2022 年 18 巻 2 号 p. 37-53
本論文の目的は、近年金融機関で発生した組織不祥事を事例として、各社を取り巻く外部環境、その外部環境を受けた組織的対応、そして組織から求められる個人行動の連関性に着目することで、不祥事発生のメカニズムを明らかにしていくことにある。
組織不祥事に関する先行研究は、組織不祥事の発生を未然に防止する組織の構築を目指してきた。しかしながら、組織不祥事の発生要因を、外部環境、組織構造、および個人の利害追求に還元する形では、いかにして組織不祥事が生じるのかを十分に説明できないという理論的課題を有してきた。そこで本論文では、先行研究の検討を通じてステークホルダーや当該企業を取り巻く規制などの外部環境をマクロとし、組織(メゾ)、従業員(ミクロ)の連関関係を組織不祥事の発生メカニズムとして捉える新たな分析枠組みを提示し、スルガ銀行、商工中金で発生した組織不祥事を対象として事例分析を行った。
事例分析で明らかになるのは、マクロである外部環境からの要求に応答する形で整備され、ステークホルダーから正当性を獲得した組織において、その組織を維持・拡大するために従業員が暴走することで、組織不祥事が生じるという発見事実である。組織不祥事は、組織自体に欠陥や個人に問題があるのではなく、法規制やステークホルダーに埋め込まれた組織が、存立基盤と与えられた役割との矛盾を解消するために、不正自体を正当な行為として認識させていくメゾーミクロでの影の正当化が生じるからであると考える。
影の正当化による悪循環のメカニズムが、組織内の不祥事防止策やガバナンスを無効化し、組織不祥事を生み出すことを明らかにしたことが、本論文の理論的貢献である。悪循環を生み出すマクロ・メゾ・ミクロの関係に注目し、組織不祥事の発生メカニズムを明らかにしつつ、いかに介入していく仕組みを作るのかが、今後の経営倫理研究に残された課題である。
本論文の目的は、近年金融機関で発生した組織不祥事を事例として、各社を取り巻く外部環境、その外部環境を受けた組織的対応、そして組織から求められる個人行動の連関性に着目することで、不祥事発生のメカニズムを明らかにしていくことにある。
組織不祥事とは、組織が他者に何らかの危害を与えるものとして、いわゆる他者危害原則として定義される(中原, 2017, 20頁)。この他者危害原則について、間嶋(2007)は「公共の利害に反し、(顧客、株主、地域住民を中心とした)社会や自然環境に重大な不利益をもたらす企業や病院、警察、官庁、NPOなどにおける組織的事象・現象のこと」(2頁)と指摘する。つまり、組織不祥事とは、企業=ステークホルダーとの関係によって成立する現象であり、公共の利害という規範に対して組織内のアクターの利害を優先し、他者に損害を生じさせる現象であると言える。
組織不祥事に関する先行研究は、現実には企業がいかに経営倫理を推進していても、不祥事が生じない完ぺきな組織を構築することは不可能に近いことを指摘する(水尾, 2002, 77頁)。さらには組織内に組織不祥事の防止対策が存在するにも関わらず、不祥事の発生を十分に説明出来ていないことが、理論的課題として指摘されている(eg., 樋口, 2012, 6頁)本論文では、先行研究の検討を通じてステークホルダーや当該企業を取り巻く規制などの外部環境をマクロとして、組織(メゾ)、従業員(ミクロ)の連関関係を組織不祥事の発生メカニズムとして捉える新たな分析枠組みを提示し、スルガ銀行株式会社(以下、スルガ銀行)、株式会社商工組合中央金庫(以下、商工中金)の金融機関二社で発生した事例を対象に分析をおこなっていく。
この事例分析を通じて明らかになるのは、外部環境からの要求に応答する形で整備され、ステークホルダーからの正当性を獲得した組織において、その組織を維持・拡大するために従業員が暴走する(あるは暴走を求められる)ことで、組織不祥事が生じるという発見事実である。この発見事実に基づいて、本論文では、あらたな組織不祥事の発生メカニズムを明らかにする。
組織不祥事に関する先行研究は、その発生をマクロ、メゾ、ミクロのそれぞれに焦点を絞り、原因を求める研究が蓄積されてきた。
組織不祥事研究のマクロ・アプローチでは、組織が置かれた外部環境、すなわち法規制、業界慣行、ならびに企業を取り巻く利害関係者との連関性から、組織不祥事の発生メカニズムに迫っていく。例えばBaucus(1994)は、外部からの圧力や必要性により、組織不祥事が発生することを論じている。個人や組織は、緊急の要求や制約を外部から課されることで、その組織の従業員は何らかの形で対応するように圧力がかかる。この外部からの圧力に対応するために、組織内で違法行為が「標準的慣行」(p.711)になり、結果として組織不祥事が発生するのである。具体的にBaucus(1994)は、企業の不正行為の原因は外部からの圧力、それに対処するために必要性に迫られた行動により生じると説明する。競争が激しい業界の企業は、競争上の地位を向上させることを目的とした活動に従事している可能性が高く、意図的または非意図的に違法な行動が起こることを指摘する(p. 704)。業界内での激しい競争環境に対して、企業の経営層が従業員に高い業績を要求することで、その要求を実現することができない従業員を談合に巻き込んだり、製品の欠陥に関する情報を隠したりすることにつながりかねないのである(Baucus, 1994, pp703-704)。
Baucus(1994)の議論と同様に、中西(2017)は我が国における公共調達制度を事例として、その制度改革により指名競争入札や随意契約が様々な問題の温床となっていることを指摘する。外部からの要請に基づき、競争原理に基づき一般競争入札の適用を拡大した結果、1社応札の案件が増加する、それに対応するため競争参加資格を緩和したことにより不適格業者が参入する、そしてこの入札を成立させるために部門間の見解の相違が生じ結果として外部からの要請に応え、正当性1)獲得を目指すことが、新たな問題を引き起こしたと説明している(74-81頁)。
