Japanese Journal of Public Health Nursing
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Research Article
Ethical Issues on Public Health Nursing: The Current Status Encountered by Public Health Nurses and Their Subjective Difficulties
Reiko OkamotoCheng LuoMasako KageyamaMisaki KiyaAoki Tada
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JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML

2020 Volume 9 Issue 3 Pages 136-145

Details
Abstract

目的:本研究の目的は,公衆衛生看護における倫理的課題について,保健師が実際に遭遇している実態と主観的困難度,改善経験を明らかにすることである.

方法:全国の自治体保健師1,584人に,郵送による無記名自記式質問紙調査を行った(有効回答526人,33.2%).

結果:9割近くの保健師は,過去3年の間に,10項目の倫理的課題のいずれかに,平均20件以上遭遇していた.倫理的課題の改善経験がある者はない者より遭遇件数が多かったが,困難度がより低いわけではなかった.属性別には,遭遇件数が有意に多かったのは,最終学歴では修士以上,倫理研修受講経験ではあり群,地域特性では都市中心部であった.困難度は都市中心部・郊外よりも市部が有意に高かった.

考察:今後,公衆衛生看護における倫理教育を考える際,修士課程における実践的教育の強化や,地域特性に応じた教育プログラムの開発と展開を急ぐ必要がある.

Translated Abstract

Objective: The purpose of this study was to clarify the current state of ethical issues in public health nursing encountered by nurses, along with subjective difficulties, and their experience in improving them.

Methods: We analyzed the results of an anonymous, self-administered, questionnaire-type survey completed by 526 public health nurses who worked in prefectures/municipalities throughout Japan (valid response rate: 33.2%).

Results: According to our investigation, nearly 90% of public health nurses reported that they had encountered more than 20 instances of one or more of 10 ethical issues presented in the questionnaire in the past three years. Those who indicated they had experience in improving ethical issues reported more encounters than those without, but they did not report fewer difficulties in resolution. By attribute, the number of encounters was significantly higher among those with a master’s/doctoral degree, those experienced in ethics training, and those who practice in a city center. Subjective difficulties were reported to be significantly higher among public health nurses in cities/towns than those in city centers and/or suburbs.

Discussion: Our findings suggest that when considering ethics education in public health nursing in the future, it should be necessary to strengthen practical education in the master’s program and to develop and implement educational programs according to regional characteristics.

I. 緒言

公衆衛生とは,すべての人々の「生」を衛る営みであり,憲法第25条の生存権を保障することに他ならない.衛るべき「生」とは,生命であり,生きる権利であり,生産活動を含む生活である(岩室,2014丸山,1990).しかし近年,健康格差や医療格差,健康危機の頻発,疾病構造の変化など,公衆衛生を脅かす課題が山積しており,それらは政策上の問題であると同時に倫理的課題を伴う場合が多く(松井ら,2009),その解決に資する教育の充実が重要性を増している.

保健師は,公衆衛生の向上を目指す活動の最前線で看護を展開する専門職である.その教育においては,保健師国家試験出題基準(厚生労働省,2018,以下国試基準)の公衆衛生看護学概論の大項目や,全国保健師教育機関協議会(2018)による公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリキュラム(2017)の保健師として求められる基本的な資質と能力の中に公衆衛生看護倫理の項があり,各校の裁量で教育が行われている.しかし,先行研究(小林ら,2018)によると,公衆衛生看護倫理教育はその必要性は高く認識されているものの実施率は低く,教育内容が体系化されていない問題が報告されている.

教育は現実の課題解決に寄与する資質と能力を高める内容である必要がある.では保健師が遭遇する公衆衛生看護における倫理的課題とはどのようなもので,その解決に向けてどのような教育が求められるのであろうか.保健師が倫理的課題に遭遇する頻度や倫理的ジレンマを感じる状況に関する調査では(Asahara et al., 2012鳩野ら,2016),本人と家族間あるいは近隣間の意向の相違や,行政内の判断や関係機関との間での課題,法制度の狭間や資源の分配に関する倫理的課題が含まれていた.しかし地域の専門職の多くが困難感を持つ介入拒否(野村,2011)など公的責任や権利擁護関連,および先述した国試基準の保健師の職業倫理に関する項目は十分でなく,今後はそれらを含んだより包括的な検討が求められる状況と考えられた.教育の内容と方法の体系化に向けては,まず,地域において遭遇する倫理的課題の実態とともに,保健師がそれにどのように対応しているか,何に困難を感じているかなどについて実態を把握する必要がある.

