2014 Volume 47 Issue 7 Pages 388-394
症例は66歳の女性で,胃癌に対し幽門側胃切除術を施行し,病理組織学的検査にて低分化腺癌,pT4a(SE),pN2,cM0,cP0,CY0,cH0,pStage IIICと診断された.術後6年3か月頃より臍部腫瘤を自覚し,同時期にCA19-9の急激な再上昇を認めた.臍部腫瘤は細胞診で悪性と診断され,画像検査にて他に原発巣・転移巣を疑う所見を認めず,胃癌の孤立性臍転移が強く疑われた.臍部腹壁全層切除術を施行し,切開創から腹腔鏡を併用して腹腔内を検索したが,P0,CY0であった.病理組織学的検査所見は,免疫染色検査を含め原発巣と類似し胃癌の転移巣と診断された.術後早期にCA19-9は正常化し,現在化学療法を行い経過観察中である.胃癌術後晩期の孤立性臍転移は極めてまれであるため,胃癌臍転移の本邦報告97例についての検討を含めて報告する.
悪性腫瘍の臍転移結節は,Sister Mary Joseph’s nodule(以下,SMJNと略記)として知られ,一般に予後不良な徴候とされている1).今回,我々は胃癌術後6年3か月で孤立性臍転移にて再発した症例を経験したので,本邦で報告された胃癌臍転移症例の文献的考察を加えて報告する.
患者:66歳,女性
主訴:臍部腫瘤
既往歴:6年3か月前,進行胃癌に対し当科で開腹幽門側胃切除術,D2郭清を施行された(Fig. 1).術中所見で隣接臓器への浸潤が疑われ,結腸間膜および膵部分合併切除が行われたが,病理組織学的には浸潤は認められなかった.臨床・病理分類はpT4a(SE),pN2,cM0,cP0,CY0,cH0,pStage IIICで,病理組織学的検査所見はL,Post-Less,Type 3,45×70 mm,por>tub2,pT4a(SE),sci,INFγ,ly1,v1,pN2(5/38),pPM0,pDM0(胃癌取扱い規約第14版)2)であった.術後補助化学療法として,S-1内服が標準投与量(80 mg/day)で行われた.投与期間は当時の主治医の判断により3年間であった.
Macroscopic findings of the resected gastric cancer. The tumor is Type 3 (infiltrative ulcerative), measuring 70×45 mm.
現病歴:術後6年3か月目頃より,臍部腫瘤を自覚した.また,同時期より腫瘍マーカーの急激な再上昇が認められ,精査・加療が行われた(Fig. 2).
Clinical course. Serum CA19-9 levels were elevated 75 months after resection of gastric cancer.
入院時現症:全身状態は良好で,腹水や体表リンパ節腫大は認めなかった.臍部に弾性硬で可動性の乏しい2 cm大の無痛性腫瘤を触知した.
腹部US所見:臍部皮下に低エコーを示す腫瘤像を認め,腹腔内への連続は認めなかった.腹水は認めなかった.
腹部造影CT所見:臍部に造影効果を伴う境界不整な腫瘤を認めたが,その他,特記すべき異常所見は認めなかった(Fig. 3A).
A: Abdominal CT scan shows a well-enhanced umbilical mass (arrow). B: FDG-PET/CT shows FDG accumulation with a maximum standardized uptake value of 2.1 in the umbilical mass (arrowhead).
PET-CT所見:臍部腫瘤に一致して,SUVmax 2.1のFDG集積を認めた(Fig. 3B).淡い集積ではあったが,明らかに指摘できるため陽性所見と考えられた.他の部位には有意なFDG集積は認めなかった.
穿刺吸引細胞診所見:悪性所見で腺癌が強く疑われた.
以上より,臍部腫瘤は胃癌の孤立性臍転移が強く疑われ,手術を施行した.
手術所見:腫瘍から1 cm程度の切除マージンを確保して,臍部腹壁全層切除術を施行した.切開創から肉眼的および腹腔鏡を併用し腹腔内全体を観察したが,明らかな腹膜播種結節は認めず,腹腔洗浄細胞診も陰性であった.
摘出標本肉眼的所見:肉眼的には臍部皮下脂肪織内に限局する,白色の結節を認めた(Fig. 4A).肉眼的に腹膜への腫瘍の浸潤・露出は認めなかった(Fig. 4B).
A: Macroscopic findings of the resected umbilical mass (arrow). B: There is no invasion to the peritoneum.
摘出標本病理組織学的検査所見:臍部皮下にtub2を主体とする腫瘍細胞を認めた.脈管侵襲および腫瘍の腹膜露出は認めなかった.免疫染色検査では,胃癌・臍部腫瘤ともにCK7強陽性,CK20部分的陽性であった.また,粘液形質の検索では,いずれの病変もMUC5AC陽性,MUC6陰性,MUC2陰性であった(Fig. 5).
Immunohistochemical profile. The sites of adenocarcinoma are immunopositive for cytokeratin (CK) 7, CK 20 and MUC5AC.
以上より,臍部腫瘤は胃型(腺窩上皮型)胃癌を原発巣とした臍転移であると診断した.また,P0,CY0であることから胃癌術後晩期の孤立性臍転移と最終診断した.
術後経過:術後CA19-9は速やかに正常化した.現在,weekly PTX(80 mg/m2)による化学療法を施行し経過観察中である.
