Japanese Journal of Public Health Nursing
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ISSN-L : 2187-7122
Research Article
Relationship of Experience and Institution on Public Health Nurses’ Preparation of Handover Documentation
Keiko KoideReiko OkamotoEmiko KusanoSaori IwamotoKyouko Fukukawa
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2017 Volume 6 Issue 1 Pages 2-9

Details
Abstract

目的:本研究の目的は,保健師が担当業務を後任に引き継ぐ際に,準備した引き継ぎ資料の有無の実態と属性との関連を明らかにすることである.

方法:対象は保健所・保健センターに勤務する常勤保健師であり,分析対象は異動を経験したことのある者とした.調査方法は質問紙調査を用いた郵送法であった.引き継ぎ資料の項目は活動の根拠となる健康課題,活動の評価と課題等の6項目を用い,準備した人数の割合を算出し,属性との関連を検討した.

結果:回収率は67.4%(有効回答率は64.1%)であり,異動を経験した者は709人(68.0%)であった.準備あり群に少なかった項目は活動の根拠となる健康課題(34.8%)および活動の評価と課題(24.5%)であり,これらの準備の有無は経験年数と設置主体に有意な関連がみられた.

考察:引き継ぎ資料の準備あり群は,項目ごとの差が大きい実態が明らかになり,これら2項目の引き継ぎ資料の作成を支援する必要性が示唆された.

I. 緒言

行政に勤務する保健師(以下,保健師)が対応する健康課題は,近年虐待や生活習慣病等のように複雑化,深刻化している.これらの健康課題の改善を図るには,保健師間の共通認識のもと数年の保健活動を積み上げる必要がある(地区活動のあり方とその推進体制に関する検討会,2009).保健師の活動展開に求められているPlan-Do-Check-Act Cycle(以下PDCAサイクル)では,活動の質を改善するために,各ステップにもとづいた継続的で一貫した活動の必要性が示されている(石川,1989The Deming Institute, 2016).

保健師間の共通認識による継続的で一貫した保健活動を妨げる要因には,人事異動(以下,異動)による担当業務の交代が考えられる.人材育成の観点からジョブローテーションを推進する現在(地域保健従事者の資質の向上に関する検討会,2003),他部署への異動は避けられない.そのため,保健師にはどのような健康課題に対してどのような支援を行ったのか,その評価等を後任に引き継ぐことが求められる.しかし,積み上げられてきた保健活動を口頭の説明により理解し,前任者と認識を合わせることは難しいと考えられる.つまり,適切な引き継ぎ業務(以下,引き継ぎ)の実施には資料を用いる必要がある.

保健師の引き継ぎに関して文献検討を行った結果,引き継ぎ方法や求められる資料内容に関する先行研究は見当たらず,わずかに地区活動のあり方とその推進体制に関する検討会報告書において,引き継ぎに必要な記録の内容が示されているのみであった(地区活動のあり方とその推進体制に関する検討会,2009).また,保健師に必要な実践能力や技術項目は体系的に整理されているものの(大倉,2004岡本ら,2007麻原ら,2010),引き継ぎに焦点を当てた能力や技術,業務に関する研究は見当たらなかった.

このことは,引き継ぎに対する保健師の関心の低さとこれらが各自治体の方針と個人の力量に委ねられている現状を示唆している.適切な引き継ぎの実施を推進するために,本研究ではまず保健師が引き継ぎを行う際にどのような資料をどの程度準備しているのか,その実態を明らかにすることが必要と考えた.また,引き継ぎ時に準備した資料(以下,引き継ぎ資料)の有無を設置主体別と経験年数別に比較することは,属性ごとの課題の明確化につながる.それらは,キャリアラダー別研修やOn The Job Trainingといった現任教育に生かすことができる.

以上より,本研究の目的は,保健師が職場の異動により担当業務を後任に引き継ぐ際の引き継ぎ資料の有無の実態と経験年数や設置主体等との関連を明らかにすることである.

