現在の中国は持続的な経済成長、環境保護、社会的安定の3つのバランスを維持する為の取り組みとして、純粋な経済成長のみに目を向けるのではなく社会的問題の解決にも優先順位を置くことに基づいた政治的イデオロギーを編み出した。中国社会では、国家構築の過程で経済成長を重視してきたが、それによって生じた社会的問題に対処する必要性が自明となったことで重要な転機を迎えている。中国に進出している日系企業は、中国市場における競争を優位に進めるために、このような政策への理解は欠かせない。また、中国社会の上記のようなイデオロギー的転換によって引き起こされた激変は日系企業にとってリスクが高い事象であることは疑いないが、同時に中国市場において日本企業がさらに成長し、より良い企業イメージを築く機会を提供しているともいえる。
そこで本稿では、このような状況下において、中国市場に進出する日系企業の戦略的課題が経済的な競争力の確保のみならず、環境保護や社会の安定的発展に向けた社会貢献であることを提示する。そのために、中国市場に展開する日系企業の社会貢献活動の実態を把握し、欧米企業の社会貢献活動と比較した上で、日系企業の社会貢献に関する問題点と今後の課題を明らかにする。これまで「非市場戦略」を推進するという観点からの中国市場における日系企業の研究では、社会貢献と中国の「和諧社会」の実現を結びつけた比較分析は殆ど行われておらず、この実証研究は数少ない考察の1つである。
日本と中国は地理的に近接しており文化や経済の観点では類似点が多いものの、政治および思想などの面では相違点が多く見受けられる。特に第2次世界大戦の負の遺産は、事実上両国を引き離し、今日に至るまでの中国の反日感情の引き金となった。このような要因により、中国市場でビジネス拡大を狙う日系企業は、「中国社会主義市場経済」1)という非常に政治色の強い環境と向き合うこととなった。また、反日感情は別として、中国は現在、「和諧社会」2)の建設という改革開放路線の根本的な見直しを図る国家戦略の過渡期にある。改革開放路線は、一部の地域が先に経済発展することで最終的に全地域が共に豊かになるというものであった為、地域間の格差、国民間の貧富の格差を拡大させ、環境破壊といった体制矛盾を深刻化させたという一面を持つ。これに対し、中国政府は経済発展の優先から、むしろ社会的問題の解消へと政治的イデオロギーを展開させた。このように、中国が和諧社会の実現へと舵を切ったことに伴い、中国市場をターゲットとする日系企業は、中国の国内企業や他の多国籍企業との競争のみならず、意義ある社会貢献をすることで中国市場からの信頼を獲得し、中国における企業イメージの向上を図ることも余儀なくされるだろう。
中国社会において、日系企業は上記のような新たな問題、および機会に直面する中で有効な解決策をつくり出すために、従来の市場理論に基づく観点を改め、「非市場戦略」の視点に基づく日系企業の中国での社会貢献活動を整理し、実効性を確かめる必要がある。実際に一部の日系企業は、中国市場の消費者ニーズを満たすことに重点を置いており、従来の価格・品質等の要素に加えて新たに社会貢献活動といった面を考慮し始めている。このように、かつて高度経済成長期の日本が直面した課題は、現在の中国においても新たな課題となっている。中国市場では、社会貢献によって良い企業として市民に受け入れられてこそ初めて、消費者からの支持を獲得してシェアの拡大が可能となるだろう。その方策の1つが社会主義市場経済に適応する「非市場戦略」3)という概念であると考えられる。また、昨今の新型コロナウイルスに対する各国の動向は、政治・経済と密接に関わっており、今後も当面はビジネスへの大きな影響を与える要素といえる。その点においても、中国市場でビジネスを行う日系企業にとっての中国の非市場に関する理解と戦略立案は更に重要性を増していると言える。
1.2 本稿の目的および構成以上を踏まえ、本稿では、このような状況下において、中国社会での非市場戦略を推進するための日系企業の社会貢献に関する分析を行い、「中国公益賞」4)に関わる5つの評価指標に基づき、欧米系企業との比較を通じて、中国における日系企業の社会貢献活動の特徴を明らかにすることにある。その上、それらの日系企業の中国における社会貢献の取り組みのあり方に対して戦略的な示唆を与えようとするものである。
本稿の構成は以下の通りである。まず、第2章では「非市場環境」と「非市場戦略」に関する研究の必要性を整理した上で、「非市場環境」と「非市場戦略」について分析する。次に、第3章では上記の非市場戦略の理論を前提として、中国市場における非市場戦略の重要性から非市場戦略を推進するための社会貢献について分析する。特に和諧社会の実現に向けて取り組みを進める中国特有の社会問題に対して研究し、日系企業に対して中国市場の特殊性を説明することで、日系企業が直面している中国市場の非市場戦略の重要性を明らかにする。その上で、日系企業の中国における社会貢献の必要性を考察する。そして、第4章では実証分析により現在の中国市場における日系企業の社会貢献活動の現状および課題を解釈する。最後に、第5章ではまとめと今後の課題を述べる。
本章では、「非市場環境」と「非市場戦略」に関する先行研究をレビューし分析する。
