2016 Volume 5 Issue 3 Pages 219-229
目的:発達上“気になる子ども”をもつ保護者への保育士の支援経験を明らかにする.
方法:“気になる子ども”の保護者への支援経験がある保育士12名に対し半構造化面接を行った.研究方法は質的帰納的研究方法を用いた.
結果:“気になる子ども”を持つ保護者への保育士の支援の実態として【核心を伝える下準備としての基本的な関係づくり】,【方法や時期を見極めた上での核心の伝達】,【保護者の気持ちに配慮した専門的支援活用のための支援】,【情報共有や助言による保育士自身の安心感】,【期待した反応が得られない保護者への強い困難感】の5つのコアカテゴリが抽出された.
考察:保育士は,保育実践の場を持ち,日々保護者とも接点があるという強みを活かして保護者との関係を深めながら子どもの発達への気づきの促しや専門的支援の勧奨を行っていた.一方,拒否的反応や困り感のない保護者に対しては強い困難感を抱いていることが明らかとなった.
近年,保育等の現場で発達上“気になる子ども”の存在が指摘されている(原口ら,2013;遠藤ら,2014).“気になる子ども”についての明確な定義はないものの,多くの場合,発達障害の診断は受けていないが定型発達からの軽度の遅れや発達のゆがみを持ち,保育士等がなんらかの特別な支援が必要だと認識している子ども(以下“気になる子ども”と示す)と捉えられている.保育所や幼稚園における“気になる子ども”の出現率は,定義や調査方法により数%~十数%と様々であるが(原口ら,2013;遠藤ら,2014),木曽(2014)の調査では受け持ちクラスに発達障害の傾向がある子どもがいると回答した保育士は61.1%で,障害児支援に特化しない一般の保育所等の就学前施設において“気になる子ども”が高い割合で在籍していることがうかがえる.
一方,発達障害児の保護者は,子どもの行動特性から育児ストレスが高く抑うつ状態が起こりやすいといわれている(眞野ら,2007;Estes et al., 2013).加えて,“気になる子ども”は,成長と共に順応し対人的トラブルが減少するなどその特性が問題にならなくなる場合もあり,障害像・発達像の掴みづらさから長期にわたり養育や将来に対する迷いや不安が生じやすい(松下,2003).早期からの療育が発達障害児の予後に良い影響をもたらすことは周知の事実であるが,早期の段階からの保護者への支援がうまく機能しないと,保護者は障害受容ができず拒否的・防衛的な反応が示されることもあるため,この時期に保護者に関わる専門職の役割は非常に重要である.
“気になる子ども”が療育や診断に繋がるまでの早期の段階に保護者に関わる専門職の一つとして保育所保育士があげられる.保育所では日常的に保護者との接点があることや,発達障害は「集団行動が取れない,指示が入りにくい」といった特徴により家庭よりも保育所など集団生活を開始して初めて問題として捉えられることが多い(小枝ら,2007)こと等から,保育士は“気になる子ども”の保護者支援の担い手として重要である.2008年に改訂された保育所保育指針(厚生労働省,2008a)やその解説書(厚生労働省,2008b)では,保育所はその本来業務として保護者支援の中心的な機能を果たすとされ,特に「発達障害や発達上の課題がみられる場合」においては「市町村や関係機関と連携及び協力を図りつつ,保護者に対する個別の支援を行うように努める」こととされた.しかし実際の支援場面においては,多くの保育者が保護者支援に困難を感じている(木曽,2014).保護者が子どもの様子を理解しづらいことや保護者への子どもの様子の伝え方の難しさなど,保育士が“気になる子ども”の保護者支援において独特の困難を感じている実態も報告されている(斎藤ら,2008).また障害と診断された子どもに比べ“気になる子ども”への支援は十分でないとの指摘(原口ら,2013)もある.
このような現状の中,保育士の“気になる子ども”の保護者支援に関する研究は支援への困難感に言及した報告(細川,2012;津田ら,2014)が多く,支援経験そのものについて具体的な内容に言及したものは「専門機関への受診や相談の勧奨」(木曽,2014)など限られた研究にとどまっている.“気になる子ども”の保護者へのより有効で実行可能な支援方法の検討のためには,早期の段階で関わる保育士が保護者支援の際にどのように考え行動し,どのような困難を感じ,どう工夫しているのかといった支援の経験の詳細を明らかにする必要がある.保育士と同じく早期の段階に保護者と関わる保健師等にとっても,重要な連携職種である保育士の保護者支援を理解することは,保護者が前向きに子育てに取組めるようになるという共通の目標達成に貢献すると考える.
そこで本研究では発達上“気になる子ども”をもつ保護者への保育士の支援経験を明らかにすることを目的とする.
