Japanese Journal of Public Health Nursing
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ISSN-L : 2187-7122
Research Article
The Techniques of Public Health Nurses to Leverage Qualitative Data to Clarify Community Health Needs
Wakana BabaReiko Okamoto
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2016 Volume 5 Issue 2 Pages 154-164

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Abstract

目的:本研究の目的は,地域の健康課題明確化に向けた自治体保健師による質的データ活用技術を明確にすることである.

方法:対象は,自治体保健師経験5年以上で,地区担当及び研究経験のある12人である.データ収集方法は個別面接であり,対象が地域の健康課題を明確にできた活動事例の展開過程を聴取し,質的記述的に分析した.

結果:質的データ活用技術として,3つの技術,即ち,質的データによって健康課題を実在化する技術,量的データが示す健康課題を質的データによって具体化する技術,事例の危機的状況を質的に分析することによって優先度の高い健康課題を具現化する技術,が質的データの着目から健康課題明確化の展開過程において抽出された.

考察:本技術は潜在的な健康課題の早期把握,原因不明の健康課題の探索に活用できる.

I. 緒言

保健師は,PDCAサイクル,すなわち,計画,実施,評価,改善のサイクルで保健活動を展開している.中でも,計画の根拠となる地域の健康課題の明確化は,全ての保健活動を展開する上で基盤となる大切なプロセスである.

地域の健康課題を明確にするには,数値や文字,画像などで表された様々な事象について,目的や仮説に応じて収集した情報であるデータを蓄積し,アセスメントすることが欠かせない.つまり,データを収集し活用する技術は,保健師が保健活動を展開する上で不可欠のものと言える.

保健師が用いるデータには,量的データと質的データがある.量的データには,人口動態や静態,各種保健統計,社会調査などの統計資料があり,データの収集や分析において統計手法や分析疫学の方法を活用でき,結果も図表で可視化できることから,その取り扱いについてイメージがつきやすい(中板,2011佐伯,2007).一方,質的データとは,ある事実を文字や図表,音声,画像など数値以外で表現されたものであり,話を聞くことや観察などを通して得られた住民の声や反応,地域の人々の関係性などがある(佐伯,2007横山,2010).質的データは収集形態が多様であり,分析においても個人の感性への依存度が高いことから,共通のイメージを持つことが困難な現状がある.

現在,我が国における地域の課題は,児童や高齢者の虐待,自殺,生活習慣病の増加,及び健康格差など多様で複雑であり,活動展開においてはその把握の段階からの困難さが指摘されている(成木,1999).事態の深刻化を予防するためには,潜在化している健康課題を早期に把握することが重要である.そのためには,質的データの「住民の視点で地域の実態をデータ化できる特性(佐伯,2007)」を活かし,保健師が,保健活動の中で得た質的データを活用していく技術を向上することが急がれる.

しかし,現状において,保健師は,住民の声や地域の情報などに触れる機会は多くあるものの,それを質的データとして感知して活用するかどうかは個人に委ねられている.その方法についても個人の経験知にとどまり一般化されてこなかった.つまり,それらを質的データとして健康課題の明確化に用いることを自分たちの職能の技術として確立していない現状の課題がある.

また,先行研究においても,保健師の質的データ活用技術の低さが報告されている.保健師のコンピテンシー開発に関する調査結果報告書(n=1035)では,一年間の仕事において本来あるべき到達点を10とした保健師の到達状況は,「質的データを正しい方法で分析した記録を残す」において2割程度の到達と答えた者が最も多く,約4割であった量的データよりも低かった.「地域に出て住民から聴取した情報から説明する資料を作成する」は約4割,「記録や資料を根拠に予測される健康課題を説明する」は約4割,「記録や資料を根拠に健康格差,不平等の実態を説明する」も2割程度の到達度と低い状況であることが明らかにされている(岡本,2011).また,質的データを活用した健康課題の明確化においては,保健師が①質的情報をデータとして認識していないこと,②情報収集の方法が分からないこと,③分析方法が分からないこと,④目的に応じた活用ができていないことが報告されている(佐伯ら,2001村松ら,2004澤田ら,2007).先行研究では,このような質的データ活用技術について,一部のプロセスの実態や,その技術を遂行する上での困難感についての報告はあるものの,質的データを地域の健康課題明確化に活用する技術の全容を行動単位で表し,その実態を明らかにした報告はない.更に,地域の健康課題明確化において質的データを活用する目的や展開方法について着目した報告はない.

そこで,本研究の目的を,地域の健康課題明確化に向けた自治体保健師による質的データ活用技術を明らかにすることとした.本研究の意義は,本研究で明確化した技術を保健師が習得して実践することで,多様で複雑な地域の健康課題を早期に明確化でき深刻な事態を予防することが期待できる点である.

II. 研究方法

1. 研究対象

研究対象者は,自治体の保健師経験5年以上で地区担当の経験及び研究経験のある者とした.対象選定の条件の設定理由は,対象が一定水準以上の地域診断の力量を持ち,質的データ・量的データの活用技術について理解し,それを有する者から聞き取る必要があったからである.研究対象者の選定は,学識経験者及び自治体役職者から推薦され研究協力の了解が得られた12人であった.

2. 調査方法

調査期間は2013年5月から8月であり,調査方法は面接調査とした.面接調査では,全ての研究参加者の同意を得た上でICレコーダーに録音し,逐語録を作成し,質的に分析した.

調査内容は,基本属性と,インタビューガイドの内容,即ち,質的データを活用して地域の健康課題の明確化に役立てた活動事例の過程を,どのような質的データから感知し,どのような目的で収集・探索し,どのようにして健康課題を明確化したかを聞き取った.基本属性は,性別,自治体保健師としての経験年数,地区担当・管轄地区担当の受け持ち年数であり,活動事例は,保健師が見聞きしたり五感で感じたことや住民の声から,保健事業を改善したり,必要な社会資源を作ったりするなど地域の健康課題として明らかにして取り組んだ事例とした.インタビューガイドは,活動事例の過程を聞けるようなインタビューの構成を研究者二人で協議して作成した.

