Article ID: 2024-019
学術研究の卓越性と多様性は,知識集約型社会における価値創出の基盤として重要視されているが,卓越性の評価指標は確立されている一方で,研究多様性の評価は十分に進んでいない。本研究では,各大学から出版される論文の分野多様性を研究多様性と考え,多様性指標(DIV*)を用いて定量的に調査し,大学間の分野多様性の特徴などを明らかにした。これらの研究多様性の可視化やモニタリングは,客観的データに基づく,大学の戦略的な研究マネジメントに貢献することが期待される。
学術研究の卓越性と多様性は,知識集約型社会における価値創出基盤として,国内の政策文書においても強調されている。卓越性の評価は,Top10%論文数等の論文被引用数に基づく指標によって一定の認識が得られている。しかし,研究の多様性に関しては,その評価方法は十分に確立されておらず,特に国内での研究力の可視化や評価において,その取り組みはまだ初期段階にあると言える。
INFOPRO2022にて我々が行った報告1)では,研究の多様性の観点から,科学技術・学術政策研究所(NISTEP)のサイエンスマップを利用し,研究多様性を担う役割が大きいとされるスモールアイランド型研究領域への参画状況が調査されたが,研究の多様性そのものを直接的に測るものではなかった。
本研究の目的は,大学の研究多様性を分野毎の出版論文数の内訳から直接的に測ることである。分野に基づいて研究多様性を測る方法は数多く存在しており,最も一般的なのが,Variety(分野数), Balance(分野分布の均等度), Disparity(分野の相違度) の3つの次元で多様性を包括的に捉えようとする考え方である2)。ここでは,3要素を含み,かつ分解して解釈できる多様性指標DIV*3)を採用した。
2.1 データと前処理本研究では,Web of Science Core Collectionを使用して旧七帝大の出版論文データを抽出した。分野分類として,254 Web of Science Category (WC) を用いた。対象期間は,2008年~2022年までの15年間のデータを3年ごとに5分割し,それぞれtp1~tp5とした。WCは,個々の論文に複数の分野が割り当てられることがあるが,ここでは,当該論文を複数の論文に展開してカウントした。
2.2 多様性指標の算出とその解釈多様性指標DIV*は,Variety,Balance,Disparityの積であり,いずれも値が大きいほど多様性が高いことを意味する3)。大学毎,期間(tp)毎に,先行研究4)に基づきWCにおけるDIV*および3つの要素(Variety,Balance,Disparity)を算出した。
図1に,DIV*,Variety,Balance,Disparityの算出結果を示す。
先行研究4)に基づいて算出された,各大学の多様性指標DIV*,および,構成する3要素の値と時間変化(tpは出版年の範囲,tp1: 2008-2010年,tp2: 2011-2013年,tp3: 2014-2016年,tp4: 2017-2019年,tp5: 2020-2022年)。Varietyは,論文に紐づく分野の数である。Balanceは,論文に紐づく分野構成の比率(均等度)を1-Gini係数で表したもの(0から1の値をとり,大きいほど均等度が高い)。Disparityは,どのくらい異なる分野で構成されているか(相違度)を,分析に用いるデータから得られるコサイン類似度(1-cosine)マトリックスに基づいて算出したもの。
まず,Varietyについては,いずれの大学も254 WCのうち約8割以上の分野をカバーしていた。規模が大きい東京大学と京都大学は,対象期間初期からほぼ一定であったが,それ以外の大学では,概して初期は増加,その後,ほぼ一定となる傾向にあった。このことは,世界の学術分野の複雑化・多様化により,学内で行われる学術研究の範囲が広がりつつも,研究者の規模や学部・研究科の構成による制限により,ある一定の水準に収斂した可能性が考えられる。
次にBalanceについては,いずれの大学も年と共に増加しており,このことは,分野分布比率が全体的に均等な方向に向かっていることを示している。最も均等度が高かったのは,東京大学,京都大学,北海道大学であった。北海道大学は,東京大学や京都大学に比べて規模が小さく,Varietyで見たようにカバーする分野の数は対象大学の中で最も少ないが,参画する分野の分布比率の均等度は高いことを示している。また同様に,京都大学は,東京大学に比べてカバーする分野の数はやや少ないが,分野分布の均等度は,東京大学より高く,その傾向は近年強まっている。サイエンスマップを用いた先行研究1)では,京都大学のスモールアイランド型研究領域の割合が比較的高いことなどを指摘し,それは京都大学の研究の独自性や多様性の表れであると考察した。京都大学のスモールアイランド型研究領域が生まれる土壌として,分野分布の均等度の高さが関係している可能性がある。
さらに,Disparityについては,Balanceとは逆に全体的に減少傾向にある。このことは,学内において異なりが大きい分野への関与が減っていることを意味する。その中でも,最もDisparityが高いのは東京大学であった。
結果として,3つの次元から算出されたDIV*は,各次元ほど全体的な増減の明確な傾向は見られない。最も数値が高かったのは東京大学,ついで京都大学であった。Balanceにおいては,その順位が逆転することは興味深い。DIV*の値のみならず,各次元のプロファイルに注目することで,多様性に関する各大学の特徴を抽出できる可能性がある。
今回の試みにより,出版論文の分野から研究の多様性を客観的に測り,大学の特徴を抽出できる可能性が示された。ただし,本研究で用いた多様性指標にも課題が残されている。分野分類として,254 WCを使っているという前提条件の影響を受けやすいこと,Disparity算出における分野間の距離設定がサンプルデータに依存していることなどが挙げられる。今後は他の指標との比較検討や,異なる分野分類を用いた分析,研究者コミュニティレベルでの適用など,より頑健な評価手法の確立を目指す。