Japanese Journal of Public Health Nursing
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Research Article
Health of Primary Industry Workers as Perceived by Public Health Nurses
Ryoko OzawaReiko YoshidaJunko Omori
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2018 Volume 7 Issue 3 Pages 143-150

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Abstract

目的:保健師が捉える第一次産業従事者にとっての健康を明らかにする.

方法:第一次産業が主要な町に勤務する経験年数が5年以上の保健師8人に半構造化インタビューを行い質的記述的に分析した.

結果: 保健師が捉える第一次産業従事者にとっての健康には,【自然の恩恵を生業として暮らしている】【生活を守るために稼ぐことを優先している】【働くために体を資本としている】【働く仲間をいたわっている】【生産者として食文化を発信している】【自分の生業に誇りを持っている】の6つの安寧な状態としての意味内容があった.

考察:保健師の捉えから第一次産業従事者にとっては,自然に合わせて働き,家族や仲間との間柄を重んじ,生産者として暮らしを営むことそのものが安寧な状態としての健康であると考えられた.自然や仲間との暮らしや,生産者の役割から従事者を理解することによって健やかに働き暮らすための支援の検討が可能となると示唆された.

I. 緒言

我が国の第一次産業就業者は238万1千人と15歳以上就業人口の4.2%であり,うち65歳以上は45.8%を占め(総務省統計局,2014),就業者の高齢化とそれに伴う経営の困難さがうかがえる.第一次産業が抱える課題に対して,担い手の確保と人材育成が施策に位置づけられ(農林水産省,2016),生産から加工,販売までを一体的に推進し付加価値を生み出す第6次産業化や,地産地消の推進(農林水産省,2010)など取り組みが進められている.地域の食と経済を支える第一次産業従事者が,健やかに働き暮らすことができるよう支援することは,地域に暮らす人々を対象とする公衆衛生看護の役割であり,地域社会の振興に寄与するものと考える.

第一次産業従事者の健康に関する先行研究は,農業従事者や農村部におけるものが多い.農業,林業,漁業における壮年・中年期男性の死亡率は,他の産業に比べて高く(田中ら,2016),農業従事者には関節痛や筋肉痛といった筋骨格系の障害や(Brock et al., 2012),農薬への暴露による身体症状と長期的な影響があることが報告されている(Arcury et al., 2002).また,気候の変動や不安定な収入は精神的健康に影響を及ぼし(Berry et al., 2011),自分や家族の病気などライフイベントでストレスを感じる割合も高い(上田,2000).労働と生活が,身体的,精神的な健康の側面に与える影響は大きいと考えられる.これまでの先行研究では,主に第一次産業従事者の業種における健康の特徴が,身体的,精神的,社会文化的な側面から明らかにされてきた.しかし,健康は,単なる疾病の欠如によるのではなく,人々と環境との相互作用によるものであり(Blaxter, 2010),暮らす人々にとっての健康を,各々の側面が影響し合いあらわれるものとして理解する必要がある.Gessert et al.(2015)は,農村部の健康に関する文献レビューを行い,農村部の人々にとって健康は,働くことができ,社会的交流を持ち,自立していられることであると述べている.岩永(2003)は,自分なりの状態でよりよい自分らしい生き方を探していく気持ちがあれば,それは健康な生き方として捉えられると示している.つまり,人々が健やかに働き暮らしている状態,すなわち安寧な状態としての健康を,当事者の生活と経験に立ち理解を深めることが必要である.しかし,第一次産業に従事する人々の共通性において,当事者にとっての安寧な状態としての健康を明らかにした研究は見当たらない.

保健師には,地域の人々の生活と健康を身体的,精神的,社会文化的側面から客観的,主観的に情報を収集し,アセスメントすることが必要とされている(全国保健師教育機関協議会,2014).保健師はその能力を備え,日々の活動から人々の健やかな暮らしを総合的に捉えている専門職と言える.磯野(2015)は,フィールドの外側と内側を対比させることにより,内実がより明確になることを述べている.保健師は,あらゆる住民を対象に活動している経験から,第一次産業従事者にとっての健康を内実とすると,外実にあたる他の住民と対比しながら,より明確に内実を語ることができると考える.よって,保健師が日々の活動から捉えている,第一次産業従事者が健やかに働き暮らす安寧な状態としての健康を明らかにすることで,従事者の特徴を捉えた対象理解と多様な支援の示唆を得ることが可能となると考えた.

