2025 年 2 巻 1 号 p. 53-54
本書は,『心理療法統合ハンドブック』(杉原・福島,2021)の姉妹編・実践版として企画され,心理臨床の現場ですぐに役立ち,そして長く使えることを目指して執筆された。本書を読み始めた感想は,「これぞ心理臨床の手引き!もっと早く読みたかった」というものであった。私が若い頃に知りたかったことは,クライエントを目の前にして,どのように話を聴き,どのような言葉を返せば良いのかということであった。本書には,豊富な臨床例・逐語記録が示されており,クライエントとの対話が生き生きと描き出されている。
初学者には,どのようなポイントをどのように介入してゆけば良いのかを指し示す「臨床の羅針盤」を提供してくれるだろう。また,本書には多様なアプローチが紹介されており,自分の臨床感覚,そして自分が出会っているクライエントのニーズに応じたアプローチを学んでゆく際の道標となるだろう。ベテランの臨床家には,自分の臨床実践を俯瞰して整理し直す機会となり,面接における目的感覚の精度をさらに高めてくれるのではないだろうか。
本書のタイトルは,「統合的心理療法の手引き」とはされていない。福島氏は「心理療法統合」について,「多様な個性と課題を持ったクライエントにできるだけ効果的にアプローチしようとするものである。あるいはそのような姿勢そのものや,そのようなアプローチを探求するプロセスそのものを指す言葉」としている。そして,「統合的心理療法」はその結果として成立する心理療法であると考えている。また福島氏は,「クライエントの症状や病態,ニーズ,パーソナリティに応じて最適な心理療法を選んで適用しようとする姿勢」を持ち,そして技法としては「クライエントの認知・行動・感情・身体感覚(場合によっては関係性やシステムを含む)のうち,その時々で最も必要であるものに,場合によってはすべてに,順番にアプローチする」ものとしている。これを読んで「我が意を得たり」という心境になった。そして,統合的心理療法家としての目標は,「『認知行動療法の認知再構成法』『感情体験を深める技法』『転移逆転移を扱うセラピー』『イメージを扱うセラピー』などの中から,少なくとも3つの技法に習熟していること」としている。また福島氏は,「最も大切にしているのはセラピストとクライエントの関係性」であり,「適切な技法をクライエントに合わせて工夫して用いようとする姿勢そのものが,クライエントからの信頼を高め,関係性を良質なものにしていくだろう」と述べている。
本書は,上記の目標を達成するために構成されている。第Ⅰ部は「基礎編:すべての心理士(師)が身につけておきたい統合的技法」である。第1章の「実践的な心理療法統合の基本」では,既述のような心理療法統合の基本について考察している。第2章の「統合的心理療法のためのアセスメント」では,症状別にアセスメントのポイントがチャート式にまとめられている。本書が臨床実践に根差した書籍であることを物語っている。第3章では「技法の統合と使い分け」として,クライエントの問題の性質,内省力と変化への動機づけ,パーソナリティなどに応じて,どのような技法が望ましいのかを臨床現場の現実に即して考察している。
この後,実践的な介入技法の具体例が示されることになり,本書の面白さが加速していく。第4章では「認知への働きかけ:ソフトな認知行動療法とコンパッション・フォーカスト・セラピーの勧め」として,認知行動療法の解説と実践例が紹介され,さらに「コンパッション・フォーカスト・セラピー」にも触れられ,本書の射程の広さが伺える。
第5章では「感情体験を深めるための技法」として,AEDPTMやEFT(感情焦点化療法)を取り入れた技法の詳細な逐語記録が示され,読んでいるだけでも心温まるものがあった。逐語記録には介入の意図が明確に示されており,しかもクライエントに対する敬意や思いやりが伝わってくる。「感情体験」と「関係性」を重んじる福島氏の臨床姿勢が見事にあらわれていた。