他方で中原(2017)は組織不祥事を単に環境からの圧力により生じるのではなく、企業を取り巻く利害関係者が不快に感じた場合に作り上げられる事象に着目する。彼は利害関係者が構築する組織不祥事について、利害を達成しようとする人々(消費者側)と、それを防ごうとする企業側との政治的対立であるとともに、利害関係者と企業が対話する場でもあると指摘する(32頁)。この利害関係者が構築する組織不祥事として、中原は東芝クレーマー事件を事例として取り上げている。この事件では、東芝社製の製品に欠陥はなかったものの、同社の対応に不快感を持った消費者が、そのやりとりをインターネット上に掲載したことに端を発し、当時の副社長が謝罪をするに至ったのである(26-27頁)。
これらマクロ的アプローチによる組織不祥事は、その発生メカニズムの起点が企業の外部に存在し、それに対する組織的な対応によって生じる現象であると捉えられる。だとすれば、なぜ、外部からの規制や圧力が、組織不祥事を招く組織的対応を生み出したのかについて、組織そのものに注目する必要性があると考えられる。
この組織に注目するのが、メゾアプローチである。この研究群は、メゾにあたる企業の組織そのものを不祥事発生の起点とした先行研究について考察していく。メゾを起点とした研究では、組織構造や組織文化を鍵概念として、組織そのものに組織不祥事を生み出す原因があることに注目する(eg., 間嶋, 2007)。
例えば太田(2017)は、組織不祥事を招く組織の構造的特徴として、「粗暴型」、「たるみ型」、「私益追求型」、「未熟型」、「組織エゴ型」、「ゴマすり型」、および「プレッシャー型」7つに分類している2)。例えばプレッシャー型とは、「会社のトップや上司から課せられたノルマ、関係部署からの困難な要請、職場あるいは会社全体の緊迫した空気、親会社から突きつけられた無理な納期など、有形無形のプレッシャーが原因で引き起こされたもの」と定義している(84-85頁)。また、谷口(2017)は、取締役会の形骸化、コーポレートガバナンスの形骸化、安全管理の形骸化を組織不祥事の原因として指摘する(5頁)。その上で谷口(2017)は、この形骸化された規則のもとで、人々は認知された圧力、認知された機会、合理化の3点によって不正にコミットすると捉えている。特に合理化については、規則の機能が果たされなくても組織への影響が小さいことが合理化につながり、かつ規則の形骸化につながる可能性を指摘した。
他方で間嶋(2007)は、組織不祥事の根底には組織文化が関与していると指摘する。組織文化は組織における認識や決定、行為の正当性の根拠を規定する。それゆえ、組織文化は組織不祥事に繋がるような問題のある認識、選択、心理、行為に対し、それを正しいとする正当性を与える根拠となるのである。その根拠は時に社会の一般的な価値規範から離れ、社会を蔑ろにした活動を正当化する根拠となるのである(19-20頁)。
このように組織構造や組織文化から組織不祥事の発生メカニズムを見出すメゾアプローチは、組織内部にその要因を求め、何故に組織不祥事が発生するかを追求してきた。その観点では、組織不祥事の発生を未然に防ぐ組織構造やガバナンスの強化、さらには企業活動が社会規範に基づいた活動を行っているか否かを観察する機能が必要になると言える。
とはいえ、樋口(2012)が指摘しているように、組織不祥事を防止するための組織構造やガバナンス制度を整えたとしても、組織不祥事を回避することは困難である。だとすれば、このようなメゾレベルでの対応を経てなお、組織不祥事に当たる行動を選択する個人に注目していく研究が求められることになる。
組織不祥事研究のミクロ・アプローチは、組織に所属する個人の認識や意志決定に基づく行動に注目していく。このミクロ・アプローチにおいて組織不祥事は、組織を取り巻くマクロ環境や組織のガバナンス構造や組織文化を前提としつつも、組織内部の人々の認識や意志決定に与える影響から生じると考えられてきた。具体的にPinto(2008)は、組織不祥事の発生要因の分析範囲を組織内部に限定した上で、不正行為の受益者は誰か、そしてその行為は単独で行われたか否かという2つの視点を提示している。いわば組織不祥事とは、組織内で不祥事と知りつつもそれを手掛けることで得られる個人の利潤と、それを可能にする組織構造や組織文化の認識に基づく、独自の利潤を求める意思決定として捉えられる。このPinto(2008)の議論を受け、福原・蔡(2011)は、日本の組織不祥事に関する研究は、組織に潜在する風土や文化に原因帰属させて解釈・説明されるマクロ・アプローチが大半を占めているとして、個人の自己利益や利益を守る不祥事行動に着目した、ミクロ視点の不祥事研究の有用性を提示している(105頁)。
このミクロ・アプローチの持つ独自の視点が、組織不祥事を生み出す個人の意図への注目である。例えば水村(2013)は、組織不祥事について、行動倫理学と道徳心理学の成果を取り込みながら、意思決定の歪みとその歪みから生じる非倫理的行動を対象としたものと説明する。その上で水村は、近年は研究の分析対象が個人の利己主義から生じる不祥事ではなく、良心を持つ人が意図せずして働く不正や悪事にシフトしたとしている(3頁)。例えば個人の利己的な行動により、組織不祥事が意図的に引き起こされた事例として、大王製紙の代表取締役である井川氏が個人的に同社の関連会社から100億円もの借入を受け、そのほとんどをカジノのギャンブルで使った不祥事があげられる。井川氏は、自らが代表取締役となっている大王製紙の連結子会社の常勤役員に電話で連絡し、明日までに自分名義やファミリー企業の口座に何億円を振り込むようにと一方的に指示するという、個人の利己的行動によるものであった(太田, 2012, 50頁)。他方で、意図せざる不祥事としては、雪印乳業における集団食中毒事件の事例があげられる(谷口・小山, 2007)。雪印の製造現場では、生乳に対する愛着から「もったいない」という考え方が存在しており、この考えが結果として食中毒の発生に繋がったとしている(82頁)。
