Journal of the Japan Institute of Metals and Materials
Online ISSN : 1880-6880
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ISSN-L : 0021-4876
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Formation of Isothermal α”iso Phase and Transition to α Phase in Ti–10Mo–7Al Alloy
Yoshito TakemotoKohei NojimaKoki MoritaYusaku TojimaYuki SuzukiJinta ArakawaIchiro Shimizu
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2025 Volume 89 Issue 11 Pages 344-353

Details
Abstract

The aging behavior and microstructural changes of Ti–10Mo–7Al alloy at 250°C were investigated. The α”Mq phase generated by quenching and the α”Md phase induced by deformation underwent β-reverse transformation during short aging at 250°C. However, continued aging at 250°C led to the formation of α”iso within 3 min. When a U-shaped bent specimen was aged at 250°C, shape recovery occurred, followed by shape change in the bending direction. Additionally, large undulations appeared even on the undeformed, mirror-finished specimen surface after aging at 250°C. These phenomena indicate that the β reverse transformation at 250°C is metastable and temporary. In the material aged at 250°C for 19.4 Ms, single-crystal regions several hundred microns in size formed, consisting of a single α”iso variant. The formation of this microstructure suggests that compositional distribution of solute atoms is unnecessary for α”iso formation in this alloy. After additional aging at 600°C, the α”iso single-crystal region transformed into a lamellar structure of a single α variant and β phase with a Burgers orientation relationship, indicating the onset of molybdenum compositional distribution. The elongation direction of the lamella coincided with the lattice invariant line direction of the α and β phases, satisfying the Burgers orientation relationship.

1. 緒言

Ti–10Mo–7Al合金は,高温β(bcc)相域から溶体化処理および焼入れ(STQ)を行うことで,大部分がβ相として残留し,粒界付近にわずかにα”Mqマルテンサイトが生成される組織を呈する.このSTQ材を室温で変形させると,β相から加工誘起マルテンサイトであるα”Mdが生成され,良好な加工硬化特性を示した後,すべり変形に起因した二段降伏挙動が観察される.類似した組織および機械的特性は,Ti–4Fe–7Al,Ti–15V–7Al,Ti–25Nb–7Al,さらには市販のTi–10V–2Fe–3Al合金などでも報告されている.

さらに,STQ材に数パーセントの塑性変形を与えた後,250℃付近に加熱すると,α”M → β逆変態が生じ,形状回復,すなわち形状記憶効果を示すことが知られている[15].一方で,STQ材を450℃付近で急速に焼き戻すと,一時的にβ → α”M変態が生じることも報告されている[6].この現象の主因としては,急速加熱により発生する熱応力の影響が挙げられる.しかしながら,熱応力が加わる条件であっても,250℃のような低温ではα”Mは生成されず,β単相組織となる.このように,高温安定相であるβ相が低温でも安定化する理由については,未だ明らかにされていない.また,250℃で観察されるα”→β逆変態や,450℃でのβ→α”M変態は,短時間の熱処理で構造的な可逆性が認められることから,原子拡散を伴わない非熱的(アサーマル)変態であると考えられる.ただし,450℃で一旦生成されたα”Mは,そのまま約3 min保持すると消滅し,代わってα”iso相の析出が進行し,顕著な硬化が生じる.

α”isoは,α”Mと同じ結晶構造(Cmcm)を有するが,熱活性化過程により生成されることからこの名称で呼ばれている[7].α”Mと比較して,α”isoは極めて微細な針状組織であり,透過電子顕微鏡(TEM)を用いなければ観察できないナノスケールの構造を呈する[8].このα”iso相も,α”Mと同様にβ相とBurgersの方位関係を有し,6種類のバリアント(兄弟晶)が存在する[9].特に注目すべきは,450℃付近での時効処理中にβ母相にひずみが存在すると,そのひずみに応じて特定のα”isoバリアントが優先的に成長し,変態ひずみが顕在化する点である.これにより,巨視的な形状変化(逆形状記憶効果)や表面起伏が発現する.

α”iso相に関する研究は2013年頃から報告されているが,その生成機構には依然として不明な点が多く,原子拡散を伴う変態か,無拡散で進行するかについても未解決のままである.さらに,焼入れ材においてもα”isoに類似した構造が確認されており,これらはO'相[10]やナノドメイン[11,12]などと呼ばれ,α”変態の多様性と複雑さを物語っている.