2.1 「非市場環境」と「非市場戦略」に関する研究の必要性従来は、市場理論によって政府の市場への関与や、社会の発展と進歩に伴う環境保護、ビジネス信用、消費者権利保護等の社会問題が議論されてきた。しかし、これらの社会問題は市場理論の内部において対応することが難しい非市場の性質5)を持ったものであるため、非市場理論の観点からさらに議論を深めることができる。このような状況下で、企業の経営者は市場外部環境の変化を認識し、企業の社会的責任も重視しはじめている。現在、企業経営を取り巻く環境は、技術革新による時間や空間的な距離の短縮、市場開放による貿易自由化の進展、新興国の発展等に伴い、市場規模がグローバルに拡大されている。このようなグローバル化6)の下では、各国・地域ごとで環境や歴史、文化的背景といった非市場要素が大きく異なるために、各企業は伝統的な市場戦略理論だけでは競争優位を維持することが困難となり、非市場戦略の要素を考慮する必要に迫られるのである。
こうしたことから、企業は短期利益追求の側面だけでなく持続的発展に向けたステークホルダーとの関係性を意識した信頼構築等の非市場戦略の側面を重視する必要があることが分かる。特に、中国などの新興国においては「非市場環境」に関する研究は企業の戦略を構築する上で不可欠なテーマであると言える。
2.2 先行研究による「非市場環境」と「非市場戦略」の説明まず、先行研究から非市場環境の概念を整理する。David. P. Baron7)(2004)は市場環境が、競争者、サプライヤー、顧客等の要素から形成された企業の外部環境であり、その特徴としては需要の特性、市場競争の規則、コスト構造、技術革新の特性とスピードなどによって決定するものであることを示している。さらにBaron(2013)は企業が市場環境を重視するように非市場環境も重視しなければならないことを指摘している。非市場環境は政府、マスコミおよび公共機構間等の相互作用である。その特徴は企業と政府、社会公衆およびマスコミ等の利害関係者間の関係によって決定されるものである。市場環境の構成要素はMichael Eugene Porterが定義した5つの競争力、つまり「新規参入の脅威」、「売り手の交渉力」、「買い手の交渉力」、「代替品の脅威」、「業界内の競争」である。Baronが定義した非市場環境の構成要素は、政治、制度、歴史、文化などである。また、市場環境の参加者は経済交換取引における参加者などであるが、非市場環境の参加者は市場の参加者以外に政府役員、利益組織、マスコミ及び公衆などである。表1は、市場環境の理論を提唱するBaronの理論を比較したものである。
分類 | 市場環境 | 非市場環境 |
定義 | マクロ経済要因、競争者、サプライヤ、顧客などの要素から形成された企業の外部環境 | 公衆、株主、政府、マスコミ及び公共機構などの要素から形成された企業外部環境 |
構成部分 | Porter(1998)が定義した五つの競争力 | 政治、制度、歴史、文化など |
参加者 | 経済交換取引における参加者など | 市場の参加者以外に政府や、利益組織、マスコミ及び公衆など |
行動性質 | 自由意志、個人利益 | 他人への影響力、公衆利益を提供、より広範囲の団体への影響力 |
重要要素 | 資源承諾 | 経営の正当性 |
出所:「中国における日本企業の非市場戦略に関する一考察―経営の正当性に基づいて」94頁
続いて、市場戦略と非市場戦略の概念を整理する。市場戦略は主にMichael Eugene Porter(1998)が提出した「顧客を獲得し、競争相手に打ち勝つ直接的な戦略」であり、代表的なものとしてコストリーダーシップ戦略、集中戦略、差別化戦略等が挙げられる。市場戦略に基づいて企業は各々、自らの経済環境や市場に適応する市場戦略を創り出してきており、激しい市場競争のなかで優位を確保してきた8)。一方で非市場戦略とは、企業が政府や金融機構、マスコミ、専門学者、非営利機構、公衆等の利害関係者が形成した外部環境の中で制定した、自社の長期的な存続を有利にする戦略である9)。
伝統的な戦略管理理論では市場戦略を中心とし、市場環境を基にした分析が中心であった。しかし、市場競争のルールは主に政府部門や非市場参加者によって制定されるものであり、市場競争によって企業が得る結果に直接的な影響を与えるとされる。市場戦略より複雑、広範囲な非市場戦略の研究において、学者らも様々な角度から研究を行っている。市場環境と非市場環境の比較において、Baron(2013)とMichael Eugene Porter(1998)の理論に基づくと非市場戦略の研究はマクロ的な視野で外部環境を重視する制度理論、特定資源への依存性を重視する資源依存理論および政府と企業の関係を重視するエージェンシー理論の3つの領域に分けられる。
第1に制度理論10)の確認を行う。この理論は、非市場戦略研究領域で広く応用されているものである。制度理論の観点から企業の非市場行動を見ると、企業が位置している外部環境、例えば、政治、文化、公衆などはすべて企業の競争資源であり、一種の制度資源ともいえる。企業は非市場戦略の実施により正式または非正式的な制度資源を獲得する。また、非市場行動によって企業は潜在的な体制問題を緩和し、制度資源を利用して有利な新しい体制環境を創り出し競争優位性を確保する。京セラはこうした非市場戦略の制度理論を重視した典型例である。京セラは中国西部開発を支援するために、2001年、創業者である稲盛和夫氏個人と京セラ株式会社が共同で100万ドルを出資し、「稲盛京セラ西部開発奨学基金」を設立した。同基金は、中国西部地区において、品行方正で学業も優秀であり経済的に困窮している大学生を対象に、資金面での支援を行っている。さらに、稲盛氏の経営理念を発信するために創立された“盛和塾”も、中国で大きな人気を集めた。これにより、今日まで中国で3,600名程の塾生を集め、中国企業経営層の悩みに対して、貴重な経験を提供している。さらに、稲盛氏は2004年6月、外国人として初めて中国光明日報が主催する「第1回光明公益賞・最優秀個人賞」を受賞した。京セラは中国の非市場環境を把握し、中国の政治、公衆などの非市場環境要素は企業の競争優位要素になりうると認識し、中国で大きく売り上げを伸ばしてきていた。
