Journal of the Japan Institute of Metals and Materials
Online ISSN : 1880-6880
Print ISSN : 0021-4876
ISSN-L : 0021-4876
Regular Article
Effect of Micro- and Nano-Structure of Anodic Aluminum Oxide on the Formation Behavior of Cracks Induced by Heat Treatment
Daiki NakajimaMiu SatoJunji NunomuraYoshiyuki OyaYoshihiko KyoTatsuya Kikuchi
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2025 Volume 89 Issue 7 Pages 242-251

Details
Abstract

Anodizing aluminum is widely used for various industrial applications such as corrosion protection, hardness enhancement, and coloring. However, when the anodized aluminum is exposed to high temperatures, many cracks form in the anodic oxide layer. Therefore, a deep understanding of crack formation behavior is essential for using anodized aluminum at higher temperatures. In the present investigation, the effect of the micro- and nano-structures of porous anodic aluminum oxide on the formation behavior of cracks in its oxide due to heat treatment at 523 K was investigated. High-purity aluminum plates and A6016-T4 aluminum alloys were anodized in sulfuric and oxalic acid solution to form a porous oxide film. Heat-treatment of the porous oxide with a hydrated layer formed by pore sealing leads to the formation of many cracks. Whereas the film thickness and sealing time have a significant effect on the crack formation behavior during heating at 523 K, the nanostructures of the porous oxide, such as the barrier layer thickness and pore size hardly contribute to the formation of cracks. These cracks formed in the porous oxide during heating may result from the difference in the amount of the hydrated oxide at the outermost surface and pore bottom of the oxide, and thus result uneven elongation during thermal expansion. The porous oxide with higher heat and corrosion resistance could be successfully fabricated by optimizing the pore sealing time for 15 min and temperature at 373 K.

1. 緒言

アルミニウムのアノード酸化によって表面に生成する酸化皮膜は,アノード酸化条件によって様々なナノ構造を持つ.例えば,ホウ酸塩,りん酸塩,アジピン酸塩などの中性水溶液中でアルミニウムをアノード酸化すると,アノード酸化電圧に応じた膜厚を有する薄くて緻密なバリヤー型アノード酸化皮膜が生成し,その誘電的性質を活かしてアルミニウム電解コンデンサの誘電体皮膜として利用されている[1-5].一方,硫酸やシュウ酸などの酸性もしくは,りん酸三ナトリウムなどのアルカリ性水溶液を用いて適切な条件下でアノード酸化を行うと,酸化物の生成と溶解とが釣り合うことで,酸化物中に無数の細孔を有するポーラス型酸化皮膜がアルミニウム表面に形成される[6-9].このポーラス型酸化皮膜は厚く,耐食性に富むことに加え[10-12],ポーラス層に染料を吸着させることで意匠性を付与できることから[13,14],アルミニウム材料の表面処理として工業的に広く利用されている.他にも,ピロりん酸を用いたアノード酸化によるアルミナナノファイバーの形成に基づくアルミニウム表面への超親水・超撥水性発現[15,16]や,酸化物の化学溶解を促進させることでアルミニウム表面の親水性や密着性を向上させる試みなど[17,18],アノード酸化は単なる保護皮膜の形成に留まらない,機能性をアルミニウム表面に発現させることが可能な表面処理技術である.

ポーラス型酸化皮膜は前述した通り,アルミニウムの耐食性向上・意匠性向上を目的として広く利用されている.しかし,アノード酸化によって生成するポーラス型酸化皮膜は,そのままの状態では耐食性を担保している素地金属と外界とを隔てるバリヤー層が薄いこと,および多孔質構造故に吸着性が強いため指紋の付着や表面汚染物質の吸着が生じやすい.そのため,封孔処理によって微細孔を閉塞させることで見かけ上厚い酸化皮膜層として一般的には利用されており,このような封孔処理を施したポーラス型酸化皮膜を「アルマイト」と呼称して工業的に広く用いられている[19,20].封孔処理には温水や加圧水蒸気といった水との反応により水和酸化物(疑似ベーマイト)を充填する温水封孔の他,酢酸ニッケルやフッ化ニッケル,酢酸コバルトといった金属塩と反応させる金属塩封孔処理によって細孔を閉塞させる方法が知られている[21-23].一方で,このような封孔処理を施したアノード酸化皮膜形成試料は373 K以上の高温環境下に晒されると,酸化皮膜中にひび割れ(クラック)が発生し,皮膜の健全性を低下させてしまうことが知られている[24-26].これは,アルミニウム素地と表面に形成された酸化皮膜との熱膨張係数が異なるため,加熱時に伸びの不均一が生じることがクラック形成の1つの要因であるものと考えられている[27].このようなクラックが酸化皮膜中に発生すると,素地金属の一部が露出することによる耐食性の低下はもちろん,外観の装飾的価値が損なわれるため,アルミニウム製品の付加価値を大きく低下させる.一方で,加熱によって生成するクラックは酸化皮膜のナノ構造や酸化物に取り込まれた第二相粒子の影響を受けることが報告されており[25],熱膨張のみによってクラック生成量が一意に定まるわけではない.従って,このような加熱クラックの生成要因を調査することで,クラックの発生を抑制する指針を得ることができれば,アルミニウム製品の長寿命化および適用範囲の拡大につながるものと期待される.