2.2 マクロ・メゾ・ミクロの連結と本論文の分析枠組み前述のとおり組織不祥事に関する先行研究は、その発生原因をマクロ、メゾ、ミクロそれぞれのフェーズで分析される研究が多く行われてきた。しかし、福原・蔡(2011)が指摘するように、組織に潜在する風土や文化というメゾ的視点とミクロ的視点である利害関係のどちらかに還元する形で組織不祥事の発生原因を説明することはできない。そもそも組織構造や組織文化は、不祥事を意図して形成されたわけではなく、当該企業を取り巻くステークホルダーや法規制環境との関係の中で、組織が正当性を得て生き残り、成長していくために構築されたものである(eg., Ashforth and Gibbs, 1990)。だとすれば、組織不祥事はミクロ・メゾ・マクロのいずれかに還元するかたちで個別に分析していくのではなく、相互に関係する全体的な現象として捉え、その発生メカニズムを明らかにしていく必要があると考えられる(eg., 間嶋, 2007)。
マクロ・メゾ・ミクロを相互に連関する全体的現象として組織不祥事位を捉える先駆的研究として、企業行動倫理研究(水村, 2013)や非倫理的向組織行動研究(北居・鈴木・上野山・松本, 2018)がある。水村(2013)は、企業人の倫理観の揺らぎと心理変容の背後要因に焦点を絞り、意図せぬ非倫理的行動の抑制を検討している。企業倫理の基盤となる制度設計というメゾ的視点に対し、意図せずして非倫理的行動に出る人の背後要因を分析することで、制度再設計の必要性を提示した。北居・鈴木・上野山・松本(2018)は、組織成員が組織の利益になることを自覚して非倫理的行動を行うことを非倫理的向組織行動として、このような行動に至る背景(心理メカニズム)を検討している。このように、組織不祥事研究は、制度や組織文化を要因とするメゾ的研究と従業員の行動に着目するミクロ的研究という独立したものから、両者の関係をつなぎ合わせたメゾ−ミクロリンクの視点が求められてきた。
これら企業行動倫理研究や非倫理的組織行動研究と同様に、組織不祥事はメゾ(組織)もマクロとの関係から捉えることも可能になる。例えばMacLean(2008)は、組織的な不正行為は、組織のメンバーが働いている状況に応じた、社会的に構築された現実によって促進されるか、または抑制される可能性があると説明する。組織における不正行為が外部からのプレッシャーやニーズに依存しているという説明は、組織のメンバーが合理的な計算機であり、自分たちの選択肢に関する道徳的な費用便益分析に基づいて決定を下し、行動することを示唆している。また、組織的な不正行為は、道徳的な計算からではなく、特定の社会的に構築された組織的な世界観から、正当な行動として認識から生じる可能性があることを示唆する(p13)と、分析対象にメゾとミクロのみならず、マクロにまで視点を広げている。
前述しているように、大部分の企業は、不祥事防止に向けて諸々の施策を講じているが、それに反して組織不祥事が発生する。組織内に防止対策が存在するにも関わらず、不祥事が発生してしまう矛盾と対峙するには、組織内の要因と個人の利害だけに発生原因を求めることは難しく、組織の外から受ける圧力、そして不正に繋がる要因となる各種法規制やステークホルダーなどの外部環境、すなわちマクロを含めた連関した分析が必要となる。
同時に間嶋(2007)は、組織不祥事は、単なる組織構成員の個人的な行為やその集積でもなければ、単純に一方的に組織や社会の文化・構造の所為、あるいは社会・組織そのものの所為から出来るものではないと指摘する。組織不祥事は社会性にかけた組織文化を媒介にして、組織から影響を受けた個人の行為がさらに組織に対して再帰的に影響を与えるという相互影響関係の中から捉え直していく必要がある(間嶋, 2007, 27頁)。この相互影響を把握していくためには、特定の社会的に構築された世界観(MacLean, 2008, p.13)、すなわち組織不祥事が生じた時点でのマクロを分析起点に置くことで、メゾーミクロとの相互の影響関係を明らかにしていくこと有効であると考えられる。
具体的には、図1で示すように、組織不祥事を引き起こす人間がいかにして生じるのか、組織不祥事を助長する組織(メゾ)がいかに形成されるのか、そして同じ外部環境にも関わらず組織不祥事を起こす企業がいかに生じるのかという課題を解決するために、マクロを起点としたマクロ-メゾ-ミクロの相互連関を捉えるモデルを提示する必要がある。
マクロにあたる外部環境は、企業活動に影響を与える業界内の法規制や競争的環境が存在し、さらには株主を始めとしたステークホルダーからの要求が存在する。この外部環境からの多様な要求に対する応答として、組織は経営戦略を策定し、その戦略を実現するために組織を設計する。更にミクロである従業員はメゾから与えられた環境の下、メゾから求められる組織内行動を図ることで応答する構図を描くことができる。マクロからの要求に応答することで、メゾレベルでは組織が社会に存在する正当性を獲得し、ミクロレベルでは従業員の組織内行動が正当化されていくことになる。この要求と応答、正当化のメカニズムの中で意図的、または意図せざる組織不祥事が形成されていくと考えられる。
