2013 Volume 46 Issue 5 Pages 362-368
症例は75歳の女性で,53歳時に膵頭部腫瘍に対し膵頭十二指腸切除術施行,病理組織学的検査でソマトスタチン産生腫瘍と診断された.手術2年後,ソマトスタチン:97 pg/mlと高値になり,血管造影検査で肝S6に腫瘍濃染像を認め,肝転移を疑い肝部分切除術施行,ソマトスタチン産生腫瘍による肝転移と診断された.外来で経過観察したが,初回手術より22年間再発を認めなかった.今回,上腹部痛の精査の際の造影CTで,肝外側区域下面に早期濃染する腫瘤を認め肝部分切除術施行,病理組織学的検査で再度ソマトスタチン産生腫瘍による肝転移と診断された.ソマトスタチン産生腫瘍は膵臓および十二指腸に好発するまれな内分泌腫瘍であり,肝転移を来すこともまれである.今回,術後2年後に肝転移に対し手術を施行し長期無再発生存中であったが,22年後に再度肝転移を来した膵原発ソマトスタチン産生腫瘍の1例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.
ソマトスタチン産生腫瘍は膵臓および十二指腸に好発するまれな内分泌腫瘍で,肝転移を来すこともまれである1)~5).また,膵内分泌腫瘍は悪性であっても進行が緩徐なものが多い6)が,20年以上経過した再発・転移例の報告は認めない.今回,我々は肝転移に対し手術を施行し長期生存中であったが,初回手術より22年後に再度肝転移を来した膵原発ソマトスタチン産生腫瘍の1例を経験したので文献的考察を加えて報告する.
症例:75歳,女性
主訴:心窩部痛
既往歴:53歳時腹部腫瘤を主訴に当科外来受診,腹部CTで5 cm大の内部低吸収域の膵頭部腫瘍を指摘された(Fig. 1).腫瘍摘出術を施行し術中迅速検査で膵島細胞癌と診断され,膵頭十二指腸切除術,リンパ節廓清を追加した.各種染色検査の結果,ソマトスタチン染色陽性,血中ソマトスタチン値140 pg/mlと高値で,ソマトスタチン産生腫瘍(T3N0M0 Stage IIb)と診断された.血中ソマトスタチン値は術後一旦正常化したが,55歳時に97 pg/mlまで上昇した.CT・腹部超音波検査で再発病巣を見出されなかったが,血管造影検査で肝S6に7 mm大の腫瘍濃染像を認め肝部分切除術を施行し,ソマトスタチン産生腫瘍による肝転移と診断された.その後は膵炎,腸閉塞に対し入退院を繰り返していたが,術後17年目までソマトスタチン血中濃度で経過観察され,その後は定期受診のみ行い再発・転移を認めなかった.
Computed tomography shows a 5 cm low density mass in the pancreas head. Swollen lymph nodes and liver metastasis cannot be seen.
現病歴:2011年6月心窩部痛を主訴に当科外来受診.慢性膵炎急性増悪と診断され入院したが,腹部CTで肝腫瘤を指摘された.一旦退院したが,既往歴からソマトスタチン産生腫瘍による肝転移を疑い9月手術目的に当科入院した.経過を通じ脂肪性下痢,耐糖能異常はなかった.
入院時現症:身長148 cm,体重48 kg.眼球結膜は貧血,黄疸なく,腹部は平坦,軟で圧痛を認めず腫瘤を触知しなかった.
血液検査所見:CRP:3.73 mg/dlと軽度の炎症反応を認めたが,貧血やWBC,肝胆道系酵素の上昇はなかった.CEA,CA19-9,AFP,PIVKA-2を測定したが,いずれも基準値内であった.ソマトスタチン血中濃度の測定は2005年以降受託中止となり測定不能であった.
腹部CT所見:肝外側区域下面に28 mm大の低吸収域腫瘤を認め,造影早期で同部位の強い濃染像を認めたが,平衡相では同定困難であった(Fig. 2).
Plain computed tomography shows a 28×20 mm low density tumor, and enhanced computed tomography demonstrates a highly enhanced tumor in the lateral segment of the liver in the arterial phase, but is not seen in the equilibrium phase.
