日本公衆衛生看護学会誌
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災害・健康危機管理委員会報告
第13回日本公衆衛生看護学会学術集会 災害・健康危機管理委員会ワークショップ報告 感染症を中心とした健康危機への備え
~市町村と保健所が一緒に取組む保健師の健康危機管理保健活動と人材育成~
日本公衆衛生看護学会災害・健康危機管理委員会和泉 京子河西 あかね相良 裕美鈴木 良美相馬 幸恵深津 恵美室山 孝子山口 拓允山下 留理子山本 茂美山本 裕美
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2025 年 14 巻 1 号 p. 14-23

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I. ワークショップの概要

災害・健康危機管理委員会では,2025年1月4日(土),第13回日本公衆衛生看護学会学術集会において,ワークショップ「感染症を中心とした健康危機への備え~市町村と保健所が一緒に取組む保健師の健康危機管理保健活動と人材育成~」を開催した.

ワークショップは学術集会会場で開催し,参加者は133名であった.また,事後にオンデマンド配信を実施した.

河西委員長が趣旨説明を行った後,多摩市役所健康福祉部障害福祉課発達支援室長兼教育センター副参事 相良裕美氏から研究報告をしていただいた.続いて,東京都府中市健康推進課長 梶田斉邦氏,成人保健係長・統括保健師補佐 齊藤裕美氏,派遣研修生 古谷ひかる氏,東京都多摩府中保健所地域保健推進担当課長(保健所統括保健師)河西あかね氏,埼玉県朝霞保健所保健予防推進担当部長 佐野裕美子氏から所属自治体の実践報告をしていただいた.その後,参加者で「それぞれの自治体や教育機関等での取り組みや感染症健康危機管理における人材育成の実際と課題」について意見交換を実施したので,その概要を報告する.

II. ワークショップの趣旨

コロナ禍を経て,次なる健康危機に備え,保健師が獲得すべき技術やそのための人材育成の必要性が保健活動に携わる各種団体から報告されている.本ワークショップでは,コロナ禍における市町村保健師の葛藤についての研究報告,県型保健所と市町村との人事交流研修や健康危機管理研修等による感染症健康危機管理を担う保健師の人材育成の実践報告を共有し,市町村と保健所が一緒に取組む保健師の健康危機管理保健活動と人材育成について参加者の皆様方と一緒に検討する機会とした.

III. ワークショップの内容

(本稿では各演者の主な内容について報告する.)

1. 研究報告

1) テーマ:新型コロナ禍において市町村保健師が行った保健活動の実態と抱えた葛藤~フォーカス・グループ・インタビューを用いて~

多摩市役所健康福祉部障害福祉課発達支援室長兼教育センター副参事 相良 裕美氏

 【はじめに】

2019年末に中国武漢で新型コロナウイルスが発生した.当時,市町村保健師は刻々と変化する感染症業務に急速に対応をしなければならなかった.各市町村でどのように事業を実施するのかの判断を求められたため市町村保健師は葛藤と向き合いコロナ禍の保健活動を展開したのではないかと推測された.そこで,市町村保健師が抱いた葛藤について明確にすることで健康危機管理時の保健活動の示唆を得られるのではないかと考えた.これまでに市町村保健師のコロナ禍の心情を研究したものは見当たらない.

 【研究目的】

本研究の目的は,新型コロナウイルス禍における市町村保健師が行った保健活動の実態とその時に抱えた葛藤を明らかにし,今後の健康危機管理時の市町村保健活動の示唆を得ることである.

 【研究参加者及び選定方法】

経験年数が15年以上の中堅期後期から管理期の常勤保健師とした.研究協力者に偏りの無いよう全国から保健師を選定した.

 【研究方法】

研究同意が得られた8名の市町村保健師によりフォーカス・グループ・インタビューを2回行った.得られた語りから質的帰納的分析を行った.倫理的配慮については武蔵野大学研究倫理委員会において承認を得て実施した.

 【研究結果】

研究参加者は8名で経験年数の平均は23.8年であった(図1).

図1  ワークショップ「研究報告」でのスライド

相良裕美氏作成

「研究結果 研究参加者の概要」

分析の結果テーマは「コロナ禍における市町村保健師の保健活動の実態」「コロナ禍で市町村保健師が抱いた葛藤」「健康危機管理時に求められる保健師の能力」の3つに分けられ,カテゴリ,サブカテゴリ,コードが導かれた.カテゴリは【 】,サブカテゴリは《 》,コードは〈 〉で示す.