そこで本研究は,保健師が捉える第一次産業従事者にとっての健康を明らかにすることを目的とする.本研究における健康は,Pender(1996)が定義する,人間と環境との相互作用のパターンが現れたものであり,身体の統合性を維持し環境との調和を保つために必要のつど調整を行うことと,麻原(2014)の人々が所属する社会において,その人なりのよりよい生活と人生を送ることができる健やかな状態であるとする考えを基に,「日常生活を営む中で自然環境や人々との相互作用を繰り返し,労働や暮らしの変化の中で調和を図りながら価値づけられ生み出されるその人にとっての安寧な状態」とする.

II. 方法

1. 研究デザイン

本研究は,質的記述的研究デザインを用いた.

2. 研究参加者

A県内で第一次産業を主要産業とする市町村に所属し,同一市町村での経験年数が5年以上の保健師を対象とした.中堅保健師にあたる5年から19年は,個人・家族,地域・集団のアセスメント能力の他,地域診断能力といった行政能力・組織能力・管理能力などが求められ(日本公衆衛生協会,2012),地域住民の生活の理解を深め,市町村の社会文化的背景をより熟知して活動を展開していると考え対象とした.研究参加者の選定は,保健師活動計画や地域保健施策を参考に,第一次産業従事者を対象とした保健活動に取り組む市町村の保健師に連絡を取り,研究の趣旨を口頭と文書で説明し,対象となる保健師の紹介を受けた.

3. データ収集方法

半構造的インタビューによりデータを収集した.収集期間は2015年10月~2016年3月であった.インタビューは1人1回とし,許可を得てICレコーダーに録音した.平均時間は66分であった.インタビューの日時は参加者の希望により設定し,場所は参加者の職場のプライバシーを保護できる個室で行った.本研究では,第一次産業の業種や地域,従事者の性別等を区別せず保健師よりデータを収集した.第一次産業という共通性において,従事者にとっての健康を質的記述的に分析し,その普遍性を探究することによって,結果を各々の業種の対象理解にも活用し支援の展開が可能となると考えたためである.

インタビューは「これまでの保健師活動で,第一次産業に従事する方への関わりから感じている,その方々の健康や健康に対する考え方についてお話しいただけますか」といった質問を切り口に,働き方や価値観,地域での暮らしなどを具体的なエピソードを想起して語りやすいよう確認しながら回答に制限を設けず行った.研究参加者の属性として,性別,年齢,保健師経験年数,地域の主な第一次産業の種別について情報収集した.

4. 分析方法

分析は,録音した内容から逐語録を作成し,語りの文脈における内容を重視してひとつの意味のまとまりを見出し,分析単位(コード)とした.コードの意味内容の類似性と相違性を検討しながら抽象度を高め,サブカテゴリ,カテゴリを生成した.データ収集と分析は並行して行い,新たに生成されたカテゴリは既存のカテゴリに戻り,比較検討を繰り返しながら抽象度を高め分析し,最終的に生成されたカテゴリより保健師が捉えている第一次産業従事者にとっての健康を明らかにした.分析は公衆衛生看護学を専門領域とする質的研究に精通した研究者間で検討して進めた.結果は参加者全員のメンバーチェックを受け承認を得た.

5. 倫理的配慮

研究参加者の候補となる保健師ならびに求めに応じて所属部署の課長又は主幹に,事前に研究の趣旨を説明し,研究参加の意向を確認した.参加の承諾を得た後に,改めて口頭と文書で研究の趣旨と協力内容,研究参加の任意性と途中辞退の自由の保障,匿名性の保持,データ管理と破棄方法等を説明し,所属機関からは承諾書,参加者からは同意書に署名を受け承諾,同意を得た.本研究は天使大学研究倫理委員会の承認を得て実施した(No. 2015-27).