腹部MRI所見:肝外側区域下面でCTと同部位にT1強調像で低信号,T2強調像で高信号の腫瘤を認めた.
以上より,ソマトスタチン産生腫瘍肝転移を疑い手術を施行した.
手術所見:肝下面に3 cm大の一部表面に隆起する腫瘤を確認したが,肝被膜外への露出,他臓器浸潤なく,肝部分切除術を施行した(Fig. 3).
The intraoperative findings: A tumor is located in the lateral segment of the liver, and there is no invasion to other organs. A partial hepatectomy is performed.
摘出標本:被膜に覆われ肝実質とは境界明瞭な25×15 mm大の白色充実性の腫瘤を確認した(Fig. 4).
The cut surface shows a round, white and 25×15 mm tumor in the liver.
病理組織学的検査所見:初回手術時,55歳時の肝転移巣,今回の肝転移巣の標本は,いずれも腫瘍細胞に類円形・楕円形核を有し,間質は小血管より形成されていた.ソマトスタチン抗体による染色では,細胞質辺縁に陽性物質を認めた(Fig. 5).以上より,ソマトスタチン産生腫瘍による肝転移と診断した.なお,Ki-67/MIB-1陽性率は12.3%で,ソマトスタチン受容体(SSTR2a)の発現は認めなかった.
The microscopic appearance is of a uniform trabecular pattern (A, C). Immunohistochemical staining for somatostatin is positive (B, D). (A, B: 53 years old, C, D: 75 years old)
術後経過:術後断端部に液体貯留を認めたが感染徴候なく経過し,全身状態改善し術後29日目に退院した.現在,術後9か月の時点で再発の徴候を認めていない.
本邦における膵内分泌腫瘍は人口10万人あたり1年間の有病患者数は2.23人,新規発症率は1.01人と推定される1).膵内分泌腫瘍のなかで,機能性膵内分泌腫瘍は49.8%で,そのうちソマトスタチノーマは2.3%である1).海外の報告によると,好発部位は膵臓46.8~68%,十二指腸19~51.2%であった2)~4).悪性の頻度はガストリノーマ45.5%,グルカゴノーマ52.0%,インスリノーマ7.4%に対し,ソマトスタチノーマは91.7%と最も高かった1).同時性にリンパ節・遠隔転移を認める症例は46.8%あり,肝転移例は全体で27.7%,膵原発の場合は39.5%であった2).腫瘍径が大きいほど肝転移のリスクは高く,3 cm未満は35%に対し,3 cm以上は75%が肉眼的,非肉眼的に肝転移があるとされる5).
膵癌取扱い規約第6版7)によると,機能性腫瘍は症候群の責任ホルモンに-omaをつけて呼ばれることがあるが,単に免疫染色検査で膵ホルモンが陽性であっても,そのホルモン名に-omaをつけて命名することは避けるべきで,-omaは症候性腫瘍に限って使用される.自験例は,経過を通じて症状を認めないため,ソマトスタチン産生腫瘍と診断した.
ソマトスタチンは膵ラ島,胃前庭部,十二指腸などのD細胞が産生するペプチドホルモンである.成長ホルモン,甲状腺刺激ホルモンなどの下垂体前葉ホルモンやインスリン,グルカゴン,ガストリン,セクレチンなどの消化管ホルモンを抑制し,消化管の蠕動抑制,胆囊収縮抑制,消化吸収抑制などの作用がある8)9).ソマトスタチン過剰分泌で各種内外分泌を抑制する結果,糖尿病,胆石症,脂肪性下痢を3主徴とし,無酸症,体重減少,貧血,消化不良などを含めたソマトスタチノーマ症候群を呈する8).症状を有する症例は18.8~92.7%2)3)と報告によってはさまざまであり,偶然に発見されるものが27%10)という報告例もある.自験例は,経過を通じてソマトスタチン血中濃度にかかわらず無症候性であった.
