Japanese Journal of Public Health Nursing
Online ISSN : 2189-7018
Print ISSN : 2187-7122
ISSN-L : 2187-7122
Public Health Nursing Report
Change Processes Followed by Expert Public Health Nurses of Public Health Centers to Improve Their Nursing Activities with Patients with Spinocerebellar Degeneration: Awareness of the Importance of Data Analysis and Publication
Kimiko Nakayama
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2015 Volume 4 Issue 2 Pages 130-138

Details
Abstract

目的:本研究の目的は,熟練保健師と研究者が脊髄小脳変性症患者への活動の改善にともに取り組んだことによって,熟練保健師が実践を変化させる過程を明らかにすることである.

方法:アクションリサーチを用いた.参加者は,熟練保健師4名であった.研究者は,大学教員1名であり,会議への参加による相談等を行った.

結果:熟練保健師は,脊髄小脳変性症患者に関わりにくさを感じていた.そこで,熟練保健師は,研究者と共に脊髄小脳変性症患者に共通する地域課題を明確化したことで,自己の役割に気づいた.そして,根拠に基づいたよりよい活動に転換した.その後,Plan/Do/Seeを強化したダイナミックな活動に変化した.

結論:熟練保健師が実践を変化させる過程は,地域課題を分析し,活動をまとめて公表しながら活動を改善させるものであった.

I. はじめに

脊髄小脳変性症(以下,SCDと略す)は神経変性疾患であり,小脳性運動失調の症状が緩徐に進行する(神経変性疾患調査研究班,1997).難病患者への保健師の支援として,家庭訪問援助の特徴(田村,2010)やケアマネジメント展開過程の特徴(岡本ら,2002),保健所における難病事業主担当熟練保健師の多くが他業務を兼務しながら,少ない担当者で事業に取り組んでいる現状(吉井ら,2007)等が明らかになっている.在宅神経難病患者の抱えるニーズには,医療に関することや病気の受容に関すること,身体上の問題,家庭生活上の問題,社会生活の質に関するもの,サービス利用に関するもの等がある(大澤ら,2001).一方で,SCDに特徴的なニーズは明らかになっておらず,地域で生活するSCD患者・家族の抱える課題や集団のニーズを捉えて,そこから地域ケアシステムにつなげていく方法等も明らかになっていない.

本研究の対象である熟練保健師は,A圏域の難病保健活動について,筋萎縮性側索硬化症患者への支援体制が整備されてきたことから,SCD患者への支援の充実を次の課題と捉えていた.熟練保健師は,SCD患者が長期にわたる介護や経済に深刻な問題を抱えるにも関わらず,進行が緩徐であるため,適切なサービス利用に結びつけにくく,効果的な支援方策が見いだせないために,SCD患者に関わりにくさを感じていた(田中ら,2009森本ら,2010).

アクションリサーチ(以下,ARと略す)とは,「こんな社会にしたい」という思いを共有する研究者と研究参加者とが展開する協働的な社会実践のことであり(矢守,2010),地域保健活動(井伊,1999岡本ら,2008)や臨床看護(草柳,2012)等で活用されている.地域保健活動におけるARは,研究参加者と研究者の取り組みによって実践現場を改善するだけでなく,より広い変化・社会への影響を目指している(岡本,2007)点で重要である.難病保健活動のARでは,研究者の働きかけのねらいと保健師の変化の局面(中山ら,2005)を明らかにしているが,難病の中でもSCD患者への活動の改善という課題に焦点をあてた研究はみられない.

そこで,本研究の目的は,SCD患者への活動の改善に熟練保健師と研究者がともに取り組んだことによって,熟練保健師が実践を変化させる過程を明らかにすることとした.

