Japanese Journal of Public Health Nursing
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Public Health Nursing Report
Prevention of Hyperglycemia from Childhood through Media by an Area Cooperation
Junko Oka
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2018 Volume 7 Issue 2 Pages 100-107

Details
Abstract

目的:子どもの頃からの高血糖予防対策のため効果的な媒体の開発を通じて,地域との連携を強化することである.

方法:保健所管内の高血糖に関するデータ分析,管内自治体の取組調査を実施し,その結果から,主たるターゲットを決め,目的を達成するための具体的な内容,予算確保方法等によって計画的に事業化を行った.また,保健所が有する既存の会議体を通じ,高血糖予防推進体制構築のための検討を行った.

結果:主たるターゲットは幼児期から学童期とし,地域振興局の重点プロジェクトと位置付け,高血糖予防の啓発媒体の開発を行った.啓発媒体の制作や利活用に地域の人材の活用や既存の組織との連携を重視するソーシャルキャピタルの視点を取り入れたことによって連携が強化された.

考察:ターゲットを明確にし,高血糖予防をキーワードに媒体の開発・活用を通じ,高血糖予防の理解が進み,地域全体での高血糖予防対策が加速することが確認できた.

I. はじめに

2006年6月に成立した医療制度関連法に基づき,2008年度から医療制度構造改革がスタートし,疾病対策を治療重視から生活習慣病予防対策を中心とした予防重視へと政策転換した.また,本研究を開始した2013年度に参考とした2010年度の国民医療費のうち,生活習慣病に関連する医療費は約3割を占め,さらに,死亡割合では悪性新生物,循環器系疾患及び糖尿病等の内分泌系疾患が約6割を占めている状況であった.

このような中,2012年度に熊本県が実施した県民健康栄養調査によれば,20歳以上の糖代謝異常の推定患者数(予備群及び有病者)は県民の4人に1人,約38万人とされている.また,2010年の特定健康診査のHbA1c(JDS値)5.2%以上の者の割合では,当該保健所管内であるK郡は78.5%,県平均72.0%を上回る等,高血糖予防を中心とした糖尿病予防対策は喫緊の課題だった.

一方,高血糖予防については,2008年から導入された医療保険者による特定健康診査,特定保健指導等で,40歳以上の成人期への働きかけは既存の事業で対応可能であったが,保健所管内において,生活習慣が確立する幼児期後期や学童期への子ども達に働きかける体制が脆弱であった.

そこで,地域のネットワークを重視したソーシャルキャピタルの視点を踏まえた子どもの頃からの高血糖予防対策を推進するため,地域で課題を共有ながら地域の人材を活用した子どもにも理解しやすい媒体を開発し,それらの活用を通じ,保育所,学校等との連携強化を図ることを目的にした事業化を行ったので報告する.

II. 方法

熊本県では,糖尿病対策に関して,健康増進法第8条に基づく都道府県計画として2008年度に策定した「第2次くまもと21ヘルスプラン(第3次熊本県健康増進計画)」及び医療法第30条の4の規定に基づく医療計画である「熊本県第5次保健医療計画」において,初めて熊本県における40~74歳までの糖尿病有病者(空腹時血糖126 mg/dl以上またはHbA1c 6.1以上であるか,インスリン注射または血糖をさげる薬を服用中の者)及び糖尿病予備群(空腹時血糖100 mg/dl以上126 mg/dl未満またはHbA1c 5.5以上6.1未満)の推定数を明記し,各推定数の減少に向けた具体的な対策を講じることとなった.

また,本事業を開始した2013年度が始期に当たる「第3次くまもと21ヘルスプラン(第4次熊本県健康増進計画)」において,子どもの頃からの生涯を通じたより良い生活習慣の形成及び健康づくりの推進を目標に掲げ,子どもの頃からの肥満や心臓病,糖尿病等の生活習慣病についての知識の習得や自分の健康は自分で守ることができるよう健康教育の推進を施策の一つとしている.このことからも県型保健所において県の健康増進計画の施策を地域において推進するため,子どもをターゲットにした啓発に取組む必要性があった.

そこで,前述の計画に基づき,K郡圏域における子どもの頃からの高血糖の予防,糖尿病治療の医療機能に応じた医療提供体制や連携を目的とした当該取組みを構築するために,次のプロセスを経て事業化した.