2.3 調査概要本論文ではスルガ銀行と商工中金の2つの金融機関を対象とし、組織不祥事の発生メカニズムの分析を行っていく。この2社を選定した理由として、金融機関の役割の1つである融資を通じてステークホルダーが広範に亘り、かつ組織不祥事が社会に与えるインパクトが大きいことがあげられる。2社とも2018年以降に発覚した組織不祥事で事例として新しく、現代型組織不祥事の発生メカニズムを論じる上で最適であると考える。
また、本論文では類似の事例が生じにくい組織不祥事という観察事項に対し、質的一般化を目指していくケーススタディの手法を用いる。佐藤(2003)は、質的一般化について、必ずしも各事例に共通する変数の取り出しやすさを基準とはせず、むしろ、場所なら場所、共同体なら共同体の文脈に則して考察に値する変数を絞り込んでいくものと説明している(佐藤, 2003, 8頁)3)。本事例の2社は、金融機関という同業ではあるものの、それぞれが異なる外部環境の中で事業を展開している。2社を取り巻く外部環境からの圧力、その圧力を受けた組織的対応、そして組織からの要求を具現化するための従業員の行動について比較分析を行うことで、組織不祥事の発生メカニズムを解明する糸口を得られると考える。
本論文では、各社不祥事発生時に設立された第三者委員会4)の報告資料を中心に事例分析を実施する。第三者委員会の報告内容は賛否があるものの(e.g., 八田, 2020)、不祥事の事例を把握し、分析につなげるという観点では最適な資料であると考える。第三者委員会の存在により、昨今の組織不祥事は公開資料が充実しており、福原・蔡(2011)が指摘する「組織不祥事は研究の俎上に載せるのが極めて困難な組織現象」という課題の1つを解決できると考える。本論文ではマクロを起点とした経験的研究を展開するために、第三者委員会の調査報告書の分析に加え、有価証券報告書や金融庁発行資料を付加している。
スルガ銀行における組織不祥事は、2017年10月に女性専用シェアハウス「かぼちゃの馬車」を運営していたスマートデイズが物件の所有者に対し、自社の資金繰りの悪化から保証していた賃料の引き下げを通告、さらに支払い停止に至ったことで問題が表面化した事例である。この物件所有者に対し、シェアハウス購入資金を融資したのがスルガ銀行であり、スルガ銀行は本来基準に満たない顧客への融資や、資金の回収可能性が危ぶまれる不動産物件への融資を行っていたことが発覚し、シェアハウス融資問題が顕在化したのである。
シェアハウスに関わる融資は、継続的に顧客を連れてくるチャネルと呼ばれるサブリース会社、本事例ではスマートデイズにスルガ銀行は依存することになる。同行の審査部が取引先として不適切であると判断したチャネルにも関わらず、営業店舗が取引を継続するがために当該チャネルに新たな会社の設立を持ちかけるなど、迂回取引を行っていたことも判明している(金融庁, 2018)。また、空室にカーテンを引き、物件の稼働率を高く見せる工作などがスルガ銀行とチャネルとの間で行われており、購入後の入居が見込めず不良資産化するリスクを認識しながらも、融資を継続していたのである。
この組織不祥事に大きく関与したステークホルダーであるスマートデイズとスルガ銀行は、シェアハウス融資ビジネスを行う上で不可欠の関係性となった。スルガ銀行が不動産投資家に対して融資を行い、その投資家が不動産をスマートデイズに賃貸することで、スマートデイズはシェアハウス物件を獲得することができる。さらには、シェアハウスとなる物件を提供する不動産会社、そして物件の改修を行う建設会社も関連し、ここでも資金は動くことになる。スルガ銀行は個人投資家に対して融資を行う存在であるため、表面上はスマートデイズとの繋がりはないが、両者は本ビジネスを成立させる上で、相互依存する関係であったと言える。
このスルガ銀行で発生した組織不祥事では、チャネルというサブリース会社が関与していることから、ステークホルダーを含めたマクロを起点として、組織的に対応したメゾ、それを実行したミクロの流れで説明していく。
3.1 ステークホルダーによって正当化された個人融資とシェアハウス融資スルガ銀行は、1895年に株式会社根方銀行の設立から始まった歴史の長い銀行で、創業家一族が5代にわたり経営トップを務めていた。スルガ銀行は、西側に静岡銀行、東側に横浜銀行と地方銀行の中でも有数の規模を誇る銀行と接し、厳しい競争環境に置かれている。護送船団方式と揶揄され、国からの保護を受けてきた銀行業界であるが、1996年から2001年にわたり実施された金融ビックバンは、都市銀行と地方銀行との市場競争を激化させていった5)。スルガ銀行も例外でなく、メガバンクや有力地方銀行との競争を強いられてきたが、個人融資に強みを持つことで厳しい経営環境を生き抜いてきたのである。
スルガ銀行の地盤である浜松市周辺は、大手製造メーカが数多く本社を構えているが、スルガ銀行の融資先はこのような大手でなく中小企業と個人融資が大半を占めていた。2002年3月末決算の業種別貸出金は、2兆36億円でうち個人融資が1兆1803億円、残りは主に法人が対象となるが、うち中小企業比率が91.3%となっている。
スルガ銀行は、競争が激化した地方に加え、首都圏に積極的に進出していく。首都圏進出で展開したのが不動産融資事業であり、アパート経営やシェアハウス事業に対する融資である。今回、組織不祥事が発生したシェアハウス融資のビジネスを作り上げていたのが、多様なステークホルダーの存在である。図2はシェアハウス融資ビジネススキームを示したものであるが、ここに関わるステークホルダーを記載すると、シェアハウス融資ビジネスでは多様なステークホルダーが存在し、各々が利害を持っていたことが分かる。ステークホルダーの中心的存在となるのが、チャネルと呼ばれていたサブリース会社であり、本件ではスマートデイズがここに該当する。次に本ビジネススキームにおいて被害者となった投資家であり、自らの所有する物件をスマートデイズに貸与することでシェアハウスの運営を委託している。スルガ銀行は投資家に対し融資することで、本ビジネスを成立させていた。スルガ銀行とスマートデイズは、表面上の繋がりはないが、両社は相互依存する関係であった。