II. 方法

本研究は,研究デザインとしてARを用いた.研究者の支援は,哲学的な基盤をもとにしたHolter et al.(1993)の分類のうち,批判理論を基盤とし,研究者が実践者の意識を啓発・強化することに焦点をあてたエンハンストアプローチ(峰岸ら,2001)を用いることにした.また,社会状況と関連させたHart et al.(1996)の分類のなかでは,実践家中心による実践の改善と専門性の形成を目指す専門職的ARの方法を採用した.理由は,課題を解決するとともに,熟練保健師が自らの実践を批判的に内省することで,意識を変化させ,実践を改善する永続的な力を高めることをめざしたためである.なお,熟練保健師の用語は,保健師経験10年以上の保健師と定義した.

1. 開始前の状況

2006年に保健師が感じるSCD患者への関わりにくさについて保健師同士で検討した.その内容は,患者や家族が介護や経済上の深刻な負担を抱えながらもサービスを利用しない事例への支援や,SCD患者の訪問基準が曖昧でSCD患者全体の把握ができない等の保健師の問題,管内に医療機関がない,主治医から十分な告知・説明がなされていない等の医療の問題,多職種との連携ができていない等の地域の支援環境の問題があった.しかし,せっかく検討したSCD患者への関わりにくさは,保健師が主観的に捉えている状況を整理した内容にとどまっており,地域のSCD患者集団の実態に基づいた,地域課題の根拠となる状況が見えないものであった.そのため,保健師は,SCD患者の課題が混沌としたままで,何が課題で,何のために,誰に,どのような支援が必要であるのか,また,保健師の役割は何かを明確につかめない状況であった.

本研究は,2007年以降に,熟練保健師と研究者がSCD患者の活動の改善という課題の解決を目指してARに取り組んだ内容から,熟練保健師が実践を変化させる過程をまとめたものである.

2. ARの参加者と場

参加者は,E県A圏域B,C,D保健所に勤務し,難病保健活動(以下,活動)を担当する熟練保健師4名であった.熟練保健師は,40代2名と50代2名で,全員女性であった.役職は,全員課長補佐であった.熟練保健師の保健師経験年数は,25~28年であった.今回の参加者は,実際の参加者10数名のうち,当初から継続してARに参加し,中心的に活動した者に限定した.研究者は,40代女性で保健師の経験年数を6年有し,大学での職位は講師であった.A圏域は,郡部に属し,山地が約70%を占め,人口は約20万人である.

3. ARの展開方法

活動は,隣接するB,C,Dの3保健所からなるA圏域を単位としている.ARは,B保健所の熟練保健師を中心に行った.研究者は,3回の会議への参加,電話・メールによる相談等を行った.研究者の立場は,保健所から依頼された助言者であった.研究者は,熟練保健師からの依頼に対して,研究者の考えを伝えて,熟練保健師の意思決定を促した.また,熟練保健師が課題解決に向けて,効果的に活動できるように,知識の提供や分析,成果の公表等への支援を行った.さらに,ARの振り返りとARによる変化を明らかにすることを目的に,ARの参加者を対象としたフォーカスグループ・ディスカッション(以下,FDと略す)を行った.その企画と司会は,研究者が行った.実施は,2008年12月であった.FDでは,研究者の支援の意図と支援内容を表にまとめた経過表に基づき,ARにおいて熟練保健師が実践を変化させる過程について自由に討議してもらった.ARの期間は,2007年5月から2008年12月であった.

4. データ収集方法

データは,FDで作成した経過表とFDの逐語録,活動報告,会議録,メール等の記録を用いた.データ収集期間は,ARの期間と同様であった.

5. 分析方法

本研究では,Holloway et al.(2006/2002)がいう質的帰納的方法で分析を行った.分析は,FDのデータと活動報告等の素データから,ARの展開と研究者の支援内容,ARによる熟練保健師の活動への認識と活動内容の変化に関するデータの意味を読み取った.読み取ったデータは,ARの経過に沿って,ARの展開と研究者の支援内容,ARによって熟練保健師が実践を変化させる過程の視点で経時的に整理し,意味を読み取り抽象度を上げて表現した.熟練保健師が実践を変化させる過程は,活動への認識と活動内容が質的に異なる状態を局面として捉えて,最後に各局面の意味を読み取りカテゴリー化した.

