抄録
症例は33歳の男性。心肺停止で当院救急搬送となった。来院時心停止状態(pulseless electrical activity: PEA)で,バッグバルブマスクで換気不能であった。気管挿管のため喉頭展開を試みたが咽喉頭粘膜は水腫状に腫脹し,気管挿管不能であった。胸骨圧迫しつつ輪状甲状靭帯切開術を施行し,緊急気道確保を行った。来院9分後に自己心拍が再開し,ICU入室となった。来院時身体所見は咽喉頭浮腫に加えて,顔面と頸部に境界不明瞭の浮腫を認めた。ICU入室後,脳低温療法を施行したが第10病日に臨床的脳死状態となり,第24病日に永眠された。来院当初から病歴と家族歴より遺伝性血管性浮腫(hereditary angioedema: HAE)を疑い,補体complement factor 4(C4)濃度,complement factor 1-インヒビター(C1-INH)活性を測定した結果,C4濃度,C1-INH活性が低値であり,HAEと診断された。HAEは補体反応および凝固線溶系に抑制的に働くC1-INHが先天的に欠損または活性低下するためブラジキニンが過剰産生され,血管透過性が亢進し血管性浮腫が引き起こされる。常染色体優性遺伝のため通常は家族歴があり,あらゆる年齢で発症し,皮膚,粘膜下に痒みを伴わない境界不明瞭な非圧痕性浮腫を反復性,発作性に生じる。浮腫は腸管や咽喉頭粘膜にも生じるため急性腹症や喉頭浮腫を引き起こし,喉頭浮腫により窒息する場合がある。診断にはC4濃度,C1-INH活性,C1-INH蛋白量測定が用いられ,唯一即効性がある治療法はC1-INH補充療法であり,喉頭浮腫に対しては緊急気道確保が必要となる。本邦ではHAEの臨床現場での認知度が低いこと,迅速診断法がないこと,発作時治療薬のC1-INH製剤を常備する医療機関が限られていることが問題であり,認知度の向上,迅速診断法の開発,C1-INH製剤を緊急使用できる環境整備が不可欠である。