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ハシボソミズナギドリの日本沿岸における大量斃死
岡 奈理子丸山 直樹
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1986 年 34 巻 4 号 p. 97-104

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抄録

1983-1985年5-6月.愛知県渥美半島,千葉県九十九里浜および青森県小川原海岸に設定した全長20kmのトランセクトで,ハシボソミズナギドリ Puffinus tenuirostris の斃死鳥カウントを行なった.九十九里浜では,1984年の44羽/kmをピークとして,1983年に32.5羽/km,1985年に26,8羽/kmを記録した.これらの値は,平年値12,3±5.7(SD)/km(1976-1982年)をはるかに上回った.同様に渥美半島でも1983年に16.4羽/km,1984年に47.6羽/kmと高い斃死密度を記録したが,1985年は145羽/kmと減少した.小川原海岸では,1983,1984両年は斃死鳥がきおめて少なかったが,1985年には5.6羽/kmと増加した.この大量斃死の北上傾向は,沖縄県から北海道までの太平洋岸各県の鳥獣担当部局の調査結果でも認められた.
頭骨骨化の進行からみた齢査定では,採集発死鳥2,258羽の99%以上がその年生まれの幼鳥と判定され,その体重は286.4±22.3(SD)g(n=59)と測定された.これは漁網にかかった事故死鳥の体重399.4±32.7(SD)g(n=22)よりも約110gも軽く,今回の大量斃死の主因が極度の貧栄養にあることを示唆している.本種の大量斃死は,日本では1964年と1973-1975年に,オーストラリアでは,1934,1942,1954年に記録されており,この発生周期として,約10年が考えられる.今回の大量斃死も前回から丁度10年を経過して発生した.

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