2020 Volume 53 Issue 2 Pages 205-212
症例は79歳の男性で,広範囲に浸潤する遠位胆管癌に対して膵頭十二指腸切除+肝外胆管切除を予定した.年齢,併存症を加味して肝切除は行わない方針としたため,予定胆管切離ラインは最大でも左右尾状葉枝が合流する部位の左右肝管とした.手術ではまず,三管合流部で胆管切離を行ったが間質浸潤陽性であったため追加切離を3回行った.最終的に術前に予定していた最大の胆管切離ラインである左右尾状葉枝が左右肝管にそれぞれ合流する部位で肝管切離を行ったが,左右肝管ともに上皮内進展陽性であった.これ以上の肝管切離を行うためには肝切除を伴うため,追加切離は行わずに手術終了とした.術後6か月を経過した現在無再発生存中である.胆管癌手術では,R0手術が望ましいが,本症例のようにR1切除を余儀なくされる症例が見られる.今回,上記の理由からR1切除に終わった症例に対して手術記録を詳細に記載したので文献的考察を加えて報告する.
三管合流部付近の胆管を主座とする遠位胆管癌症例では膵頭十二指腸切除(pancreatoduodenectomy;以下,PDと略記)+肝外胆管切除を基本術式とするが,肝側に広範囲に浸潤する症例では肝切除を併施した肝膵同時切除(hepatopancreatoduodenectomy;以下,HPDと略記)を行うことが必要になる場合がある.今回,我々は三管合流部付近の胆管を主座とする遠位胆管癌に対して,術前にPD+肝外胆管切除で切除可能と診断して手術に臨み,術中迅速診断で肝側胆管断端が陽性となり追加切除を行ったにもかかわらず,胆管断端陰性を得ることができなかった.さらに,胆管の追加切除を行うには肝切除が必要であったが,年齢および併存症の観点から肝切除は行わず手術終了とした.胆管癌手術では,R0手術が望ましいが,本症例のようにR1切除を余儀なくされる症例が見られる.今回,上記の理由からR1切除に終わった症例に対して手術記録を詳細に記載したので文献的考察を加えて報告する.
患者:79歳,男性
主訴:心窩部痛
既往歴:心房細動
現病歴:2018年10月心窩部痛を主訴に近医を受診し,肝機能障害を指摘されたが,経過観察となっていた.2018年11月の採血で閉塞性黄疸を認めたため前医を紹介受診した.造影CTで遠位胆管癌疑いの診断となり,ERCPが施行された.胆管ブラシ細胞診でClass V:adenocarcinomaが検出され,遠位胆管癌の診断で2018年11月当院紹介受診となった.
入院時現症:身長173 cm,体重75 kg.眼球結膜に軽度黄染あり.腹部は平坦,軟であった.
入院時検査所見:WBC 3,940/μl,Hb 14.1 g/dl,Plt 22.7×104/μl,アルブミン3.8 g/dl,AST 74 U/l,ALT 110 U/l,血清アミラーゼ96 U/l,総ビリルビン3.42 mg/dl,直接ビリルビン2.53 mg/dl,クレアチニン0.86 mg/dl,CEA 2.4 ng/ml,CA19-9 130 U/ml,BNP 94 pg/mlであった.
腹部造影CT所見:三管合流部レベル~膵内胆管に造影効果を伴う全周性の壁肥厚を認めた.膵内胆管で膵臓への浸潤が疑われた.総肝管の造影効果は膵内胆管から連続して左右肝管合流部直下まで及んでおり,腫瘍の進展範囲は膵内胆管から左右肝管合流部直下の総肝管までと診断した.総肝管腹側を走行する右肝動脈(right hepatic artery;以下,RHAと略記)を含め,周囲脈管への浸潤は認められなかった.明らかなリンパ節転移を示すようなリンパ節腫大は認めなかった(Fig. 1).
Contrast enhanced CT findings. (A) Red arrowheads in the coronal section indicate the location of the main tumor. (B) Void arrow in the coronal section indicates the proximal edge of the cancer invasion. (C) (D) The horizontal section showed the right hepatic artery running on the ventral side of the common bile duct was not invaded by the cancer. RHA, right hepatic artery.
腹部MRCP所見:総胆管内に胆管ステントが留置されている.左右肝管合流部より1.4 cm乳頭側の総胆管から膵内胆管まで胆管狭窄を認めた(Fig. 2).
MRCP findings show the stenosis of the bile duct from the perihilar bile duct to distal bile duct (red two direction arrow). MPD, main pancreatic duct; LHD, left hepatic duct; B ant., anterior branch of hepatic duct; B post., posterior branch of hepatic duct.
