2017 Volume 6 Issue 3 Pages 240-248
目的:3歳児の養育における統制場面でのスマホ使用に関する母親の認識を明らかにする.
方法:3歳児の統制場面でのスマホ使用について20~30代の母親10名に対し半構造化面接を実施し,質的記述的分析によりカテゴリーを抽出した.
結果:母親は【スマホは子どもの育ちと親役割を奪う存在だ】,【スマホは頼れる「お守り」として私と子どもを支えてくれる】,【便利なスマホは私にとって魅力的である】と統制場面でのスマホの特徴を認識していた.また,【親としてスマホを管理する責任がある】,【スマホが存在する中での親としての在り方と向き合う】という親としての意志を認識していた.
考察:スマホは親子への問題性がありながらも,統制の補助手段として有効かつ母親にとって魅力的なツールであった.親子にとってのスマホの良し悪しを踏まえ,母親がスマホをコントロールしながら使うためには,親としての意志の持ち方が重要と考えられる.
子どもの育ちにとって重要な養育行動の一つに,叱る,説得するなどの方法で子どもに社会的行動や親の意図通りの行動を取るように仕向ける“子どもの統制”がある.親が子どもを統制するには,子どもの反抗・自己主張に適応することが必要であり,その適応過程の中で,親は自身の関わり方を試行錯誤し,省みる(坂上,2003)ことにより親として成長する.
特に,第一次社会化の開始期である(渡辺,2000)3歳時期の子どもにとって,統制はより重要である.しかし,3歳児は言語や理解の発達をベースに,言い訳や屁理屈を駆使しながら反抗・自己主張をするため,統制場面で親は否定的感情を喚起されやすい上に,高度な養育スキルが求められる.つまり,3歳児の統制は親と子の成長のために重要であると共に,親にとって高度で難しい養育行動という特徴がある.
また,核家族化の進展や近隣関係の希薄化,性役割分業意識などの社会的影響によって,日本では子どもの社会化の責任は母親に集中している(渡辺,2000).さらに,近年,感情コントロールの苦手な親や,子どもの言いなりになるなどの親としての軸が欠如している親もいる(寺本ら,2015).母親は自身に子育ての責任が集中する中で3歳児を統制しなければならず,母親の養育力が未熟であればより困難を抱えやすい状況にある.
統制の方法は多様であるが,近年,統制にスマートフォン(以下,スマホとする)が使用されるようになっている.スマホ所有率は世帯主の年齢が若いほど高く,20代では94.5%,30代では92.4%であり(総務省,2015),スマホは急速に生活に浸透している.スマホは育児において,情報収集,育児相談,仲間づくり,授乳管理,泣き止ませ,知育などの様々な目的で使用されている(ベネッセ教育総合研究所,2014b).統制を目的としたスマホ使用は,主に家事中や外出中の場面において使用され(ベネッセ教育総合研究所,2014b),使用理由として5割以上の親が,親の手を煩わす時間が減ることや子どもが泣き止むことを挙げている(総務省情報通信政策研究所,2015).また,最近では鬼の動画で子どもを脅すことにより親の言うことを聞くように仕向けるアプリも登場している(内海,2015).
こうした子どもの統制にスマホを使用することに対して様々な意見がある.否定的な意見の中には,「本来,親が子どもにかかわる事柄もアプリにおまかせ」,「しつけを放棄していると同時に不適切な扱い」(内海,2015)などと直接的に問題視する意見がある.一方,「新たなメディアの登場の際は子どもへの悪影響が語られるのが世の常」などと静観姿勢の専門家もいる(ベネッセ教育総合研究所,2014a).つまり,統制場面でのスマホ使用には課題性と有益性の両側面が存在する可能性があると共に,使用のあり方に対する見解は一致していない現状がある.
以上を踏まえ,スマホが普及した養育環境において,特に難しさを抱えやすい3歳児の統制に対する支援を考えるためには,実際にスマホを使用する立場である母親の思いや考えを理解し,統制場面でのスマホ使用のあり方を検討する必要がある.そこで,本研究は3歳児の養育における統制場面でのスマホ使用に関する母親の認識を明らかにすることを目的とする.