3. 分析方法

面接終了後に作成した逐語録から,活動事例ごとの質的データ活用の目的を読み取り,目的別に活動事例を分類した.活用目的別に分けた活動事例から,地域の健康課題の明確化に向けた質的データ活用技術と思われる質的データを用いた視点・判断・行動を抽出して,文言を整え精練し,コード化した.次に各コードを意味内容の類似性に基づいて分類しサブカテゴリーを導き,更に,抽象度を高めてカテゴリーを生成した.そのカテゴリーを質的データの着目から健康課題明確化に至るまでのプロセスがわかるように並べ替え,段階とした.なお,分析は,質的研究の実施経験と質的研究に関する科目の講義経験がある者にスーパービジョンを受け,分析結果の妥当性を確保した.

4. 倫理的配慮

倫理については,研究の主旨・研究方法・研究同意と撤回・プライバシーおよび個人情報の保護・資料の保存と廃棄・研究参加の利益と不利益・研究結果の公表について,研究参加者に文章と口頭で説明し,同意書に署名を得た.本研究で得たデータは,個人情報が外部に漏れることがないよう研究者によって厳重に管理した.本研究は,岡山大学大学院保健学研究科看護学分野倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認年月日平成25年2月27日).

5. 用語の定義

本研究で用いる用語の定義を以下に示した.

質的データは,ある事実を文字や図表,音声,画像など数値以外で表現されたもの,中でも,保健師活動の個別事例から把握した住民の声や保健師が観察したことや五感で感じたこととした.例えば,話を聞く,観察などを通して得られた住民の声や反応,地域の人々の関係性などがある(佐伯,2007横山,2010).

健康課題は,地域の人々の健康や命を脅かす恐れのある問題とその原因や背景要因と活用できる資源及び人々の問題への対処能力などコミュニティの強みとした.なお,地域の健康課題を明確化する行為には行為とプロセスを含むものとし,保健師が内的に明確化するのみでなく,社会に公表,すなわち公にする段階までを明確化の範囲とした(木下,2004横山,2010).

活用技術は,健康課題の明確化のために,質的データを使う行為(視点・判断・行動)とした.技術とは,保健師実践のための方法であり,目的意識的な行為(麻原ら,2010)であり,行為は,視点・判断・行動とする.

III. 研究結果

1. 研究参加者および活動事例の概要

選定条件に沿って推薦を受けた対象の保健師12人は,全員女性で,自治体保健師としての平均経験年数が26.4年,地区担当・管轄地区の受け持ち平均年数は18.3年であった.研究経験としては,全員が筆頭で学会発表した経験があり,10人は論文作成の経験があった.語られた活動事例は24事例(1人1~8事例)で あった.平均面接時間は,68.4分であった.

2. 地域の健康課題明確化に向けた自治体保健師の質的データ活用技術

活動事例を活用目的に着目して検討した結果,地域の健康課題明確化に向けた自治体保健師の質的データ活用技術は3つに分類された.1つ目は,質的データによって健康課題を実在化する技術(以下Aの技術),2つ目は,量的データが示す健康課題を質的データによって具体化する技術(以下Bの技術),3つ目は,事例の危機的状況を質的に分析することによって優先度の高い健康課題を具現化する技術(以下Cの技術)である.Aの技術には活動事例1~20,Bの技術には活動事例21~22,Cの技術には活動事例23~24が分類された.活動事例の概要を表1に示す.

