Japanese Journal of Public Health Nursing
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Public Health Nursing Report
The Process of Developing Public Health Nursing Practice at Master’s Course Aiming at Improving Competence by Collaboration with Practical Facilities: Adopted and Developed from Bachelor’s Course Practice
Michiyo HiranoKazuko SaekiHikaru HondaYoshiko Mizuno
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2017 Volume 6 Issue 3 Pages 288-296

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Abstract

目的:実践能力向上を目指したA大学院の公衆衛生看護学実習構築のプロセスを明らかにし,修士課程における実習のあり方を検討することを目的とする.

方法:A大学院と実習施設の協働による実習内容と指導体制の構築過程を記述し,実習指導者らに半構造化面接を実施した.分析は,記述内容は時間軸で整理しインタビュー内容は質的記述的分析を行った.

結果・考察:個人・家族を対象にした実習は,継続訪問を行い担当事例のケアを責任をもち引き継ぐこと,個別支援のための地域アセスメントが特徴であった.地域,社会システムを対象にした実習では,地域アセスメントに基づく事業計画立案・実施・評価は,現場の保健師の実践にも即役立つ内容であった.一方,個人・家族,地域,社会システムを連動,発展させる効果的な実習方法が課題となった.両施設の協働に関しては,実習内容や学生の状況の共有,指導の方向性の明確化,保健師活動の本質を丁寧に話し合うことの重要性が示唆された.

I. はじめに

1. まえがき

現在,保健師基礎教育(以下,保健師教育)は修士課程,学士課程での統合カリキュラムまたは選択制,専修学校といった多様な課程で実施されている.また,2011年の保健師助産師看護師学校養成所指定規則(以下,指定規則)改正により,公衆衛生看護学実習は4単位から5単位へと変更され,実習内容は教育機関により多様化していると考えられる.一例として,修士課程の実習では研究的思考や手法を活用する能力に着目した教育(蔭山ら,2016)が行われ,学士課程の選択制の実習では住民や関係者と協働する能力を養うことを重要視した教育(野村ら,2016)が行われている.一方,選択制が導入され,保健師教育が充実されてもなお,保健師教育の技術項目の卒業時到達度に到達できていない項目が多く,学士課程において技術項目の到達には時間的な限界がある(鈴木ら,2016)ことが指摘されている.

2016年,全国10ヵ所の修士課程で保健師課程の教育が実施され(厚生労働省医政局,2016),指定規則ならびに各大学院の理念や教育目標に基づいて実習が展開されている.修士課程は2年間という修業年数のため,実習内容を充実させ実践能力向上に向けた実習が可能であると考えられる.A大学大学院修士課程(以下,A大学院)は学士課程で行っていた実習の実践レベルをあげ,実践能力向上を目指した実習としてリニューアルした.A大学院は実習施設との協働により実習を構築したことから,このプロセスを示すことは現場との協働による実習構築や,修士課程における実習構築に寄与すると考えられる.そこで,今回,実践能力向上を目指したA大学院の公衆衛生看護学実習構築のプロセスを明らかにし,修士課程における公衆衛生看護学実習のあり方を検討することを目的とする.なお,本稿では,これまで実施してきた学士課程の公衆衛生看護学実習をもとに実践能力向上を図った,個人・家族,地域,社会システムを対象にした実習の構築について報告する.

2. A大学院の公衆衛生看護学実習に関する教育課程(表1

A大学院の保健師国家試験受験資格取得者コースの修了要件は,修士課程の修了要件36単位に指定規則に定められた28単位を追加した64単位である.修士課程では理論と実践の融合を目指し,講義,演習,実習,研究を相互に関連させ,実践力と思考力を連動させて伸ばす教育を展開している.A大学院では,2010年度入学者まで学士課程で保健師教育を実施してきた.公衆衛生看護学実習は学士課程では3単位(学内1単位,臨地2単位),現在の修士課程では7単位(臨地7単位)で運営している.学士課程と修士課程では目的のレベルを変更し,学士課程は公衆衛生看護の知識,技術,実践を“理解できる”こと,修士課程はヘルスプロモーションの観点から地域の人々の健康と生活への支援を“実践できる”こととした.