本研究においては,アノード酸化によって生成する酸化皮膜の構造はアノード酸化条件や後処理によって制御することが可能なことを利用して,酸化皮膜の巨視的および微視的構造を変化させた酸化物形成試料を作製し,高温に暴露した際のクラック形成挙動を調査した.また,得られた結果を基に,耐熱性に優れたアルマイト処理材の作製法について検討を行った.

2. 実験方法

2.1  試料の前処理

試料として純度99.99%(4N)のアルミニウム板(厚さ320 µm)を用いた.試料を20 mm角(枝付き)の大きさに切断した後,エタノール中で10 min超音波洗浄を施した.その後,13.6 M CH3COOH / 2.56 M HClO4混合溶液(T =280 K)中でV = 28 Vの電解研磨を1 min施した.

2.2  アノード酸化皮膜形成試料の作製

電解研磨試料の一部を各種電解質水溶液中に浸漬し,直流安定化電源(PWR400H,菊水電子工業㈱)を用いて,i = 1 mA/cm2の定電流アノード酸化を行うことでアルミニウム表面に酸化皮膜を形成させた.バリヤー型酸化皮膜の形成においては,電解質水溶液として中性の0.5 M H3BO3 / 0.05 M Na2B4O7T = 293 K)を用いてアノード酸化し,アノード酸化電圧が100 Vに到達した時点で通電を終了した.また,ポーラス型酸化皮膜の形成においては,電解質水溶液として酸性の0.3 M硫酸(T = 303 K)および0.3 Mしゅう酸(T = 303 K)を用いて,最大230 minのアノード酸化を行い,500 nm-60 µmの厚さを有する酸化皮膜をアルミニウム表面に形成させた.生成したポーラス型酸化皮膜のナノ構造を変化させるため,一部の試料をアノード酸化後に8.1mass%のりん酸水溶液(303 K)に最大25 min浸漬することで,生成した酸化物の化学溶解を促進して孔径を大きくした(ポアワイドニング処理[18,28]).また,しゅう酸を用いて作製したアノード酸化試料の一部を0.5 M H3BO3/0.05 M Na2B4O7T = 293 K)溶液中で再アノード酸化することにより,ポーラス型酸化物底部のバリヤー層を成長させた(ポアフィリング法[29,30]).各種表面処理の後,試料を沸騰純水中に最大60 min浸漬することで酸化物表面に水和酸化物を形成させる封孔処理を施した.また,一部の電解研磨試料も同様に沸騰純水中に浸漬することで,表面に水和酸化物を形成させた.

各種表面処理を施した試験片を,所定の温度(T = 523 K)に昇温した送風定温恒温器(DKM300,ヤマト科学㈱)に投入し,最大4 hの熱処理を施すことで耐熱性を評価した.一部のしゅう酸アノード酸化皮膜形成試料および封孔処理を行ったしゅう酸アノード酸化皮膜形成試料においては,アルミニウム素地を溶解させて酸化皮膜のみの試料の熱処理を行った.素地の溶解においては,酸化皮膜作製後に試料の片面をマスキングテープ(N-300,日東電工㈱)によって保護した後,1.0 M NaOHに浸漬することで試料片面のアルミニウム素地を露出させた.その後,試料を0.5 M塩化スズ(Ⅳ)水溶液に浸漬してアルミニウム素地を溶解させた.なお,封孔処理を行った試料においては,しゅう酸アノード酸化皮膜形成後,前記マスキングおよびNaOH浸漬によって片面の酸化物を除去してから沸騰水浸漬を行い,再度酸化物除去面に生成した水和酸化物をNaOHにより除去した後に0.5 M 塩化スズ(Ⅳ)水溶液に浸漬することで,封孔処理した酸化皮膜を取り出した.

