2020 Volume 9 Issue 3 Pages 172-180
目的:新興住宅地に居住する向老期世代を対象とした“地域への愛着”を育むプログラムを開発することである.
方法:首都圏近郊のA市B地区に在住する50~69歳で参加申し込みがあった20名を対象に“地域への愛着”を育むプログラムを実施した.プログラムの評価は,地域への愛着尺度を含むアンケートをプログラム実施前と直後,終了後1・3・6か月後の計5回実施し,尺度得点の変化を量的に分析した.また,グループインタビューとアンケートの自由記載は質的に分析した.
結果:地域への愛着尺度全体の平均得点は,プログラム直前に比べ直後・3か月後・6か月後の得点が有意に高くなった.参加者の気持ちは,地域や人々とのつながりの希求から,地域への貢献を望むことへと変化していた.
考察:“地域への愛着”を育むプログラムは,健康づくりに資する参加者同士のつながりを醸成し,地域活動への関心や参加を促進することにつながった.
全国の大都市近郊に造成開発された新興住宅地は,同時期に同年代の住民が移住してくる傾向を持ち,働く世代の増加に伴い,インフラ整備などの地域の発展に貢献してきた.しかし,地縁や血縁とは異なる動機で郊外住宅地に移住してくる住民は,近所づきあいや自治会などの地域活動への参加はあまり望まず,地域への関心は薄いと言われている.国土交通白書(2005)によると,地域の人々とのつきあいが疎遠になる理由の多くは,「昼間地域にいないことによるかかわりの希薄化」であるという調査結果が示されている(国土交通白書,2005).
同時期に同年代の住民が移住した住宅地では,四半世紀が経過すると別の課題も生じてくる.一つは,人口減少や少子化によって,地域の居住者の人口構造が高齢者の増加へと変化することである.もう一つは,郊外住宅地で空き地や空き家問題が深刻化し,商業施設などの撤退や縮小により生活環境の悪化を招く傾向がある(西山ら,2009).新興住宅地では,人間関係が希薄な状態で,人口の高齢化や商業施設の撤退などによる生活環境の変化が加わると予測できる.このことから,新興住宅地はソーシャル・キャピタルの強化が必要な地域と言える.
ソーシャル・キャピタルは「社会関係資本」とも言われ,孤立の防止や防犯などの地域社会の安定に関連すると指摘され(稲葉,2011),近年注目されている.健康との関連も指摘されており,ソーシャル・キャピタルが住民の健康に影響を及ぼす過程には,近隣への愛着が介在していることが明らかになっている(Carpiano, 2008;稲葉,2008).
一方で,向老期世代は身体的・精神的・社会的に変化のある時期である.社会的変化の一つとして,仕事などで「昼間地域にいない生活」から,退職などで「地域にいる生活」に変わる.中原ら(2007)は,向老期世代は,社会活動に参加することを通じて幸福感が得られ,その後の社会活動への参加を推進すると示唆している.さらに,高橋ら(2018)によると“地域への愛着”は,社会活動への参加の意向と関連があると報告している.しかし,菅原ら(2007)は,向老期世代は,同年代の知人や友人をつくる機会が限られ,新しい社会関係を醸成することが困難であると指摘する.このため新興住宅地に居住する向老期世代に対し,意図的に社会関係を構築する機会を提供することは重要と考えた.
そこで本研究は,新興住宅地に居住する向老期世代を対象とした“地域への愛着”を育むプログラムの開発を目的とした.なお,本研究では“地域への愛着”を大森ら(2014)の研究に基づき「日常生活圏における他者との共有経験によって形成され,社会的状況との相互作用を通じて変化する,地域に対する支持的意識であり,地域の未来を志向する心構えである」と定義した.
本研究は,“地域への愛着”を育むことが重要となるため,地域や住民の特性に沿ったプログラム開発が必要であるという考えから,A市と東北大学との共同実践事業として実施した.“地域への愛着”を育むプログラム(以下,プログラム)の開発手順は,次の2つの行程を経た.まず,研究者と保健師がプログラムを作成した.次に,プログラムを実施し,その効果を検証した.具体的な方法は以下の通りである.