本研究では,Ti–10Mo–7Al合金を対象に,250℃付近での長時間時効挙動を詳細に検討し,α”iso相およびα相の析出挙動とその形成機構を明らかにすることを目的とする.

2. 実験方法

実験にはTi–10.11 mass%Mo–7.03 mass%Al–0.086 mass%O合金(以後10MoAと略称する)を用いた.合金の作製には非消耗型タングステンアーク溶解により,600 gのインゴットを作製し,均一化のため表裏計5回の溶解を行った.インゴットは900-800℃にて5回の熱間圧延を行い,約473×85×3 mm3の板材に仕上げた.比較材[13]としてTi–8.00 mass%Mo–0.079 mass%O合金(以後8Moと略称する)も使用した.溶体化焼入れ(STQ)は約1 mm 厚さの小片を機械研磨および脱脂後,真空中(<1.3×10−4 Pa)1050℃で1.8 ks の溶体化処理後,氷水中にて焼入れを行った.250℃での長時間時効処理にはパーカー熱処理工業㈱製のAS140G塩浴を用い,19.4 Ms(224日)までの時効処理を行った.その後,600℃での時効には真空炉(<1.3×10−4 Pa)を用い,43.2 ks(12 h)までの時効を行った.U字曲げ材の250℃時効に伴う形状変化については,圧延材の圧延方向(RD)に長手方向を有する36×2×0.8 mm3のストリップを切り出し,STQ処理後研磨により36×2×0.2 mm3の試験片を作製した.U字曲げは室温にて直径8 mmφの丸棒を用いて+180°の曲げ変形を与えた.試験片は治具に取り付けられ,250℃の塩浴で600 sまでの累積時効を行い,室温にてその都度形状観察を行った.

走査型電子顕微鏡および後方散乱電子回折(SEM–EBSD)観察には,日本電子㈱製JSM–7001Fおよび㈱TSLソリューションズ製DigiViewIIIを用いた.エックス線回折(XRD)測定には㈱リガク製SmartLabを用い,バルク結晶の配向性の影響を低減させるため試料回転ステージを使用した.エックス線は50 kV–250 mAでCuKα線を発生させ,室温にて2θ= 30°~90°の測定を行った.硬さ試験には約8×5×1 mm3の試験片を作製し,㈱明石製作所製のVickers硬度計を用い,荷重 2.94 Nで9点測定し,最大値と最小値を除いた7点の平均値を採用した.透過型電子顕微鏡(TEM)観察用の試料作製には,日本電子㈱製のJIB–4500集束イオンビ–ム(FIB)を使用し,加速電圧30 kVで加速させたGa+イオンビ–ムを用いた.なお,予めSEM–EBSDで方位解析を行い,所望の観察方位をもつようにサンプリング(約10×10 μm2)を行った.TEM観察には日本電子㈱製 JEM–2100Fを用いて明視野(BF)像,暗視野(DF)像,制限視野電子線回折(SAED)像,走査型透過電子顕微鏡(STEM)による高角度環状暗視野(HAADF)像観察,および日本電子㈱製JED–2300Tエネルギー分散型分光(STEM–EDS)分析を行った.なお,SEMおよびTEM観察はすべて室温にて行われ,SAED像の解析にはY. Seto作成のReciPro(Ver. 4.829)を使用した[14].