本研究は研究デザインとして質的記述的研究を採用した.質的記述的研究は,未解明の現象を対象に,現象を記述することによって,その現象を理解することを第一の目的としている(グレッグ,2007).本研究は,3歳児の統制場面でのスマホ使用に関する母親の認識という現象を詳細に記述することで,現象の理解を深めることを目的としていることから,質的記述的研究が適切と考えた.
2. 用語の操作的定義本研究では,坂上(2003)を参考に,子ども(3歳児)の統制を「子どもが反抗・自己主張をする場面,または子どもの反抗・自己主張が予想される場面において,母親が子どもを自分の期待,意図,計画に従わせようと関わること」,認識を「ある事柄に対する思いや考え」とする.
3. 研究参加者研究参加者は,3~4歳児を養育し,スマホを持つ20~30代の母親10名とした.また,研究参加者の同質性の確保のため,養育する3~4歳児は母親にとっての第1子であり,療育機関の利用がなく,現在治療中の疾患がないことを研究参加条件とした.研究参加者の選定は,A市内の幼稚園,保育園および地域の子育てサロンの管理者へ文書と口頭にて研究参加者の紹介を依頼して行った.協力機関が選定した母親に対して,研究者より文書と口頭にて研究概要を説明の上,同意を得られた者を研究参加者とした.
4. データ収集2016年6~9月,研究参加者に対して約50~90分の半構造化面接を個別に1回実施した.面接は紹介を得た機関の個室または研究参加者の自宅で行い,研究参加者の許可を得て,ICレコーダーに録音した.面接内容は「3歳児の統制場面でのスマホ使用に関する経験,スマホ使用に対する思いや考え」などとし,4歳児を養育する母親には3歳時点での子どもの統制について語ってもらった.
5. 分析方法録音した面接内容から逐語録を作成してデータとし,「3歳児の養育における統制場面でのスマホ使用に関する母親の認識(以下,「統制場面でのスマホ使用に関する認識」とする)に関係する部分をデータより抽出してコードとした.まず,データの文脈に留意しながらコードの抽象度を上げ最終コードを作成し,類似した最終コードを集約してサブカテゴリを抽出した.次に,サブカテゴリの類似性と相違性を検討の上,統合しカテゴリを抽出した.
6. 倫理的配慮研究参加者に対して,研究概要や個人情報の取り扱いなどについて文書と口頭にて説明し,同意書への署名をもって同意とした.なお,本研究は北海道大学大学院保健科学研究院倫理審査委員会の承認を得て実施した(2016年3月31日:承認受付番号15-100,2016年5月17日:承認受付番号15-100-1).
7. 真実性の確保真実性の確保のため,Linclon & Gubaが述べた明解性,信用可能性,確認可能性,移転可能性を基準に確認を行った(Holloway et al., 2002).明解性は,研究の全過程において質的研究に卓越した共同研究者間での検討を行い,濃密な結果の記述により確保した.信用可能性は,研究参加者による分析結果のチェックを行い,必要時分析結果を修正することで確保した.確認可能性は,分析過程の詳細な記述に努め,濃密な結果の記述により確保した.移転可能性については研究の限界に記載する.
研究参加者の年齢は20代後半から30代後半であった.統制場面でのスマホ使用については,使用経験なし2名,使用経験あり8名であった.使用内容には,アプリ系と家族などの画像系といった機能の違いによる分類がみられた.アプリ系の内訳は,言い聞かせアプリ使用経験あり3名,動画アプリ使用経験あり5名,ゲームアプリ使用経験あり4名であった.家族などの画像系の内訳は,家族などのビデオ動画使用経験あり3名,写真使用経験あり8名であった.