「気になる子ども」:発達障害の診断は受けていないが定型発達からの軽度の遅れや発達のゆがみを持ち,保育士がなんらかの特別な支援が必要だと認識している子ども
「経験」:保育士が保護者への支援において行ったことや見聞きしたこと.また,その際に生じた感情
2. 研究デザイン本研究は,“気になる子ども”をもつ保護者に対する保育士の支援経験について,その際生じる感情を含めて具体的に記述するため,帰納的アプローチによる質的記述的研究方法である看護概念創出法(舟島,1999)を用いた.看護概念創出法は,人が目標を達成する過程で生じた行動や経験で構成された様々な現象から質的データを抽出し,それらを表す概念の創出,全体構造の解明を目的とする質的帰納的研究法である.看護概念創出法では,インタビュー実施から分析の最終段階まで一貫した視点で分析を行うために“持続比較のための問い”を用いる.本研究では持続比較のための問いを「保育士が行う“気になる子ども”の保護者の支援について,親が前向きに児の子育てに向き合えるという目標達成の視点からみると,どのような経験か」とし,分析に使用した.なお,本研究では支援者にとっての目標を,保護者がいつかは子どもの特徴を受け止め健やかな成長のために能動的に子育てに取組めるようになることと捉えた.よって持続比較のための問いに用いた保育士が行う「親が前向きに児の子育てに向き合えるという目標」にむけた保護者の支援は,この目標に至るまでの過程,例えば現在の思いの吐露を促し心身のストレスを軽減するといった支援も含むものとした.
分析はまずインタビューの内容を逐語録にして質的データとし,既定の分析フォームを用いてコード化した.分析フォームは初期コード欄,一般的経験コード欄,一般的経験-持続比較のための問い対応コード欄,根拠欄から成る.初期コードは面接の逐語記録を要約,整理し,経験として転記する.さらに,一般的経験コードは分析対象者の体験を「一般的な人間の経験として見るとどのような経験か」という視点で初期コードから抽象度を上げて命名する.一般的経験-持続比較のための問い対応コードは一般的経験コードに持続比較のための問いをかけ,その問いに対する回答を命名する.さらに一般的経験-持続比較のための問い対応コードの同質性や異質性により統合し,持続比較のための問いをかけながらそこに存在する保育士の支援の性質の共通性を発見・命名し,サブカテゴリ,カテゴリ,コアカテゴリと抽象度を上げていく方法で分析した.
分析の過程では筆者および看護概念創出法に習熟した共同研究者で確認と検討を重ねながら進めた.また分析結果を調査対象者に返し,結果が了解可能であるかを確認し,厳密性の確保に努めた.
3. 研究対象および選定方法研究対象者は保育士経験3年以上で,“気になる子ども”の保護者への支援経験がある者とした.対象者の選定は,A市の所管課から保育所の紹介を受け,各保育所の園長から紹介を受けた保育士に対し,個別に文書にて研究に関する説明を行い,郵送にて調査協力の可否を確認の上,承諾を得られた12名にインタビュー調査を行った.なおA市には発達障害者支援センター等の専門機関から派遣された専門家が定期的に園を訪問し保育士に助言を行う巡回相談の制度がある.
4. データ収集方法対象者へのインタビューは半構造化面接法にて行った.インタビューでは“気になる子ども”を持つ保護者に直接支援を行った事例を1ケース想起してもらい,関わり当初からの展開に沿って具体的支援内容や支援がうまくいった点,うまくいかなかった点について尋ねた.インタビュー内容は対象者の承諾のもとICレコーダーに録音した.調査期間は2013年10月~12月であった.面接時間は40分程度,1回とした.
5. 倫理的配慮研究対象者に対し,研究の目的,調査内容,拒否の権利や匿名性の確保など倫理的配慮について文書および口頭で説明を行い,同意を得られた場合,同意書への署名を得る手続きを行った.本研究は浜松医科大学医の倫理委員会の承認(2012年11月28日承認)を得て実施した.
インタビュー対象者は6か所の保育所に所属する12名の保育士(各園2名)で全員が女性,支援時の立場は担任だった.保育士としての経験年数は平均17.5年だった.一人あたりのインタビュー実施時間は平均40分(31分~48分)だった.また,研究対象者の勤務するすべての園で専門機関による巡回相談が行われていた.
保育士 | 事例 | |||
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No | 経験年数 | 年代 | 支援開始年齢 | 性別 |
A | 12 | 30 | 5歳 | 女児 |
B | 17 | 30 | 3歳 | 女児 |
C | 19 | 40 | 3歳 | 男児 |
D | 7 | 20 | 4歳 | 男児 |
E | 13 | 30 | 5歳 | 女児 |
F | 18 | 40 | 3歳 | 男児 |
G | 20 | 40 | 4歳 | 男児 |
H | 34 | 50 | 2歳 | 男児 |
I | 10 | 40 | 2歳 | 男児 |
J | 21 | 40 | 3歳 | 女児 |
K | 23 | 40 | 4歳 | 女児 |
L | 16 | 30 | 11か月 | 女児 |
インタビューデータから324のコードが抽出された.このコードは,61サブカテゴリ,21カテゴリ,5コアカテゴリを形成した(以下,コアカテゴリは【 】,カテゴリは《 》,対象者の語りは「斜体……(対象者記号)」で示す)(表2).
