The Japanese Journal of Gastroenterological Surgery
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SPECIAL REPORT
How to Depict Artistic and Informative Operative Record
Yuhki SakuraokaKeiichi Kubota
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2020 Volume 53 Issue 2 Pages 189-197

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Abstract

私が手術記録の図示表現で心がけているのは,臓器の質感,手術の正確な手順,局所解剖の正確性である.また,図の配置を含めた手術記録全体の芸術性にもこだわりをもって取り組んでいる.術前画像診断で,その巨大さが故に,解剖学的位置関係,腫瘍栄養血管や原発部位の同定が困難であった巨大後腹膜腫瘍の腫瘍切除の手術記録の記載において,それらを忠実に描画することで,芸術的で汎用性のある手術記録を作成した.

はじめに

手術記録は公式記録であり,高い汎用性と豊富な情報を保有することで,患者が受ける利益は計り知れない.質の高い手術記録の作成は,外科業務の一貫であり,外科医に課せられた義務であることはいうまでもない.

私の手術記録のこだわりは,大きく分けて4点である.それは,①臓器の質感(硬い,軟らかい)を忠実に表現すること,②手術の手順を正確にわかりやすく記録すること,③正確な解剖学的位置関係を図示すること,④Artistic Workとしても優れていることである.

これらの私のこだわりの4点の表現方法について,実際の当科で日常的に使用している手術記録を参照し具体的に解説する.

症例は,巨大後腹膜腫瘍で術前画像診断では他臓器浸潤を示唆する所見とともに,多数の栄養血管の存在し,原発部位の同定に関して合同カンファレンスでも議論となった症例であった.そのため,私のこだわる4点を遵守した手術記録の詳細な記載を要する症例であり,術前診断にかかわった全ての医療スタッフが理解でき,情報を共有し,手術を想起できる内容と情報にする必要があった.本症例を通して,階層的,段階的な実際の手術記録作成手順を解説し,多くの外科医に,汎用性,芸術性の両面で良質の手術記録の作成の参考となれば幸いである.

症例

症例は69歳の女性で,腹部膨満感の精査で指摘された巨大後腹膜腫瘍である.

生活歴に特記事項はなく,既往歴は高血圧,糖尿病,子宮筋腫であった.血清腫瘍マーカー,ホルモン値はいずれも正常値で,肝機能腎機能にも異常値はない.CT所見では,左上腹部に24 cm×15 cmの腫瘤を認め,膵臓,脾臓,胃を上前方へ,左腎を下方に圧排していた.腫瘤の頭側1/3は左上副腎動脈と左下横隔動脈から分岐する枝によって栄養され,腫瘤の尾側背側1/3は中副腎動脈より栄養されていた(Fig. 1a, b).PETでのmaximum standardized uptake valueは2.81と集積が軽度で脂肪成分に富み,脂肪肉腫が術前診断に挙がった(Fig. 1c, d).手術は,弾性硬の後腹膜腫瘤を周囲臓器から授動し,栄養血管を順次結紮切離していき,他臓器を損傷することなく,腫瘍を被膜ごと摘出に至った.術後経過は良好で8日目に軽快退院となり,術後8か月を経過し,無再発で外来通院中である.

Fig. 1 

Enhanced CT revealed there was a huge low density lesion in the left abdominal cavity (a, b) it was located just below the pancreas and above the left kidney. The tumor had marginal standardized uptake value (c, d).

病理組織学的には,成熟した脂肪細胞の増殖を認め,異常細胞は認めなかった.部分的には赤芽球,顆粒球および高く巨細胞の骨髄組織が目立つ箇所がありmyelolipomaの診断に至った(Fig. 2).

Fig. 2 

Erythroblast, granulocyte and multinucleated giant cell formation were found in the tumor which was diagnosed as myelolipoma.

手術記録作成方法

図示すべき手術の手順は,皮膚切開→開腹所見→腫瘍局在→腫瘍への栄養血管→摘出へのアプローチ→授動と剥離→ドレーン挿入留置,閉創であり,手術記録はこの順序を追って記載していくが,まずは紙面上の図のレイアウトを決定する.当院で使用している公式の手術記録を手にして,図の配置を頭の中で決定したら,下書きなしで,一気に図を描画する.使用するペンに関しては後述するが,図の大部分を描くペンは手術室にある一般的な黒のボールペンを使用する(Fig. 3).次に,各々の図に作画する最も重要な情報となるのが,腫瘍の解剖学的位置関係である.本症例において,実際に記載すべき事項を,下記に列記する.

Fig. 3 

This is the black and white operative record. Each figure was written by ordinary black pen and I spent approximately 40 minutes writing.