1. 対象地域の選定対象地域はA市B地区とした.選定した理由は以下の通りである.A市の人口は約6万人であり,昭和50~60年代に首都直通の鉄道の開通と同時に首都圏域のベッドタウンとして大規模造成された新興住宅地を包含する地域である.A市B地区は,人口約7千人で,大規模造成から20年以上経過し,10年後には高齢化の急速な進展が予測される.鉄道の駅の徒歩圏内に,中高層マンションが立ち並び,住民は都心に通勤通学している.利便性が高い地区である一方で,B地区住民からは,戸建の住宅地と比べて住民間の交流が少なく「隣近所がわからない」という声も聞かれる.また,何かあると行政に苦情を訴え解決策を求めてくるB地区住民にA市保健師は不安を感じていた.以上の理由から,A市保健師はB地区住民の退職後の生活の質について懸念し,予防的介入としてA市B地区の住民間の支え合いや生活の質の維持向上のため“地域への愛着”を育てる必要性を感じ,対象地区に選定した.
2. 対象および研究参加者研究参加者を募るため,保健師が住民基本台帳に基づきB地区の向老期とされる50~69歳の全住民2,075人に郵送で通知した.住民には,B地区の素敵な風景や出来事の写真を集めた地図,「素敵マップ」を皆で作成しB地区をもっと好きになろうという企画であることを通知した.申し込みがあり,プログラムの初回に出席した者20名を研究参加者(以下,参加者)とした.
3. “地域への愛着”を育むプログラムの作成と内容プログラムの目的は,参加者の交流を促すことにより“地域への愛着”を高めることとした.先行研究により(酒井ら,2016),“地域への愛着”は,【人とのつながりを大切にする思い】【自分らしくいられるところ】【生きるための活力の源】【住民であることの誇り】の4つの概念から構成されている.プログラムは,この4つの構成概念を各回のテーマとして育むことで,参加者の“地域への愛着”を徐々に高めていくこととし,保健師と研究者で検討を重ねて作成した.
プログラムは,1回2時間,全4回とし,各回のテーマ,内容,形式は表1の通りとした.プログラム4回の具体的な展開は,“地域への愛着”の4つの構成概念を基に保健師が考案した.都心に勤めるB地区の50~60歳代の知的好奇心に対応できる教材として,写真を採用した.プログラム1回目は,“地域への愛着”の講義と写真のレクチャーを取り入れた.また,参加者の交流を促進するために,自己紹介ゲームや交流プログラムを展開した.2回目・3回目は,“地域への愛着”の4つの構成概念に関するB地区の写真を,参加者が自ら地域に足を運び撮影して持ち寄り,写真に込めた地域に対する思いを他者に伝える形式を取り入れた.参加者が写真に込めた思いは,4つの構成概念のどれにあたるか意見交換し,参加者自身がコメントを付けてボードに貼った.2回目で4つの構成概念の中でも,写真が少なかった概念については,3回目までに追加の写真を撮ってくるようにした.4回目は,B地区の課題を提示し,B地区のために自分たちにできることを考える内容とした.
回 | タイトル | 各回のテーマ | 内容 |
---|---|---|---|
1 | B地区に住むわたしたち:これからよろしくご近所さん | 人とのつながりを大切にする思いを共有する | オリエンテーション 質問紙調査 仮想地図(GW*) 地域への愛着と健康(講義),交流プログラム(GW) 写真のレクチャー(講義) 次回の案内(写真を持参しよう),お茶会 |
2 | わたしのB地区ほっとスポット:B地区のここが「いいね!」 | 生きるための活力の源を見出す | B地区の良いところ(写真を用いて)を4つの愛着要素に分けてみよう 写真への思いを語る「楽しみや生きがい(GW)」 次回の案内,振り返り/お茶会 |
3 | わたしのB地区ほっとスポット:B地区の眠れる価値 | 自分らしくいられるところを見出す | 2回目の作業の継続「安心できる居場所(GW)」 素敵マップの仕上げと成果発表会 センター長からの講評 次回の案内,振り返り/お茶会 |
4 | 夢を語ろう,B地区の未来と私の未来:ステキなまちには,つづきがある | 住民であることの誇りを共有する | A市の最新データからB地区の未来を読み解く(講義) GW:「自分と地域の未来」B地区でどのような生活を送りたいか,どのような地域であってほしいか,未来のB地区のために自分達にできることは何か 質問紙調査,お茶会,グループインタビュー |
週に1回開催.ただし3回目と4回目の間は,アルバム製本のため3週空けた
* GW:グループワーク
A市保健師2名がプログラム当日の運営と司会進行,プログラム実施期間中の参加者への連絡,参加者の継続的な観察,プログラム終了後の参加者による自主的な活動に関する相談とその対応を担った.研究者は主に,プログラムの実施当日の各グループおよび参加者全体の観察を担った.