なお,今回,報告する保健所管内であるK郡圏域は,熊本県のほぼ中央に位置し,県庁在地である熊本市に隣接している2町,中山間に位置する2町及び宮崎県の県境の山間部に位置する1町の計5町で人口86,412人(2013.10.1),出生数769人(2013.10.1)であり,認可保育所35ヶ所,小学校24校を有している(表1).

表1  K郡の概況(2013.10.1現在)
人口(人) 出生数(人) 面積(km2 認可保育所数(ヶ所) 小学校(ヶ所)
M町 17,548​ 136​ 99.03​ 6​ 6​
F町 8,918​ 99​ 16.65​ 3​ 2​
S町 33,099​ 348​ 65.68​ 10​ 5​
K町 11,043​ 87​ 57.93​ 5​ 4​
Y町 15,804​ 99​ 544.67​ 11​ 7​
K郡合計 86,412​ 769​ 783.96​ 35​ 24​
熊本県 1,793,000​ 15,954​ 7,409.35​ 587​ 392​

出典:熊本県地域振興部統計調査課「熊本県の人口」(2013年版)

   熊本県総務部市町村課「熊本県市町村勢一覧」(2013年版)

1. 事業開始に向けた検討段階

1) 保健所管内の高血糖に関するデータ分析

2008年度から開始された特定健康診査結果のうち,特定保健指導対象者となるHbA1c(JDS値)5.2%以上の者の割合を2008年度から2010年度の二次医療圏別に分析,さらに,熊本県内の直近の国民健康保険(以下「国保」と略す.)医療費の糖尿病関連医療の分析を行った.

2) 保健所管内町の高血糖予防及び糖尿病対策の取組みの状況の把握

管内町(5町)の高血糖予防及び糖尿病対策の取組みをライフステージ毎に整理し,現状の把握を行った.

3) 1)及び2)から,糖尿病対策,特に高血糖予防対策に関する事業化に向けた課題を整理した.

2. 具体的な事業化の検討

前述の検討結果から,事業の目的,主たるターゲット,目的を達成するための具体的な内容,予算確保方法等によって事業化を行った.

3. 事業推進体制

保健所が有する既存の会議体を通じ,高血糖予防推進体制の構築のための検討を行った.

III. 活動内容と結果

1. 保健所管内の糖尿病関連データの状況

熊本県保険者協議会が分析した特定健診結果から特定保健指導の対象になり得るHbA1c(JDS値)5.2以上の割合の2008年から2010年の推移を見てみると,保健所管内であるK郡は,年々増加し,2010年では78.5%と,県平均72.0%を上回っていた(表2).

表2  特定健診結果からHbA1c(JDS値)5.2%以上の者の割合(男女計)
2次医療圏 2008年 2009年 2010年
K市 58.5 52.4 72.0
A郡市 71.1 72.0 75.1
KY市 41.8 52.1 73.1
KI郡市 60.0 60.2 71.8
AS郡市 58.1 61.8 71.5
K郡 58.2 68.9 78.5
U郡市 49.0 56.2 65.0
Y郡市 65.3 49.1 64.2
H郡市 78.1 77.7 82.3
AK郡市 42.2 50.5 69.7
AM郡市 62.8 61.4 70.3
市町村計 60.0 60.4 72.0

また,糖尿病医療費は,熊本県国民健康保険団体連合会の2012年5月診療分の疾病分類別統計によると,一月あたりの入院及び入院外を併せた糖尿病診療費総額は,男性35,762,090円で県下11圏域中,高い方から1位,女性15,315,330円で高い方から3位,全体では高い方から2位で,特に男性の糖尿病の医療費の高さは突出しており,全体でも高い値を示した(表3).

表3  2012年5月診療分 K圏域 糖尿病(中分類)国保医療費の状況(入院+入院外)
診療費総額(円) 診療費/件 順位(圏域別)
男性 35,762,090 50,369.14 1
女性 15,315,330 38,097.84 3
全体 51,077,420 45,932.93 2

出典:熊本県国民健康保険団体連合会国保医療費の疾病分類別統計

2. 保健所管内町・保健所の高血糖予防及び糖尿病対策の取組みの状況

2012年5月に管内5町に対し,高血糖予防及び糖尿病対策の取組みに関する事業担当者(保健師,管理栄養士)への聞取りを行った結果は,表4のとおりである.

