2025 年 46 巻 2 号 p. 127-131
産科麻酔の急変対応シミュレーションを当院で本格的に始めてから9年目となった。シミュレーションは定例化して型が整いつつあるが,その度にでてくる課題や学びがあり大変有意義な機会となっている。当院の超緊急帝王切開シミュレーションの目標やその内容,また教育効果,産科麻酔における急変対応に特有の問題点について紹介する。緊急時であっても母児の安全を守るために,多職種とのコミュニケーションを大切にする当院の文化も伝えたい。
NICEのガイドラインによると,カテゴリー1帝王切開(超緊急帝王切開)における手術決定から娩出までを「できるだけ早く」,「多くの場合30分以内」としている1)。もちろん早く娩出することを目指すが,同時に時間短縮のために負う母体へのリスクも考える必要がある。タイムトライアルのように時間を短縮させる目標だけに固執せず,母児ともに安全な手術・麻酔となるよう多職種チームが成熟することが求められる。
超緊急帝王切開での娩出時間短縮のために母体が負うリスクがいくつかある。ひとつは全身麻酔のリスクである。超緊急帝王切開での時間について調査した研究によると,手術室入室から執刀開始まで一番短いのは全身麻酔であり2),超緊急帝王切開では全身麻酔が選択されることが多い。しかし妊婦の全身麻酔は困難気道,酸素予備能が低い,陣痛がある場合は胃内容排泄遅延など,挿管困難や誤嚥リスクがある。妊婦は妊娠週数が増え酸素消費量が増えるにも関わらず,妊娠子宮で横隔膜が挙上され機能的残気量は減少する3)。このことから妊婦は無呼吸で低酸素になりやすい,つまり酸素予備能が低い。また妊婦は気道が浮腫み,特に陣痛がある妊婦はさらに浮腫みやすく,咽頭や喉頭の容積が小さくなり挿管操作がしにくくなる4)。またホルモン(プロゲステロン)の影響で下部食道括約筋が弛緩し胃の内容が逆流しやすく,また陣痛がある場合は胃内容排出時間が延長するので誤嚥の可能性が非常に高い5)。日本人は肥満が少なく,昔に比べて麻酔物品も便利になったから大丈夫,と思うかもしれないが,この15年以内に日本の妊婦がCICV(Cannot intubation cannot ventilation:挿管・換気困難)で亡くなっている現状は見過ごせない6)。以上のことから,妊婦は可能な限り全身麻酔を避けるのが望ましいが,やむを得ずそのリスクを負うことが多いのが超緊急帝王切開である。2つ目のリスクに,母体情報を十分に把握できないまま麻酔導入となる可能性が高く,通常であれば注意可能な事柄をおろそかにしてしまうことが挙げられる。3つ目に迅速に導入しようと急いだために,鎮痛薬の効果を十分に得られていない状態で挿管して血圧上昇した場合には,脳出血リスクへの懸念が考えられる。こういった母体が負うリスクもチームメンバーは認識した上で超緊急帝王切開シミュレーション・教育を行うことが重要である。
当院では手術緊急度を5つのカテゴリーにわけ,「入室までの時間」「娩出までの時間」「それぞれの部署の対応」「連絡方法」を定めている(表1)。この基準を作成する際には麻酔科・産婦人科・小児科・産科病棟・手術室・救急科などの他部署・多職種それぞれが納得し,実践可能となるよう調整した。分類表に沿って実践しているスタッフからのフィードバックやシミュレーションを行った時の振り返りをもとに,より良いものとなるよう都度改訂を行っている。
| カテゴリー | 1 | 2 | 3A | 3B | 4 |
|---|---|---|---|---|---|
| 入室までの時間 | 出来るだけ早く | 30分以内 | 2時間以内 | その日~その週のうち | 予定手術 |
| 娩出までの時間 | 出来るだけ早く娩出 | 75分以内に娩出 | 3時間以内に娩出 | ||
| 症例 | ・持続する胎児徐脈,胎児低酸素を疑う所見 ・臍帯脱出 ・子宮破裂 ・常位胎盤早期剥離 ・母体バイタルサイン不安定 |
・胎児機能不全 | ・分娩停止 | ・予定帝王切開の破水 ・分娩誘発の不成功 |
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| 麻酔科 手術室の対応 |