2.3  酸化皮膜の分析

熱処理前後における試料の外観は,デジタル顕微鏡を用いて撮影した.また,アノード酸化により生成した酸化物の表面および破断面を走査型電子顕微鏡(SEM,TM-1000,㈱日立ハイテク)および電界放射型走査電子顕微鏡(FE-SEM,JSM6500F,日本電子㈱)により観察した.FE-SEMによる観察においては試料表面に電気伝導性を付与するため,スパッタコーター(MSP-1S,Vacuum Device)を用いて白金コーティングを行った.皮膜の縦断面を観察する際には,試料をエポキシ樹脂に埋め込んでから機械研磨を行って試料断面を露出させた後,SEMで観察した.また,作製した酸化皮膜の一部を収差補正走査透過型電子顕微鏡(Cs-corrected STEM,FEI社,Titan3 G2 60-300)により観察した.TEM観察試料はアルゴンイオンを試料水平方向に対して±5°の角度で酸化皮膜の両面からイオンビームを照射する精密イオンポリシングシステム(PIPS)により薄片加工し,酸化皮膜の中央部の薄片を作製した.

2.4  アルミニウム合金を用いた電気化学測定による耐熱性の定量評価

アルミニウムは工業的には添加元素を加えたアルミニウム合金として広く用いられていることから,不純物の影響が少ない純アルミニウム系において得られた知見が,アルミニウム合金においても適用されるのかを検証することは工学的に重要である.JIS合金番号6016で規定されるアルミニウム合金(A6016-T4)を試料として用い,同様に生成したアノード酸化皮膜の耐熱性を評価した.前処理として5mass%水酸化ナトリウム水溶液(328 K)に30 s浸漬してアルカリエッチングを行い,30mass%硝酸(R.T.)によりデスマット処理を行った.デスマット後,試料を14.6 M(85mass%)リン酸/18 M(96mass%)硫酸混合溶液(7:3,vol%,358 K)に1 min浸漬し化学研磨を施した後に再度デスマット処理を施した.

その後,試料を1.73 M(15mass%)硫酸水溶液(T = 278 K)中に浸漬し,i = 10 mA/cm2の定電流アノード酸化を60 min行った.その後,T = 343–373 Kに加熱した純水中に所定時間浸漬することで封孔処理を施し,一部の試料を473 K大気雰囲気下のオーブン(DKV400,ヤマト科学㈱)に4 h投入する熱処理を行った.顕微鏡による観察では視野が限定されるため,加熱によって生成したクラックの量を定量的には評価することが難しい.そこで,定量的な酸化皮膜の欠陥測定を行うために,酢酸酸性(1 mL/L)の5mass%塩化ナトリウム水溶液中におけるカソード分極曲線を用いた[31].カソード分極においては試料を露出面積1 cm2となるようにシリコーン樹脂でマスキングした後,298 Kの電解液に試料を浸漬し,30 min静置した.その後電位を20 mV/minの速度でカソード側へ掃引し,-2 Vまで電位を走査した.参照極にはAg/AgCl電極を用いた.また,封孔試料の封孔度を測定するために,JIS-8683-2に則りりん酸/クロム酸混合溶液の浸漬前後の重量測定を行った.

3. 実験結果・考察

3.1  加熱クラック形成に及ぼす酸化皮膜のマクロ的な構造の影響の定性的評価

Fig.1は(a)電解研磨試料,(b)沸騰水へ60 min浸漬した電解研磨試料,(c)バリヤー型アノード酸化皮膜形成試料それぞれに523 Kの熱処理を施した際の試料外観写真を上段,表面SEM像を下段に示している.電解研磨面表面は光沢のある鏡面を示している.一方,沸騰水へ浸漬することでアルミニウム表面の自然酸化皮膜や溶出したアルミニウムが反応式(1)や式(2)[3234]により試料表面に水和酸化物(疑似ベーマイト)が生成した表面,およびアノード酸化により反応式(3)[7,35]の通り薄い酸化アルミニウムが生成した表面では薄膜干渉に基づく淡く薄い青白色の干渉色が認められた.

  
$$ \mathrm{Al_2 O_3 + H_2 O \rightarrow 2AlO(OH)} $$ (1)
  
$$ \mathrm{Al^{3+} + 3OH^- \rightarrow AlO(OH) + H_2 O} $$ (2)
  
$$ \mathrm{2Al + 3H_2 O \rightarrow Al_2 O_3 + 6H^+ + 6e^- } $$ (3)
Fig. 1 Surface appearances and SEM images of (a) electropolished, (b) hydrated and (c) barrier type anodic oxide formed aluminum specimen after heat treatment. (online color)

いずれの試料表面においても加熱後に目視で判別可能なクラックは生成していなかった.一方,これらの試料表面をSEMにより詳細に観察すると,水和酸化物形成表面の一部でFig.1中拡大図に示したような細いクラックの形成が認められた.

