2025 Volume 32 Issue 6 Pages 131-134
症例:47歳,男性.39歳時に原因不明の難治性胸痛に対して他院でオピオイド開始となった.痛みの訴えとともに増量され,数年後には経口モルヒネ換算600 mg/日以上となり,食思不振・脱水による副作用で入退院を繰り返すようになった.numerical rating scale(NRS)10/10の前胸部痛と幻視,幻聴,不眠,抑うつなどの精神症状も認めたため精神科連携の上,入院でのオピオイド減量に取り組んだ.患者はオピオイド減量へ協力的で,代替鎮痛薬と精神科薬物療法,他の鎮痛処置を併用しながら精神症状に合わせて徐々に投与量を減らしていくことができた.約4カ月で経口モルヒネ150 mg/日まで減量することができ自宅退院となった.その後も外来通院と訪問看護による厳格な服薬管理を継続し,家族のサポートなどが助けとなって,当院初診から約3年半後に強オピオイドを完全に中止した.考察:本症例ではオピオイドとその退薬症候によると思われる精神症状が強く,精神科連携の下で患者と話し合いながら減量を進め,患者,家族の協力もあり,3年半を要したが大量オピオイドを中止することができた.
Here, we report the case of opioid dependence in a 47-year-old man with intractable chest pain. The patient had been inappropriately administered high-dose opioids (equivalent to 600 mg of oral morphine) for eight years. After admission, opioid dosage was gradually tapered, and pain was managed using alternative analgesics. The patient's mental health symptoms were treated with antiepileptic and antipsychotic medications. After 42 months, opioids were discontinued. This case highlights the importance of careful opioid management and challenges associated with opioid withdrawal in dependent patients.
オピオイド鎮痛薬は痛みを抱える患者に対して有用な薬剤である.しかし,非がん性慢性疼痛患者におけるオピオイドの使用は,依存・嗜癖・乱用といった不適切使用が問題となる.さらに,長期使用に伴うさまざまな障害も報告されている1,2).本邦ではオピオイド不適切使用を予防するために,オピオイド適正処方に対するガイドラインの発行や医療者に対する研修会などが実施されている.しかし,不適切使用に陥った際の専門的な治療施設や医師は非常に少なく,治療指針も整備されていないため必要な治療を受けられない患者がいると推測される.
今回,われわれは大量オピオイドを不適切使用されていた非がん性慢性胸部痛の症例を経験したので報告する.
本誌への投稿に関して患者家族へ説明し,文書で同意を得ている.
47歳,男性,身長175 cm,体重105 kg.28歳で結婚,35歳で離婚,子2人(長女18歳,次女17歳)と同居しており,祖父母は同じマンションの別室に居住している.36歳時に階段昇降時の呼吸困難感と前胸部の鋭い痛みを自覚したため近医を受診した.発作的に起こる呼吸苦と胸痛の訴えが次第に強くなったため喘息を疑われ呼吸器内科へ紹介された.ステロイドを含む種々の免疫抑制薬と生物学的製剤による喘息治療が行われたが症状は改善しなかった.画像精査に加えて胸腔鏡下肺生検も実施されたが特異的な所見は認められず,呼吸苦と胸痛の原因特定には至らなかった.39歳時にモルヒネが開始され,半年後にはモルヒネ120 mg/日にオキシコドン製剤も加わった.その後,転居により別クリニックでオピオイド処方継続され46歳時にはモルヒネ390 mg/日とオキシコドン製剤の頓服を使用している状態で,食思不振や脱水による入院を繰り返すようになっていた.47歳時にオピオイドの減量が試みられ,半年間でモルヒネは240 mg/日まで減量された.しかし,減量に伴い抑うつ症状,幻覚,幻聴,衝動などの精神症状が増悪したことと,強オピオイドの適応外使用が否認され,クリニックでの対応は困難となって当院へ紹介された.