出所:大垣尚司(2018)「シェアハウスは儲からない。スルガ銀行融資の事業破綻、悪いのは業者か銀行か」
スルガ銀行は、自社の経営戦略において個人融資を展開し、他社と差別化の図ったビジネスを展開していたことが特徴である。2003年には、「製品やプロセス、マネジメント手法におけるイノベーションを起こすことによって独自性のある価値を提供し、その業界におけるユニークな方法で競争することを意図的に選択した企業」として、ポーター賞6)を受賞している。この受賞対象となったビジネスが、業界の慣行を超えた住宅ローン融資である。マイホーム所有を望んでいるにも関わらず、勤務先での在籍年数が短い、または健康上の理由から住宅ローンを受けることができない顧客に対して融資を行うもので、融資の制約という業界慣行を解消する事業であった。リスクの高い顧客層に対する貸出として、金利が高めに設定され、高い利益率を生み出していたことも強みとしてあげられる。
個人融資ビジネスの強みを活かして、不動産投資物件に帆を進めたスルガ銀行であるが、どちらのビジネスにおいても地方市場の需要は限られている。そこで、スルガ銀行の不動産融資は、地盤の静岡県内ではなく首都圏に展開していく。これまで強みとしていた住宅ローンをはじめとしたコミュニティバンクは、金利が高く利益を得られる商品である一方、他方で他行への借り換えも多いため、融資残高を増加させるには首都圏における不動産投資物件の獲得がさらに重要になったのである(第三者委員会, 2018, 227頁)。
新たな販路を見出すため、静岡県内から首都圏都市部に進出したスルガ銀行であったが、都市部では競合が存在し、優良物件や優良顧客の獲得に苦戦した。そこに目を向けたのが、シェアハウス融資を含めた不動産投資向けの融資である7)。ところが、不動産融資にも市場に限りがあり、貸出顧客層を拡大する必要があることから、本来の貸出基準に満たない顧客への融資に繋がっていく。また、不動産物件の収益性に疑義が持たれ、融資審査部門による指摘が行われていたにも関わらず、パーソナル部門担当役員による威圧まがいの反論により融資が実行されていた(第三者委員会, 2018, 156頁)。審査部門の独立性が保たれていなかったことは、同行の内部統制が機能不全に陥っていたことを示している。
不動産融資ビジネスは、継続的に顧客を連れてくるチャネル、ここではサブリース会社に依存することになり、その会社に対する審査体制が甘くなる。チャネルの中には、同行の審査部が取引先として不適切であると判断したにも関わらず、営業店舗が取引を継続するがために当該チャネルに新たな会社の設立を持ちかけるなど、迂回取引を行っていたのである(金融庁, 2018)。また、このサブリースローンの家賃保証が借入人のリスク認識を歪める可能性が高く、借入人が家賃収入を認識し、その危険性を認識していない可能性がある(第三者委員会, 2018, 150頁)。借り手の認識不足は自己責任とも言えるが、金融機関としてはそのリスクを説明する役割も1つであり、その責任を果たしていなかったのである。
3.3 正当化された組織不祥事の遂行個人融資を強みとする戦略において、その基盤を支えたのはミクロに位置付けられる従業員である。独自性のある住宅ローンや融資審査の短縮化は、実際に顧客と対面する現場の従業員からの声に基づきくみ上げられた市場のニーズであった。また、新商品やサービスのアイディアを提案するのも現場の従業員が起点となっていた。スルガ銀行は、顧客の夢実現をサポートする「コンシェルジュ」というビジョンを掲げ、従業員はそのビジョンの実現と、自らが提案したサービスの展開により好業績に繋がったのである。
住宅ローン融資で強みを得ることで、市場から正当性を得た同行は、経営戦略の中心を不動産融資へと拡大し、従業員は融資獲得に邁進する。その中で、従業員は上述したとおり基準に満たない顧客への融資、そして優良物件の偽装を行うことになる。そこまでして融資を行う必要があった理由として考えられるのは、行員に対する過大な業績目標設定とその達成のための過度のプレッシャーである。パワーハラスメントの横行や営業成績に対する過度のプレッシャーなど、従業員は一見被害者的存在として捉えられる。スルガ銀行では内部通報制度(ヘルプライン)が存在し、年10件程度の報告を受けているが不祥事の未然防止には至らなかったのである。内部通報制度は社内で90%以上の従業員に認知されていたものの、「もみ消される」、「報復される」、「言うだけ無駄」、「誰が通報したか知られる」など、十分に機能していなかったことが判明している(第三者委員会 2018, 292頁)。
このような機能不全の状態にも関わらず従業員が業務を続けていたことは、内部統制の不備、不正が正当化した組織風土というメゾを所与の条件として、組織的あるいは個人的利益を求める集合的行為として組織不祥事が生じたと考えることができる。そのような暴走を止められるとすれば、現場からの声に基づき、経営層がその問題点を認識し、経営を正しい方向に進めていくことである。しかしながら、スルガ銀行においては、その内部統制が機能せず、かつ経営層がそれを黙認することで、結果として組織不祥事に至ったのである。