・人を集める ・クランチルーム確認 ・他科手術は入室止める ・口頭同意と事後書類可 |
・可能な限り早期に入室 ・他科手術は入室止める |
・緊急度の高い症例から入室 |
・産婦人科の列を調整し入室 |
・産婦人科の枠で予定 |
| 連絡方法 | 産科から 麻酔科 手術室 小児科 の順に連絡 | 手術予約 | |||
| 手術室が決定され次第,搬送 | 入室時間の連絡を待つ | ||||
当院では超緊急帝王切開シミュレーションを年に1回行っている。シミュレーションを行う部屋に定点カメラ,術野カメラ,集音マイクを設置し,シナリオに直接参加しないスタッフもオンラインでリアルタイム配信をみながら参加できるように実施している。シミュレーションの目的は,試験のように試すことではなく,各々が自分の役割や期待される行動を再認識し,チームでどのような結果が生まれるか確認することとしている。シミュレーションの目的を職種問わず参加者全員が認識していることが非常に重要であるため,表2に示す概要,シナリオは参加者に事前共有される。またシミュレーション中に当院の緊急対応マニュアルを見ることも可能で,必ず行うべき行動に漏れがないか確認しながら行う。シミュレーションを開始する直前のオリエンテーションでは,再度口頭で本シミュレーションの目的・デブリーフィングをすることを伝えている。また年に1回と少ない機会だが,多職種が同時に参加するという貴重な時間を使って,全職種が一同に(オンライン上も含めて)集まり,意見交換ができる場としている。
| 今回の目的 | チームメンバーは超緊急帝王切開の状況を理解する チームメンバーは可能な限り速やかな対応ができる コマンダーは明確な指示をだし,チームメンバーは役割を遂行できる 麻酔科は総合的に評価して最終的な麻酔方法を宣言できる チームメンバーは自分に期待される行動が明確になる |
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| 前提 | 夜間・休日の人員 麻酔科医○名,産科医○名,手術室看護師○名,受け持ち助産師○名,他助産師が○名,小児科医○名 が本症例(シミュレーション)に対応できる | |||||||
| 症例 | ○歳,160cm,70 kg,初産婦,当院で妊婦健診,妊娠経過に異常なし,本日妊娠34週,腹痛を主訴に来院 | |||||||
| 状況 | 麻酔科医 | 産科医 | 外回り看護師 | 器械出し看護師 | 受け持ち助産師 | ベビーキャッチ助産師 | 小児科医 | インチャージ助産師 |
| 持続する腹痛,回復しない心音異常,胎盤後血腫の所見(常位胎盤早期剥離) | 超緊急帝王切開宣言 産科緊急コール指示 |
産科緊急コール 人を呼ぶ 子宮内胎児蘇生 |
各所に連絡 人員調整 |
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| 人員調整 | 麻酔科○○に電話 手術室○○に電話 小児科○○に電話 人員調整 |
名前とID確認 人員調整 入室場所の決定 |
患者に声かけ 最終飲食・アレルギー最終確認 出棟準備 |
インファントウォーマー準備 | NICU○○に電話 | |||
| 準備 | 麻酔準備 ●気道物品準備 ●薬剤調剤 |
薬剤を持ってくる ●DAMカートをもってくる ●器械開け |
器械準備 器械セットアップ ガーゼカウント |
児心音聴取 | インファントウォーマーを運ぶ,新生児蘇生物品準備,小児科医に申し送り | 新生児蘇生準備 | ||
シミュレーションで使用するシナリオは,常位胎盤早期剥離・児心拍異常で超緊急帝王切開となるもので,複雑な患者背景設定もなく,児娩出したら終了する単純なものにしている。シンプルであるからこそ,超緊急帝王切開に絞った必要な行動・役割を各職種が認識しやすいようにしている。シナリオは,各職種の期待される行動・役割を示し,黒丸(●)で示された行動は職種問わず手が空いたスタッフが実施・補助可能なものとして各部署担当者と調整して作成している。つまり自分の役割が完了し手が空いたスタッフはただ待つのではなく,チームメンバーとコミュニケーションを図り,さらなる行動を実施する。実際に当院では緊急時には職種を問わず手が空いたスタッフが駆けつけ,他の職種でも可能な行動を実施し助け合う文化がある。
