Japanese Journal of Public Health Nursing
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Public Health Nursing Report
Health Guidance Following Regular Health Examination for Workers in Their 30’s in Small-sized Companies
Hisae ShigeruTakashi NaruseSatoko Nagata
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2019 Volume 8 Issue 2 Pages 113-121

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Abstract

目的:事業所での30歳代常用労働者の定期健康診断有所見者への保健指導(以下,同保健指導)の取り組み状況と阻害要因を明らかにする.

方法:全国健康保険協会の3支部が2015年度特定保健指導を実施した事業所を対象事業所,その労働衛生管理担当者または代表者1名を対象者とし,事業所における同保健指導実施状況,未実施理由等について質問紙を用いた聞き取り調査を実施した.

結果:調査に応諾した25事業所は同保健指導の実施体制と実施意向の有無により体制あり群(n=3),意向あり群(n=17),意向なし群(n=5)に分類された.阻害要因として意向あり群では産業保健支援機関,要指導基準,指導導入に関する情報の未普及が示唆された.意向なし群では同保健指導を事業者が実施すべきであるとは認識されていなかった.

考察:実施意向を示す事業所への産業保健支援機関,要指導基準,指導導入に関する情報提供により体制整備が期待される.

Translated Abstract

I. はじめに

日本では生産年齢人口である15~64歳の就業率は73.3%(総務省統計局,2016)である.平成25年労働安全衛生調査において,事業者に労働者への実施が義務付けられている一般健康診断を過去1年間に受診した労働者の割合は87.5%で,うち「検査結果の通知を受けた」者は98.3%,そのうち「所見あり」と通知された労働者の割合(有所見率)は40歳代では受診者の5割近く,30歳代の若年労働者においても3割を超えていた(厚生労働省,2014a).また,一般健康診断のうち定期健康診断の有所見率は,1999年以降増加の一途で2015年度には53.6%に達し,2015年度の項目別有所見率の上位を占める血中脂質は32.6%,血圧は15.2%,血糖検査は10.9%といずれの項目でも年次有所見率は年々漸増傾向にある(厚生労働省,2016a).このような背景を踏まえ,より早い段階から健康診断や保健指導等,職域における労働者の健康保持増進措置を実施することが重要とされている(厚生労働省,1988,改正2015).

生活習慣病予防介入の実施年齢に関しては,国内労働者の虚血性心疾患に関する追跡調査において,40歳代以降のハイリスク者に投薬治療を開始しても,ハイリスクでない者と同程度までには心疾患発症リスクを下げることができなかったという報告(畑中ら,2015)や,国内労働者の研究で,30歳から35歳までのBMI増加は40歳以降のメタボリックシンドローム発症と関連していたという報告(角谷ら,2014)があり,より早期からの予防的介入の必要性が示唆されている.また,BMIが高値で血圧,脂質,糖代謝それぞれが要再検・精査となり,保健指導を受け薬物治療なしの労働者においては,40歳未満の群の方が40歳以上の群よりも上記項目が改善したという報告(木村,2008)がある.これらの報告から,生活習慣病の予防には保健指導を若年のうちから提供することが肝要であると考えられる.

定期健康診断等の健康診断の結果,特に健康の保持に努める必要があると認める労働者に対する,医師又は保健師による保健指導の実施は事業者の努力義務とされている(労働安全衛生法,第66条の7).この保健指導の実施状況の報告は義務とされておらず,実施状況は十分明らかになっていない.特に,医療保険者に対して特定健康診査・保健指導実施が義務付けられている40歳以上の対象者ではなく,その対象外である40歳未満の若年成人労働者についての,労働安全衛生法に基づく定期健康診断有所見者に対する保健指導実施状況に関してはこれまで明らかにされていない.