表1  A大学院の公衆衛生看護学実習の概要
公衆衛生看護学実習I 公衆衛生看護学実習II 公衆衛生看護学実践演習実習 公衆衛生看護学実習III
単位 1単位 2単位 8単位のうち2単位 2単位
開講時期 1年後期 1年後期 2年前期 2年前期
科目の概要 ・地域で生活する個人・家族を対象にした個別支援における対人支援の能力の獲得
・保健医療福祉チームの一員として関係者との協働による支援の展開
・自治体を単位とした地域アセスメントに基づいた地域支援
・PDCAサイクルを用いた事業の企画・立案,実施,評価の実施
・地域のヘルスケアシステムの現状と課題の整理
・地域のヘルスケアシステムの維持・発展に向けた考察
・担当地区への責任を持った保健活動を展開できる基礎的能力の獲得
・担当地区での地区活動のための地域アセスメント
・地区活動を展開するための実践技術
・地区組織活動の支援と協働
・保健所の役割についての理解
・産業保健活動の実際についての理解
・これまでの学習を統合した,ケアシステムやマネジメントの理解
・健康危機管理についての理解
実習目標 1.人々の生活や健康に関連する地域特性と社会資源の状況を整理して支援に活用できる.
2.当事者や関係者との積極的なコミュニケーションを通して,地域で生活している個人・家族の生活背景,家族関係,社会的立場を述べることができる.
3.行動科学をもとにした各種理論を用いて個人・家族に対する保健指導を実施できる.
4.中長期的な目標を定めて,個人・家族に対する継続した支援を展開できる.
5.個人・家族に対するよりよい支援を展開するために,保健医療福祉チームの一員として関係者との協働による支援を実施できる.
6.個人・家族に対する支援と保健福祉事業との関連を述べることができる.
7.個別支援における保健師の役割と責任について説明できる.
8.公衆衛生看護の対象者へのケアに対する責任を自覚し,自らが行動すべきことを主体的に考え,実践することができる.
1.地域アセスメントを実施し,地域の特性と関連づけて地域の健康課題を抽出することができる.
2.担当する保健福祉事業の健康課題を分析し,健康課題の原因,対処力,影響を抽出することができる.
3.健康課題の構造図をもとに,対策の1つとして保健福祉事業計画および評価計画を立案できる.
4.立案した保健福祉事業計画をもとに保健福祉事業(健康教育)を実施することができる.
5.評価計画をもとに,実施した保健福祉事業(健康教育)を評価することができる.
6.地域のあるべき姿を明確にし,効果的な保健福祉事業を企画・立案,実施,評価する過程を理解できる.
7.地域のヘルスケア支援システムの実態(狭義)を理解し,システムにおけるコーディネーションの実際について説明できる.
8.公衆衛生看護の専門職としての自覚を持ち,自分の行動を総合的に評価し,自らの資質を向上させるための方策を考え行動できる.
1.地区活動を通じ地域の健康課題を明確にする.
2.各種理論,エビデンスを用いた健康課題解決への取り組みに向け,協働のプロセスを理解した上で地区組織および住民と健康課題を共有する.
3.担当地区の健康課題を解決するための方策を保健医療システムの中に位置づけて考えることができる.
4.プライマリヘルスケアを担う専門職として,担当地区の健康課題解決にむけたコミュニティエンパワメントと組織的なヘルスプロモーション活動の重要性を説明できる.
5.公衆衛生看護の専門職としての自覚を持ち,自分の行動を総合的に評価し,自らの資質を向上させるための方策を考え行動できる.
1.地域ケアシステムの構築とそのマネジメント,地域レベルのケアの質保証について説明できる.
2.地域の保健福祉ニーズの施策化と評価について説明できる.
3.組織運営における組織管理,業務管理,情報管理,人事管理と人材育成について理解できる.
4.健康危機管理について,予防から復興期(回復)に至る一連の過程における保健活動を理解できる.
5.感染症対策を通して,地域の健康危機管理対策を理解できる.
6.労働者の健康とその健康管理システムについて理解できる.
7.公衆衛生看護の果たす役割と今後の課題について,社会情勢を踏まえて述べることができる.
実習内容 対象:個人・家族 対象:地域・社会システム 対象:地区(担当地区) 公衆衛生看護管理(行政機関・産業保健機関)
実習施設 A市町村 B市町村 B市町村 C保健所,D企業