当院初診時はNRS 10/10の前胸部痛に対してモルヒネ徐放剤240 mg/日(朝30 mg,昼30 mg,夕180 mg)とオキシコドン速放剤40 mg/回を1日4~7回使用しており(経口モルヒネ換算で最大660 mg/日),間欠的な幻視や幻聴,不眠,抑うつを認めた.血液検査,胸部CT検査,胸椎MRI検査などを行ったが胸部痛の原因となる有意な所見は認めず,重度のオピオイド依存状態と判断し直ちに入院加療を行うこととした.入院後は適応外使用であったモルヒネ徐放剤とオキシコドン速放剤の使用は中止し,新たにモルヒネ速放剤60~80 mg/回を1日4回投与とし,疼痛増悪時にはアセトアミノフェンやnonsteroidal anti-inflammatory drugs(NSAIDs),トラマドール製剤で対応しつつモルヒネの減量を試みた.代替鎮痛を期待して疼痛部位への浸潤麻酔や硬膜外ブロックを併用したがいずれも無効であった.疼痛部位への近赤外線照射療法(スーパーライザー®)のみ多少有効であったため連日施行した(図1).
初診からの治療経過
約4カ月でモルヒネは150 mgまで減量でき,14カ月で80 mgとなり,42カ月時点で完全に中止できた.オピオイド減量により痛みも徐々に改善がみられた.
オピオイド減量に伴って精神症状の悪化がみられた.抑うつ,食思不振,不眠などに加えて「人を殺せ」「飛び降りろ」などといった幻聴の訴えがあった.強い焦燥感と易刺激性も認められたため,精神科と連携し,精神状態の安定化を期待してバルプロ酸の定期投与,衝動性のコントロール目的にリスペリドンが開始となった.薬物療法に加えて精神科による支持的精神療法も行われた.精神科診察では生育歴や社会的背景に特別な問題は認めず,身体表現性障害が疑われた.モルヒネ以外の代替薬としてアセトアミノフェン500 mg/回を2~3回/日,トラマドール50 mg/回を2~4回,セレコキシブを1~2回/日使用しながら経過した.入院第118日にはモルヒネ150 mg/日まで減量できNRS 6~9/10ではあるが痛みは自制内で,精神状態も安定していたため自宅退院の方針とした.
退院後は2週おきの外来通院を継続し,受診ごとに医師による残薬確認や服薬指導を繰り返し行った.また,精神科訪問看護を導入し,患者宅へ週2回看護師が訪れることで精神状態の確認や患者と同居している娘2人の不安について傾聴できる機会を設けた.徐々にモルヒネを減量することができ,当院初診から36カ月経過した時点でモルヒネ10 mg/日となり,42カ月時点で完全に中止することができた.それ以降はオピオイドを再使用することなく,現在はトラマドール25 mgを1~2日おきに1回,アセトアミノフェン500 mgを2~3日おきに1回,セレコキシブ200 mgを3~4日おきに1回程度使用しながら痛みはNRS 2~3/10で経過し,痛みを感じない日もあり,日常生活を過ごされている.
原因不明の胸痛に対して大量オピオイドが長期に不適切使用されていた症例を経験した.オピオイド減量とともに徐々に疼痛も改善し,精神科連携と患者の治療への前向きな姿勢によってオピオイドを完全に中止することに成功した.
オピオイド鎮痛薬は依存・嗜癖・乱用といった不適切使用が社会問題となることがあり,長期使用に伴うさまざまな障害が報告されている1,2).非がん性慢性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬処方ガイドライン3)によると,オピオイド使用は経口モルヒネ換算で90 mg/日が上限として推奨されており,突出痛に対してのオピオイド速放剤の使用は急激な血中濃度の上昇により依存・乱用を形成しやすく,レスキューには用いないことも推奨されている.本症例では,少なくとも経口モルヒネ換算120 mg/日以上のオピオイドが約8年にわたって継続されており,レスキューとしてオキシコドンの速放製剤が設定されていた.
このようなオピオイドの不適切使用に至った正確な経緯は不明であるが,原因としていくつかの可能性が考えられる.一つ目は,当初の処方医と患者との間でオピオイド鎮痛薬の適切な使用について正しい認知がなされていなかったと推測される.非がん性慢性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬の目的は,有害事象によって患者のQOLの悪化をきたすことなく痛みのために低下していたQOLの向上であり3),安全性が優先される.疼痛からの解放を目指すがん性疼痛とは根本的に使用目標が異なることを念頭に置いて使用する必要がある.