Fig. 2は0.3 Mしゅう酸中での定電流アノード酸化により作製した厚さ20 µmのポーラス型アノード酸化皮膜を沸騰純水により封孔処理した典型的なしゅう酸アノード酸化皮膜,いわゆるしゅう酸アルマイト処理材に523 Kの熱処理を4 h熱処理した際の試料の外観および表面SEM写真を示している.典型的なアルマイト処理材に熱処理を施すと,Fig. 2(a)の外観写真から明らかなように,目視で確認可能な大きなクラックが試料全体に生成した.生成したクラックをSEMにより観察すると(Fig. 2(b)),クラックの幅は10–20 µm程度であった.また,酸化物表面を高倍率で観察すると,試料表面はFig. 2(c)に示したような鱗片状の構造を持つ水和酸化物が封孔処理によって生成し,全面を被覆している様子が観察された.

Fig. 2 (a) Surface appearance of the aluminum specimen anodized in oxalic acid after heat treatment. (b) Low- and (c) high-magnification SEM images of the anodized aluminum specimen after heat treatment. (online color)

次に加熱時のクラック形成に及ぼす酸化皮膜厚さの影響を検討するために,アノード酸化処理時間を制御し,厚さtfを500 nmから60 µmまで変化させた試料に封孔処理を60 min行い,523 Kの熱処理を施した.Fig. 3(a)- Fig. 3(f)は酸化皮膜の厚さを制御した封孔処理試料を熱処理した際の外観および表面SEM写真を示している.なお,試料外観が青みを帯びて見えるのは,酸化皮膜のデジタル顕微鏡の光源の反射によるものである.酸化皮膜厚さtf = 500 nm(Fig. 3(a))および1 µm(Fig. 3(b))の試料においては外観写真からは判別しにくいが,下段に示したSEM写真から明らかなように,熱処理後の試料表面には非常に細く,短いクラックが生じている様子が観察された.酸化皮膜の厚さが厚くなると,目視での観察が容易なクラックが生成し始め,SEM写真から明らかなように生成するクラックの幅は膜厚の増大と共に広くなった(Fig. 3(c)– Fig. 3 (e)).酸化皮膜厚さが最も厚いtf = 60 µmの試料(Fig. 3(f))においては試料全体にクラックが生成しており,ポーラス皮膜の膜厚の増大と共にクラック生成量が増大して,生成したクラックの幅も太くなる傾向が認められた.Fig. 4tf = 60 µmの試料に生成したクラックの断面SEM写真を示している.酸化物表面からクラックが素地金属側に生成しており,一部は素地金属までクラックが到達している様子が観察された.一方,一部のクラックは酸化物の途中で進展が停止していることから,最表面から観察されたクラックの全てが素地金属まで到達する,すなわち,素地の露出に寄与するわけではないことが示唆された.

Fig. 3 Surface appearances and SEM images of the heat-treated and sealed specimens anodized in oxalic acid. Here, the film thickness was adjusted to (a) 500 nm, (b) 1 µm, (c) 5 µm, (d) 10 µm, (e) 20 µm, and (f) 60 µm. (online color)
Fig. 4 Low- and high-magnification cross-sectional SEM images of anodized and sealed specimens after heat treatment. (online color)

Fig. 5(a)– Fig. 5(d)は実験により最もクラックが生成しやすかった,しゅう酸アノード酸化皮膜厚さtf = 60 µmの試料を用いて,封孔処理時間tsを0–15 minまで変化させて熱処理を施すことで,封孔処理時間の影響を検証した試料の表面SEM像および外観写真を示している.Fig. 5中上段に示した高倍率SEM写真から明らかなように,封孔処理時間が0 minの試料では数十nmの細孔が無数に生成した典型的なポーラス型アノード酸化皮膜が生成している様子が観察された.封孔処理時間が長くなると試料表面は温水との反応により生成した水和酸化物が表面に形成され,多孔質な酸化皮膜が被覆された.これらの試料に熱処理を施すと,封孔処理時間が短いts = 0 min(Fig. 5(a))およびts =2 min(Fig. 5(b))の試料表面においては熱処理後にクラックは確認されず,SEMを用いて試料表面を詳細に観察してもクラックの生成は認められなかった.一方,封孔処理時間を5 minとすると,試料の一部で幅10 µm程度のクラックが生成している様子が観察された.封孔処理時間をさらに長くすると,Fig. 5(d)に示したように,目視が可能な大小様々なクラックが試料全面に生成した.すなわち,封孔処理時間が長いほど,加熱時にクラックの発生が誘起されやすいことがわかった.

