2021 Volume 54 Issue 12 Pages 846-852
症例は45歳の男性で,4年前に食道胃接合部癌に対して腹腔鏡下噴門側胃切除,空腸間置再建を施行した.術後9か月目のCTにて食道裂孔ヘルニアを認め,左胸腔内に横行結腸が脱出していた.徐々にヘルニアは増大し,運動時に呼吸苦も認めたため手術の方針となった.腹腔鏡下で手術を行い,食道裂孔ヘルニア内に入り込む大網,間置空腸,横行結腸間膜を確認した.間置空腸の腸間膜と横行結腸間膜を認識しながら癒着剥離をすすめ,大網,横行結腸,横行結腸間膜を腹腔内に還納した.ヘルニア門は8×5 cmであり,横隔膜脚を縫縮したのち,メッシュを使用し修復した.術後経過良好にて術後6日目に退院となった.術後6か月経過した現在再発は認めていない.腹腔鏡下噴門側胃切除,空腸間置再建後に認めた横行結腸の脱出を伴う食道裂孔ヘルニアに対して腹腔鏡下ヘルニア修復術にて治癒した1例を経験したので報告する.
A 45-year-old man underwent laparoscopic proximal gastrectomy with jejunal interposition via the antecolic route for early esophagogastric junction cancer four years ago. Nine months postoperatively, a CT scan revealed the transverse colon herniating into the left thoracic cavity through the esophageal hiatus. The size of the hernia gradually increased and the patient experienced respiratory distress during exercise. Thus, laparoscopic hernia repair was performed for esophageal hiatal hernia involving the transverse colon. The herniated transverse colon and omentum were reduced in the abdomen. The size of the hernia orifice was 8 cm. The hiatal hernia defect was closed by primary suture, with mesh placed to overlie the posterior hiatal closure. The postoperative course was uneventful and there has been no recurrence in 6 months after surgery. We report a rare case of laparoscopic hernia repair for esophageal hiatal hernia involving the transverse colon after laparoscopic proximal gastrectomy.
食道裂孔ヘルニアは比較的よく遭遇する疾患ではあるが,ほとんどは胃のslidingによる滑脱型ヘルニアで,横行結腸などの多臓器が脱出する複合型ヘルニアはまれである1).また,噴門側胃切除,空腸間置再建後に認めた食道裂孔ヘルニアに対する修復術の報告はなく,腹腔鏡下で修復しえた報告もない.今回,我々は腹腔鏡下噴門側胃切除,空腸間置再建後に横行結腸の脱出を伴う食道裂孔ヘルニアに対して腹腔鏡下ヘルニア修復術にて治癒した1例を経験したので報告する.
患者:45歳,男性
主訴:運動時呼吸苦
既往歴:逆流性食道炎
現病歴:4年前に食道胃接合部癌に対して腹腔鏡下噴門側胃切除,空腸間置,結腸前再建を施行し,病理診断はpT1aN0M0 Stage I(胃癌取扱い規約第15版)であった.術後縫合不全を認めたもののドレナージにて保存的加療を行い,術後35日目に退院となった.術後9か月目のCTにて食道裂孔ヘルニアを認め左胸腔内に横行結腸が脱出していた.徐々にヘルニア内容は増大し,運動時に呼吸苦も認めたため手術の方針となった.
現症:身長157 cm,体重73 kg,BMI 29.5 kg/m2,体温36.6°C,血圧142/88 mmHg,脈拍86回/分,SpO2 98%(room air).肺音清.腹部平坦・軟.圧痛や筋性防御なし.
血液検査所見:血液生化学検査にて異常を認めなかった.
呼吸機能検査所見:%VC 87%,1秒率 81%であり正常であった.
胸部単純X線検査所見:左下肺野に腸管脱出による腸管ガス像を認めた(Fig. 1).
Chest X-ray showing bowel gas above the diaphragm.
