Article ID: 2024-024
AI技術の医療分野での発展に伴い,デジタルヘルス分野での医療機器規制の新設や各国政府からの研究開発支援が行われて来た。本研究では医薬品の調査分析での経験を活かし,治療効果を目指したデジタルメディシンに関して,特許・論文・商標・ベンチャー投資・医療機器承認情報・臨床治験・学術論文などの様々な情報を用い,モバイルアプリ,バイオセンサー,デジタル治療,遠隔治療,VR技術などについて幅広い検討を行った。
しかし,残念ながら全ての情報を網羅的に把握することは困難なことが判明した。当時は網羅的なデータベースは公的データベースにも商用データベースが存在しなかった事に加え,デジタルメディシンの事業展開が医薬品とは異なっていることも要因であった。
発表では過去の研究での分析結果と現状を踏まえた考察を行う。
IT/AI技術の進歩は医薬品・医療機器業界にも及んでおり,医薬品先進国である米国や英国でもおよそ5年前よりデジタルヘルスの推進が行われて来た。JFAのデジタルヘルス研究会では過去2019年から3年間に渡り治療効果を目指すデジタルメディシンに関し調査を行った。研究目的としては製薬企業が医薬品の代替やシナジーを期待できる製品や医薬品では埋められない医療ニーズを埋める可能性に関して情報収集を行うことを目指し,医薬品に関する情報分析手法を用いた検討から調査を開始した。
医薬品事業は確立された産業モデルが存在するために事業判断に資する情報を網羅的に集約した商用データベースが存在する。しかし,デジタルヘルスに関しては,確立された事業戦略以前に成功事例も存在しないため,政府調査報告書などで具体事例などからデジタル製品の全体俯瞰より特徴把握を行い,深掘りすべき調査領域を絞り込んだ。その後は医薬品事業とのシナジーを考慮し治療効果発現を目指すデジタルメディシンに関し,特許・論文・商標・ベンチャー投資・医療機器承認情報・臨床治験・学術論文などのデータを用いて分析を行った。調査の継続に伴いデジタルヘルスに関する商用データベースの整備も進んだ為,順次協力の得られた商用データベースの活用も行った。
デジタルヘルスにおける調査を詳細に行う分野を絞り込みさらには限定した製品を対象に収集可能な情報がどのようなソースから収集可能かを検討した。多くの情報項目の収集を可能とするため既に事業化製品から分析を開始した。
(1) フォーカスすべき製品分野の選択=>プログラム医療機器(SaMD)の中で治療効果を目指したデジタル治療アプリとした。
開発薬DB,承認情報,ニュース,会社HP,レポートなど54の情報源を体対象に,デジタル,digital,アプリ,App,application,ソフトウエア,software,プログラム,programを検索語として323製品を選択した。323製品中,139が治療に関するものであり,診断64,情報基盤35,健康29,遠隔診断/治療24,予防17,介護リハビリ4であった。
(2) デジタル治療アプリの開発情報の収集方法の検討
デジタル治療アプリ(デジタルメディシン)32製品に関して分析。承認や特許,臨床試験登録,情報発信の定型性がない場合が多く,網羅的データベースも存在しないため情報収集・分析は困難。
開発が進んだ製品名の収集においては商標が有用であるが,公共DBはDL機能が貧弱であった。一方,デジタル治療アプリのベンチャー企業の抽出には投資DBを利用して抽出することが可能。投資DBを用いて抽出した企業名を用いて,CTG,ニュース,企業HPをウォッチングすることで把握は出来る。企業設立前に開発しているケースもあるが,その場合の情報収集は難しい。
(3) VRデジタルメディシンに関する分析
文献・特許・治験の情報からは,2015年から報告が急増・米国が全ての分野でトップ,日本は欧米・アジア・南米からも少ない,対象疾患は認知症・精神疾患・疼痛・運動/歩行が多い,などが判明。日本では住友ファーマ,MediVRが代表例であった。
(4) HealthTech Alpha(HRA)用いた俯瞰的分析