Fig. 5 Surface appearances and SEM images of the anodized and sealed specimens after heat treatment. Here, the specimens were immersed in boiling water for (a) 0 min, (b) 2 min, (c) 5 min and (d) 15 min. (online color)

ここまでの知見をまとめると,酸化皮膜厚さが厚いほど,そして封孔処理時間が長いほど加熱時にクラックが発生しやすくなる傾向を示すことが明らかとなった.酸化皮膜厚さと封孔処理時間との関係に着目すると,いずれも封孔処理により生成する水和酸化物の生成量に相関があるものと考えられる.すなわち,酸化皮膜厚さが厚いほど,成長した孔壁の分だけ水和反応の総量が多くなるものと考えられ,封孔処理時間が長いほど水和酸化物の生成量が多くなるものと考えられる.

3.2  加熱クラック形成に及ぼす酸化皮膜のナノ構造の影響の定性的評価

3.1節では,アノード酸化皮膜の膜厚,封孔処理時間による水和酸化物形成の有無といった酸化物のマクロ的な構造が耐熱性に及ぼす影響について検討を行った.一方,アルミニウムのアノード酸化によって生成するポーラス型アノード酸化皮膜は,ナノ細孔の大きさや酸化物底部で素地金属と外界とを隔てるバリヤー皮膜の厚さといったナノ構造を化学的,電気化学的手法を用いて種々制御することができる.また,アノード酸化に用いる電解質化学種を変更すると,加熱により生成するクラックの発生のしやすさが変化することが報告されている[36].しかしながら,アノード酸化電圧が高いほど隣接する細孔間隔は大きくなり,ポーラス型酸化物底部のバリヤー層は厚く成長するなど,アノード酸化に用いる電解質が変われば生成する酸化物のナノ構造が変化する.そこで,細孔径,バリヤー層厚さといった酸化物のナノ構造を制御してその酸化物の耐熱性について検証することで,これらのような酸化物のナノ構造が加熱クラック形成へどのような影響を及ぼすのかを確認した.

Fig. 6は60 µmしゅう酸皮膜を8.1mass%のりん酸水溶液に浸漬し,酸化皮膜の化学溶解を促進するポアワイドニング処理をtpw = 0–25 min行った試料の封孔処理前後の表面SEM写真,および523 Kの熱処理を行った試料の表面SEM写真を示している.封孔処理前の酸化物表面をSEMにより観察すると,Fig. 6中上段に示したように,アノード酸化によって多孔質な酸化皮膜が生成しており,その細孔径の平均値はポアワイドニング処理時間の増大と共に15 nm,31 nm,42 nm,56 nmと徐々に大きくなっている様子が観察された.これらの試料を沸騰水中に浸漬して封孔処理を施すと,孔径の大きな酸化物ほど鱗片状の水和酸化物の薄片それぞれが若干粗大化しているように見えるものの,いずれの試料においても酸化物表面は生成した水和酸化物によって被覆されていた.これらの封孔処理試料に熱処理を行うと,いずれの試料においても加熱により大小様々なクラックが生成した(Fig. 6下段).すなわち,細孔径の制御のみでは,酸化皮膜のクラック形成を抑止することはできなかった.

Fig. 6 SEM images of the anodized and sealed specimens after heat treatment. Here, the pore-widening process was carried out for (a) 0 min, (b) 5 min, (c) 15 min, and (d) 25 min.

ポーラス型酸化皮膜底部のバリヤー層の厚さを成長させるポアフィリング処理を行わなかったシュウ酸皮膜のアノード酸化電圧はおよそ40 Vであり,酸化物底部には約44 nmのバリヤー層が生成しているものと考えられる[37].その酸化皮膜の耐熱性はFig. 3(f)下段に示したように,523 Kの加熱試験後には無数のクラックが酸化物中に生成する.Fig. 7はしゅう酸アノード酸化の後に中性の電解質水溶液中で再度所定の電圧までアノード酸化を行うことで,ポーラス型酸化皮膜底部のバリヤー層厚さのみを厚膜化させた試料に封孔処理を施し,加熱後の試料表面を観察したSEM写真を示している.再アノード酸化時の到達電圧はFig. 7(a)80 VおよびFig. 7(b)160 Vとし,生成するバリヤー層の厚さはそれぞれおよそ88 nm,176 nmとなる.バリヤー層厚さを厚膜化させたどちらの試料においても,加熱後には試料全体に大小様々なクラックが生成しており,酸化皮膜厚さによるクラック生成への影響は認められなかった.