3. 実験結果および考察

3.1  時効挙動

Fig. 1は時効処理に伴うXRD測定結果を示す.STQ材はβ+α”Mq組織を有し,各相の格子定数は,β相;$ \boldsymbol a $β=0.325 nm,α”Mq相;$ \boldsymbol a $α”=0.305 nm,bα”=0.485 nm,cα”=0.465 nmであった.250℃–5 s時効材では,α”Mqがβ逆変態し,ほぼβ単相になったが,110βのピークわずかに低角側へシフトした.一方,250℃–180 s時効材では回折ピークが著しくブロード化し,明確な格子定数を求めることはできなかったが,およそα”相とβ相から構成され,微細なα”isoが大量に生成したためブロードピークを呈したと考えられる.さらに時効が進行するとピーク幅は徐々に減少し,α”isoが成長していることが示唆された.19.4 Ms時効材では,2θ=39.5°付近のピークが非対称になっており,これは002α”または0002αおよび110βの重なりによると考えられる.ただし,高角度域までにα相特有の明瞭なピークは確認されなかったことから,この段階でα相の析出は起こっていないと判断される.一方,600℃–1.8 ksの追加時効を行うと,α相のピークが現れ,時効の進行に伴い明瞭なα+βのピークプロファイルへと変化した.600℃–18 ks時効材における各相の格子定数は,β相;$ \boldsymbol a $β=0.324 nm,α相;$ \boldsymbol a $α=0.292 nm,cα=0.465 nmであった.STQ材と比較してβ相の$ \boldsymbol a $βが小さくなっていることから,α相の析出によりβ相中のMo濃度が高まっていることが示唆される[15].なお,STQ材および時効材を通じて,ω相に由来する回折ピークは観察されなかった.

Fig. 1 XRD profile changes associated with the aging of the Ti–10Mo–7Al alloy at 250°C for up to 19.4 Ms (224 days), followed by subsequent aging at 600°C.

Fig. 2は10MoA合金の時効硬化曲線を示す.STQ材のビッカース硬さは約275 Hvであった.250℃での時効処理では,180 sまでは硬さに大きな変化は見られなかったが,その後は単調に硬化が進行し,19.4 Msで約375 Hvに達した.先行研究[8]において,10MoA合金は450℃で最大約450 Hvまで硬化することが報告されているが,250℃で同等の硬さに到達するには非常に長い時効時間が必要となる.そこで,時効を加速させる目的で,250℃での時効後に600℃での追加時効を実施した.その結果,600℃–7.2 ksで最大約415 Hvに達した後,硬さは徐々に低下した.XRDの結果より250℃時効における硬化の原因はα”isoの生成によるものであるが,600℃での追加時効により,α相が析出することで硬化が進み,最大値に達した後,組織の粗大化によって軟化に転じたと推察される.

Fig. 2 Age-hardening curve of the Ti–10Mo–7Al alloy at 250°C for up to 19.4 Ms (224 days), and subsequent hardness changes during aging at 600°C.

Fig. 3に,同一試験片に対して各熱処理後に観察された表面状態を示す.Fig. 3(a)はSTQ材を鏡面仕上げした初期表面であり,Fig. 3(b)およびFig. 3(c)は,それぞれ250℃で5 sおよび180 s時効処理を施した後の表面状態を示している.Fig. 3(b)およびFig. 3(c)は,熱処理後のままの状態で撮影しており,研磨などの表面処理は行っていない.5 s時効材では顕著な変化は確認されなかったが,180 s時効材では明瞭な表面の起伏が観察された.

Fig. 3 Surface changes of (a) solution-treated and quenched (STQ) Ti–10Mo–7Al alloy, and (b), (c) the same specimen aged at 250°C for (b) 5 s and (c) 180 s.

Fig. 4は,U字曲げ材における250℃時効に伴う試験片の形状変化を示す.STQ材の結晶粒径は約600 μmであり,試験片の板厚(0.2 mm)方向には,おおよそ1つの結晶粒で構成されていると考えられる.Fig. 4(a)は,U字曲げ加工後の試験片形状を示しており,8 mmφの丸棒に巻き付けることで,加工誘起α”Mdマルテンサイトの生成[1]により,最大ひずみ約εmax= 2.4%が付与された.丸棒から試験片を取り外すと,約0.8%の弾性回復が生じ,写真は約1.6%のひずみが残留した状態である.この試験片を250℃の塩浴に浸すと,α”Md→β逆変態により速やかに直線状に形状回復し,Fig. 4(b)はその5 s保持後の形状を示している.そのまま250℃で時効を継続すると,徐々にU字曲げ方向への曲がりが進行し,逆形状記憶効果が観察された.このような現象は,これまで450℃付近の時効処理において確認されていたが[8],今回の結果により,β逆変態が起こる250℃においても,時間経過とともに逆形状記憶効果が発現することが初めて確認された.なお,高温で逆形状記憶効果が発現した試験片は,冷却過程においても曲げ方向への変形が進展することが知られている[1].したがって,Fig. 4に示す試験片形状は,加熱時の逆形状記憶効果に加え,冷却時の形状進展をも含んだ結果として解釈する必要がある.