表1  活動事例
事例番号 活動事例の概要
1 個別事例から,認知症が普及啓発されておらず多くの保健師が認知症の人に家庭訪問していなかった時代に家族が介護に困っていて認知症の人の尊厳が守られておらず命の危険があることを把握し,他にも同じ状況があるかを家庭訪問や愛育委員から情報収集する中で,健康課題の拡がりと深刻さを明確化した
2 家庭訪問を繰り返す中で脳卒中後の閉じこもりの増加を感じ,同じ状況があるかを統計システムや家庭訪問の中で探り,健康課題の拡がりを明確化した
3 介護者のおむつ代が大変という声を聞き,寝たきりの人数や月単位のおむつ代の費用を調べて量的データとして示し,介護者の経済的負担を明確化した
4 保健師が乳児訪問で近所に友達がいないという声を聞いたことや母子クラブがない地域での日中の過ごし方が気になっていたところに,母の母子クラブを望む訴えがあり,併せて確かな健康課題である可能性を感じ,更に保健師と母が同じ声があるかを拾い,健康課題の拡がりを明確化した
5 喫茶店での店員の態度や空間分煙ができていないことと地域の風習や文化からたばこ対策の遅れによる健康課題の深刻化を感じ,その背景がたばこに寛容な地域性にあることをアンケートや養護教諭との話し合いの中で確認し,地域や全年代への健康課題の拡がりを明確化した
6 健診会場までの交通手段がないから健診に行けないという声を聞き,更に保健師と愛育委員が住民にその背景を聞き,高齢化が進んだこの地域では運転できない高齢者は健診会場まで行けないこと,僻地のためバスが入らず健診会場設置が困難なためふもとの健診会場まで出てきてもらうしかない状況であり解決すべき健康課題であると明確化した
7 難病の患者会の代表者のある病気の人が食生活で困っているため一緒に対策を考えて欲しいという要望を聞き,患者数や発症年齢等の統計や当事者と話をする中で当事者が必要としていることであると分かった.更に,若い年齢で発症するため食事療法期間が長く生涯にわたりQOLを低下させることを明確化した
8 健診で発達の遅れのある子どもの増加を感じ,解決すべき健康課題であると明確化した
9 健診や訪問の場で,地域で相談者がいないという母の声の増加を感じ,訪問や健診で同じ様な声があることを確認することで健康課題の拡がりを確信し,転入者や核家族が多い地域であり昔と比べ母同士をつなげる愛育委員の役割がとりにくく母同士の交流が減っている状況を確認することで,健康課題が更に拡がっていくことを明確化した
10 健診で,発達障害疑いの子どもの増加を感じ,健診や健診の事後フォローの中で,療育施設に対するハードルが高いという母の思いや ,療育施設の適応にはならないが経過をみる必要のある子どもの存在を確認し,解決すべき健康課題であると明確化した
11 30代女性からの健診の受診希望の増加から,妊婦や乳幼児健診でみかける母に肥満の人が多い状況を併せて,病気になる前の若い時期に解決すべき健康課題であると明確化した
12 精神障がい者の家族が当事者の将来を心配し作業所を望む声をきっかけに,退院後の引きこもりの多さや地区外の作業所が遠く中断している状況を確かめ,解決すべき健康課題であると明確化し,当事者の家族が意思決定者に直接伝える機会につなげた
13 健診の受診希望はあるが受けたい場所で受けられないという声の増加を感じ,住民の半数が生活範囲やかかりつけ医が地域外であることを併せて,解決すべき健康課題であると明確化した
14 やせている人は,若い時から骨密度が低いことが多いことに気づき,解決すべき健康課題であり解決策と共に意思決定者に訴えた
15 介護保険の認定調査時に認知症の増加を感じ,健康課題の拡がりを明確化した
16 引きこもりの子どもの将来を不安に思う親の相談の増加を感じ,家庭訪問等でも同じ状況があることを調べ,その拡がりから,この地域の解決すべき健康課題であると明確化した
17 若い母の食生活の乱れを感じ,家庭訪問等で同じ状況が増えていることを聞き,子どもの発育にも影響するため,健康課題の拡がりと予防の観点から解決すべき健康課題であると明確化した
18 母同士の交流を望む声から自主的に母同士が集まる必要性を明確化した
19 若い母の地域で新たな居場所を望む声を聞き,更に家庭訪問で同じ様な声を聞き,解決すべき健康課題であると明確化した
20 地区の状況と地域住民から聞いた生活を既存資料と併せて,地域の健康課題が浮かぶと地区診断シートに書きとめる
地域住民や町の保健師に聞いた地区の健康事象の原因や背景要因を年間の計画評価のシートに量的データと合わせて集約し残す
担当地区の地図に,精神疾患の人,難病の人,気になる人の所在をマッピングする
個人の健康課題が多くなると地域の健康課題になると判断する
21 精神障がい者が多い背景を,家庭訪問の繰り返しで経過を確認することで探り,一大産業で成り立っている地域の中で,上司と部下の上下関係が子どもにまで影響を及ぼした思春期のいじめが原因であることを補完した
22 脳卒中の標準化死亡比が高いという健康課題の背景要因に基本健康診査で把握した運動実施率の低さがあると気づき,住民や愛育委員等に聞き取ることで,運動不足が全年代層に渡っていること,車を使い歩く習慣がない地域であることを補完した
23 携わった関係者が,虐待事件の背景や幼児健診票の内容を,共に多面的に分析することによって,事件を防げなかった原因や背景要因を明確化した
24 1つの虐待事例をきっかけに携わった関係者が地域の他事例に共通する危機的状況を分析することで,地域で解決すべき健康課題の原因や背景要因を明確化した

※1~20の活動事例からは,A:質的データによって健康課題を実在化する技術,21,22の活動事例からは,B:量的データが示す健康課題を質的データによって具体化する技術,23,24の技術からは,C:事例の危機的状況を質的に分析することによって優先度の高い健康課題を具現化する技術を抽出した.

各活動事例のまとめ方として,どの様な状況下でどの様な視点を持って判断し質的データを用いたかを質的データの着目から健康課題の明確化に至るまでのプロセスが分かるよう経時的に表した.

※斜体は質的データ,太字は量的データに該当する内容を示す.

次に,分類された活動事例の質的データ活用技術のコードを意味内容の類似性に基づいて分類しサブカテゴリーを導き,更に,抽象度を高めてカテゴリーを生成し,そのカテゴリーを質的データの着目から健康課題明確化に至るまでのプロセスがわかるように並べ替え段階を読み取ると,Aの技術では,最終的に1.質的データから健康課題につながりそうな事象を感知する,2.感知した質的データが健康課題かどうかを探索する,3.収集したデータを比較検討して健康課題を明確化する,4.健康課題を公にするという4段階に分類された(表2).Bの技術は,最終的に1.量的データが示す健康課題の原因や背景要因を明確にするために質的データで補完する必要性に気づく,2.量的データが示す健康課題の原因や背景要因を補完する質的データを探索する,3.量的データが示す健康課題を質的データで補完し明示する,4.量的データが示す健康課題を質的データとともに公にするという4段階に分類された(表3).Cの技術は,最終的に1.危機的状況で発見された事例から優先度の高い健康課題を感知する,2.様々な事例が危機的状況に陥った実態の詳細を質的に分析する,3.危機的状況を防ぐための人材や体制の要因を明らかにするという3段階に分類された(表4).