胸腹部造影CT所見:食道裂孔から左胸腔内に脱出する横行結腸を認めた.食道裂孔は8×7 cm大に開大していた(Fig. 2a, b).
a, b: CT showed the transverse colon herniating into the left thoracic cavity through the esophageal hiatus. The hernia orifice size was 8 cm.
上部消化管内視鏡検査所見:食道空腸吻合部,空腸残胃吻合部に異常を認めず,十二指腸まで観察可能であった.
以上から,腹腔鏡下噴門側胃切除,空腸間置再建後に認めた横行結腸の脱出を伴う食道裂孔ヘルニアと診断し,腹腔鏡下ヘルニア修復術を施行した.
手術所見:Open methodにて臍部に12 mmカメラポートを留置し,臍右側,左肋弓下に12 mmポート,右肋弓下,臍左側に5 mmポートを留置した.気腹圧は10 mmHgとし,剣状突起下にネイサンソンリバーリトラクターを挿入し,肝左葉を挙上した.
食道裂孔は開大しており,ヘルニア門から左胸腔内に入り込む大網,間置空腸,横行結腸間膜を確認した(Fig. 3a).間置空腸の腸間膜と横行結腸間膜を認識しながら癒着剥離をすすめ,大網,横行結腸,横行結腸間膜を腹腔内に還納した.ヘルニア囊は認めなかった.間置空腸を全周性に剥離しペンローズにてテーピングしヘルニア門を剥離した.ヘルニア門は8×5 cmであり(Fig. 3b),横隔膜脚後壁を3-0非吸収性モノフィラメント4針で間置空腸から2 cm程の間隙ができる程度に縫縮した.横隔膜脚は脆弱であったため,Parietex Composite Mesh 8.5×8 cmを使用しヘルニアステープラーにて横隔膜,横隔膜脚に全周性に固定し,ヘルニア門を完全に被覆した.メッシュ固定は間置空腸とメッシュのポリプロピレン側が接触しないよう十分注意し,コラーゲンフィルムにてコーティングされた面が腹腔側になるようやや胸腔内に内翻するように固定した(Fig. 3c).手術時間は271分,出血量は175 mlであった.
Intraoperative findings. a: Herniation of the transverse colon into the left side of the esophageal hiatus. b: The hernia orifice size was 8 cm. c: Mesh was placed with the keyhole base overlying the posterior hiatal closure.
術後経過:食事摂取問題なく術後6日目に退院となった.術後6か月後のCTで再発は認めておらず,肺の拡張も十分であり,運動時呼吸苦の改善も認めた.
食道裂孔ヘルニアは滑脱型(I型),傍食道型(II型),混合型(III型),複合型(IV型)に分類され,滑脱型が95%を占めており,今回のように横行結腸が脱出するような複合型はまれである1).食道裂孔開大の要因として加齢による横隔膜脚の脆弱化,円背,腹圧上昇などが知られているが2),胃切除後に発生する食道裂孔ヘルニアはまれであり,Miyagakiら3)は胃全摘や噴門側胃切除を行った3,235例中1例にのみ術後食道裂孔ヘルニアを認めたと報告している.