表4  管内5町のライフステージ毎の高血糖予防及び糖尿病対策の取組み一覧(2012.4.1現在)
区分 幼児期後期(4~5歳) 学童期 青年期 成人期 高齢期 啓発,食環境の整備等
M町 無し M町食育推進計画による親子料理教室 健康増進法による一般健康診査への助成 特定健診・保健指導 【啓発】
町広報での情報発信
【環境整備】
食育計画に基づき検討中
F町 無し F町食育推進計画による学校保健委員会への参画 健康増進法による一般健康診査への助成 特定健診・保健指導 重症化予防のため,受診中断者への戸別訪問 【啓発】
町広報での情報発信,町医師会との連携による情報発信
【環境整備】
PTAとの連携を協議中
S町 無し 無し 健康増進法による一般健康診査への助成 特定健診・保健指導 重症化予防のため,受診中断者への戸別訪問 【啓発】
町広報での情報発信,食生活改善推進員による啓発活動
【環境整備】
無し
K町 無し 無し 健康増進法による一般健康診査への助成 特定健診・保健指導 重症化予防のため,受診中断者への戸別訪問 【啓発】
町広報,乳幼児健診での情報発信,食生活改善推進員による啓発活動
【環境整備】
無し
Y町 無し Y町食育推進計画による親子料理教室 健康増進法による一般健康診査への助成 特定健診・保健指導 重症化予防のため,受診中断者に対する戸別訪問及び町医との事例検討の実施 【啓発】
町広報での情報発信,健康づくり推進員,食生活改善推進員による啓発活動
【環境整備】
無し

その結果,幼児期については全ての町が,また,学童期については,市町村食育計画未策定の町において取組みが行われておらず,生活習慣確立の基礎となる子どもの頃からの働きかけが脆弱であることが明らかになった.一方,青年期以降,市町村及び医療保険者が実施主体となる健康診査や保健指導による取組みが行われているものの,広く地域住民に行う啓発や糖尿病予防のための環境を整える取組み,いわゆるポピュレーションアプローチによる住民への働きかけにも町間の差が生じていた.

また,保健所における保育所及び学校との糖尿病関連の取組みについては,学校での食育教育の状況や町食育計画の進捗を報告し,課題や対策を検討するK郡健康食生活・食育推進会議を通じて話し合う機会はあったものの,糖尿病対策を保育所及び学校と連携しながら具体的に進めるまでは至っていなかった.

3. 保健所管内で取組む高血糖予防事業のターゲットとねらい

前述の聞取り調査の結果や保健所の取組みの現状から,保健所管内で取組む高血糖予防事業の主たるターゲットは,生活習慣が確立する幼児後期から学童期の子どもとし,保健所からK郡保育協会やK郡学校保健会に働きかけ,子ども自身が高血糖を知る,そして自ら学ぶことのよる将来の生活習慣の確立への動機づけや,子どもが学ぶことで保護者やその家族が高血糖やその予防に関心を示す,又は予防行動をとるという波及効果も併せて狙うこととした.

4. 活動の概要について

1) 事業化及び安定した予算確保について

本取組み(研究)の事業化にあたっては,予算を確実に確保する必要があり,保健所が属し広域行政を担うK郡振興局(以下,「振興局」という.)の2013年度の重点施策募集に対し,2013年度から2015年度までの3年間で計画的に取組む「高血糖予防による笑顔倍増プロジェクト」として企画,提案し,重点施策として採択され,振興局の重点施策プロジェクトとして位置づけられた.

このことによって,事業に係る安定した予算の確保が担保されるとともに,高血糖予防対策を振興局全体で取組む気運の醸成や局内の総務部,農政部,教育事務所等の関係部署とのより円滑な連携が期待され,着実な事業の実施体制を整えることができた.

2) 子どもから高齢者までわかりやすい媒体の制作について

媒体の制作に当たり,糖尿病の発生機序から予防まで,わかりやすく口ずさみながら知識を得るための手段として,敬遠しがちな専門用語もあえて取り入れた啓発ソングの制作から始めることとした.