定期健康診断を実施していない理由については,「健康診断を実施する日程や時間がとれない(とりにくい)」(43.4%),「健康診断を実施する費用がない(費用が高額である)」(34.6%),「健康診断を実施する適当な健診機関や医療機関がない(見つからない)」(14.3%)と報告されている(厚生労働省,2013).定期健康診断後の保健指導については,規模が小さい事業所ほど実施率が低いと報告されている(厚生労働省,2011)が,保健指導を実施していない理由に関しては,健診機関を対象とした調査(公益社団法人全国労働衛生団体連合会,2014)はあるものの,事業者側の実施阻害要因について直接事業者に問う調査は例がない.

そこで本研究では,生活習慣病の予防介入において,40歳以降からよりも効果的と考えられる30歳代での保健指導に着目し,被保険者数50名未満の事業所が加入事業所の96%を占める全国健康保険協会(六路,2016)の加入事業所を対象として,定期健康診断有所見の30歳代常用労働者に対する保健指導(以下:同保健指導)の取り組み状況およびその阻害要因を明らかにすることを目的とする.これにより,同保健指導の実施促進のために有用な示唆が得られると考える.

II. 方法と対象

1. 用語の定義

本研究で用いる用語を以下のように定義した.

常用労働者:期間を決めず,又は1ヵ月を超える期間を決めて雇われている者(パート勤務者も含む).あるいは日々又は1ヵ月以内の期間を限って雇われている者のうち,前2ヵ月にそれぞれ18日以上雇われた者(厚生労働省,2018).

保健指導:健康の自己管理・行動目標設定・実践支援等を目的とする医師,保健師等専門職による指導.

事業所:単一の経営主体の下で,物の生産や販売,サービスの提供が,従業者と設備を有し一定の区画を占めて継続的に行われている場所(総務省統計局,2018).

2. 調査対象

1) 調査対象事業所

全国健康保険協会(協会けんぽ)の首都圏3支部(X・Y・Z)により,2015年度の特定保健指導が実施された実績のある事業所を対象事業所とした.なお,同一事業者の事業所が複数の場所にある場合,複数事業所の労働者の健康管理が事業者により一括して行われる場合があるが,労働安全衛生法においては産業医や衛生管理者の選任等の義務は場所としての観念である「事業場」単位で,その常用労働者数の人数を基準として課せられている.事業場の語義(東京産業保健総合支援センター,2018)によれば,同じ場所(事業所)にあっても,著しく労働の態様を異にする部門がある場合には別個の事業場として捉える場合があるが,同一の場所に従事する従業員の健康管理は一括して行われることが大半であり,厚生労働省による労働安全衛生調査(厚生労働省,2014a)も事業所単位を対象として実施されているため,本研究においても同様に事業所単位を調査対象とした.

2) 調査対象者

対象事業所の労働衛生(健康)管理担当者1名,特定の担当者がいない場合は代表者1名を調査対象者とし,保健指導の実施状況,従業員の健康管理に対する事業所の方針等を回答可能な者に協力してもらえるよう調査説明文書に明記した.

3. 調査方法

X支部では,2016年9月~10月に,対象事業所全数(1,071事業所)へ研究説明文書と連絡書を郵送し,調査協力を求めた.Y・Z支部では,同期間内に支部職員が特定保健指導を目的に事業所を訪問する際,直接職員から事業所へ同書類を手渡してもらい,Y支部79事業所,Z支部112事業所に調査協力を求めた.調査に協力いただける場合のみ連絡書の返送を求め,連絡書に記名し研究者へ返送した者を調査協力者とした.研究者は,連絡書受領後,調査項目リストを郵送した後,あらかじめ電話調整した調査日時に電話または訪問による質問紙を用いた聞き取り調査(所要時間20~30分)を行った.

4. 調査内容

調査項目リストを類似の先行調査(川崎市地域・職域連携推進協議会,2014東京商工会議所国民健康づくり委員会,2012)を参考として作成した後,2事業所に対して予備調査を実施して内容を修正した.また,産業保健分野で小規模事業所を対象とした研究実績のある研究者のスーパーバイズを受け,調査内容を決定した.

