレス鋼のFig. 2(a)に示された組織と同等である.加熱後冷却しても,合金は変態することなくf.c.c.構造を維持している.

加熱時および冷却時の見かけの回折ピークのシフトはそれぞれ格子の膨張と収縮を示す.Fig. 4では,最も強い集合組織面座標111 で見積もった,HPT加工したAM 316L ステンレス鋼の加熱と冷却による相対的な格子膨張と収縮がそれぞれ赤線と青線で示されている[45].相対値の計算は,加熱-冷却サイクル終了後の最小歪み条件下で行われた中性子測定から得られた基準格子定数$ a $0 = 3.60 Åを用いて行われた.加熱時の熱格子膨張率は18.530 × 10-6 K-1 ,冷却時の熱格子収縮率は17.641 × 10-6 K-1 であり,これらの値は,一般的に10 × 10-6 - 20 × 10-6 K-1 の範囲の熱膨張係数を示す同クラスの鋼と一致している[64].

Fig. 4 Relative lattice expansion upon heating in red lines and lattice contraction upon cooling in blue lines for the HPT-processed AM 316L SS [45].(online color)

Fig. 5(upper) にHPT加工されたAM 316Lステンレス鋼のその場加熱中性子測定における温度上昇に伴う最強組織面座標111での相対ピーク幅の変化を示す.温度上昇に伴うピーク幅の減少は,微小歪みの緩和と結晶子サイズの成長を意味し,それによって微細粒AM鋼の組織安定性を推定している.実際に,最大 920 K までは回折ピーク幅が連続的に狭くなり,920-1020 K の間で大幅な低下が続き,1020 K を超えると最小値に飽和した[45].Fig. 5(upper) はまた,このような相対的な回折ピーク幅の変化とともに,中性子その場加熱測定と同じ方法で加熱後に現場外で測定したビッカース硬さとの相関を示している.Fig. 1(a) および Fig. 1(b)に示したHPT直後のナノ結晶構造のAMステンレス鋼の硬度である300 Kで測定されたHV >500の硬度値は,873 KでHV = 620の最高値に達し,その後1300 Kまで劇的に低下する.このような硬度の上昇は,従来の鋳造316L ステンレス鋼をHPT加工後に773-873 K まで加熱した場合の報告と一致している[54,65,66].したがって,Fig. 5(upper) は,HPT加工したAM 316Lステンレス鋼の加熱の異なる段階における以下の連続的な微細構造の熱間回復挙動を明らかにすることができ,これは微細構造と特性の関係によって裏付けられている:(I) 873 Kまでの微小歪み緩和を伴う微細構造の回復,(II) 873-973 Kでの加速された微小歪み解放を伴う再結晶化,および (III’) 1023 Kでの格子の歪み緩和を完了することを含む (III) 973 K以上での粒成長.

Fig. 5 (upper) Relative peak width measured at a plane coordinate of 111 and Vickers microhardness changes with increasing temperature, and (lower) structural evolution in the nanostructured AM 316L SS with heating through 1300 K [45].

その場加熱中性子回折測定によって観察された微細構造の連続的な熱挙動の変化は,ウィリアムソン·ホール法を適用することによってさらに分析できる.(I)-(III)の温度領域を含むHPT加工されたAM 316L ステンレス鋼 の熱間組織回復挙動をFig. 5 (lower) に示す[45].中性子測定によるコヒーレント結晶子サイズ dND ,微小歪み ε,転位密度 ρND の組織構造パラメータは,先に述べたウィリアムソン·ホール解析とこれらのパラメータ間の関係によって計算された.このプロットでは,異なる組織回復挙動を示す3つの温度領域が,これらの相異なる組織パラメータの変化によって明確に区分できる.したがって,T = 300-873 Kのステージ(I)では,微小歪みの大幅な減少が起こり,組織回復が確認されるが,結晶子サイズと転位密度は維持されている.続いて,973 Kまでのステージ(II)では,微小歪みが最小値に達するが,結晶子サイズの大きな変化を伴わず,転位密度のわずかな減少が観察され,組織の再結晶を示す.一方,ステージ(III)の初期である973-1023 Kのステージ(III’)では,転位密度の大幅な減少によって構造の再結晶が完了する.その場加熱中性子回折という新しい評価手法により,バルクナノ結晶材料の連続的な組織回復過程を包括的に理解することが可能となった.この知見は,引張試験において降伏応力が試験温度723 Kまで上昇し723 Kを超えると軟化するという同様の硬化挙動が観察された,0.5 rpm,6 GPaの下でHPT 5回転加工されたナノ構造316ステンレス鋼を支持するものである[44].