3. A大学院の公衆衛生看護学実習の概要と実習施設との関係

A大学院では実習における対象のレベルを,個人・家族,地域,担当地区,社会システムの4つに分け,各レベルの公衆衛生看護活動の特徴を理解できるようにし,さらに各実習の学びを積み上げ統合できるようにした.個人・家族を対象にした公衆衛生看護学実習I(以下,実習I)は1単位とし,インターバルを設けた1期,2期の二期制とした.地域,社会システムを対象にした公衆衛生看護学実習II(以下,実習II)は2単位とし,これら2つの実習は修士1年後期に配置した.担当地区を受け持ち,担当地区を対象にした公衆衛生看護学実践演習実習(以下,実践演習実習)は2単位とし,実習IIと同じ地域で展開した.社会システムを対象にシステムやマネジメントを学習する公衆衛生看護学実習III(以下,実習III)は2単位とし,保健所,企業で実習を展開した.

A大学院と実習施設との会議は実習開始1年前より行い,実習半年前までに具体的な実習内容の検討を行った.実習終了後は,実習評価会議を行い実習運営に関する評価をした.これら会議は各実習施設に教員が出向き,教員,実習指導者,保健師管理者で実施した.なお,一部の施設については評価会議の出席は実習指導者のみであった.先述の対面による会議以外は,適宜,メールや電話にて打ち合わせを行った.本稿では,A大学院の公衆衛生看護学実習のうち,実習Iと実習IIに焦点を当て報告をする.

II. 方法

1. 対象

対象はA大学院公衆衛生看護学実習の実習施設6施設の実習指導者および保健福祉部門の保健師管理者14名とした.本稿では,実習Iと実習IIの実習施設3施設の実習指導者および保健師管理者5名を対象とした.

2. 方法

本活動はアクションリサーチの手法をもとに実施した.アクションリサーチは,実際に生じている問題や状況を体系的に理解し,リフレクションの過程を伴いながら,課題の解決や改善,仕組みの変革等の変化に結びつくことを意図して,組織や地域社会に働きかける取り組み(岡本ら,2007)である.新たに開講する修士課程の公衆衛生看護学実習について,A大学院の教員である研究者は,実習構築に向けた実践者としての働きと,実習構築プロセスを記述し,その特徴を明確にする研究者としての働きを有するアクションリサーチャーとして関与した.

データ収集は,A大学院が2014,2015年度に開講した公衆衛生看護学実習を対象科目とした.データ収集期間は2014年10月から2015年10月とし,教育機関と実習施設の協働による実習内容と実習指導体制の構築,また実習における学生の変化を記述し,検証した.データ収集はアクションリサーチのプロセスである「計画」「行動と実践」「リフレクション」「評価と再計画」をもとに実施した.「計画」は実習の科目概要,構成,内容を記述し,科目の目的を到達するための教育体制整備に向けA大学院が実習施設へ働きかけた内容および,それに対し実習施設が検討,回答した内容を記述した.実習施設と調整や検討した内容は,日時,方法,内容を記載するシート(以下,シート)を作成し,研究者である教員は調整や検討の都度,シートに内容を記載した.「行動と実践」「リフレクション」「評価と再計画」は,実習打ち合わせ会議,実習評価会議,日々のやりとり等,実習施設との調整や検討の内容とした.日々のやりとりは先述のシートを用い,会議は実習指導者と教員のコメントがわかるよう議事録を作成し,意図や行動が明確になるよう留意した.加えて,実習終了後2ヶ月以内に,実習指導者,保健師管理者に個別に各1回半構造化面接を実施した.半構造化面接では「リフレクション」「評価と再計画」のデータを得るため,インタビューガイドは,①大学院の実習を受けるにあたっての考え,②大学院生の特徴および実習を通じた学生の変化,③大学院の実習指導を経験したことでのメリット等で構成した.以上のデータは実習体制の整備や実習運営の評価と改善に活用し,研究としても用いた.