本疾患は特異的症状がないため,術前より診断をつけることは困難である.ソマトスタチン血中濃度の正常値は1.0~12.0 pg/mlで,ソマトスタチン産生腫瘍は正常の10倍以上の高ソマトスタチン血症を呈する.本邦では,ソマトスタチン血中濃度測定は臨床検査業界で受託数僅少のため中止となっている.自験例でも2005年まではソマトスタチン血中濃度を測定し経過観察していたが,その後は計測していない.局在は腹部超音波検査,CT,MRIで診断するが,膵内分泌腫瘍は一般に豊富な腫瘍血管を有することが多く,超音波カラードップラー法11)やダイナミックCT,血管造影検査が膵癌との鑑別に有用とされる12)13).CTは低‐等吸収域として描出され,造影で強い濃染像として確認される9).自験例でも同様にダイナミックCT早期で血流豊富な肝腫瘍を認めたが,平衡相では正常肝実質と同程度の濃度となるため,診断,経過観察するうえで注意が必要である.
治療は腫瘍の発育とホルモン過剰分泌の制御であり,腫瘍の完全切除が基本である.膵十二指腸原発巣に対し,リンパ節廓清を含めた膵頭十二指腸切除や膵体尾部切除による外科的切除が第一選択となる.積極的な治療で10年生存率は72%となり,悪性であっても長期生存が可能である6).化学療法はstreptozotocinと5-fluorouracilが比較的使用されているが,統計学的に証明された効果的な治療法はなく,不完全切除例や転移症例においてのみ化学療法がわずかに奏効した12)14)とされ,いまだ確立していない.
その他内科的治療としてソマトスタチンアナログであるオクトレオチド療法がある.ホルモン過剰症状の改善だけでなく,抗腫瘍効果もあり15)16),3年生存率は非反応群52.3%に対し,反応群100%であった.薬剤反応のためにはソマトスタチン受容体(somatosutatin receptor;以下,SSTRと略記)が必要で,SSTRには五つのサブタイプがある.下垂体の成長ホルモンや消化管や膵島のホルモン分泌抑制にSSTR2が重要で,SSTR2はオクトレオチドへの親和性が高く,胃腸膵管系神経内分泌腫瘍は8割以上がSSTR2を発現している17)18).また,Ki-67/MIB-1陽性率は悪性度の評価項目として使用されており,陽性率が2%を超えると再発の危険性が上昇する19).このように,SSTR発現,Ki-67/MIB-1陽性率を基に,再発リスク,再発予防や治療としてのオクトレオチドの有用性が予想でき,悪性度の評価,今後の治療戦略を検討することができる.
1983年から2011年12月まで医中誌Webで「ソマトスタチノーマ」,「ソマトスタチン産生腫瘍」,「肝転移」などをキーワードとして検索したところ,異時性肝転移例は自験例含め6例のみであった(Table 1)20)~24).単発・多発例は肝切除を施行,手術不能例はTAEや抗癌剤肝動注などの集学的治療が行われていた.自験例のように2回再発,術後20年以上の再発例は認めなかった.
Author | Year | Age | Sex | Time to metastasis | Number of lesion | Treatment | Prognosis |
---|---|---|---|---|---|---|---|
Shirouzu20) | 1985 | 74 | M | 7M | Multiple | Untreated | 8M dead |
Ohshima21) | 1993 | 50 | M | 1Y7M | Unknown | 5-FU/STZ | 3Y alive |
Misawa22) | 2002 | 64 | F | 12Y | Multiple | Hepatectomy | Unknown |
Sunahama23) | 2009 | 47 | F | 5Y | Multiple | ADM (TAE)→STZ/MMC (HAI) | 15Y alive |
Sakamoto24) | 2010 | 64 | M | 4Y8M | Multiple | HAI Octoreotide | 6Y4M alive |
Our case | 53 | F | 2Y 22Y |
Solitary Solitary |
Hepatectomy Hepatectomy |
22Y alive |
5-FU, fluorouracil; STZ, streptozotocin; ADM, Adriamycin; MMC, mitomycin C; TAE, transcatheter arterial embolization; HAI, hepatic artery injection
本症例は長期間無再発だったが2度再発し,Ki-67/MIB-1陽性率12.3%と悪性度が高く,今後も再発の危険性が高い.しかし,SSTR2発現を認めないことから,オクトレオチドによる効果は望めないことが予想される.Ki-67/MIB-1陽性率やSSTR発現の結果を踏まえ,本症例のように悪性度が高い症例や,SSTR発現のない症例は10年以上の長期的な経過観察を行い,早期発見,早期治療が重要であると考えた.
利益相反:なし