二つ目は,処方医(通院先)の変更である.痛みが長期化していくうちに,診断や処方の適応が見直されることなく継続され,患者の痛みの訴えに応じて無計画にオピオイド増量を繰り返されたことにより,オピオイドの身体依存状態が形成されたと推測される.
三つ目は,オピオイド性痛覚過敏(opioid-induced hyperalgesia:OIH)の可能性である.投与量が増加し大量かつ長期の使用によってOIHをきたしていた可能性も考えられる.オピオイド減量により胸痛は増悪せずむしろ軽減していることから,OIHが少なからず疼痛の形成に関与していたと考えられる.OIHの診断は臨床的になされるが,原疾患による痛みの増悪や薬剤耐性との区別が難しい.一般的にはオピオイド増量にもかかわらず疼痛が改善せず,むしろ増悪する場合に疑う.オピオイドの減量,もしくはスイッチにより対応する.
オピオイド依存患者に対する減量方法については本邦では明確な指針はなく,オピオイド鎮痛薬を減らすための方法や安全性に対する証拠もない3).米国疼痛学会(APS),米国疼痛医学会(AAPM)が発表したガイドライン4)では,オピオイド鎮痛薬からの減量方法について,エビデンスはないものの緩徐な減量がより退薬症候を起こしにくいと考えられている.また,患者が同意した上で進める漸減は成功率が高いとされ,自発的な漸減が推奨されている5).一般的に推奨される減量方法として,1日投与量を1/2~1/3に減量し,投与間隔(回数)は変更せずに2~3日間経過観察し疼痛が再発した場合は最初の投与量に戻すとするものなどがあり6),実際の現場では,これを目安に患者個々に応じて調整していくこととなる.海外においては,大量オピオイドから減量する場合や退薬症状が強い場合には,ブプレノルフィンやメサドンによる代替療法が報告されている4,7,8).本症例においては,ブプレノルフィンによる代替鎮痛も検討されたが,適応外使用になることと坐薬や貼付剤は患者が拒否したことで使用しなかった.大量オピオイドから減量する場合,高用量(モルヒネ200 mg/日以上)では初期には比較的急速に減量が可能だが,60~80 mg/日になった時に退薬症候が起こりやすいとされている7).本症例においてもモルヒネ300 mg以上使用している段階から約4カ月で半減(150 mg/日)できたが,80 mg/日程度まで減量するのに約14カ月,80 mg/日から中止に至るまでには2年余りを要した.
強い精神依存をきたしている場合は,本人意志を主体として薬物を中止することは困難であると予測されたが,全経過を通じて薬物への渇望は認めなかった.精神科カウンセリングでは,入院前に薬物減量により極度のいら立ちが起こり,同居する家族へ危険行動を起こしてしまったことを告白しており,自らの衝動的行動に恐怖と罪悪感を覚え家族との関係を修復するためにも薬物を中止したいという強い意志があることが確認できた.以上の経過を鑑みて,時間はかかるが本人と相談しながら徐々に減薬していく方針とした.退院後は定期的な通院に加えて訪問看護や家族のサポートが助けとなり,患者自身のオピオイド中止への意欲は維持され,医療者と良好なコミュケーションを保ちつつ,根気よく話し合いながら減量することで無事中止につながったと考えられる.
慢性胸部痛に対して大量オピオイドを不適切に使用されていた症例を経験した.患者,家族の協力と精神科と連携することでオピオイドを中止することができた.慢性疼痛患者のオピオイド使用は患者にとって良好な鎮痛をもたらすことがある一方で,本症例のように依存を形成し問題となり得る.疼痛治療に関わる全ての医療者は,慢性疼痛患者への無計画で安易なオピオイドの使用は不適切使用につながり,依存状態からの脱却には多大な時間と労力を要することを認識するべきである.
本報告の要旨は,日本ペインクリニック学会 第2回関西支部学術集会(2021年11月,Web開催),日本ペインクリニック学会第58回大会(2024年7月,宇都宮)において発表した.