1) 事業所および回答者の基本属性

事業所の業種と常用労働者数,回答者の職種と衛生管理系の保持資格を尋ねた.複数事業所を持つ事業者の場合,回答された常用労働者数が複数事業所を持つ事業者全体での総数であり,事業者の事業所数が明らかであれば,回答された人数を所属事業所数で除した値を事業所あたりの常用労働者数として用いた.

2) 事業所の衛生管理体制

産業医,衛生管理者,衛生推進者等労働衛生スタッフの選任の有無を尋ねた.

3) 事業所労働者の2015年度定期健康診断受診状況

事業所の30歳代常用労働者の2015年度定期健康診断受診者数および有所見者数を尋ねた.

4) 定期健康診断の結果に異常所見のある(有所見の)30歳代常用労働者がいた場合の当該労働者に対する保健指導の実施状況

調査時点での実施実績および体制の有無を尋ねた.実績および体制がない事業所に対しては,実施しない理由を,「予算をかけられない」/「業務時間を保健指導に割けない」/「30歳代には必要ない」/「その他自由回答」の複数選択で尋ね,さらに今後の実施意向の有無を尋ねた.また,今後の実施意向がある場合は実施に必要な要件を尋ねた.自由回答で得たデータは研究者2名で検討し,類似性に基づき複数のカテゴリとしてまとめた.

5) 産業保健支援機関の認知・利用

地域産業保健センターおよび産業保健総合支援センターの認知,利用有無を尋ねた.

5. 分析方法

定期健康診断有所見の30歳代常用労働者に対する保健指導(以下:同保健指導)について,実施体制がある,または実施体制の準備がある事業所を「体制あり群」,同保健指導の実施体制は準備されていないが今後の実施意向を示した事業所を「意向あり群」,実施体制がなく今後の実施意向を示さなかった事業所を「意向なし群」,と3群に分類した.各群の記述統計と自由回答の内容に基づき,保健指導の促進のための方策を検討した.

6. 倫理的配慮

対象者には調査協力依頼時に研究説明文書で調査の趣旨,協力は任意であること,個人情報の保護などを説明し,連絡書への記名および返送をもって同意とみなした.なお,本研究は東京大学大学院医学系研究科・医学部研究倫理委員会(審査番号11367,2016年10月5日承認)の承認を受けて実施した.

III. 活動結果

1. 調査実施事業者数

調査を行った事業所は25事業所(訪問時面接調査5事業所,電話による聞き取り調査20事業所)であった.各支部別の応諾事業所数と応諾率は,X支部23事業所(2.1%),Y支部2事業所(2.5%),Z支部0事業所(0%)であった.

2. 研究協力事業所および研究協力者の特徴

1) 研究協力事業所の常用労働者数

10~19名が8事業所(32.0%),20~29名が2事業所(8.0%),30~39名が4事業所(16.0%),40~49名が2事業所(8.0%),50~99名が4事業所(16.0%),100~200名が1事業所(4.0%),このほか,研究協力者が関わる事業所が複数に渡り,個々の事業所の常用労働者数が不明であったのが4事業者(16.0%)であった.

2) 研究協力事業所の業種内訳

製造が7事業所(28.0%),福祉が6事業所(24.0%),建設,情報通信が各3事業所(各12.0%),運輸,専門・技術サービス,飲食が各1事業所(各4.0%),サービス(他に分類されないもの)が3事業所(12.0%)であった.

3) 研究協力者の職種

労働衛生(健康)管理担当者は17名(68.0%),事業所の代表者は8名(32.0%)であった.

4) 研究協力者の衛生管理系資格保持状況

7名(28.0%)が衛生管理者,3名(12.0%)が衛生推進者の資格を保持していた.