コアカテゴリ | カテゴリ | サブカテゴリ |
---|---|---|
核心を伝える下準備としての基本的な関係づくり | 保護者の性質に合わせた関わり方による関係づくり | 保護者の性質の感知による,あえて突っ込まない,さりげない確認のみでのスタート |
いつか気になることを伝えることを見越し意識的に関係づくり | ||
たわいもない話題で気軽に話せるような関係づくり | ||
保護者の性質の把握による話し方や話す内容など対応の工夫 | ||
悪い方向に進まないよう支持的な関わりによる保護者とのつながりの維持 | ||
子育て全般に通じる大切なことも伝えたいという気持ちによる保護者への助言 | ||
保護者へのねぎらいや賞賛による前向きな育児への動機づけ | 保護者の子育てに対するねぎらいや賞賛による育児へのモチベーションの維持 | |
家でも出来る具体的な方法の提案による保護者の取組みの促進 | ||
保護者の不安やニーズへの対応による信頼の獲得の試み | まずは保護者が気になっていることへの的確な保育や助言による信頼の獲得の試み | |
担任交代に対する保護者の不安の察知による新旧担任と保護者との事前の顔合わせ | ||
信頼関係の構築には園の管理も重要との認識による安全衛生や持ち物の管理徹底 | ||
働いている保護者と変則勤務の保育士のすれ違いに起因した関係構築までの時間確保の困難 | ||
方法や時期を見極めた上での核心の伝達 | 集団での子どもの発達の特徴や困り感への気づきの促し | 保育参観等で集団での姿を見せて子どもの困り感や保護者の対応への気づきの促し |
気になる様子もあえて連絡帳やことばで伝達することによる気づきの促し | ||
保護者に与える不安の強さを認識し伝え方を工夫 | 園での気になる様子を単なるエピソードとして日常会話の中で話すことによる核心の伝達の準備 | |
仕事や生活が困難な保護者への話すタイミングや言い方の調節 | ||
園での気になる様子を保護者の負担になりすぎないように工夫して伝達 | ||
保護者の査定による核心を伝える時期の調整 | 信頼関係の見極めによる保護者と突っ込んだ話をするタイミングの決定 | |
保護者の困り感や気づきの見極めによる発達の話題に触れるタイミングの調整 | ||
1年間構築してきた保護者との信頼関係を拠り所にした勧奨による専門的支援の受入れ | ||
個別面談での保護者の自己開示の促進や核心の伝達 | 個別でよくよく話を聞く場を設けることによる保護者からの心の内の開示 | |
子どもの現状を踏まえ話をする機会の重要性の感知による保育参観等を活用した個別面談の実施 | ||
個別面談ではやんわりとしながらも園として事前に設定した終着点を意識した伝達 | ||
保護者の気持ちに配慮した専門的支援活用のための支援 | 協同的で保護者の気持ちに寄り添った専門的支援の説明 | 保護者の関心が高い「言葉」を最初の切り口にすることによる専門的支援の受入れ |
「子どもの為」という目的を強調した専門的支援の勧奨による保護者の納得の得やすさ | ||
保護者も保育士も関わり方を知るためとのスタンスでの専門的支援の勧奨 | ||
保護者の心情と発達促進への配慮から年長になるまでに専門的支援を勧奨 | 年長クラスへの進級までに次に繋げる担任としての責任感による専門的支援の勧奨時期の選択 | |
就学を見据えた「年中」の終わりは保護者の意識が高まり話し合いやすいと感知 | ||
揺れる保護者に対し専門的支援への実際的なつなぎやフォローで後押し | 相談への同行の提案や予約確認などによる専門的支援の活用の実行性を高める支援 | |
専門的支援の紹介後も保護者の相談に乗ることにより専門的支援の活用継続を後押し | ||
専門的支援による子どもや保護者への効果の確認 | ||
情報共有や助言による保育士自身の安心感 | 園内職員からの助言や保護者への直接的援助による支援の進展 | 保護者への対応で迷った時は,園長への報告・相談による方針の決断 |
園長や前任・先輩保育士の具体的助言や保護者への直接的援助による進展を実感 | ||
毎日顔を合わせる担任であることによる保護者への伝えにくさがあると感知 | ||
園内外の支援者と方向性の共有による支援の進展 | 園内での情報共有による子どもや保護者への対応の統一 | |
支援者同士の方向性の共有による保護者の気づきや支援の受入れの実現 | ||
保育所の進級時や就学時の申し送りによる同じ方向性での支援の継続 | 次年度の担任への申し送りによる年度をまたいだ同じ方向性での支援の継続 | |
小学校への申し送りや保幼小連絡会により卒園後もつながりのある支援を実現 | ||
専門機関の巡回相談等による保育士自身の強い安心感 | 巡回相談機関からの子どもや保護者への支援の具体的提案や後押しによる強い安心感 | |
巡回相談機関のコーディネートにより保健師と保育園が連携できたと感知 | ||
市の政策としての保育園への専門機関の巡回訪問の開始はありがたいと感知 | ||
発達相談での専門機関から保護者への具体的助言と方向性の提示による保育士の安心感 | ||
期待した反応が得られない保護者への強い困難感 | 困り感が感じられない保護者への関わりが難しいと感知 | 困り感が感じられない保護者であることによる関わりにくさを感知 |
保護者から「大丈夫」と断られると以後は支援につなげる声掛けが難しいと感知 | ||
保護者の強い抵抗感による関わりにくさ | 子どもについて言われることへの抵抗感が強い保護者とは話しにくいことによる対応の遅れ | |