III. 結果

1. 研究参加者の概要

研究参加者は8名,全員が女性であり,異なる市町村に所属していた.参加者の平均年齢は43.5歳,保健師経験年数は平均18.7年であった.主な第一次産業は,農業のみが3町,漁業のみが1町,農業と漁業を重複する町が2町,漁業と林業,農業と漁業と林業の重複が各1町であった(表1).

表1  研究参加者の概要
ID A B C D E F G H
性別
年齢 50代 30代 20代 40代 20代 40代 40代 50代
保健師経験年数 30年以上 15年以上20年未満 5年以上10年未満 20年以上25年未満 5年以上10年未満 25年以上30年未満 15年以上20年未満 25年以上30年未満
主な第一次産業 農業(耕種・畜産)
漁業(沿岸)
農業(耕種・畜産)
漁業(沿岸)
漁業(沿岸) 農業(耕種)
漁業(沿岸)
林業
漁業(沿岸)
林業
農業(耕種・畜産) 農業(耕種) 農業(耕種)

2. 保健師が捉える第一次産業従事者にとっての健康

結果の記述において,保健師が捉える第一次産業従事者にとっての健康をあらわすカテゴリを【 】,データを「 」で用いながら説明する.

保健師が捉える第一次産業従事者にとっての健康として,【自然の恩恵を生業として暮らしている】【生活を守るために稼ぐことを優先している】【働くために体を資本としている】【働く仲間をいたわっている】【生産者として食文化を発信している】【自分の生業に誇りを持っている】の6つの安寧な状態としての意味内容が,分析の結果生成された(表2).

表2  保健師が捉える第一次産業従事者にとっての健康
カテゴリ サブカテゴリ
1.自然の恩恵を生業として暮らしている 自然の変化に応じて働き方を変えている
自然を受け入れ生活の糧として暮らしている
2.生活を守るために稼ぐことを優先している 自然の影響を受けながら生計を立てている
一家の大黒柱として稼ぐことを優先している
子どもに苦労をかけないために稼いでいる
3.働くために体を資本としている 体が資本だから働くために食べている
食事には手間と時間をかけない
作業で体を動かすことを運動にしている
4.働く仲間をいたわっている 働く仲間を飲食でねぎらい気遣い合っている
働く仲間の体と生活を気にかけ合っている
働く仲間同士が声をかけつながりを作っている
5.生産者として食文化を発信している 子どもたちに食材のおいしさを母親目線で伝えている
自分たちが作った地元の食材の良さを伝えている
6.自分の生業に誇りを持っている 受け継いだ生業が自分のよりどころになっている
自分の町の特産品に自信と愛着を持っている
産業を通して町に関心を持ってもらおうと広めている
自分の生業を次世代に受け継いでいる

1) 【自然の恩恵を生業として暮らしている】

保健師は,第一次産業従事者が,天候や気候,季節といった自然の変化に応じて働き方を変えながら,収穫物や漁獲物の恩恵を生活の糧とし,自然を中心とした暮らしそのものを生業として,日々の安寧を保っていると捉えていた.

「漁師はいつ天候が悪くなるか分からないから,天気が良ければみんな沖に出る.その日でスケジュールが変わる生活をずっと続けている(A)」と,天気次第で働き方を変える生活を長く続けていることを語った.酪農業に従事する人々に関わる時には,「牛の出産時期は家から離れられない.牛の生活リズムを守るために人間が動いている.いつ産まれるか分からないので睡眠も不規則になる(B)」と,生き物の生活リズムを中心に働く姿を理解していた.林業の場合は,「(日を遮るものがないため)暑い時間帯に作業できないから,朝早く出て夕方帰ってくる(D)」「平坦な所での作業ではないから,傾斜に合わせた体勢で伐採する(E)」と,自然の条件に合わせて働いていることを語り,第一次産業従事者が,気象現象や栽培する作物,飼育する生き物を含めた自然の変化に応じて働き方を変えていることを把握していた.

