抄録
J. N. Hutchinson博士は, 英国・ロンドン大学のImperial collegeの土木工学部の教授で, 地すべりの分野で世界的に広く活躍され, 多数の地すべりに関する論文を発表されておられます。読者の方々も, 博士の書かれた論文を通して既に名前を御存知の方も多いことだと思います。
博士は, 先年, 日本でUNESCOの 「地すべりと土石流のノモグラフ」 の編集委員会の開催の折, 初来日され, 東京, 大阪での 「地すべり, 土石流, 土質基礎に関するUNESCO EXPERTによる講演会」 の際に, 英国の地すべりの現状とその対策について御講演いただきました。
地すべり技術者にとってその内容およびスライド写真は非常に興味あるもので, 再度, 地すべり学会誌への寄稿をお願いしましたところ, 快く御承諾いただき, 論文内容を新たにして寄稿いただきました。ここに寛大な, J. N. Hutchinson博士に感謝するとともに, 寄稿論文内容について概略報告します。
まず, 当論文の最初の章は, J. N. Hutchinson博士によって提案された, 英国の地すべりの型分類が示されています (図-1)。これら型分類を通して, 英国で発生する主要な地すべりについて, 発生位置図 (図-2) とともに, 海岸地帯に発生する地すべり, 内陸部自然斜面に発生する地すべり, 切土や盛土等の人工的原因によって発生する地すべりに3分類し, それぞれ実態と特徴について記されています。
I. 海岸地帯に発生する地すべりにおいては, 年間8mも侵食される箇所があって種々の地すべりが発生しており, 1) 強度の海岸侵食を受ける堅い亀裂の多い粘土地帯で発生する地すべりとして, 1971年, London clay崖で発生した, Warden pointの回転性地すべり (図-3) と, 1953年, Herne Bay付近のLondon clay崖中に発生した, 複合, グラーベン型の地すべり (図-4), が紹介されています。2) 次に, 中程度の海岸侵食を受ける堅い亀裂の多い粘土地帯 (海岸侵食の程度については脚注に詳述されているので参照されたい) に発生する地すべりとして, Herne Bay近くのLondon clay崖中に発生したmud slide (図-5, 6) を紹介しています。3) キャップロック状をなす堅い亀裂粘土地帯の地すべりとして, Garron Pointの大規模な回転性の地すべりを紹介し, キャップロックの性状について詳述しています。4) 第4紀の堆積土中に発生する地すべりとして, East Angliaの海岸地帯に多発する地すべりを掲げその一例として図-9にcromer回転地すべりを, 図-10にはこれら地域の斜面末端侵食防止工事の例が示されています。5) 岩塊中に発生する地すべりとして, ドーバー海岸で有名な白亜崖に発生した落石 (図-11), 図-12に間隙水圧上昇を原因とした流動すべり (flow slide) を, 図-13にはトップリング崩壊の事例を詳述しています。
II. 内陸部に発生する地すべりの事例としては, 現在, 英国においては侵食作用はさほど強くないが, 更新世の氷河期におけるソリフラクションによる崩土が厚く堆積し, これら地域に地すべりが多発しており, 図-14にSwindon近くの道路建設に伴なう層すべりが報告されています。またLondon clay中に発生した地すべりの発生状況を図-16-図-17に示しています。
III. 人工的原因による地すべりの例としては, 図-18に切土を原因としたLondon clay中に発生Wembleyの地すべりと144名の人命を奪ったぼた山の地すべり (図-19) を紹介しています。
10頁からは, 地すべり対策工について報告されており, 特に排水工については, 浅層地下水排除, 深層地下水排除および中間層地下水排除に分類し, 図-21にトレンチ排水工の事例が, 図-22に扶壁型排水工 (counterfort drain) とトレンチ型排水工のモデル図が示され, 典型的なトレンチ型排水工の概念図が示されています。さらに図-24には, このトレンチ型排水工の効果について, 理論計算と現場観測データの比較がなされています。深層地下水排除例として図-28に, 排水ギャラリーによる施工例が, 中間層地下水排除の例として, 図-30に日本でよく観察される集水井排水工の施工例が示されています。
次に斜面の安定度の概念 (安全率の変化) から切土, 盛土の影響について詳述しており, 斜面末端部の盛土工の事例を図-32に報告しています。
最後にすべり面の置換工法の事例とアンカー工等の施工事例が図-34-35に示されています。
紙面の都合上, 論文の内容について詳細に紹介できず図面のみ簡単に紹介しました。ぜび原論文の一読をおすすめする次第です。