Fig. 4 Shape change of a U-shaped specimen during cumulative aging at 250°C. Shape recovery occurs, followed by a reverse shape memory effect.

3.2  α”iso変態

Fig. 5は約5×5×1 mm3の小片を用いて,250℃で19.4 Msの累積時効を行った試験片のSEM–EBSD解析結果を示す.Fig. 5(a)はβ相の逆極点図(IPF)マップ,Fig. 5(b)はα”相(α”iso)のIPFマップであり,いずれも試料面に垂直な方向(ND)における方位分布を示している.各相の解析には,STQ材のXRD測定から得られた格子定数を用いた結晶データを採用した.また,Fig. 5(c)は同一領域のイメージクオリティ(IQ)マップを示す.Fig. 5(a)では,各β結晶粒がほぼ単色で描かれており,各粒内で一定の方位を示していることがわかる.一方,Fig. 5(b)のα”iso相では,単色領域が多く見られるものの,一部には複数の色が混在する領域も確認され,同一結晶粒内に複数のバリアントが共存していることが示唆される.過去の研究では,10MoA合金[8]やTi–xNb–7Al合金[16]において,450℃で時効処理を行うと,数百ナノメートルサイズの針状α”isoが形成されることが報告されている.しかし,Fig. 5(b)に示されるα”isoの形態は,それらとは大きく異なっている.この違いは,観察倍率や観察方位の影響による可能性もあるが,通常6種類のα”isoバリアントが生成される試料をEBSD測定すると,IPFマップ上には「砂嵐」のような乱れた像しか得られないことが多い.また,α”isoは,焼入れにより形成される粗大なレンズ状のα”Mq13]とは異なり,非常に微細でまだら(mottle)状の組織を形成している.Fig. 5(b)のIPFマップを観察すると,α”isoの形態は大きく3つに分類できる.すなわち,完全に単色で構成される領域A,β相(黒色領域)が混在する領域B,そして複数のバリアントが共存している領域Cである.さらにFig. 5(c)のIQマップと比較すると,IQ値が高い(白い)領域は,主にAのような単一バリアントからなるα”isoの領域であることがわかる.これは,単一バリアントでは明瞭なEBSDパターンが得られるのに対し,複数バリアントやβ相との混在領域では,パターンの干渉によってIQ値が低下するためである.一方で,領域Aのように見える部分であっても,実際には2種類のα”isoバリアントから構成されている可能性がある.たとえばFig. 5(b)の中央にある緑色の結晶粒は,ND方向が$ \boldsymbol a $α”軸に近い方位を示しているが,この$ \boldsymbol a $α”軸を共通としつつ,bα”軸とcα”軸が入れ替わった2種類のバリアントが共存している可能性がある.このようなバリアントの存在を検討するため,中央の結晶粒について,データセットの回転操作を段階的に行った結果をFig. 6に示す.

Fig. 5 (a) IPF (ND) map of the β-phase, (b) IPF (ND) map of the α”-phase, and (c) IQ map for a sample aged at 250°C for 19.4 Ms. A broad region consisting of a single α”iso variant is observed in each β-grain.(online color)
Fig. 6 Changes in the IPF map and PF as the dataset is rotated stepwise relative to the crystal located at the center of Fig. 5. (a) Before rotation; (b) after rotation in the direction of the red arrow shown in (a); (c) after rotation in the direction of the red arrow shown in (b); (d) after rotation in the direction of the red arrow shown in (c).(online color)

Fig. 6(a)はデータ回転前のβ相とα”isoのIPFマップ(ND)で,Fig. 5の(a),(b)と同じものである.また,対応するβ相とα”isoの極点図(PF)も示す.Fig. 6(b)はFig. 6(a)のPFに示されている,赤矢印方向にデータ回転した結果であり,β相の<001>βおよびα”isoの[100]α”が正面を向いた状態になっている.Fig. 6(c)はFig. 6(b)に示した赤矢印方向に回転後の結果で,β相では<001>β軸周り,α”isoでは[100]α”軸周りに45°右回転したものであるため,IPF(ND)には変化は見られない.Fig. 6(d)はFig. 6(c)に示した赤矢印方向に回転後の結果で,水平軸周りに90°回転したものになる.この回転により正面方向はβ相の<110>βとなるため,カラーキーでは緑色に変換されるが,α”isoでは赤色と青色の2つの領域に分かれることになった.