3. 分析方法

シートに記載された内容は意味内容を変えず要約し,「計画」「行動と実践」「リフレクション」「評価と再計画」の時間軸で整理した.インタビュー内容は,質的記述的分析を用いた.分析テーマを「実習受入れに対する思い」「実習を受入れることでのメリット」「院生の特徴・変化」とし,インタビューデータから関連する文脈に着目しコードとし,次に類似したコードを集約しサブカテゴリを抽出し,サブカテゴリの相違性,類似性に留意しカテゴリを抽出した.データ分析の真実性を保証するため,分析過程は質的研究の経験を有する共同研究者間で検討を重ねた.分析結果は,専門家による検討として地域看護学系の学術集会ワークショップで関係者と意見交換した.また,参加者によるチェックとして対象者に意味内容に齟齬がないか確認を得た.

4. 倫理的配慮

本研究は北海道大学大学院保健科学研究院倫理審査委員会の承認を受け実施した(承認日:2014年10月2日,承認番号:14-46).対象者には研究に関する事項について説明し,研究協力に対する同意を書面にて得た.対象者へのインタビューでは,学生に関する事項もデータ収集することから,実習を履修する学生に対して研究への協力を依頼し,同意書により同意を得た.学生に対しては,対象者から収集されるデータは成績に関するものはなく,かつ成績にも一切関係しないことを説明し,データ分析は学生の成績確定後に行った.

III. 活動内容

1. A大学における学士課程と修士課程の公衆衛生看護学実習の比較(表2

学士課程と修士課程における到達レベルの内容の違いとして,1点目は,修士課程では各種事業を活用して個人・家族への保健指導を単独で実施することであった.2点目は,個人・家族支援において個別支援を展開するための地域アセスメント,すなわち,個別支援に活用することを目的に事例の課題に合わせた地域の基本構造の理解と,人々の生活と地域環境および対象に必要と考えられる地域の資源の関連をアセスメント(以下,個別支援版地域アセスメント)することであった.3点目は,地域アセスメントを行い,PDCAサイクルに基づく保健福祉事業計画立案・実施・評価を行い,事業の一部として集団に対する健康教育を実施することであった.4点目は,住民,各種関係機関,地区組織との協働の実際から,地域におけるヘルスプロモーションについて理論と融合させ検証することであった.

表2  A大学における学士課程と修士課程の公衆衛生看護学実習の比較
学士課程 修士課程
科目名 地域看護学実習 3単位 公衆衛生看護学実習I  1単位
公衆衛生看護学実習II 2単位
目的 地方自治体で展開している公衆衛生活動への参加を通して,公衆衛生看護の知識,技術,実践を理解できる. 公的な責任に基づいて実施される公衆衛生活動への参加を通して,ヘルスプロモーションの観点から地域の人々の健康と生活への支援を実践できる.
実習内容 ・地域アセスメントを実施する.
・指導者の指導のもと個人・家族への支援として家庭訪問で保健指導を一部実施する.
・指導者の指導のもと,集団を対象に健康教育を実施する.
・コミュニティエンパワーメントと組織的なヘルスプロモーション活動を理解するため,地区組織活動を見学する.
・保健医療福祉チームの一員として,個人・家族への保健指導を実施する.
・個別支援における地域の理解として,個別支援版地域アセスメントを行う.
・地域アセスメントを行い,PDCAサイクルに基づいた保健福祉事業計画立案・実施・評価を行う.
・住民,機関,組織との協働の実際から,ヘルスプロモーションについて理論と融合させ検証する.
実習施設 保健所,市町村各1ヵ所 実習I:市町村
実習II:市町村

2. 対象者の概要

実習施設は自治体3ヵ所であり,実習指導者は3名で年齢は30~40代,経験年数は11年以上25年未満であった.保健師管理者は2名で年齢は50代,経験年数は31年以上40年未満であった.実習指導者および保健師管理者の教育背景は,全員,専修学校であった.

3. 教育機関と実習施設との協働による公衆衛生看護学実習の構築プロセス

各実習についてアクションリサーチのプロセスをもとに,実習打ち合わせ,プログラム調整や実習運営,実習運営の評価について記述する.