第6章は三瓶氏により,「行動変容を促進する」というテーマで,動機づけ面接やソリューション・フォーカスト・アプローチの臨床例が示される。行動変容を課題とする際の工夫として,「行動はスモールステップで,具体的に設定する」「体験的なセッションを行う(セッションの中で変化を起こす)」「Thの存在を活用する」の3点を挙げられ,それらが面接のやりとりでどのように体現されるのかが鮮やかに描き出されていた。
第7章も三瓶氏により,「身体感覚を深めるための技法」について論じられる。「今,身体ではどう感じていますか?」「そのことを話してみて,身体ではどんな感覚を感じますか?」などと尋ね,意識化されていない体験,言語化が難しい体験にアプローチしていく。また,身体感覚に焦点を当てることに慣れていないクライエントへの対応についても論じられていることが有難い。
第Ⅱ部は,「エキスパート編:より優れた心理士(師)になるための心理療法統合」であり,福島氏により第8章「転移・逆転移とこれまでの人生や家族関係を扱うセラピー」が論じられる。対人関係精神分析のエドガー・レーヴェンソンの言葉,「Psychoanalysis takes place in the realm where Psychotherapy fails.(精神分析は,セラピーが失敗したときに始まる)」を引用し,「Clからの不満や攻撃性,あるいは反対に消極性,やる気のなさなどが見られ,セラピーが明らかに停滞しているとき」「そのようなときにこそ,精神分析的アプローチが必要になる」「反対に,セラピーが順調に進んで成果が上がっていて,その成果がさらに無理のないペースで現実生活にも及んでいるときには,必ずしも精神分析的な発想をとる必要はない」と述べている。この点は私もおおむね同感であるが,私の力点はより精神分析にあるようである。どのような学派のアプローチをする場合も,「転移・逆転移状況」から自由ではないため,セラピストが転移・逆転移の視点を常に持ち,「この感覚は何だろう?」「この人の話しているテーマは,すでに私との間でも再演されているのではないだろうか?」と考え続ける精神分析的思考が重要であり,それこそが精神分析が統合的心理療法に寄与できるポイントではないかと私は考えている。
続く第9章は「カップルや家族への統合的セラピー:統合的セラピストの本領が発揮される場面」であり,第10章は「個人セラピーとカップル・家族セラピーの統合」へと続く。こうしたアプローチは,個人心理療法を主としているセラピストには,苦手意識があるだろう。しかし,こうした領域こそ,柔軟で多様な対応が求められ,統合的心理療法家の活躍が期待されると福島氏は述べている。9章・10章ともに,臨場感あふれるカップルセラピー,家族セラピーの様子が描かれており,手に汗にぎるものがあった。
第11章の「トレーニング」では,はじめから統合を教えるべきか,1つの学派から教えるべきかの議論を紹介している。福島氏は「ウナギの育ちモデル」として,まず「理論・知識の大海原」で生まれ育ち,その後「特定の河川や湖沼」で特定のオリエンテーションにコミットして一人前になり,そして最後に大海原へ出て後進の指導もするモデルを提唱している。このモデルは,日本の心理臨床の実情に合うのではないだろうか。大学院では,多様な学派に共通する心理療法の基礎を学び,修了後に自分の臨床感覚や現場のニーズに応じて特定の学派にコミットし,そのバックボーンを持ちながらも多様な学派に開かれた学びを続けていくプロセスが大切ではないだろうか。
第12章では「統合的心理療法が最も役立つ複雑性PTSDの治療:トラウマのメガネと統合的技法が最大限生かされるとき」として,近年のトピックスであるトラウマインフォームドケアと複雑性PTSDへの統合的取り組みについて,豊富な臨床事例をもとに論じている。
最後に,第13章「統合的事例1:長年続く不安と緊張に悩んで来談した自閉症スペクトラムの40代男性」,第14章「統合的事例2:家族との関わりと希死念慮に苦しむ40代女性」では,遊佐氏がクライエントの状態に応じて,これまで各章で論じられたアプローチで丁寧に粘り強く取り組む臨床事例を紹介している。いわば本書の集大成ともいえる事例プロセスが示され,本書のトリを飾るに相応しい内容であった。
本書は多くの臨床家に読んでもらいたい良書であり,臨床の羅針盤となりうる書物であるといえるだろう。