そこで本研究の目的は,先行研究より包括的に検討した公衆衛生看護における倫理的課題について,保健師が実際に遭遇している件数と改善経験の実態と,保健師の主観的困難度を明らかにすることとした.本研究の意義は,公衆衛生看護倫理教育の内容と方法の体系化に向けた第一段階として,その検討材料となる基礎資料が得られることである.なお,倫理的課題への対応方法については稿を改める.

II. 方法

1. 研究方法

本研究は量的記述的研究デザインである.

2. データ収集方法

対象者は,全国の自治体で働く常勤保健師(以下,保健師),調査方法は,郵送による無記名自記式質問紙調査である.

質問紙は全国47都道府県・74の保健所設置市・23特別区の合計144ヶ所の統括保健師宛てに11部(合計1,584部)を郵送した.1部は本庁保健師,10部は地区特性の異なる部署(都市部と郡部)に満遍なく配布するよう依頼した.具体的な配布条件は,都道府県の場合は,保健所設置市内を除く市部に4~6部,郡部(町村を含む)に4~6部であり,都道府県保健所と市町村保健センターまたは役場を含むこと,保健所政令市・特別区の場合は,都市中心部に4~6部,都市周辺部に4~6部,保健所と保健師が配属されている他部署も含むこととした.都市部と郡部に分けて配布を依頼した理由は,生じる倫理的課題が地域によって異なる可能性があるため,バラエティに富んだ状況を把握したいと考えたからである.調査期間は2018年1月~2月であり,1月末に催促状を1回送付した.

3. 調査内容

調査内容は,基本情報(保健師経験年数,所属の設置主体,役職,最終学歴,保健師就労後の倫理研修受講経験,管轄の地域特性),公衆衛生看護における倫理的課題(以下,倫理的課題)に関する項目である.保健師が倫理的課題に遭遇している実態としては,そのような状況に過去3年間で遭遇した件数(以下,遭遇件数;0件から10件以上の選択肢)と,少しでも状況を改善した経験があるか(改善経験の有無)を問うた.および主観的困難度(以下,困難度;全く困難だと思わない0点から非常に困難だと思う10点の評定尺度)について問うた.過去3年間としたのは遡及的に記憶を辿れる期間として適切と考えたからである.

倫理的課題は,国内外の文献と関連する倫理綱領より項目を収集し,著者らが協議を重ね,最終的に10項目に精錬した(Asahara et al., 2012, 2013Callahan et al., 2002Canadian Nurses Association, 2006Clancy et al., 2007Duncan, 1992鳩野ら,2016ICN, 2012Ivanov et al., 2013Kalauz et al., 2013Mann, 1997中尾ら,2004Pope et al., 2016Racher, 2007Rogers, 2004習田ら,2002Thomas et al., 2002Victor G.L. Foundation, 2013Weed, 1999Weed et al., 2003).10項目は,①意向の相異,②介入拒否,③意思尊重の限界,④誤解や摩擦,⑤個人情報の保護,⑥不平等・格差,⑦規定外支援の必要,⑧法定外支援の必要,⑨実践能力の不足,⑩責任範囲の限界であり,生命や生きる権利・生活に関わる問題について,保健師として対応の判断に悩み,あるいは対応できず倫理が必要な状況であった(質問紙に記述した内容は図1脚注を参照).協議に際しては,公衆衛生看護における倫理的課題の特徴が明瞭に示せるよう留意した.具体的には,それぞれの倫理的課題の所在とそれに対する保健師の責任を明確にし,公衆衛生看護の活動規範である社会的公正(日本公衆衛生看護学会,2014)に基づいて,公衆衛生看護の役割として「生(生存権)」を衛るべき課題であることを確認しながら進めるとともに,その課題を持つ事例の存在を文献で確認し,内容妥当性を確保した.これらの意図が明瞭になるよう図1に概念枠組みを示した.