II. 研究方法

1. 調査対象

調査対象は,全国の保健所・保健センター(以下,施設)より無作為に抽出された施設に常勤する保健師である.保健師が勤務する施設のサンプリングは,層化多段抽出法を用いた.具体的には,まず保健師活動領域調査(厚生労働省,2009)の常勤保健師数より,都道府県,保健所政令市・特別区(以下政令市等),市町村の割合を算出し,その種別の抽出対象数を決定した.さらに都道府県別に種別の保健師割合にもとづき抽出対象数を決定し,1500人に達するまで施設を抽出した.調査対象となる各施設の保健師数は,都道府県と政令市等では1施設の平均就業者数,市町村では保健師1人当たりの人口に応じて概算し,割り当てた.

本研究では,異動した経験のある保健師を分析対象とした.質問文「前回の異動で引き継ぎのために準備した資料はどのようなものですか」の回答欄に「非該当」を設けることによって,異動経験のない者を把握した.

2. 調査方法と調査項目

調査方法は,無記名の自記式質問紙を用いた郵送法であり,調査期間は2010年11月から12月であった.調査票は調査施設の保健師代表者宛に郵送し,常勤の保健師に配布するよう求めた.調査票の回収は,調査対象が個別に返送するよう求めた.

調査項目は,対象の属性(性別,年齢,経験年数,設置主体,役職,保健師教育を受けた機関,業務体制)と前回の引き継ぎ時に準備した資料の内容である.引き継ぎ資料の項目は,引き継ぎに必要な記録について記された報告書(地区活動のあり方とその推進体制に関する検討会,2009)を参考に,研究者2名で検討した.まず,保健師に必要と考えられる引き継ぎ資料の内容についてディスカッションし,出された意見を整理,分類した.その後,それらの内容を表す項目名を検討した.

その結果,「個別事例の経過・訪問回数」(以下,個別の経過)と「個別事例の健康課題」(以下,個別健康課題),「地区活動と事業の実施目的・手順」(以下,活動の実施目的・手順),「地区活動や事業の根拠となる健康課題とそのデータ」(以下,活動の根拠となる健康課題),「地区活動や事業の評価と今後の課題」(以下,活動の評価と課題),「社会資源や住民組織との連携状況」(以下,社会資源と連携状況)の6項目となった.これらの項目ごとに引き継ぎ資料の準備の有無を尋ねた.

3. 分析方法

引き継ぎ資料を準備したと回答した保健師(以下,準備あり群)の割合を,項目別に算出した.そして,各項目の準備の有無と各属性との関連を検討した.年齢は4群(20代,30代,40代,50代以上),役職は3群(スタッフ,主任・主査,係長・課長補佐以上),保健師教育を受けた機関は2群(4年制大学,4年制大学以外),業務体制は3群(地区担当,業務担当,地区・業務担当併用)に分けた.設置主体は市町村,保健所政令市・政令指定都市・特別区(以下,政令市等),都道府県の3群に分けた.保健師のキャリアラダーは一般的に経験年数により区分しているため,本研究においても先行研究を参考に(佐伯ら,2004大倉,2004小川ら,2012),新任期(5年以下),中堅期(6~25年),管理期(26年以上)の3群に分けた.次に,設置主体別に引き継ぎ資料の内容と経験年数との関連を検討した.これらの関連には,χ2検定またはFisherの正確確率検定と残差分析を用いた.分析にはSPSS Statistics 19を用い,有意水準を0.05とした.

4. 倫理的配慮

本研究は,人を対象とする医学系研究に関する倫理指針にもとづき倫理的配慮を行い,岡山大学大学院保健学研究科看護学分野倫理審査委員会の承認を得て実施した(M10-06,2010年5月18日).研究協力依頼は,研究目的と調査協力の自由,プライバシー及び個人情報の保護等の倫理的配慮を記載した文書により行い,調査票の返送をもって同意とみなすことを明記した.

III. 結果

1. 対象者の属性

調査票の配布数は1615,回収数は1088(回収率67.4%)であり,うち有効回答は1035(有効回答率64.1%),配布施設数は251であった.対象者の平均年齢は41.7歳(標準偏差9.9)であった.平均経験年数は17.8年(標準偏差10.1)であり,新任期は163人(15.7%),中堅期は588人(56.8%),管理期は284人(27.4%)であった.所属の設置主体では,都道府県は168人(16.2%),政令市等は300人(29.0%),市町村は567人(54.8%)であった.