Fig. 7 SEM images of the anodized and sealed specimens after heat treatment. Here, the pore-filling process was carried out at (a) 80 V and (b) 160 V.

以上の結果より,封孔処理前のポーラス型酸化皮膜のナノ細孔やバリヤー層厚さといったナノ構造を変化させても,封孔処理後の加熱によって生成するクラックの形態に大きな差は認められなかった.すなわち,酸化物のナノ構造が耐熱性に及ぼす影響は軽微であるものと考えられた.

3.3  アルミニウム素地を除去した酸化皮膜の加熱によるクラック生成挙動

これまで述べたクラックの定性的評価においては,アルミニウム素地表面に形成された酸化皮膜を加熱した際のクラック発生挙動について検討を行った.加熱によって酸化皮膜に生成するクラックが,既報[27]にて報告されている通り熱膨張差に起因する酸化物と素地金属の伸びの不均衡に依存するものであれば,Fig. 3Fig. 5に示したように,酸化皮膜の厚さや封孔処理の時間によってクラックの生成形態が変化することの説明ができない.なぜならば,金属アルミニウム表面に酸化皮膜が形成されたという同一の構成を持つ試料であれば,厚さや封孔処理の有無に依存せず酸化物と素地金属の熱膨張差は生じるものと考えられ,熱膨張に起因する界面と平行な面方向のひずみ量は素地金属と酸化物の物性が変化しない限り変わらないものと予想されるからである.そこで,酸化皮膜に発生する加熱クラックの生成メカニズムをより詳細に検討するために,アルミニウム素地を溶解除去し,酸化皮膜のみからなる試験片を作製して熱処理を行うことで,素地金属の熱膨張の影響を除いたクラック生成挙動を調査した.

Fig. 8(a),Fig. 8(b)はしゅう酸アノード酸化の後Fig. 8(a)封孔処理前,Fig. 8(b)封孔処理後にアルミニウム素地を溶解し,酸化皮膜のみを取り出した試料の熱処理前後の外観写真を示している.封孔処理をした試料は非常に脆いため,熱処理前に試料の一部が欠損している.これらの試料を523 Kで熱処理した後の試料外観を比較すると, 封孔処理を行っていない試料においては試料の右上端が若干反った程度の変化のみであったのに対し (Fig. 8(a)右),封孔処理を行った試料においては皮膜が大きく湾曲し細かく破断している様子が観察された (Fig. 8(b)右).封孔を施した酸化物処理試料の加熱時の反りについて,より詳細に検討するために,熱処理後の酸化物をSEMにより高倍率で観察した(Fig. 8(c)).Fig. 8(c)上部に示したような,下に凸な湾曲試料を詳細に観察すると,湾曲部の内側が酸化物の最表面に相当する皮膜上部側,外側が酸化物の成長界面に相当する皮膜底部側であることがわかった.Fig. 9は酸化皮膜中央部における平行断面をTEMにより観察した結果を示している.酸化物の細孔が封孔処理によって水和酸化物が充填されていることに加え,周期的にハニカム配列したポーラス型アノード酸化皮膜のアモルファスアルミナの骨格がコントラストとして残存している様子が観察された.Fig. 9(a)およびFig. 9(b)は,このFig. 9(a)充填部とFig. 9(b)骨格部の電子回折パターンを測定した結果を示している.水和酸化物により充填された領域においては,わずかに結晶性があることを示す回折スポットが観察されるが,これは酸化物と温水との反応により結晶性の疑似ベーマイトが生成したためと考えられる.一方,ハニカム構造の骨格部の回折パターンは,ベースとなるアモルファスのアルミナと同じく非晶質であることを示すハローパターンであり,結晶性を示す回折パターンは極めてわずかであった.アモルファスと推定される骨格部に見受けられたこのわずかな回折パターンは,細孔壁周辺に存在する疑似ベーマイトが一部観察領域に含まれたためと考えられる.