3. 定期健康診断有所見の30歳代常用労働者に対する保健指導(以下:同保健指導)の実施体制・実施意向

体制あり群が3事業所(12.0%),意向あり群が17事業所(68.0%),意向なし群が5事業所(20.0%)であった.各協力者から得られた回答の概要を表1および表2に示す.

表1  研究協力事業所・研究協力者の特徴
ID 事業所概要 労働衛生管理スタッフ選任 平成27年定期健康診断 産業保健支援機関の認識(○:利用あり,△:既知未利用,×:未知) 研究協力者(回答者)
業種 常用労働者数 産業医 衛生管理者・(安全)衛生推進者a 30歳代対象者数 30歳代有所見者数 地域産業保健センター 産業保健総合支援センター 職種 衛生管理資格a
体制あり群 ​A1 製造 167​ 未回答 未回答 総務
​A2 福祉 407​*1 62​ 8​ 事務
​A3 製造 51​ 10​ 4​ 総務
意向あり群 ​B1 情報通信 20​ × 4​ 0​ × 代表取締役
​B2 建設 15​ × × 1​ 1​ × × 総務・営業 ×
​B3 情報通信 45​ × × 10​ ×​*8 × × 代表取締役 ×
​B4 サービス(その他) 15​*2 ×*6 45​*7 12​*7 総務
​B5 福祉 88​*3 × × 4​ 2​ × × 事務 ×
​B6 建設 11​ × × 3​ 1​ × × 代表取締役
​B7 運輸 18​ × × 2​ 1​ × × 総務 ×
​B8 製造 36​ × × 6​ 0​ × × 事務(総経部) ×
​B9 福祉 70​*4 × × 7​ 5​ × 人事・労務 ×
​B10 製造 30​ ×*6 5​ 4​ 総務
​B11 専門・技術サービス 13​ × × 5​ 1​ × 総務 ×
​B12 飲食 210​*5 × × 15​ 15​ × × 代表取締役 ×
​B13 製造 38​ × × 6​ 3​ × 総務 ×
​B14 サービス(その他) 76​ 6​ 2​ × × 総務・衛生委員 ×
​B15 福祉 19​ × 3​ 0​ × × 代表者・施設長
​B16 福祉 16​ × × 3​ 0​ × × 代表取締役 ×
​B17 建設 20​ × × 2​ 2​ × × 代表取締役会長 ×
意向なし群 ​C1 製造 13​ × × 3​ 1​ × × 総務
​C2 サービス(その他) 51​ × × 8​ ×​*8 × × 事務 ×
​C3 製造 36​ × × 9​ ×​*8 × × 総務 ×
​C4 福祉 50​ 9​ 8​ × × 事務
​C5 情報通信 46​ × ×​*8 ×​*8 × × 代表取締役 ×

注.a.管:衛生管理者,推:衛生推進者 *1:28事業所計 *2:本社事業所の人数.その他2事業所に計205人在籍.*3:法人全体・複数事業所 *4:5事業所計 *5:9店計 *6:自社他事業所で有 *7:3事業所計 *8:事業所では把握していない