図1 

公衆衛生看護における倫理的課題の概念枠組み

4. 分析方法

各質問項目について記述統計を求め,遭遇件数,主観的困難度について,基本情報の属性別および改善経験の有無別に,倫理的課題10項目とのクロス集計および統計的検定を行った.統計解析にはSPSS Ver. 24を用い,有意水準は5%未満とした.なお,遭遇件数の10件以上は10件とカウントした.

5. 用語の定義

用語の定義は,文献(麻原,2014岩室,2014丸山,1990日本公衆衛生看護学会,2014)をもとに研究者で検討し次のとおりとした.

【公衆衛生看護倫理】:社会的公正を規範とし,人々(個人・家族・コミュニティ)の生命や生きる権利,生活(生産を含む)を衛るために,それに関わる問題について,公衆衛生看護職としての自分のあり方や行いが,良いか・悪いか,正しいか・間違っているかを検討する営み.

【倫理的課題】判断に悩み,倫理が必要な状況.

6. 倫理的配慮

大阪大学医学部附属病院倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号:17302,承認年月日:2017年12月26日).文書にて研究協力の自由,個人情報の保護等について説明し,質問紙に設けた研究協力の同意欄へのチェックと返送を以て研究協力の承諾を確認した.

III. 結果

1. 回収状況と回答者の特徴

534通(回収率33.7%)の返送があり,うち有効回答は526(有効回答率33.2%)であった.地域別配布数と有効回答数(有効回答率)は,北海道・東北が209中88(42.1%),関東・甲信越528中150(28.4%),東海・北陸198中56(28.3%),近畿220中86(39.1%),中国・四国が220中76(34.5%),九州・沖縄209中70(33.5%)であった.回答者の所属部署は複数回答が多く(総数1063),母子保健213,成人保健195,高齢者保健・介護保険155,精神保健149,難病113,感染症96,企画・統括・人材育成47,その他95であった.この他の対象の基本情報は表1のとおりであった.

表1  対象の基本情報 N=526
属 性 %
保健師経験年数 5年以下 25 4.8
6年以上15年以下 86 16.3
15年以上25年以下 153 29.1
26年以上 262 49.8
所属の設置主体 都道府県本庁 28 5.3
都道府県保健所 87 16.5
保健所設置市 252 47.9
特別区 35 6.7
72 13.7
町村 52 9.9
役職 係員 79 15.0
主任級 74 14.1
係長 186 35.4
課長補佐級 120 22.8
課長以上 67 12.7
最終学歴 専門学校 265 50.4
短期大学専攻科 103 19.6
四年制大学 130 24.7
修士以上 28 5.3
保健師就労後の倫理研修受講経験 あり 264 50.2
なし 262 49.8
管轄の地域特性 都市中心部 105 20.0
市部 292 55.5
郊外 129 24.5

2. 保健師が遭遇した倫理的課題の実態

1) 過去3年間の倫理的課題遭遇件数

倫理的課題全項目について,これらの状況に遭遇した件数の合計は12,399件であり,保健師1人当たりの平均遭遇件数は23.6件であった.全項目について10件以上であったのは7人(1.3%,経験年数平均26.4年;範囲17–35年),逆に全て0件であったのは67人(12.7%,経験年数平均26.9年;範囲1–39年)であった.

項目毎の遭遇件数(表2)の平均は0.9から3.9件の範囲であった.遭遇件数が最も多かったのは①意向の相違3.9件,続いて②介入拒否3.5件,⑦規定外支援の必要3.0件,③意思尊重の限界2.9件,④誤解や摩擦2.7件であり,最も少なかったのは⑤個人情報の保護0.9件であった.遭遇件数別には,0件が最も多く,項目によって異なるものの25から75%(131–395人)の者が0件と回答していた.しかし,10件以上と回答した者も0.3から20%おり(17–106人),多い順に①意向の相違106人,②介入拒否86人,③意思尊重の限界74人,⑦規定外支援の必要69人であった.