Fig. 8 (a), (b) Appearances of the anodic aluminum oxide film (a) without and (b) with sealing treatment. The shape of the unsealed oxide remained almost unchanged, whereas the sealed oxide became significantly bent and fractured after heat treatment. (c) Cross-sectional SEM images of the sealed anodic aluminum oxide after heat treatment. (online color)
Fig. 9 A TEM image of sealed anodic aluminum oxide. (a), (b) Diffraction patterns at (a) and (b). (online color)

3.1節および3.2節から得られた結果より,封孔処理により生成する結晶性の水和酸化物が過剰に表面を被覆すると,クラックの発生に大きな影響を及ぼしているものと予想された.生成した水和酸化物の量に着目すると,最表面は酸化物の表面方向に水和酸化物が成長することができるため,水和酸化物の生成量が多いのに対し,細孔底部側はナノ細孔が閉塞されればそれ以上水和酸化物が成長できないことから,生成量が表面側と比較して少なくなる.このような水和酸化物の生成量に分布を持つ試料に熱が加わると,酸化皮膜の反りの方向から推測すると皮膜上部は結晶性の水和酸化物が多く存在するため,膨張が小さいことが示唆された.すなわち,多くの水和酸化物が形成されている最表面の層が熱膨張による酸化皮膜の変形に対して抵抗として機能しているものと考えられる.一方,水和酸化物の生成量が少ない皮膜底部は熱処理によって比較的大きく膨張することで酸化皮膜中に不均一な伸びが生じて皮膜が湾曲し,変形に追従できなかった最表層の水和酸化物層が破断することで亀裂が伝播してクラックが生成したものと考えられる.これらの推測から,封孔処理条件を最適化することで結晶性の水和酸化物の生成量を制御し,酸化物の耐熱性を高めることができるものと予想した.3.4節では,封孔処理の最適化により,耐熱性と耐食性とを両立した酸化皮膜の形成を試みた結果を報告する.

3.4  封孔処理の最適化による耐熱性・封孔度を両立した酸化皮膜の作製と定量的評価

これまでの検討により,封孔処理により生成する結晶性の水和酸化物の過剰な生成が,耐熱性の低下を引き起こす一因であるものと考えられた.封孔処理により生成する水和酸化物の生成量は,封孔処理時間および封孔処理温度に依存するものと考えられる.そこで,封孔処理に用いる温水温度および処理時間を変えて種々の封孔処理を行い,その酸化物の耐熱性を電気化学測定により,定量的に比較,検討した.純アルミニウムとアルミニウム合金とでは,生成した酸化皮膜中に母材中の第二相粒子が取り込まれる他,一部の金属間化合物が溶解することによって空隙となるため,形成された酸化皮膜の耐熱性は異なる[38].しかし,金属アルミニウム/アノード酸化皮膜/封孔処理により形成された水和酸化皮膜という同様の構造を有している点では,純アルミニウムとアルミニウム合金表面に形成される酸化皮膜の加熱クラック形成メカニズムは同様と考えられることから,工業的な応用を視野に,評価には添加元素を含むアルミニウム合金(A6016-T4)を用いた.

Fig. 10(a)– Fig. 10(c)は封孔処理の温水温度を343 K,Fig. 10(d)– Fig. 10(f)は373 Kとして,15-45 minの封孔処理を施したアノード酸化皮膜の表面SEM写真を示している.封孔処理時間が長く,封孔処理温度が高いほど,水和酸化物の生成量が多くなるものと予想されるが,最も水和酸化物の生成量が少ないと考えられる343 K–15 minの条件においても,試料表面は全面封孔処理によって生成した薄片状の水和酸化物によって被覆されていた.ただし,生成した薄片状の水和酸化物が若干細かいようにも見受けられたことから,水和酸化物の生成量が少ないために水和酸化物の成長が抑制されているものと考えられた.

Fig. 10 SEM images of the anodic oxide sealed by hot water at 343 K and 373 K for (a), (d) 15min, (b), (e) 30 min and (c), (f) 45 min.

