抄録
頭部外傷受傷後に脳虚血により起こる二次的脳損傷は,神経学的予後を決定する重要な因子の一つである。脳血流cerebral blood flow (CBF)を適正化させる特異的な治療がないことから,頭蓋内圧intracranial pressure (ICP)さらには脳灌流圧cerebral perfusion pressure (CPP)をモニタリングし維持する,いわゆるCPP oriented therapyが提唱されている。しかしながら重症頭部外傷急性期管理においてCPPをいかほどに維持すべきか明らかなエビデンスはない。また,CPPを意図的に高値に維持すべく過剰にカテコラミンあるいは輸液を投与することで成人呼吸窮迫症候群(ARDS)など呼吸器合併症の発生率が高率になるとの報告もある。われわれは笑気法(Kety-Schmidt method)を用い,CBFを測定し,CPPとCBFおよび呼吸器合併症および予後について検討した。対象は1999年1月から2001年12月までの期間で,武蔵野赤十字病院に搬送されたGlasgow Coma Scaleが8点未満の重傷頭部外傷のうち脳低温療法非施行例40例である。それらをCPPの治療目標とされる70mmHgを境として,L群(50≦CPP≦70mmHg)とH群(70mmHg<CPP)の2群に分け,2群間でCBFおよび予後を比較した。また肺動脈カテーテルを用い,心係数cardiac index (CI),また輸液負荷の指標となる肺動脈拡張期圧pulmonary artery diastolic pressure (PAD)を測定し,2群間での比較を行った。各種パラメーターから脳血管抵抗cerebral vascular resistance (CVR)を計算し比較検討した。CPP=70mmHgを境とした2群間では,CBF,神経学的予後,肺動脈圧に有意な差を認めなかった。また呼吸器合併症についても差がみられなかった。H群でのCVRはL群よりも有意に高く,CBFはCPPだけでなくCVRにも影響を受けることが推測された。以上のことから,CPP=70mmHgという閾値は必ずしも適切でないことが明らかとなった。CBFは脳血管のpressure autoregulation(自動調節能)に影響を受けるため,CPPのみならずCVRをともに考慮した上で重傷頭部外傷の急性期管理を行うべきであると結論する。