異動を経験したことのある保健師はそのうち709人(68.5%)であった.対象者の属性を表1に示した.性別は男性が5人(0.7%)であり,大部分が女性であった.平均経験年数は19.5年(標準偏差8.8)であり,新任期は39人(5.5%),中堅期は460人(64.9%),管理期は210人(29.6%)であった.所属の設置主体では,都道府県は128人(18.1%),政令市等は212人(29.9%),市町村は369人(52.0%)であった.

表1  引き継ぎ経験のある対象者の属性
人数 %
性別
男性 5 0.7
女性 697 98.3
不明 7 1.0
年齢 43.3±8.6
20代 40 5.6
30代 212 29.9
40代 248 35.0
50代以上 193 27.2
不明 16 2.3
経験年数 19.5±8.8
新任期 39 5.5
中堅期 460 64.9
管理期 210 29.6
設置主体
都道府県 128 18.1
政令市等 212 29.9
市町村 369 52.0
役職
一般(スタッフ) 197 27.8
主任,主査 283 39.9
係長以上 229 32.3
保健師教育を受けた機関
4年制大学 95 13.4
4年制大学以外 614 86.6
業務体制
地区担当 58 8.2
業務担当 192 27.1
地区担当・業務担当併用 459 64.7

n=709

年齢と経験年数は平均値±標準偏差を示す

2. 引き継ぎ資料の項目ごとの準備あり群の比較

引き継ぎ資料のうち準備あり群に最も多かった項目は活動の実施目的・手順の533人(75.2%)であり,順に個別の経過499人(70.4%),個別健康課題423人(59.7%),社会資源と連携状況370人(52.2%),活動の根拠となる健康課題247人(34.8),活動の評価と課題174人(24.5%)であった.活動の実施目的・手順および個別の経過の準備率は7割以上であったが,活動の根拠となる健康課題および活動の評価と課題は4割に満たなかった.

3. 引き継ぎ資料の準備あり群の属性別比較

引き継ぎ資料の準備あり群における各項目の属性別比較を表2に示した.年齢別の各項目における準備あり群との比較では,活動の根拠となる健康課題および活動の評価と課題,社会資源と連携状況に有意な関連がみられた.これらの項目は,50代以上が順に43.5%,32.1%,59.6%と有意に多かった.また,活動の評価と課題および社会資源と連携状況は,20代が順に10.0%,30.0%と有意に少なかった.一方,20代では個別の経過(80.0%)と個別健康課題(65.0%),活動の実施目的・手順(85.0%)の準備あり群が最も多く,年齢が高くなるにしたがって少なくなる傾向がみられたものの,年齢とこれらの項目の準備の有無には有意な関連はみられなかった.