強塑性変形加工されたナノ材料の焼鈍による硬化現象は,最近のレビュー記事に記載されており,焼鈍および加熱中の追加硬化の主な理由として以下の3つが挙げられる.:(i)低角度粒界のような低エネルギー配置へのクラスター化を伴うナノ粒子中の可動転位の消滅,(ii)転位の放出が困難になる非平衡粒界の緩和,そして,(iii)転位の運動を妨げる過剰空孔のクラスター化[67].現在のその場加熱中性子回折実験は,焼鈍誘起硬化の組織回復を良好に捉えている.焼鈍誘起硬化は,析出物の核生成による時効硬化を含む相変態による硬化とは区別して考えなければならない.

3.2 超微細結晶粒CoCrFeNi高エントロピー合金

強塑性変形によって加工されたバルクナノ結晶金属のその場加熱実験では,連続的な組織の回復と再結晶挙動が観察される.その場加熱測定のもう1つの例として,f.c.c. 単相のほぼ等原子量の組成を有する24Cr-26Cr-25Fe-25Ni 高エントロピー合金 をAM 造形後[68]にHPTによる強塑性変形を加えナノ結晶を製造した後[69]に,中性子回折を用いて測定した[46].6 GPa下での8回転以上のHPT後の超微細粒高エントロピー合金は,平均粒径50-60 nmの微細粒を均質に分布したナノ構造を備えている.

3つの検出器バンク1-3の温度と時間による中性子回折コンターマップをFig. 6 に示す[46].しばらくの実験の中断がこの合金の中性子回折ピークに反映してしまったが,この合金の熱回復挙動を決定するのに十分なデータは得られた.特異な散乱角度で配向した異なる検出器バンクにより,明瞭な逆空間プローブが得られた.加熱中に起こる顕著な集合組織の発達を除いて,超微細粒CoCrFeNi高エントロピー合金は,f.c.c.単相構造の維持,微細構造が起因する増大した回折ピーク幅の熱回復による明らかな減少,加熱と冷却による熱膨張と熱収縮を表すピークのシフトなど,316L ステンレス鋼と同様の一連の微細構造の変化を示した.加熱-冷却サイクルの後,高エントロピー合金のf.c.c.単位格子の格子定数 $ a $0 = 3.57 Åが推定され,以下の解析に使用された.

Fig. 6 Contour plots showing variation in neutron diffraction patterns from three detector banks 1-3 with time and temperature for the AM CoCrFeNi HEA after HPT for 15 turns [46].(online color)

AM造形に続いてHPT加工 (AM-HPT) したCoCrFeNi合金の中性子回折データを,前節で316L鋼に適用したのと同じ方法で解析し,その結果をFig. 7 に上から,相対ピーク幅,相対線形格子膨張率,ビッカース硬さの温度による変化を示した.比較のため,造形後の AM 試料も調査し,その結果もプロットに示した.実際の数値は異なるが,Fig. 4, Fig. 5(a) および Fig. 7のプロットを比較すると, f.c.c.単相合金の316L 合金とCoCrFeNi高エントロピー合金の間で,一貫した回復と再結晶挙動,また加熱中の硬度変化が観察される.

Fig. 7 Evolution of relative peak width, relative lattice expansion, and Vickers microhardness changes upon heating for both the as-printed (AM) and HPT-processed CoCrFeNi HEA [46].