3.4 スルガ銀行における組織不祥事の発生メカニズムスルガ銀行は、自社を取り巻く経営環境、そしてステークホルダーとの関係において、個人融資事業に焦点を当て、その事業を経営戦略として強化した。それらが成功事例として、外部から評価を受け、スルガ銀行の存在を正当付けるものとなったのである。地銀の優等生とまで評されたスルガ銀行の経営戦略は、マクロである外部環境を受けて、メゾが選択した行動であり、それをミクロが実行するという好循環が生まれていたのである。
ところが、その循環が一巡し、次の一手に出たのが、個人融資を住宅ローンから不動産投資融資であった。もちろん、投資家側にも融資から利益を獲得する動機があったことから、融資自体は正当なものである。しかしながら、ここでの循環はメゾからミクロに移る過程でその均衡が崩れていき、顧客の利益を損ねることとなりながらも、その事業を継続していったのである。ここまでして融資を進めたのは、スルガ銀行の経営における個人融資事業に対する過度の依存である。スルガ銀行は、2016年9月時点で「パーソナル部門が風邪を引くと銀行全体が死亡する」と言われるなど、過度の依存状況が続いていた。
マクロである外部環境を受け、スルガ銀行は個人融資に強みを持つことで、同行の金融機関における存在意義を正当化してきた。それはマクロからメゾ、そしてミクロに至るまでの連関が、適切に機能していたと言える。ところが、組織不祥事が生じたシェアハウス融資においては、同行が獲得した正当性を維持することが優先となり、ステークホルダーとの不適切な関係性を生み出した。その結果が経営戦略に影響を与え、そして従業員の非倫理的な行動を生み出してしまったのである。
商工中金における組織不祥事は、2016年10月、鹿児島支店において、危機対応業務で稟議に使用する試算表の改ざん等、多数の不正事案が発覚したことに端を発する。さらに第三者委員会が調査を進める過程で、2014年12月から2015年1月にかけて行われた商工中金池袋支店での不正疑義案件に対する監査部による特別調査で、複数の営業担当者による110件の試算表の自作・改ざんを把握しながら、最終的には「不正行為は認められない」として単なる内部規定違反として処理されていたことを、役職員を対象とするアンケート調査により発覚したのである。商工中金による危機対応業務における不正は、全100営業店中97営業店で、444名が関与して4,609件(融資実行額で2,646億円相当)行われ、一部の従業員が関与したものではなく組織全体に蔓延していたのである。
商工中金における組織不祥事がスルガ銀行と異なるのは、不適切な融資によって顧客は痛みを追っていないことである。危機対応業務枠で融資を受けることで、顧客は通常の金融機関では受けられない低利な条件で融資を受けることになる。しかしながら、危機対応業務に該当しない=通常の条件での融資が可能なことを意味し、民間金融機関との競争において低金利により融資を奪い取るいわゆる民業圧迫となりかねない。
このことは、商工中金が持つ公的な性格を有した側面、そして株式会社としての側面の、相反する部分から生じたとも言える。政府系金融機関の役割は民業補完であるにもかかわらず、経営陣及び本部は、危機対応業務を他の金融機関との競争上優位性のある「武器」として認識し、収益及び営業基盤の維持・拡大のために利用していた。特別委員会報告書においても、「株式会社として利益追求を要求されるところに、危機対応業務を行わせれば、本来これを利益追求の手段とするべきではないという制度趣旨があったとしても、現場がこれを顧客にとって有利な商品の1つとして営業することになること、また、支店や課への割当が、営業ノルマとして認識され得ることは、容易に想像ができるところである。制度の導入時に、そのような状況が生じ得ることに想いが至らなかったとするならば、それは想像力の欠如とリスク認識の甘さとして批判されてもやむを得ない。」と評している(第三者委員会報告書, 2017, 136頁)。
4.1 社会的課題に向き合う政策金融機関商工中金は、1936年に設立された金融機関であり、普通銀行には困難な長期・無担保貸付を実施する機関として、中小企業に対する融資を行ってきた。戦後も時代環境に応じた貸付を遂行し、その中でも商工中金の存在意義を高めているのが、社会的課題に対応する危機対応業務である。危機対応業務とは、中小企業が、外部的要因により一時的な危機的状況に陥り、「一般の金融機関が通常の条件により特定資金の貸付け等を行うことが困難であるとき」、国が信用を補完したり、税金を投入することによって必要な資金を供給する公的な制度融資であり、具体的には災害や金融危機などによって一時的に経営難に陥った企業を対象とした制度である。過去には東日本大震災、熊本地震などで本融資が行われ、現在もコロナウイルスの感染拡大により経営危機に陥った企業に融資を行うなど、社会的課題に対応する貸付と言える。危機対応業務は、商工中金や日本政策投資銀行、および指定された民間金融機関が行えることになっているが、実質は政府系金融機関のみが対応している(図3)。
出所:財務省ホームページ https://www.mof.go.jp/policy/financial_system/fiscal_finance/kiki/kiki_gaiyou.pdfより転載
商工中金は政策金融機関として戦後の経済復興を支えてきたが、2008年の株式会社商工組合中央金庫法(新商工中金法)に基づく特殊会社として株式会社に移行、その後おおむね5年から7年後を目途として、政府保有株式の全部が処分され、完全民営化することとなった。民営化の目的としては、「簡素で効率的な政府」を実現する行政改革の趣旨のもと、資金の流れを「官から民へ」改革し、経済全体の活性化につなげていくという政策金融改革の一環である。完全民営化という大きな変化の中、2008年に株式会社化と同時に、商工中金は危機対応業務の指定金融機関となっている。