Fig. 7Fig. 6(d)までのデータ回転後の結果を示す.Fig. 7(a)はβ相とα”isoのIPF(ND)およびIQをブレンドしたマップを示す.点在する緑色の箇所はβ相で,α”isoは主に上部の青色領域と中央の赤色領域である.α”iso$ \boldsymbol a $軸を示す[100]PFを見ると,$ \boldsymbol a $軸は北(南)極にのみに存在しているが,b軸を示す[010]PFを見る,b軸は赤道上の正面方向と水平方向の2か所に存在していることがわかる.これは上述した$ \boldsymbol a $軸を共有した2種類のα”isoバリアントが存在していることを意味している.一方c軸を示す[001]PFでも,正面方向と水平方向にc軸の分布が観察された.Y. W. Chaiらのα”バリアント表記法[9]に従って,青色領域をα”CV5$ \boldsymbol a $=[001] βb=[110] βc=[110] β)とすれば,赤色領域はα”CV6$ \boldsymbol a $=[001βb=[110] βc=[110] β)となる.つまり青色と赤色領域は$ \boldsymbol a $軸を共通としてb軸とc軸が入れ替わったα”isoバリアントである.

Fig. 7 Results of EBSD analysis after the data rotation shown in Fig. 6. (a) IPF (β, α”) and IQ blend map; (b) pole figures (PF) of the β and α” phases. The grain contains two α” variants (α”CV5 and α”CV6) that share the same $ \boldsymbol a $-axis.(online color)

Fig. 5(b)の領域Aは,データ回転後も単一なα”CV6であることがわかったが,この程度の倍率でα”CV6単結晶かどうかを判断することは危険である.そこでFIBを用いて領域AからTEM試料のサンプリングを試みた.具体的にはFig. 6(a)より,データ回転する前のNDは[100]α”に近いことがわかる.したがって,領域Aから(010)α”,(001)α”,($ 0 \bar{1} \bar{1} $α”が観察面となる3枚のTEM試料を作製し,広角度範囲にわたるSAED像観察を行った結果をFig. 8に示す.SAED像の解析にはSTQ材におけるβ相とα”相の結晶データを用い,β相とBurgersの格子対応関係[17]を満たす6種類のα”バリアントを色分けして表し,ステレオ投影に示す13方位からのSAED図形を解析した.なおFig. 8中の指数はすべてα”指数での表記である.特に100α”晶帯上の(010)α”,(011α”,(001α”,($ 0 \bar{1} \bar{1} $α”のSAEDを用いると,6種類のα”バリアント固有の反射が現れることから,バリアントの種類(CV1-CV6)が決定できる.挿入図は計算回折像(左図)と,実際に取得したSAED像(右図)を示す.(010)α”ではCV5の反射が見られず,(011α”ではCV1とCV2の反射が不在,($ 0 \bar{1} \bar{1} $α”にはCV3とCV4が不在であるが,(001α”では回折ベクトルg= [110]α”にCV6固有の反射が確認された.この(110)α”反射の結晶構造因子Fの2乗(|F|2)は,他の反射,たとえば(020)α”や(200)α”と比べて十分の一以下であるため回折強度は弱い.さらに他の9方位についても解析を行った結果,すべてのSAED像がほぼα”CV6の回折パターンで説明できることがわかった.ただし,Fig. 5(b)のIPFでも見られるように,領域Aといえどもβ相が点在しているところもあることから,わずかではあるがβ相や別のα”isoバリアントが含まれることは否定できない.また,(010)α”の回折図形には,g= [001]α”および[201]α”付近にかすかな反射が見られるが,これはβ相でもα”相でも説明つかないものであった.