母親 | 子ども | 統制場面でのスマホ使用 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
年齢 | 健康 | 仕事 | 家族構成 | 性別 | 面接時年齢 | アプリ系 | 家族などの画像系 | |
A | 20代後半 | 良好 | 就労 | 夫婦,本児,乳児1人 | 女 | 3歳2ヶ月 | 動画アプリ | 写真 |
B | 20代後半 | 良好 | 主婦 | 夫婦,本児,乳児1人 | 男 | 3歳3ヶ月 | ゲームアプリ | 写真 |
C | 30代前半 | 良好 | 主婦 | 夫婦,本児 | 女 | 3歳9ヶ月 | 言い聞かせアプリ ゲームアプリ |
写真 |
D | 30代前半 | 良好 | 主婦 | 夫婦,本児 | 女 | 3歳2ヶ月 | 動画アプリ | 写真 家族などのビデオ動画 |
E | 30代前半 | 良好 | 主婦 | 夫婦,本児 | 女 | 3歳11ヶ月 | 動画アプリ | 写真 家族などのビデオ動画 |
F | 30代前半 | 良好 | 主婦 | 夫婦,本児,乳児1人 | 男 | 3歳4ヶ月 | 使用経験なし | 使用経験なし |
G | 30代前半 | 良好 | 主婦 | 夫婦,本児,乳児1人 | 女 | 4歳2ヶ月 | 動画アプリ,ゲームアプリ 言い聞かせアプリ |
写真 |
H | 30代前半 | 良好 | 主婦 | 夫婦,本児,幼児1人 | 女 | 4歳6ヶ月 | 使用経験なし | 使用経験なし |
I | 30代前半 | 良好 | 就労 | 夫婦,本児,幼児1人 | 男 | 4歳1ヶ月 | 言い聞かせアプリ | 写真 家族などのビデオ動画 |
J | 30代後半 | 良好 | 就労 | 夫婦,本児,乳児1人 | 女 | 4歳3ヶ月 | 動画アプリ,ゲームアプリ | 写真 |
分析の結果,統制場面でのスマホ使用に関する認識について,27最終コード,9サブカテゴリ,5カテゴリを抽出した.以下,カテゴリは【 】,サブカテゴリは《 》,最終コードは〈 〉,研究参加者が語ったデータは「斜体」,データ内の発言は『斜体』を用いて記述する.
1) 【スマホは子どもの育ちと親役割を奪う存在だ】母親は〈スマホは子どもの目に悪影響だと思う〉,〈スマホを見る時の子どもの姿勢は体に悪い気がする〉,〈スマホは子どもの健康的な生活習慣を奪う気がする〉と動画アプリやゲームアプリによる子どもの身体的健康への影響を懸念していた.また,〈スマホを見ると子どもはスマホ中毒かのように離れられなくなる〉,〈スマホで脅して言い聞かせると,子どものトラウマになりそうでかわいそう〉とスマホの動画アプリやゲームアプリ,言い聞かせアプリによる子どもの心の健康への影響も懸念していた.さらに,動画アプリや言い聞かせアプリで子どもを言い聞かせると,子どもが人の気持ちや意図を考える機会が減ってしまい,〈スマホは子どもからコミュニケーションの育ちを奪う気がする〉と感じていた.そして,動画アプリに夢中になっている子どもの様子は母親が考える子どもらしさとは異なり,〈スマホは子どもから「子どもらしさ」を奪っている気がする〉と感じていた.以上のように,《スマホは子どもの健全な育ちを奪う気がする》と母親はスマホ使用による子どもの育ちへの影響を心配していた.
一方で,母親は動画アプリや言い聞かせアプリなどの〈スマホでの言い聞かせでは親の真意を伝えられない〉ことや〈スマホに頼ると自分の力で言い聞かせられなくなってしまう〉こともあるかもしれないと認識していた.また,統制場面で動画アプリを見せた母親は,子どもの動画アプリ視聴を止められないことや子どもの気持ちが動画アプリに向かって親子遊びの機会が減ってしまうことを経験し,〈スマホに子どもの心が奪われて,子どもを取られているようだ〉と感じていた.このように,母親は《親子共々スマホにとらわれて私の声を子どもに届けられなくなる》と認識していた.
2) 【スマホは頼れる「お守り」として私と子どもを支えてくれる】「ただ将来的にメガネ…中略…できたらメガネのない生活のままいて欲しいと思うので,ちょっと悪影響なのは嫌だなと思ってなるべく(スマホの動画アプリを見せるのは)控えてるんですけど」(A氏)
「子どもが(スマホを)持って,すごく集中して見ているというのは(私は)気持ち悪いって思っているかも…中略…感覚的に見慣れていなくて」(E氏)
「(言い聞かせ)アプリに頼っていると,お母さんの言葉で言うこと聞けなくなるんじゃないかなって,説得できなくなる,私も言い方がわからなくなる…中略…何で怒られてるのかもちゃんと話さないとわからないので」(C氏)
「寝る前とかに,一緒にギューってして遊ぶ,遊びをやってたんですけど,(子どもがスマホに夢中になって)できなくなった時期もあって,そのずっと携帯見てたりとかして…中略…ちょっと悲しさもあり」(A氏)
子育てと家事などの生活管理を同時に行う母親は,時に子どもより家族の生活ペースを優先しなければならず,〈子育てと家族の生活の両立が大変な時,スマホは頼りになる〉と認識していた.特に,身近に育児のサポーターがいない母親や,生活の随所で人手が必要な状況におかれた母親にとって,スマホは子どもを言い聞かせるものとして重宝していた.
