Japanese Journal of Public Health Nursing
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Research Article
Preventive Behaviors Targeting Cognitive Decline and Associated Factors in Late Middle-aged Community-dwelling Individuals
Nami NagaoHiromi EzakiJunko ToriiSatoshi IrinoSatsuki NagaiMinori TanakaMichie Nomura
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2019 Volume 8 Issue 3 Pages 145-152

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Abstract

目的:向老期住民の認知機能低下予防行動(以下,予防行動)とその関連要因を明らかにすることである.

方法:A町在住の50~69歳2,400名を対象に,予防行動の実施有無と実施者の予防行動の内容,認知症予防への関心,認知症者との接触体験,行動変容への家族・友人のサポート等の無記名自記式質問紙調査を実施した.

結果:有効回答909名中,予防行動実施者は331名(36.4%)であった.実施者数が多い上位3つの予防行動の内容は,読書・新聞を読む,栄養バランスを考えて食べる,考えながら料理するであった.予防行動の実施には,女性,60代,未就労,認知症予防への高い関心,認知症者との接触体験,家族友人のサポートが有意に関連していた.

考察:予防行動実施者には行動の意味を価値づけて,継続を促す働きかけ,未実施者には実施者の具体的な予防行動の内容の紹介により身近なロールモデルを想起する働きかけが必要と示唆された.

Translated Abstract

Objective: This study aimed to identify preventive behaviors targeting cognitive decline and associated factors in late middle-aged residents.

Method: An anonymous self-report postal questionnaire was sent to 2,400 randomly selected late middle-aged residents (aged 50–69 years) of Town A. The questionnaire assessed the presence or absence and details of preventive behaviors, interest in preventing cognitive decline, contact among people with dementia, and social support regarding behavior modification.

Results: Of the 909 valid questionnaire responses, 331 people (36.4%) implemented preventive behaviors targeting cognitive decline; among these, the three most frequently reported behaviors were reading newspapers and books, considering nutritional balance during meals, and thinking while cooking. Factors associated with implementing preventive behaviors were the female sex aged 60–69 years, unemployment, high interest in preventing cognitive decline, contact with people with dementia, social support regarding behavior modification.

Discussion: The results of this study suggest that people who engage in preventive behaviors targeting cognitive decline need encouragement to maintain their activities by communicating that these behaviors are worthwhile in preventing cognitive decline. Those who are not implementing preventive actions should be encouraged to think of familiar role models by introducing them to the details of preventive behaviors targeting cognitive decline.

I. 緒言

認知症予防対策は,公衆衛生上の重要かつ喫緊の課題であり,高齢者を対象とした予防対策が推進されている.認知症の好発年齢は高齢期であり,特に後期高齢期に発症率が急激に上昇するため,認知症予防に関する研究の多くが高齢期に着目してきた.しかし,認知症の原因となるアミロイドβ蛋白は症状を呈する25年前から脳内に蓄積し始める(Jack et al., 2010).また,認知症の約35%が生活習慣を主とした修正が可能な因子の組み合わせに起因している(Gill et al., 2017).これらのことから,高齢期における認知症発症のリスクを軽減するには,認知機能の低下を認めない時期,すなわち50代および60代から認知症の予防を意識し,健康的な生活習慣を確立することが重要であると考える.

認知機能低下予防行動(以下,予防行動)の実態は,高齢期を対象とした我が国の研究(田中ら,2012道繁ら,2015)と青年期から高齢期を対象としたオーストラリアにおける研究(Smith et al., 2015)がわずかに散見されるのみで,50歳から69歳までの向老期に焦点化した研究は見当たらない.認知症の保護因子には,運動などの身体的活動,脳を活性化させる知的活動,趣味や交流などの社会的活動,服薬や健康的な食事などの健康管理がある(Fratiglioni et al., 2004島田ら,2015).そのため,認知症の保護因子となる具体的な行動について向老期住民の実施状況が明らかになれば,認知症予防に向けた看護実践に示唆が得られると考える.