手術プラン:年齢,併存症からPDのみ行い,肝切除は行わない方針とした.まず,左右肝管合流部で肝管切離を行い,肝管断端を迅速診断に提出する方針とした(Fig. 3A①, 3B①).肝管断端迅速診断の結果が陽性であった場合には,肝門部胆管を追加切除する方針とした.肝門部胆管の切離限界ラインは左右の尾状葉枝の合流部の中枢側までとした(Fig. 3A②, 3B②).
The schema (A) and 3DCT image (B) of the anatomy and extent of the cancer. The bile duct painted in red color indicates the range of the cancer invasion. We planned to cut the bile duct at the confluence of hepatic ducts at the first time (A①, B①). If intraoperative frozen section diagnosis of the bile duct stump reveals positive with the cancer, we plan to cut the bile duct at the location where the caudate lobe branches join (A②, B②). LHA, left hepatic artery; MHA, middle hepatic artery; RHA, right hepatic artery; CHA, common hepatic artery; LGA, left gastric artery; GDA, gastroduodenal artery; IPDA, inferior pancreaticoduodenal artery; J1a, first jejunal artery; SMA, superior mesenteric artery; SMV, superior mesenteric vein; Cystic A., cystic artery; BX, bile duct branch of segment X.
手術所見:開腹して肝転移,播種結節のないことを確認した.Kocher授動から膵下縁の剥離を行い,門脈前面でトネリングの準備をした後に肝門操作に移った.総胆管腹側を走行するRHAをテーピングし,腫瘍浸潤のないことを確認した.術前の胆管炎による影響で総胆管周囲は炎症の影響で強固に癒着していた.まず,三管合流部よりもやや肝臓側で総肝管のテーピングを行った.腫瘍の進展はさらに肝臓側まで及んでいると術前に予想していたが,胆管周囲の炎症が高度であり,胆管の剥離に難渋したため,まず,胆管をテーピングした三管合流部よりもやや肝臓側で胆管切離を行い迅速診断に提出したうえでさらに肝臓側に胆管の剥離を行う方針とした,三管合流部よりもやや肝臓側で胆管切離を行い迅速診断に提出したところ,間質浸潤・上皮内進展陽性であった(Fig. 4B①).肝門側に1.7 cm追加切除を行い,迅速診断に提出したが,間質浸潤・上皮内進展陽性であった(Fig. 4B②).さらに,肝門側に総肝管を0.5 cm追加切除したところ肝管断端は左右肝管の2孔となった(Fig. 4A, 4B③).迅速診断の結果は左右肝管ともに間質浸潤・上皮内進展陽性であった.さらに肝側で胆管切離を行うために,まず,グリソン一括確保の要領で左右肝管合流部頭側において肝門板をテーピングした後に,左右肝管を分けるように肝門板を切離した(Fig. 5A, B).左肝管腹側を走行する中肝動脈を剥離し温存した.その後,左右肝管をそれぞれ肝側に0.5 cm追加切除したところ右は右肝管本幹とB1rの2孔,左は左肝管の1孔であった.迅速診断の結果は左右ともに上皮内進展陽性であった.これ以上胆管を追加切除するためには,少なくとも全尾状葉切除が必要になり,肝切除が必要になることから術前の方針通り,胆管追加切除は行わない方針とした.門脈前面で膵切離を行い,膵頭神経叢を切除して検体を摘出した(Fig. 6).再建はChild変法で行った.手術時間は831分,出血量は1,700 gであった.
First, the bile duct was resected at the union of cystic and common hepatic duct (B①). Intraoperative frozen section diagnosis of the bile duct stump (IOD) revealed positive with the invasive cancer. Additional 1.7 cm proximal bile duct resection was performed, and IOD revealed positive with the invasive cancer (B②). Further, additional 0.5 cm proximal bile duct resection was performed, and IOD revealed positive with the invasive cancer (A, B③). LHA, left hepatic artery; RHA, right hepatic artery; CHA, common hepatic artery; RGA, right gastric artery; GDA, gastroduodenal artery; CHD, common hepatic duct; PV, portal vein; IOD, intraoperative rapid diagnosis of the bile duct stump.
To perform additional proximal bile duct resection, the hilar plate was dissected to separate the left and right hepatic ducts after encircling the hilar plate (B, violet dot line). Then, 0.5 cm left and right hepatic duct was resected, respectively (B④). LHA, left hepatic artery; MHA, middle hepatic artery; RHA, right hepatic artery; LPV, left portal vein; RPV, right portal vein; A ant., anterior branch of hepatic artery; A post., posterior branch of hepatic artery; LHD, left hepatic duct; RHD, right hepatic duct.
The picture after the specimen was removed. LHA, left hepatic artery; CHA, common hepatic artery; RHA, right hepatic artery; PV, portal vein; LHD, left hepatic duct; RHD, right hepatic duct.