また,母親は地下鉄などの公共の場では,親は子どもを静かにさせなければならないと考えていた.公共の場で子どもが騒いだ場合,他人の視線を敏感に感じ,〈私に対する他人の目が怖いので,子どもが騒がないようスマホを使ってしまう〉と感じていた.そして,母親は心に余裕がない時には子どもを感情的に怒ってしまうことがあった.そうした時に動画アプリや言い聞かせアプリを使用すると子どもを言い聞かせることができるため,〈スマホに頼れば我慢の限界になりそうな時でも何とかなるので安心だ〉と統制の最終手段としてスマホを認識していた.このように,母親は《統制場面で私が切羽詰まった時に,スマホがあると安心だ》と経験から認識していた.
一方,母親は,電車の中で長時間静かにし続けなければならない子どもや,不慣れな幼稚園に葛藤を抱えながら通う子どもに対して可哀想と感じていた.子どもの思いを理解しながらも言い聞かせなければならない母親は,子どもに好きなスマホ動画を見せるなど,〈頑張って我慢する子どもの気持ちを満たすためなら,スマホを使うのも一つだ〉と考えていた.そして,子どもの気持ちを汲みながら仕方なくスマホを使用して静かにさせる時には,〈子どもを静かにさせる時,スマホの写真なら一緒に見ることができるので良い〉という考え方や〈子どもの思考の広がりに繋がるなら静かにさせるのにスマホを使うのも良い〉という考え方をしていた.このように,統制場面でのスマホ使用経験によらず,母親は《子どもの利益になるのならスマホを使うのもの一つの選択肢だ》と考えていた.
3) 【便利なスマホは私にとって魅力的である】「子どもはもうじっとしてられないので…中略…一緒に(動画アプリを)見てた方が良いかなっていう感じで見せたりとかはしてたんですけど,いやーもう(周囲の目が)恐ろしいですね,ドキドキ緊張してますもん」(A氏)
「地下鉄とか乗る時とか結構じっとしてられなかったりするので,そういう時はスマートフォンの『前ここ行ったよね』とか写真とか見せたりとか…中略…『ここ行ったよね』みたいなのを向こうから言ってきたり」(A氏)
母親は,スマホはどこでも使用できることや,言い聞かせアプリや動画アプリなどを使うと子どもの統制が簡単に済むことから,〈スマホでの言い聞かせは手っ取り早くて,私にとって都合が良い〉と感じていた.そして,その利便性により〈スマホで言い聞かせるのは楽なのでつい使ってしまう〉と安易な使用につながる感覚を持ち,《スマホに頼って言い聞かせるのは私にとっては楽だ》と経験から感じていた.本カテゴリは,スマホ使用経験のある母親からのみ抽出された.
4) 【親としてスマホを管理する責任がある】「考えるより先にこういうの(スマホの言い聞かせアプリ)やっちゃった方が楽にすぐ言うこと聞きますよね,そういうの見ると頼っちゃいます」(C氏)
「(私の手が離せない時は)とりあえず(スマホ動画を与えると)見ててくれるので,楽っちゃ楽ですよね,何か違うおもちゃとかでそういう事してくれるのが一番良いんだけど,それが無いからついつい(使ってしまう)」(J氏)
母親は,言い聞かせに〈スマホを使うなら,子どもへの影響を考えて使い方を判断しなければならない〉と,スマホが子どもの健康や発達へ害を及ぼす可能性を懸念し,自分なりにスマホ使用のルールを考えていた.そして,〈私が決めたスマホ使用ルールに則らないと子どもにスマホは使わせない〉とルールを厳守するよう心がけていた.このように,母親は《親として子どもに害のないようスマホを管理しなければならない》と親としての意志を有していた.一方で母親は,統制場面でどうしてもスマホが必要な場合や,便利なスマホをつい使ってしまった場合に,〈子どもに良くないのにスマホに頼ってしまい,罪悪感に苛まれる〉ことがあった.そして,〈スマホに頼るのは,私の力不足なので親として申し訳ない〉と感じ,《「子どものため」のスマホの管理ができず申し訳ない》と自責の念を抱いていた.