6. 厳密性の確保

データの分析,結果の抽出と論文作成過程を通じて,ARに精通している大学教員の意見を求め,話し合いながら進めた.加えて,熟練保健師が実践を変化させる過程の分析では,逐語録から分析した内容を示して,参加者である熟練保健師全員から分析の妥当性を確認した.結果は,ARの展開を提示するとともに,参加者と場の特徴や参加者の発言の一部を引用することで詳しい記述を行い,他の研究者が他の状況でどの程度利用可能かを判断できるようにした.分析結果は,学会で一部を発表し,看護の研究者から助言を受けることで修正を加えた.

7. 倫理的配慮

参加者には,調査時に文書にて研究目的等を伝え,参加の意思と同意を確認した.データの処理,分析,公表の過程では,個別のデータを番号で管理し,個人の情報,匿名性,プライバシーを保護した.

III. 活動内容

熟練保健師と研究者が協働したARの展開と研究者の支援内容の経過に沿って,熟練保健師が実践を変化させる過程を記述した(表1).質的帰納的に分析して抽出された結果は,1.SCD患者への関わりにくさの実感,2.A圏域SCD患者の課題の明確化による自己の役割の気づき,3.根拠に基づいたよりよい活動への転換,4.Plan/Do/Seeを強化したダイナミックな活動であった.「 」は,熟練保健師が語った言葉を示す.斜体字は,実際のデータを示す.

表1  脊髄小脳変性症患者への活動の改善に取り組む保健師を研究者が支援したアクションリサーチの経過と保健師が実践を変化させる過程

1. SCD患者への関わりにくさの実感

2007年に熟練保健師は,個別支援の質を担保するために,SCD患者の個別支援に使用する難病患者のアセスメントガイド(濱田,2002)の項目を使いやすいように見直したいので,助言者が必要と考えていた.そこで,2007年5月に,B保健所から研究者に助言者としての依頼があった.研究者は,A圏域の熟練保健師が,ベテランであり,アセスメント力に優れていることから,アセスメントガイドの見直しによる熟練保健師への効果は少ないと考えた.また,研究者は,熟練保健師がSCD患者への関わりにくさを感じる原因は,SCD患者集団に共通する地域課題が混沌としており,保健師の役割が不明確であるためと考えた.そこで,研究者は,SCD患者の関わりにくさを改善するためには,アセスメントガイドの見直しよりも,SCD患者集団に共通する地域課題を明確化する必要があるのではないかと熟練保健師に提案した.

熟練保健師は,当初「(2006年に)SCD患者への関わりにくさの内容は整理している.なぜ,同じことをやるのか」と感じ,SCD患者集団に共通する地域課題の分析へのとまどいを感じていた.しかし,3保健所の調整の中心となった熟練保健師が,「(2006年は)保健師の視点で課題を考えた.今回は,事例の視点で課題をみるので,違うものが出てくるかもしれないから,やってみよう」と他の熟練保健師に投げかけて,2007年7月からA圏域のSCD患者集団に共通する地域課題の明確化に取り組むことになった.

研究者は,ARを通して,熟練保健師自身が課題を解決できることと,その取り組みの内容が現場に定着し,実践の改善と熟練保健師の成長に結びつくことが重要だと考えた.また,熟練保健師がSCD患者への関わりにくさを改善するためには,熟練保健師自身が,SCD患者や地域の実態に基づいて地域課題を分析して,自分達の役割を明確にする必要があると考えた.そこで研究者は,熟練保健師と進め方を相談し,難病のアセスメントガイドを用いて家庭訪問している事例をアセスメントし,事例に共通する課題を分析することを促した.

保健師の関わりにくさを出すときに,アセスメントガイドで課題を出すと言われて,昨年もしたんちがうみたいな…….どういう形ですすめていくのかというのが,全然わからなかった.