バルク体積における超微細粒高エントロピー合金の熱回復挙動の詳細な結果と見解は,以前の論文[46]に記載されている.本概説では,ナノ構造材料の微細構造回復挙動を大きな長さおよび体積スケールでよりよく理解するために,新しいその場加熱回折技術の応用の重要性を強調する.AM造形後のCoCrFeNi高エントロピー合金の微細組織は,AMレーザースポット径に関連した長さ50-55 µmの細長い相と,隣接するトラック間に観察される10 µm未満の等軸粒からなる二相組織であった[69].このナノ結晶微細構造を持たない造形直後の試料は,目に見える構造回復挙動を示さず,1300 Kまで加熱しても低い硬度値が保持された.一方,HPT後の超微細粒316L ステンレス鋼に見られたように,その場加熱中性子回折測定を適用することにより,回復,再結晶,粒成長の遷移を含む連続的な組織回復挙動を捉えることに成功した.このように,873 K までの加熱による微小歪みの緩和は,ナノ構造高エントロピー合金の組織回復と再結晶の段階を経て,最高値のHV = 643まで硬度を上昇させた.同様の硬度上昇は,鋳造CoCrFeNiMn 高エントロピー合金を723 Kまで[70,71],および鋳造Al0.3 CoCrFeNi 高エントロピー合金を773 K まで[72],HPT後の焼鈍を通して観察されたが,これはナノスケールの析出物の形成の結果であり,焼鈍誘起硬化[67]とは区別する必要がある.要約すると,新しいその場加熱中性子回折法は,バルクナノ結晶材料の微細構造と物性の関係を理解するのに有効で実用的である.これにより,ナノ構造材料を作成するためのロードマップが整えられ,機械的特性を向上させるだけでなく,不均一性ナノ構造に基づく機能特性を大幅に変化させる新しい領域が確立される.同じ報告にあるCoCrFeNi高エントロピー合金で最近観察された反磁性の挙動などがその例である[73].

4. 高エネルギー放射光による拡散結合ナノ結晶金属の位置・歪み依存相転移マッピング

最近のHPT技術[1]の応用における成功例の1つとして,AlやMgのような単純な金属板を室温で同時にHPT加工することで,固体状態で機械的に接合できるだけでなく,バルク準安定ナノ結晶合金が合成できることが挙げられる[74-76].しかし,HPT下では,平均30-40 nmの真のナノスケールの結晶粒構造と多形相変態,および組成の不均一性が,位置に依存した不均一なナノ構造の進化を観察することを依然として困難にしている.実際には,コンピュータ・シミュレーションとイメージング技術により,異種金属板上のHPT下での微細構造の進化を可視化することができる[77]が,式 (1) で示される試料内の位置rに応じて変化するせん断歪みの負荷に起因する組成遷移の定量的情報は,現在利用可能な実験室規模での測定技術では明確にすることは難しい.

そこで,バルク金属研究のための高度なツールとして,高エネルギー放射光X線回折[14]を用いて,不均一に相変態したナノ結晶Al-Mg準安定合金の組織と構造マッピングの測定を考案した[31].この材料は,AlとMgの別々の板をAl/Mg/Alの順に積層し,6 GPa未満の圧力下でHPTを100回転行うことによって作製された.放射光X線実験は,SPring-8のビームラインBL02B1で行われた.高エネルギーX線のマイクロビームを用いて,0.2 × 0.3 mm2 の局所領域で一連の測定を行った結果,試料体積全体にわたって多数の異なる回折ピークプロファイルが得られた.試料の配置図および試料表面の測定位置の概略図をFig. 8(a)に示す.試料体積全体にマッピングされた高エネルギーX線回折 (HEXD)パターンは,HPT結合されたAl-Mgナノ結晶合金内の微細構造,組成,相の漸進的かつ顕著な変化を捉えることができる (Fig. 8(b)).各HEXDパターンは,散乱ベクトル$ |\overrightarrow{Q}| $に沿った方位角ηにおけるデバイ-シェラー回折図を示す.HPT加工されたディスク状試料の半径の中間で撮影されたHEXDパターンは,f.c.c. Alに富む相と六方最密充填(h.c.p.) Mgに富む相が混在している例を示しており,このような特有の方位強度分布図は,複雑な優先結晶方位を持つ超微細結晶粒の形成を示している.装置収差によるブロードニングを前処理した後に観測された回折線の$ |\overrightarrow{Q}| $に沿ったブロードニングは,化学組成の勾配だけでなく,結晶粒の微細化によるブロードニングを示唆している[74].