参加者にとって,デブリーフィングは精神的に安全でなければシミュレーションとして良い結果にはならない。司会者はデブリーフィングでのルールを明確に伝えた上で進行することを心がけている。具体的には,まずチームで良かった点を指摘しあうように進め,その後困ったところなどを率直に,多職種にそれぞれの立場で述べてもらい,改善できるところがないかディスカッションをしてもらう。司会者は意見を求めつつも,誰か個人を責める雰囲気にならないよう慎重にすすめていくことが重要である。当院では現在,司会者をシミュレーションの目的を十分に理解した麻酔科医師が行っているが,ファシリテーターの養成は今後の課題である。
シミュレーション見学者は俯瞰でみていることから有用な意見がでることも多い。例えば当院でも,各職種の声が小さく,阿吽の呼吸で動いてしまっていたことや,適切な情報伝達なく動いていた職種がいたりと,一歩間違えれば大きなミスになるコミュニケーションエラーを見学者の指摘により気づくことができた。日常の急変時はデブリーフィングをする機会を逃してしまうことも多いため,急変対応後は関係者でデブリーフィングすることが定例化できるとよりチームの成熟が期待できると考える。
産科麻酔急変シミュレーション後に行った当院のアンケートによると,シミュレーション後は多職種がそれぞれの立場で期待されている役割が明確になり,急変対応への自信度が高くなった傾向がみられた。また実際の場所・物品を使用することによって,次に活かしてみようという動機づけになったという意見も多かった。当院では効果的な学習環境を実現するための要件を参考に7),学んだ知識・技術を実際に使ってみることができるよう,実際緊急時に使用する手術室で,練習用ではあるが実際の緊急時物品類を使用,薬も模擬アンプル製剤を使用し調剤する。普段使用している緊急用電話を使用し,各職種はその時点から駆けつけ,より現実味を感じるようにしている。シミュレーションにおけるリアリズムは学習成果への関与を高めるとされ8),日常に活かしてみようという動機づけとなることや,急変対応への不安解消を期待している。
シミュレーションでのメンバーが,シナリオ参加者なのか,見学者なのか,産科麻酔では普段手術室にいない多くの職種が関わるため,そもそも職種自体お互いわからないことがある。そこで当院では,シナリオ参加者に職種を示したビブスを着用してもらう(図1)。運営を円滑にすすめる他にも,著者の所属する麻酔科と小児科は,おおむね超緊急帝王切開や急変時しかコミュニケーションをとる機会がないので,メンバーを知りつつ接点をもつ良い機会であると考えている。

手術麻酔での急変時は,麻酔科医師がコマンダーとなり今後の方針を決定していくことが多い。一方産科麻酔の場合,分娩方針が大きな要素になるため産科医師と麻酔科医師の2者がコマンダーとなるが,お互いの領域に踏み込めない,管理しきれない部分が存在し煩雑な指示系統でスタッフの混乱が起きることがある。産科医師,麻酔科医師ともに患者評価と介入をすすめていくことは同じだが,今後の方針決定には高度なディスカッションが必要となり,普段から円滑なコミュニケーションをとる文化が必要である。多職種でシミュレーションを行う機会を定期的に設けることで,そこでの会話やその機会に向けた対話が生まれ,文化が根付くと著者は考えている。
産科麻酔での急変は刻々と変化する母児への対応において多職種での対話が重要であるが,後から振り返ると対話が足りなかったと感じることも多く,お互いのコミュニケーションがいかに大切か日々痛感する。超緊急帝王切開にむけて時間短縮だけを目標にせず,ノンテクニカルスキルを大事にするシミュレーションで多職種チームは成熟し,より安全な医療を提供できると考える。どの職種が発起人でもいいと思う。シミュレーションをはじめてみようという試みから多職種との会話の機会を生み出していければと思っている。