表2  引き継ぎ資料の準備あり群の属性別比較
準備あり群 個別の経過 個別健康課題 活動の実施目的・手順 活動の根拠となる健康課題 活動の評価と課題 社会資源と連携状況
n(%) P値 n(%) P値 n(%) P値 n(%) P値 n(%) P値 n(%) P値
全 体 499(70.4) 423(59.7) 533(75.2) 247(34.8) 174(24.5) 370(52.2)
年齢
20代 32(80.0) 0.12 26(65.0) 0.60 34(85.0) 0.20 10(25.0) 0.02 4(10.0) <0.01 12(30.0) <0.01
30代 148(69.8) 123(58.0) 166(78.3) 65(30.7) 42(19.8) 101(47.6)
40代 182(73.4) 154(62.1) 182(73.4) 83(33.5) 62(25.0) 136(54.8)
50代以上 125(64.8) 110(57.0) 139(72.0) 84(43.5) + 62(32.1) + 115(59.6) +
経験年数
新任期 28(71.8) 0.28 20(51.3) 0.55 31(79.5) 0.30 12(30.8) 0.01 5(12.8) <0.01 13(33.3) <0.01
中堅期 332(72.2) 277(60.2) 352(76.5) 143(31.1) 97(21.1) 230(50.0)
管理期 139(66.2) 126(60.0) 150(71.4) 92(43.8) + 72(34.3) + 127(60.5) +
設置主体
市町村 258(69.9) 0.96 210(56.9) 0.23 272(73.7) 0.58 100(27.1) <0.01 75(20.3) 0.01 159(43.1) <0.01
政令市等 150(70.8) 136(64.2) 161(75.9) 89(42.0) + 56(26.4) 136(64.2) +
都道府県 91(71.1) 77(60.2) 100(78.1) 58(45.3) + 43(33.6) + 75(58.6)
役職
スタッフ 144(73.1) 0.10 122(61.9) 0.72 164(83.2) + <0.01 59(29.9) 0.13 34(17.3) <0.01 88(44.7) 0.02
主任・主査 206(72.8) 168(59.4) 198(70.0) 98(34.6) 64(22.6) 148(52.3)
係長級以上 149(65.1) 133(58.1) 171(74.7) 90(39.3) 76(33.2) + 134(58.5) +
保健師教育を受けた機関
4年制大学 72(75.8) 0.23 61(64.2) 0.37 80(84.2) 0.03 28(29.5) 0.25 16(16.8) 0.07 39(41.1) 0.02
4年制大学以外 427(69.5) 362(59.0) 453(73.8) 219(35.7) 158(25.7) 331(53.9)
業務体制
地区担当 38(65.5) 0.60 35(60.3) 0.53 45(77.6) 0.65 26(44.8) 0.04 18(31.0) 0.24 37(63.8) 0.16
業務担当 133(69.3) 108(56.3) 148(77.1) 76(39.6) 52(27.1) 101(52.6)
地区・業務担当併用 328(71.5) 280(61.0) 340(74.1) 145(31.6) 104(22.7) 232(50.5)

n=709(年齢のみn=693)

χ2検定および残差検定(保健師教育を受けた機関は除く)

+:観察度数が期待度数より高いことを示す(P<0.05)

–:観察度数が期待度数より低いことを示す(P<0.05)

経験年数別の各項目における準備あり群との比較においても同様に,活動の根拠となる健康課題および活動の評価と課題,社会資源と連携状況に有意な関連がみられた.これらの項目は,管理期が順に43.8%,34.3%,60.5%と有意に多かった.また,活動の根拠となる健康課題および活動の評価と課題は,中堅期が順に31.3%,21.1%と有意に少なかった.さらに,社会資源と連携状況では,新任期が33.3%と有意に少なかった.

設置主体別の各項目における準備あり群との比較においても同様に,活動の根拠となる健康課題および活動の評価と課題,社会資源と連携状況に有意な関連がみられた.これらの項目では,市町村が順に27.1%,20.3%,43.1%と有意に少なかった.活動の根拠となる健康課題および活動の評価と課題は,都道府県が順に45.3%,33.6%と有意に多く,活動の根拠となる健康課題および社会資源と連携状況は,政令市等が順に42.0%,64.2%と有意に多かった.また,都道府県の準備あり群は個別の経過(71.1%)と活動の実施目的・手順(78.1%)が最も多く,政令市等,市町村の順に低くなっていたものの,設置主体とこれらの項目の準備の有無には有意な関連はみられなかった.

役職別の各項目における準備あり群との比較では,活動の実施目的・手順および活動の評価と課題,社会資源と連携状況に有意な関連がみられた.これらの項目のうち活動の実施目的・手順は,スタッフが83.2%と有意に多く,その他の2項目はスタッフが順に17.3%,44.7%と有意に少なかった.活動の実施目的・手順は,主任・主査が70.0%と有意に少なく,活動の評価と課題および社会資源と連携状況は,係長・課長補佐以上が順に33.2%,58.5%と有意に多かった.