1つ目,「コロナ禍における市町村保健師の保健活動の実態」は6つのカテゴリとなった(図2).【見通しがない中,急増する新たな業務】【配慮が必要な住民やその支援者への対応】【危機時の母子保健活動を通常の母子保健活動に戻す努力】【住民の生活低下を最小限に止めるための組織や関係機関への働きかけ】【自粛の弊害を軽減する策のために情報収集と情報共有】【住民リーダーや地域の専門職と共に住民の生活を守る】であった.

図2  ワークショップ「研究報告」でのスライド

相良裕美氏作成

「研究結果 コロナ禍における市町村保健師の保健活動の実態」

2つ目の「コロナ禍で市町村保健師が抱いた葛藤」は7つのカテゴリであった(図3).【これまでの保健師の役割を超えた対応を迫られることへの戸惑い】【本来であれば支援を待つ人に必要な支援ができない苛立ち】【住民のために行った事業は保健師よがりだったのではという揺らぎ】【保健所や地域の関係機関と連携が上手くいかないもどかしさ】【組織の方針と地域の実態の乖離】【感染症が突き付けた保健活動の意味】【感染対策に関する知識不足や体制の不備という現実】が導かれた.

図3  ワークショップ「研究報告」でのスライド

相良裕美氏作成

「研究結果 コロナ禍で市町村保健師が抱いた葛藤」

3つ目「健康危機管理時に求められる保健師の能力」は【健康危機管理時の保健師の役割とは何か再認識】(図4)であった.危機に陥った時に真の住民の声が聴けるかどうか,住民の声は情報そのものというコード等から危機時の住民の真の声を聴きニーズを見極める力量の重要性が導かれた.

図4  ワークショップ「研究報告」でのスライド

相良裕美氏作成

「研究結果 健康危機管理時に求められる保健師の能力」

 【考察】

(1)感染症禍で脅かされる住民の生活を守り抜く保健活動を展開

市町村保健師は〈「地域に行き場がなくなりおかしくなりそう」という母親の相談をうける〉等感染症により生活と健康が脅かされる住民の実態を把握していた.《母子に直接会うことの意味を重視》し組織に集団健診の了解を得る等の保健活動を行っていた.一方で住民から集団健診への不安や個人情報開示への苦情をうけ,住民の心情とも乖離した.しかし,住民リーダー等と共に住民の健康を守るための平時の保健活動を止めることなく継続していた.高瀬,鈴木(2020)は,被災地で保健師が保健活動をし続ける理由は,保健師が専門職として住民を放っておくことはできないという使命感を認識し住民と一緒に被災地で生きることが保健師活動の原動力になっているとしている.コロナ禍においても住民から入ってくる健康課題を原動力に住民を支え続け保健活動を継続していたと考えられた.

(2)感染症という事象を前に保健師の役割を果たせないという葛藤の経験の意味

コロナ禍で家庭訪問,健診の自粛が求められ〈保健師の手足をもがれた無力感〉〈平時の保健活動は無駄だったのかと思われたことへの怒り〉を感じていた.感染症で保健活動への制限があり「保健師として何をしているのだろうか」という保健師自身のアイデンティティを揺るがされた経験をした.平野(2006)は,保健師は日常的に住民と繋がり課題をつかむことを大事にしているとしており,市町村保健師の怒りや無気力感は保健師としてのアイデンティティを持つからこそ抱く感情であったと考えられた.

(3)感染対策に関する知識不足や体制の不備という現実を経験

〈庁内から感染症対策について聞かれても回答に自信がない〉等より【感染症対策に関する知識や体制の不備という現実】が導かれた.住民の健康や生命を守るために感染症の基礎知識を市町村保健師が身につけることは,重要な技術であることが示唆された.

 【結論】

本研究より,今後の健康危機管理時の市町村保健活動の示唆として以下の3つが導き出された.

(1)健康危機管理時における市町村保健師活動の意味を自身に突き付けられた経験を活かし,各分野の保健師同士がつながる横断的な体制の構築

(2)感染症に関する知識や技術の醸成,正しい情報獲得を可能とする仕組みづくり

(3)平時から組織の所属に関わらず地域の実情に基づいた優先すべき事業を判断し実施するスキルの実装

 【謝辞】

本研究にご参加頂き,多くの学びを与えてくださった研究参加者の皆様に深く感謝申し上げます.中板育美教授をはじめ,武蔵野大学看護学部地域看護領域の先生方にご指導いただき心より感謝申し上げます.