Fig. 8 SAED patterns from various directions taken from region “A” in Fig. 5(b), along with their calculated images, color-coded for the six α” variants that satisfy the Burgers correspondence. The presence or absence of intrinsic reflections of the α” variant indicates that region “A” is nearly a single crystal of α”CV6.(online color)

Fig. 9は(a)STQ材と(b)250℃–19.4 Ms時効材のSAEDとTEM–DF像を示す.どちらも観察方向は[110]βである.STQ材のSAEDにはβ相と,かすかに<112>β方向にストリークを引いたω相からの反射,およびg=$ \frac{1}{2} $<112>βにα”相の(110)α”反射が観察された.この反射は焼入れで形成されるマルテンサイト(α”Mq)によるものではなく,β母相と整合したO’相[10]と呼ばれるものであるが,ここではα”相として話を進める.(110)α”反射によるDF像では,100 nm以下の微細な針状生成物が,およそ[335]βと[223]βに伸長しており,それぞれが束になって交互に現れている.なお,Fig. 8でも示したように,(110)α”反射は1種類のα”バリアント固有の反射であることから,2方向の針状生成物は同一のα”バリアントで,伸長方向だけが異なるものである.さらに束の伸び方向(右上方向)は若干<110>βに近いが,低倍で観察すると湾曲や分岐のある風紋のような組織を呈する.10MoAだけでなくTi–15V–7Al合金のSTQ材でもこのような組織は観察されるが,現時点では成因も含めて全く不明な組織である.一方,Fig. 9(b)は250℃–19.4 Ms時効材でFig. 5の領域Aよりサンプリングしたものである.DF像はFig. 9(a)と同様に(110)α”反射を用いて取得したが,針状生成物のような特徴的な組織は見られなかった.ただし,領域Cのように複数のα”isoバリアントが含まれる領域では,Taharaらが観察したDF像[11]と類似のα”isoバリアント組織が観察できた.以上のことからFig. 5の領域Aは,ほぼCV6の単一α”isoバリアントで構成された領域であると考えられる.

Fig. 9 SAED patterns and TEM-DF images of (a) STQ-treated sample and (b) sample aged at 250°C for 19.4 Ms; DF images were obtained using the (110)α” reflection (circled). The TEM foil for (b) was taken from region “A” in Fig. 5. Beam direction // [110]β // [001]α”.(online color)

250℃での時効に伴う組織変化をまとめると,STQ材は初期状態ではβ+α”Mq組織を有している.時効の初期段階では,一時的にα”Mqからβへの逆変態が生じるが,その後わずか180 s程度で,β母相中にα”isoがまだら状(mottle)に生成され始める.このとき,試料が多結晶材であれば,個々の結晶粒が熱膨張することにより隣接粒から応力を受ける.その結果,特定のα”isoバリアントが選択的に生成・成長し,バリアントの単一化が進行すると考えられる.実際,Fig. 5(c)のIQマップや,Taharaら[11]の報告に見られるように,粒界近傍に高IQ値を示す領域が存在するのは,このような応力誘起による選択生成の影響と推察される.さらに,単一バリアントからなるα”iso領域が数百ミクロンにわたって形成されていることから,α”isoの形成には組成分配を必要としないことが示唆される.ただし,生成には一定の潜伏期間を要するため,熱活性的な過程であり,短距離拡散は関与していると考えられる.なお,α”isoの形成には,組成分配を伴うもの[10,18]と,伴わないもの[1,11]の両方が報告されている.

3.3  α”iso→α変態

250℃–19.4 Ms時効により形成された単一α”isoバリアント領域が,その後どのようにα相へと変態するのかを明らかにするため,600℃での追加時効を行った.Fig. 10は600℃–1.8 ks追加時効材の同一結晶粒についてEBSD測定を行い,Fig. 6の(a)→(d)までのデータ回転処理を行った結果を示す.α相とβ相の結晶データには,Fig. 1で示した600℃–18 ks時効材の格子定数を用いた.Fig. 10(a)はβ相とα相のIPF(ND)およびIQをブレンドしたマップで,Fig. 7(a)とよく似たマップではあるが,青色と赤色領域はα相領域であり,境界がより明瞭になっている.青色領域はα”CV5から派生したαCV51あるいはαCV52に変態した領域であり,赤色領域はα”CV6から派生したαCV61あるいはαCV62に変態したものである.なお,αCV61とαCV62などの違いはα相のc軸周りに±5.25°の回転関係にあるバリアントである.Fig. 10(b)はβ相とα相のPF像である.α相のPF中の$ \boldsymbol a $軸,b軸,c軸とは,α相をα”相と同一指標で比較するため,α相を斜方晶($ \boldsymbol a $α軸;$ \frac{1}{3} $$ 2 \bar{1} \bar{1} 0 $αbα軸;[0110]αcα軸;[0001]α)ユニットに変換した主軸である.[1120]α PFと[1010]α PFは,それぞれFig. 7の [100]α”PFと[010]α”PFに対応するものであるが,α相の方が多く位置に強度が分布していることがわかる.これはα”相の斜方晶よりα相のhcp構造の方が高い対称性をもつことに由来する.一方,[0001]αPFは [001]α”PFと同じ分布であることからαCV5とαCV6c軸が区別でき,それぞれの$ \boldsymbol a $軸とb軸はFig. 10中に示す強度位置に対応する.また,[1010]α PFの大円上の強度分布に約10°の広がりが見られるが,これは,αCV61とαCV62の回転関係(±5.25°)によるものである.ただし解析が複雑になるため,ここではαCV61とαCV62などの区別は行わず,まとめてαCV6として解析を進める.