Fig. 11はこれらの水和酸化物形成試料の耐熱性を電気化学測定によって定量的に評価した結果を示している.電気化学測定においては,アノード酸化前の試料のカソード分極曲線から水素イオンの拡散限界電流が観察された電位を基準電位とし,式(4)を用いて加熱試験によって発生した欠陥の生成量を欠陥増加率として算出した[38].

  
\begin{equation} \mathrm{欠陥増加率} = \frac{i_h}{i_i} \end{equation}(4)
Fig. 11 Increase ratio of defects of the anodized aluminum specimens sealed at (a) 343 K and (b) 373 K. (online color)

ここで,iiは基準電位における加熱試験前材の電流値,ihは基準電位における加熱試験後材の電流値を示す.ここで定義した欠陥増加率は,加熱によって酸化皮膜にクラックのような欠陥が導入されると,カソード分極時の水素イオンの拡散限界電流値(ih)が大きくなることから,皮膜に形成されたクラック生成量が多いほど算出される値が大きくなる指標である.封孔処理温度が343 Kの温水を使用した場合と比較して,373 Kの温水を使用した場合には欠陥増加率が大きくなった.これは,封孔処理により生成する水和酸化物の量が処理温度の増大に伴い,多くなることで酸化皮膜に加熱クラックが生成しやすくなることに対応する.一方,封孔処理時間の影響に着目すると,いずれの処理温度においても封孔処理時間が短い水準ほど欠陥増加率は低い値を示しており,温水との水和反応時間が短いほど,すなわち水和酸化物の生成量が少ないほど,酸化皮膜の耐熱性が高くなることが明らかである.

Fig. 11に示した結果より,封孔処理温度は低く,封孔処理時間は短くすることで封孔処理時に生成する水和酸化物の量を少なくすると,酸化皮膜の耐熱性が高くなることが明らかとなった.一方,水和反応量が不十分であれば,多孔質な酸化皮膜の完全な封孔が達成されず,一般的なアルマイト処理材に求められる特性の1つである耐食性が低下する懸念が生じる.そこで,Fig. 11に示した各種条件で作製した封孔処理試料の封孔度を,りん酸–クロム酸水溶液浸漬試験法(JIS H 8683-2:2013)に準拠した試験により評価した.Fig. 12Fig. 11に示した各種試験材の単位面積当たり質量減少を測定した結果を示している.質量減少量が定常値を示す値が,封孔処理温度によって異なっているが,これは水の温度によって生成する水和酸化物の主体がベーマイト(Al2O3・H2O)か,バイヤライト(Al2O3・3H2O)かによる,最表層の物質の化学的な溶解性の差に起因するものと考えられる[33].欠陥増加率が最も低く,耐熱性が最も高かった343 K–15 minの封孔処理材では,封孔処理時間が長い水準と比較して5倍以上の酸化皮膜の溶解量を示した.すなわち,Fig. 10に示したSEM観察による外観からは封孔度の過不足の判定はできなかったが,一見すると試料全面が水和酸化物によって被覆されているように見受けられた低温かつ短時間の封孔処理材は,十分な封孔が達成されておらず,耐食性が要求される用途としては不適当であるものと考えられた.一方,343 K–30 minの条件や373 K–15 minの条件では質量減少量が比較的少なく,Fig. 11に示したように耐熱性の大きな低下も生じていないことから,耐食性と耐熱性とを両立した表面処理として期待できる.

Fig. 12 Dissolution amount of the anodized aluminum specimens sealed at (a) 343 K and (b) 373 K after immersion in the chromic-phosphoric acid solution.

4. 結言

本研究においては,アノード酸化皮膜の加熱クラック生成挙動に影響を及ぼす因子,特に酸化物の構造に着目しクラック形成に寄与する要素を検討した.アノード酸化皮膜の形成のみでは酸化皮膜形成後に加熱を行ってもクラックは生成せず,温水に浸漬する封孔処理により表面に水和酸化物が形成されると,加熱によりクラックが生成した.ポーラス型アノード酸化皮膜のバリヤー層厚さ,細孔径といった酸化物のナノ構造は加熱クラックの発生にほとんど寄与しない一方,酸化皮膜厚さが厚くなるほど,封孔処理時間が長くなるほど加熱によってクラックが形成されやすかった.加熱によって酸化皮膜中に形成されるクラックは,酸化物最表面と細孔底部とで水和酸化物の生成量に分布が生じ,熱膨張時の伸びの不均一によって発生するものと考えられた.これらの結果を基に,封孔処理温度および封孔処理時間を最適化することで,耐熱性と封孔度とを両立するアルマイト処理材の作製方法が明らかとなった.

本研究の一部は,文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業による各種分析装置の支援を受けて実施されました(課題番号:A-20-HK-0037).電子顕微鏡観察にあたっては,北海道大学大学院工学研究院の複合量子ビーム超高圧顕微解析研究室およびナノ・マイクロマテリアル分析研究室に所属する技術職員のみなさまに多大なるご協力をいただきました.ここに厚くお礼申し上げます.

文献
 
© 2025 The Japan Institute of Metals and Materials
feedback
Top