第2に資源依存理論11)を整理する。資源依存理論によると、企業の経営資源には異質性があり、多くの資源は市場で自由に取引できない。企業は自社が必要なすべての資源を持つことができないために、資源と戦略目標の間に差が出ることとなる。さらにこの差のために、組織の特定の資源への依存性が高まるとされている。この理論から企業の立法、貿易保護、営業等の政府あるいは他の利害関係者の資源依存関係を分析すると、企業の非市場行動は環境のコントロールや外部依存性の減少、実行能力やリスク防御能力の向上にも役に立つ重要な手段とみられる。アメリカのネット検索最大手グーグルの中国進出事業は非市場環境のコントロールや外部依存性の減少ができなかった事例である。グーグルは、グローバル化進展のため2006年に中国市場に参入した。その後、中国市場でのシェアを30%以上にまで高め、中国の事業者「百度」に次ぐ2位にまでシェアを伸ばした。しかし、2010年1月の中国政府による厳しいネット検閲に加え、中国政府の望まない情報を非表示にするという自主検閲を受け入れたためグーグルはアメリカ議会の公聴会で強く批判されることとなった。その後、中国政府との交渉も不調に終わり、グーグルは同年3月22日に正式に中国市場から撤退し、中国の広大な市場と膨大なユーザーを失ってしまった。この問題の原因は競争相手ではなく政府及び法律システムであった。当時のグーグルは事業内容以外の部分で米中両国からの圧力を受けることとなり、結果として中国市場から撤退せざるを得なくなってしまったのである。この中国進出事業の失敗によって、グーグルは大きな損失を出すこととなった。
第3にエージェンシー理論12)の検討を行う。エージェンシー理論によると、企業と政府の関係は企業側が公共政策の委託人の1人であり、政府は企業を含む様々な利益集団が公共政策の立法領域で活動する上での代理人と理解される。企業側が充分な非市場資源を持ち企業の行動と立法の性質が一致する場合は、個体的な独立非市場戦略を選択する傾向がある。
前述の理論はやや古典的なものであるが、近年の金融危機や市場からの要望を受けて非市場環境に対する関心が増していることにより、最近になってBaronやThomas C. Lawton、Tazeeb S. Rajwani13)等によって再度議論がなされるようになってきた。それによると、非市場戦略はさらにその対象および内容からミクロの視点で、政治戦略14)と公共メディア戦略15)、社会貢献戦略に分けられるとされている。政治戦略は企業が政府、業界の協会などが開催する展覧会や会議などの活動に積極的に参加することである。公共戦略は公共メディアを非市場戦略の一部と考え、企業が政府官僚、マスメディア、消費者などの利害関係者を誘い重要な行事に参加してもらうことや、社内見学などをしてもらうことを指す。特に、社会貢献戦略では、企業の社会的責任は非市場戦略の一部だと考えられる。環境保護、社会福祉などに関する公益活動や、スポーツ試合、公演、教育活動などをサポートする寄付活動が含まれる。前述の通り、Baron(2013)は、社会的責任が一般市民や活動家、行政関係者、利害関係者等に非市場問題を気付かせるもので、非市場戦略要素の中で最も重要な要素だと考えている。よって、本文では社会貢献を基にして企業の非市場戦略を議論する16)。
以上、先行研究による「非市場環境」と「非市場戦略」の整理を行った。次章では、中国市場における日系企業の非市場戦略の実施状況と市場での成功・失敗の関連性を検討する。これは、日系企業の「非市場戦略」に関する認識を高め、中国市場での持続的発展の一助になることを目指すものである。
第2章では非市場環境と非市場戦略を検討した。本章では、この理論を前提として中国市場における日系企業の非市場戦略を分析する。
3.1 中国市場における非市場戦略の重要性世界市場、経済環境のめまぐるしい変化の中、中国も改革開放により大きく変容し、新しい経営環境である中国特有の社会主義市場経済が形成された。これにより、中国の新市場における既存の問題点の改善に加えて、また新たな問題、つまり非市場に関連する問題に対処する必要性がより高まった。中国における非市場関連の問題を表す事例として、日系カメラメーカーであるニコンの「ニコンD600」に発生した不具合とその対応に関連する諸問題が挙げられる。ニコンD600は2012年9月にニコンが発表したフルサイズ一眼レフデジタルカメラ17)である。当該商品で撮影された写真に黒点が見られることが発覚し、中国市場においてもサービスセンターへのユーザーからの問い合わせがなされた。これに対してニコンの上海サービスセンターのスタッフは、「大気汚染のせいだ、ちょっと塵が出るかもしれないが、それは仕方がない」18)といった説明を行い、製品の返品・交換やリコールといった対応はなされなかった。しかし、アメリカ市場においても同様の問題が発生しており、そこでは返品と新モデルへの交換を行うという、中国市場とは全く異なる対応が取られた。このようなニコンの米中での異なる対応に対して、中国のユーザーは強い反感を覚え「ニコン製品を断る」という声を上げるなどの反発を行った。この問題は、2014年3月には中国で最大のマスコミCCTVの番組で報道されるなど中国社会から強い関心を集め、ニコンの中国市場を軽視するとも取れる行動は中国市場や消費者、ひいては中国社会の軽視、差別として解釈されるに至った。この問題の影響でニコンの中国市場での売り上げは2014年3月期に約1,415億円であったのに対し、翌年同期には約1,206億円と約15%減少している19)。