2. A圏域SCD患者の課題の明確化による自己の役割の気づき

最初に熟練保健師は,継続訪問中の8事例を選定した.事例ごとに,担当保健師が難病のアセスメントガイドを用いて課題を抽出した.次に,2007年11月に関係者が集まる在宅療養支援推進会議の場で,熟練保健師と研究者とともに8事例に共通する課題を検討していった.その結果,「ふらつきや住環境の不備による転倒の危険性」等のSCD患者に共通する課題を抽出できた.

熟練保健師は,難病患者のアセスメントガイドを用いて担当事例のアセスメントをしたことによって,「(事例の課題が)整理できた」と感じていた.また,8事例に共通する課題を色分けして数えていくうちに,8事例すべてで,転倒の危険性が課題となったこと等から,「転倒の危険性が,SCD患者に共通する課題というのが,見えてきた」「(転倒の危険性が高いので)もっとケアを重視しないといけない」等に気づいた.一方で,課題の明確化のプロセスでは,事例選定の基準があいまいであったことと,事例数が8事例のみでSCD患者に共通する地域課題とすることの限界がみられた.また,課題は,地域の社会資源等の問題が反映されていないため,個別支援における保健師の役割はみえるものの,SCD患者集団や地域に働きかける保健師の役割がみえなかった.

そこで,研究者は,会議の場で,地域のSCD患者に共通する地域課題と保健師の役割を明確にするためには,8事例の分析に加えて,地域の特性と関連させた分析が必要ではないかと問題提起し,今後地区診断に取り組むかどうかを熟練保健師に投げかけた.その後熟練保健師は,「地域の問題もあるかもしれない」と考え,地区診断に取り組むことを決めた.

熟練保健師は,コミュニティ・アズ・パートナーモデルを用いて地区診断を行った.研究者は,地区診断において,モデルの提示や分析枠組みの提供,データの分析等の知識や技術を熟練保健師に提供した.その中で,地区診断の一環としてB保健所では,SCD患者の実態分析の目的で,家庭訪問記録等を用いて管内のSCD患者の情報を分析した.その結果,B保健所のSCD患者の家族は介護力不足が9割を超えている等の実態が明らかになった.熟練保健師は,これらの結果を含めた地区診断から,A圏域のSCD患者の課題を明確化した.また,研究者と熟練保健師が討議しながら,課題の重要度を点数化することで,課題の優先順位を決定した.

熟練保健師は,「SCD患者の全体像と(保健師として)やるべきことがみえてきた」と認識していた.一方で,熟練保健師の一部は,モデルを用いた地区診断や,エクセルを用いたSCD患者の実態の分析,点数化による優先順位の検討等を初めて行っていたため,「ついていくのに一生懸命であった」と感じていた.熟練保健師は,サービスが必要であるが利用していないSCD患者に訪問する等,優先課題に基づいた活動をするようになった.

SCD,SCDって私らは言っているけど,事例を分析したら,病型や平均年齢,発症年齢がわかったり,どういう経過をたどっているのかという全体像がみえてきた.私の介入の仕方とかは,こういう意味もあって,ひょっとしたらサービスを導入しないといけない人には一番大事な時期だったかな……とか.逆に,サービスが必要なのに利用していない人たちが,数的にこれだけいるってことが(わかって),この人たちって一番優先しないといけないケースと違うんかなとか,わかってきた.

3. 根拠に基づいたよりよい活動への転換

研究者は,熟練保健師が余裕を持って仕事ができており,職場の人間関係も良好であること,また,活動成果を公表することで活動成果の波及と専門職として成長することを意図して,大学院生を対象にした講義を依頼した.

