The Japanese Journal of Gastroenterological Surgery
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CASE REPORT
Cardiac Tamponade Caused by Pericardial Metastasis of Rectal Cancer
Aya NoguchiHiroshi YoshidaShinya KawaguchiAkihiko HashimotoSatoru ShirasoNanako FujikawaYouichi HajiMitsuhiro ShimuraShingo ToyamaShigeyuki AsanoFumiaki Shinya
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2020 Volume 53 Issue 5 Pages 456-462

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Abstract

症例は65歳の女性で,2013年12月,直腸癌に対し腹腔鏡下高位前方切除術を施行し,pStage IIIbのため術後補助化学療法を行った.2015年9月,肺転移に対し胸腔鏡下肺部分切除術を施行した.2016年9月に縦隔リンパ節転移を認め,化学療法を開始した.2018年11月に呼吸苦,労作時息切れを認め,心タンポナーデの診断で心囊ドレナージを施行した.心囊液の細胞診で腺癌を認め,直腸癌の心膜転移と診断した.退院後に化学療法を再開したが,2019年3月に食思不振,心囊液貯留を認めた.心タンポナーデ再発に対し,心囊ドレナージを施行し症状緩和はえられたが,第21病日に永眠された.悪性腫瘍の心転移は消化器癌では少なく,直腸癌の心膜転移による心タンポナーデは非常にまれである.心膜転移はリンパ行性が多いと推察され,本症例のように縦郭リンパ節に転移を認める症例では,心タンポナーデの発症に留意する必要がある.

Translated Abstract

A 65-year-old woman underwent laparoscopic anterior resection for rectal cancer in December 2013 and received adjuvant chemotherapy because it was pStage IIIb. She underwent thoracoscopic partial lung resection for lung metastasis in September 2015. One year later, mediastinal lymph node metastasis was noted and chemotherapy was started. In November 2018, she complained of dyspnea and exertional shortness of breath due to cardiac tamponade and underwent pericardial drainage. The cytology showed adenocarcinoma, therefore it was diagnosed as pericardial metastasis of primary rectal cancer. After being discharged, chemotherapy was restarted. In March 2019, she had loss of appetite and re-accumulation of pericardial effusion. Pericardial drainage was performed due to recurrence of cardiac tamponade. Her symptoms disappeared with drainage but she passed away on the 21st day after being admitted. Cardiac metastasis of gastrointestinal cancer is uncommon and pericardial metastasis of rectal cancer is very rare. It is presumed that lymphogenous metastasis is a major mechanism of pericardial metastasis. In cases like ours, where a patient has mediastinal lymph node metastasis, the possibility of cardiac tamponade should be considered.

はじめに

悪性腫瘍の心転移は,癌末期状態では比較的認められる転移形式であり,心膜,心筋,心内膜に生じるとされるが,心膜転移が大部分を占める1).心転移例の多くは無症状で経過し,心タンポナーデを発症するのはまれであり2)3),直腸癌の心転移による心タンポナーデ発症例の報告はほとんどない.心タンポナーデは急激に発症し,緊急対応が求められるため,注意すべき病態である.今回,我々は直腸癌術後5年で心膜転移による心タンポナーデを発症した1例を経験したため報告する.

症例

患者:65歳,女性

主訴:呼吸苦,労作時息切れ

家族歴:特記すべきことなし.

既往歴:尿管結石,右白内障術後

現病歴:2013年9月,血便のため近医を受診した.下部消化管内視鏡検査で直腸S状結腸部に2型腫瘍を認め,精査加療目的に当院に紹介となった.同年12月,腹腔鏡下高位前方切除術,D3リンパ節郭清を施行した.病理組織学的所見は,tub2,T2,N2,M0,pStage IIIb(大腸癌取扱い規約第8版),RAS変異型であり(Fig. 1),術後補助化学療法としてcapecitabine+oxaliplatinを6か月行った.経過観察中の2015年9月に右肺転移を認め,胸腔鏡下肺部分切除術を施行した.その後,2016年9月に行ったFDG-PET/CTで,右鎖骨上窩リンパ節,右肺門リンパ節に異常集積を認めた(Fig. 2).縦隔リンパ節転移と診断し,S-1+irinotecan+bevacizumabによる化学療法を開始した.2018年11月に呼吸苦,労作時息切れのために近医を受診した.脈拍130回/分,SpO2 94%(room air),胸部単純X線で心陰影の拡大,心臓超音波検査で心囊液貯留を認め,心タンポナーデの診断で当院循環器内科を紹介受診した.緊急で心囊ドレナージを施行後,入院となった.