具体的な経過や媒体の制作に際し,企画で意図したことは次のとおりである.

① 2013年度:子どもから高齢者まで誰でも血糖値や予防の方法の知識を得るため,高血糖予防ソングを筆者が所属する保健予防課職員で歌詞の原案を作り,熊本大学医学部代謝内科の監修を経て,作詞した.歌詞には,「血糖値そりゃなんですか?」「血液中のブドウ糖の量ですよ.」等,幼児期後期でも理解しやすいよう短い言葉で会話調による用語の説明を加え,「うす味,よく噛み,腹八分,ジュースはなるべくお茶にして」等の具体的な予防方法や,「ヘモグロビン エー ワン シー5.6を超えないように,チェックしましょう健診で」といった糖尿病予防に欠くことができない専門用語も加えながら保健行動を喚起できるように配慮した(表5).また,作曲,アレンジ,音源の録音等は,保健所管内に九州唯一の音楽単科大学を有していること等から,同音楽大学関係者,地元のアマチュアバンド,保育士,音楽ボランティアの経験を有する社会福祉士等,事業の主旨を理解,賛同し,また,主体的に活動を担えることが可能な地域の人材により,企画の段階から同メンバーとの協働によって実施した.また,メンバーとの協議の結果,「子どもや青年層,高齢者にもわかりやすくすること,次年度の啓発ダンスの制作も視野に入れ,ダンスにもアレンジしやすいこと,さらにインパクトの高さから「ラップ調」に編曲することがより効果が得られるのではないか.」との意見で一致し,ラップ調の高血糖予防ソング「血糖値そりゃなんですか」(以下「啓発ソング」と略す.)として発表した.

表5  高血糖予防啓発ソング
歌詞
1番 血糖値,血糖値そりゃ何ですか(何ですか)
 血液中のブドウ糖の量ですよ(量ですか)
 口に入った糖分は そのあと消化され
 血液中に溶け出して そして全身巡ります
 細胞にしみるブドウ糖
 脳や神経の大事な栄養分(栄養分)
 とりすぎ・不足注意して適度な量を保ったら
 こころも身体(からだ)もいい調子
2番 高血糖,高血糖 そりゃ何ですか(何ですか)
 血液中にたまり過ぎのブドウ糖(ブドウ糖)
 こういう状態 高血糖 これじゃあぶないよ
 高血糖 これじゃあぶないよ 高血糖

 血糖調節するために 休まず働く膵臓さん
 みんなが高血糖を無視すれば
 そのうちきっとお手上げですよ
   (お手上げだ~)
 腎臓網膜歯茎等いろんなところが傷ついて
 気づかないうちにボーロボロ
 気づかないうちにボーロボロ
3番 血糖値を正常にそりゃどうするの(どうするの)
 まずは健診受けましょう(受けましょう)
 精密検査・治療等指示があったらほっとかず 
 面倒だけど受診して
 医師の言うこと聞きましょう

 そして生活見直そう毎日350 gの野菜たっぷり
 とりながら(たっぷり たっぷり)
 うす味 よく噛み 腹八分
 ジュースはなるべくお茶にして
 じっとしてないで 歩きましょう

じいちゃん ばあちゃん お父さん
 子どもたちにお母さん
 みんなの願いは 家族の健康
 家族の笑顔 笑顔
4番 高血糖を予防して(予防して)
 家族の健康守りましょう(守りましょう)
 ヘモグロビン エー ワン シー5.6を超えない
 ように
 チェックしましょう,健診で
 超えたら役場の保健師や主治医に相談しましょう
 ね(相談しよう そうしよう)
高血糖を予防して 毎日笑顔ではつらつと
 こころも身体(からだ)もいい調子

② 2014年度:前述の企画メンバーの保育士から推薦があった民間の運動関連インストラクターの資格を有する地元の保育士に依頼し,前年度制作の啓発ソングに併せながらスクワット等の負荷運動が可能な啓発ダンスを制作した.その周知に向けては,振興局全体で取り組んでいる一体感と広く地域の関係者に高血糖予防について理解を促すため,地元の保育園児,警察署職員,消防署職員,障害者施設の当事者,市町村保健センター職員,地域振興局長等の関係者に出演を依頼し,DVD媒体にした.また,若い世代への関心を高めるため,インターネット投稿コンテンツYouTubeにアップし,広く周知した.さらに作成したダンスのDVD媒体は管内の全ての認可保育所35ヶ所及び小学校24か所に配布した.