専門的支援の利用を「障害」だと感じることによる利用への強い抵抗感を感知 | ||
保護者にシャットアウトされてしまう危険性の感知によるプレッシャー | 一度対応を間違えると関わりをシャットアウトされる危険性の感知による踏み込みにくさ | |
長い時間準備をして最後に口火を切って伝え相談に繫ぐことによる大きなエネルギーの消耗 | ||
保護者の子どもへの理解や専門的支援につなげる役割への困難感 | 保護者の子どもへの理解への支援や専門的支援につなぐのは保育園の役割と認識 | |
保育士は診断はできないが保護者に発達の遅れを伝える役割があることでの迷い | ||
保育士から子どもの発達の問題を伝えても聞き入れない保護者の存在と対応の難しさ | 伝える側の立場や信頼関係の違いで受け取り方が違うため,誰から発達の問題を伝えるかの難しさを認識 | |
保育士に限らず保護者にとって受入れやすい職種からのアプローチを支持 | ||
“気になる子ども”では保護者が発達の遅れを受入れにくいことを感知 | 個別での対応なら問題がない子どもであることで保護者にとっては特有の受入れにくさがあると感知 | |
保護者の子どもの発達の問題への受け止めにくさを増長する社会全体の認識不足を感知 | ||
我が子は大丈夫との気持ちと遅れの現実の中で発達の問題をはっきりさせたくない保護者の気持ちへの理解 | ||
保護者が医師等の発言を太鼓判ととらえたことによる以後の支援への拒否的な態度を感知 | ||
多様な保護者への対応能力の向上と専門的支援の必要性の感知 | “気になる子ども”は発達障害としての現れの背景が複雑なことによる支援の難しさを認識 | |
保護者が子どもの発達の特徴に適さない対応に走らないような伝え方の難しさを実感 | ||
個別性が高く,保護者の対応が難しくなっているとの認識により知識や技術を高める必要性を実感 | ||
園では担いきれないためカウンセリング的に保護者に関われる専門家や場を希望 | ||
保育士としてこころの病を持つ保護者の対応が困難だったことによる専門家の対応への希望 |
5つのコアカテゴリは,【核心を伝える下準備としての基本的な関係づくり】,【方法や時期を見極めた上での核心の伝達】,【保護者の気持ちに配慮した専門的支援活用のための支援】,【情報共有や助言による保育士自身の安心感】,【期待した反応が得られない保護者への強い困難感】であった.
【核心を伝える下準備としての基本的な関係づくり】
このコアカテゴリは,保育士が保護者との信頼関係構築のための日々の関わりをいつか核心を伝えるための下準備と認識しつつ行っていることを表していた.
保育士は,核心を伝える準備としてまずは《保護者の性質に合わせた関わり方による関係づくり》を行っていた.
「気になってる子っていうのはやっぱり,先にお母さんとの関係を作っていかないと.(中略)同じ言葉も違う意味の捉え方をされる(I)」
「上から目線で言われるのがだめなお母さんだから,(助言は)くだらない話の間に入れていく(B)」
また関わりの当初は,発達の遅れについて保護者から言ってこなければあえて突っ込まず,関係が途切れないよう声掛けを続けていた.
「最初は繋がらないにしても,何か困ったことがあったら言ってきてねって,園の様子もお知らせしますからって.やりとりは切らないように(J)」
声掛けは《保護者へのねぎらいや賞賛による前向きな育児への動機づけ》を意識しており,保護者や子どもの良いところ,日々の子育てへのねぎらいを積極的に伝えていた.
「お母さんに“何か気を付けてるでしょ?”って聞いたら,“ちょっと(子どもと)話すようにしてるかな…”って.“だからやっぱり(子どもが)すごい変わったよ”とか毎日毎日報告して(B)」
また,さらに保護者の信頼を深める取組みとして《保護者の不安やニーズへの対応による信頼の獲得の試み》があり,保護者の言動から不安を察知し,まずはその不安に焦点を当てた対応をしていた.また最初から保護者に取組みを求めるのではなく,園で取組んでからその状況を伝えて家でも実現できそうな具体策の提案をしていた.
「食べられる物が少ないっていうのはお母さんの方からもあったので,じゃあちょっとずつ園でもいろいろな食べ物があるっていうことを(子どもに)知らせていこうと思ってますよ,みたいな感じで始めた(J)」
加えて,日々の保育をミスなく確実に行うことも保護者の信頼を得るには必要と認識し実行していた.
「子どもの持ち物を間違えないようにするとか,教室の清潔とか,心の面だけじゃなくって,なんていうか物的な面で.そういうところからの信頼関係も生まれてくると思うので(A)」
【方法や時期を見極めた上での核心の伝達】
このコアカテゴリは,保育士が保護者の状況を見極めた上で,負担になりすぎない伝え方やタイミングで子どもの発達への気づきの促しや核心の伝達を段階的に行っていることを表していた.
“気になる子ども”ではその特徴が家庭では気づかれにくいことから,核心の伝達に向けてまずは《集団での子どもの発達の特徴や困り感への気づきの促し》を行っていた.
「(集団でついていけない等)そういう困る様子は家では見られなくって,何も困ることはないという風にとらえられがちなので,特にグレーの子なんかは,保育園側でお母さんたちを保育園にお誘いする日を設けたりして(C)」
また,気づきを促す際には《保護者に与える不安の強さを認識し伝え方を工夫》していた.保護者の仕事や生活の状況を踏まえつつ,まずは単なるエピソードとして伝えたり小出しにしたりしながら徐々に保育士としての気がかりを伝えていく支援を行っていた.