表2  研究協力事業所における定期健康診断有所見の30歳代常用労働者に対する保健指導実施状況
ID 定期健康診断有所見者(30歳代常用労働者)への保健指導実施 ○:あり ×:なし ―:非該当
実施実績 実施体制 実施しない理由 今後の実施意向 実施のための要件
予算をかけられない 時間を割けない その他 費用補助があれば実施を検討する 保健指導を要する所見基準の明示 その他
体制あり群 A1
A2 × 本人希望または産業医指示
A3 × 準備中
意向あり群 B1 × × 有所見者がいない,地域産業保健センターについて知らなかった 無料の産業保健支援機関を利用し実施する
B2 × × 地域産業保健センターについて知らなかった 無料の産業保健支援機関を利用し実施する
B3 × × 30歳代は協会けんぽによる保健指導の対象外年代であると知らなかった 無料の産業保健支援機関を利用し実施する
B4 × ×*9
B5 × × 30歳代は協会けんぽによる保健指導の対象外の年代であると知らなかった
B6 × × 30歳代は協会けんぽによる保健指導の対象外の年代であると知らなかった
B7 × ×
B8 × × 所見の程度による
B9 × × 保健指導の予定の確保が困難である
B10 × △*10 健康管理担当者が多忙である,受診勧奨している
B11 × × 保健指導の予定の確保が困難である 直前予約が可能な保健指導体制
B12 × × 保健指導の対象者が不明である
B13 × × 保健指導の対象者が不明である,健診結果は個人情報であるため結果提出を拒む従業員がいる
B14 × × 保健指導の必要性が不明である
B15 × × 保健指導の必要性が不明である,保健指導の予算が不明である 保健指導導入方法の提案
B16 × × 強く指導しない医師が多い 従業員に対して強く指導できる医師・保健師
B17 × × 案内がないものを会社から勧めることはない 費用を会社の経緯として計上できる
意向なし群 C1 × × 健康管理は本人に任せる,30歳代は協会けんぽによる保健指導の対象外の年代であると知らなかった ×
C2 × × 健診結果を確認していない,健康管理は本人に任せる ×
C3 × × 健康管理は本人に任せる,健診結果を確認していない ×
C4 × × 健康管理担当者が多忙である,同保健指導が事業者の努力義務であると知らなかった ×
C5 × × 社長が有所見者に食事指導や病院の紹介をしている ×

注.*9:希望者(40代)に自社他事業所産業医による実施例有 *10:電話相談窓口

1) 体制あり群(A1~A3)

平成27年度に同保健指導の実績がある1事業所(A1),実績はないが体制がある1事業所(A2),調査時点で体制準備中の1事業所(A3),の3事業所を含めた.常用労働者数はA1が167名,A2は平均14.5名(関連28事業所計で407名),A3が51名であった.産業医と衛生管理者は3事業所とも共に選任されていた.協力者は地域産業保健センターおよび産業保健総合支援センターの存在を認知しており,その一方または双方の利用歴があった.

2) 意向あり群(B1~B17)

常用労働者数は11~76名で,50名以上の事業所は1事業所のみ(B14:76名)であった.産業医が選任されていたのも同じ1事業所(B14)のみで,衛生管理者または衛生推進者が選任されていたのは同事業所(B14)を含む5事業所(B1, B4, B10, B14, B15)であった.産業保健支援機関の存在を認知していたのは6事業所(B1, B4, B9, B10, B11, B13),うちその利用歴があったのは3事業所(B4, B10, B11)であった.

意向あり群が同保健指導をこれまで実施していない理由(複数回答)については,「予算をかけられない」を6事業所,「業務時間を保健指導に割けない」を5事業所が選択した.「30歳代には必要ない」を選択した事業所は皆無であった.自由回答では,30歳代は協会けんぽによる保健指導の対象外の年代であると知らなかったことに基づくものが3事業所(B3, B5, B6),地域産業保健センターについて知らなかったこと(B1, B2),保健指導の対象者が不明であること(B12, B13),保健指導の必要性が不明であること(B14, B15),業務都合により保健指導の予定確保が困難であること(B9, B11)が各2事業所,有所見者がいない(B1),所見の程度による(B8),健康管理担当者が多忙である(B10),有所見者に受診勧奨している(B10),健診結果は個人情報であるため結果提出を拒む従業員がいる(B13),保健指導の予算が不明である(B15),強く指導しない医師が多い(B16),案内がないものを会社から勧めることはない(B17),との内容が各1事業所より挙げられた.

今後の実施については,3事業所(B1~B3)が無料の産業保健支援機関を利用し実施すると述べ,11事業所(B4~B14)が,費用補助があれば検討すると回答した.その他に,今後の実施要件についての自由回答では,保健指導を要する所見基準の明示が3事業所(B12~B14),直前予約が可能な保健指導体制(B11),保健指導導入方法の提案(B15),従業員に対して強く指導できる医師・保健師(B16),費用を会社の経費として計上できること(B17)が各1事業所より挙げられた.