 【参考文献】

平野かよこ(2006):これまでの保健師活動とこれからの役割,日本地域看護学会誌,2006,9(1),5–12.

高瀬香苗,鈴木学爾(2020):なぜ保健師は,福島第1原子力発電所事故の被災地において発災直後から今日まで保健師活動を続けられるのか,日本赤十字看護学会誌,20(1),70–78.

2. 実践報告

1) テーマ:県型保健所と管内市との人事交流研修の実践報告「東京都府中市における健康危機管理を担う保健師の人材育成」

東京都府中市健康推進課長 梶田 斉邦氏,成人保健係長・統括保健師補佐 齊藤 裕美氏,派遣研修生 古谷 ひかる氏

 【はじめに】

コロナ禍においては,本市のコロナ対応は前例のない新たな健康課題に,保健衛生活動は困難を極めた.またワクチン接種体制の構築に遅れを取り,市民や市議会等から不安や不満の声が届いていた.

当時の健康推進課には,専門的な視点から意見・助言する体制がなく,健康危機管理の側面から,保健所の役割を理解した上で,市が取れる役割を明確に組織に発信できる人材が不在であった.また,保健所と市の保健衛生部署での対応範囲の理解不足,応援体制の構築にあたっての取りまとめ役の不在,新型インフルエンザ等行動計画や業務継続計画を策定していたものの,具体性に欠け,十分に対応することが困難であった.このことから,保健師の意識改革と複数の部署で配置されている保健師の庁内連携体制の強化が必要であると考え,次の5つの取組を展開した.

①統括保健師および統括保健師補佐(以下,補佐)を規程により設置

②保健師による庁内横断的な組織を設置するとともに,組織内に感染症対策,人材育成,災害時保健活動をテーマにした部会を設置

③保健師の感染症対応力を含めた健康危機管理能力の向上に向けた予算事業の新設

④保健師の育成方針の見直し

⑤災害時・感染症流行時における保健所と市の役割を理解した職員の育成

この5つの取組のうち,⑤の人材を育成することを目的とし,人事交流への派遣を決定したので,この取組について報告する.

 【研修期間】

2024年5月7日~7月31日の3か月間

 【活動内容】

(1)人事交流の実際(図5図6図7図8

図5  ワークショップ「実践報告」でのスライド

古谷ひかる氏作成

「研修期間中に経験したこと」

図6  ワークショップ「実践報告」でのスライド

古谷ひかる氏作成

「集団発生の施設調査」

図7  ワークショップ「実践報告」でのスライド

古谷ひかる氏作成

「刑務所・無料低額宿泊所等(高リスク集団へのアプローチ)」

図8  ワークショップ「実践報告」でのスライド

古谷ひかる氏作成

「人事交流の成果」

①目標

本研修を実施するにあたり,2つ目標を立てた.1つ目に「保健所における感染症業務の実際について知る.」ということ,2つ目に,「市におけるリスクコミュニケーションについて考察する.」ことである.

②活動内容

3か月の研修期間の中で,最初の1か月は見学をメインに,2か月以降は実践する流れで行った.

実践では,刑務所や無料低額宿泊所等ハイリスク集団の住まいを含む施設調査への同行や,結核の療養者支援,HIV等性感染症検査のカウンセリング,感染症週報(以下,週報)の作成を実施した.最も印象に残ったことは「集団発生施設調査」「高リスク集団へのアプローチについて」「週報について」の3点である.

「集団発生施設調査」では,実際の現場環境を見て,実態に則した対応方法を施設と一緒に考え,施設が感染対策を無理のない方法で継続できるようにといった視点での支援が印象に残った.対策を行っていても感染症は起ることがあるため,日頃からのリスク管理が施設においても大事であった.

無料低額宿泊所の住人や刑務所の収容者等の「高リスク集団へのアプローチについて」では,病識が乏しい方,感染対策が難しい状況の方,医療へのアクセスが容易ではない方等への保健指導においては,関係者との協力体制が重要であり,関係者に対する感染症の正しい理解への健康教育や啓発も,当事者の人権を守る上でも大事であると感じた.