予防行動の実施に関連する要因は,認知症への関心,理解,不安(田中ら,2012)や,性,年代,知識,認知症者との接触体験,認知症リスクの軽減に対する信念や自信がある(Smith et al., 2015)と報告されている.また,予防行動を包含する健康の保持・増進を意図した保健行動には,健康状態の自覚,ヘルスリテラシー,ソーシャルサポート(Green et al., 2005)や,主観的健康感が関連する(梅原ら,2016)との報告もある.

以上より,本研究の目的は,向老期住民の予防行動とその実施に関連する要因を明らかにし,認知機能低下予防に向けた住民への支援に資する示唆を得ることである.向老期住民が自発的に取り組んでいる予防行動の内容は未だ十分に明らかにされていないことから,向老期住民の予防行動とその実施に関連する要因が明らかになれば,より若い年代からの認知機能低下予防を視野に入れた健康支援方略を検討する基礎資料になる.

II. 研究方法

1. 用語の定義

向老期住民:50歳から69歳までの住民とする.

認知機能低下予防行動:日常生活で対象者自らが認知症予防と認識して実践している行為とする.

2. 対象とデータ収集方法

研究デザインは,量的記述的研究とした.対象地域としたA町は,平成27年時点で人口21,239人,総世帯数8,356であった(総務省統計局,2016).対象者は,2017年4月1日時点でA町に住民票のある50歳以上69歳以下の者であり,性,5歳刻み年齢階級,小学校区(4校区)別で層化無作為抽出した2,400人とした.住民基本台帳を基にした対象抽出作業と宛名ラベルの印字は,A町職員が行った.データ収集は,2017年5月から6月に郵送による無記名自記式質問紙調査とした.

3. 調査内容

1) 目的変数

予防行動の実施有無を目的変数とした.まず,予防行動の実施有無を尋ね,実施していると回答した者に対して,認知症予防と認識して実践している行動内容(以下,予防行動の内容)5類型32項目の実施状況を複数回答可で尋ねた.予防行動の内容は,認知症保護因子である運動,脳の活性化,趣味,社会参加・交流,健康管理(Fratiglioni et al., 2004)の5類型を調査項目の大枠とした.これら5類型の中から複数の内容を組み合わせて行動することは,軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment, MCI)者の認知機能を向上させる(Ngandu et al., 2015)と実証されている.5類型の下位項目は,A町保健師と協議し,独自に32項目を作成した.

2) 説明変数

予防行動との関連が予測される項目を説明変数とした.説明変数は,性別,年代,就労有無,経済的満足度,認知症予防への関心,認知症者との接触体験の有無,ヘルスリテラシー,行動変容への家族・友人からのサポート,主観的健康感,通院治療疾患の有無,老いの自覚とした.

経済的満足度,認知症予防への関心,主観的健康感,老いの自覚は,「とても〇〇である」~「全く〇〇でない」の4件法で尋ねた.ヘルスリテラシーは,Ishikawaら(2008)の「一般市民向け伝達的・批判的ヘルスリテラシー尺度」を開発者の許可を得て使用した.回答は,「全くそう思わない」から「強くそう思う」の5段階で尋ね,5項目の平均得点を尺度得点(範囲1–5点)とした.行動変容への家族・友人からのサポートは,板倉ら(2003)の「運動ソーシャルサポート尺度」の手段的あるいは情緒的サポートの考え方を参考にして5項目を作成した.運動のみならず予防行動全般について家族や友人からサポートを提供してもらえるかを「かなりそう思う」から「まったくそう思わない」の5段階で尋ね,その合計(範囲5–25点)を得点とした.行動変容への家族友人からのサポートの各項目は,内容妥当性を確保するために,公衆衛生看護の実践や研究経験を有する共同研究者6名で確認した.また,構成概念妥当性を確保するために,共同研究者間で理論上の概念や特性の適切性を確認し,表面妥当性は調査フィールド以外の向老期住民3名を含む計24名に予備調査を行い,確認した.さらに,信頼性を確保するために,クロンバックのα係数を算出した(α=0.814).