1) 個人・家族を対象とした実習:実習I

実習打ち合わせでは,学生が主体となって展開できる家庭訪問事例を検討した.学生が訪問の導入から終了まで全てを主体的に展開するには,事例選定が重要であり,事例は母子領域で重大な健康問題がなく,保健師がケアマネジメントしている事例とした.修士課程における新たな取り組みとして,まず,学生が保健医療福祉チームの一員として責任をもってケアの引き継ぎができるよう,ケアカンファレンスを学生主催で実施することとした.また,個別支援のための地域の理解として,個別支援版地域アセスメントを実施することとした.

実習に向けた実習指導者とのプログラム調整や実習運営の打ち合わせでは,1期最終日に学生の目標到達度の確認を行い,2期の実習に向けた学生の課題や指導の方向性を確認した.さらに,保健師の実践技術やアイデンティティを養うため,保健師特有の継続支援についての理解の促し,個別支援における地域の理解やその必要性についての再学習の促しの必要性を共有した.

実習運営の評価では,修士課程における新たな取り組みについての効果が挙げられた.まず,ケアカンファレンスでは,事例の継続支援を学習することが重要かつ必要であり,担当事例の継続支援を検討することは,事例の暮らす地域や生活の理解,家族を含めた支援,ケア技術等を学習できる機会となることを共有した.また,地域の理解は個別支援においても重要なことを再認識し,個別支援版地域アセスメントの実施にて事例の暮らしとそれに影響している地域を知ることでより個別性のある支援計画が立てられることを確認した.さらに,ケアカンファレンスでは,実習指導者,地区担当保健師,保健師管理者とともに,保健師が行う家庭訪問の意味を話し合い,保健師活動の本質を考える機会になった.

また,実習施設は実習期間中も定例事業が入っているため指導時間を十分確保できず,事例の実情にあった妥当な看護過程の立案と確実な看護技術の習得には臨地の指導だけでは不十分であった.そのため,学内演習と臨地実習をリンクさせた指導体制が必要であった.実践能力向上に向けた新たな実習に関するアイデアとして,個別支援の実習で保健師の役割や活動を十分深めるには1週間の実習期間では短く,長期間同じ地域で実習することや,月1回程度の継続支援を1年程度実施する実習等について意見があった.

2) 地域を対象とした実習:実習II

実習打ち合わせでは,地域の健康課題を深めるため,実習地における追加の情報収集・分析の必要性を共有した.修士課程での新たな取り組みとして,地域アセスメントに基づいたPDCAサイクルによる保健福祉事業計画立案・実施・評価を行うことにした.学士課程では実践現場に活用,反映できるものを提供することは現実的に困難であったが,修士課程では現場の保健師にとっても活用できる内容が期待され,現場と学生が共に学習できる事業計画立案・実施・評価とした.また,これまで学士課程の実習でも健康教育は実施したが,修士課程では施策体系を理解し保健福祉事業の一部としての健康教育を重視した.学生はPDCAサイクルによる事業計画・実施・評価に加え,実習で担当する1回分の事業としての健康教育もPDCAサイクルにより運営するという,二重のPDCAサイクルによる事業運営とした.行政組織の各種事業に関する理解は,地域の健康課題や地域支援に結びつけること,また,確実な問診と指導技術の獲得に向け,健康診査時に担当事例の問診を導入から終了まで学生が実施することとした.

実習に向けた実習指導者とのプログラム調整や実習運営では,地域の健康課題と連動した保健福祉事業の一部としての健康教育実施になるよう,学生が抽出した地域の健康課題と健康教育で担当する集団の健康課題との整合性をはかり,現実的な内容となるよう実習前に教員と指導者で検討した.加えて,指導者から実習前に電話による健康教育計画の指導を受けられる体制を整備した.また,地域アセスメントを深めるための質的データを意図的に収集できるよう,各種事業への参加や関係機関の見学の機会を確保した.学生の主体的な実習とするため,学生の希望を取り入れプログラムを適宜調整し,関係職種や住民へのインタビュー,保健福祉事業の見学等,学生の学習意図を確認した上で可能な範囲でプログラムに組み込んだ.