熟練保健師は,「本当に伝えられるかと不安になり,悩んだ」が,2008年5月に2名の熟練保健師が大学院で講義を行った.講義は,活発な意見交換が行われ,大学院生からも好評であった.熟練保健師は,講義の準備を行った過程について,「保健師同士が一緒にまとめることで,前年度に大変なことをやって,こうやってまとまってきたんだなっていうのが,すごくわかった.」「ふりかえりの機会になった」と感じていた.また,熟練保健師は,自分たちが講義で話したことが「(大学院生に)全部わかってもらえて,いろいろな意見をもらうことによって,次にしていかないといけないことが少し見えてきた」と受け止めていた.さらに,熟練保健師は,大学院生の「課題分析に基づいた活動の積み重ねが根拠になる」という意見から,「(課題の分析は)やっぱり大事なことだったんだ」「経験プラス根拠があれば,強い力になる」と根拠の重要性とやってきたことの意味を実感し,専門職としての自信も強化されていた.

(大学院の講義を経験したことによる自身の変化を尋ねられて)すごく根拠っていうのが弱いところと思ってたんです.今回,根拠があってこそ,しっかりと伝えられるっていうことがわかった.(大学院生の)意見の中にも,「活動の積み重ねは,すごく根拠になると思いました.根拠を活かしたシステムづくりをやってください」と言われる方がいて,私にはすごく響いて…….やっぱり大事なことだったんだって.経験プラス根拠があれば強い力になるなって.自分の自信のなさが,ちょっとステップアップしたかなって.

次に,研究者は,熟練保健師が実践から知識を生産することを意図して,調査と活動報告を専門誌に投稿することを提案した.熟練保健師は,「いつも読んでいる雑誌に,自分が出して,大丈夫だろうかと不安になった」が,研究者と協働して原稿を完成させた.職場では,熟練保健師が原稿を作成することに理解があり,上司と同僚から書くことへの協力が得られた.

熟練保健師は,SCD患者の実態を分析した調査報告を書くことで,「(事例の)分析をしていたら,いろいろなことが見えてきた」「実態が数値になって現れてきた」「自分の思っていた保健師の役割がずいぶん変わってきた」と感じていた.活動報告を書いた別の熟練保健師は,「まとめることによって,見えてきた部分がたくさんあった」と感じていた.

熟練保健師は,これまで捉えられていなかったSCD患者の実態を明らかにしたことを評価した専門誌の査読結果から,自分達の活動の意義を実感し,「SCD患者の課題を自分たちから発信しよう」と活動への意欲と使命感が高まっていた.活動報告等は,専門誌に2本掲載された.

(書いているうちに)保健師は,何でSCDに関わりにくいんだろうと,最初の疑問点に戻ったんです.私たちは,人が変わる関わりっていうのではなくて,病気の進行を予測して,それに応じた支援をできるということが一番大切なのかなって.病気の進行に伴ってだんだんできることができなくなったときに,いかに安全な生活を送っていただくかってことを,そこをきちっとしないといけないかなって.ちょっとそんなふうに切り替えられて.自分の思っていた保健師の役割っていうのが,書くことでずいぶん変わってきた.

4. Plan/Do/Seeを強化したダイナミックな活動

2008年になり熟練保健師は,SCD患者集団に共通する地域課題毎の活動計画を文書で作成することになった.熟練保健師は,当初は,「(地域課題毎の)計画を立てる意義がわからなかった」が,3保健所の熟練保健師が集まって,事業計画を立案した.熟練保健師は,活動計画作成を通して,「課題解決のためにやることがたくさんみえた」「先のことを見据えた活動展開の必要性が理解できた」.一方で,熟練保健師には,活動の目的や方法,評価等の活動計画を文章化することに多くの時間を要したために,時間と精神的な負担がかかった.

また,熟練保健師は,専門誌の査読結果に「すごくピンときて」自分たちの活動の意義を実感したことから,「SCD患者の実態を知ってもらおう」と思って,自分たちで学会発表を決意し,実行していた.