「(今日の子どもの様子を)いいことも悪いことも,それがダメとかじゃなくって.で,私こういう風に補助しましたとかエピソード的な感じで小出しに伝えていく.(K)」
「全くそう(障害)じゃないけど,ちょっとここが心配かもしれないよっていうのを徐々に伝えていくのって,すごい大事かなって思う(C)」
その子どもの発達の特徴について専門家から助言を得た方がよいとの保育士の見解を伝える時期は保育士との関係性や困り感の度合いなど《保護者の査定による核心を伝える時期の調整》をし,決められていた.
「その時にはわたし,お母さんとの関係に自信があったから,“家で困ってること無い?”って.そしたら“家でも聞いてるのか聞いてないのかわからん”って.やっぱり気づいてたんやって.(中略)で,“相談行ってみる?”って.そしたらすんなりと.(B)」
さらに《個別面談での保護者の自己開示の促進や核心の伝達》では,保育参観時に直接じっくり話ができる個別面談を設定することで保護者も率直な心情を吐露しやすく,保育士の意図も伝わりやすいと感じていた.
「(個別面談で)よくよく聞いていくと,家では実はお母さんはパニックでヒステリーになっていて,(中略)子どもに罵声を浴びせている自分のかげんにぞっとして落ち込むって言われて(D)」
「やっぱり直接伝えないと伝わらないですし,言った時のお母さんの表情とか,伝わり方が人によって,受け取り方が違うので(E)」
【保護者の気持ちに配慮した専門的支援活用のための支援】
このコアカテゴリは保育士が,保護者にとって抵抗感の強い発達相談などの専門的支援について保護者の気持ちを汲みながら勧奨し,確実につなげようと試みていることを表していた.
《協同的で保護者の気持ちに寄り添った専門的支援の説明》では,専門的支援が保護者自身の心配事の解決に繋がることの説明や子どもの力を伸ばしてあげたいといった保護者が子どもを思う気持ちに沿った利点の説明に加え,保育士も共に取組みたいという協同的な姿勢を示して専門的支援の受入れ促進を試みていた.
「肩書(診断名)がどうのこうのではなく,アドバイスをもらうことで家の中でも怒られる時間が減ったり,本人が楽しく生活できるのが1番いいかなということで(E)」
「私たちも伸ばしてあげたいから,ちょっと聞いてきて,(中略)そこはちょっと協力していただけるといいなって(保護者に)言って(C)」
さらに発達相談の勧奨の時期として,《保護者の心情と発達促進への配慮から年長になるまでに専門的支援を勧奨》をしていた.
「やはり就学っていうポイントがあったから,(中略)お母さんの中で気になりはじめてっていうのが1番の大きなポイント(G)」
「やがて就学って1つの区切りで,年長のタイミングだと遅いので,もう年中のうちにって(L)」
また,“気になる子ども”の保護者では専門的支援への躊躇や抵抗感があることを認識し,《揺れる保護者に対し専門的支援への実際的なつなぎやフォローで後押し》を行っていた.
「親が自分で電話して(相談に)行くって言うと,はっきり(障害と)わかっているお母さんはできると思うけれども,どうなのかなって思っているお母さんはなかなか行きにくい.(H)」
「すぐに職員室行って,電話貸してくださいって言って(保護者に)即(発達相談の予約の)電話させて.“私がそばについてるから”って言って.(B)」
また専門的支援につながった後も通所の様子をきくなど継続の意欲を高める支援をしていた.
「(通い始めた療育機関は)どう?って言うと,うん元気で行っていますという感じで(H)」
【情報共有や助言による保育士自身の安心感】
このコアカテゴリは保育士が保護者支援に困難を感じた時,園内外の関係者との情報共有や助言により,安心感の中で支援できた経験を表していた.
担任保育士は,保護者と毎日顔を合わせるからこそ伝えにくい場合もあり,《園内職員からの助言や保護者への直接的援助による支援の進展》を経験していた.相談を受けた職員は助言や情報提供,園長や主任では担任とは別の立場からの保護者に対する声掛け,面談への同席など保護者への直接支援をしており,そのことは担任保育士の安心感につながっていた.
「ひたすら周りの先生に相談をして,こういう言い方がとか,(中略)今(母親の)仕事そんなに大変そうじゃないよとか,いろんな情報が入ってくる(C)」
「一緒にお母さんと話して,やっぱり全然私よりも上の先生が上手に引き出してくれて(D)」
多くの人が保護者に関わる中,《園内外の支援者と方向性の共有による支援の進展》を経験していた.
「(保育所からも)保健師さんからも伝えると,“あっ”て気づく部分が.こっちからもあっちからも言うとね,早くに気づける(K)」
また,《保育所の進級時や就学時の申し送りによる同じ方向性での支援の継続》をしており,園での進級時だけでなく,就学後も小学校と連絡会を行い連携している園もあった.
さらに《専門機関の巡回相談等による保育士自身の強い安心感》があった.巡回相談で専門家から得られる子どもや保護者への対応に関する助言はありがたく,心強い存在として認識されていた.