実習運営の評価では,地域アセスメントに基づいた地域支援およびPDCAサイクルによる事業展開の重要性が挙げられた.学生の地域アセスメントに基づいたPDCAサイクルによる一連の事業展開は,現場の事業の評価や見直しにつながった.地域アセスメントは,十分な時間をかけて健康課題を抽出・分析し,対策まで考えることの大切さや,量的および質的データの追加の情報収集の必要性を共有した.一方,課題として実習IIにおける家庭訪問の必要性が挙げられた.保健師特有の「個から地域」の視点を養うには,地域支援の実習であっても家庭訪問による個別支援が必要であり,個別支援で得られた知見を地域アセスメントに反映させる必要があった.

実践能力向上に向けた実習に向けてのアイデアでは,保健師として一定レベルの技術を獲得するには修士課程のような長期間の実習が必要なこと,時代に応じて変化する行政が担うべき地域の健康課題を抽出できる地域アセスメント技術の確立の必要性について意見があった.

4. 実習施設の実習受入れに対する思いと院生に対するとらえ

実習指導者および保健師管理者の実習受入れに対する思いとして16サブカテゴリと5カテゴリを抽出し,院生に対するとらえとして9サブカテゴリと5カテゴリを抽出した.以下,【 】はカテゴリ,《 》はサブカテゴリ,「斜体」はデータを示す.

1) 実習受入れに対する思いや実習を受入れることでのメリット

修士課程の実習受入れに対し実習指導者は,《違う教育課程で学んだ自分が院生を指導することへの不安があった》《学生の実践や疑問に対して理論的に応じなければならないプレッシャーがあった》《見学中心だった学部の実習とは異なり,密にかかわらなければならないことへの不安があった》と語り,【理論的かつ密にかかわることへのプレッシャーがあった】.

「大学院ですから,ある程度一定のレベルとか理論だとかそういう部分があるので,こちら側もそれに応えられるかどうかっていう.(中略)やっぱり学部生よりも(大変さが)あるのかなと思うんですけど.A氏」

多様化する保健師教育を理解するのに実習指導者は苦慮したが,《実習指導を通して保健師の基礎教育の現状を理解できた》《実践能力を習得できる内容が含まれているのは大学院教育の良いところ》《住民との直接的なやりとりを経験することで実践能力がつく》と語り,【大学院は保健師に必要なある一定レベルの実践能力を養成できる】ととらえていた.

「(経験年数と指導力を加味して指導者を決めているのは)これから保健師として入ってくる学生の教育も学べるし,現在,大学がどのようなカリキュラムで(基礎教育を)行っているかも学べる.B氏」

学生が実習課題で取り組んだ内容は,実習指導者らにとって価値あるものであった.《学生の地域アセスメントに基づいた事業計画・実施・評価はすごく勉強になった》《学生の地域アセスメントは現場にとっても地域の新たな理解につながった》《地域アセスメントをもとに事業を多角的に分析するのはとても良い》ことを実感していた.また,《地域アセスメントに基づいた事業計画・実施・評価は実際の活動にも活かせる》《地域アセスメントを理解し仕事の中でも実施していくことが大事である》と語り,【学生の地域アセスメントに基づいた事業計画・実施・評価は現場にも役立つ】ことを認識していた.

「事業を私達も企画,実施,評価していく部分で,今回学生から学んだもの,聞いたことを取り入れて,実際に自分の事業でも活用していこうかなって思いますよね.A氏」

実習指導者らは《学生指導を通じて自分達のこれまでの保健師活動を確信できる》《実習は自分たちの保健師活動を客観的に見つめられる機会となる》と語り,【実習を通じて自分たちの保健師活動を客観的にとらえることができる】ことを認識していた.

「長く仕事をしてくると,保健師って一体なんなんだろうと振り返ることが自分自身もあったんです.自分達で作り上げてきた仕事は間違っていなかったということを,学生さんを受入れた時に気付くことってあるんですよね.C氏」

修士課程の実習は現任教育にも活かせることを実習指導者らは実感し,《実習は指導者の調整やリーダーシップを学ぶ良い機会となる》《学生が取り組んだ事業評価は現任教育にも活用できる》《実習の学習内容や指導内容は現任教育にも活用できる》といった,【実習は現場の現任教育やその体制づくりに反映できる】と考えていた.