4. 分析方法

予防行動の内容は,5類型32項目のうち「その他」の項目を集計から除外し,実施者数の少ない項目を統合した23項目について実施割合を求めた.予防行動の実施に関連する要因の検討では,目的変数は予防行動の実施(あり,なし)とした.また,説明変数は,2値変数になるようカテゴリー化し,間隔尺度であるヘルスリテラシーと行動変容への家族・友人からのサポートの得点は,第3四分位数で「高群」「低・中群」に分けた.順序尺度4件法で回答を得た経済的満足度,認知症予防への関心,主観的健康感,老いの自覚を回答の最上位(例:とても○○である)とその他の回答で2群に分けた.予防行動の実施に関連する要因の分析は,まず単変量解析としてχ2検定を行った.続いて,単変量解析で関連を認めた説明変数間の多重共線性を検討した後,二項ロジスティック回帰分析の変数増加法(尤度比)を用いて分析した.多重共線性の確認は,二値変数に対して計算される相関係数であるファイ係数を算出し,係数が0.8以上を基準(神田,2015)として説明変数からの除外を検討した.解析には,IBM SPSS Statistics ver. 24.0を用い,有意水準は5%とした.

5. 倫理的配慮

質問紙は無記名自記式とし,送付時に説明文を添付し,研究内容,目的,研究参加の自由,不参加による不利益はないこと,本研究以外に情報を用いないことを明記した.質問紙の返信をもって研究協力の同意を得たものとみなした.本研究は,A町の協力ならびに愛媛県立医療技術大学研究倫理委員会の承認を得て行った(承認日:2017年3月30日,承認番号:16-020).

III. 研究結果

質問紙の回収数は,送付2,400通に対し968通(40.3%)であり,有効回答数は,909通(37.9%)であった.

1. 分析対象者の概要(表1

分析対象者909名は,性別では男性406名(44.7%),女性503名(55.3%),年齢階級別では50代前半196名(21.6%),50代後半220名(24.2%),60代前半241名(26.5%),60代後半252名(27.7%)であった.就労者は,899名中638名(71.0%)であり,経済的満足度は,905名中まあまあ満足しているが483名(53.4%)であった.

表1  分析対象者の概要(N=909)
項目 n (%)
性別 男性 406 (44.7)
女性 503 (55.3)
年齢階級 50~54歳 196 (21.6)
55~59歳 220 (24.2)
60~64歳 241 (26.5)
65~69歳 252 (27.7)
就労(n=899) している 638 (71.0)
していない 261 (29.0)
経済的満足度(n=905) 満足している 109 (12.0)
まあまあ満足している 483 (53.4)
あまり満足していない 213 (23.5)
満足していない 100 (11.0)

欠損値除く

2. 認知機能低下予防行動の実態(表2
表2  認知機能低下予防行動実施者の予防行動内容別実施割合(N=331)
行動内容a 実施している
n (%)
運動 ウォーキング 166 (50.2)
ストレッチ 134 (40.5)
ソフトボール等b 48 (14.5)
脳の活性化 ゲーム・クイズ 147 (44.4)
学習 36 (10.9)
読書・新聞を読む 252 (76.1)
日記 104 (31.4)
暗算・計算 145 (43.8)
囲碁・将棋a 11 (3.3)
趣味 編物・刺繍 27 (8.2)
ピアノ・エレクトーンa 12 (3.6)
パソコン・スマホ 126 (38.1)
音楽鑑賞・演奏 75 (22.7)
ドライブ・旅行 135 (40.8)
社会参加交流 サークル・趣味活動 71 (21.5)
ボランティア活動 34 (10.3)
仕事 178 (53.8)
地域活動 59 (17.8)
健康管理 考えながら料理する 195 (58.9)
栄養バランスを考えて食べる 216 (65.3)
魚中心の食事にする 122 (36.9)
減塩に心がける 194 (58.6)
服薬管理を行う 123 (37.2)

注)

a 複数回答,認知機能低下予防行動内容のうち「その他」の回答を除外し,実施者数の少ない項目を統合した結果,23項目を示す

b ソフトボール等:ソフトボール・野球,ジョギング,バレーボール,バドミントンを含む

予防行動を実施している者は,分析対象者909名のうち331名(36.4%)であった.予防行動実施者331名の予防行動の内容別に実施割合をみると,読書・新聞を読む252名(76.1%),栄養バランスを考えて食べる216名(65.3%),考えながら料理する195名(58.9%),減塩に心がける194名(58.6%),仕事178名(53.8%),ウォーキング166名(50.2%)の順に多かった.