①腫瘍は,背側から腸間膜を腹側に圧排,②腫瘍の局在は後腹膜腔,③網囊を左側で開放し他臓器(膵臓,脾臓)との関係を確認,④胃,十二指腸との関係,⑤横行結腸,下行結腸,腸間膜との関係,これらを手術の手順に準じて記載していく.開腹後,網囊左側を開放して膵臓との連続性がなく,膵原発でないことを確認し,左側結腸をwhite lineから授動していき,腸間膜を腹側に圧排していた腫瘍前面に到達した,という記載になる(Fig. 4).この際に牽引した結腸の方向を太い矢頭で記載し,開放していった膜と授動されていった臓器を矢印で記載することで,二次元の静止画である図が三次元的で動作を伴った情報を含有することができる.また,基本的に紙面上下に頭尾側の前頭方向で記載される手術記録であるが,解剖学的表現をより詳細にするために,本症例では水平断面の図を追記することで,読み手に腫瘍の局在の理解を深められる内容となっている(Fig. 4).このように,手術記録は必ずしも術者目線での視野で記載にこだわらず,正確な解剖情報を伝達しうる方策で表現するべきであると私は考えている.腫瘍の局在とその露出に際しての手順の記載を経て,次には,腫瘍への栄養血管の記載と,腫瘍摘出に要する血行処理の記載に移る.腫瘍への流入血管は左下横隔動脈,左上副腎動脈,そして大動脈からの無名動脈であり,各々結紮処理としたことを図示する(Fig. 5).また,手術所見から推察される腫瘍の原発部位の記載に移る.術前画像所見から左副腎原発が疑われていた.手術所見としては,左副腎と腫瘍の連続性がなく,そのかわりに,左腎臓頭側背側の後腹膜の脂肪組織が硬化しており,腫瘍に固着していることから,同部位の脂肪組織が原発と示唆される所見であった(Fig. 5).次に,私の手術記録記載のこだわりの一つでもある質感を加筆する.使用する筆記用具はSAKURA社のPIGMA MICRON FINELINERS SETである.この油性ペンは6本セットでのペン先は一番細いもので0.20 mm,それから0.05 mm間隔で太くなっていき,一番太いもので0.50 mmまでで構成されており,微細な線の描画に優れている.これを使用して臓器,腫瘍の質感を表現していくのだが,具体的には陰影を表現する細かな線を加筆する作業となる.例えば,Fig. 4の大網の描画においては,脂肪組織が小さな山脈に連なる構造物の山脈の底面の部分をうろこ状に連続する影として描出すると,二次元で描かれた大網が柔らかさを伴った立体構造として表現できる.一方でFig. 5右下に記載された腎臓の表面はなめらかな連続した細い斜線を光が臓器をはじく方向に等間隔で同じ太さで描画することで,腎臓の弾力性が表現でき,その表面の小さな電気メスでの焼灼損傷,挫滅層に関しては,いびつで太さの異なるジクザグな線(非生物学的な曲線)を重ねて描くことで,その創部を表現することができる.同様な陰影の描画を各々の図に加筆することで質感表現が完成される.最後にカラーリングであるが,私はToo Marker Products Inc.のCOPICマーカーを使用している.このマーカーは4,5 mm幅の形状をしており,塗りやすく,塗り斑がほとんどなく,短時間でのカラーリングが可能である.色のバリエーションも豊富なため,手術記録記載に使い勝手が良い.具体的な色彩の選択は,門脈にはB14 Light Blue,動脈にはR27 Cadmium Red,膵臓にはYR00 Powder Pink,胆囊にはG21 Lime Greenなどを使用している.上記の行程を経てFig. 6の手術記録が完成となる(全作成時間90分,白黒のみでは50分).

Fig. 4 

This is explanation of the tumor location and the way of mobilization. The large arrow heads showed the pulling direction in order to mobilize the tumor and the small arrows were found where is the appropriate layer to approach the tumor.

Fig. 5 

There were feeding arteries in these figures. The tumor fed by left lower phrenic artery, adrenal artery and many short arteries originated from aorta directly.

Fig. 6 

This is the final colored version of the operative record. Coloring was done by using the special pens as I describe the detail in the draft.

考察

上記に手術記録記載の手順を説明したが,質感の表現の方法といかにしてArtistic Workとしてのレベルを高くするかについての私の方策を解説する.まず,質感の表現は,読者に瞬時にその臓器の硬い軟らかい,癒着の程度,炎症の強さ,初回手術の汚染の程度などの情報を視覚的に瞬時に伝え,再開腹手術や二期再建などの手術に挑む際に,他の外科医にも有益な情報源となる.具体的な表現方法は,前述したように,陰影のつけ方や使用する筆記用具にもポイントがあり,ぜひ参考にされてほしい.