5. プログラムの評価方法と分析方法プログラムの評価は,主に“地域への愛着”尺度(酒井ら,2016)の変化を量的データとしてアウトカム評価に用いた.また,参加者の地域や人々との関わりに対する気持ちの変化をインタビューや自由記載の質的データにより把握した.これらを補うために,参加者同士の交流や活動の様子を観察し,保健師の支援を記録した.
1) 量的評価方法と分析研究参加者を対象に,全5回の自記式質問紙調査を実施した.5回の調査時期は,プログラム開始の直前と最終回終了直後(会場にて実施),プログラム終了後1か月後,3か月後,6か月後(郵送法にて実施)であった.調査項目は,基本属性(年齢,性別など),主効果指標は“地域への愛着”尺度(酒井ら,2016)を用いた.“地域への愛着”尺度は,4つの下位尺度23項目からなる尺度である.各項目は「そう思う(4点)」から「そう思わない(1点)」の4件法で回答し,合計得点は最高92点,最低23点となる.この合計得点が高いほど“地域への愛着”が強いことになる.分析方法は分散分析とχ2検定を用い,有意水準は5%とした.統計ソフトはSPSS ver. 23を用いた.
2) 質的評価方法と分析全5回の質問紙調査の自由記載では,地域の人々との関わりに対する気持ちについて記載を求めた.また,プログラムの最終回終了後に,会場にてグループごとにインタビューを実施し,参加の感想や生活の変化について聞いた.自由記載はテキストデータにし,インタビュー内容は録音から逐語録を作成し,参加者の地域や人々との関わりに対する気持ちの変化について内容を分析した.
3) 参加者同士の交流や活動の観察プログラムの実施当日は,プログラム日誌を用い研究者が観察した.プログラムの期間中とその後の参加者の様子は,保健師が観察し研究者が聞き取った.
6. 倫理的配慮本研究は東北大学大学院医学系研究科倫理審査委員会の承認を受けて実施した(承認年月日:2014年3月19日,番号:2014-1-026).参加者には,質問紙への回答やインタビューへの参加は自由意志によること,質問紙はIDによって回答を結合可能とすることを書面に記し,介入プログラムへの参加前に口頭と書面で研究の趣旨および方法を説明した後,同意書への署名を求めた.対象者のID番号は,A市が管理し,研究担当者には個人が特定できないようにした.
項目 | n | (%) | |
---|---|---|---|
性別 | 男性 | 7 | (35.0) |
女性 | 13 | (65.0) | |
年齢 | 55歳未満 | 3 | (15.0) |
55–59歳 | 3 | (15.0) | |
60–64歳 | 6 | (30.0) | |
65歳以上 | 8 | (40.0) | |
職業a | 働いている | 8 | (42.1) |
定年退職 | 2 | (10.5) | |
専業主婦 | 5 | (26.3) | |
働いていない | 4 | (21.1) | |
治療中の疾患a | あり | 13 | (68.4) |
なし | 6 | (31.6) | |
居住形態 | 戸建の持家 | 5 | (25.0) |
戸建の賃貸 | 0 | (0.0) | |
集合住宅の持家 | 14 | (70.0) | |
集合住宅の賃貸 | 1 | (5.0) | |
社宅 | 0 | (0.0) | |
その他 | 0 | (0.0) | |
居住年数 | 10年未満 | 5 | (25.0) |
10–19年 | 7 | (35.0) | |
20–29年 | 8 | (40.0) | |
30年以上 | 0 | (0.0) |
注)a n=19
プログラムへの参加者は,男性7人(35.0%),女性が13人(65.0%),合計20人の参加だった.平均年齢は62.5±5.9歳,最年少は51歳,最年長は70歳だった.