「漁はその日行ってみないと,獲れるか獲れないかわからない.その時々が大事(A)」「ホワイトアスパラは,頭が出ると商品価値がなくなる.成長に合わせた一番いいタイミングを見計らって収穫して出荷している(D)」と,自然を受け入れ,得られる収穫物や漁獲物などを生活の糧として暮らしていることも理解していた.

2) 【生活を守るために稼ぐことを優先している】

保健師は,自然の変化に応じて働く第一次産業従事者には,生計を立てていく難しさがあり,従事者自身や家族との生活を守るために稼ぐことを優先して働き,安寧を守っていると捉えていた.

「(漁業は)船を出すだけで燃料費もかかるし獲れないと赤字になる.獲れる時と獲れない時の差が大きいから,余裕を持った生活ができない(F)」「農機も高いし,土地を広げても採れなくて続けていくのも厳しい.後継者がいなかったらやっぱりそこで終わる(H)」と,第一次産業従事者が自然の影響を受けながら生計を立てていることについて語った.

健康診査の受診勧奨のために,ある農家の男性を訪ねた時には,「(収穫した大量のメロンを前に)これを出さなきゃいけないから今は(健診に)行けない.お金がもらえない.稼がないと食べていけないから(健診は受診できないことを)保健師さんわかってくれ(D)」と言われた.保健師は,「経済的に厳しいと(健診に)お金もかかるし体のことに目が向かない.病院に行くとしても,医療費とか時間を考えたら船に乗って稼いだ方がいいから後回しになっている(B)」と語り,自分や家族との生活を守るために,受診や健診を後回しにしても一家の大黒柱として稼ぎを優先していることを理解していた.

「若い人たちは,町に就職先もないし町外に進学する人もいて,子どもたちには後を継がせたり,苦労はさせたくないって親の思いがある.不自由な思いをさせないため,子どもたちのためにも働いて稼がないとならない(E)」と,子どもの生活や将来を思い,苦労をかけないために稼いでいることも理解していた.

3) 【働くために体を資本としている】

保健師は,第一次産業従事者にとっては,食べることも体を動かすことも働くためのものであり,働くために体を資本とすることによって安寧な状態を保っていると捉えていた.

保健師は,「この仕事は体が資本だから,痩せたら仕事にならないって.がっつり食べないと野菜ばっかりじゃ力にならない(F)」「(缶コーヒーを飲むと)元気になるって,ドリンク替わりに.腹持ちもいいし力が出る(E)」と言われたことを語った.「漁師で周りに兄弟や親戚も代々住んでいて,家族の味も決まっていて.しょっぱいものでがっつりご飯食べて.(中略)この体があるから綱を引ける,この体で稼いでるっていう食べ方が代々染みついていて(D)」と,家族の中に染みついている働くための食べ方があること,自分の体を資本として働くために食べていることを知っていた.

「作業があるから,そんなに時間かけてゆっくりご飯なんて食べていられないっていう.ぱっと食べてぱっと出て行く(B)」「昔から,早く食べる人は仕事ができる人だからって,家族にも言われてきて(A)」と語り,早く食べて仕事に出ていくことも知っていた.ある農家の女性には「夏場はぎりぎりまで働くから,調理の時間なんてないって.帰ってきてすぐ食べて寝る生活なので手をかけた料理はできない(H)」と言われ,遅くまで働き料理に手間をかけていないことを把握し,漁師の「漁ではぱっと食べられる菓子パンがいい.おにぎりはこぼれて食べにくい(D)」との言葉からは,作業に集中できる手軽な食べ物を選択していると考えていた.これらのことから,保健師は,第一次産業従事者が働くためには,食事に手間と時間をかけないことを理解していた.

また,「作業で物を持ったりあげたりしているから,仕事で運動している(C)」「毎日畑に行ってるから運動量は十分(F)」と言われ,作業で体を動かすことを運動にしていると捉えていた.

4) 【働く仲間をいたわっている】

保健師は,第一次産業従事者が,働く仲間を飲食でねぎらい,互いに体と生活を気にかけていたわり,仲間との間柄を維持することによって,安寧を保っていると捉えていた.