3. 認知機能低下予防行動の実施に関連する要因(表3, 4

分析対象者909名について,予防行動を実施している331名と実施していない578名で2群比較した結果,予防行動を実施している群は,女性(p<0.001),60代の人(p<0.001),就労していない人(p<0.001),経済的に満足している人(p=0.016),認知症予防への関心がとてもある人(p<0.001),認知症者との接触体験がある人(p=0.003),行動変容への家族・友人からのサポート得点が高い人(p<0.001)が統計的に有意に多かった.単変量解析で予防行動の実施に関連があった7項目について,多重共線性の確認を行った結果,ファイ係数が0.8を超える項目はなく,7項目全てを説明変数,予防行動の実施を目的変数として,回答に欠損がある者を除く875名について,二項ロジスティック回帰分析を行った.その結果,予防行動の実施に有意な関連があった要因は,女性OR=1.62(95%CI: 1.18–2.23),60代OR=1.66(95%CI: 1.20–2.28),就労しているOR=0.55(95%CI: 0.39–0.77),認知症予防への関心がとてもあるOR=3.29(95%CI: 2.42–4.46),認知症者との接触体験があるOR=1.48(95%CI: 1.07–2.05),行動変容への家族・友人からのサポート得点が高いOR=1.48(95%CI: 1.06–2.07)であった.

表3  認知機能低下予防行動の実施に関連する要因(単変量解析)(N=909)
要因 全体 認知機能低下予防行動 p
実施している
n=331(36.4)
実施していない
n=578(63.6)
n n (%) n (%)
性別
男性 406 106 (26.1) 300 (73.9) <0.001
女性 503 225 (44.7) 278 (55.3)
年代
50代 416 120 (28.8) 296 (71.2) <0.001
60代 493 211 (42.8) 282 (57.2)
就労(n=899)
している 638 195 (30.6) 443 (69.4) <0.001
していない 261 133 (51.0) 128 (49.0)
経済的満足度(n=905)
満足している 109 51 (46.8) 58 (53.2) 0.016
その他の群a 796 278 (34.9) 518 (65.1)
認知症予防への関心(n=891)
とてもある 350 195 (55.7) 155 (44.3) <0.001
その他の群b 541 131 (24.2) 410 (75.8)
ヘルスリテラシー(n=851)
高群(4.0点以上) 323 124 (38.4) 199 (61.6) 0.553
低・中群(3.9点以下) 528 192 (36.4) 336 (63.6)
認知症者との接触体験(n=905)
ある 579 231 (39.9) 348 (60.1) 0.003
ない 326 98 (30.1) 228 (69.9)
行動変容への家族・友人からのサポート
高群(20点以上) 254 116 (45.7) 138 (54.3) <0.001
低・中群(19点以下) 655 215 (32.8) 440 (67.2)
主観的健康感(n=907)
よい 165 59 (35.8) 106 (64.2) 0.853
その他の群c 742 271 (36.5) 471 (63.5)
老いの自覚(n=874)
とても感じる 236 90 (38.1) 146 (61.9) 0.459
その他の群d 638 226 (35.4) 412 (64.6)
通院治療中の疾患(n=908)
ある 499 193 (38.7) 306 (61.3) 0.124
ない 409 138 (33.7) 271 (66.3)