2. プログラム実施から終了後6か月までの参加者の活動と保健師の支援 1) プログラム実施時の参加者同士の交流と保健師の支援プログラム全体を通じ,保健師は参加者の地域への興味を高め,個人間の定期的な交流,同じ生活環境で暮らしているという感覚や体験を促進した.また,プログラムでの活動を通じて生じる他者と交わることによる楽しさなどポジティブな自身の感情の変化や,地域の良さを発見できたことによる驚きや達成感を得られるよう配慮した.
具体的には,グループ内の交流と参加者全体の交流を図るために,毎回アイスブレイクを行った.例えば,グループ内の他己紹介やジェスチャーによる参加者全体で体を動かしながらコミュニケーションをとるレクリエーションゲームなどである.また,会場内で自発的な交流を促すために,毎回終了後に自由にお茶を飲みながら談話できるように交流の場を設定した.グループワークの雰囲気づくりのために,他人の意見には,まず「いいね」と声をかけるルールを伝えた.毎回の出席は18名前後となり,回を重ねるたびにプログラム中の相互の交流や終了後の談話が活発になっていった.保健師は,プログラムで生じ始めた関係性の継続を願い,名簿作成を後押しした.また,プログラムで作成したB地区の素敵マップの活用について公民館長に相談した.すると公民館長から,公民館のイベントで他の地域住民との共有ブースの設置の提案があった.そこで,プログラムの中に,実施会場の公民館長からの挨拶を入れ,最終回に同会場で3か月後に開催される「B地区センター祭」の案内を行った.
その結果,参加者の自主的な活動として,プログラムの2回目の終了前後より個人間の交流が出現し,3回目終了後には,参加者は自主的に名簿を作成していた.プログラム終了後には,自主グループが立ち上がった.
2) プログラム終了後の自主グループ活動と保健師の支援プログラム終了1か月後に参加者から自主的に集まるとの連絡を受け,保健師は,その会合に参加し「B地区センター祭」で各グループの素敵マップの展示を再度提案し,その準備と当日の展示紹介の活動をサポートした.
「B地区センター祭」では,地域のこどもから大人まで「地域の好きなところ」を4つの構成概念に沿って意見をもらった.参加者同士が協力し,発信・共有することでさらに団結が深まったと保健師は感じていた.
4か月後の参加者による自主的な会合では,「B地区センター祭」での活動の振り返りと同地区の文化財と歴史に関するA市職員(学芸員)による講話を聴く機会となっていた.6か月後には,参加者から防犯活動をしたいとの相談があり,保健師が交通防災課につないでいた.
3. 量的データ分析の結果 1) プログラム参加前後の地域の愛着尺度得点の変化(表3)“地域への愛着”尺度全体の平均得点の変化では,プログラム直前(66.4±11.8点)に比べて直後(71.5±10.4点)・3か月後(73.4±10.9点)・6か月後(73.1±12.5点)のそれぞれで得点が有意に高くなった.また,1か月後(69.6±11.5点)に比べ3か月後で得点が有意に高くなっていた.
同尺度における4つの下位尺度別平均得点の変化では,【人とのつながりを大切にする思い】がプログラム直前(22.1±4.7点)に比べて3か月後(24.5±4.6点)で得点が有意に高くなった.また,【自分らしくいられるところ】がプログラム直前(14.8±3.3点)に比べてプログラム直後(16.6±3.2点)で得点が有意に高くなった.なお,全ての下位尺度において,プログラム直前に比べて6か月後の得点が高くなる傾向が見られた.
2) プログラム参加前後の地域との関わりの変化(表4)地域への関わり状況の変化では,特に地域のサークルなどの趣味の活動経験のある者がプログラム直前の6人(30.0%)から6か月後には15人(75.0%)に有意に増加した(P=0.02).ただし,自治会や町内会への加入・活動参加や地域住民とのつきあいについては,顕著な変化は見られなかった.
直前 | 6ヶ月後 | P | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
n | (%) | n | (%) | ||||
自治会や町内会などへの加入 | あり | 17 | (85.0) | 17 | (85.0) | 1.00 | |
なし | 3 | (15.0) | 3 | (15.0) | |||
自治会や町内会などへの活動参加a | あり | 14 | (82.4) | 15 | (88.2) | 1.00 | |
なし | 3 | (17.6) | 2 | (11.8) | |||
地域のサークルなど趣味の活動経験 | あり | 6 | (30.0) | 15 | (75.0) | 0.02 | |
なし | 14 | (70.0) | 5 | (25.0) | |||
地域住民とのつきあい | あり | 8 | (40.0) | 9 | (45.0) | 1.00 | |
なし | 12 | (60.0) | 11 | (55.0) |
注)検定方法 χ2検定
a n=17
文中の〈 〉は,プログラム前後の参加者の地域や人々との関わりに対する気持ちの変化であるカテゴリ,「 」は実際の記述や語りを示す.