「週報について」では,これまでも保健所から送付された週報により,地域で感染症が発生していることは数字として把握はあったが,実感がない状況であった.実際に週報を作成してみると,トピックやタイムリーな情報,正しい感染症対策について発信しており,最新の流行状況を知ることのできる有意義な情報源であると改めて実感した.週報は現在,庁内では5つの課にメール配信があり,保健所のホームページに掲載がある.今後,タイムリーな感染症情報ということで,健康危機に日頃から備えるものの一つとして活用できるよう,庁内で検討を進めていきたいと考えている.

③目標に対する成果

保健所における感染症対応の中で,役割の明確化やネットワークづくりの大切さを感じた.日頃から意識して備えていくことが,いざという時に動くことができる土台となり,「不安・偏見・差別の軽減や解消」「発生予防,蔓延防止」につながっていくと考えられる.また,健康リスクが潜在化しやすい対象へのハイリスクアプローチにも役立ってくると考える.

保健所ではより専門的で最新の情報把握があることから,今後,より現場感や知識も含めた情報共有を行い連携できる体制づくりが,地域の健康課題の解決に向けた一歩だと考える.また,保健所職員と顔の見える関係ができ,日頃の業務においてもこれまでよりスムーズにコミュニケーションをとれるようになったと感じる.研修の最終日に,保健所にて報告会を行い,市へ戻った後も部課長職や庁内の保健師職へ報告会を行い,共有を図った.本研修で経験したことを,自身に留めることなく市職員へ還元し,本市における感染症の健康危機管理力の強化に向け引き続き取り組んでいきたい.

(2)人事交流をさらに効果的に組織に還元する仕組みについて(図9図10

図9  ワークショップ「実践報告」でのスライド

齊藤裕美氏作成

「保健所との人事交流から生まれた連携強化」

図10  ワークショップ「実践報告」でのスライド

齊藤裕美氏作成

「今後に向けて」

本市では健康危機に対応すべく,組織横断的に保健活動を推進するため,市長の指名により統括保健師および補佐を位置づける規程,並びに,統括保健師を会長とした,保健活動等推進会議(以下,「推進会議」という)を規定した.推進会議は,統括保健師および補佐と各課から推薦された保健師を推進委員として位置づけ構成され,保健師の人材育成や地域の健康課題などの事項について協議する場である.また,推進会議には,解決すべき課題のうち優先順位の高いテーマを検討する部会を設置することができ,令和6年度は感染症対策・人材育成・災害時保健活動の3つの部会を設置した.各部会では,指針,マニュアルの策定,研修会の企画運営を実施する.部会メンバーは,全庁保健師全てがいずれかの部会に必ず所属する仕組みを設けた.

人事交流に派遣された保健師についても,感染症部会に所属し,保健所で経験した知識・技術を活用し,リスクコミュニケーションの一環としての感染症週報の活用方法について調査研究をしているところである.

このように,人事交流で得た知識や技術を,体験した保健師ひとりの経験知とするのではなく,組織にいかに還元するか,という仕組みづくりも合わせて構築することが効果を最大限にするポイントである.

行政の組織の中で,組織横断的な体制づくりを行うためには,規程の策定等で組織内にも後ろ盾をもち,保健師活動の理解・協力を得ることも必要な要素である.今後も人事交流に人員を充てられるよう,現場の調整をしつつ,組織横断的な保健活動の推進に尽力すること,また,庁内の取組として展開できるよう統括保健師および補佐が進捗管理を行い,組織内の調整を図ることが,人事交流を活かすための取組となる.

 【まとめ】

コロナ禍を経験し,健康危機への対応を組織横断的に実施する必要性が明らかになったことから,5つの取組を展開した.その一つに,健康危機管理に対応すべく人材育成を早急に行うべく,感染症対策への知識・技術を高める目的で圏域保健所への人事交流を実施した.また,同時に統括保健師および推進会議を設置し,実務を担う役割として部会を設け,その部会の一つに感染症対策を設置し,人事交流を経験した保健師が部会の一員となり,組織に還元する仕組みを構築した.

研修中は,住民の健康管理・健康増進に寄与している互いに見えない保健衛生活動を知ることができ,保健所と市の保健施策の関連を実感することができた.研修期間を終えた後も,市の感染症対策に取り組み,また,組織に還元する仕組みを人事交流と合わせて構築したことで,効果が倍増した.