Fig. 8 (a) Schematic sample setup and the HEXD measurement locations, (b) position-dependent structure map constructed by a series of the HEXD profile with an enlarged representative diffractogram, and (c) strain/position sensitive HEXD patterns at lower $ |\overrightarrow{Q}| $(upper row) and diffractograms for a primary f.c.c. phase at higher $ |\overrightarrow{Q}| $(lower row) across the disk radius of an HPT-bonded nanocrystalline Al-Mg alloy [31]. (online color)

Fig. 1(a) に示されているように,HPT試料の放射状対称な微細構造の発達を考慮すると,任意に選択されたHPTディスク半径に沿って,小さい$ |\overrightarrow{Q}| $での歪み/位置に敏感なHEXDパターン (上段)と,大きい$ |\overrightarrow{Q}| $での主要なf.c.c.相の回折図(下段)をFig. 8(c)に示す.より大きい$ |\overrightarrow{Q}| $での回折ピークは,低域のピークよりも位相のピーク幅を強調することができる.HEXDパターンは,r ≈ 3 mmまでf.c.c.相とh.c.p.相が共存していることを示している.r >3 mmのディスク状試料の円周付近では,f.c.c.構造のみの相が観察され,高い組成勾配を持つナノスケールの結晶粒が含まれることが観測された.

測定位置と式(1)で表されるHPT誘起せん断歪みγを関連付けることで,著しい相変態を伴う強塑性変形したナノ結晶Al-Mg合金の加工-微細構造の関係を評価することができる.具体的には,HEXD回折像の組成ブロードニングをHPTディスク直径にわたって定量的に解析し,その結果はFig. 9に示されるようにディスク中心からの距離(HPT中に課されるせん断歪みに比例する[31].)に対してf.c.c.相とh.c.p.相の相分率としてプロットされた.この結果は,HPTによって誘起されたAl/Mgの機械的結合が,位置依存的な累積せん断歪みによって,γ = 2500 まで異なる程度の相変態によるf.c.c.相とh.c.p.相が分離した状態から,最終的にはγ = 3000から4000の範囲でAl中のMg含有量が14-15 at%の過飽和固溶体f.c.c.相に至ることを示している.この研究は,高エネルギー放射光X線回折を用いた特性評価技術が,不均質にナノ構造化した金属材料における漸進的な微細構造の変化や相変態を可視化できる優れた可能性を示している.なお,HPT加工試料において位置に依存した高エネルギー放射光X線測定は,Fe-Mn-C-Al TWIP鋼の1回転後のディスク直径に沿って行ったものが初めてであり,さらに中性子回折によってHPTターン数を6 GPaで5回転まで増加させた場合の相変態も評価された[33].