5) 【スマホが存在する中での親としてのあり方と向き合う】「(動画アプリは)長い時間見せないって決めてるから,そこはもう徹底してる…中略…15分くらいたってると思ったら『もう終わりだよ』って,有無を言わさず(スマホを)取り上げるので」(D氏)
「私も言葉でこう言うこと聞かせられればよかったのに,カッとなってそういう風に(言い聞かせアプリを)見せて怖がらせたので,子どもが落ち着いてたら,私も冷静になってから,かわいそうだったなって罪悪感が」(C氏)
母親は,スマホが親にとって必要な場面がある一方で,子どもには悪影響を与える側面を持つと考え,〈言い聞かせにスマホを使うのが子どもの利益になるのか悩む〉と感じていた.そして,将来的に子どもをスマホとどう向き合わせるかを思考し,〈この子の現在と将来を踏まえて,「子どものため」になるスマホの使い方を考える〉意志を有していた.このように,統制場面でのスマホ使用経験によらず,母親は《「子どものため」のスマホ使用のあり方を考える》よう心がけていた.
しつけは親の役目と考える母親や,スマホは子どもとのやりとりに使うものではないと考える母親は〈親なのにスマホで言い聞かせるのは筋違いだ〉と認識していた.また,統制場面でのスマホ使用経験によらず,母親は〈子どもにスマホを使わせたくなければ,子どもの前で親はスマホを使うべきじゃない〉と考えていた.そのため,自分がスマホを使う必要がある時にも,あえて子どもにスマホを使って良いか許可を求めることでスマホは本来使ってはいけないものだという一貫した姿勢を示し,〈スマホを使うなら親として示しのつく使い方をしなければならない〉と考えていた.このように,母親は統制場面でのスマホ使用経験ではなく自身の育児観に応じて,《スマホ使用において,自身の親としてのあり方を貫く》よう心がけていた.
「(子どもにスマホを)触らせたくないといってももう触っているし,(これからスマホは)必要な時代になっていくと思う…中略…子どもとスマホをどういうふうに向き合わせるか考えるんだろうな」(E氏)
「(しつけは)親が口で教え込むのが筋というか親の役目だと思いますね.やっぱり(スマホは)所詮機械,子どもを育てるのが親の務めなのでね」(D氏)
本研究では,3歳児の養育における統制場面でのスマホ使用に関する母親の認識を明らかにした.抽出したカテゴリのうち【スマホは子どもの育ちと親役割を奪う存在だ】,【スマホは頼れる「お守り」として私と子どもを支えてくれる】,【便利なスマホは私にとって魅力的である】は統制のためのツールとしてのスマホに関する母親の認識であった.一方,【親としてスマホを管理する責任がある】,【スマホが存在する中での親としてのあり方と向き合う】はスマホ使用に対する母親としての意志に関する認識であった.
1. 3歳児を統制するツールとしてのスマホに対する母親の認識の仕方まず,母親は【スマホは子どもの育ちと親役割を奪う存在だ】と統制場面でのスマホ使用には,子どもと自分自身のそれぞれに対する問題性があると認識していた.子どもに関する問題性は,子どもの心身の健康とコミュニケーションの育ちへの影響,漠然とした未知のリスクに対する不安であった.子どものスマホ使用による視力や姿勢などの健康への影響は先行研究でも指摘されている(井上ら,2015;椛ら,2007).3歳児の養育における統制場面において子どもがスマホを使用するのは一時的かつ短時間と考えられるが,それでも母親にとって子どもの健康への悪影響は重要な懸念事項であることが本研究結果より明らかとなった.また,母親は,3歳時点のスマホ使用が現在の子どもの健康に及ぼす影響を懸念すると同時に,将来的な子どもの健康に及ぼす影響を合わせて心配しており,これは統制場面でのスマホ使用に対する懸念の仕方の特徴と考えられる.