以上のニコンD600の事例は、初期段階においては製品の品質管理及び顧客対応という市場戦略の問題であったと理解できる。しかし、ニコン側の中国市場に対する不誠実な対応や米中での差別的な対応が認知されるに従って、日系企業であるニコンによる中国市場や消費者、社会の軽視という問題へと再解釈されたことが分かる。これはニコンの中国市場における非市場戦略上の問題であり、単なる製品の不具合以上に企業・ブランドイメージを損ない業績を悪化させる深刻な問題へと転化したと理解できる。
中国の消費者から見ると、日系企業の影響力や認知度、評価は欧米系企業と比べて総じて低いものとなっている。その要因としては、1980年代から長期間にわたって、中国における日系企業の賃金が欧米系企業より低かったことなども挙げられるが、最大の要因は日系企業の事業展開、販路拡大や人材確保などが軒並み成功しておらず、さらに日系企業が中国市場でさまざまな事件・不祥事を起こし、その対応に不手際があったと一般的に認識されているためであると考えられる。中国市場における日系企業のイメージは歴史問題などで元来高いものとは言い難かったが、このような対応力の低さによって更なるイメージダウンが発生したのである。ニコンの事例のように、差別的な待遇によって中国消費者を軽視していると見なされる行為や商品の欠陥、品質問題などが発生したことに加え、広告やブランド名が中国の文化や社会習慣との矛盾や不一致を引き起こし、「中国を尊重していない」、「失礼」等と厳しく批判されるケースも存在した。またこの様な国内でのイメージの悪化が、日本企業が本国や他国で起こした不祥事によるイメージダウンにも拍車をかけていると考えられる。
さらに、中国における日系企業のイメージは中国で行う社会貢献とその宣伝にも関連している。一部の企業は社会貢献を積極的に展開しているが、宣伝がうまくいっておらず中国ではあまり認知されていない。しかし、このようなさまざまな問題はすべて非市場戦略の実施によって解決され得る。そのため、非市場戦略の重要性をいち早く認識し、戦略を明確化すれば企業の業績にも大きな影響を与える可能性が高い。
日系企業、特に日系メーカーは技術や品質に誇りを持ちながらも、競争の要素を深く掘り下げ、政治や文化のような外部環境に対応する必要性を認識できておらず、赤字経営に陥り、中国市場からの撤退を余儀なくされるケースが散見される。日系企業は非市場に対してはまだ認識不足なのである。
3.2 中国社会での非市場戦略を推進するための日系企業の社会貢献日系企業の多くは、2012年、日本政府の尖閣諸島3島の国有化以降に中国の各都市で行われた反日デモと、それに伴う対日感情悪化の状況に対応して中国事業の戦略を再検討し、投資計画の一時中断・中止を行うなど慎重な姿勢に転じた20)。中国における反日感情の高まりが日本そのものに対するイメージを低下させ、さらに日系企業に影響を与えていることも中国特有の事情であろう。このため、中国を市場として相手にする日系企業の課題は激変する中国市場において現地企業および他の多国籍企業との経営競争環境に対応するのみならず、中国市場の対日感情を改善し、日系企業に対する好感度を高める必要がある。なぜならば、日中関係の安定と日中友好の促進は中国で事業活動を行う日系企業にとってビジネスに必要不可欠な前提条件となるからである。このような認識の広がりを受けて、中国市場における企業のプレゼンスを向上させるためにも、多くの日系企業は拡大されたステークホルダーとそれぞれの立場で相互理解を促進し、歴史問題をはじめとした2国間の社会的・政治的問題や社会体制の違いを乗り越えて友好を深めていこうとする動きが広がっている。
例えばダイキン中国21)は、中国市場で自社の認知が進んでいなかった時期から、自社の環境技術等を生かして中国の大学生の教育活動を支援し、学生の自発性を喚起し、“イノベーション型人材”を育てる取り組みを展開している。ダイキン中国は、この取り組みを通じて中国の消費者や社会との良好な関係を構築し、維持・発展させようとしているのである。2017年9月19日には、「New Life Styleダイキン内装コンテスト」を南京で開催している。このコンテストには100人以上のデザインを学ぶ学生が集まり、濃密なコミュニケーションと学習の機会を提供するイベントとなった。このように、ダイキン中国は中国社会との積極的な交流を展開しており、中国における環境保全、省エネルギー問題の解決に尽力している企業として幅広く認知されている。
また、オムロンは、1996年から2000年にかけて5,000億円の資金を提供し、「オムロン中国教育基金」22)を設立している。オムロンは、清華大学、同済大学などのような中国の自動化領域で強い技術力を持つ30程度の大学に、オムロンのオートメーションでの中核製品PLCおよびセンサーなどの最先端設備を含めた「オムロンの研究室」を寄付するとともに、オムロン奨学金を創設するなど、優れた研究教育環境をつくり上げた。さらに、オムロンは毎年5月10日を「企業市民活動日」と定め、その日にオムロングループのメンバーが社会貢献活動にさまざまな方法で参加することを通じて、中国社会からの信頼を得ている。