Fig. 9 Phase fractions of the f.c.c. and h.c.p. phases observed by the HEXD experiments evaluated along the disk diameter of the HPT-bonded Al-Mg alloy [31].(online color)

5. その場レーザー走査型共焦点顕微鏡観察によるマクロスケールの加熱微細構造変化

前述された新しい回折技術に加えて,光学顕微鏡と電子顕微鏡は,金属学および材料科学の研究に不可欠かつ補完的な技術として機能してきた.実際に,今日まで様々な顕微鏡技術が,ナノ結晶材料研究の進展に貢献してきた[2-5].ナノ結晶材料中の様々な平面欠陥を調べるためには,より高分解能で分析する能力が不可欠である.したがって,調査対象(粒径,形態,粒界,双晶,転位,集合組織など)だけでなく,特定の条件下(温度,圧力,応力,腐食など)における調査対象の時間依存的な変化も考慮して,適切な顕微鏡技術を選択しなければならない.HPT加工されたバルクナノ結晶金属のその場加熱観察(セクション3)と不均質な構造進化および相変態(セクション4)との相関性を考慮し,本セクションでは,不均質な微細構造変化をマイクロン領域でその場観察を可能にする,加熱設備とともに使用されるレーザー走査型共焦点顕微鏡(LSCM)の新しい顕微鏡技術について述べる.

LSCMはレーザーを光源とし,ピンホール技術を応用することで,熱放射の影響を受けずに高温で高分解能の観測が可能である.しかし,表面での目視観察に関しては,バルクからの信号を使用する他の技術とは異なり,ある事象の表面観察がバルクの挙動を代表するものであることを確認するための技術力が必要である[78].例えば,高エントロピー試料の表面の酸化を避けることは不可欠であり,誤った実験結果を得ないためには追加の保護環境が必要である.とはいえ,高温では酸化が起こる可能性があるが,LSCMは基盤となる相構造に敏感であり,依然として微細構造と相進化の異なる領域を決定するのに適している.

加熱装置を用いたLSCMにより,HPT後のナノ結晶5元素CoCrFeNiMn 高エントロピー合金の熱挙動のその場観測を行った.高温LSCMは,凝固形態,相変態,組織緩和,析出などの観察,およびそのメカニズムやカイネティクスの検討に広く用いられている.共焦点光学系と赤外線加熱装置の概略図と原理,および金属材料に関する先行研究の例がレポートされている[79,80].直径10 mm,厚さ0.7 mmのHPT加工されたナノ結晶CoCrFeNiMn 高エントロピー合金ディスクを垂直に切断し,鏡面研磨して,垂直断面のディスク端に近い微細構造を調べた.高温LSCM(モデルVL2000DX-SVF18SP)を用いて,373 Kから923 Kまで10 K/min で加熱し,その後急冷ガスで急冷する間に観察を行った.

CoCrFeNiMn 高エントロピー合金は,頻繁に研究されているf.c.c単相の高エントロピー合金の1つであり,HPT加工後の4元素CoCrFeNi 高エントロピー合金[81]とほぼ同様のナノ結晶組織と硬度を有する.平均粒径 40-50 nm の臨界に達したナノスケール結晶粒がCoCrFeNiMn 高エントロピー合金で観察され[52,70,82],723 K で 1-10 h 等温保持すると相変態が観察された[70,71,83].一方,そのような相変態は,Fig. 646]に示すように,4 元素 CoCrFeNi 合金では 1000 K[84]および 1300 K まで観察されていない.

Fig. 10は,HPT加工したCoCrFeNiMn 高エントロピー合金の同じディスク先端領域において,任意に選択した温度で撮影された一連のLSCM顕微鏡写真である.373-580 Kでは,この測定スケールでは大規模な組織変化は観察されず,全体的な微細組織は均質である一方,580 K以上では,ディスク中間部を除き,ディスク状試験片の上下表面から150-200 μmの領域に,せん断方向に沿った多相で細長い微細組織が発達した.このディスク上面およびディスク下面近傍に発達した多相領域は,隣接する相間のコントラスト差により,観察において明確に認識された.680 K以上900 K以下では,ディスク中間部も多相構造をとるように見えるが,多相の形態はディスク表面領域で見られるようなせん断パターンに沿った細長いものではなく,中間部ではむしろ等軸に表れている.この違いは,793.2 Kでこの2つの領域の境界(点線で示す)付近を撮影した高倍率顕微鏡写真ではっきりと確認することができる.900 K以上の温度では,全体的に多相構造は均質で適度に粗い等軸相の形態を示し,その構造は急冷後も室温まで維持された.