切除標本病理組織学的検査所見:Bdp-dC,circ,平坦浸潤型,105×32 mm,Tubular adenocarcinoma,moderately differentiated(tub2),sci,INFc,ly0,v2,ne3,pHM1,pEM0,pPV0,pA0,pT3a,pN1,M0,pStage IIB.
術後経過:合併症なく術後26病日に退院となった.術後6か月を経過した現在無再発生存中である.
胆管癌における水平方向の進展度診断には胆道ドレナージ前のmultiple detector CT(以下,MDCTと略記)を用いて行うことが有用であるといわれている.MDCTによる水平方向の進展度診断は,主に癌による狭窄部,造影効果を有する胆管壁の肥厚,狭窄部上流の胆管内腔径の変化を評価することで行う1)2).MDCTにおける胆管癌の粘膜下浸潤を伴う腫瘍進展度診断のaccuracyは79.7%であるという報告も存在する3).しかし,胆管水平進展度診断に関しては時に難渋することがあり,その正診率は決して高くない4).本症例では,減黄前の造影MDCTで三管合流部よりもやや肝門側から膵内胆管まで胆管壁の造影効果を認め癌の浸潤と診断したが,左右肝管合流部までは胆管の造影効果を認めなかったため,左右肝管で肝管切離を行うことで肝管断端を陰性にすることが可能であると診断した.しかし,術中迅速診断では左右肝管まで上皮内進展を認めた.上皮内進展の診断には超音波内視鏡や胆道鏡を用いたマッピングバイオプシーが有用であるという報告が存在する.川嶋ら5)は表層進展しやすい乳頭型,結節型胆管癌において1個のみ生検を行った胆管癌43例のsensitivity:70.7%,specificity:100%,accuracy:72.1%であり,3個生検を行った8例では,sensitivity:100%,specificity:100%,accuracy:100%と良好な成績を報告している.本症例は,術前診断から膵頭十二指腸切除は必須であると考えられたが,年齢,併存症の観点から肝切除は行わない方針とした.もし,肝切除まで考慮する症例であれば,左右肝管への水平進展を正確に診断して右・左肝切除のどちらを選択するかを術前に決定するためにもマッピングバイオプシーは非常に有用であったと考えられる.
胆管断端の術中迅速組織診断と長期予後との関係に関してはWakaiら6)が2005年に報告している.その報告では,術中迅速組織診断で胆管断端が上皮内進展陽性であった群と胆管断端が陰性であった群では,術後のoverall survival(OS)に有意な差を認めなかった.その後,同様の結果を示す報告が異なる施設から多くなされた.一方で,Tsukaharaら7)はpTis-2N0M0の早期癌において,胆管断端が上皮内進展陽性であった群では陰性である群よりも有意に予後不良であったと報告している.即ち,進行癌も含めたこれまでの報告では,上皮内進展陽性の予後に与える影響は緩徐なものであるため,その影響が強い予後規定因子にマスクされてしまっていると考えられる.本症例は術前診断で進行度をT3aN0M0の進行癌であると診断していたため,前述の報告に則しても,胆管断端が上皮内進展陽性であることは予後に影響しないと判断してそれ以上の胆管の追加切離を行わなかった.
肝門部領域胆管癌の手術の基本術式は,左右どちらかの葉切除と全尾状葉切除を行うことであることは広く知られている.尾状葉胆管は左右肝管に合流しており,肝門部領域胆管癌ではこの尾状葉枝に浸潤する可能性があるからである.そのため,本症例のように患者背景から肝切除を行わず,肝門部胆管切除のみで行おうとする場合,尾状葉枝の合流形態の把握が重要となる8).本症例では尾状葉枝は術前のMDCTで少なくても左右肝管に1本ずつ合流していることが把握可能であり,肝門部胆管切除の切離限界ラインはこれらの尾状葉枝の合流部の中枢側までとした.実際,最終的な右肝管の切離ラインには尾状葉枝が出現しており,最終的に胆管を切離したラインは術前に予定していた切離限界ラインとほぼ一致していた.もし,R0切除を達成するためさらに胆管の追加切離を行うには,少なくとも尾状葉切除が必要になるため,手技自体が非常に複雑になり,かつ,胆道再建も多孔吻合となるため術後合併症の発生率も高くなり,侵襲が大きくなると考えられた.
三管合流部付近の胆管に主座を置く胆管癌は本症例のように肝臓側,十二指腸側に広範に浸潤する,もしくは,総胆管背側を走行する右肝動脈が浸潤を受けていた場合にHPDが必要になる症例も見られる.しかしながら,HPDの在院死亡率は7.6%と高く9),その合併症発生率も高率であると報告されているため,手術適応に関して慎重になるべきと考えられている.本症例は耐術能からHPDは適応なしと考えたが,若年であり,併存症が少なく耐術能が許す患者であれば術前にHPDの可能性も十分考慮しなければならない症例であったと考えられる.
利益相反:なし