表2  過去3年間の倫理的課題遭遇件数 N=526
  項目 平均値±標準偏差(件) 遭遇件数毎の回答人数(人) 遭遇あり人数再掲(人)
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10件以上
意向の相異 3.9±3.71 136 53 56 59 20 55 18 6 12 5 106 390
介入拒否 3.5±3.55 131 90 48 55 19 53 18 12 10 4 86 395
意思尊重の限界 2.9±3.49 192 81 55 46 14 34 13 7 7 3 74 334
誤解や摩擦 2.7±3.26 188 80 56 52 10 51 13 6 11 3 56 338
個人情報の保護 0.9±2.10 395 36 30 21 3 22 2 0 0 0 17 131
不平等・格差 1.7±2.80 298 57 39 41 9 36 2 6 3 1 34 228
規定外支援の必要 3.0±3.45 171 72 72 46 13 42 12 11 14 4 69 355
法定外支援の必要 1.5±2.66 320 52 41 34 8 31 4 2 4 0 30 206
実践能力の不足 1.5±2.61 323 58 30 35 8 32 8 1 3 2 26 203
責任範囲の限界 1.9±2.98 269 77 43 31 13 35 7 2 5 3 41 257

2) 倫理的課題の改善経験

倫理的課題の改善経験ありは,多い順に,②介入拒否372人(70.7%),①意向の相違371人(70.5%),④誤解や摩擦293人(55.7%),③意思尊重の限界272人(51.7%),⑦規定外支援の必要257人(48.9%),⑩責任範囲の限界254人(48.3%),⑨実践能力の不足229人(43.5%),⑥不平等・格差179人(34.0%),⑧法定外支援の必要153人(29.1%),⑤個人情報の保護96人(18.3%)であった.

3. 倫理的課題に対する主観的困難度(表3
表3  倫理的課題への主観的困難度 N=526
  項目 平均値±標準偏差 主観的困難度得点(度数分布)
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
意向の相異 6.3±2.39 8​ 6​ 18​ 38​ 26​ 125​ 54​ 66​ 92​ 25​ 68​
介入拒否 7.3±2.43 6​ 7​ 14​ 22​ 10​ 73​ 30​ 73​ 112​ 48​ 131​
意思尊重の限界 6.6±2.53 7​ 16​ 21​ 24​ 17​ 97​ 48​ 75​ 95​ 40​ 86​
誤解や摩擦 6.6±2.43 9​ 5​ 15​ 34​ 24​ 100​ 48​ 77​ 88​ 47​ 79​
個人情報の保護 6.3±2.98 26​ 21​ 17​ 38​ 21​ 96​ 32​ 56​ 67​ 41​ 111​
不平等・格差 5.9±2.51 14​ 15​ 27​ 41​ 31​ 126​ 46​ 68​ 84​ 28​ 46​
規定外支援の必要 6.7±2.4 5​ 7​ 19​ 27​ 19​ 99​ 48​ 68​ 110​ 37​ 87​
法定外支援の必要 6.7±2.78 16​ 13​ 19​ 31​ 20​ 83​ 35​ 65​ 75​ 53​ 116​
実践能力の不足 5.8±2.9 21​ 28​ 31​ 50​ 18​ 118​ 34​ 46​ 71​ 35​ 74​
責任範囲の限界 6.4±2.8 15​ 21​ 22​ 35​ 12​ 118​ 24​ 52​ 91​ 41​ 95​

※全く困難だと思わない 0点~非常に困難だと思う 10点

困難度(0–10点)は,10項目全てで中央値5を超えており(5.8–7.3点),高い順に②介⼊拒否7.3,⑦規定外支援の必要6.7,⑧法定外⽀援の必要6.7,最も低かったのは⑨実践能⼒の不⾜5.8であった.