保健師は,「(手伝いの人に)休憩後も働いてもらうので(お菓子を)用意する.小腹も空く時間なので,それを満たしてもらって,この後も(お手伝いを)お願いしますねって(D)」「缶コーヒーとか飲み物を箱買いしてきて.牧場の人とかはお客さんが来てくれたら,それをさっと出せるように(B)」と,働く仲間を飲食でねぎらう習慣を知っていた.ねぎらいに対して,「お菓子を出されると食べないわけにいかない.雰囲気悪くなるから(C)」「付き合いのお茶の時間も,缶コーヒーの蓋開けて「はい,どうぞ」って出してくれたら,もう飲まないわけにいかない(E)」と,仲間のねぎらいを受け,互いに気遣い合っていることを把握していた.

家庭訪問先では,「あの人の家は行ったかいって(聞かれて),酒飲みだから行ってやって(F)」と言われたこともあった.また,健診結果の説明会では,漁師が「(仲間を見つけると)「おう」ってお互い手を挙げて,(保健師を見て)「よく言ってやってよ,頼むな」って言って(C)」と,仲間が互いの体と生活を気にかけ合っていることを見ていた.

健康診査の待合の様子から,「女性はすぐ声をかけ合って打ち解けて.(中略)同じような仕事をして,子どもたちを育ててきて.そういう女性のつながりって強い(B)」と女性の特長を把握していた.また,ある会合に参加していた男性の様子を「昔は酔っ払ってしゃべれたけど,酒飲む機会が減ってみんな帰るもんなって.(会合後に保健師が)ロビー貸すからしゃべっていったらって話したら,ずっと語っていた(F)」と振り返り,「若い男性が冬に集まって勉強会をしたり.お互い情報交換したり,熱心な人も多い(G)」と,働く仲間同士が声をかけ合い,共通の話題を通してつながりを作っていることを理解していた.

5) 【生産者として食文化を発信している】

保健師は,第一次産業従事者が,子どもたちや地域の人々の食への関心を高めようと,食育活動や直売などで食文化を発信し,生産者としてあらゆる消費者と関わりながらいきいきと取り組むことを通して,安寧を得ていると捉えていた.

食育に携わる漁業や農業の女性について「お母さんたち,切り身でしか魚見せてないから,魚ってこんなに大きいんだとか見せたいし,(子どもたちに)魚を好きになってもらいたくて伝えてて.やっぱり魚を子どもたちに食べてほしいって(A)」「母親目線で子どもが好き嫌いしないためにどうしたらいいか話してくれて.(中略)子どもたちにもおいしい野菜を食べてもらいたいから,お母さんにおいしい野菜の見分け方や,調理や保存の仕方を話したり(B)」「子ども向けの料理教室で,農家の奥さんたちが大根の切り方教えたり,おにぎり握ったり.一緒においしいねって食べて(D)」と,子どもたちに魚や野菜といった食材を食べてもらいたいと,そのおいしさを伝えていることを知っていた.

「直売で,こういった食べ方したらおいしいですよって情報提供してたり.いろんな人に自分の作った野菜を食べてもらおうって取り組んでいる人がいる(G)」「町で受け入れている大学生と地場産品で郷土料理を作って紹介したり(H)」と,生産者として自分が作った地元の食材の良さを多くの人に食べてもらい,知ってもらおうと伝えている努力を理解していた.

6) 【自分の生業に誇りを持っている】

保健師は,第一次産業従事者が,親や地域から受け継いだ生業を生きるよりどころとし,産業や特産品に愛着と自信を持って社会や次世代に伝え,自分の生業に誇りを持つことによって安寧を維持していると捉えていた.

漁師を継いだ男性については,「高校卒業してからずっと漁師で.俺はそんなに頭もよくないし,これ(漁師)しかできないけど,でもこの体で働けるからって.すごく漁師に誇りを持ってます(C)」,農家を引退した高齢者については,「(農業の第一線から退いても)子どもや孫に食べさせたい一心で野菜作って.俺の作る南瓜は一番うまいって.歩くのが大変でもハウスの中ではいきいきと動いて.それ(子どもや孫に食べてもらう)を楽しみに生きている(G)」と語り,これまで続けてきた生業が,自分の生きていくよりどころとなっていることを理解していた.