表2  質的データによって健康課題を実在化する技術
段階 カテゴリー サブカテゴリー 代表データ
1.質的データから健康課題につながりそうな事象を感知する 健康課題につながると感じた情報を記述し蓄積する 地域の環境や住民の生活状況を既存資料と併せて日々記述する (20-1)地域の状況と地域住民から聞いた生活を既存資料と併せて,健康課題が浮かぶと地区診断シートに書きとめる〈1〉
地域住民や関係機関に聞いた担当地域の健康事象の原因や背景要因を量的データと併せて年度ごとに集約し蓄積する (20-2)地域住民や町の保健師に聞いた地域の健康事象の原因や背景要因を年間の計画評価のシートに量的データと合わせて集約し残す〈1〉
担当地域のカルテのあるケースや健康状態が気になる人の所在を地図にマッピングする (20-3)担当地域の地図に,精神疾患の人,難病の人,気になる人の所在をマッピングをする〈1〉
健康課題として取り上げられていない段階から個別の事例で起こっている健康課題につながりそうな事象を感知する 健康課題として取り上げられていない段階から個別の事例で起こっている健康課題につながりそうな事象を感知する (1-1)認知症が普及啓発されておらず多くの保健師が認知症の人に家庭訪問していなかった時代に,家族が介護に困っていて当事者の尊厳が守られておらず命の危険もある事例を早めに発見し対応しておかなければ当事者や家族の健康問題・生活問題が生じてくると思い,家庭訪問をして把握する〈1〉
主目的の相談とは別に,個別の事例で起こっている健康課題につながりそうな事象を生活背景や家族背景に目を向けて感知する (17-1)発達の気になる子どもの家庭訪問時に若い母親がレトルト食品を多く使っているという食生活の乱れを感じ,子どもの発育にも影響するため問題ではないかと気づく〈2〉
健康課題につながりそうな当事者の声や声の増加を感知する 健康課題につながりそうな当事者の声を事業や家庭訪問で感知する (3-1)介護者からの「おむつ代が大変.」という声を感知する〈4〉
健康課題につながりそうな当事者の声を多く集めている人の声を感知する (7-1)難病患者会の代表者が「ある疾患を抱えた人は食生活で困っていること,あれば助かるものなど一緒に考えてほしい.」という要望があり,多くの患者と関わってきた人の声として感知する〈2〉
健康課題につながりそうな当事者の声の増加を事業や家庭訪問で感知する (9-1)健診や訪問の場で,「知り合いがいない,誰も相談する人がいない.」という母の声の増加を感じる〈3〉
健康課題につながりそうな事例の状況の増加を感知する 健康課題につながりそうな事例の状況の増加を感知する (2-1)家庭訪問を繰りかえす中で,脳卒中後の人が家に閉じこもりがちになっている状況が複数あることを感知する〈6〉
保健師が感じていた健康課題が住民の要望と合致することによって,確かな健康課題であるという可能性を感知する 保健師が感じていた健康課題住民の要望と合致することによって,確かな健康課題であるという可能性を感知する (4-1)保健師が乳児訪問で「近所に友達がいない.」という声を聞いたことや母子クラブがない地域での日中の過ごし方が気になっていたところに,母親から「母子クラブがほしい.」という要望があり確かなニーズと感知する〈1〉
住民の意識や生活環境を他の地域と比較して健康課題への対策の遅れによる健康課題の深刻化を感知する 住民の意識や生活環境を他の地域と比較して健康課題への対策の遅れによる健康課題の深刻化を感知する (5-1)喫茶店で,店員に喫煙するかどうか聞かれず,空間分煙できていない状況を見て,他の地域と比較してたばこ対策が遅れた地域と感じる〈1〉
2.感知した質的データが健康課題かどうかを探索する 健康課題につながりそうな事象と同じ声や状況が複数あるかを確認するために,継続的な家庭訪問や多様な人とのやり取り及び既存資料を適宜組み合わせて探索する 感知した健康課題につながりそうな事象と同じ様な声や状況を家庭訪問して探る (16-2)思春期からの引きこもりが大人になっても継続し,親が将来を不安に思うことと同じ様な状況を家庭訪問を継続して行く中で探る〈3〉
感知した健康課題につながりそうな事象と同じ状況を家庭訪問したり,地域住民から聞いて探る (1-3)認知症を疑うような気になるお年寄りがいるかどうかを愛育委員から聞き,認知症で大変困っている事例と同じ状況があるかどうかを保健師が家庭訪問して探ったり,愛育委員会や栄養改善協議会でも聞いて探る〈1〉
感知した健康課題につながりそうな事象を確認するために既存資料の量的データで確認する (3-2)おむつ代の大変さを寝たきりの人数や,月単位のおむつ代の費用を調べ確認する〈1〉
感知した健康課題につながりそうな事象を既存の事例連絡体制や専門職からの事例連絡から把握し,家庭訪問を継続して探る (2-2)家庭訪問を行う脳卒中の対象者を病院から県・町を通じての統計システムと県の保健師から把握をし,脳卒中後の閉じこもりがちになっている状況を保健師が家庭訪問を繰り返す中で探る〈1〉
感知した健康課題につながりそうな事象が,本当に多数の健康課題であるかを,当事者と共に探索する (4-2)地域で母子の仲間づくりをする居場所がなく,「母子クラブがほしい.」という母の要望が地域全体のニーズであるかの確信を得るために,保健師と要望を持つ当事者が更に多くの同じ状況の人から同じニーズを持っているか声を拾う〈1〉
保健師が感知した健康課題につながりそうな事象が推測ではなく確かに実在しているかを確認するために,地域住民・関係機関と協働したりしながら,当事者へ聞く,地域の中で観察・体感する,既存の量的データを調べることを適宜組み合わせて探索する 感知した健康課題につながりそうな事象と同じ声を家庭訪問や事業で探ったり,その背景を地域性や地域の変化を見て裏付ける (9-2)保健師が訪問や健診で「知り合いがおらず,誰も相談する人がいない.」と同じ様な声があるか確認し,その声があがる背景を地域性,地域内の交流の変化,愛育委員の役割の変化を見ていくことで探る〈3〉
感知した健康課題につながりそうな事象の様に対策が遅れ,健康課題が深刻化していきそうな地域の背景要因を観察・体感したり,既存の量的データで調べたり,専門職と共有して探る (5-2)たばこ対策が遅れ,健康課題が深刻化していきそうな地域の背景要因や何に起因するかを,地域を歩いたり見たりする中で探ったり,管内対象のアンケートを調べたり,養護教諭と話し合って探る〈1〉
感知した健康課題につながりそうな事象が実在していると判断するために,既存の量的データで裏づけたり当事者へ直接確認して探る (7-2)難病患者会の代表者の要望を,患者数や発症年齢などの統計や当事者と話をする中で確認していく〈1〉
感知した健康課題につながりそうな事象が実在していると判断するために,同じ声を地域住民と共に探ったり,既存の量的データで確認したり,地域を歩き地理的状況を把握する中で探る (6-2)「健診会場に行く手段がないため健診に行けない.」との声から,保健師と愛育委員が同じ声があるかを更に住民に聞き,健診の受診者数の増減を確認し,地区を歩く中で谷が多く道幅がせまいへき地なのでバスが入らず健診会場を設けることができずふもとの健診会場まで出てきてもらうしかない状況であることを把握していく〈1〉
健康課題につながりそうな事象が地域全体の健康事象であることを明らかにするために地域全体の調査を行う 健康課題につながりそうな事象が一地区ではなく地域全体の健康事象であることを明らかにするために地域全体の調査を行う (1-4)担当地域の家族が介護に困っていて認知症の人の尊厳が守られておらず命の危険もあるが必要な在宅サービスがないという健康事象を管内の健康事象であることを明らかにするために,管内の認知症の人数,サービスの利用状況の実態を管内全域の病院,社会福祉施設,役場に協力してもらい調査を行う〈1〉
3.収集したデータを比較検討して健康課題を明確化する 健康課題につながりそうな事象が探索により地域で多く起こっている健康課題であると明確化する 健康課題につながりそうな事象が探索により地域で多く起こっている健康課題であると明確化する (2-3)脳卒中の後遺症を抱えている人が家でとじこもりがちになっていることが多いことを明らかにする〈5〉
健康課題につながりそうな事象が探索により背景要因や裏付けを確認することで実在する健康課題であると明確化する 健康課題につながりそうな事象が探索により背景要因や裏付けを確認することで実在する健康課題であると明確化する (5-3)他地域と比較して,たばこ対策が遅れて健康課題が深刻化していきそうな背景には,長年続く地域産業に基づく,地域の文化やたばこに寛容な価値観があることを明らかにする〈8〉
健康課題につながりそうな事象が少数であっても生命やQOLに深刻な影響を与える事象であれば取り組むべき健康課題として明確化する 当事者の生命の危機や尊厳を脅かすような重大な事例は少数であっても地域の健康課題としてとりあげる (1-5)家族が介護する中で,認知症の人がいなくならないように家に鍵をかける,漏便防止のズボンをはかせておく,部屋にバケツをトイレの替わりにおくような,家族が介護に困っていて,認知症の人の尊厳が守られていない状況や,認知症の人が乾燥剤を口の中にいれて大やけどをする,異物を食べてしまうなどの命の危険もある深刻な状況が3件あり,地域の健康課題としてとりあげ,対策を進めないといけないと判断する〈1〉
難病の当事者は生活の支障が一生続きQOLを低下させる状況であるので地域の健康課題としてとりあげる (7-3)相談のあった難病は若い年齢の発症で食事療法をする期間が長く,食事に対する楽しみが持てない苦痛を抱えており,地域の健康課題としてとりあげる必要性を判断する〈1〉
4.健康課題を公にする 明確化した健康課題を裏づける資料を用いて会議で示す 明確化した健康課題を裏づける資料を用いて会議で示す (6-4)会議の場で,健診会場までの交通手段がないから健診を受けないことを伝える際に,健診会場と地区ごとの対象者数と受診者数を載せたマップを添える〈1〉
明確化した健康課題を保健師が意思決定者に直接伝える 明確化した健康課題を保健師が意思決定者に直接伝える (14-2)町長に30歳代から骨粗しょう検診を始めたいと保健師が訴える〈1〉
明確化した健康課題を声をあげることができなかった当事者が意思決定者に直接伝える機会を設ける 明確化した健康課題を声をあげることができなかった当事者が意思決定者に直接伝える機会を設ける (12-4)「親亡き後の本人たちが心配で作業所を地域の中に作ってほしい.」という意見を声をあげることができなかった精神障がい者の親が町長に直接伝える機会を設ける〈1〉
明確化した健康課題を数値化して表しまとめて示す 明確化した健康課題を数値化して表しまとめて示す (3-3)寝たきりの人のおむつ代の大変さを寝たきりの人の数と月単位にかかる費用を出してまとめて示す〈1〉