一方,母親は,スマホには母親の親としての役割を奪う側面があり,子どもをしつける役割の遂行を難しくさせるという問題性を認識していた.本研究の参加者は言い聞かせアプリや動画アプリなど,どのスマホの機能を使用して統制した場合であっても,子どもに自分の意図を伝えられないと捉えていた.言い聞かせアプリは“脅し”の統制方略,動画アプリやゲームアプリは“物による注意の転換”の統制方略として使用されることが多い.これらの方略は子どもの社会化ではなく親の利便性などを目的にとられることが多い(坂上,2003)ため,スマホによる統制ではソーシャライザーとしての役割を果たせないことを母親は問題視していたと考えられる.また,母親はスマホに頼ると自分の力で子どもを統制できなくなる可能性も問題視していた.統制場面でスマホを使用すると,母親が自分の力で試行錯誤して統制する機会が減ることから,自身の子どもを統制する力の低下を懸念していたと推察される.
次に,母親は【スマホは頼れる「お守り」として私と子どもを支えてくれる】,と統制場面におけるスマホには親子双方にとって必要な一面があると認識していた.現代の日本では,世間から親に対するしつけの責任への期待が高く(中谷ら,2014),子どもに対する寛容性を失いつつあるとされている(寺本ら,2015).そのため,公共の場では自己統制能力が未熟な3歳児であっても静かにするのが当然であり,静かにできない場合は親の責任と見なされる傾向がある.母親は,こうした世間の眼差しから自分を守ることと,自制心の未熟な子どもが騒ぐのを我慢することによる負担感を緩和するためにスマホを使用していたと考えられる.また,母親は日々の生活を円滑にすすめる補助としてもスマホを必要としていた.子育て家庭の女性(母親)は平日,休日問わず多くの時間を家事・育児に注いでおり時間的ゆとりがなく(二方,2014),スマホは育児と生活管理の両立が大変な時の補助として母親を支えていたと考えられる.さらに,母親は統制場面で感情をコントロールするのが難しい時に,統制の補助ツールとしてスマホを必要としていた.母親が否定的な感情を喚起しやすい3歳児の反抗・自己主張(高濱ら,2007)に適切に対応するにはスマホは有効な補助ツールであったと考えられる.そして,母親が子ども虐待のきっかけにもなり得る子どもの反抗・自己主張(唐,2007)と,スマホの補助によって上手く付き合うことができるとすれば,スマホの使用は子ども虐待を予防する一面を持ち合わせていることが推察される.
最後に,母親は【便利なスマホは私にとって魅力的である】と,スマホを子どもの統制における有用なツールと捉えていた.スマホは従来の統制に用いられるツールに比べ,利便性や汎用性の高いツールと考えられる.スマホの普及以前から世間一般では,“脅し”による統制にはお化けや雷様を,“物による注意の転換”による統制には絵本やお菓子やテレビなどのツールが使用されていた.これらのツールは,絵本であれば途中で飽きてしまう,お菓子は短時間で食べ終わってしまう,テレビは家の中という限られた場所でしか使用できないといった特徴があった.しかし,スマホには場所を選ばず使用可能かつ,長時間子どもを飽きさせないという特徴があり,この点が母親にとって魅力的であったと考えられる.また,スマホは,それ一つで“物による注意の転換”と“脅し”の両方の統制方略に応用が可能であり,こうした利便性や汎用性の高さもまた,母親にとって魅力的であったと考えられる.
以上のように,母親は,スマホは使い方によって子どもの育ちや親の養育に問題性があると認識しつつも,統制場面に応じて親子にとって必要なツールとも認識し,さらにその利便性の魅力を認識していた.つまり,統制場面でのスマホには親子にとっての良し悪しの二面性があること,母親のスマホの使い方にはスマホ特有の魅力が影響することが認められた.
2. 3歳児の統制におけるスマホ使用に対する母親としての意志の特徴母親は,統制場面でのスマホ使用には【親としてスマホを管理する責任がある】と,親としての務めを認識していた.上述のように統制場面でのスマホには,子どもの健康や発達への問題性があると母親は捉えていることから,スマホは自分が管理すべきツールと捉えていたと考えられる.そして,この認識は,現在だけでなく,将来的に子どもの目が不自由になることやスマホ依存になるなどの長期的な子どもの健やかな成長発達に責任を持とうとする意志の現われであったと推察される.