「(巡回相談で)保護者に対してどう伝えていくのが良いでしょうかというような話をして.(中略)それがもうありがたい.(E)」
【期待した反応が得られない保護者への強い困難感】
このコアカテゴリは,保育士の支援への抵抗感が強かったり育児に対する困り感が引き出せない,精神疾患を持っているなどの多様な保護者への支援において保育士が期待するような反応が得られない場合,強い困難を感じていることを表していた.
保育士は,育児について《困り感が感じられない保護者への関わりが難しいと感知》していた.
「困っていないと伝わらないじゃないですか.そこ(親の困り感)をうまく引き出す方法が何かないかなぁって(I)」
また,発達相談など専門的支援の勧奨や利用を「障害」告知のように感じる《保護者の強い抵抗感による関わりにくさ》を経験していた.
「ここ(発達相談)に相談したらすぐ障害って言われちゃうわ,なんていう気持ちが(保護者には)あって難しい(J).」
保護者との関わりでは対応を間違えると《保護者にシャットアウトされてしまう危険性の感知によるプレッシャー》を強く感じ,一度支援を断られると踏み込めないと感じていた.
「このお母さんだからこういう言い方でいいかなっていうのを,やっぱりしながら考えていかないと,(中略),そこを失敗するともう,取り返しがねえ.本当に難しいなぁと思います(I)」
「なかなかやっぱり一回そうなって(専門的支援を断られて)しまうと,引かれちゃうのもなんなので,それ以上は難しいところ(J)」
また発達障害等の診断は出来ない立場である保育士として《保護者の子どもへの理解や専門的支援につなげる役割への困難感》があった.
「保育士として診断はできないよ,だけど学校に行くまでにそのお母さん達やその子が困らないようにもっていくとか,専門機関につなげていくっていうのが保育士の役目なのかな,っていうそこの部分ですごい揺れる(A)」
核心を伝達する場面では《保育士から子どもの発達の問題について伝えても聞き入れない保護者の存在と対応の難しさ》を感じており,保護者にとって受け入れやすい医療等の専門家から伝えてもらうのがよいケースもあると認識していた.
「専門的なことを保育士に言われても,なんか,えー?そうですか?というお母さんも中にはいらっしゃるので,(中略)伝え切れないっていう時もあります(C)」
また,《“気になる子ども”では保護者が発達の遅れを受け入れにくいことを感知》し,保護者が発達の遅れを受け止めやすくなるよう社会全体の認識の変化を期待していた.
「難しいのはやっぱりグレーゾーンですよね.親も認めていなかったり,家でも問題なかったりってする子たちも多いので.(E)」
「そういう子が,居て当たり前っていうくらいにもっと世の中の認知が変われば,(中略)そういう子供たちは関わりかけで変わるんだよっていうことが世の中にもっと広がっていくと,家の子そうかもなぁって親も思いやすくなると思いますね.(A)」
さらに,経済的問題やドメスティックバイオレンス,精神疾患など《多様な保護者への対応能力の向上と専門的支援の必要性の感知》があり,保育士自身の知識やスキルの向上に加え生活上の支援や保護者の話をじっくり聞いて継続的に対応できる専門家の支援を必要としていた.
「今はいろんなタイプの方がいらっしゃる,それこそ昔と違うので難しくなってきていると思うので,余計(保護者支援の研修が)必要かなと思います(K)」
「(保育士として母親からの相談は受け止めるが)専門的な部分とか,心の病とかが例えばあったとしたら,(中略)それはやっぱり専門的な方がお話を聞くというのがいいのかなって(L)」
考察では,本研究で創出された 5つのコアカテゴリをもとに,1)核心を伝えるために必要となる基本的な関係性の構築,2)保護者の査定にもとづく気づきの促しと核心の伝達,3)保護者支援における支えや困難感,4)保育士への支援について論じる.
1) 核心を伝えるために必要となる基本的な関係性の構築まず,コアカテゴリとして抽出された「核心」について述べる.保育士は保護者に対しまずは日頃の働きかけをとおして子どもの発達上の特徴や生活上の問題点に気づけるよう促していた.さらにその気づきを基盤に専門的支援が必要であるとの保育士としての見解,つまり「核心」を伝え,保護者が専門医の受診や発達相談など次のステップに進めるよう支援していた.保育士は保護者への「核心」の伝達を,“気になる子ども”をもつ保護者が子育てに前向きに向き合っていくという目標にむけた支援の中でも大きな節目となる支援であると捉えており,まずは「核心」の伝達に向けた基礎的な準備としての信頼関係の構築を行っていると考えられた.
保育士は,“気になる子ども”の保護者への日々の声掛けなどの働きかけを【核心を伝える下準備としての基本的な関係づくり】であると認識していた.氏原ら(1995)は反発や誤解のないよう子どものことを伝えられるかどうかは親との信頼関係によると述べている.本研究でも保育士はいずれは核心を伝えることを想定し,まずはそのために必要となる基本的な信頼関係の構築を目指して保護者の特性に合わせた話題や話し方で声掛けを繰り返していると考えられた.また,保育士は初期段階では発達の遅れについて保護者から言ってこなければあえて言及しない対応で“待ちの支援”をしていた.西舘ら(2014)も保護者を追い詰めないことが後の関係づくりにつながるとしている.また,発達障害は気づきから診断までのタイムラグが長い(前田ら,2009)ため,保育士は保護者が長い期間をかけて子どもの特性を受入れていくことを認識して,いつでも支援できる関係性の維持を意識し待ちの支援を行っていると考えられた.