まず,保育園との連携を図るため,K郡保育協会の園長会及び主任保育士会の会合に保健所長,事業担当者が出席し,事業の主旨の説明,啓発ソング,ダンスの保育所での活用について依頼した.園長会からは,「日々の遊戯に活用できる.」との意見や主任保育士会からは,「保育士がダンスできるように講習を開いて欲しい」との意見があり,別日に保育士向けのダンス講習を行った.特にM町の町立保育園2園と私立保育園1園では,M町健康づくり大会や交通安全大会,地域老人会の慰問等のイベントに園児が歌いながらダンスを披露することを始め,活動が広がっていった.その結果,特にM町の私立幼稚園の啓発ダンスによる地域への普及活動の功績が認められ,2015年度の熊本県県民健康づくり大会の知事表彰の受賞にも繋がっている.

次に,K郡学校保健会(以下「学校保健会」と略す.),K郡学校長会(以下「学校長会」と略す.),K郡養護教諭部会(以下「養護教諭部会」と略す.)の会合に保健所長又は事業担当者が出席し,事業の主旨の説明を行い,事業実施に伴う学校での啓発ソングやダンスの導入,連携の協力を求めた.学校長会からは,「糖尿病対策という一つのテーマによって振興局管内に在する公的機関が一体的に取組む機会はこれまでなかった.」という肯定的な意見や,「家庭への浸透を狙うならばPTAとの連携も深めて欲しい.」等の事業推進に向け,有効な連携先への意見をもらった.また,養護教諭部会では,高血糖に関する研修会や啓発ソング,ダンスの学校内での活用方法の検討が行われ,管内全ての小学校で保健に関する授業に活用していこうということが決定され,それに加え,一部の小学校では学校給食時や下校時の啓発ソングの放送,M町小学校の3校では運動会の保護者とのダンスに採用される等,学校への導入が加速した.

③ 2015年度:学校長会及び学校保健会から「各校で啓発ソング,ダンスによる高血糖予防に取組み始めたが,保健の授業で使える小学校5年生程度を想定した高血糖予防に関する学習教材が欲しい.」との要請を受けた.

そこで,高血糖予防ソングの歌詞の趣旨を踏まえた,高血糖の発生機序から予防についてDVD化した小学校高学年向けの学習教材を制作することとした.制作にあたっては,I型糖尿病の患児向けに編集された「ぼく,糖尿病なの」の著者である油屋(1991)に協力及び一部内容の引用やイラストの編集の承諾を得て,活用することとした.また,学習教材の信頼性を高めるため,全編を通じ,熊本大学医学部代謝内科分野の専門医及び糖尿病専門医や認定看護師等の糖尿病の専門家で組織しているNPO法人ブルーサークル2050に監修を依頼し,さらに学習教材としての妥当性を得るため,学校保健会委員,養護教諭部会委員,学校保健会会長校の小学5年及び6年生の校内保健委員の意見を反映し,高血糖予防ソングに歌詞の趣旨,予防等をについてDVD化した小学校高学年向けの学習教材を制作した.具体的な構成は,導入として「高血糖予防ソングの歌詞の趣旨を解説する内容であること」,「ブトウ糖の身体への役割(体を動かす,考える,体温の保持等エネルギーのもと)」,高血糖を理解するため内容として「血糖とは」,「高血糖とは」,「糖尿病の発生機序」,「高血糖による身体への影響」,「HbA1cの意味」,予防の内容として「家族への定期的な受診を勧める」,「砂糖の過剰摂取の防止」,「食事の適量摂取」,「野菜の摂取」,「体を動かす」,結びとして「高血糖予防は,家族の健康と笑顔につながる」とした.また,前述の内容を小学生4年生の男子が友人に語りかけるような声優によるナレーションにし,45分の授業で活用しやすいように約12分の長さに編集した.

学習教材については,2016年5月下旬に予定されていた学校長会,学校保健会及び養護教諭部会で教材の主旨,具体的な内容等を説明し,その後,管内の全ての小学校に配布し,授業での活用を促すこととした.