地域住民のプログラム開始前の参加者は,〈地域や人々とのつながりの希求〉と,写真が好きで〈健康とテーマとの関係への関心〉を持ち参加していた.参加者は「ほとんど住居地のことを知らず,将来を考えて自分の住むところをもっとよく知ろう.」「友人,知人ができればうれしい.」と記述していた.また,「健康増進に興味を持った.」「写真を撮ることがどう(健康増進と)つながるかなど」と関心を示していた.
プログラム終了時の参加者は,プログラムへの参加が〈地域交流の機会の獲得〉となり,住んでいる〈地域に向かう新たな意識の気づき〉,この地域で生きていこうという〈地域での生活継続の志向〉の気持ちを持っていた.参加者は「写真になった景色などを見て新しいB地区を発見し,よりB地区が好きになった.」「この地域の人たちと顔見知りになれて,親しみを感じられるようになった.」と交流できた喜びを感じていた.また,「多分,今まで人生の中で一番長く,そして人生の最後の居住地となるのがこのB地区だと思う.自分が住む街を好きになるということは非常に大切なことだと確信が持てた.」と気持ちを新たにしていた.
調査時期 | カテゴリ | 代表コード |
---|---|---|
プログラム初日の気持ち(参加のきっかけ) | 地域や人々とのつながりの希求 | 自分が住んでいる地域をもっと知りたいと参加した 友人・知人ができれば嬉しいと思い参加した |
健康とテーマとの関係への関心 | この地域を考えることと健康がどう関連するのか知りたい 写真撮影が好き 写真と健康がどう繋がるのか知りたい | |
プログラム終了時の変化 | 地域交流の機会の獲得 | 近くに住む人々と新たな出会いの機会になった 参加者同士の会話から役立つ情報交換ができた 地域の行事に参加していきたい |
地域に向かう新たな意識の気づき | この地域を好きになることが健康の為に大切である 市民としての一歩を地域に踏み出すことができた 写真を通して街の風景を見る目が変わった | |
地域での生活継続の志向 | この地域で,ここに引っ越してきてよかったと思えた この街で頑張って生きていきたいと思えた 夢や希望を持って自分のできることに向かっていきたい | |
プログラム終了1か月後の変化 | 地域の人々とのつながりの拡大 | 自主グループができ交流が始まった 顔見知りになった人と立ち話をするようになった |
地域への親しみの増大 | 「他人の街」に感じていたこの街に親しみを持つようになった 地域が身近に感じここで生活することの不安が和らいだ | |
地域活動への関わりの欲求 | 地域活動に積極的に参加したいという気持ちになった 地域で自分のできることを協力したい | |
プログラム終了3か月後の変化 | 安心・充実した地域生活の実感 | 心身ともに充実した生活をおくれている 地域に親しみを感じ安心した生活を過ごしている |
地域への貢献意欲 | 活動を通じて地域に馴染んでいきたい 地域で楽しみながらボランティア活動をしたい | |
地域と人々との関わりの継続 | 自分のできる範囲で人々との関わりを続けたい この地で人生の歴史をつくり生活したい | |
プログラム終了6か月後の変化 | 地域への愛着を実感 | 知り合いが広がりこの土地への愛着が深まった 仲間ができ地域のことがわかり気持ちが落ち着いた |
地域の問題への課題意識 | 一人暮らしの高齢者の閉じこもりを予防したい 防犯体制はあるが,不完全な防災体制に関わりたい | |
自主的なグループ活動の輪の発展 | グループの輪が様々な活動に発展してほしい (健康増進プログラム,趣味を高める,教養を深める等) |
プログラム終了1か月後には,参加者による自主グループが結成された.参加者は,人とのつながりを楽しみ〈地域への親しみの増大〉を感じ,具体的ではないが〈地域活動への関わりの欲求〉を持ち始めていた.自由記載には,「これまでどこか『他人の街』的なところがあった.プログラムに参加し回を重ねるごとにこの街に親しみを感じられるようになった.」「地域活動に積極性が増した気がする.これからも各イベントに積極的に参加し,知人の枠を広げたい.」と記述があった.