さらに,熟練保健師は,関係者に向けた難病の研修会を実施するにあたり,地域のケアマネジャーが持つSCD患者の支援上のニーズを事前にアンケート調査によって把握して,それを反映した研修会を企画・実施するようになっていた.熟練保健師は「(事前にアンケートをとった理由について)全体像を知りたかった」ためであり,「経験の中で出てきたものではなくて,アンケートをとるなどして,やっていることの根拠を一つずつ押さえていくことを意識するようになった」と語っていた.研修会では,SCD患者の実態を,分析したデータに基づいて関係者に伝えた.熟練保健師は,これらの学会発表や調査等を,研究者に相談することなく,自分たちで判断し実行していた.熟練保健師は,一連のARによる変化を尋ねられると,「この1年は,(自身が)とても成長した.」「書くっていうことで自分の中に入ってきた部分があったので,そういうことも大事だなと思った」と述べていた.

最初は,(活動計画作成が)どういう意味で,なんでするの? と他の保健師に言っていた.(活動計画の立案を通して)将来こうなるから,ちょっと先のことを見据えたうえで,今年は何をしないといけないということが,すごく見えてきた.次のステップとして,それこそシステムを作ったりの展開方法を考えたうえで,(活動を)しなくちゃならないと気づいた.

IV. 考察

1. SCD患者集団に共通する地域課題の明確化による分析の重要性

熟練保健師は,研究者とともにSCD患者に共通する地域課題をデータ等から実証的に明らかにしていく地区診断を行い,SCD患者集団に共通する地域課題を明確化したことから,根拠に基づいた計画的な活動をするようになった.地区診断すなわち地域の看護アセスメントをすることの目的と必要性は,《活動の根拠》を明確にし,《計画的な業務遂行》とチーム内での《ニーズの共有》であること(佐伯,2001)が明らかになっている.このように,熟練保健師は地区診断によって,SCD患者の課題が何かを,根拠を持って判断でき,適切な支援方法を導き出すことができたと考える.

また,熟練保健師は,SCD患者に共通する地域課題を実証的に明らかにした経験を通して,混沌としていた実態をデータ分析等によって捉えることができていた.保健師が行う研究は,混沌とした受け持ち集団の現状を分析し,その知見を統合して解決のための糸口を見出し解決に導くこと(村嶋,2013)と言われている.今回,保健師が用いた能力は,SCD患者に共通する地域課題として統合する力,すなわち研究能力と考える.看護研究は,疑問や未知の看護現象を明らかにする(小笠原ら,2012)ために行われる.熟練保健師は,課題がわかるのみならず,わからないことをわかるようにしていくプロセスを学ぶことができたと考える.実際,熟練保健師は,関係者の支援ニーズを事前調査で把握したうえで研修の企画・実施をするようになった.看護研究から生み出された知識は,状況を判断し,適切な看護行為を選択する認識・理解となる(稲吉,2001)と言われている.このように熟練保健師は,疑問に対して分析・研究して明らかにしていく研究能力を獲得したことによって,混沌とした未知の状況に対して,過去の経験に基づき支援するのではなく,調査等によって全体像を統合的に分析し,根拠を明確にした活動をするように変化したと考える.

さらに,杉万(2006)は,研究者と当事者の協働的実践において,研究者が研究者としてなすべき貢献は,理論に基づく貢献であり,その理論は,現状と過去の把握,将来の予測に役立つこと,および,実践の指針や計画を立てることに寄与することが求められると述べている.今回,研究者が用いた理論は,保健師がSCD患者の課題を明らかにするための地区診断の理論と,Plan/Do/Seeの活動方法であった.研究者の支援は,これらの地域看護に関する理論を用いることで,保健師がSCD患者の課題や今後の計画を立てることに貢献できたと考える.

2. 活動をまとめて公表する重要性

熟練保健師は,活動報告の専門誌への投稿や講義を通して,SCD患者に共通する地域課題等をまとめて,他者に伝えることができた.Benner(2012)は,経験を積み重ね,そこからさらに新たな知識を創出していく実践者であることが重要と述べている.熟練保健師は,実践から生み出された知識の形成や教育への貢献など,保健専門職としての役割を拡大できたと考える.

