抄録
外傷性十二指腸損傷の発生頻度は,全腹部外傷の7-10%であり,診断が遅れると死亡率は上昇する。治療に関しては手術治療が中心に行われる。我々は,受傷約3週間後に判明した十二指腸損傷に対し,NBCA(n-butylcyanoacrylate: ヒストアクリル®)注入による非手術治療が奏功した症例を経験した。本症例の治療を踏まえ,外傷性十二指腸損傷の治療方法に関する考察を行った。症例は56歳の女性。軽自動車運転中に対向車と衝突し受傷した。当センター搬入後,CT検査にて腹腔内出血,腹腔内遊離ガス,肝損傷,腹部大動脈損傷等を認め,緊急開腹手術を行った。小腸部分切除術,大腸損傷部修復術,肝縫合止血術を行い,その他の損傷は保存的加療を行った。術後経過は良好であったが,第23病日に,高熱と炎症反応上昇を認め,CTにて右後腹膜膿瘍を認めた。膿瘍ドレナージと同時に施行した造影検査にて十二指腸が造影され,十二指腸損傷と診断した。第25病日内視鏡検査にて十二指腸水平脚に径8-10mmの穿孔部を確認し,その大きさ,良好な全身状態,腹膜刺激症状がないことなどを考慮し,非手術治療を行う方針とした。当初,内視鏡下にクリッピング+スネアによる閉鎖術を施行したが,閉鎖を認めず,ヒストアクリル®を膿瘍腔側から穿孔部に,および穿孔部側から膿瘍腔側に注入し閉鎖を行った。その後内視鏡検査にて完全閉鎖を確認し,経口摂取後も問題なく,独歩退院した。退院後約1年以上経過しているが,とくに問題を認めていない。十二指腸損傷は手術治療が基本であるが,損傷部に対するヒストアクリル® 注入療法は,低侵襲かつ容易な治療法であり,損傷部位,形態,時期などによっては選択肢のひとつになりうると考えられる。