※代表データの冒頭の番号は(事例―コード),文章の末尾の〈 〉はコード数,斜体は質的データに該当する内容を示す.

表3  量的データが示す健康課題を質的データによって具体化する技術
段階 カテゴリー サブカテゴリー 代表データ
1.量的データが示す健康課題の原因や背景要因を明確にするために質的データで補完する必要性に気づく 量的データが示す健康課題原因や背景要因の解明に質的データを用いる必要性に気づく 量的データが示す健康課題原因の分析に質的データを用いる必要性に気づく (21-1)毎年,計画評価を立てる中で,精神障がい者が多いのは分かっていたが,なぜこの地域に多いのか,どの辺りの原因で多いのかと思っていた〈1〉
量的データが示す健康課題背景要因の解明に質的データを用いる必要性に気づく (22-1)健診結果では昔から脳卒中の標準化死亡比が高いという健康課題が出ており,その背景に健診受診率が低い,高血圧の人に減塩実施率が低い,運動の実施率が低いことがあるが,そのデータは本当か,なぜこの様なデータが出ているのか,地域住民はどう思うかと感じる〈1〉
2.量的データが示す健康課題の原因や背景要因を補完する質的データを探索する 量的データが示す健康課題原因や背景要因について,地域特有の状況を複数事例への家庭訪問,地域住民・関係機関との協働,経過観察より把握することによって探索する 量的データが示す健康課題地域特有の原因を,家庭訪問の際に,事例ごとの疾病の発端・経過を蓄積していく中で共通項を探り見立てる (21-2)この地域で精神障がい者が多いのは,なぜか,原因は何かという疑問を持ち,家庭訪問を繰り返す中で経過を確認し,思春期のいじめの問題を何事例か聞き,やはり思春期に問題があると気づく〈1〉
量的データが示す健康課題地域特有の背景要因を,地域の中で観察・体感したり,地域住民,専門職,関係機関と共に探る (22-4)「健診の結果で,運動の実施率が低い地区という結果が出ているが,皆さんはどうですか.」と愛育委員や学校保健委員会,親子クラブ,公民館の人に尋ねて,あらゆる世代の生活の中の運動状況を確認する〈3〉
3.量的データが示す健康課題を質的データで補完し明示する 量的データが示す健康課題質的データで補完し明示する 量的データが示す健康課題原因を質的データで説明する (21-4)精神障がい者が多い原因には,思春期で起こっているいじめがあり,その背景には,一大産業で成り立っている地域の中で,上司と部下の上下関係が子どもにまで影響していることを明らかにする〈1〉
量的データが示す健康課題背景要因の実態を質的データで裏付ける (22-5)運動実施率が低い地域の背景に,移動は車,家の中で過ごすことが多い,歩く習慣がない,子どもの外遊びの時間が短いなどの実態や,高齢者の転倒や足腰が弱っている,子どもの体力の低下などの問題も出てきているなどデータで分からなかった状況をつかむ〈1〉
4.量的データが示す健康課題を質的データとともに公にする 量的データが示す健康課題質的データとともに地域住民に提示する 量的データが示す健康課題質的データとともに地域住民に提示する (22-6)全年代の人が生活の中で運動していない状況を愛育委員会で共有した〈1〉
量的データが示す健康課題質的データとともに記述する 量的データが示す健康課題質的データとともに記述する (21-5)この地域に精神障がい者がなぜ多いのか,当事者や市町村の保健師から拾った声(原因)を整理して記述し,地域のビジョンを描いて企画書にまとめる〈1〉