「事例について深めるのは,日常業務の中ではなかなか….(中略)考え方を整理する機会が少しはあった方がいいと思うので,来年度は事例検討を保健師でやっていくことが案として計画になったので,この実習を受けたことはいかされていると思います.D氏」

2) 院生に対するとらえ

実習指導者らは学生に《将来保健師として働く明確な意志がある》と語り,学生に【将来保健師として働く明確な意志がある】ことを実習指導のなかで感じ,この意志が学生のモチベーションにもつながっていることを実感していた.

「やっぱり保健師になることを目指して来ているので,学生が保健師として働くことを明確にこう自分の中で持って来てるっていうのが一番違う,これまでの学生と違うなと思いましたね.D氏」

学生は《保健師が行政にいる意味,そして保健師の役割を常に考えている》ことから,実習指導者らは学生が【保健師とは何か,何ができるのかを常に考えている】と語っていた.

「(学生は)自分なりの思いの部分とか,保健師でなければできない部分,行政の中にいる保健師の意味を常に問いかけながらやってた.B氏」

学生は看護師免許を取得した保健師学生であり,《支援提供者としての意識をもち住民を理解する姿勢がある》と実習指導者はとらえていた.また,《責任をもち主体的に実習課題に取り組む》《実習への意欲があり自身の目標をもち実習に臨んでいる》といった,【保健師学生として意欲や主体性をもち実習に臨んでいる】と実習指導者らは認識していた.

「学部の時も継続支援の実習はあるんですけれども,やっぱりより主体的ということが位置づけられ,学生さん自身も対象を深く理解するようなところ,やっぱり自分がやるとなると理解しようっていう心構えも違うので.D氏」

事前学習で学生は地域アセスメントを行い,臨地においても《地域アセスメントをしっかり行い広い視点で地域の実態や事業を見ている》《学習してきた内容と実習体験を結びつけ学びをさらに深化させている》と実習指導者は認識していた.実習指導者らは【事前学習と実習経験をリンクさせ多角的に地域や事業を理解している】学生の姿勢をとらえていた.

「深い地域アセスメントを学内でやってこられて,それが地域の中でどんなふうな形で事業が組み立てられ,全体としてひとつひとつの事業が繋がっているかっていう,そういうのが実習で見えたんじゃないかなって思います.B氏」

実習指導者らは《公衆衛生看護で使用する理論を知識としてもち実習にきている》《最終レポートは多様な視点で整理され学術的である》と語り,【大学院で学んだ理論や知識を実習やレポートに反映させている】と考えていた.

「最終レポートがすごい学術的な感じがしました.(中略).整理の仕方が,色んな視点からまとめあげるっていうところの技術が.色んなことを知っているから,そういう考え方を知っているということなんでしょうかね.E氏」

IV. 考察

1. 実践能力向上を目指した修士課程の公衆衛生看護学実習

A大学院は学士課程の公衆衛生看護学実習をリニューアルし,修士課程の実習を構築した.2007年度に実施された全国保健師長会の臨地実習に関する調査(大場,2008)では,この時期に展開していた実習は見学実習が主で体験型の実習は困難であったことを報告している.A大学院においても学士課程で展開してきた実習は,到達レベルが“理解できる”であった.このレベルを修士課程で“実践できる”レベルにあげられた要因には,保健師教育が修士課程に変更し教育内容を質・量ともに充実したことと,実習施設の実習への理解と受入体制によるものと考えられる.

個人・家族を対象にした実習は,学生が支援担当者として1事例を受け持ち,継続訪問により支援を展開し,さらに今後のケアに向けケアカンファレンスを設定しケアを引き継ぐという特徴があった.このように学生が一看護職として責任をもち支援を展開できる背景には,看護師免許を取得していることが挙げられる.先述の調査(大場,2008)においても,学士課程では看護師免許がないため主体的なかかわりをさせられず見学中心になることが報告されている.学生が看護師免許を有することは,学生自身にケアの責任者としての自覚が芽生えるほか,指導者の指導下のもと住民が学生にケアを委ねることが可能な状況を創出できると考えられる.また,学生は生活経験が浅くかつ実践能力が不十分な状況にあることから,保健師の家庭訪問援助の特徴である対象の家庭・地域生活状況を視野に入れる(田村,2010)ことは困難であると推察される.そのため,個人・家族を対象にした実習においても地域を理解する必要がある.A大学院で実施した個別支援版地域アセスメントは,事例の暮らしとそれに影響している地域システムを理解するのに役立ち,事例の暮らしのなかで展開される保健師特有の個別支援の理解につながると考えられる.