遭遇件数と困難度の相関関係について相関係数rを求めたところ,10項目の値は–0.09から0.16の範囲であり,相関関係はみられなかった.

4. 属性別の遭遇件数と主観的困難度

ここでは,遭遇件数と困難度について,属性別に集計した結果を示す.なお,所属の設置主体は管轄の地域特性別集計,および役職は経験年数別集計の結果と同傾向であったため省略した.

1) 保健師経験年数4群別(表4
表4  倫理的課題遭遇件数と主観的困難度(保健師経験年数4群別) N=526
項目 遭遇件数(平均値) 主観的困難度(平均値)
5年以下
n=25
6–15年
n=86
16–25年
n=153
26年以上
n=262
P 5年以下
n=25
6–15年
n=86
16–25年
n=153
26年以上
n=262
P
意向の相異 2.8 4.7 4.0 3.7 0.062   6.6 6.7 6.4 6.1 0.119
介入拒否 2.8 4.6 3.8 3.1 0.002   8.0 7.8 7.4 7.0 0.002
意思尊重の限界 2.1 3.9 3.0 2.5 0.003   7.2 6.9 6.7 6.4 0.174
誤解や摩擦 1.2 3.3 2.9 2.6 0.092   6.8 7.1 6.6 6.5 0.215
個人情報の保護 0.1 1.1 0.9 0.9 0.038   6.8 6.6 6.4 6.2 0.589
不平等・格差 1.1 2.3 1.7 1.6 0.366   6.5 6.1 5.8 5.8 0.343
規定外支援の必要 2.0 4.1 3.5 2.6 <0.001   6.9 7.3 6.8 6.5 0.055
法定外支援の必要 0.5 2.2 1.6 1.4 0.015   7.3 7.2 6.8 6.5 0.141
実践能力の不足 1.6 2.3 1.6 1.1 <0.001   7.1 6.1 6.0 5.5 0.019
責任範囲の限界 1.5 2.9 2.2 1.5 0.003   6.9 7.1 6.6 6.0 0.008

Kruskal-Wallis検定

経験年数4群別では,5年以下が他の群よりほぼ全ての項目で遭遇件数が少なく(0.1–2.8件),経験年数6から15年(以下,6–15年)は10項目全てにおいて他の群より遭遇件数が多かった(1.1–4.7件).有意差は7項目でみられた(P<0.05).経験年数16から25年(以下,16–25年),26年以上は,6–15年より徐々に件数が減っていた.

困難度では,5年以下・6–15年のいずれかが他の群より高値を示し,16–25年,26年以上と徐々に値が減少していた.しかし,10項目においていずれの群も5.5点を下回る値はなかった.とりわけ5年以下の介入拒否は8.0点と,困難度が最も高かった.有意差は3項目でみられた(P<0.01).

2) 最終学歴4群別(表5
表5  倫理的課題遭遇件数と主観的困難度(最終学歴4群別) N=526
項目 遭遇件数(平均値) 主観的困難度(平均値)
専門学校
n=265
短期大学専攻科
n=103
四年制大学
n=130
修士以上
n=28
P 専門学校
n=265
短期大学専攻科
n=103
四年制大学
n=130
修士以上
n=28
P
意向の相異 3.5 4.4 4.0 4.8 0.188   6.0 6.7 6.7 5.9 0.010
介入拒否 3.1 4.1 3.9 4.2 0.052   7.0 7.8 7.8 6.4 0.001
意思尊重の限界 2.5 3.2 3.2 3.9 0.018   6.5 6.9 6.7 6.3 0.587
誤解や摩擦 2.5 3.2 2.7 3.5 0.341   6.4 7.0 6.8 6.5 0.143
個人情報の保護 0.7 1.0 1.1 1.7 0.350   6.1 6.9 6.6 5.8 0.051
不平等・格差 1.5 1.9 1.9 2.4 0.433   5.7 6.3 6.1 5.4 0.110
規定外支援の必要 2.7 3.4 3.2 4.9 0.003   6.5 7.3 6.8 6.2 0.056
法定外支援の必要 1.2 1.5 1.8 2.7 0.090   6.4 7.2 7.2 6.1 0.013
実践能力の不足 1.0 1.6 2.1 2.4 <0.001   5.6 6.0 6.4 4.7 0.015
責任範囲の限界 1.5 2.0 2.3 3.5 0.014   6.2 7.0 6.7 5.0 0.007