※代表データの冒頭の番号は(事例―コード),文章の末尾の〈 〉はコード数,斜体は質的データ,太字は量的データに該当する内容を示す.

表4  事例の危機的状況を質的に分析することによって優先度の高い健康課題を具現化する技術
段階 カテゴリー サブカテゴリー 代表データ
1.危機的状況で発見された事例から優先度の高い健康課題を感知する 危機的状況で発見された事例から,健康課題を重篤化する要因を直観する 危機的状況で発見された事例から,健康課題を重篤化する要因を直観する (23-1)子どもの首を絞めてしまった母子のケースを保育園や市町村の保健師がキャッチしていたが児童相談所には連絡せず,困っているというレベルで県の保健師に相談があり,子どもの命を守る認識の薄さや虐待の通告がレッテル貼りという地域の支援者側の認識があるのではないかと直観する〈1〉
危機的状況で発見された事例を発端に,健康課題の実態と優先度に気づく 危機的状況で発見された事例を発端に,他にも同様の事例が潜在していることを推察する (23-2)子どもの命を守る認識の薄さや虐待の通告がレッテル貼りという地域の支援者側の認識により,事件の様な事例が他にも潜在していたら大変と判断する〈1〉
危機的状況で発見された事例を発端に,地域の情報を統合して健康課題の優先度を明確にする (23-4)事件の様な孤立した育児がどれくらいあるのか見聞きした情報を統合して地域の子育ての課題を考えることができていなかったので事件を切り口に母子保健システムの見直しを行っていこうということになった〈3〉
2.様々な事例が危機的状況に陥った実態の詳細を質的に分析する 危機的状況に陥った様々な事例の実態を資料や関係機関との話し合いから詳細に分析する 関係機関と当事者への関わり始めから事件までの当事者・支援者側の原因や背景要因を洗いだす (23-5)虐待の予防ができなかった事件の背景と課題を本人側と支援者側から児童相談所と県の保健所と市町村で話し合いを持つ〈2〉
関係機関と当該事例に類似した危機的な事例から共通の原因や背景要因を洗いだす (24-2)一つの事件のリスクだけでなく,今虐待として関わっている人を集めて,地域の関係者で見直すと共通したリスクがあって,それが地域の課題になる〈1〉
関係機関と一般の事例の中にも原因や背景要因の見逃しがないか確認を行う (23-8)県の保健所,市町村,児童相談所の保健師とで幼児健診票の相談内容を見ながら,この状況であれば相談してくれれば一緒に動くとか,ケース会議にかけようなどの動きにつながった.保健所は,市町村の母子保健システムの課題を見て,市町村は町の母子保健や虐待予防の課題を見ていった〈4〉
3.危機的状況を防ぐための人材や体制の要因を明らかにする 個別事例が危機的状況に陥った背景にある地域の健康課題に影響する人材や体制の要因を明らかにする 個別事例が危機的状況に陥った背景にある地域の健康課題に影響する人材や体制の要因を明らかにする (23-10)虐待の予防ができなかった事例も,母が健診の度に「かわいくない.」などと訴えており,訪問したり,保育園と連携をとりながら,気持ちを受け止めていたが,専門家へつなげる,仲間へつなげるなどの核心のサポートになっていない.個人の保健師の力量の問題だけではなく,市町村の保健師の地区担当制の抱え込みなど,保健師の働き方の課題が背景にあることが見えてくる〈5〉

※代表データの冒頭の番号は(事例-コード),文章の末尾の〈 〉はコード数,斜体は質的データに該当する内容を示す.

IV. 考察

分析の結果,地域の健康課題明確化に向けた自治体保健師の質的データ活用技術は,目的別に3つの技術と各技術を展開する諸段階で構成されることが明らかになった.先行研究では明らかではなかった質的データ活用技術の全体像が明示できたことは本研究の意義といえる.以下,【 】は,カテゴリーを示す.

1. 質的データによって健康課題を実在化する技術

この技術は,日常業務で質的データを感知することから始まっていた.地域診断の日常業務の中で感じる疑問や感覚的な問題意識から背景にある地域の課題を推論していく方法(標,2008平野ら,2005)や,日常の活動から問題意識を感じた時,「個」の健康課題を「地域」の健康課題として探究していく方法(守田,2013)の2つを含み,その過程を具体的に明らかにできたと考える.この技術を用いることは,日常業務の中の質的データの感知が出発点のため,潜在的な健康課題の把握に有用である.