上記の日系企業の社会貢献活動の背景には、「中国で作って輸出する」(Made in China)から「中国で作って中国で売る」(Sales in China)への経営方針の変更に基づく市場戦略が本格化し、中国市場からの信頼の獲得という本質的な意味での非市場戦略を進める戦略転換が求められていることがある。つまり、かつてある程度成功を収めた「中国で作って輸出する」ための市場戦略は、現在の中国のビジネス環境下では日系企業が目指そうとしている「中国で売る」というビジネスにはつながらず、日系企業は新たな課題にどう対処するのかという決断を迫られているのである。この観点から日系企業の中国市場における持続可能性を検討すると、いかに現地の環境に適合する経営基盤を構築し実現するかということも重要ではあるが、それ以上に、現地企業としていかに中国社会に貢献し良き中国企業市民として受け入れられるかという、非市場戦略に関する課題が重要であると指摘できる。これは、日系企業が中国社会や中国市場からの信頼を獲得することによって、はじめて中国国民を消費者、顧客として囲い込むことができ、それによって効果的に新しい中国市場におけるビジネスを行うことができると言うことを意味している。以上から、社会的利益の追求を通じて中国社会の発展や国民生活の向上にどう利益還元を図っていくかという点が日系企業に対する評価の基準のひとつになると考えられ、この点が日系企業の新しい中国事業の成否を握るカギとなりうるのである。
本章では、非市場戦略を推進するための中国市場での日系企業の社会貢献についての調査結果を分析し、今後の課題を明らかにする。このため、中国において最も意義深い社会貢献活動をした多国籍企業を表彰する中国公益賞23)における日本企業の社会貢献を例に挙げる。なぜならば中国公益賞公益賞は、中国人民政治協商会議全国委員会、中華人民共和国民政部、中華人民共和国財政部、中華人民共和国商務部等の政府が主導する、中国における多国籍企業の重要な社会的貢献を認識する目的で始まった唯一の表彰制度であるからである24)。また中国公益賞公益賞は、180社を超える多国籍企業を対象とする調査に基づき2011年以来毎年表彰されているため、中国社会において認知度が高いこともこれに着目する理由である。
4.1 中国公益賞公益賞の評価基準と受賞分析中国公益賞公益賞は、中国において最も規模が大きい社会貢献表彰式である。中国公益賞公益賞はビジネス界、政界、学術界、マスコミ界、レクリエーション界より構成されており、中国で商業活動を展開している企業の社会貢献を表彰する制度である。中国公益賞公益賞は公平性原則に即して、公益慈善領域において貢献がある会社を候補者として選び、「示範性」、「持続性」、「独創性」、「適応度」、「誠信度」の5つの項目で企業の社会貢献活動を評価して、最終的に受賞会社を選び出す。なお、具体的な選出方法と評価基準は表2の通りである。
選出原則 | 客観的公正性原則と公益評価性原則を遵守し、100%第三者の推薦と企業の公開情報に基づいて評価する。 |
選出範囲 | 老人の扶助、障害者の救済、孤児の救済、災害支援、貧困の救済、医学の援助及び文化芸術、環境保護などの公益慈善分野において突出した貢献をする個人、集団とプロジェクトを選出する。 |
選出方法 | 選出範囲をより広範にするために、組織委員会は特に第三者の推薦ルートを設置した。社会アンケート調査を通じて、メディア、公益機関、地方及び業界の連結推薦、情報収集などの方式で候補者を選出する。審査の過程で関連する企業情報は、主に自己紹介申告と企業が各種ルートを通じて公表した情報(年報、社会責任報告、新聞報道などを含む)から得る。公益機関、著名な研究機関、コンサルティング会社、専門家学者、メディアリーダーを招いて審査委員会を構成する。審査委員会のメンバーが認可した総合評価システムに基づいて、量子化データの比較を行い、最終的な評価リストを選出する。 |
評価基準 | 評価基準の記述 |
模範性 | 公益事業に積極的に参加し、公益事業の発展を推進し、和諧社会を構築する上で模範的な役割を果たす。公益行動を通じて公益事業の内容と活動方法を豊かにするために模範的な役割を果たす。 |
持続性 | 自分の模範的な役割と影響を通じて、ある分野の公益事業の発展を促進し、持続可能な発展の局面を形成する。 |
独創性 | 参加した公益事業には革新的な内容が存在するかどうか。公益行動では革新的な形式があるかどうか、メディアの伝播と社会の普及に有利するかどうか。 |
適応度 | 公益慈善活動への参加形式が社会の発展に適しているかどうか、被災者の実際の状況を汲み、公益の核心の理念を実現したかどうか。そして空白の領域を埋めて、公益慈善のプロジェクトを豊かにしたか。 |
誠信度 | 計画通に実行することを含め社会的責任を履行する上での評判が良いこと。公益機関の資金調達とプロジェクトの運営が透明で、公開し、実際の効果が事前目標に近い水準であること。 |
出所:中国公益賞公益賞の公表データ(http://www.gongyicn.org/)を基に筆者作成。