保健師教育を受けた機関別の各項目における準備あり群との比較では,4年制大学の準備あり群は活動の根拠となる健康課題(29.5%)および活動の評価と課題(16.8%),社会資源と連携状況(41.1%)が少なく,保健師教育を受けた機関と社会資源と連携状況の準備の有無には有意な関連がみられた.一方,4年制大学では個別の経過(75.8%)および個別健康課題(64.2%),活動の実施目的・手順(84.2%)の準備あり群が多く,保健師教育を受けた機関と活動の実施目的・手順の準備の有無には有意な関連がみられた.

業務体制別の各項目における準備あり群との比較では,活動の根拠となる健康課題に有意な関連がみられた.この項目は地区・業務担当併用が31.6%と有意に少なかった.一方,地区担当は活動の実施目的・手順(77.6%),地区・業務担当併用は個別の経過(71.5%)と個別健康課題(61.0%)の準備あり群が最も多くなっていたが,業務体制とこれらの項目の準備の有無には有意な関連はみられなかった.

4. 引き継ぎ資料の準備あり群の設置主体・経験年数群別比較

設置主体別の経験年数と引き継ぎ資料の準備あり群との比較を表3に示した.都道府県の経験年数別の各項目における準備あり群との比較では,全ての項目に有意な関連はみられなかった.新任期の準備あり群は個別の経過(25.0%)および個別健康課題(25.0%),活動の根拠となる健康課題(25.0%),活動の評価と課題(0%)が最も少なかった.一方,管理期の準備あり群は個別健康課題(61.7%)および活動の実施目的・手順(86.7%),活動の根拠となる健康課題(53.3%),活動の評価と課題(38.3%)が最も多かった.

表3  引き継ぎ資料の準備あり群の設置主体・経験年数群別比較
準備あり群 n 個別の経過 個別健康課題 活動の実施目的・手順 活動の根拠となる健康課題 活動の評価と課題 社会資源と連携状況
n(%) P値 n(%) P値 n(%) P値 n(%) P値 n(%) P値 n(%) P値
都道府県 新任期 4 1(25.0) 0.10 1(25.0) 0.44 3(75.0) 0.07 1(25.0) 0.23 0(0.0) 0.30 3(75.0) 0.59
中堅期 64 48(75.0) 39(60.9) 45(70.3) 25(39.1) 20(31.3) 35(54.7)
管理期 60 42(70.0) 37(61.7) 52(86.7) 32(53.3) 23(38.3) 37(61.7)
政令市等 新任期 12 10(83.3) <0.01 9(75.0) 0.24 9(75.0) <0.01 7(58.3) 0.31 2(16.7) 0.08 4(33.3) 0.07
中堅期 144 111(77.1) + 96(66.7) 119(82.6) + 56(38.9) 33(22.9) 96(66.7)
管理期 56 29(51.8) 31(55.4) 33(58.9) 26(46.4) 21(37.5) 36(64.3)
市町村 新任期 23 17(73.9) 0.73 10(43.5) 0.27 19(82.6) 0.39 4(17.4) 0.05 3(13.0) 0.03 6(26.1) <0.01
中堅期 252 173(68.7) 142(56.3) 188(74.6) 62(24.6) 44(17.5) 99(39.3)
管理期 94 68(72.3) 58(61.7) 65(69.1) 34(36.2) 28(29.8) + 54(57.4) +

n=709

χ2検定またはFisherの正確確率検定(都道府県),および残差検定

+:観察度数が期待度数より高いことを示す(P<0.05)

–:観察度数が期待度数より低いことを示す(P<0.05)

政令市等の経験年数別の各項目における準備あり群との比較では,個別の経過および活動の実施目的・手順に有意な関連がみられた.これらの項目は,中堅期が順に77.1%,82.6%と有意に多く,管理期がそれぞれ51.8%,58.9%と有意に少なかった.一方,新任期の準備あり群は活動の評価と課題(16.7%)および社会資源と連携状況(33.3%)が最も少なくなっていたものの,経験年数とこれらの項目の準備の有無には有意な関連はみられなかった.

市町村の経験年数別の各項目における準備あり群との比較では,活動の評価と課題および社会資源と連携状況に有意な関連がみられた.これらの項目は,管理期が順に29.8%,57.4%と有意に多く,中堅期が順に17.5%,39.3%と有意に少なかった.一方,新任期では個別の経過(73.9%)および活動の実施目的・手順(82.6%)の準備あり群が最も多かったものの,経験年数とこれらの項目の準備の有無には有意な関連はみられなかった.