注)χ2検定

a「まあまあ満足している」「あまり満足していない」「満足していない」と回答した者を示す

b「少しある」「あまりない」「全くない」と回答した者を示す

c「まあよい」「あまりよくない」「よくない」と回答した者を示す

d「少し感じる」「あまり感じない」「全く感じない」と回答した者を示す

表4  認知機能低下予防行動の実施に関連する要因(二項ロジスティック回帰分析)(N=875)
要因 n OR (95%CI p
性別
男性 395 1.00 0.003
女性 480 1.62 (1.18–2.23)
年代
50代 404 1.00 0.002
60代 471 1.66 (1.20–2.28)
就労
していない 620 1.00 <0.001
している 255 0.55 (0.39–0.77)
経済的満足度
その他の群a 769 1.00 0.077
満足している 106 1.50 (0.96–2.36)
認知症予防への関心
その他の群b 532 1.00 <0.001
とてもある 343 3.29 (2.42–4.46)
認知症者との接触体験
ない 316 1.00 0.023
ある 559 1.48 (1.07–2.05)
行動変容への家族・友人からのサポート
低・中群(19点以下) 631 1.00 0.023
高群(20点以上) 244 1.48 (1.06–2.07)

注)二項ロジスティック回帰分析,変数増加法(尤度比)

OR:Odds Ratio,CI:Confidence Interval

a「まあまあ満足している」「あまり満足していない」「満足していない」と回答した者を示す

b「少しある」「あまりない」「全くない」と回答した者を示す

IV. 考察

1. 向老期住民の認知機能低下予防行動の実態

予防行動を実施している向老期住民は36.4%であり,50代では28.8%,60代では42.8%であった.国内で,向老期住民の予防行動実施割合を明らかにした先行研究はないが,高齢者大学に通う地域活動のリーダーとして活躍意思を有する60代以上の予防行動実施割合は51.1%と示されている(田中ら,2012).また,認知症を国の最優先健康課題に位置づけているオーストラリア(Russell de Burgh, 2013)では,向老期住民の予防行動実施割合は示されていないが,40代と50代は36.7%,60代以上は53.1%であった(Smith et al., 2015).本研究の予防行動の実施割合は,先行研究(田中ら,2012Smith et al., 2015)より低値であったものの,年代が上がるほど予防行動の実施割合が高くなることは同様の結果を示した.本研究で対象とした向老期住民の3人に1人が既に予防行動を実践していたことは,地域の中に予防行動を実施している者が一定数いることを示していると推察される.

予防行動の内容別に実施割合をみると,読書・新聞を読む,栄養バランスを考えて食べる,考えながら料理するの順に多かった.健康意識に関する調査(厚生労働省,2014)において,40歳から64歳では健康のために気を付けていることは「食事・栄養に気を配る」「睡眠や休養を十分にとる心がけ」の順に多い結果を示している.一方,知的行動習慣を身につけることが健康寿命の延伸に重要と認識している40歳以上の者はわずか1割程度であると報告されている(厚生労働省,2016).これらのことから,向老期住民は認知症予防を意識して,脳を活性化させる知的活動を実施するというよりは,読書,料理,ウォーキングといった既に習慣化されている行動を認知症予防と結びつけて認識していると推察される.

2. 向老期住民の認知機能低下予防行動に関連する要因

予防行動の実施に関連を認めた要因は,女性,60代,就労していない,認知症予防への関心がとてもある,認知症者との接触体験がある,行動変容への家族・友人からのサポートが高いであり,その中で認知症予防への関心が最も強く関連していた.女性や60代が予防行動を多く実施していることは,先行研究(Smith et al., 2015)と同様の結果であった.女性は男性と比べて健康意識が高く,保健行動を多く実施する(古谷野ら,2006)との報告もある.加えて,就労していない者が予防行動を多く実施していた.家庭などの役割の変化や転機が保健行動に密接に関わる(小澤ら,2013)との報告もあり,定年退職などによる職場や家庭での役割変化や転機が向老期住民の予防行動を後押ししているのではないかと考える.次に,予防行動と認知症予防への関心が強い関連を示した.行動変容のステージ理論によれば,関心期や準備期といった一連のステージを経て,実行期へと行動変容が進むとされる(Prochaska et al., 1983).このことから,認知症予防に関心を持つことが,行動変容への動機づけになっていると考えられる.また,本研究における認知症予防への関心は,「あなたは,認知症予防や頭の働きを衰えさせないようにすることへの関心がありますか」と問うており,向老期住民がわが事として捉えた結果,予防行動の実施に強く関連していたと考えられる.さらに,予防行動は認知症者との接触体験との関連を認めた.Greenら(2005)は,知識に基づいて行動するための動機を引き起こすだけの強烈なきっかけがなければ,望むような保健行動は起きにくいと述べている.このことから,向老期住民が認知症者との接触体験を有していることは予防行動の動機を引き起こすきっかけになっている可能性がある.加えて,行動変容への家族・友人からのサポートが予防行動との関連を示した.行動に対する周囲からのサポートを有している者は,長期間の行動維持に繫がりやすい(Green et al., 2005)とされ,予防行動を実施している向老期住民は,家族や仲間といった人的資源をもっていると考えられ,予防行動の継続にも寄与すると考えられる.