しかしながら、2009年にはリーマンショックにより、民営化の計画の起算点を3年半延期され、さらに2011年には東日本大震災により民営化計画をさらに起算点を3年延期された。その後、2015年には商工中金法が改正され、具体的な処分期限の定めが削除されたのである。
4.2 危機対応業務を促進する組織的適応商工中金は、中期経営計画において中小企業の企業価値向上、ならびにセーフティネット機能の発揮を提示し、金融業界における自社の戦略を掲げている。その中でも、セーフティネットとして位置づけられる、商工中金における危機対応業務のウエイトは高く、2015年3月決算の経営成績では、貸付高9兆5395億円に対し、危機対応業務は3兆3829億円と融資全体の35%を占めている。商工中金の大きな変換期となるのが、上述した政策金融改革に伴う株式会社化である。商工中金は、ここから株式会社としての利益追求と政策金融機関として担ってきた社会的課題への対応という両立がはじまる。
第三者委員会報告書(2017)によると、商工中金は、危機対応業務を自社の主要な業務と位置づけ、危機対応業務の計画値等を支店毎に割り当てたうえで、過度な業績プレッシャーをかけて計画値の達成を推進してきたと説明している。また、危機対応業務に係るニーズが減退した時期、すなわち災害を含めた有事が発生していない時期においても、融資の事業規模を維持することを企図していたとしている8)。そこには、商工中金の経営戦略として、危機対応業務を他の金融機関との競争上優位性のある「武器」として認識し、収益及び営業基盤の維持・拡大のために利用していくことを、戦略的に決定していった。
政策金融機関として危機対応業務を行うという正当性のもと、災害発生時の中小企業の救済に対応し、同社の融資残高における危機対応業務の割合を高めたのである。商工中金の中期経営計画では、セーフティネットという表現が毎年のように使用されてきており、これは危機対応業務を連想できる言葉として、同行が本業務に注力していたことがわかる。現時点では、危機対応業務の指定金融機関に民間金融機関はなく、民間による危機対応が十分に確保されるまでの当分の間、商工中金に危機対応業務を義務付けるという現行制度の下では、商工中金にとって危機対応業務の遂行が組織の存在意義であると言える。
4.3 危機対応業務を忠実に実行する従業員危機対応業務を経営戦略上の重要な位置づけとした商工中金では、従業員がその融資実行に邁進していく。本来、災害や重大インシデントなどの危機が発生しないことが望ましいのであるが、それを前提として予算が確保されていること自体に矛盾が生じている。この矛盾の中、従業員は本来危機対応業務の融資基準に該当しない案件についても、危機対応業務とするための行動を取ることになる。本不祥事が発覚するきっかけとなった鹿児島支店では、実際には危機要件を充足していないにもかかわらず、これを充足しているかのように偽装し、危機対応業務を実行するといった不正行為が幅広く認められた。
この矛盾の中、融資に邁進した従業員は、第三者委員会報告書(2017)が実施した職員に対するアンケートにおいても、制度設計上の問題、および危機対応業務の割当て、予算消化に対して職員から疑問の声が上がっている(第三者委員会報告書, 2017, 123-124頁)。不正行為者の中には、「自作は発覚しやすいので、顧客から受領したエビデンスを精巧に切り貼りするなどして改ざんした」という職員もいれば、「そんなことに手間暇をかけるのはバカらしいので、体裁をさほど気にせず安直に自作した」という職員もいた(第三者委員会報告書, 2017, 57頁)。これらの手口は不正行為者間で口頭により伝承されており、商工中金の社内では、このような行動を不正行為と感じながらも、ノルマ実現とために正当化されていたと言える。
そのような行動を取らざるを得なかったと言えるのが、業績への強いプレッシャーである。第三者委員会報告書(2017)においても、特に上長の部下に対する強いプレッシャーが存在していたことを多く記載されている。その上長はさらにその上司からプレッシャーをかけられ、それを見た部下が間接的なプレッシャーをかけられていたことも記している(第三者委員会報告書, 2017, 78頁)。本来であれば、部下の不正行為を防止し、内部統制として機能すべき上長が、その役割を果たしていなかったことになる。業績へのプレッシャーが、不正を行っても目標が達成できていれば問題ないという意識が当然視され、不正行為自体が正当化されていったのである。
商工中金における組織不祥事は、前述のとおり100営業店中97営業店、444名が関与していたことを踏まえると、特定の従業員ではなく相当数の従業員が関わっていたことが特徴であり、不動産融資で限定的に発生していたスルガ銀行とは異なるタイプの組織不祥事であると言える。
4.4 商工中金における組織不祥事の発生メカニズム商工中金の組織不祥事に対し、政府は同行に2度目の業務改善命令を発出するとともに、経済産業大臣の指示に基づき、「商工中金の在り方検討会」を設立した。検討会では、商工中金の昨今のビジネスモデルについて、危機対応業務に依拠してきたところが大きく、今回の不正事案は地域金融のマーケットが飽和状態にある中で、従来からのビジネスモデルに限界が生じていたと論じている。
日本では2000年代に入り、度重なる災害や重大インシデントが発生し、中小企業の経営を支える危機対応業務が求められてきた。商工中金はその環境を受け、危機対応業務を遂行するのは当然のことと言えるが、ここで問題となるのが民業圧迫であろう9)。商工中金は政府系金融機関が低金利を武器に、主に正常先を相手とした制度を逸脱した融資を行い、そのことが民業圧迫につながったのである(柿沼、東田, 2018, 38頁)。