質的データから健康課題につながりそうな事象を感知する段階では,保健師は,【健康課題として取り上げられていない段階から個別の事例で起こっている健康課題につながりそうな事象を感知する】ことや,【健康課題につながりそうな事例の状況の増加を感知する】ことを行っており,一人の事例から地域に住む人々全体の状況につないでみていく(村松ら,2007),個別ケースを通して似たケースが積み重なり個人だけの問題に留まらないことを認識する(吉岡,2004)といった先行研究と一致した.更に,本研究では,感知をしやすくする準備として【健康課題につながると感じた情報を記述し蓄積する】ことや,【健康課題につながりそうな当事者の声や声の増加を感知する】,【保健師が感じていた健康課題が住民の要望と合致することによって,確かな健康課題であるという可能性を感知する】,【住民の意識や生活環境を他の地域と比較して健康課題への対策の遅れによる健康課題の深刻化を感知する】などの具体的な感知の仕方が明らかになった.いずれも,保健師が事業や家庭訪問などで地域に出向き住民と接する中で感知しており,人々が実際生きている現場を理解するための方法論であるエスノグラフィーの現場でのちょっとした違和感や素朴な疑問から問いを発見する(小田,2010)と一致していた.これより,保健師はエスノグラフィックな視点を持ち地域に入り質的データを活用していたことが明らかになった.

感知した質的データが健康課題かどうか探索する段階での本研究の知見は,地域診断における情報収集の方法(村松ら,2007)の,既存資料の収集,地域の観察・住民からの聴取,地区活動を展開しながらの情報収集,アンケート調査の実施を行っていることと一致していた.さらに,本研究では,【健康課題につながりそうな事象と同じ声や状況が複数あるかを確認するために,継続的な家庭訪問や多様な人とのやり取り及び既存資料を適宜組み合わせて探索する】ことも明らかになった.村田ら(2011)は,保健師が自らの身体を通じて得た主観的な地域問題が,どこまで他の保健師や専門家,地域住民と共有できるかで妥当性を検討し,その問題が根源的な事象という確信を得ることにより客観性が生まれるとしている.本研究で,保健師が感知した健康課題につながりそうな事象が推測ではなく確かに実在しているかを確認するために専門職・関係機関・地域住民と共有し意見をすりあわせて行った探索は,主観的に捉えた健康課題につながりそうな事象に客観性を持たせる方法であったといえる.

さらに,保健師が感知した健康課題につながりそうな事象が推測ではなく確かに実在していると確認するために事象を裏づける背景も探索していた.これは,似たケースが積み重なってきたことに対しケースの背後にある状況の把握に努めていた(吉岡ら,2002)と一致しており,これも,主観的に捉えた健康課題につながりそうな事象に客観性を持たせていく探索であると示唆された.

収集したデータを比較検討して健康課題を明確化する段階では,【健康課題につながりそうな事象が探索により地域で多く起こっている健康課題であると明確化する】ことから,新たな地域の事象からの健康課題明確化においては,質的データとして感知したことを複数集めて量へ変換し,地域への拡がりを確信することにより地域で取り組むべき課題としていることが明らかとなった.

また,【健康課題につながりそうな事象が探索により背景要因や裏付けを確認することで実在する健康課題であると明確化する】ことを行っていたことから,専門職・関係機関・地域住民の意見や他の背景要因を探索から裏づけることで保健師の主観や推測を客観化させ,健康課題が実在することを明確化し地域で取り組む課題としていることが明らかとなった.

佐伯(2007)は,収集したデータを質的に判断する際に,データの持つ意味を適切性,必要性,重大性,危険性の程度から判断し,少数値であっても保健学的に重要であれば健康課題とするとしているが,本研究の【健康課題につながりそうな事象が少数であっても生命やQOLに深刻な影響を与える事象であれば取り組むべき健康課題として明確化する】と一致した.質的データは少数でも意味に着目することで健康課題になりうる点で質的データの存在価値を示している.

健康課題を公にする段階では,【明確化した健康課題を裏づける資料を用いて会議で示す】ことや,【明確化した健康課題を数値化して表しまとめて示す】ことを行っていた.これは,裏づけとなる量的データを用いたり,質的データを量的データに変換し可視化することで健康課題を他者に分かりやすく伝わるように見せる技術と考えられる.

また,【明確化した健康課題を保健師が意思決定者に直接伝える】,【明確した健康課題を声をあげることができなかった当事者が意思決定者に直接伝える機会を設ける】ことを行っていたことは,住民の生の声や実情を表現できる質的データの特性を活かして,健康課題解決に直結する意思決定者を通して健康課題を明示する技術と考えられる.

2. 量的データが示す健康課題を質的データによって具体化する技術

この技術は,既存資料にある量的データが示す健康課題の原因や背景要因に疑問を持つところから始まっている.引き継ぎ資料や既存資料からまず情報収集することが多い新しい地区への着任時や,統計資料やアンケート調査で量的データを確認した時など,ただ数字の増減を見るだけでなく,その数字が表す意味や原因,背景要因などについて浮かんだ疑問を探索していくことが,地域の健康課題の明確化につながることを示している.

量的データが示す健康課題の原因や背景要因を明確にするために質的データで補完する必要性に気づく段階では,【量的データが示す健康課題の原因や背景要因の解明に質的データを用いる必要性に気づく】ことが示されていた.先行研究(佐伯,2007)において健康課題の背景や原因を考えることは示されていたが,量的データが示す健康課題も同様で,更にその実態の解明に質的データを用いていることが本研究では明らかになった.