2) テーマ:県型保健所と管内市との人事交流研修の実践報告「人事交流研修開始に向けた県型保健所の取り組み」

東京都多摩府中保健所地域保健推進担当課長(保健所統括保健師) 河西 あかね氏

 【はじめに】

府中市を所管する県型保健所である東京都多摩府中保健所での,次の健康危機への備えとして開始した人事交流研修に向けた取組みを報告する.

 【東京都多摩府中保健所の概要と保健師活動体制】

東京都多摩府中保健所は,東京都の中央に位置しており,府中市を含めた6市を所管している.6市の総人口は,県型保健所としては全国一の約100万人である.

保健所の保健師は48名,6市の保健師の総数は約200名である.

管内の地域保健活動は,「地域保健法」に基づいて,県型保健所として,管内の6市と連携しつつ精神保健,難病対策,感染症対策等の対人保健サービスを担っている.保健所保健師の活動体制は,地区担当制と業務担当制の併用型である(図11).

図11  ワークショップ「実践報告」でのスライド

河西あかね氏作成

「東京都多摩府中保健所と管内市の地域保健活動」

 【人事交流研修開始までの経緯】

コロナ禍の保健所逼迫を受け,次のパンデミックに備えるために設置された「都保健所のあり方検討会」の中で,専門人材の確保・育成と,市町村との連携強化が必要との意見を多くいただいた.その対応策として,市町村からの意向も踏まえ,令和6年度から開始されるに至った(図12).

図12  ワークショップ「実践報告」でのスライド

河西あかね氏作成

「本庁:東京都における感染症対応を踏まえた都保健所のあり方検討会」

当所では,3市から1名ずつ計3名(1年間1名,3カ月間1名,2カ月間1名)の保健師を感染症担当部署へ受入れ,保健所から2名(1年間1名,2カ月間1名)の保健師を,市(母子保健部署)へ派遣している.

開始に至る背景として,COVID-19パンデミック以前から,6市合同の健康主管課長を始め,統括保健師等との連絡会,市保健師と保健所保健師との連絡会,保健師人材育成研修や,地区活動を通しての連携体制,保健師の人材育成を共に考える基盤があったこと,COVID-19パンデミック後,各市において,保健師の専門職としての人材育成の強化に動き出していた事等が,人事交流研修が開始できた土壌になっていたと考える(図13).

図13  ワークショップ「実践報告」でのスライド

河西あかね氏作成

「保健師の人事交流研修開始までの経緯」

 【人事交流研修の目的,目標,評価】

図14は,今年度の保健師の人事交流研修の実施に向けて,本庁と保健所の統括,感染症担当,地域保健担当の代表で構成されたPT(プロジェクトチーム)で作成した.研修目的・目標で,「健康危機管理対応能力の向上」,「次世代リーダーの意識醸成」,「市町村と保健所の顔の見える関係構築」を柱としている.研修の根拠は,東京都及び区市町村派遣研修要項に基づき,短期コース,1年コースを選択できる.

図14  ワークショップ「実践報告」でのスライド

河西あかね氏作成

「【概要】令和6年度都保健所と市町村の人事交流(派遣研修)の実施について(保健師)」

図15は,1年コースの目標である.

図15  ワークショップ「実践報告」でのスライド

河西あかね氏作成

「1年コースの目標」

研修の進め方は,指導担当者を配置し,研修計画の目標の達成度を確認するための定期的な振り返りを行っている.振り返りには派遣部署の指導関係者の他,統括保健師の参加もお願いしている(図16).

図16  ワークショップ「実践報告」でのスライド

河西あかね氏作成

「研修の進め方」

図17は,感染症担当で受け入れた市保健師の技術獲得について試行している,実施状況チェックリストである.全国保健師教育機関協議会で作成された,「感染症の健康危機管理に強い保健師養成のための卒業時の到達目標」を参考にしたもので,今後の研修評価に役立てたいと考えている.

図17  ワークショップ「実践報告」でのスライド

河西あかね氏作成

「実施状況チェックリスト」

 【おわりに】

人事交流研修では,府中市の皆様の報告にあったように,健康危機に強い地域づくりに向けた,保健師の人材育成の一環であることから,短期間でも大変意義のある研修となっていることを実感している.

また,保健所の保健師にとっては,健康危機管理保健活動の基盤となる,母子保健活動やポピュレーション活動など貴重な技術獲得の機会と考えている.