熟練保健師は,ARの当初は理解できなかったSCD患者の課題分析等の意義を,講義時の大学院生からの言葉や査読者の評価によって実感することができた.佐伯(1996)は,「私たちが,何かこれまでとは一見異なる新しい経験をするとき,『わからない』状況に追いこまれる.そのときに,あれこれ試みる中で,『なんだ,これはアノことと結局は同じじゃないか』ということが『わかる』.それを『なっとくする』ことといい,そこには『新しいこと』が開かれ,これまでとは異なる『別の世界』が見えてくる」と述べている.熟練保健師は,地区診断を通して課題と保健師の役割をすでに理解していた.しかし,熟練保健師にとって,活動について書くことや同僚とともにまとめること,公表することには大きな意味があった.熟練保健師は,講義や投稿のために,試行錯誤しながら活動について振り返ったことで,「自分の思っていた保健師の役割がずいぶん変わってきた」「見えてきた部分がたくさんあった」と活動の意義の理解と自己の看護観を深めていた.そこに査読者等からのフィードバックを得たことで,これまでやってきた「アノコト」と,査読者や大学院生が言った「このこと」が結びついて,一気に「わかる」体験になったと考える.したがって,熟練保健師は,講義や専門誌の査読から,認識を変化させていたと考える.

その後,熟練保健師は,自分たちで学会発表やケアマネジャーへの調査を行う等活動の方法や幅を広げていた.このように,熟練保健師は,それまでのARにおいて活動の意義を実感したことで活動への高い動機が生じ,自発的でダイナミックな活動へと変化したと考える.内発的動機づけに関する認知的評価理論(新井ら,2009)では,自分の行動を自分が決めていると感じるほど,また,有能感が高いほど,自分から積極的に行動を起こすようになると指摘されている.つまり,熟練保健師が高い動機を持ち,自発的な活動をできた要因は,自分達で課題を明らかにしたことと,活動報告や学会発表等による恒常的なフィードバックにより活動と自分への自信が強化されたためと考える.

さらに,東村(2006)は,ARについて,フィールドの過去,現在,未来を見据えながら,進むべき道を意思決定すること(decision-making)(以下,ディシジョンメーキングとする)が重要なのはいうまでもないが,過去について「腑に落ちること(sense-making)」(以下,センスメーキングとする)も重要と述べている.そして,センスメーキングは,人々の語りによって行われる(田垣,2008)と指摘されている.本研究において,大学院生への講義で語ったことは,熟練保健師が,実際に行った判断や意思決定というディシジョンメーキングを回顧的に語る機会になり,自分達が経験したことに対して,能動的に意味を創りだすという点でセンスメーキングにつながったといえる.ARにおいては,実践家の語りを引き出す方法がセンスメーキングを促すことに有効であると考える.

ただし,本研究の実践者は,保健師という専門職であり,保健師経験25年以上の熟練者,かつ全員が課長補佐という役職を持っており,管理職的な立場であることから,自由な発言や記述ができた点を考慮する必要がある.もし,管理職ではない実践者ならば,ここまでの変化はでなかったと考える.加えて,郡部という条件と職場の協力的な人間関係により,活動や成果の発表が行いやすかったと考える.

3. 活動の適用可能性と今後の課題

熟練保健師が実践を変化させる過程を明らかにするにあたっては,状況を回顧的に振り返ったインタビューデータを主に用いており,参与観察等の観察データを用いていないことの限界がある.そのため,今後は,参与観察等の手法を用いて,行動と語りの関係を分析することが必要と考える.

謝辞

研究にご協力いただきました保健師の皆様,ご指導いただきました大阪府立大学の田垣正晋先生に心よりお礼申し上げます.

文献
 
© 2015 Japan Academy of Public Health Nursing
feedback
Top