Fig. 10 A series of LSCM micrographs taken at a disk edge region of the HPT-processed CoCrFeNiMn HEA at arbitrarily selected temperatures between 373 K and 923 K. A dot line in a micrograph taken at 793.2 K denotes a border separating the regions with different phase morphology.

高温LSCMによって得られたこの実験結果は,加熱に伴うナノ構造高エントロピー合金ディスク内の不均一な微細構造変化を初めて示した.これは,不均一な歪みを生じさせるHPTの性質が,ディスク外周部だけでなく高さ(厚さ)に沿って出現し[85],ディスク表面に近い領域と中間部との間で微細構造の不均一性が生じること[12]とよく一致している.加熱に伴うナノ構造高エントロピー合金の多相構造の階層的形成は,報告されている723 Kの相変態温度が要因となるCoCrFeNiMn 高エントロピー合金の硬度のピーク[70,71,83]が,ディスク試料の中間領域内で測定された可能性を示唆している.

本研究で適用した倍率は,ナノスケールの結晶粒や相の大きさを解像する上で実用的ではないが,試料内の広い面積にわたる加熱に伴う不均質な微細構造の進化の可視化は,バルクのナノ構造および不均一性ナノ構造の金属の熱安定性を理解する上で大きく貢献できる.この利点に加えて,この手法を他の実験手法で補完することで,調査の工程を効率化することができる.高温LSCMは,金属材料の相変態を特定するためのその場加熱中性子回折分析の結果をサポートするために利用されてきました[15,86,87]が,TEM,アトムプローブトモグラフィー,ナノインデンテーションなどのような時間のかかる技術を採用する前の予備段階として利用することも有効である.

6. まとめと結論

この概要論文は,強塑性変形,特にHPTによって加工されたバルクナノ構造金属の特性評価に補完的に利用できる,新しい回折および顕微鏡技術を活用した最近のいくつかの例を解説することを目的としている.実際に,説明した技術と分析方法から,以下の知見と結論が導かれる.

  • (1)   HPT後のナノ構造化した316L ステンレス鋼とCoCrFeNi 高エントロピー合金の組織緩和を調べるために,その場加熱中性子回折試験を実施した.逐次的な組織回復の特徴は,ナノ結晶金属の微細に変化する組織と特性の関係をよりよく理解するために,機械的試験結果と組み合わせると有効である.
  • (2)   放射光高エネルギーX線のマイクロビームにより,HPT結合されたAl-Mgナノ結晶合金の試料体積にわたる局所的な微細構造測定が可能となった.試料の局所的なHEXDピークをマッピングすることで,負荷歪みの違いにより詳細な組成変化を示すことができ,ナノ結晶および異種構造金属の加工と微細構造の関係を理解することができる.
  • (3)   高温レーザー走査型共焦点顕微鏡 (LSCM)により,HPT後のCoCrFeNiMn 高エントロピー合金のその場加熱顕微鏡観察を行った.温度を変化させながら観察することで,バルクナノ構造試料内の場所に依存する階層的な相変態を可視化することができた.この特性評価法は,その場および現場外を問わず,より詳細なナノスケールでの微細構造観察および機械的試験を行う前の優れた予備的特性評価技術として有望である.

本研究成果の一部は,米国国立科学財団の助成番号CMMI-2051205(M.K.)の支援を受けて得られたものである.2019年度茨城県中性子ビームラインBL20海外学術利用促進課題プログラム(課題番号2019PM2014)においてiMATERIAの利用を許可していただいた茨城県およびJ-PARC施設に深く感謝します.課題番号2018B1219に基づき,SPring-8のビームラインBL02B1のビームタイムおよびその他の支援を受けました(公財)高輝度光科学研究センターに謝意を表します.また,高温顕微鏡研究所の施設利用を許可して頂いた豪州ウーロンゴン大学に謝意を表します.

文献
 
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