また,母親は【スマホが存在する中での親としてのあり方と向き合う】ことで,親である自分の手で子どもを統制することの意味に目を向けながらスマホ使用を考えていた.この認識は,子育て期の母親役割の構造の中に“子どもの発達を促すかかわり”と“社会生活へ向けての教育”がある(寺薗ら,2015)ように,子どものしつけは親の手で行うべきという使命感から生じていたと考えられる.
これらのスマホ使用に対する親としての意志は,母親がスマホの魅力だけにとらわれず,節度を持ってスマホを使用するための基盤となっていたと考えられる.上述のようにスマホの有用性は母親にとって魅力的であり,一部の研究参加者はスマホによる統制の簡便さから“ついつい”スマホを使用する経験を有していた.しかし,こうした研究参加者はスマホの悪影響から子どもを守ろうとする意志や自分の子どもへの関わり方を思い直すことによって,自身の統制場面でのスマホ使用を再考していた.つまり,母親がスマホの魅力を動機にスマホを使用するのではなく,親子にとって有効な統制場面でのスマホ使用を主体的に考えるには,親としての意志の持ち方が重要と考えられる.
一方,母親の親性が未熟な場合や養育力の弱さがある場合には,統制場面でのスマホ使用に対する親としての意志は乏しい可能性が考えられる.本研究の参加者は,第一次反抗期を乗り越えた比較的養育力の高い母親であるため,スマホ使用に対する親としての意志を有していたことが予想される.しかし,若年の母親が一般の母親に比べ,子どもに長時間テレビを視聴させている(賀数ら,2009)ことや,子育ての省察は安定した親子関係の親に見られやすい傾向がある(朴ら,2009)ことから,統制場面でのスマホ使用に対する親としての意志は,母親の成熟度や養育力により左右されると考えられる.
3. 実践への示唆本研究では,3歳児の養育における統制場面でのスマホ使用に関する母親の認識を明らかにした.以下に,統制場面におけるスマホの問題性と母親にとっての必要性を踏まえたスマホ使用のあり方についての示唆を述べる.
まず,スマホは公共の場での子どもの制止や家族の生活管理が大変な場面,母親が感情をコントロールするのが難しい状況に対処するための補助手段として有効なツールと考えられる.ただし,使用に当たっては子どもの育ちへの悪影響や母親の親役割の遂行を乱す可能性を理解し,親子への悪影響を踏まえた使い方を模索する心がけが必要である.特に,親の管理が出来なくなる程に子どもがスマホに執着してしまうような使い方や,スマホ以外の統制の手段があるにも関わらずスマホで子どもを統制する使い方は避けることが望ましいと考えられる.そのため,母親は親としてスマホ使用の方針を定め,使用の仕方を振り返ることが重要である.
そして,支援者は単にスマホ使用の是非を指摘するのではなく,個々の母親が統制にスマホを使用する背景にある使用理由や親としての意志の持ち方に着目することが重要である.母親が統制場面でスマホを使用する背景には,各親の育児事情や親としてのスマホ使用に対する考え方がある.支援者は,母親のスマホ使用の頻度や使い方を捉えるのと同時に,統制場面でスマホを使用する背景を捉えることで,個々の母親がどのようにスマホをコントロールしていくのか共に考える支援姿勢を持つ必要がある.
4. 研究の限界と今後の課題本研究の参加者は,自身の体験を言語化して他者に伝えることのできる養育力の高い母親であり,養育力の低い母親は異なる認識を有する可能性がある.また,結果の移転可能性の検討には至っていない.よって,今後は本研究と異なる背景の母親を対象に調査をすることで,本研究の適用範囲の検討や,スマホ使用経験などの個人背景に焦点を当てた認識の違いの検討が課題である.さらに,統制場面でのスマホ使用が子どもや親に実際に与える影響を検証することもまた今後の研究課題である.
本研究を進めるにあたり,研究にご参加いただいたお母様方,並びに研究に多大なるご協力を頂きました地域の子育てサロン職員の皆様,幼稚園・保育園の職員の皆様に心より感謝申し上げます.
なお,本研究は北海道大学大学院保健科学院に提出した修士論文の一部に加筆修正を加えたものであり,第5回日本公衆衛生看護学会学術集会で発表した.