Fig. 1 

a: Resected specimen showed type 2 tumor at the rectum (RS, 13×13 mm, tub2, T2, N2, M0: Stage IIIb. Laparoscopic low anterior resection: Cur A). b: Microscopic examination revealed moderately differentiated tubular adenocarcinoma in the rectal tumor specimen (HE ×40).

Fig. 2 

a, b : FDG-PET/CT scan showed intense uptake in the right supraclavicular lymph nodes and right hilar lymph nodes (SUV max=9.48).

入院時現症:体温37.7°C,血圧113/69 mmHg,脈拍116回/分,SpO2 94%(鼻カヌラ1 l/分),呼吸数17回/分,労作時息切れを認めた.

血液検査所見:白血球数5,500/μl,CRP 1.3 mg/dlと炎症反応の上昇は軽微であった.BNP 45.2 pg/ml,腫瘍マーカーはCEA 91.1 ng/ml,CA19-9 203 U/mlであった.

胸部単純X線検査所見:心胸郭比72%と心陰影が拡大しており,両側肺門部を中心に透過性低下を認めた(Fig. 3).

Fig. 3 

Chest radiograph shows cardiomegaly (CTR=72%).

胸部CT所見:著明な心囊液貯留を認め,両側肺門部優位に浸潤影がひろがっていた(Fig. 4).

Fig. 4 

a: Enhanced CT scan showed massive pericardial effusion. b: Chest CT scan showed alveolar consolidation of the bilateral pulmonary hilum.

入院後経過:心囊液貯留による心タンポナーデの診断で剣状突起下経皮的心囊ドレナージを行った.排液は血性であり,840 mlの心囊液を吸引後,カテーテルチューブを留置した.心囊液内のCEAは1,854.6 ng/mlであった.細胞診では,N/C比が増大し,核小体の腫大,核形不整を示す大型の類円形異型細胞を多数認め,class V(adenocarcinoma)の結果であった(Fig. 5).造影CTで,縦隔リンパ節転移は著変なく,心臓や肺,肝臓などに明らかな腫瘍性病変を認めず,直腸癌の心膜転移と診断した.計400 mlをドレナージ後,1日量25 mlまで排液が減少したため,第4病日にカテーテルチューブを抜去した.抜去後は心囊液の再貯留を認めず,利尿薬の調整を行い,第13病日に退院となった.

Fig. 5 

Cytological classification of the pericardial effusion was class V (papanicolaou ×400).

退院後経過:外来でcapecitabine+bevacizumabを開始したが,退院3か月後の2019年3月に食思不振,心囊液貯留のため当科入院となった.第6病日に呼吸苦が出現したため,循環器内科にコンサルトし,心タンポナーデの診断で剣状突起下経皮的心囊ドレナージを施行した.血性の排液を630 ml吸引し,カテーテルチューブを留置した.排液は極少量となり,留置3日後にカテーテルチューブを抜去した.症状緩和はえられたが,CEA値,CA19-9値の上昇,黄疸の進行を認め,徐々に全身状態が悪化していった.本人,家族とも化学療法の継続を希望せず,best supportive careの方針となった.第16病日に緩和ケア病棟に転棟され,第21病日に永眠された.初回手術から5年4か月,心タンポナーデ発症から4か月であった.

考察

癌性心膜炎による心タンポナーデは急性発症し,突然死を引き起こす場合もあるため,迅速な対応が必要である4)5).悪性腫瘍の心転移は,悪性腫瘍患者の剖検例では10%程度とされており6)7),癌末期状態では比較的認められる転移形式である.原発巣は肺癌と乳癌が多いが8),消化器癌の心転移は少なく,Klattら6)の報告では,悪性腫瘍患者の剖検1,029例のうち,結腸癌および直腸癌の心転移は72例(1.8%)であった.また,心転移例の90%が臨床的に無症状であり2),心タンポナーデに至る症例は非常に少ない.Takayamaら3)は,22年間のデータを後方視的に検討し,43,735人の悪性腫瘍患者のうち心タンポナーデを発症したのは113例(0.3%)と報告している.直腸癌の心転移に伴う心タンポナーデ発症例はほとんど報告されていない.医学中央雑誌で1964年から2019年8月の期間で「直腸癌」,「癌性心膜炎」または「直腸癌」,「心タンポナーデ」,PubMedで1950年から2019年8月の期間で「rectal cancer」,「pericardial effusion」または「rectal cancer」,「cardiac tamponade」をキーワードとして検索した結果,それぞれ1例9),2例の症例報告10)11)のみであり,本症例は極めてまれな経過であったと考えられる.