プログラム終了3か月後の参加者の変化は,〈安心・充実した地域生活の実感〉と,周囲との積極的な関わりやボランティア活動など〈地域への貢献意欲〉を感じていた.自由記載には,「B地区に親しみを感じることができた.安心した生活を過ごしている.」「もっとたくさんの友人をつくりたい.」と積極的な気持ちや,「地域に密着したボランティア活動を,自分自身も楽しみながらやっていきたい.」と地域へ貢献したい気持ちの記述があった.
プログラム終了6か月後の参加者の変化は,〈地域への愛着を実感〉し,健康増進や防災対策などの具体的な〈地域の問題への課題意識〉を持ち,継続している〈自主的なグループ活動の輪の発展〉を望んでいた.参加者は,「今までよりも一歩踏み込んで地域の輪を大切にしたいという気持ちになった.」「面倒くさいと敬遠していた地域活動に参加する意欲が出てきた.」と記述しており,具体的な活動についても考えていた.「B地区の防災体制は,完全な連絡体制が無いように思う.8ブロックあるが,防災体制への関わりが必要」「一人暮らしのお年寄りが増えてきている.どうにかして外に連れ出し,人との関わりをさせたい.」など地域の課題解決に関心を持っていた.継続している自主グループの活動に対しても「飲食会や親睦会に留まらず,健康増進につながるプログラム,共通の趣味を高める仲間たち,教養を深める会などに発展していけば良いと思う.」と記述があった.
ここでは,プログラムによる“地域への愛着”の変化と,プログラムで生じた参加者同士の交流による“地域への愛着”への影響について考察する.
1. プログラム内容と“地域への愛着”の変化まず,プログラム内容について考察する.主催者の設定したプログラムの主な目的は,“地域への愛着”を育成することであった.しかし,参加者は,写真が好き,人と交流したい,“地域への愛着”と健康との関係に関心を持って参加していたことがわかる.参加目的と主催者目的が異なる場合でも,参加者にとって魅力を感じる事業の内容は,参加者の主体的な行動に良い影響を与えることがわかっている(宮﨑ら,2018).特に,A市住民の知的好奇心に対応する写真を用いたことは,参加者のプログラムへの関心を引き出したと考えられる.また,写真を利用したことは,参加者に写真を撮るために地域へ出歩く必要や,写真の被写体として選んだ理由を他の参加者に伝える必要を与えた.参加者は,このような写真撮影を通じて人間関係や地域への関心を深めていったと考えられる.Rojakら(2016)は,地域へ訪れた者に対して場所への愛着を生み出すために写真を活用したプロジェクトが有用であることを述べている.さらに,“地域への愛着”は人と場所と感情のつながりであると述べる研究者もいる(園田,2002;鈴木ら,2006).つまり写真撮影や地域を歩き調べることは,住民自身の地域での思い出やエピソードを振り返り懐かしむ機会となり,“地域への愛着”を育むプログラムの教材として適していると考えられた.
次に,プログラムの総合的な効果を考える.量的データの分析結果からは,“地域への愛着”尺度の得点は,プログラム実施直前に比べて6か月後で有意に高くなっていた.また,これをプログラム実施後の6か月間の推移で見てみると,プログラム実施直後に高くなった得点が1か月後には一旦減少傾向にはなるものの,3か月後には再び有意に高くなり,それが持続されていた.また,質的データの分析結果からも,人々とのつながりを求め参加した住民が,地域への関心を深め,6か月後には地域のために何かをしたいと思いを強めていたことがわかった.つまり,プログラムの実施は,参加者の“地域への愛着”尺度得点を高め,プログラム後の参加者から具体的な地域活動の提案があったことから,参加者の地域への関心を高めたと考えられた.