3) 高血糖予防対策に地域づくりの視点を導入した取組みについて

振興局内の農政部局では,「緑川流域お野菜まつり」や「お野菜男子」といったキーワードで地元産野菜を普及させるためPR活動を積極的に展開していた.そこで,農政部局と連携し,地産地消を踏まえ地元産野菜を中心とした食材を活用した「ブルーサークルメニュー」(熊本大学医学部,熊本県栄養士会,熊本県等と連携して推進する糖尿病やメタボリックシンドロームを予防するための総カロリー600 kcal未満及び塩分3 g以下の外食メニューのこと)を提供する店舗の開拓をすすめ,4店舗で提供することが実現した.

また,プロジェクトの最終年度である2015年度には,K郡糖尿病保健医療推進会議(以下「糖尿病推進会議」と略す.)を母体に企画し,管内自治体,医師会,歯科医師会,薬剤師会,栄養士会等の職能団体,地元の区長会,食品衛生協会,地域振興局の地域振興部局,農政部局,教育部局と連携した糖尿病予防フォーラムを開催し,K郡全体で高血糖予防対策に取組むフォーラム宣言を行っている.

4) 糖尿病の保健・医療との連携について

熊本県では,熊本大学医学部,県医師会,熊本県が連携し,糖尿病地域連携パス(DM熊友連携パス)制度を導入し,推進している.さらなる同連携パスの利用の推進や連携パス利用前の予備群の者の各機関間の情報の共有や治療中断者等の未然防止のため,既存のK郡糖尿病保健医療推進会議において市町村保健分野と医療機関との糖尿病連携方策の検討に着手した.

IV. 考察

糖尿病は生活習慣病の一つのであるため,生活習慣病対策としての働きかけが有用であり,個人の生活習慣に深く起因していることから,個人の自覚の高揚,行動変容,かつ,獲得した良好な健康習慣を支えるための環境づくりを併せて行っていく必要性が求められる.

また,生活習慣病対策において個人のライフスタイルが密接に関わっているという特徴を踏まえると,より個人の生活習慣を行動変容させる一次予防を重視する必要がある.さらに,発病まで長年のライフスタイルが関与している状況を考慮すれば,生活習慣が確立する幼児期後期から学童期までの早期のからの働きかけや家族や仲間,地域全体で支えていくアプローチが望まれるところである.

本研究では,高血糖予防対策を啓発媒体の制作やその後の利活用を通じて地域の人材の活用や地域の既存の組織との連携体制の構築を重視した.

生活習慣病対策において,前述したとおり,地域全体で支えていくアプローチを実現するためには,それを支える住民組織やコミュニティ中心とした活動の強化が必要不可欠である.それらのコミュニティの機能再生の考え方にソーシャルキャピタルがあるが,その意義・効果として,山内ら(2005)は,健康の増進,教育効果の向上,近隣の治安の向上,経済発展等有益な成果をもたらすということを示唆している.また,山内ら(2005)は,コミュニティ再生におけるソーシャルキャピタルによる成功のための要因として,「危機感を持ち地域でそれが共有できること」,「さらにそれに対して,何か行動(アクション)を起こそうとする人たちが存在する」,「他地域での取り組み事例等を情報収集し,評価できる能力(目利き)を有すること」,「それを自分たちのコミュニティの問題に適応(カスタマイズ)する能力を有すること」「活動を超えて他団体との連携や協力を取ることができること」等があげられている .つまり,ソーシャルキャピタルによる問題解決能力の高いコミュニティづくりには,住民の高い参加意識とともに,解決のためのアイディアを出す知恵袋的な人材や,それを具体化する実行力のある人材とそれを支える新しい仕組みづくりや,ライフスタイルに直結する課題に対しては,自治体のみならず企業や民間団体,市民組織等の「協働体制」が不可欠なのである.また,武村(2018)は,これからの地域保健の方向性として,「自助及び共助の支援の推進」に転換するため,自助の努力を行い,共助の精神で活動する「主体」として捉え,その主体の保有する力が「ソーシャルキャピタル」としている.さらに,「これまで行政が主体で各種施策を総合化してきたが,これからは,地域住民と行政が協働して,地域住民の力(ソーシャルキャピタル)を含めて,各種施策をどのように総合化するかを考えていくこととなり,地域保健の新しいアプローチに発展していくことが期待される.」と述べており,主体的な住民組織の力と行政の協働が重視されている.