量的データが示す健康課題の原因や背景要因を補完する質的データを探索する段階では,【量的データが示す健康課題の原因や背景要因について,地域特有の状況を複数事例への家庭訪問,地域住民・関係機関との協働,経過観察より把握することによって探索する】ことをしており,統計資料に基づいた健康問題の原因を明らかにする段階において,発見された問題が持つ「人」「場所」「時間」の特徴から原因を推測する記述疫学的な方法(西田,1999)を保健活動の中で実践していると示唆された.記述疫学を用いることで,疾病の発生要因の仮説を設定することや(田中ら,2010),原因不明な疾病の対策に有効であること(豊川,2005)が報告されており,疾病が多いなどの量的データの原因を探る過程で系統立てて質的データを収集できるため,意識してこの技術を活用することは有意義である.

また,量的データが示す健康課題の原因や背景要因の探索を地域住民・関係機関との協働によって行っていたことは,Aの技術の健康課題につながりそうな事象と同じ声や状況が複数あるかを確認するための探索を多様な人とのやり取りから行っていたことと一致した.池田ら(2005)は,地域の人々と健康課題を明らかにしていくことで,一見抽象的な「地域の実態」を生活者の視点からみた「生活実態」という具体的な事実で捉えることでき,地域の問題・課題を示せるようになる,また,住民や関係者も加わり,協働を促しチームや組織として進める体制がないと,組織の中で事業を計画し立案し施策化に発展させることが難しいことを指摘している.Aの技術の感知した質的データが健康課題かどうか探索する段階,Bの技術の量的データが示す健康課題の原因や背景要因を補完する質的データを探索する段階において,保健師の感知した質的データを健康課題として根拠づける上でも,明確になった健康課題から施策化に結びつける上でもこの過程は欠かせないものであることが示唆された.

量的データが示す健康課題を質的データで補完し明示する段階では,【量的データが示す健康課題を質的データで補完し明示する】ことから,量的データが示す健康課題の意味などを地域の風習や文化,人々の思いや考え,行動様式などの内容が把握できる質的データで補完し明示していると明らかになった.住民のQOLを目標においた地域保健活動を展開するためには,質的データから得られる住民の生活意識,生活行動などの具体的な情報が必要であり(岡野ら,2002),質的データで補完することが,住民のQOLを目標においた地域保健活動を展開するためにも重要であることが分かった.

量的データが示す健康課題を質的データとともに公にする段階では,【量的データが示す健康課題を質的データとともに地域住民に提示する】ことをしており,村松ら(2007)の地域診断の過程において,住民に健康実態を知らせ,愛育委員会の調査結果を住民に知らせていることと一致した.櫻井(2007)は,データを収集する側が思い込みや独断で地域の特性を決めつけることのないよう,必ず情報提供者へのフィードバックを行い,得られた情報の内容を確認するとともに,互いに共有することが大切であるとしており,重要な技術と考える.

【量的データが示す健康課題を質的データとともに記述する】ことをしていたことから,量的データの補完に当事者の疾患の原因などの質的データを用いて記述していることが明らかとなった.

3. 事例の危機的状況を質的に分析することによって優先度の高い健康課題を具現化する技術

現在,児童や高齢者の虐待や自殺の様な健康危機的な健康課題は増加しており,個別事例の様に深刻化した事例は地域の健康課題を反映した氷山の一角といえる.危機的状況に陥る背景には,当事者側だけでなく,支援者側の支援や体制など複雑な要因が絡まっており,人の思いや考えや行動を把握できる質的データ活用の有用性がある.本研究で,この技術で具体的に明示できたことで,誰もが活用しやすくなると考える.

危機的状況で発見された事例から優先度の高い健康課題を感知する段階の【危機的状況で発見された事例から,健康課題を重篤化する要因を直観する】,【危機的状況で発見された事例を発端に,健康課題の実態と優先度に気づく】は,先行研究(村松ら,2007)の地区診断の視点に一人の事例から地域に住む人々の全体の状況につないでみていたことと一致しており個から地域を見る視点を持つ技術を用いていることが明らかになった.

様々な事例が危機的状況に陥った実態の詳細を質的に分析する段階では,【危機的状況に陥った様々な事例の実態を資料や関係機関との話し合いから詳細に分析する】といった個から地域,ハイリスクからポピュレーションへアプローチを考える視点を持ち,危機的状況を防ぐための人材や体制の要因を明らかにする段階では,【個別事例が危機的状況に陥った背景にある地域の健康課題に影響する人材や体制の要因を明らかにする】という,人材や支援体制の課題も明確化していることが明らかとなった.

また,関係機関と話し合いながら分析していくことは,Aの技術の【保健師が感知した健康課題につながりそうな事象が推測ではなく確かに実在しているかを確認するために,地域住民・関係機関と協働したりしながら,当事者へ直接聞く,地域の中で観察・体感する,既存の量的データを調べることを適宜組み合わせて探索する】と,Bの技術の【量的データが示す健康課題の原因や背景要因について,地域特有の状況を複数事例への家庭訪問,地域住民・関係機関との協働,経過観察より把握することによって探索する】の関係機関と共に探索すると一部一致していた.更に,関係機関と共に探索することで質的データの判断の精度をあげていたことも明らかとなった.この様に質的データを探索し分析の判断の精度を上げる方法は,3つの技術で共通していたことからも重要な過程と考えられた.常にこの過程が踏めるように,保健師は疑問や気づきを気軽に話せ定期的に関係者と健康課題を共有できる機会や場をつくっていくことが求められる.

4. 本研究の限界と今後の課題

対象者には,自由に語ってもらう形式をとり,量的データに着目していなかったため,量的データの詳細については把握することができていない.

時間的労力の限界のため活動事例によっては諸段階のデータ収集個数にばらつきがみられ,活動事例を目的別に分けると目的によっては活動事例数が少なかった.今後,目的別の技術に焦点を当て事例数を増やし検討する必要がある.

更に,本研究で抽出された技術の活用方法を検討することが必要である.

謝辞

ご多忙の中,本研究にご協力をいただき,貴重なご経験を惜しみなくお話しくださいました研究対象者の皆様に心から感謝申し上げます.

文献
 
© 2016 Japan Academy of Public Health Nursing
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