また,Artistic Workについてであるが,絵図そのものの重要性もさることながら,その文章と図の配置,図の大きさに,文字の大きさにも気を配る必要がある.これを私は,Beautiful Ordonnanceと呼び,重要視している.例えば,優れた美術作品,観光名所として人々を魅了する建造物には,その人に美しいと感じせしめる配列の規則性や配置の妙があり,数多くの学術誌にて,その“美しさ”を感じる形状,模様にもある種のパターン化された特徴があるとされており,それらには科学的,生物学的アプローチがなされており,多くの学者たちが詳細な解明を進めている1)~3)

図と文章で構成される手術記録にもそのエッセンスを落とし込むことによって,その芸術的,美的レベルを上げることができる.具体的には先に紹介した実際の手術記録にも,Fig. 5において巨大後腹膜腫瘍を手術記録の左上方に記載し,原発部位を右下のワイプ内に拡大して描画することで,自然に視線が紙面の左上方から右下方へと斜めに移行することを誘導し,ワイプ内の拡大図が浮き上がって見える作りとなり,美的にもすっきりとしたレイアウトとなっている.このことは,読み手に取っても情報が取得しやすい仕上がりとなっている.このように意図的に斜めに大きさの異なる図の配置やカラーリングの強弱,濃淡は,手術記録に奥行きを表現することが可能で,ルネサンス以降の絵画やル・コルビュジエの多くの建築物にも広く応用されているテクニックであり,これらを外科医の作画にも応用することで,手術記録もArtistic Workとなると私は確信している4)~6).一方で,いわゆるイラスト調で手術記録を作画し,薄めのカラーリングする方が,読み手も層の違いをイメージしやすく,見やすいとする外科医の意見もあり,この過度の質感の追記はあまりに美術作品に傾倒することとなり,そのバランスには注意されたい.

また,製作時間についても言及したい,政府主導の働き方改革が叫ばれ,我々,医療者にも職業人として,その実践が急務となってきている.多くの外科医が,長時間手術,術後の患者の指示出し,患者様ご家族への説明,検体整理,の通常業務後に,作成する手術記録であるため,その時間短縮は急務であることは働き方改革の遵守の点からも我々外科医が取り組むべき問題の一つである.この点においても,レイアウトをまず決定し,下書きなしにペン入れをした後に文章を記載する私の手術記録作成の手順は,多くの外科医の手助けになると考える.実際,私は,手術終了直後からICU入室までの30分から40分程の時間を利用して,患者ベッドサイドで白黒の手術記録のペン入れを全て終了し,この手術記録を供覧しながら,ICU入室後に患者様ご家族への術後説明を行っている.その後,同僚の外科医が検体整理を施行している間に文章を記入して,検体整理が終了した時点で,白黒の手術記録は完成しているため,手術記録作成を事由とした業務時間の延長は皆無である.続いて,翌日の朝のカンファレンスでの手術内容説明を行い,教授をはじめとする医局員の確認と承認を受けて,追記,修正などを行って公式手術記録の完成となる.特に,難易度の高い術式を伴う症例や,白黒では,情報が不十分であると考えられた複雑な解剖学的位置関係を有する症例のみに対して,時間的に余裕がある週末に,電子カルテに取り込まれた状態の白黒の手術記録に色つけを行っている.多くの外科医がそうであるように,通常業務終了後に鉛筆による下書きをしてからの手術記録の作成は時間がかかりすぎる点と,記憶が不明瞭になることが多いため避けた方がよく,手術直後の外科医特有の高揚状態の間に作成した方が,作業効率も格段に良いと私は考えている.

以上のように,私は,手術記録には効率的な作業手順と描画テクニックがあり,それらを実践することでArtistic Workとしての質も高く,読み手に取ってわかりやすく,情報量の多い内容に仕上げることができる.さらに,作成時間の短縮にも配慮をして,労働時間の変革がある現代社会においても実践可能な作成方法として提示させていただいた.最後に,第74回消化器外科学会総会特別企画「オペレコを極める」への参加にたいして,御助言いただき,発表会から表彰式までお付き合いいただいた,窪田敬一主任教授,青木琢学内教授,石塚満准教授をはじめ,私に学会ポスターや論文の挿絵などに代表される作画の機会を与えてくださる獨協医科大学第二外科医局員一同に感謝の意をここに表したい.

利益相反:なし

文献
  • 1)  Gazzaniga MS. 人間らしさとはなにか?―人間のユニークさを明かす科学の最前線.柴田 裕之訳.東京:合同出版;2010.
  • 2)  Zeki S. 脳は美をいかに感じるか:ピカソやモネが見た世界.河内 十郎訳.東京:日本経済新聞社;2002.
  • 3)   関口  達彦, 川畑  秀明.脳活動の多変量パターン解析を用いた腕時計のデザイン評価.電子情報通信学会誌.2011;J94-D(6):1017–1024.
  • 4)  Solso RL. 脳は絵をどのように理解するか―絵画の認知科学.鈴木 光太郎,小林 哲生訳.東京:新曜社;1997.
  • 5)  Alberti LB. 絵画論.三輪 福松訳.東京:中央公論美術出版;1971. p. 26–28.
  • 6)  Le Corbusier. Almanach d’archltecture moderne. Paris: Editions G. Crès; 1926.
 

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