Kruskal-Wallis検定

最終学歴4群別では,修士以上が他の群より全ての項目で遭遇件数が多かった(1.7–4.9件).有意差は4項目でみられた(P<0.05).特に⑦規定外支援の必要では他の群より1.5から2.2件,⑩責任範囲の限界では1.2から2.0件の開きがあった.

困難度では,ほぼ全ての項目で修士以上が他の群より低値であった(4.7–6.5点).有意差は5項目でみられた(P<0.05).特に⑨実践能力の不足では他の群より0.9から1.7点,⑩責任範囲の限界では1.2から2.0点の差があった.

3) 保健師就労後の倫理研修受講経験有無別(表6
表6  倫理的課題遭遇件数と主観的困難度(倫理研修受講経験有無別) N=526
項目 遭遇件数(平均値) 主観的困難度(平均値)
なし
n=264
あり
n=262
P なし
n=264
あり
n=262
P
意向の相異 3.2 4.6 <0.001   6.3 6.3 0.834
介入拒否 2.9 4.1 <0.001   7.4 7.2 0.235
意思尊重の限界 2.4 3.3 0.001   6.6 6.6 0.800
誤解や摩擦 2.3 3.2 <0.001   6.7 6.5 0.342
個人情報の保護 0.5 1.2 0.019   6.4 6.3 0.576
不平等・格差 1.4 2.0 0.017   6.0 5.7 0.138
規定外支援の必要 2.5 3.7 <0.001   6.8 6.7 0.820
法定外支援の必要 1.2 1.9 0.002   6.9 6.5 0.095
実践能力の不足 1.2 1.7 0.257   6.1 5.5 0.010
責任範囲の限界 1.5 2.3 0.012   6.6 6.2 0.098

Mann-Whitney U検定

保健師就労後の倫理研修受講経験では,全ての項目で受講経験あり(1.2–4.6件)が受講経験なし(0.5–3.2件)より遭遇件数が多く,1項目を除いて有意差がみられた(P<0.05).

困難度では,10項目の両群の差は0から0.6点の範囲であり,有意差がみられたのは⑨実践能力の不足のみであった(P<0.05).

4) 管轄の地域特性3群別(表7
表7  倫理的課題遭遇件数と主観的困難度(管轄の地域特性3群別) N=526
項目 遭遇件数(平均値) 主観的困難度(平均値)
都市中心部
n=105
市部
n=292
郊外
n=129
P 都市中心部
n=105
市部
n=292
郊外
n=129
P
意向の相異 4.6 3.9 3.3 0.079   6.5 6.5 5.8 0.007
介入拒否 4.2 3.7 2.5 0.004   7.3 7.6 6.7 0.002
意思尊重の限界 3.4 3.0 2.1 0.018   6.7 6.9 5.9 0.001
誤解や摩擦 3.3 2.8 2.1 0.032   6.4 6.9 6.1 0.002
個人情報の保護 1.2 0.8 0.8 0.154   5.8 6.7 5.9 0.007
不平等・格差 1.7 1.7 1.7 0.876   5.5 6.1 5.7 0.129
規定外支援の必要 3.7 3.0 2.5 0.038   6.5 7.0 6.4 0.025
法定外支援の必要 1.7 1.5 1.3 0.453   6.7 7.0 6.3 0.044
実践能力の不足 1.8 1.4 1.2 0.492   5.7 5.9 5.7 0.613
責任範囲の限界 2.6 1.9 1.4 0.017   6.3 6.7 5.8 0.016

Kruskal-Wallis検定

管轄の地域特性では,3群ともに平均1.7件であった⑥不平等・格差以外の項目で,都市中心部(1.2–4.6件)が市部(0.8–3.9件),郊外(0.8–3.3件)よりも件数が多かった.有意差は5項目でみられた(P<0.05).