漁業の女性たちが,手がけた特産品に自信と愛着を持っていることについて,「町の海産物への自信というか愛着っていうのか,うちのは品物がいいよね.同じ海で獲れても,やっぱりうちの町のがいい(F)」と引き合いに出していたことを語った.

「(農業青年部が)地域を支えようと(PRに)出かけたり.自分の町とか産業を元気にしたいって.メディアを駆使して発信したり(D)」「地元のお祭りでも,何か自分の地域を盛り上げようと,人数は少ないけどお店を出している(F)」「若い農家さんが熱心で,採れた野菜を町のブランドとしてPRする新しい取り組みをしている(G)」と,産業を通して町に関心を持ってもらおうと広めていることを知っていた.

新規就農者を受け入れ,「畑や農機具のノウハウを教える.引き継がれるように.畑に行く道の作り方とか,農家と関係ないようだけどこれも大事だよって教えている人もいる(H)」と,自分が続けてきた生業が次世代に受け継がれるように伝えていることを,その姿から理解していた.

IV. 考察

1. 保健師が捉える第一次産業従事者にとっての健康

保健師が捉える第一次産業従事者にとっての健康には,【自然の恩恵を生業として暮らしている】【生活を守るために稼ぐことを優先している】【働くために体を資本としている】【働く仲間をいたわっている】【生産者として食文化を発信している】【自分の生業に誇りを持っている】の6つの安寧な状態としての意味内容があった.

第一次産業従事者が自然の恩恵を生業とする営みは,自然の変化に応じて働き,その生活を受け入れて暮らすといった,変化との調和を図る営みでもあると捉えられる.従事者が自然の変化に暮らしを合わせることで,日々を平穏に保ち,安寧な状態としての健康を成り立たせていると考える.また,第一次産業を生業とした暮らしは,家計も自然の影響を受け暮らしぶりが変化する.だからこそ,家族との生活を守るために稼ぐことを優先し,自らの体が作業の道具となるため,体を資本とした食べ方や動くことへの考えを持っていた.これらも,自然に合わせて働き暮らす中で,従事者自身や家族との安寧な状態を保つための,調和のあらわれであると考えられる.第一次産業従事者が働く仲間をいたわることは,同業者同士,自然に合わせて作業や生活が変わることがわかるからこそ,声をかけ気にかけ合うことが互いの平穏を保つ営みとなっていると考える.また,子どもたちや地域の人々に食文化を発信し,生業に誇りを持って他の地域や次世代に伝え広めていることは,生産者として人々や地域に貢献することに結びついていた.子どもや町の人々に,自分の作った食材をおいしく食べてもらえることや,他の地域の人々が自分の町や産業に関心を持ってくれることは,従事者にやりがいや充実感をもたらす.それは,自然と共に暮らしながらも,人々との相互作用の中でよりよく生きることを見出し,従事者にとって安寧な状態としての健康をもたらしていると考える.

Sellers et al.(1999)は,農村部の農業従事者にとって,働いて責任を果たすことと健康は同等とみなされていると論じている.本研究でも,第一次産業従事者が,自然の変化に合わせて働く中で,家族や仲間といった人々との間柄を重んじ,地域において生産者として役割を果たし,自然を受け入れて働き暮らしを営むことそのものが,安寧な状態としての健康を象徴していると考えられる.