3. 地域看護実践への示唆

既に予防行動を実施している向老期住民に対しては,意義ある行動に取り組んでいることをフィードバックする必要がある.なぜならば,向老期住民が実践していたウォーキング,読書,栄養バランスを考えた食事などの予防行動の内容は,身体的活動,知的活動,社会的活動,健康管理といった認知症の保護因子(Fratiglioni et al., 2004)と対応しているからである.これら向老期住民が実施している予防行動の内容と認知症の保護因子を対応させて住民に示すことにより,認知症が予防できることが価値づけられ,モチベーションを高めて予防行動の継続を促す働きかけとなると考える.

予防行動を実施していない向老期住民に対しては,本研究で取り組まれていた具体的な予防行動の内容を紹介することによって,「それなら既に私は行っている」と認識を新たにする可能性がある.また,身近なロールモデルに思い当たることができ,「これなら私にもできる」と思えるような自己効力感を高める働きかけにもなると考える.さらに,予防行動の実施には認知症は予防できるという信念が影響する(Smith et al., 2015)ことから,信念を生みだすためには認知症予防に対する正しい情報を生活行動に関連づけて提供することが必要と考える.

今回調査した予防行動には,ソフトボール等の運動や地域活動やサークル・趣味活動など複数人での実施が一般的とされる内容も含まれており,予防行動を実施している向老期住民の中には,地域住民や仲間と交流している者が一定割合いると考えられる.Singh-Manouxら(2003)は,中年期に認知的に複雑で社会相互作用を伴う余暇活動を実施することは,良好な認知機能と関連すると述べている.向老期住民に対して,地域活動やサークル・趣味活動をより促進することが,認知機能低下を予防し,認知症リスクを保護する働きかけとなる可能性が示唆された.

4. 本研究の限界

本研究の限界は,調査対象が1つの自治体に限定されており,協力が得られた対象者が約4割に留まっていることである.また,回答者が,認知機能低下予防に関心の高い住民に偏った可能性は否定できない.さらに,認知機能低下予防に向けた行動内容の項目は科学的根拠のある類型を基にA町保健師と共に,独自に作成したものである.以上の理由から結果の一般化には限界がある.

V. 結語

本研究の結果,向老期住民の4割弱が予防行動を実施していた.その予防行動の内容は,読書・新聞を読む,栄養バランスを考えて食べる,考えながら料理するの順に多かった.予防行動の実施に関連する要因は,女性,60代,就労していない,認知症予防への関心がとてもある,認知症者との接触体験がある,行動変容への家族や友人からのサポート得点が高いことであった.本結果から,既に予防行動を実施している向老期住民には,効果的で意義ある行動に取り組んでいることをフィードバックすることにより,行動を価値づけ,モチベーションを高めて継続を促す働きかけが必要と示唆された.一方,未実施者には,実施者の具体的な予防行動の内容の紹介により身近なロールモデルを想起する働きかけや「認知症は予防できる」という信念を生み出すために生活行動と関連づけた正しい情報提供が必要と示唆された.

謝辞

調査にご協力いただきました住民の方をはじめ,A町保健師ならびに関係者の皆様に深くお礼申し上げます.なお,本研究はJSPS科研費16K12346の助成を受けたものである.加えて,愛媛県立医療技術大学大学院保健医療学研究科に提出した修士論文の一部に加筆修正を加えたものであり,一部は,第6回日本公衆衛生看護学会学術集会にて発表した.本研究に関して,開示すべき利益相反状態は存在しない.

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