困難度では,市部(5.9–7.6点)が都市中心部(5.5–7.3点),郊外(5.7–6.7点)より①意向の相違を除く全ての項目で高値を示した.また,郊外が⑤個人情報の保護,⑥不平等・格差,⑨実践能力の不足を除く項目で他の2群より低値を示した.有意差は8項目でみられた(P<0.05).

5) 倫理的課題の改善経験有無別(図2

改善経験の有無別遭遇件数は,全ての項目で改善経験あり(2.4–4.6件)が改善経験なし(0.5–2.1件)より有意に多かった.一方,改善経験の有無別困難度は,殆どの項目で改善経験なし(5.9–7.3点)が改善経験あり(5.5–7.3点)より高値であったが,その差は0.01から0.6点の範囲であり,有意差がみられたのは2項目であった.

図2 

倫理的課題遭遇件数と主観的困難度(改善経験有無別)

IV. 考察

1. 対象の特徴

今回,調査票は全国から回収され,地域特性も多様なところからデータ収集されたことによって,倫理的課題の実態を包括的に把握できたと考える.係長級以上の保健師が約7割と多かったのは,様々な部署への配布を依頼したため,一定の経験を積み全体を把握する立場である役職者が代表して回答したからと考える.

2. 遭遇する倫理的課題の実態

9割近くの保健師は,過去3年の間に,10項目の倫理的課題のいずれかに,平均すると20件以上遭遇していることが分かった.これは今回精錬した10種類の倫理的課題が,確かに公衆衛生看護活動の現場で生じていることを示している.保健師活動や訪問看護における倫理的課題を扱った先行研究では(Asahara et al., 2012鳩野ら,2016社団法人全国訪問看護事業協会,2000),本人・家族間の意向の相違や,当事者の意思尊重の限界,近隣との摩擦,法制度の狭間の課題,上司や他職種との見解の相違という倫理的課題が挙がっており,それらは順に本稿における①③④⑦⑩に相当した.本研究において,先行研究ではみられなかった②介入拒否,⑤個人情報の保護,⑥不平等・格差,⑧法定外支援の必要,⑨実践能力の不足が挙がり,それらが生じている実態を明らかにしたことは新しい知見と考える.

全ての倫理的課題に遭遇していない者が1割以上いる反面,中には全ての項目で多数遭遇した者もおり,担当業務によってその遭遇頻度にばらつきがある可能性が示唆された.ただし,対象者個々の倫理的課題に対する感度は一様ではないと考えられることから,どの程度の事象を以て,倫理的課題であるとカウントしたかについては個人差のある可能性が否めない.

遭遇件数が多かった倫理的課題は①から④の当事者と近隣支援に関する項目であった.これは,自治体保健師約200人を対象とした調査において(鳩野ら,2016),倫理的ジレンマを感じる頻度が,しばしばある・時々あるを合わせると6割を超えており,状況別には,本人と家族の意向の相違,近隣との摩擦に関する項目を半数以上が挙げていた結果とも整合する.保健師は家庭訪問や健康相談,健康教室など地域での様々な事業や活動によって対人保健サービスを展開する職種であることから,この結果は本務遂行上の必然と考えられる.

特徴的であったのは⑦規定外支援の必要の値が高かったことである.既存の法制度やサービスが該当せずに保健師が悩む状況は,限られた社会資源のなか,多様で個別性の高い対象者のニーズに応えようとするからこそ生じることであり,公に奉仕する行政職かつ社会的公正を規範として活動する公衆衛生看護の専門家としての特徴がよく表れた結果であった.