さらに保育士は保育園で試みた上で具体的な育児方法を提案したり,家庭での取組みによる子どもの変化を伝えてねぎらうといった関わりで信頼関係を深めていた.こうした関わりは日々の保育実践を活かした支援であり保育士の保護者支援の特徴と考えられた.発達に大きな遅れはないものの,動きの多さややりとりの難しさ等が認められる子どもを持つ母親は,子どもとのやり取りが相互交流的になりにくいこと等から“親としての有能さ”に対するストレスが高いことが報告されている(永田ら,2013).保育士はこうした特徴を意識し,親としての自己効力感を高めて育児へのモチベーションを維持できるよう働きかけていると考えられた.
2) 保護者の査定にもとづく気づきの促しと核心の伝達保育士は,まずは自身との信頼関係や保護者の気づきの度合い,仕事や生活状況等を総合的に査定し,【方法や時期を見極めた上での核心の伝達】をしていた.
発達の遅れの中でも特に社会性の遅れは保育場面のような集団生活で際立ちやすく,保育士は気づいていても保護者は気づかないという状況が生じやすい(森田,2012).古賀ら(2009)は,障害の理解を促すために保育場面での情報の活用の有効性を指摘しているが,本研究でも保育士は子どもの特徴が際立ちやすい保育場面を見せたり園での子どもの様子を客観的に伝えており,こうした支援も保育士に特徴的な保護者支援と考えられた.さらに核心の伝達に向けて,子どもの様子を単なるエピソードとしての伝達から徐々に保育士として気になる様子として伝えていき,保護者の子どもの発達への認識を深めるよう支援していた.
一方,保育士は気づきを促すことや核心を伝えることが保護者を不安に陥らせるおそれがあることも認識しており,伝え方や時期には細心の注意を払っていた.保育士は入園から就学までの長期間,保護者と日々関わる機会を持つ.そのため保護者の特性を捉えやすく,子どもの発達への受け止めの変化などをタイムリーに把握しアプローチしやすいと考えられる.こうした立場を活かして慎重に保護者の査定をし,伝え方や時期を調整していると考えられた.
核心を伝える場として個別面談が設定されていた.個別面談では保護者の率直な心情の表出を促す支援も行われており,こうした支援は育児ストレスを抱えがちな“気になる子ども”の保護者への支援として重要と考えられた.また,保育参観等の機会に設定することで集団での子どもの様子を共有した上で話ができることや行事と合わせて行うことで保護者の抵抗感も少ないといった利点を感じており,核心を伝えるという重要な局面において個別面談の機会設定は有効であると考えられた.
さらに保育士は必要なケースには専門的支援に繋げることを自らの役割と認識し,勧奨や実際的な橋渡しを行っていた.一方で専門的支援の受入れは保護者にとって抵抗感があることも認識していた.そのため【保護者の気持ちに配慮した専門的支援活用のための支援】となるよう,専門的支援の単なる紹介ではなく,保護者の心配事の解決や子どものより楽しい生活の実現といった保護者が安心や共感ができる目的を伝えていた.また保育士自身も専門的支援で得られた情報を日々の保育に活かして共に取組みたい,という協同的姿勢を伝えていた.こうした支援は日々保育を行い保護者とともに子どもを見守っている保育士が行うことで有効性が高まると考えられた.また本研究では専門的支援の勧奨について,児が5 歳になる「年中」の最後までを目途とする保育士が多かった.保育士は就学に向けて高まる保護者の意識や就学に向けた準備期間を見通すとともに,出来るだけ早い発達促進の取組みが望ましいことからそれらのバランスを図って勧奨時期を決定していると考えられた.保育士の専門的支援の勧奨時期の詳細を調査した研究は少ないが,木曽(2014)の先行研究では受診をすすめる年齢は3歳児が最も多く(36.7%),次いで4歳児(22.0%)だった.保護者に伝える時期は個別性が高く一概には言えないが,先行研究との勧奨時期の違いについてその要因をさらに追及していく必要がある.
3) 保護者支援における支えや困難感保育士は保護者支援において【情報共有や助言による保育士自身の安心感】を支えにしていた.しかし一方で【期待した反応が得られない保護者への強い困難感】を持ちながら支援していることが示された.
【情報共有や助言による保育士自身の安心感】について,保育士は保護者支援の際,保護者をよく知る同僚保育士や園長等からの助言や直接的支援を支えとしていた.本研究と同様,先行研究(上村ら,2008)でも保育士はストレスに対して「職場内サポート感」が最も有効であると認識していた.また専門機関の巡回相談も保育士の安心感につながっていた.権藤(2005)は,保育者は現実に即した実行可能な助言や双方向的な関わりが持てる専門家を求めているとしている.本研究では,保育士には自分達は診断ができる立場ではないので子どもの発達について保護者が納得できるよう伝えることが難しいという気持ちを持っていることも示されており,この結果は先行研究(木曽,2014)と符合していた.巡回相談は保育士の自身の見立てへの不安を軽減し,保護者支援の際にも強い安心感につながっていると考えられた.また,保育士は他の支援者と同じ方向性でアプローチしたことで支援が進展した経験をもっており,多くの機関が関わるこの時期の保護者支援において園内外の支援者が支援の方向性を共有することの重要性が示された.