「術後」,「食道裂孔ヘルニア」をキーワードとして医学中央雑誌にて1964年1月から2019年12月の期間で検索したところ,胃切除後に食道裂孔ヘルニアを発症した症例は自験例を加えて13例であった(Table 1)4)~15).本症例のみ噴門側胃切除後であり,その他は胃全摘(開腹術4例,鏡視下手術9例)が施行されていた.初回手術から1年以内に発症した症例が10例(77%)と多く,10例で腹痛や嘔吐などの症状がみられた.横行結腸の脱出は本症例のみであり,その他は挙上空腸や小腸であった.ヘルニア門の大きさは5例のみ記載され,7 cm以上の裂孔ヘルニアは本症例含め2例であった.メッシュを使用し修復した症例は本症例以外に1例認め,ヘルニア門は1.5 cmと小さかったが裂孔の強度を考慮しメッシュを使用していた.術後食道裂孔ヘルニアの主な原因として,再建時にワーキングスペース確保のため横隔膜脚を切開していることが考えられる.記載のある11例で横隔膜脚を切開しており,9例で横隔膜脚の修復を行っていなかった.Itoら16)は腹腔鏡下胃全摘術後の食道裂孔ヘルニアに対するリスク因子を検討しており,修復なしの横隔膜脚切開のみが有意差を認めたと結論付けている.本症例では,初回手術の食道切離部位は食道胃接合部より6 cm口側であり,食道空腸吻合はサーキュラーステープラーを用いていた.横隔膜脚切開や修復の有無は不明であったが,下縦隔郭清時に左開胸を認めていた.また,術後食道空腸吻合部の縫合不全を認め下縦隔に炎症を認めた.ヘルニアを生じた原因として,①横隔膜脚が切開され左開胸を認めたこと,②術後縫合不全を認めたこと,③BMI 29.5 kg/m2と肥満であったことが考えられた.さらに,手術前と比較して退院時の体重が8.5 kg減少しており,急激な体重の変化も影響を及ぼした可能性があると推察された.
No. | Author | Year | Age | Sex | Symptom | Previous surgery | Opening of hiatal hernia | Crus repair | Interval | Hernia | Hernia orifice size | Surgical procedure | Methods of repair |
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1 | Matsuki4) | 2003 | 64 | male | vomiting | lower esophagectomy and TG, jejunal interposition | unknown | unknown | 16 year | jejunal interposition | 1.5cm | open | marlex mesh |
2 | Matsushima5) | 2011 | 80 | male | dyspnea | LTG, R-Y | Yes | No | 2 day | small intestine | — | laparoscopy | suture |
3 | Wakiyama6) | 2013 | 66 | male | abdominal pain | LTG, R-Y | Yes | No | 1.5 year | small intestine | — | laparoscopy | suture |
4 | Ono7) | 2013 | 73 | male | dysphagia | TG, R-Y | Yes | No | 5 month | jejunal limb | 3cm | open | suture |
5 | Toyokawa8) | 2014 | 78 | female | dysphagia, vomiting | LTG, R-Y | Yes | Yes | 5 month | jejunal limb | — | laparoscopy | suture |
6 | Kawasaki9) | 2014 | 50s | male | vomiting | TG, R-Y | Yes | No | 1 year | jejunal limb | — | open | suture |
7 | Matsumoto10) | 2014 | 73 | male | abdominal pain | LTG, R-Y | Yes | No | 1 year | jejunal limb | — | open | suture |
8 | Hatakeyama11) | 2015 | 62 | female | vomiting | LTG, R-Y | Yes | No | 2 month | unknown | — | laparoscopy | — |
9 | Hirose12) | 2016 | 67 | male | abdominal distention | TG, R-Y | Yes | No | 5.5 year | jejunal limb | 7cm | open | suture |
10 | Nagata13) | 2017 | 72 | male | abdominal pain | LTG, R-Y | Yes | No | 2 month | jejunal limb | — | opne | — |
11 | Ide14) | 2018 | 74 | male | abdominal pain | LTG, R-Y | Yes | Yes | 2 month | small intestine | 3cm | open | suture |
12 | Fujita15) | 2019 | 80 | male | abdominal pain | LTG, R-Y | Yes | No | 6 month | small intestine | — | open | suture |
13 | Our case | 45 | male | dyspnea | LPG, jejunal interposition | unknown | unknown | 9 month | transverse colon | 8cm | laparoscopy | composite Mesh |
LTG: laparoscopic total gastrectomy, TG: total gastrectomy, PG: proximal gastrectomy, R-Y: Roux-en-Y reconstruction
本症例は横隔膜脚切開の有無は不明であったが,ヘルニアの予防策として,横隔膜脚の切開がなされた場合はその間隙の程度に注意しつつ縫縮を考慮すべきと思われる.食道裂孔の締めすぎは術後の狭窄や嚥下障害の原因となりうるため,1 cm程度の間隙が確保できるくらいで修復することが一般的である17).