3. 倫理的課題と主観的困難度

倫理的課題の遭遇件数と困難度には相関関係がなく,事例経験を積んだからといって困難度が低くなるわけではないことが示唆され,保健師の困難度が高いことが分かった.また,倫理的課題の改善経験がある者の方がない者より遭遇件数が多かったが,改善経験があるからといって困難度が低いわけではないことも分かった.これは,事例経験が多くなれば,改善することを経験するものの,それが困難感の低下につながるものではないことを示している.個々の事例の状況やニーズは,多様で変化を伴うものであり,画一的な対応で改善できるものではない.市町村保健師による精神障害者支援におけるジレンマを質的に分析した研究では,正解のない道を行く迷いや自信のなさが要素として挙がっており(坪井ら,2013),本稿における保健師の困難度の根底にも同様の状況があると推測する.つまり,常に実践したことが適切であったかどうかの判断に迷い,効果があったという評価も簡単ではないことが,保健師の困難感となっている可能性がある.

属性別の特徴としては,経験年数5年以下では遭遇件数も少なく困難度も高い,最終学歴が修士以上は遭遇件数が多く困難度が低い,倫理研修受講経験ありはなしの者より遭遇件数が多く困難度は⑨実践能力の不足で低い,管轄の地域特性では都市中心部の遭遇件数が多いが困難度は市部の者に高い,ということが分かった.今後,公衆衛生看護における倫理教育を考える際,このような特徴に配慮した内容と方法を考える必要があることが示唆された.具体的な提案を次に示す.

4. 公衆衛生看護における倫理教育と実践への示唆

結果から考えられることは,事例経験を積むことは改善経験を増やす点ではよいということ,そして,より困難度を下げるには,研修や修士課程進学で学習を積むことが重要ではないかということである.つまり,看護基礎教育から保健師基礎教育,学士課程から修士課程,現任教育へと段階的に積上げる教育内容と方法の開発と強化が求められる.公衆衛生の倫理に関する教育の方向性を示した先行研究においては(松井ら,2009),学部段階よりもむしろ大学院の専門段階以降における履修や研修の義務化が望ましいとされており,公衆衛生看護においても,体系的な教育カリキュラムと教材の整備が急務である.

教育プログラムと教材の開発は,遭遇頻度の高い項目への対応を習得できるものが必要であり,特に遭遇件数の多い都市部で適用できるようにすることが急がれる.さらに困難度の高い項目については,それを修得する教育プログラムと教材を開発し,早急に市部から適用できるようにする必要があると考える.鶴若ら(2013)は,倫理的課題への対応には,まず対象者の1人称のナラティブから倫理的課題に気づく力が重要と述べている.よって教育内容と方法を考える際には,例えば,ペットの多頭飼育で近隣苦情があるも他者の支援を拒否している事例や,不法滞在の外国人であるも排菌中の結核患者であり国内での支援継続が求められる事例など,現実に地域で生じている事例のナラティブを用いた教材開発が必須と考える.

5. 研究の限界と今後の課題

今回の調査で収集した遭遇件数は,過去の記憶を辿って書いてもらったことから,概数となっている可能性を否定できない点は本研究の限界である.また,今回の調査対象は自治体の保健師であったが,公衆衛生看護活動の場は多様であるため,産業保健や学校保健などの場での倫理的課題の遭遇実態等の明確化については,今後の課題と考える.さらに,今回明らかにした保健師が遭遇する倫理的課題の実態に基づいて,実際の事例に適用できる技術を習得する効果的な教育プログラムと教材を開発することも課題である.そのためには,まず倫理的課題の種別毎に,実際の事例で生じた事象とそれに対して改善が促進された,あるいは阻害された支援方法を質的に明らかにし,そこから効果的な対応方法についてまとめ,技術論を構築することが急務である.また,多様な倫理的課題に対応することは,常に困難な状況に直面することが前提であるため,どのような状況においても,住民や関係職種と協働し,その時その場で最善の答えを導いていける能力の習得方法の開発も同時に必要である.

謝辞等

本研究を行うにあたり,趣旨を理解し,調査にご協力くださいました全国の自治体の保健師の皆様に心からお礼を申し上げます.本研究に関連し,開示すべきCOI関係にある企業・組織および団体等はありません.

文献
 
© 2020 Japan Academy of Public Health Nursing
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