IV. 考察

1. 対象者の特徴

本研究の対象者は,設置主体と都道府県ごとの保健師の割合を考慮し,全国より無作為抽出した保健所・保健センターの常勤保健師であること,回収率が65%を超えていたことから,母集団の代表性を確保していると考えられた.本調査の分析対象者である異動経験者は全体の68%に対し,保健師の活動基盤に関する基礎調査(日本看護協会,2015)の異動経験者は61%と低く,今回の分析対象者が異動経験の多い対象にやや偏っていた可能性がある.そのため,全体的に新任期が少なくなっており,経験年数に偏りがみられた.

2. 経験年数と設置主体における引き継ぎ資料の準備あり群の特徴

本調査の結果,個別の経過および活動の実施目的・手順の準備あり群は7割以上であった.一方,活動の根拠となる健康課題は4割,活動の評価と課題は3割未満であり,項目によって準備の有無に大きな差がみられ,最も多く準備していた資料も7割に留まる実態が明らかになった.2013年の地域における保健師の保健活動に関する指針では(厚生労働省,2013),PDCAサイクルにもとづく保健活動を展開するよう明記されている.しかし,活動の根拠となる健康課題および活動の評価と課題の引き継ぎ資料の準備率が低い現状は,PDCAサイクルの継承に支障をきたす可能性がある.

このことは,アカウンタビリティ(説明責任)の観点からも重要な課題といえる.保健師は,行政職と専門職としての2つの立場から住民に対して,政策評価に基づく情報公開と保健サービスの遂行状況等の資料を作成し,アカウンタビリティを果たすことが求められている(川合ら,2009).また,地方自治体には住民に加えて構成員間,つまり保健師内や組織内のアカウンタビリティが必要と言われている(碓永,1992).本結果は,保健師が住民と組織内といった双方のアカウンタビリティを果たせていない現状を示唆するものである.

本調査の結果,活動の根拠となる健康課題および活動の評価と課題の準備あり群は2項目ともに,年齢と経験年数が上がるほど多くなっており,年齢では50代以上が,経験年数では管理期が有意に多かった.これら2項目と関連する保健師の専門能力には,健康課題を明文化する「活動の必要性を見せる能力」(岡本ら,2015)と活動評価を明文化する「活動の成果を見せる能力」がある(鳩野ら,2014).この2つの専門能力について6段階の到達度により自己評価を求めた調査では,本結果と同様に経験年数に応じて高くなる傾向がみられた(Okamoto et al.,2008).活動の根拠となる健康課題および活動の評価と課題の引き継ぎ資料を準備するためには,その土台となる活動の必要性を見せる能力と活動の成果を見せる能力が必要なため,経験年数が増えるほど準備あり群が多かったと考えられる.今後は新任期の保健師がこれらを明文化できるよう具体的な支援策を検討する必要がある.

社会資源と連携状況の準備あり群は年齢,経験年数,役職に有意な関連がみられ,それぞれ50代以上,管理期,係長・課長補佐以上が有意に多く,20代,新任期,スタッフが有意に少なかった.この項目は,個別事例と活動・事業の双方に必要な情報である.地区活動のあり方とその推進体制に関する検討会報告書では(2009),関係機関等や地域関係者の連絡先と連携時の注意点に関する引き継ぎ資料の必要性を示している.保健師の連携状況を総合的に把握する連携得点を調査した研究では(筒井ら,2006),経験年数が低いほどこの得点は低くなっていた.この先行研究と新任期の保健師の準備あり群が少ないという本結果より,関係機関等と十分に連携した保健活動は新任期の保健師の課題になっている可能性がある.

一方,個別の経過および活動の実施目的・手順の2項目は,全体でも準備あり群が7割を超えていた.個別の経過は全ての属性に関連がみられず,活動の実施目的・手順は役職に関連がみられたものの,属性に関らず全体的に準備あり群が多かった.個別の経過および活動の実施目的と手順は,日々の業務においてケース記録や報告書を作成しているため,準備あり群が多かったと考えられる.