Fig. 10 EBSD analysis of a specimen additionally aged at 600°C for 1.8 ks. The same dataset rotation as in Fig. 6 was applied. (a) IPF (β, α) and IQ blend maps; (b) PFs of the β phase and α phase. αCV61 and αCV62 are difficult to distinguish on the PF, so they are collectively denoted as αCV6.(online color)

600℃追加時効材の微細組織を観察するため,同様に領域AからTEM試料を作製した.観察面はFig. 9と対応するように,(0001)α // (110)βとした.Fig. 11には,(a) 600℃–1.8 ksおよび(b) 600℃–43.2 ks追加時効材におけるSAED像およびSTEM–HAADF像を示す.Fig. 10の結果から,領域AはαCV6バリアントの単結晶と考えられたが,実際にはラメラ状の組織が確認された.ラメラのスジ方向はおよそ<335>βから<223>β(方位差約3°)に沿っており,平均ラメラ間隔は,Fig. 11(a)では13 nm,Fig. 11(b)では33 nmまで成長していた.SAED像は,Burgersの方位関係({110}β // (0001)α,<111>β // <1120>α)に対応するα+β相の回折パターンを示した.また,形成されたα相は,αCV61およびαCV62のうち,いずれか一方のバリアントに限定されていた.仮に2種類のαバリアントが共存していれば,赤色の点線で示す正六角形パターンに加えて,約10.5°右回転したもう1つの六角形パターンが重なって観察されるはずであるが,そのような重畳は見られなかった.これらの結果から,Fig. 10(a)のブレンドマップでは赤一色に見えたためα単相と判断されていたが,実際には微細な層状のα+βラメラ組織であることが明らかとなった.

Fig. 11 SAED patterns and STEM–HAADF images of (a) a sample additionally aged at 600°C for 1.8 ks and (b) a sample aged at 600°C for 43.2 ks. TEM foils were taken from region “A” in Fig. 5. Beam direction // [110]β // [0001]α.(online color)

Fig. 12は600℃–43.2 ks追加時効材についてSTEM–EDS分析を行った結果を示す.Fig. 12(a)はSTEM–HAADF像で,Fig. 12(b)が対応するMoマップ.Fig. 12(c)はFig. 12(a)で示されている赤色枠内で,矢印方向に線分析した結果を示す.HAADF像において明るく観察される層ではβ安定化元素であるMoの濃度が高く,体積分率が低いことからβ相に対応すると考えられる.一方,暗い層はMoが希薄でα安定化元素であるAlおよびTiが濃化していることから,α相であると判断される.これらの結果から,600℃での追加時効処理により,Moの組成分配を伴う相分離が初めて生じたことが明らかとなった.

Fig. 12 STEM-EDS analysis of the sample additionally aged at 600°C for 43.2 ks. (a) STEM-HAADF image; (b) EDS elemental map (Mo); (c) Line analysis corresponding to the arrow direction in (a).(online color)