HTAはシンガポールの投資企業が投資対象ベンチャー企業の情報を元に会社概要,資金調達,製品サービス,競合比較,承認/治験情報など様々な情報を負荷した商用データベースであり,ベンチャー:11277社,大手企業:8937社の情報が格納されており,ベンチャーに関しての網羅性は高い。またシンガポール企業が運営しているため,欧米データベース企業の弱点である中国・アジアのベンチャー企業情報も収載されており,今後のアジアの科学工業研究開発・市場の拡大を考慮した場合,利用価値の高いデータベースと考えられる。デジタルヘルス事業での特許保有は必須でないが,特許保有率の高い技術としては, AR/VR,音声,チャットポッドなどは60%の企業が特許を保有していた。また治療を目指したデジタルヘルスでは特許保有率は押し並べて低いが,例えばがん領域で43%,呼吸器領域では34%であった。
(5) Patsnapを用いた価値の高いデジタルヘルス特許の分析
Patsnapもシンガポールの企業が提供する特許データベースであるが中国企業・ベンチャー特許データベース企業を買収している為,欧米特許データベースの弱点である中国・アジアベンチャーの情報に強みを持つ。本データベースは企業価値・特許価値のスコア化を行っており,2021年時点で価値の高い特許はウェアラブルデバイスに関する特許であった。デジタルヘルス事業ではウェアラブルデバイスの市場は確立され成長途上であること,更にはデジタルヘルスアプリに関してもウェアラブルデバイスの機能付加アプリが有料アプリとして利用頻度が高いなどの現状を反映した可能性があり,将来的な価値は反映していない危険性は残る。一方で,米国で時価総額10億ドルを超えるB2C遠隔医療・ヘルスケア企業の5分の4は特許を保有していなかった。デジタルヘルスケア技術や事業の価値を判断する上では特許情報を判断基準とすることは問題がある可能性も示唆された。
2019-2021年の調査時点ではデジタルヘルスケアに関する網羅的なデータベースが存在しなかった事もあり,対象疾患や技術の領域を絞り込んだ調査研究より行えなかった。その為,デジタルヘルス事業・技術に関する情報管理の観点から普遍性のある成果が得られたか判断は出来ない。
調査開始当時,業界情報雑誌で脚光を浴びていたデジタルメディシンの雄であったPear Therapeuticsは倒産,BigHealthも売り上げは伸びていない。発達障害適応のゲーム治療薬に関してFDAから承認を取得し塩野義製薬と100億円以上の契約を結んだAkili社はゲーム治療薬の売り上げが全く伸びず倒産寸前となったが,治療効果を謳うのではなく機能を伸ばす非医療ゲームアプリとして新事業に注力している。当時医療系情報雑誌では取り上げられることはなかった,非医療B2Cオンラインヘルスケアサービス企業は売り上げを100億円以上に伸ばし,時価総額も1000億円以上を維持している。
その意味でベンチャー投資の総額やMamp;Aでの買収額や大手企業からのM&Aの有無など,投資データベースでの評価が正しかったとも考えうる現状となっている。
デジタルメディシンは医薬品と同等以上の効果を示し,安全性も高かったことから抗不眠薬・抗不安薬,生活習慣病治療薬と比肩する売り上げを期待する意見もあったが,即効性・利便性・事業構造など超えるべきハードルは想像以上に高かったと考えざるを得ない。
デジタルメディシンに関しては,医薬品の効果を高める・ブロックバスターの排他性を延長する・既存医薬品で効果のないセグメントや疾患で治療効果をあげるなどのメリットが必要かもしれない。もしくは効果がリアルタイムで見える化出来るようなウェアラブルデバイスとの一体化などが必要かもしれない。
今回は製薬企業担当者が調査を実施したため,医薬品事業の延長でデジタルヘルスケア・デジタルメディシンの分析を行ってしまったが,人が自分でお金を支払う領域としては,美容・老化・性機能,子供のヘルスケアをよく言われるが,医療や公的医療ではカバーされないそれら分野のデジタルヘルス事業展開の検証も必要かもしれない。
・承認情報
日本:PMDAのHP
米国:Establishment Registration & Device Listing
・商標
日本:J-PlatPat
米国:USTPO
世界:WIPO
・臨床試験サイト
米国:CrinicalTrial.gov
日本:臨床研究情報ポータルサイト
・ニュース
inside digital health,Mobi Health News,cafepharm,fierce pharma
・企業名の抽出
crunchbase(投資DB)
・商用データベース
Cortellis Digital Health Intelligence™
CompuMark™
HealthTech Alpha