中国市場において社会貢献活動の促進と企業イメージの向上の為に、多くの多国籍企業が多くの時間と労力をつぎ込もうとしていることは間違いない。中国公益賞公益賞が開始された2011年から2016年の間に日本企業はほぼ毎年増加しており、6年間で合計9社受賞している。それに対して韓国企業は3社、米国企業は17社、欧州企業は9社であり、米国企業が社会貢献活動に注力しているといえる。中国公益賞公益賞の受賞は圧倒的に中国企業が占めるが、外資企業に着目すれば、約40%は米国企業であるのに対して日系企業の受賞は21%に留まっている(図1参照)。日本企業は、7%の韓国企業に比べると良いが、21%の欧州企業と横並びの水準となっており、中国社会との関係構築においては米国企業が先進的であることが示唆されている。この点から、日系企業の非市場戦略にはさらなる向上の余地があると推察される。
出所:中国公益賞公益賞の公表データ(http://www.gongyicn.org/)による、筆者作成。
本節は中国公益賞公益賞の公表データを分析した上で、日系企業が中国における社会貢献活動の現状を明らかにした。分析した結果は現実に一致するかどうかを検証するために、筆者は北京に赴きフィールド調査を行った。次節で、フィールド調査に関する結果を述べる。
4.2 フィールド調査対象の選定筆者は、2017年7月から10月にかけて北京に赴き、現地企業の広報担当者に対するヒアリング調査(以下「フィールド調査」)を行った。フィールド調査は、日本企業と欧米企業が中国で行った社会貢献活動を促進する為の取り組みを比較することを目的とし、これらの企業が行う社会貢献活動が現地での経営パフォーマンスの向上の為の積極的投資に当たるのか、企業の見方をより深く理解する為のものである。比較分析の確度を高める為、フィールド調査で1990年代初頭から半ばまで北京及びその周辺で業務を続けていた日本、欧州、米国企業の中から「グローバル500」企業を対象とした。調査対象は日本企業7社、米国企業5社、欧州企業2社である(表3参照)。
企業 | 順位 | 社会貢献 | ||
---|---|---|---|---|
日系企業 | 日立(中国) 設立/場所: 1993/北京 | 71 | 環境保護を促進しながら「地域社会では唯一の貢献をする」ことを焦点としている。 | |
パナソニック(中国) 設立/場所: 1994/北京 | 110 | 中国・日本間における社会的・文化的コミュニケーション、松下奨学金、福祉と環境に焦点を置いている。 | ||
ソニー(中国) 設立/場所: 1996/北京 | 105 | ソニー梦想教室、社会的少数派の援助、教育、慈善事業、スポーツ、環境に焦点を置いている。 | ||
日本電気(中国) 設立/場所: 1996/北京 | 437 | 環境保護に加え、中国・日本間における社会的・文化的コミュニケーションに焦点を置いている。 | ||
富士通(中国) 設立/場所: 1995/北京 | 237 | 国際コミュニケーション、教育、環境に焦点を置いている。 | ||
キャノン(中国) 設立/場所: 1997/北京 | 347 | 障害者や教育の援助、福祉、教育、環境に焦点を置いている。 | ||
三菱電機(中国) 設立/場所: 1997/北京 | 262 | 国際コミュニケーション、環境に焦点を置いている。 | ||
欧米企業 | IBM(中国) 設立/場所: 1992/北京 | 81 | 価値ある商品で消費者サービスの向上、環境保護の強化に力を入れている。 | |
デル(中国) 設立/場所: 1998/北京 | 124 | 教育、福祉、文化的コミュニケーションに焦点を置いている。 | ||
ノキア(中国) 設立/場所: 1995/北京 | 415 | 教育、中国の通信技術を向上させる為に学生奨学金を提供している。 | ||
マイクロソフト(中国) 設立/場所: 1992/北京 | 69 | 社会格差の減少、文化的コミュニケーション環境に焦点を置いている。 | ||
インテル(中国) 設立/場所: 1995/北京 | 144 | 「人類への敬意」から様々な社会貢献活動を促進している。 | ||
シスコシステムズ(中国) 設立/場所: 1994/北京 | 187 | 異文化問題を解決するために、社会的・文化的コミュニケーションに焦点を置いている。 | ||
エリクソン(中国) 設立/場所: 1994/北京 | 419 | 市場シェアを拡張する戦略として社会貢献活動を促進している。 |
出所:2017会計年度におけるグローバル500ランキングの調査結果に基づき筆者作成
筆者が行ったフィールド調査においては、中国公益賞公益賞の評価基準である「示範性」、「持続性」、「独創性」、「適応度」、「誠信度」を主要な比較項目(表1参照)とし、中国市場における日系企業と欧米企業が従事する社会貢献活動の差異の明確化を試みた25)。フィールド調査では「示範性・持続性・独創性・適応度・誠信度」を比較項目としているが、これは非市場の「政府、マスコミ、公共機関等の間の相互作用」を測る指標と理解できる。以下では、フィールド調査の結果に基づいて行った比較分析の主要部分を提示し、整理する。
(1)示範性
フィールド調査によると、中国において公益活動を主催した経験があって、積極的な社会貢献活動を展開し、公益事業の発展を推進に力を入れる日系企業の割合は28.5%である。それに対して、欧米企業の割合は42.9%であり欧米企業のほうが社会貢献活動を主体的に実施していると言える。また、積極的に参加する日系企業は57.0%、欧米企業の割合は57.1%である(表4参照)。
展開形式 | 日系企業 | 欧米企業 | ||
---|---|---|---|---|
企業数 | 割合 | 企業数 | 割合 | |
主催 | 2 | 28.5% | 3 | 42.9% |