悪性腫瘍の臍転移はSMJNと呼ばれ,一般に予後不良な徴候とされる1).医学中央雑誌で「臍転移」または「Sister Mary Joseph」をキーワードに1983年から2012年12月までの会議録を含む報告例を検索し,自験例を含めた373例の原発巣につき集計した.原発巣は胃癌が最多の97例(26%)で,以下,大腸癌(20%),卵巣癌(18%),膵癌(14%),胆道癌(5%)子宮癌(4%),その他の順であった(Fig. 6).本邦におけるSMJNの原発巣の集計は,2003年に矢嶋ら3)が集計した113例がこれまでの最多で,その頻度は胃癌,膵癌,卵巣癌,大腸癌,胆囊癌の順であり,今回の集計とは第2位以下の順序が異なる.その要因として,我々の集計が会議録を含めたより大規模なものであることに加え,本邦において近年,大腸癌症例が増加していることが関与しているものと考えられた.
Origins of Sister Mary Joseph’s nodule in Japan.
今回,我々は自験例を含む胃癌臍転移97例の集計を行い検討した(Table 1).性別は女性が男性の1.6倍と多く,年齢の中央値は61歳(33~95歳)であった.臍転移巣の発見時期は,原発巣に先行から術後1年未満の早期転移例が約80%を占め,術後5年以上の晩期転移例は5例のみであった.また,SMJNが原発巣に先行し,その診断契機となったものは51.6%と高頻度であった.原発巣の肉眼型は,3型・4型が75%を,組織型はpor,sig,mucが60%を占めた.肉眼型でスキルス胃癌が多いことが女性の比率が高くなる要因と考えられた.また,転移巣の組織型では,por,sigの割合が原発巣より増加していた.臍以外への転移の記載は68例に認められ,それらのうちP1またはCY1が54例と最も多かった.一方で,自験例のように孤立性転移と考えられた症例は8例のみ4)~7)であった.そのうち,術後晩期再発症例は自験例と胃癌術後12年目に孤立性臍転移再発と診断した石川ら7)の報告のみであり,非常にまれな再発様式であった.岩永ら8)は,胃癌晩期再発症例の特徴として,遺残癌細胞が少ないこと,再発部位が癌進展に不利なこと,癌細胞の増殖が遅いこと,そして宿主の抵抗性が高いことの四つを挙げている.また,近年では癌細胞の増殖とアポトーシスのバランスが保たれるtumor dormancyといった概念が報告されている9).自験例では,孤立性転移であったことから,初回術後の遺残癌細胞が少なかったものと考えられた.また,臍転移の組織型がtub2であり比較的増殖速度が遅かったこと,そして術後投与したS-1によりtumor dormancyが誘導された可能性があり,これらの要因によって術後6年以上,再発徴候を示さなかったものと推測された.
Review of Sister Mary Joseph’s nodule in gastric cancer in Japan
SMJNの転移経路として,①腹膜播種の直接浸潤,②血行・リンパ行性転移,③implantationなどが挙げられる3)~7).自験例では,原発巣がpT4と腫瘍の漿膜面への露出を認め,腫瘍細胞が術野に散布される可能性があった.さらに,脈管侵襲がly1,v1と軽度で,腹膜播種を伴わないことから,転移経路は①②ではなく③implantationの可能性が推測されたが,他の報告同様に転移経路の証明は困難であると思われた.
SMJNに対する治療は,化学療法単独が最も多かった.切除術は34例で施行され,22例に化学療法が追加された.予後は,記載が認められた死亡例33例のうち18例がSMJNの診断から6か月未満の早期死亡であった.また,孤立性転移症例においても,4例で術後早期の腹膜播種再発・癌性腹膜炎,1例で全身転移が認められた.また,死亡例の直接死因はほとんどが癌性腹膜炎であることから,腹膜播種の有無が予後規定因子と考えられた.そのため,手術適応の判断には,全身状態や他臓器転移の有無に加え,腹膜播種の有無を検索することも重要である.小林ら10)は,治療方針決定に診断的腹腔鏡による腹膜転移の診断が有用であると報告している.SMJNの治療法別の予後については,観察期間がまばらで,不明例も多いことから詳細な検討が困難であるが,過去の報告において単独治療に比べ外科治療と化学療法の併用例で生存期間が長いとされている3)5).しかし,各症例の全身状態や転移臓器数の程度などに差異が大きく単純な比較は困難であるため,症例ごとに治療方針を決める必要がある.自験例は胃癌術後晩期かつ孤立性臍転移という比較的まれな再発様式であった.このような孤立性転移症例では切除術による根治の可能性も期待され,切除術を行う意義は大きいと考えられる.一方で,腹膜播種を含めて他臓器転移を伴う場合には,早期死亡例も多く予後不良であるため,化学療法が第一選択と考えられ,このような症例に対する切除術は,腫瘍増大に伴う疼痛,出血や感染に対する局所制御の選択肢として限定的にとらえるべきである.いずれにしても,孤立性または晩期再発症例においても,潜在的な腹膜播種や遠隔転移の可能性があることから,早期再発を含め予後不良な可能性があり,切除術単独ではなく化学療法の併用・継続や厳重な経過観察が必要と考えられた.
稿を終えるにあたり,病理組織学的検討にご指導いただきました当院病理部,荻野哲也先生に深謝いたします.
利益相反:なし