3) 意向なし群(C1~C5)

常用労働者数は50名以上が2事業所(C2:51名,C4:50名),50名未満が3事業所(C1:13名,C3:36名,C5:46名)であった.産業医が選任されていたのは1事業所(C4),衛生管理者が選任されていたのが2事業所(C4, C5)であった.産業保健支援機関の存在を認知していた事業所は本群では皆無であった.

これらの5事業所の協力者に対し,同保健指導を実施しない理由を尋ねたところ,全事業所が自由回答のみで回答し,健康管理は本人に任せるとの内容が3事業所(C1~C3),健診結果を確認していないとの内容が2事業所(C2, C3),30歳代は協会けんぽの指導の対象外年代であると知らなかった(C1),健康管理担当者が多忙である(C4),同保健指導が事業者の努力義務であると知らなかった(C4),社長が有所見者に食事指導や病院の紹介をしている(C5)との内容が各1事業所より挙げられた.

IV. 考察

1. 定期健康診断有所見の30歳代労働者への保健指導実施状況(以下:同保健指導)

本調査で協力が得られた25事業所中,同保健指導の実施体制があったのは3事業所,そのうち指導を実際に実施していたのは1事業所のみであった.本調査は,全国健康保険協会で特定保健指導の実施実績のある事業所に限定して実施しており,同保険者の加入事業所の大半が常用労働者数50名未満の小規模事業所である.対象者に対する特定保健指導は保険者が提供すべき義務項目であるが,指導対象者に占める実施率は20%未満である(厚生労働省,2016b).福田(2016)は,昨今の事業所の関心はメンタルヘルスを主としているため,特定健康診査・特定保健指導の制度導入後もその実施に関して保険者と事業所の協力関係は良いとは言えなかったと述べている.このような情勢の中にありながら,特定保健指導の実施実績がある事業所は労働者の健康に対し積極的に取り組んでいる事業所と解釈できる.その中でもさらに,本調査に協力を得た事業所は,30歳代への保健指導や労働者の健康管理に対して何らかの関心を持った事業所に偏っていた可能性がある.このことから,国内の小規模事業所の30歳代有所見労働者への保健指導の実施率は非常に低く,実施体制も整わない事業所がほとんどである現状が推測される.小規模事業所に関しては,海外の研究でも,職域健康増進プログラムは,事業所の規模が小さいと実施率が低くなること(Linnan et al., 2008Harris et al., 2014),特に生活習慣(病)に関する取り組みが少ないこと(Wilson et al., 1999)が報告されている.日本国内で,保健指導と特定保健指導を区別せず集計された保健指導の実施率も,従業員数が少ない事業所ほど低いことが報告されている(川崎市地域・職域連携推進協議会,2014厚生労働省,2011).本研究は,全国健康保険協会に加入している小規模事業所の中でも,特定保健指導や30歳代労働者への保健指導に関して,より好意的に関心を示す事業所からの回答に偏った可能性が高いが,それでも同保健指導の実施実績のある事業所が25事業所中1事業所に限られた.このことから,小規模事業所で保健指導が実施されにくいという先行知見に加え,30歳代労働者に対する保健指導が普及していない可能性を示唆できたと考える.

2. 30歳代有所見者への保健指導体制を整備するために解決すべき事業所の課題

「はじめに」で述べたように,要指導基準を満たす40歳以上の有所見者への特定保健指導の実施は保険者に義務付けられているため,保険者より保健指導実施の働きかけが行われ,事業者の努力義務である保健指導は特定保健指導によりある程度代替されうるが,30歳代有所見者は通常はその対象外である.保健指導実施体制未整備の事業所において彼らへの保健指導実施体制を整備するためには,実施努力義務が課せられている事業者が主体的に保健指導を導入できるようなアプローチが求められる.