商工中金は政策金融機関という外部環境を受け、危機対応業務を経営の中心に置き、その融資実行に邁進することが同行の正当性であった。しかしながら、商工中金が経営戦略として選択した危機対応業務は、本来発生しない方が望ましい融資であるため、マクロからメゾに至る段階で既にそのロジックが破綻し、結果として組織不祥事に至った。これはスルガ銀行が強みを持っていた個人融資が、同行の経営において一度は適切に機能し、市場で評価されていたことと異なった形で組織不祥事が発生していたと言える。
本事例における分析結果について、図1で用いた分析枠組みをもとにマクロ・メゾ・ミクロの関係を整理する。事例分析を通じて見出されたのは、マクロである外部環境の要求を受け、メゾはその要求を実現するために組織を最適化し、その組織を維持・拡大するためにミクロを構成する従業員の行動である。そのミクロの行動がメゾ、マクロへと再帰していき、外部環境からのさらなる要望に対してメゾとミクロが応答を繰り返すが、その仕組みに無理が生じたところで組織不祥事が発生すると考えられる(表1)。
環境/事例 | スルガ銀行 | 商工中金 |
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マクロ 外部環境からの圧力 | ・有力地銀や都市銀行との競争激化 ・個人融資に強く「ポーター賞」受賞 ・地銀の優等生と市場から高評価 | ・中小企業向けの政策金融機関 ・完全民営化に向けた動きと危機対応業務の存在 |
メゾ 組織的対応 | ・個人融資事業を展開するパーソナル部門強化 ・住宅ローン融資から不動産融資の展開 ・不動産融資の首都圏展開 | ・完全民営化先送りを受けた危機対応業務を担う組織の存在意義 ・危機対応業務の適切な予算執行 |
ミクロ 従業員行動 | ・条件を満たさない顧客に対する融資 ・役職上位者の審査部門に対する圧力 ・サブリース会社と結託した不適切物件への融資 | ・危機対応業務への貸出増加 ・貸出基準に満たない顧客への融資 |
スルガ銀行は有力地銀や都市銀行との激しい競争環境の下、個人融資に強みを持つことで、市場において同行の正当性を獲得してきた。同行はステークホルダーである借り手の要求に対して個人融資の強化という経営戦略で応答し、その方針を受けた従業員は個人融資を成立させるために奔走した。その結果、個人融資を取り扱うパーソナル部門の影響力が拡大し、結果として組織はパーソナル部門に依存が強まる。外部環境では、同社の経営戦略が評価され、次なる活路として見出したのが、新たなステークホルダーであるサブリース会社との協業であり、同社のパーソナル部門の一事業として正当性を得ていく。このサブリース会社との協業により発展したシェアハウス融資において、組織不祥事に発展したことは前述のとおりである。そのマクロ・メゾ・ミクロ間に生まれた正当化が、顧客の利益を損ねることをもいとわない、不正融資を継続していったのである。
商工中金は、政策金融機関として危機対応業務を担うことが、マクロの枠組みの中で求められてきた。その役割を担うため、商工中金は危機対応業務を予算化し、その実現にノルマを設け、従業員はそれ忠実に対応してきたのである。マクロ・メゾ・ミクロの関係の中、商工中金における危機対応業務は正当化されたのである。その後繰り返し発生した災害などの重大インシデントは、正当化された危機対応業務の存在感を高めていったが、そもそも重大インシデントは常に存在するものではない。しかしながら、正当性を得た危機対応業務を無理やり遂行するために、従業員は基準を逸脱した融資を実施するという不正行為が行われたのである。
5.2 本論文の理論的貢献組織内に不祥事の防止対策が存在するにも関わらず、不祥事が発生する矛盾(樋口, 2012)があるとすれば、その視点を外部環境に向けて発生メカニズムを見出す必要がある。組織不祥事が発生する原因は、組織自体に欠陥があったり個人の性質や動機に問題があるのではなく、法規制やステークホルダーに埋め込まれた組織が、存立基盤と与えられた役割との矛盾を解消するために、不正自体をも正当な行為として認識させていくメゾーミクロでの影の正当化(という新概念)が生じるからである。図1で記したように、マクロからの要求に対し、メゾ、ミクロがそれに応答し、実践に繋げることでそれが正当性を帯びたものになる。その正当性が再帰的に強化されることで、不可避なものとなり組織不祥事として顕在化することが見出せる。
この影の正当化によって生み出された行為が、一方でビジネスモデルの破綻を覆い隠していくことで、不祥事が発覚するまで従業員の暴走を組織的に隠蔽という形で組織不祥事が拡大していくという、悪循環が生じる。本論文が見出した発見事実は、外部環境に埋め込まれた組織が、その要求に応答する形で組織構造を最適化し、その最適化の元で業務を遂行する従業員の暴走が組織的に正当化される、あるいは暗黙的に認められることで、ガバナンスや内部統制などの防止策が無効化されるメカニズムとして生じると考えられる。本事例では、スルガ銀行が競争優位を得て展開した個人ローン、そして商工中金が政策金融機関として融資を担った危機対応業務は正当性を獲得した一方、他方で従業員の暴走により影の正当化を生み出すことで、本来の正当性を失うという悪循環が生じたのである。同一環境(マクロ)で存在する全ての企業で組織不祥事が発生していないことを考えると、メゾ、ミクロの要素が多分に含まれ、悪循環を生み出していることを示している。
このように、影の正当化による悪循環のメカニズムが、組織内の防止策やガバナンスを無効化し、組織不祥事を生み出すことを明らかにしたことが、本論文の理論的貢献であると考えられる。その上で、悪循環を生み出すマクロ・メゾ・ミクロの関係そのものに注目し組織不祥事の発生メカニズムを明らかにしつつ、いかに介入していく仕組みを作るのかが、今後の経営倫理研究に残された次なる課題であると考えられる。