ところでα”iso単結晶からのα変態は,8Mo合金の焼入れによって形成されるα”Mqマルテンサイトにおける,スピノーダル分解を伴う相分離現象[19,20]と類似した状況であると考えられる.Fig. 13は8Mo合金を1050℃から焼入れして得られた1つのα”Mq晶に対し,500℃時効処理に伴う組織変化を追跡した結果の一部を示している.観察方向はFig. 11と同様に電子線は[0001]α // [110]β方向に入射している.Fig. 13(a)は500℃–43.2 ks,Fig. 13(b)は500℃–518 ks時効材のSAED像およびSTEM–HAADF像を示す.図は省略するが,佐伯ら[20]の報告と同様に,500℃–1.2 ks時効材ではすでにα”Mq晶内に2方向のラメラ組織が出現し,その後の時効に伴い1方向に集約されるとともにラメラ間隔は増加した.Fig. 13(a)で観察されたラメラのスジ方向は[223]βおよび[223βで,幾分[223]βの方が優勢であったが,Fig. 13(b)では[223]βに近い[335]βだけの1方向ラメラ組織となった.なお,最終的に優勢となった[335]β方向のスジは,STQ材のα”Mq晶内で観察されたスジ(積層欠陥と推定されるが,詳細は未同定)と近い方向であることが確認された.

Fig. 13 SAED and STEM-HAADF images of α”M in the Ti–8Mo alloy aged at 500°C. (a) The sample aged for 43.2 ks shows lamellae in two directions, while (b) the sample aged for 518 ks shows a unidirectional lamellar microstructure similar to that in Fig. 11.(online color)

α+βラメラ組織におけるスジ方向(~<335>β)の成因を明らかにするため,α相とβ相の格子対応について検討[21]を行った.Fig. 14は,β相の(110)β面上の原子投影図と,α相の(0001)α面の原子投影図を,Burgersの方位関係(α相の原子投影図を左に5.25°回転)で重ね合わせた結果を示す.ここで用いたα相およびβ相の格子定数は,Fig. 1で示した600℃–18 ks時効材の格子定数を用いた.格子不変線の方向に多少の変動はあるものの,およそ<335>β方向と一致することが確認された.格子不変線の数値解析はFuruharaら[22]によっても行われており,同様に<335>βに近い方向となることが報告されている.格子不変線を境にα相とβ相が隣接することで界面エネルギーが低減される.また,2方向のラメラ組織は,Fig. 14の格子対応において,β相の格子はそのままで,α相の格子を<0001>α軸周りに10.5°右回転することで,もう1つの方向の格子不変線を得ることができる.この2つのα相の関係はαCV61とαCV62の関係に他ならない.

Fig. 14 Overlay of the crystal lattices of the α and β phases according to the Burgers orientation relationship. The white area, showing the coincidence of the lattices of the two phases, corresponds to the <335>β direction of the lamellar microstructure.(online color)

以上のことからα”CV6単結晶からのα相析出においては,初期にαCV61とαCV62バリアントが共存し,2方向のラメラ組織が形成するが,残留ひずみなどの影響により,有利なαバリアントに併合されると考えられる.

4. 結言

Ti–10Mo–7Al合金の250℃時効におけるα”isoの形成と,600℃での追加時効におけるα相析出挙動について以下の知見が得られた.

(1) 250℃での5 s時効により,焼入れによって生成されたα”Mqや加工誘起によるα”Mdはβ相へと逆変態し,一時的に形状記憶効果(形状回復)が発現する.しかし,時効を継続すると約180 sでα”isoが生成し,試験片には表面起伏が生じるとともに,逆形状記憶効果(形状進展)が現れる.

(2) 250℃での時効により,α”isoは結晶粒内にまだら状に形成される.19.4 Ms時効材では,数百ミクロンにわたる単一バリアントのα”iso領域が確認されたことから,250℃でのα”iso形成には組成分配を伴わないことが明らかとなった.

(3) 250℃–19.4 Ms時効後に600℃–1.8 ksの追加時効を行うと,原子拡散を伴ったα”iso→α+β変態が起こり,微細なラメラ組織が形成された.ラメラ組織はβ相と単一αバリアントで構成されており,この変態過程はTi–8Mo合金の焼入れα”Mq晶のα+β相分離と類似していることを示した.

(4) ラメラ組織のスジ方向はBurgersの方位関係を満たすα相とβ相の格子対応における格子不変線と一致した.

本研究の一部は,科学研究助成事業基盤研究C一般(17K06673),(公財)天田財団(AF−2023021−B3),(公財)泉科学技術振興財団(2023−J−046)および(公財)軽金属奨学会の支援を受けた研究であり,ここに記して深く感謝の意を表します.また本研究はコアファシリティの支援(CFPOU 372, 373, 478)を得て実施されました.

文献
 
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