3) テーマ:県型保健所における市町村保健師を含めた健康危機管理研修の取組

埼玉県朝霞保健所保健予防推進担当部長 佐野裕美子氏

 【はじめに】

朝霞保健所は東京都との県境にあり,管内7市町を管轄し,人口は約74万人である.荒川をはじめ河川が多く,水害の懸念がある特徴を持つ.職員は50人で,そのうち保健師は19人(副所長1名含む)である.管内の病院は30か所あり,医療法第25条の立入検査に保健師もすべて同行し,職員の健康管理や感染症対策の確認等の役割を担っている.

埼玉県では,県保健所13か所のうち広域対応をする拠点保健所が東西南北の4か所あり,今回報告する研修も拠点保健所と合同で行っている.

 【当所での新型コロナウイルス感染症対応の振り返り】

当時,当所の新規陽性者数は県内トップクラスであり,実数でも人口比でも県内最大という地域だったため,日々の対応は困難を極めた.1日最大の発生数は第7波で1,645人を記録した.

当所には特殊事情があり,管内で初めての陽性者発生よりも前(第0波)から対応が始まった.詳細については図18に示す.

図18  ワークショップ「実践報告」でのスライド

佐野裕美子氏作成

「朝霞保健所での新型コロナウイルス感染症対応」

 【市町保健師と一緒に取り組む災害時健康危機管理研修】

当所では,新型コロナウイルス感染症対応で協働できたことを契機に,令和5年度から,市町保健師とともに「災害時健康危機管理研修」を実施している.

当所管内は洪水の被害が予測されているため,研修目的としては,「水害により避難所を立ち上げたときの保健師の役割や避難所での感染拡大予防のために取るべき行動を理解すること」とした.

(1)研修対象

南部保健所(拠点保健所),朝霞保健所管内市町及び隣接する中核市のキャリアレベルA3以上の保健師

(2)主な研修テーマ・講師(図19図20

図19  ワークショップ「実践報告」でのスライド

佐野裕美子氏作成

「令和5年度 主な研修テーマ・講師」

図20  ワークショップ「実践報告」でのスライド

佐野裕美子氏作成

「令和6年度 主な研修テーマ・講師」

令和5年度は「リスク評価を踏まえた災害時の感染症対策」及び「避難所における保健活動」を中心に学び,令和6年度も2回の研修を予定している.

(3)研修の具体的内容(図21

図21  ワークショップ「実践報告」でのスライド

佐野裕美子氏作成

「令和5年度第2回研修の具体的内容」

以下に,令和5年度第2回研修の具体的内容について説明する.

①管内市からの事例報告

当該市は,管内の中でも特に水害の懸念が大きく,10年以上前から自治会等と訓練を行っている.隣接市でも同じように水害の問題があることから,市をこえて一緒に住民と訓練を行っているとの報告もあった.

②講義・演習を通した「避難所でのゾーニングの考え方」の学び

感染症予防の観点から避難所での感染症リスクを評価することができるように,講義及び模擬事例を使用した演習を通して,避難所における感染拡大予防を考慮したゾーニングの考え方を学ぶことを目的とした.

模擬事例の概要は図22のとおりとし,グループワークで検討を行った.検討の過程で司会から適宜追加情報を入れながら,有症状者のアセスメントに必要な事柄を検討した.最後に講師から模擬事例の回答案などのコメントを受け,有症状者をアセスメントするために必要な情報を理解するとともに,災害時の避難所におけるリスクアセスメントの考え方を学ぶことができた.

図22  ワークショップ「実践報告」でのスライド

佐野裕美子氏作成

「模擬事例の概要」

(4)研修効果(図23

図23  ワークショップ「実践報告」でのスライド

佐野裕美子氏作成

「研修効果」

研修参加者のアンケートからは,「シミュレーションしながら,具体的なことを学べてよかった」「避難所運営やリスク評価がよくわかった」「避難所開設マニュアルを見直したい」等の意見があり,当初の目的を概ね達成することができた.

今回の研修では,内容が具体的で理解が深まったことに加え,広域自治体で様々な規模の市町が参加していることから,多様なシミュレーションを想定でき,顔の見える関係を構築できたことも重要であると考えられる.

 【朝霞保健所において研修が実施できた背景】

これからの保健活動では,市町村と保健所が一緒に健康危機管理研修に取り組むことが重要となるが,当所において研修を実施できた背景を以下にまとめる.