保育士は支援しても困難感が引き出せない,子どものことを言われることへの強い抵抗感があるなど【期待した反応が得られない保護者への強い困難感】を抱いていた.さらに,保護者への対応を一度間違えると関係が悪化し関わりをシャットアウトされることへの強い危惧があり,一度支援を断られるとそれ以上は踏み込めないという状況も生じていた.先行研究でも保育士は保護者が子どもの状態を認めることに否定的である場合には保護者と問題を共有できず(津田ら,2014),消極的支援にとどまる(本郷,2004)と報告されている.保護者と顔を合わせる機会の多い担任保育士ではそのことが強みである一方,関係性が崩れることへの危惧を強くすることにもつながり,一歩踏み込んだ支援を躊躇させる一因になっていることも考えられた.
保育士は“気になる子ども”の保護者が我が子の発達の遅れを受け入れにくいことも認識していた.子どもの障害に対する保護者の受容過程については段階説(Drotar et al., 1975)や螺旋形モデル(中田,1995)など諸説あるが,発達障害では落ち着きのなさなどその特徴的な行動が定型発達児にも認められるものが多く,保護者は障害に対する疑いと障害を否定したい気持ちの両極で揺れ動く(中田,2002).発達障害の傾向が明確な場合に比べ“気になる子ども”では成長と共に発達が定型発達児に追いつくのではないかとの期待から否定したい気持ちがより強いことが考えられる.保育士はこうした“気になる子ども”の保護者に特有の心情を認識しているものと考えられた.
また保育士は保護者に子どもの特徴を理解してもらい専門的支援に繫げるのは自身の役割と自覚しつつも,自らの支援では対応できない保護者に直面した際には強い困難を感じていることが示された.特に経済的問題など生活上の課題や精神疾患を持つ保護者など専門的な対応が必要と考えられる事例では保育士のみの対応に限界を感じており,保護者とじっくり関われる専門家による支援を希望していることが明らかになった.
4) 保育士への支援先行研究(渡辺ら,2014)では“気になる子ども”を持つ保護者支援について約半数の保育士が「研修の機会が不足」と回答している.“気になる子ども”を持つ保護者への支援においては,発達障害に関する専門的知識に加え保護者との関係性を維持していく力や保護者の揺れ動く心情を踏まえた支援技術が必要である.今後,保護者支援に関する事例検討会など学習機会の増加が望まれる.また保育士の知識や技術の向上だけでは保護者の気づきに繋がらない場合も想定される.そうした場合に活用できる地域の育児相談や発達相談など社会資源について広く理解しておくことも必要と考えられた.こうした取組みは一保育所だけでは実施しにくいものもある.公的な立場から保健師等が保育士を対象とした研修会や関係職種合同の事例検討会の開催など保育士のスキルアップや関係職種同士の関係づくりに積極的に関与していく必要があると考えられた.
保健師の発達障害児の保護者への支援技術を明らかにした先行研究(中山ら,2007)では,保健師が就園時や園でのトラブルの際に保育園と一緒に方向性や解決方法を検討していることが報告されている.保健師と保育士は同時期に保護者支援を行う専門職であることや保護者の多様性が増している現状からも,互いの保護者支援の内容を把握し同じ方向性で補完し合うことで重層的な支援を実現することが必要であると考えられた.特に生活上の課題や精神疾患など生活全般にわたり家族全体を支援する必要があるケースについては保健師の介入が必須であり密接な連携が必要である.そのためには両職種がスムーズに連携できる関係性を構築しておくことが重要であり,行政の立場として保健師の側から意識的にアプローチする必要があると考えられた.本研究では保育士が日々の関わりから保護者の今の状況を査定していることが明らかとなったが,こうした査定結果を共有することは保育士に比べ保護者との接触頻度が低い保健師が保護者の変化に応じたタイムリーな支援を実現する助けになると考えられた.つまり,子どもの発達の問題への保護者の認識が高まったタイミングでの発達支援教室への参加勧奨,生活や養育の状況が悪化した際の養育支援訪問などサービスの導入,育児ストレスや不安の高まった保護者への家庭訪問など,その時の保護者の状況に応じたタイミングのよい支援を実現できると考えられた.
今後,本研究で明らかになった発達上“気になる子ども”の保護者に対する保育士の支援の内容や特徴を踏まえて両職種が連携することでより有効な保護者支援が展開できると考えられた.
5) 限界と今後の課題本研究はA市にある保育所6園12名の保育士が支援した事例について分析した.このため得られた結果が“気になる子ども”をもつ保護者への保育士の支援経験すべてを網羅しているとはいえない.また今後は“気になる子ども”をもつ保護者に支援を行っている保健師等,他の専門職種との連携やそれらの職種の役割を明らかにすることでより効果的な保護者支援について検討できると考える.
本調査の実施に際しご協力いただきました保育所の皆様ならびにA市の皆様に深く感謝申し上げます.なお本研究は平成24年~26年文部科学研究費補助金基金助成金(基盤研究(C)課題番号24593436)を受けて行った.