食道裂孔ヘルニアの修復方法は,単純縫合閉鎖とメッシュなどによる人工物を用いた閉鎖法がある.2010年に報告されたSAGESでの調査では食道裂孔ヘルニア5,486例を集計し,大半の外科医が裂孔の開大度が5 cm以上でメッシュを使用し,再発率が3%,術後合併症は少なかったと報告している18).メッシュと単純閉鎖を比較した無作為化試験のメタアナリシスでは,メッシュを用いた修復術の再発率は5.8%で,メッシュを用いない場合の24.3%と比べて再発率が低下するという報告も認めている19).しかし,観察期間が1年と短く,長期成績に関しては検討できていなかった.長期成績を報告した無作為化比較試験は3編認め,Watsonら20)は巨大裂孔ヘルニアに対する修復方法を単純閉鎖,吸収性メッシュ,非吸収性メッシュで比較し,5年後の再発率はそれぞれ,39.3%,56.7%,42.9%で有意差を認めず,再手術率に関しても有意差を認めなかったと報告している.ただ,メッシュの補強方法は横隔膜脚後壁のみを補填するcrural repairであり,keyholeやU-shapeなどの全周性での補強ではなかった.Oelschlagerら21)も同様に単純閉鎖と吸収性メッシュを比較し,5年後の再発率はともに59%で,有意差を認めなかったと報告していた.Frantzidesら22)は8 cm以上の巨大裂孔ヘルニアのみを対象としたランダム化比較試験を行い,5年後の再発率は裂孔を全周性に補強したメッシュ群で0%で,単純閉鎖群の22%と比較して有意に減少したと報告している.
メッシュによる合併症として周囲臓器の損傷,食道狭窄,食道粘膜潰瘍,高度癒着,瘢痕化や感染などが挙げられている2).メッシュによる食道穿孔などの合併症も報告されているが23),食道裂孔ヘルニア修復術におけるメッシュ関連合併症についてのシステマティックレビューでは,メッシュの浸食がおきた合併症の割合は0.035%とまれであったと報告している24).周囲臓器の損傷を回避するためには消化管にメッシュのポリプロピレン側が接触しないことが重要と考える.特にメッシュの辺縁が腸管に接触することで,腸管損傷を来したと思われる症例も報告されており25),本症例では横隔膜脚に沿ってメッシュが内翻するように固定し,腸管とポリプロピレン側のメッシュが確実に接触しないように固定した.
メッシュ使用に関して,再発率を減らすという報告や変わらないという報告,巨大ヘルニアに対しては有用であるといった報告があり,いまだ統一された見解はない.しかし,周囲臓器の損傷,狭窄,癒着,感染などの合併症も報告されており,メッシュの使用については,慎重な判断が必要になると思われる.本症例ではヘルニア門が8 cmと大きく,単純閉鎖のみでは裂孔を修復できないと判断しメッシュを使用した.8 cm以上の裂孔ヘルニアや単純閉鎖のみでは修復できない場合は非吸収性メッシュによる全周性の裂孔補強を考慮してもよいと思われた.本症例は術後6か月経過した現在,合併症や再発は認めていない.
腹腔鏡下噴門側胃切除,空腸間置再建後に認めた横行結腸の脱出を伴う食道裂孔ヘルニアに対して腹腔鏡下ヘルニア修復術にて治癒した1例を経験した.初回の手術で縫合不全を来し,高度な癒着が予想されるうえに,間置空腸と横行結腸間膜が脱出した巨大ヘルニアであったが,腸間膜を認識することで腹腔鏡下で安全にメッシュによる修復が可能であった.過去に同様の症例報告は認めず,貴重な1例を経験したので報告する.
利益相反:なし