参加 | 4 | 57.0% | 4 | 57.1% |
その他 | 1 | 14.5% | - | - |
合計 | 7 | 100.0% | 7 | 100.0% |
出所:フィールド調査より筆者作成。
(2)持続性
フィールド調査によると、日系企業と欧米企業ともに社会貢献活動の専門部署を設置して、社会貢献活動を一時的な活動ではなく、会社の戦略として持続的に行っている。しかし、部署の配置は一定の差がある。従業員人数が3-5人の企業は42.8%で日系企業も欧州企業も同じ水準であるが、6人以上配置している欧米企業の割合は28.4%であるのに対し、日系企業の割合は14.4%となっている(表5参照)。
従業員数 | 日系企業 | 欧米企業 | ||
---|---|---|---|---|
企業数 | 割合 | 企業数 | 割合 | |
0 | - | - | - | - |
1-2 | 3 | 42.8% | 1 | 14.4% |
3-5 | 3 | 42.8% | 3 | 42.8% |
6- | 1 | 14.4% | 2 | 28.4% |
回答無し | - | - | 1 | 14.4% |
合計 | 7 | 100.0% | 7 | 100.0% |
出所:フィールド調査より筆者作成。
(3)独創性
フィールド調査によると、自社公益活動の目的を明確化し、自社事業の発展に適切し独特な活動を選択しているという企業の割合は、欧米企業が71.4%であるのに対して、日系企業は57.0%となっている。(図2参照)
出所:フィールド調査より、筆者作成。
(4)適応度
フィールド調査によると、行っている社会貢献活動が中国社会の発展や中国社会への適応に資し、受益者のニーズと合致することを求める企業の割合は、日系企業が43.0%であったのに対し欧米企業は71.4%であった。また、中国社会への適用の設問に対していいえを選択した割合は、日系企業が43.0%、欧米企業が28.6%であった(図3参照)。
出所:フィールド調査より、筆者作成。
(5)誠信度
フィールド調査の結果に基づいて、中国において公約した社会貢献活動等の実現の程度を表4で示す。社会貢献活動を計画通り行うか、そして実際の効果の目標への到達度は、企業社会貢献活動の評価と緊密に係る。社会貢献活動の実現の程度が半分以下である割合は28.6%で日系企業と欧米企業は同じである。それに対して、75%以上公約を実現している欧米企業は57.1%であるのに対し、日系企業は42.8%である。
実現の程度 | 日系企業 | 欧米企業 | ||
---|---|---|---|---|
企業数 | 割合 | 企業数 | 割合 | |
0%-25% | - | - | - | - |
25%-50% | 2 | 28.6% | 2 | 28.6% |
50%-75% | 2 | 28.6% | 1 | 14.3% |
75%-100% | 3 | 42.8% | 4 | 57.1% |
合計 | 7 | 100% | 7 | 100% |
出所:フィールド調査より筆者作成。
フィールド調査によると、日系企業の経営層の多くが社会貢献活動を行ったが、活動に見合う政策優遇が得られなかったという悩みを持っている。以下では、前述のフィールド調査を行った企業の中から、2社を選んで実際に行っている社会貢献活動ヒアリング調査の結果を紹介する。
①ソニー
ソニーは2013年に「ソニー爱心助学工程」の基礎で展開したテクノロジー教育プログラムである「ソニー梦想教室」を展開している26)。ここではタブレットコンピュータ、プロジェクターや他の機器を毎日の教育ツールとして提供するだけでなく、中央のグループや学校、他の利害関係者、従業員のボランティアと協力して、科学教育の分野でソニーの豊富な経験を活用した教育プログラムを形成している。
②松下電器(パナソニック)
松下電器は2009年に、より良い企業の社会的責任実現するために、「中国環境論壇2009」で新たな社会貢献活動として「10年以内100万人の子どもたちに環境教育を実施する」というプロジェクトに着手すること明らかにした27)。主な活動内容は、地方の小学校にパナソニックの社員が自社開発した教材を使用して授業を行うというものである。2010年11月からは緑の生活環境の向上に焦点を当てており、地球温暖化や生物多様性、製造、環境保全活動環境技術に注力し、5つの新しいプログラムを増やしてきている。また2015~2016年の期間では、学生の視野を広げるためにインターンシップを提供する等のグローバルプロジェクトも提供している。
ヒアリング調査から、現在まで、日系企業は依然として「よい事をして名を残さない」ということをひとつの美徳として堅持して、社会に戦略的にその貢献活動を宣伝しなかったということが判明した。上述の2社の実例から分かるように、日系企業は様々な社会貢献活動を行っているがその戦略的な宣伝は見当たらない。中国政府が政策優遇企業を選出するときは、受賞等の実績がある企業を優先する。そのため、公益賞公益賞などの社会的に評価の高い賞を受賞することが重要である。本論文が対象となる公益賞公益賞のような賞ではメディア、公益機関、地方及び業界の推薦、情報収集などの方式で候補者を選出する。社会貢献活動の「模範性」、「持続性」、「独創性」、「適応度」、「誠信度」を高める一方で、会社の宣伝活動も不可欠である。日系企業は、中国社会で社会貢献活動の展開に加えてその対外的な宣伝も必要であり、現地社会と企業との良好な関係を作り上げることではじめて効果を得られるという認識を持つ必要がある。