本研究をソーシャルキャピタルの視点で考察してみると,当該圏域の糖尿病の誘因となる高血糖有所見者の県平均と比較した割合の高さや,生活習慣の確立時期の幼児後期からの対策の脆弱さといったことを関係者と「危機感として共有」できたこと,通常の保健活動の関わりの中から地域の核となる事業の主旨を理解,賛同し,また,主体的に活動を担えることが可能な地域の人材を選出することで,啓発媒体の企画の段階から地域の人材を得ることが可能となり,「コミュニティの問題に適応する.あるいは,何かアクションを起こそうとする人が存在した」ことも取組みの推進に大きく寄与したと考えられる.また,子どもの頃からの啓発媒体の制作,その後の利活用や啓発活動,地域全体で取組み,糖尿病を予防していくという一つの目標をともに,また,企画メンバー,学校保健委員会等,学校現場の保健活動を担う組織,PTA,保育所,医師会,栄養士会等の職能団体との「活動を超えて他団体との連携や協力」が得られたことも,学校現場での啓発媒体の導入への加速につながったと考えられる.市町村保健活動の再構築に関する検討委員会報告書によれば,最終的な保健師活動の目標は,保健師等の専門家の手によらず,自らの健康を維持していこうとする住民のセルフケアの向上を目指すこととしている.また,武村(2018)は,ソーシャルキャピタルは,比較的新しいコンセプトであるため,ソーシャルキャピタルの醸成や活用に関する方法が確立されていないことを課題の一つとしている.

このような課題を踏まえながらも,今回の研究において主体性の高い地域の人材を活用する等ソーシャルキャピタルの視点を取り入れることによって,目的達成に向け,実効性のあるものになったと考える.

次に今回の研究で啓発媒体をインターネットに配信する等のメディアを利活用する手法を取ったこと,行動変容を支えるポピュレーションアプローチについて考えてみる.

個人の生活習慣の改善・行動変容という観点からGeoffrey(1992)は,生活習慣が変わるためには,一般に「知識の受容」「態度の変容」「行動の変容」という三段階を経て,「マスメディア」「小集団による働きかけ」「一対一のサービス」の順に効果が高いと述べている.糖尿病が壮年期以降に好発するという発生機序からも,その対策について若い世代には関心が希薄と考えられる.そのためインパクトあるラップ調の啓発媒体開発,メディアを有効に活用したことは若い世代に働きかけるきっかけにはなったと考えられる.

また,Geoffrey(1992)は集団(地域を含む)全体で危険因子を下げる方法をポピュレーションアプローチと呼び,具体的には,健康増進に関する環境の整備(飲食店でのカロリー表示,ウォーキングロードの整備等),住民参画による健康づくり運動,健康増進に関する法や条例の整備等を挙げている.今回の研究では,農政部局と連携し,糖尿病の食環境整備に地元食材を活用した「地産地消」によって,糖尿病を有した者,あるいは予防しようとする者でも外食を楽しめるメニューの提供店舗の開拓という地域振興を兼ねた取組みを行った.単に糖尿病予防食の提供だけでなく,地域振興という視点を取り入れることによって,さらに対策を多角的に推進できたのではないかと考える.

最後に,保育所,学校と連携し,幼児後期から学童期の子どもに対する啓発の取組みを行ったことによる保護者等への影響について考えてみる.

畑ら(2003)は,健康維持・回復のために不適切な行動を望ましいものに改善する行動変容の行動化の過程において,行動へのきっかけとして,マスメディアのキャンペーン,他人からの進め等をあげ,行動化を促進するものとしている.また,JKYB研究会(2000)は,青少年期(5歳~24歳)の危険行動を「故意または不慮の事故に関する行動」「喫煙」「飲酒及び薬物乱用」「望まない妊娠,HIVを含む性感染症に関する性行動」「不健康な食生活」「運動不足」の6つをあげ,それらの危険行動に関する日常で生じる様々な問題を防止するため,学校における保健学習のなかでライフスキルを育てる教育の主要な対象としている.つまり,高血糖予防は,「不健康な食生活」「運動不足」というライフスキル教育のターゲットの一つである.その中で,行動の持続に関わる要因として「友人の行動や態度」「家族の行動や態度」「教師の行動や態度」とし,子どもたちが学んだことを保護者に生活の改善の声掛けをする等,家庭や地域との連携の重要性を示している.今回は,保育園児たちによる啓発ダンスを地域住民の集会等で普及する活動の実施や,学校での啓発ソングの保健学習や給食放送,下校時の活用されることができたが,学習教材について開発するまでしか至っていない等,実際,それを受けた保護者等の影響ということまで評価することはできなかった.今後,開発した学習教材を活用した保健学習における高血糖予防に関するライフスキル教育が進むことによって,子どもだけでなく保護者や地域住民への行動変容の行動化のきっかけになることを期待したい.