設置主体との関連では,活動の根拠となる健康課題および活動の評価と課題の2項目は都道府県の準備あり群が有意に多く,市町村の準備あり群が有意に少なかった.保健師の実践能力に関する先行研究では都道府県が最も高く,順に政令市等,市町村となる傾向があり(Okamoto et al., 2008岩本ら,2008塩見ら,2009),本結果と同様であった.保健師活動領域調査(厚生労働省,2012)では,都道府県は対人保健サービスである保健福祉事業の実施率が政令市等と市町村の約5割と比較して約3割と低く,企画や調整に関する活動の割合が多くなっている.これら2項目において都道府県の準備あり群が多いという本結果は,先行研究で示された都道府県の実践能力の高さに加え,業務内容の特徴が関連していると推察される.しかし,対人保健サービスが多い市町村においては,個別の経過および個別健康課題の準備あり群が有意ではないものの最も低くなっており,一貫していなかった.今後は,設置主体ごとの業務内容の特徴と引き継ぎ資料との関連を検討する必要がある.特に活動の根拠となる健康課題の準備あり群はどの設置主体も5割,活動の評価と課題の準備あり群は4割を切っていることから,自治体の業務マニュアルにはこれらの項目に関する引き継ぎ資料の徹底について明記する必要があると考えられる.

3. 設置主体別における経験年数と引き継ぎ資料の準備あり群の特徴

設置主体別における経験年数と引き継ぎ資料あり群を比較した結果,都道府県では全項目に関連がみられなかった.政令市等では個別の経過および活動の実施目的・手順の2項目は,中堅期の準備あり群が有意に多く,管理期が有意に少なかった.他の設置主体ではこれらの項目と経験年数に関連がみられなかったことから,本結果は政令市等の特徴といえる.政令市等の管理期の保健師は,これらの引き継ぎ資料の作成が難しいとは考えにくく,引き継ぎ内容の優先順位が低い可能性がある.今後は設置主体や役職ごとの引き継ぎ内容の重要度の検討が必要である.

市町村では活動の評価と課題および社会資源と連携状況の2項目は,管理期の準備あり群が有意に多く,中堅期が有意に少なかった.他の設置主体では社会資源と連携状況と経験年数に関連がみられなかったものの,都道府県と政令市等の中堅期では,準備あり群が5割を超えていた.市町村の中堅期の準備あり群が少ない要因については,今後検討する必要がある.

4. 本研究における限界と今後の課題

本調査の分析対象者は異動を経験している者としたため,新任期の保健師が全体的に少なく,中でも都道府県の新任期の人数が少なかったことは,本研究の限界である.また,引き継ぎ資料に関する項目は,研究者が項目の妥当性の検討を行ったものの,今後は設置主体や役職ごとの引き継ぎ内容の重要度を考慮し,内容を構造化する必要がある.さらに,適切な引き継ぎを推進するために,資料作成に影響する背景要因を検討する必要がある.

V. 結論

本研究の結果,異動の際に引き継ぎ資料を準備した保健師の割合は,個別の経過および活動の実施目的・手順が7割以上であったものの,活動の根拠となる健康課題が4割,活動の評価と課題が3割未満であった.これらより,資料内容によって準備した者の割合に大きな差がみられ,最も多く準備していた資料も7割に留まる実態が明らかになった.活動の根拠となる健康課題および活動の評価と課題は管理期の準備あり群が有意に多く,社会資源と連携状況は新任期が有意に少なかった.また,設置主体別では,活動の根拠となる健康課題および活動の評価と課題は都道府県の準備あり群が有意に多く,経験年数と設置主体別に特徴がみられた.今回の結果より,適切な引き継ぎを推進するためには自治体の業務マニュアルの整備と保健師の引き継ぎ資料の作成を支援する必要性が示唆された.

謝辞

本調査にご協力いただきました保健師の皆様に深謝いたします.本研究はJSPS科研費20390572の助成を受けて行いました.

文献
 
© 2017 Japan Academy of Public Health Nursing
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