意向あり群の17事業所のうち,費用補助があれば定期健康診断有所見の30歳代労働者への保健指導実施状況(以下:同保健指導)体制の整備・実施を検討したいと回答した事業所が11事業所あった.これまでも,小規模事業所を対象とした研究で,職域健康増進プログラムの費用が導入の障壁になっていることが繰り返し示されてきた(Goetzel et al., 2009McCoy et al., 2014).

ここで,事業所内,もしくは事業者の経費で体制を整えていないものの,無料で活用できるサービスの存在を本調査を通じて把握し,それを活用して同保健指導を実施したい意向を示した3事業所に注目する.これらの事業所ではその具体的な依頼先である地域産業保健センターについて認識されておらず,支援機関を紹介することで,容易に「体制あり群」に変化する可能性が高かった.費用補助を求める11事業所に対しても,無料で活用できるサービスとして産業保健支援機関の情報を提供することで,体制整備が促進される可能性がある.しかし,地域産業保健センターは全国321署の労働基準監督署の管轄区域毎に概ね1ヶ所,また産業保健総合支援センターは各都道府県に1ヶ所しかないため(厚生労働省,2014b),全ての小規模事業所の30歳代有所見者に対する保健指導を賄うことは難しい.また,健康診断に加え保健指導の付加サービスを有料提供している民間機関も多く,その場合,健診結果の管理も一元化されるメリットもあり,無料サービスを使った普及だけでなく,各事業所が有料でも保健指導に取り組もうとすることを促進するような介入も同時に考慮する余地がある.

また,時間的な課題として,同保健指導を実施しない理由に「業務時間を保健指導に割けない」と選択回答した事業所は,意向あり群の17事業所中5事業所(29.4%)あった.本調査で同保健指導が実施されていなかった事業所ではいずれも,専従の産業保健専門職(医師・保健師・看護師)は配置されておらず,健康診断等,従業員の健康管理を担当している回答者はいずれも事務職や代表者等の非専門職であり,他の通常業務に加えて従業員の健康管理を担当する必要があるため,健康管理業務に多くの時間を費やすことは困難である.このような事業所で同保健指導の実施を推進するには,要指導者の選出,保健指導の実施手配など,保健指導実施に至るまでに必要な業務に健康管理担当者が費やす時間を削減するための支援がその一助となると考えられる.この点においても外部の産業保健支援機関のサービスを周知し,その利用につなげることが有効と考えられる.また,費用面の支援の希望がなかった事業所が上記5事業所中1事業所あり,このような事業所と,有料で保健指導サービスを提供する健診機関等の産業保健サービス機関が連携できることが望ましいと言える.

同保健指導の実施に必要なその他の条件として,要指導基準の明示,保健指導導入方法の提案等の具体的な体制整備に言及した事業所があった.これらの事業所では,30歳代有所見者に対する保健指導の導入を検討したい一方で,具体的な実施体制や対象者の見通しを立てるための情報がないために,費用と必要性を比較した評価ができていなかった可能性がある.健康増進プログラムの導入に関する意思決定の場で産業医・産業保健師は,たびたび費用とニーズの間の葛藤を経験していると考えられる.こうした専門家には,会社の健康ニーズに対する取り組みの計画や,費用対効果を考慮したプログラム・サービスの選択が求められている(Mellor et al., 2009).一方,小規模事業所の場合には,健康診断等の従業員の健康管理は多くの場合医療職ではない従業員や代表者が取りまとめることとなる.本調査の結果,30歳代有所見者の人数は1事業所あたり0~15名で,労働者全体に占める該当者数が多くても1割程度であった.30歳代の有所見者が少ないために,事業主や無資格の担当職員にとって,同保健指導のニーズを職場の顕在化した課題として捉えにくく,その結果,実施体制の整備に至りにくかったと考えられる.先行研究でもプログラムに関する経験や設備の不足(Goetzel et al., 2009McCoy et al., 2014),費用対効果の不透明さ(McCoy et al., 2014)が職域健康増進プログラムの導入の障壁になっていることが報告されている.費用面を保健指導の導入の障壁と捉える事業所へも,無料サービスの紹介のみならず,30歳代有所見者に対する保健指導の必要性と具体的な方法・導入手順を示すことが重要である.