上記のように、日系企業の社会貢献活動の評価が中国政府、消費者など拡大されたステークホルダーを通じて現地経営に多大な影響を及ばすようになり、企業パフォーマンスに無視することのできない影響を与えつつある。また、そのような状況のもとで社会貢献活動が実際に企業の現地経営にどのような影響を与えるかを理解し把握するかという点が、日系企業の非市場戦略の上で大きな課題となっている。
極めて限定的な調査結果ではあるが、上記の比較分析では、欧米企業は社会貢献活動に関して中国社会の潜在的なニーズに目を向けそれを反映させる傾向が見て取れる。今回調査対象とした企業に関して言えば、日系企業に比べて欧米企業は現地での経営パフォーマンスの向上の中心要素として社会貢献活動を優先し中国社会との良好な関係を構築しており、消費者の信頼を得ている点で上手といえよう。中国公益賞公益賞の評価基準からみると、日系企業にとって中国におけるより効果的な社会貢献活動を追求する上で、「示範性」、「持続性」、「独創性」、「適応度」、「誠信度」と言う5つの要素が不可欠であることが示唆されている。これは今後の中国における日系企業の非市場戦略構築の指針となりうる要素である。
上記の5要素を考慮した社会貢献活動を実行することは、すなわち「顧客」、「投資家」、「地域コミュニティ」、「従業員」という重要なステークホルダーに効果的に働きかけ、中国市場の持続可能な発展成長に寄与し、ひいては中国の和諧社会の実現に貢献することにつながるものと考えられる。図4は、環境保護や教育支援活動の展開をすることで顧客の購買意欲を向上させること、地域コミュニケーションの感情的アピールによって地域コミュニケーションの認識の強化を行うこと、投資家への利益の還元によって投資意欲を上昇させる等により、非市場戦略の視点に基づく社会貢献活動を行うことで中国社会への社会貢献を果たすことができ、ひいては中国市場における持続可能な発展を支えるものであることを示したものである。ヒアリング調査によると、日系企業の経営層は上記の5要素にわたる過程を実行することができれば、宣伝活動に加えて中国において成長し、良い企業イメージを築くのを期待することが分かった。
出所:フィールド調査より、筆者作成。
日中両国は隣国であるにもかかわらず、古くからの歴史問題が両国の国民感情に深く影響を与えている。日本企業は、中国市場において順調に商業活動を行うために良い社会イメージを作らなければならない。また、積極的な社会貢献活動は競争優位の源泉に転換することができる。中国市場で勝ち残るために、日本企業は市場戦略を採用した上で中国市場に相応しい非市場戦略を採用する必要がある。この点から本論文のテーマ設定と分析視座は今後の学界におけるグローバルトレンドを明示していると言えるが、引き続きさらなる議論及び研究を展開することで応用性を高める必要がある。
市場の概念と近代的制度・仕組みは英米圏主導によるものであり、経営学においてもその学術的地位は圧倒的である。しかし、個別社会の文化や歴史を重視する「非市場」戦略の概念は、既存のアングロサクソンモデルとは異なる基本思想や制度構築における研究の重要性と可能性の両面を示唆している。中国の日系企業の目前には中国という巨大な市場からの多大な期待が存在している。従来日系企業が重視してきた経済的利益追求という視点だけでなく、法令や基準を遵守しながら事業領域外での社会貢献を行う非市場戦略、すなわち、非市場における中国社会への社会貢献の視点も必要である。企業の草の根レベルでの地道な社会貢献活動への取り組みが重要であることはいうまでもないが、限られた経営資源をいかに有効に活用し、中国市場で本当に求められている非市場戦略を推進するかという点が、真の、そして新たな段階の市場戦略へ繋がると考える。
今回の研究は中国の特有な市場経済を背景にした研究であるため、一般性・応用性に大きな課題が存在する。また、フィールド調査は比較分析の確度を高める為に1990年代初頭から半ばまで北京及びその周辺で業務を続けていた日本、欧州、米国企業の中から「グローバル500」企業を対象としたが、今後は研究範囲を広め応用性を高める必要がある。今後の課題としてより深く、広く研究を進める必要がある。また、海外市場開拓は様々な国に進出するため企業の外部市場環境をすべて考え、市場戦略と非市場戦略の整合を利用し将来の競争に参加することが新しい課題となるだろう。そして、今回は中国における日系企業のみを対象として研究を行ったが、今後は研究対象を拡大してデータをさらに増加させ、より全面的・包括的に研究を展開する必要性が高い。前述の通り、本研究は社会貢献活動の視点から企業の非市場戦略の取り組みに議論を行ったが、それ以外の戦略、すなわち、政治戦略やメディア戦略など本研究で言及していないものに関する検討を今後の課題としたい。
最後に、貴重な時間を割いてヒアリングに対応してくださった多くの企業関係者、学識経験者の方々に厚く御礼申し上げると同時に、本稿が中国における日系企業の日系企業の中国社会貢献活動、特に活用して頂けることを願っている。
本研究は、日本学術振興会における科学研究費助成事業の基盤研究(C)「国際比較の視点に基づく大学ガバナンスに関する理論的・実証的基盤研究(研究代表者:劉慶紅/課題番号:20K02953)」の「非市場戦略」の理論研究・構築の一環として行われており、立命館大学2020年度研究成果国際発信プログラム(研究代表者:劉慶紅)による研究の成果の一部である。