園田(2010)は,健康の捉え方について,身体の特定部分に生じた異常や症状といったマイナス面の除去や軽減を目指す「医学モデル」に対し,身体と精神や社会との相互作用をも重視し,生きることや生活全体の水準や送り方,他者との関係や役割などにも着目しプラス面の維持や強化を目指す「生活モデル」としての健康を示している.第一次産業従事者が,働くために食べる量が多くなり,天候に合わせて働き稼ぐことを優先し健診の受診が遅れる行動は,「医学モデル」から捉えると,疾患の発症を引き起こす不健康なものと捉えられ,生活習慣の改善を促しマイナス面を除去するための支援が行われるであろう.一方で,「生活モデル」としての健康から捉えなおすと,食べる量が多くなり,健診の受診が遅れてしまうことは,自然の変化に応じて働くための術でもあり,暮らしを維持し安寧な状態を保つためのものでもあると考えられる.「生活モデル」から捉えることによって,従事者が家族のために働き,仲間を気遣い,生産者として役割を果たすといった,自然や人々との相互作用の中で調和を図りながら働き暮らす安寧な状態を理解することができる.これらプラス面にも着目することが,従事者の安寧な状態を志向した支援を可能にすると考える.

2. 公衆衛生看護実践への示唆

第一次産業従事者が働く仲間をいたわることは,同業者同士が苦楽を共有し,互いを理解して支え合う互恵的なソーシャルサポートと考えることができる.福岡(2006)は,持続的な対人関係の中で,人は単にサポートの受け手であるばかりでなく,送り手でもあると述べている.いたわる側だけでなく,いたわりを受ける側も相手の状況を慮り,双方のやりとりを通して,日常的に支え合う関係性がもたらされると考える.それは,働くことを通して醸成される互助の形とも言える.地域における互助が持つ潜在力の再評価の必要性が,地域包括ケアシステムの推進において言われている(地域包括ケア研究会,2017).第一次産業従事者に備わる互助には,地域の人々の生活を支える潜在的な機能を有する可能性があると考える.高齢化が進む農山漁村において,従事者同士の互助を地域に備わる力として着目していくことが必要である.

生産者が,自分の作った食材を用いて食文化を発信することは,生産者と消費者や,生産者同士をつなぐ機会となる.世代を超えたつながりは,家族との健やかな暮らしを共に考える機会となり,互いに支え合う基盤を育み,地域のネットワークに発展する可能性がある.こうした食文化を発信する取り組みには,多くの人々に食材の良さを知ってもらいたい生産者の思いがあった.それは,これまで営んできた生業への誇りや,手がけた特産品に自信や愛着があるからこそもたらされるものでもあると推察する.生産者としての生き方を理解した働きかけが,健やかに働き暮らす支援の糸口となると考える.

保健師の語りから,そうした食文化の発信には,主婦として,母親として,家庭で役割を担う女性が主に関わっていた.山根(2001)は,農山村における中高年女性が,農業労働や育児,家事,介護などの心理的負担,生活の満足度や質の低下にさらされていることを報告している.一方で,靏(2003)は,農家女性が,男性だけではカバーできない生産・加工・販売,都市との交流,仲間づくりなど多岐にわたる活動を行い,周囲から求められ評価されることで自信に結び付くと述べている.女性従事者は,あらゆる役割との両立に負担を抱えているだけでなく,自身の特長を活かし自ら健やかに働きよりよい暮らしを求める存在でもあると考えられる.今後は,女性の第一次産業従事者に焦点をあて,従事する女性の特長や生き方から健やかに働き暮らす安寧な状態としての健康を明らかにする必要がある.

V. 研究の限界と今後の発展

本研究の参加者は,日常的に第一次産業従事者と関わり,その経験から具体的に語ることのできる保健師であった.地域も内陸部や沿岸部など広範囲を対象としたが,一県内の保健師より明らかにした結果である.また,本研究は業種,地域,性別を区別せず,第一次産業従事者にとっての健康を保健師へのインタビューにより明らかにした.その結果は,第一次産業の共通性において普遍性を探究したものであり,業種や地域性などの特性をあらわすものとしては限界がある.今後は本研究の結果をもとに,第一次産業に従事する当事者の健康を探求する必要がある.中でも,育児や家事など多様な役割を担いながら培った能力を活かして働く女性に焦点をあてた研究への発展を検討する.

謝辞

本研究の意義にご賛同くださり,ご多忙な中インタビューにご協力頂いた保健師の皆様に心より感謝申し上げます.本研究は2015年度天使大学特別研究費の助成を受けて実施したものである.

本研究において開示すべき利益相反状態はない.

文献
 
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