①関係機関との連携体制

朝霞保健所では,管内市町保健師や郡市医師会等の地域関係機関と連携できる土壌を,先輩方がこれまで築き上げてきた.また,医療法第25条の立入検査の場面で保健師も日頃から役割を果たしており,管内の医療体制を把握する機会となっていた.加えて,今回の新型コロナウイルス感染症対応にあたり,市町保健師や郡市医師会等からの支援を受けることができ,さらなる連携強化ができたことも重要であった.

そして,保健所と市町が健康危機対応をリアルに体験したことで,健康危機管理に対する問題意識の向上にもつながったと思われる.

②研修企画までの日頃の取組

埼玉県では,すべての県保健所で「管内保健師連絡調整地域別会議」を実施し,管内市町村の人材育成や現任教育の体制整備に努めてきた.当所では,毎年度初めに管内市町にヒアリングを行い現状と課題を把握するとともに,当該会議の中で災害時の保健活動について繰り返し議題にあげ,市町の取組を一覧表にして可視化するなど,広域で取り組む共通の課題として認識を深めてきたことが大きなポイントだったと思う.

 【今後について】

今後は,関係機関との連携体制を強化しつつ,今後の健康危機に備えて,関係機関と一体となった研修を通じて人材育成を進めていきたい.

3. 研究報告・実践報告のまとめ

本委員会 鈴木良美委員からコロナ禍を経た現在において,先駆的事例を共有したことで,次なる健康危機に備え準備体制,人材育成に向けての情報共有やそれぞれの立場での取り組み,連携を考える機会となったのではないか,といったまとめがなされた.

4. 意見交換

研究報告および実践報告の後,参加者は約20のグループに分かれ,「それぞれの自治体や教育機関等での取り組み」「感染症健康危機管理における人材育成の実際と課題」をテーマに意見交換を行った.取り組みとして,市町村と保健所のそれぞれの立場から研修や連携を工夫しながら実施しているといった実際の意見交換がなされた.一方,課題として,人材不足や関係部署,機関との共通認識や連携の難しさといった課題が語られた.短い時間であったが,次の健康危機管理に備えた人材育成について,参加者同士で活発な意見交換が行われた.

IV. ワークショップ参加者の意見

1. 参加者の背景について

学術集会会場の参加者は133名であった.参加者の主な所属先は都道府県68名(51.1%),市町村31名(23.3%),特別区5名(3.8%)であった.教育機関は14名(10.5%)であった.

2. ワークショップについて

学術集会会場と事後オンデマンド参加者のうちアンケートの回答が得られたのは65名であった.回答者の主な属性は,保健師56名(86.2%),教員4名(6.2%)であった.所属先は都道府県の保健所が最も多く34名(52.3%)であり,特別区の保健所5名(7.7%),市町村の保健部門5名(7.7%)と続いた.教育・研究機関は6 名(9.2%)であった.参加動機(複数回答)は,「健康危機における保健所と市町村との協働の実際を知りたかった」が最も多く38 名(58.5%)で,次いで「市町村と保健所が一緒に取組む保健師の健康危機管理保健活動の実際を知りたかった」「健康危機に備えた保健師の人材育成に関心があった」がそれぞれ37名(56.9%)であった.

各報告について参考になった程度を「参考にならなかった(1 点)」から「参考になった(5 点)」の5段階リッカート尺度で尋ねた.すべての実践報告において4.3 以上であり,平均して4.44という結果であった.いずれの実践報告も現場等で活用できる貴重な内容であったことがうかがえる.

自由記載では「先進的な取り組みで,考え方や進め方が大変参考になった」,「人事交流の効果や意義について理解が深まった」,「協働,人材育成まで手がまわっていないことに改めて気付いた.来年度以降できることを考えたい」といった感想が寄せられた.

V. まとめ

河西あかね委員長から「様々な部署に所属する保健師が,平時から互いに専門性を高めつつ,ゆるやかにつながっておくことがいざという時に,次のパンデミックに活かせる」と語られ,本委員会 山下留理子委員からは「危機の備えは有事の対応力の強化のみならず地域ケアシステムの構築につながるのではないか」といったまとめがなされた.

本ワークショップは研究報告と保健所および市町村保健師による実践報告,参加者同士の意見交換により構成した.コロナ禍を経て,「市町村と保健所が一緒に取組む」保健師の健康危機管理保健活動と人材育成について様々な所属や立場から事前準備について考える機会となった.

本委員会では,今後も災害や健康危機管理にかかわる公衆衛生看護活動について,さらなる情報化・可視化を行い,成果や課題,方向性の検討を行っていきたい.

 
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