V. 結論

今回の研究では,圏域の課題であった一次予防の中でも,生活習慣が確立する幼児期後期から学童期の取組みの脆弱な点を克服するため,糖尿病対策の重点とすべきターゲットを明確にし,高血糖予防をキーワードに媒体の開発をすることによって,高血糖予防の理解が進み,ソーシャルキャピタルの視点からも地域全体での高血糖予防対策が加速することが確認できた.

謝辞等

本研究を進めるにあたり御協力頂いた全ての保健師の皆様に感謝申し上げます.

また,今回の研究(事業化)にあたり,御協力頂いた熊本大学医学部代謝内科分野の諸先生方,熊本県上益城地域学校保健委員会,学校長会,養護教諭部会の諸先生方,上益城医師会をはじめたとした上益城糖尿病保健医療連絡会議及び上益城地域健康食生活・食育推進会議委員の皆様,著書の引用,編集に快諾頂いた油屋順子先生に深く感謝申し上げます.

文献
  • 油屋順子(1991):ぼく糖尿病なの,オリオン出版,東京.
  • Geoffrey Rose著(1992)/曽田研二,田中平三監訳,水嶋春朔他訳(1998):予防医学のストラテジー生活習慣病対策と健康増進,12–15,医学書院,東京.
  • 畑栄一,土井由利子(2003):行動科学健康づくりのための理論と応用,36–46,南江堂,東京.
  • JKYB(Japan know your Body)研究会/川畑徹朗,西岡伸紀編著(2000):ライフスキルを育む喫煙防止教育 学習材と授業のすすめ方,12–13,40–42,東山書房,京都.
  • 高血糖予防ソング“SoryaNandesuka”https://www.youtube.com/watch?v=kXHYgEuUMno(検索日:2017年11月1日)
  • 厚生労働省(2005):医療制度構造改革,医療制度構造改革都道府県担当者会議資料.
  • 厚生労働省(2012):2010年度国民医療費の概況 http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-iryohi/10/index.html(検索日:2017年8月5日)
  • 厚生労働省健康局(2007):市町村保健活動の再構築に関する検討委員会市町村保健活動の再構築に関する報告書 http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/03/s0330-8.html(検索日:2017年7月29日)
  • 熊本県(2013年3月):熊本県健康増進計画(第3次くまもと21ヘルスプラン),32,熊本県.
  • 熊本県(2008年3月):第5次熊本県保健医療計画,80–84,熊本県.
  • 熊本県国民健康保険団体連合会(2012):平成24年度国保医療費の疾病分類別統計状況平成24年5月診療分.
  • 熊本県国民健康保険団体連合会(2016):平成28年度国保医療費の疾病分類別統計状況平成28年5月診療分.
  • 熊本県総務部市町村課(2013):熊本県市町村勢一覧,熊本県.
  • 熊本県地域振興部統計調査課(2013):熊本県の人口,熊本県.
  •  武村 真治(2018):地域保健法施行後の地域保健の発展「地域保健対策の推進に関する基本的な指針」の改正にみるこれまで,そしてこれからの地域保健の方向性,公衆衛生,82(3),203–208.
  • 辻一郎(1998):健康寿命,50–52,麦秋社,東京.
  • 辻哲夫(2008):日本の医療制度改革がめざすもの,7–27,時事評論社,東京.
  • 山内直人,福重元嗣,三本松政之,他(2005):コミュニティ機能再生とソーシャルキャピタルに関する研究調査報告書,22–30,内閣府経済社会総合研究所.
 
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