悪性腫瘍による心転移の部位や経路に関して,星野ら1)が剖検で発見された心転移64例で検討している.心転移の部位には,心膜,心筋,心外膜があり,心膜転移は心転移全体の81%と大部分を占めている.心膜への転移が多い要因として,悪性腫瘍による直接浸潤,リンパ行性,血行性のいずれの経路による転移も生じる可能性があるためと考えられている12)13).心転移の経路としては,リンパ行性転移が45.9%と最多であり,心膜転移例では50%がリンパ行性転移であった.リンパ行性転移の機序として逆行性転移が提唱されている14).心臓のリンパ流は心膜リンパ神経叢に集まり,縦隔リンパ節を経て,最終的に胸管や右リンパ本幹に流入する.縦隔リンパ節に悪性細胞が転移すると心臓由来のリンパ流はうっ滞し,逆行性のリンパ流が生じる.ゆえに,転移を来した縦隔リンパ節から逆行性に心転移をおこすと考えられている.本症例も縦隔リンパ節に転移を認めており,上記の機序で心膜転移を来し,心タンポナーデを発症したと推察される.

本症例の腫瘍マーカーと臨床経過の推移を図示した(Fig. 6).心タンポナーデを発症する以前から腫瘍マーカーが上昇傾向であったが,造影CTで縦隔リンパ節転移は増大なく,他に再発所見を認めていなかった.後方視的に確認すると,心タンポナーデを発症するまでの間,心囊液貯留は緩徐に進行しており(Fig. 7),腫瘍マーカーの上昇は心膜転移を反映していたと思われた.本症例のように縦隔リンパ節に転移を認める症例では心転移の可能性を念頭に置き,心不全症状に関する問診,胸部単純X線や心臓超音波検査を含めた定期検査を検討する必要があると考えられる.

Fig. 6 

Tumor maker levels over the course of treatment. CEA, carcinoembryonic antigen; CA19-9, carbohydrate antigen 19-9; CAPOX, capecitabine+oxaliplatin; IRI, irinotecan; BEV, bevacizumab; Cape, capecitabine; Lap-HAR, laparoscopic high anterior resection.

Fig. 7 

Pericardial effusion gradually increased over time (a: November 2017, b: February 2018, c: October 2018).

癌性心膜炎は,一般的に予後不良であり,診断後の生存期間中央値は2~5か月である15).癌性心膜炎の治療は,全身化学療法,心囊穿刺や心膜腔内薬物投与による心膜癒着術,外科的心膜切開術などがある16).心囊穿刺は速やかな症状改善が望めるが,一時的な心囊穿刺のみでは約7割の症例で心囊液の再貯留が生じるといわれており17),再発予防のため心膜癒着術が検討される.心囊液の制御が可能であれば全身化学療法が推奨されるが18),現時点では確立された治療法はない.

本症例では,心タンポナーデを発症したために,心囊ドレナージを施行し,症状改善を図った.心囊液の排液が速やかに減少したため心膜癒着術は行わず,早期に全身化学療法を再開したが,3か月で心タンポナーデを再発し,その後は化学療法を施行することはできなかった.本症例でも初回心囊ドレナージ後に心膜癒着術を施行すべきであった可能性は否定できないが,現状では個々の症例によって方針を検討する必要があり,症例蓄積が望まれる.

悪性腫瘍の転移は種々の形式があるが,本症例は心タンポナーデを契機に直腸癌心膜転移の診断に至ったまれな経過であった.縦隔リンパ節に転移を有する悪性腫瘍患者が心不全症状を呈した際には,癌性心膜炎による心タンポナーデの可能性も考慮し,精査を行う必要があると考えられた.

利益相反:なし

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