地域,社会システムを対象にした実習では,地域アセスメントに基づいたPDCAサイクルによる保健福祉事業の計画立案・実施・評価を実施した.その内容は現場の事業や現任教育に役立つものであり,学生の実践が保健福祉事業の一部として効果のある内容であったと考えられる.実習における援助技術項目は大学が認識しているレベルよりも施設側が期待するレベルの方が高い傾向にある(宮崎ら,2006).しかし,実践能力向上を目指した修士課程の実習では,実習施設に【学生の地域アセスメントに基づいた事業計画・実施・評価は現場にも役立つ】【実習は現場の現任教育やその体制づくりに反映できる】というメリットを与えることが可能となり,実習を通じ現場が活性化されることが示唆される.一方,「個から地域」の視点を養う教育内容については課題があり,地域,社会システムを対象にした実習であっても家庭訪問による個別支援の必要性があげられていた.牛尾ら(2010)は,保健師の実践は個人・家族・集団・地域それぞれのレベルで看護の対象をとらえ働きかけを行う複雑な様相があり,その教育内容や方法の重要性を指摘している.A大学院の実習においても,個人・家族,地域,社会システムを連動してとらえ発展させていく効果的な実習方法を今後検討していく必要がある.

実践能力向上を目指した公衆衛生看護学実習における重要な要因の1つに,学生のモチベーションがあげられる.先述の調査(大場,2008)では,モチベーションの低い学生を実習で受入れるのは現場にとって大変であることや,統合カリキュラムにおける実習は保健師を目指していない学生も多く学習意欲や取り組みにばらつきがあることが報告されている.修士課程の学生は入学試験により選抜された者であることから,入学時点で明確な保健師志望を有しているといえる.また,2年間という保健師教育で保健師アイデンティティを育むことができ,それは【将来保健師として働く明確な意志がある】【保健師とは何か,何ができるのかを常に考えている】という実習指導者らの語りからも判断できる.鈴木ら(2016)は,学生の意欲が保健師の指導意欲を向上させていることを示唆している.このことからも,学生の意欲やモチベーションは主体的な学習姿勢を形成し,実践能力の獲得に向けた一助となるほか,実習指導者の指導内容にも効果的に反映すると考えられる.

2. 教育機関と実習施設との協働による公衆衛生看護学実習の構築

A大学院は実習における実践能力向上を目指し,実習施設と実習開始1年前より打ち合わせを重ねてきた.打ち合わせでは,保健師の実践能力獲得に向け,家庭訪問や保健事業等の体験の場を通して学生が主体となって展開するために必要な知識や技術,実習施設の環境について確認し準備を行った.保健師教育が統合カリキュラムで行われていた2004年に実施した調査(宮崎ら,2006)では,大学・実習施設の協働に関して,実習で大学が主体となって整備すべき内容として,実習目標の共通理解と実習における到達目標の明確化が回答の上位であった.保健師と看護大学教員の協働関係の形成には,両者の取り組みに対する共通認識や協働に向けた具体的な計画立案がキーとなる(坪内ら,2011)ことが報告されている.これらのことから,実習目標や到達基準は教育機関が設定するのは当然のことだが,それらを実習施設と共有し到達方法を共に検討することが,公衆衛生看護学実習の構築において重要といえる.また,学生が実践能力を習得していける環境や保健師特有の実践を学習できる環境の整備が必要である.協働とは職種間で目指すべき方向性を共有し,互いの責任,役割,機能を果たすこと(福山,2009)であるため,教育機関と実習施設においても実習目的や内容,学生の状況を共有し,指導の方向性を明確にしていく必要がある.加えて,保健師のアイデンティティを育てていくためには,保健師活動の本質について日頃から話し合えることが重要と考えられる.

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© 2017 Japan Academy of Public Health Nursing
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