一方で,量的データの地域への関わり状況の変化では,地域のサークルなどの趣味の活動経験のみが有意に増え,その他の地域活動では有意な差は生じなかった.その理由として,特に自治会や町内会などへの加入・活動参加については,プログラム前から8割以上もあり,プログラム後の変化として現れにくかったことが考えられる.また,下位尺度の【生きるための活力の源】や【住民であることの誇り】にも有意な差は得られなかった.その理由として,本研究における調査対象のほとんどは,持ち家に住み,働いている方や専業主婦であったことが考えられた.さらに,居住年数が長い方が多くいたことも影響し,下位尺度の【生きるための活力の源】と【住民であることの誇り】でプログラム前から高い得点として出ていたことが考えられた.今後,さらに異なる調査対象へプログラムを実施および評価をすることによって,この点を明らかにすることが望ましいと考える.
2. プログラムで生じた参加者同士の交流と“地域への愛着”への影響プログラムの実施と保健師の支援活動によって,参加者同士のつながりが深まり,プログラムの成果として自主グループが立ち上がった.このことは,中長期的に参加者の“地域への愛着”に影響を及ぼしたと考えられる.プログラム終了1か月後,尺度得点が一度低下したが,3か月後の時点で再び高得点を示した.その理由として,参加者がプログラム実施後に,公民館のイベントに参加し成果報告したことによる効果と考えられる.イベントに参加したことは,地域の人たちと直接触れ合う機会となった.そして〈地域と人々との関わりの継続〉を望んでいることからも,人とのつながりを実感し大切に思うようになったのではないかと考える.6か月後の尺度得点が維持されていたことから,プログラム終了後3か月前後に,参加者が同じ目的で実施できる活動は効果的であるといえる.また,このイベントの実施は参加者の団結を強め自主グループの活動や,その後の“地域への愛着”の尺度得点に影響したと推測できた.6か月後には参加者は,自主グループ活動の地域への発展を望むようになっている.大森ら(2012)は新興住宅地における交流促進プログラムにおいて,自主グループが設立され,プログラムとグループ活動で住民同士の交流に相乗効果が生じることを報告している.本研究においても,プログラムにより参加者同士の交流が深まり自主グループが活動し始めたことで,“地域への愛着”へ影響し中長期的な効果が得られたと考えられた.
3. 今後の課題量的・質的データから,プログラムは参加者の“地域への愛着”を深め,参加者同士のつながりをつくり,地域への関心を高めたと言える.特に,【人とのつながりを大切にする思い】と【自分らしくいられるところ】に影響を与えていたことがわかった.“地域への愛着”に関連する要因として,高橋ら(2018)は,地域住民との付き合いの程度や地域の活動への参加意向を明らかにしている.また,健康関連QOLの精神的サマリースコアとの関連が認められている.しかし,今回のプログラムは,“地域への愛着”を高めるために,参加者同士のつながりと地域への関心を深めることを目的とした.このため,参加者に対し身体的・精神的・社会的な健康指標との関連については調査していない.プログラムと健康との関連の実践的調査は今後の課題である.
また,プログラム作成や運営,参加者への保健師の支援は,介入する地域や参加者の特性に合わせて行うことになる.このため,プログラム内容や保健師の支援について一般化することは難しい.保健師が,地域や参加者の特性に合わせたプログラムを企画し展開しやすくするためには,さらなるプログラムの精錬と知見を積み重ねて汎用性の高い実践の手引きを示すことが必要と考えられた.
“地域への愛着”の4つの概念に基づいて作成した“地域への愛着”を育むプログラムは,量的データの分析結果から地域への愛着を高めていたことが明らかになった.質的データの分析結果からは,人とのつながりやテーマへの関心で参加した住民が,人とのつながりを強め,地域への関心を深めて,地域の課題解決に貢献したいという気持ちの変化が明らかになった.効果には,プログラムの直接による効果と参加者同士の交流の深まりによる中長期的な効果があることがわかった.
本研究にご協力いただきましたA市の住民の皆様に感謝申し上げます.また,調査の実施にあたりご協力・ご尽力いただきましたA市役所の職員の皆様に深く感謝申し上げます.本研究に貢献していただいた安齋ひとみ様,小野若菜子様,小林真朝様,齋藤美華様,高橋和子様,森田誠子様に感謝申し上げます.
本研究は,科学研究費補助金基盤研究(B)の助成を受けて実施した(MEXT KAKENHI Grant Number: 22390447).なお,本研究に開示すべきCOI状態はない.