一方,「意向なし群」の5事業所の未実施理由として,従業員の健康管理は本人に任せるとの意見が3事業所,従業員の健康診断の結果を未確認であるとの回答が2事業所より挙げられ,いずれにおいても健康診断の結果に関わる従業員の健康管理を事業者がすべきものではないと担当者が認識していることが示唆された.その背景として,事業者が個人情報・個人の生活へ介入することを回避する傾向があると考える.カナダの小規模事業所の事業主に対する質的研究(Eakin, 1992)で,事業所は従業員の健康に関して「leaving it up to workers」のスタンスが一般的であり,その背景に社内の事業主・労働者関係について,健康管理は父権主義的であり事業所運営方針にそぐわない,という認識があったことが報告されている.レビュー論文(McCoy et al., 2014)でも,父権主義的な印象を避けることや従業員のプライバシーを保護しようとすることが職域健康増進プログラム導入の障壁になっていると報告されており,健診結果にまで踏み込むような保健指導の実施は,事業者が取り組むべき課題ではない,と認識されている可能性も考えられる.先行研究(Wilson et al., 1999)でも,生活習慣に関する取り組みは労働安全や事故予防の取り組みに比べて少ないことが知られている.こうした事業所に対しては,同保健指導が事業者の努力義務とされていること,加えて,30歳代有所見者への保健指導実施体制を整えることが個人情報の侵害や父権主義に類するものではないことの理解を促す介入も必要と考えられる.

3. 本研究の意義と限界

本研究は小規模事業所における,有所見の30歳代常用労働者に対する保健指導の取り組み状況を明らかにした.実施体制が整備されている事業所は非常に少ないものの,実施意向を示した事業所も一定数あり,無料で活用できる産業保健支援機関の情報,および実施内容・方法に関する具体的な情報を提供することで,体制整備が進むと期待される.

研究の限界として,研究協力事業所が少ないことから,同保健指導の体制の整備・実施を検討するための要件や必要な情報が十分に抽出できていない可能性がある.また,調査の応諾率が非常に低いことから,本調査およびテーマに対し非常に強く関心を持った集団に偏ったと考える.今後は,同様の事業所への調査をさらに積み重ね,知見の信頼性を高めていく必要がある.

V. おわりに

本研究は小規模事業所における,有所見の30歳代常用労働者に対する保健指導の取り組み状況を明らかにした.事業所は,同保健指導の実施体制と実施意向の有無により,体制あり群,意向あり群,意向なし群,の3つに分類された.同保健指導の実施体制が整備されている事業所は非常に少ない可能性が示された.また,実施意向を示した事業所も一定数あるものの,無料で活用できる産業保健支援機関,要指導基準,保健指導導入方法に関する情報の未普及により実施が阻害されている可能性が示唆された.意向を示さない事業所は同保健指導を事業所が実施すべきものではないと認識していることが示唆された.

 謝辞など

本研究にご協力くださいました調査対象事業所ならびに調査対象者の皆様,全国健康保険協会本部・各支部の皆様に深く御礼申し上げます.また,研究の着想段階でご示唆を頂きました国際医療福祉大学小田原保健医療学部の荒木田美香子先生,調査フィールドの選定につきご教示いただきました東京工科大学医療保健学部の五十嵐千代先生,土屋文枝先生に心より感謝申し上げます.

本研究は修士学位研究における調査活動「30歳代常用労働者への健康診断後の保健介入―事業者の取り組み状況とその関連要因―」における取り組みの一部を報告したものである.なお,本研究に開示すべきCOI状態はない.

文献
 
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