経営哲学
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特集 サステナビリティと経営哲学
コーポレート・ガバナンス改革とサステナビリティの日本企業への影響
出見世 信之
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2022 年 18 巻 2 号 p. 90-99

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【要 旨】

本稿は、コーポレート・ガバナンス改革とサステナビリティをめぐる動きが日本企業にどのような影響を与えているかについて考察するものである。特に、実際の改革や取り組みにおける「コーポレート・ガバナンス」「サステナビリティ」の意味する内容の変化が企業の実践にどのように影響しているかを確認する。まず、経済学、経営学における企業観の変遷を概観し、コーポレート・ガバナンス改革の変遷やサステナビリティ概念の変容について確認する。経営理念が明確に示されているリコー、キヤノン、資生堂、花王の4社を取り上げ、それぞれのコーポレート・ガバナンス改革、企業サステナビリティへの取り組みについて確認した。

1.はじめに

日本では、ほぼ同時期にコーポレート・ガバナンス改革とサステナビリティへの取り組みが企業に求められた。2015年に会社法が改正され、指名委員会等設置会社に加え、監査等委員会設置会社、監査役会設置会社に社外取締役の選任が義務化され、東京証券取引所のコーポレート・ガバナンス・コードにより、上場企業に独立社外取締役の選任が求められている。サステナビリティについては、2015年の国連サミットでSDGs (Sustainable Development Goals;持続可能な開発目標)が示され、2016年に、日本政府は『SDGs実施指針』を策定し、企業などにSDGsへの取り組みを促している。2017年には,『SDGsアクションプラン 2018』を公表し,ジャパンSDGsアワードでSDGs達成に向けた取り組みを行っている企業・団体等の表彰を始めている。

『日本経済新聞』は、2019年よりSDGs経営調査を行い、その結果を公表している。この調査において、SDGs経営は事業を通じてSDGsに貢献し、企業価値向上につなげる取り組みと定義され,「SDGs戦略・経済価値」「環境価値」「社会価値」「ガバナンス」の4つの点から偏差値として対象企業を評価し、「SDGs企業番付表」を公表している。サステナビリティに加えて、コーポレート・ガバナンス改革の取り組み自体が評価されている。

経営哲学(management philosophy)は、その言葉の組み合わせから、企業理念、経営理念、経営学の世界観、企業家の人生観、経営者倫理、企業倫理を内容とするものと定義できるが、本稿では、企業や経営者によって公表されている経営に関する基本的な考え方である経営理念と同義として取り上げる。コーポレート・ガバナンスは、構造面から狭義に「株主・経営者関係と会社機関制度」であり、広義には「企業と利害関係者との関係」であり、企業の目的と関係する。機能面では、「取締役会による会社の指揮・統制」と定義できる。企業サステナビリティは、企業によるサステナビリティ(持続可能性)を高める取り組みであり、その範囲は環境領域のみならず、社会領域、経済領域を含むものとする。

本稿では、まず、企業観を概観し、企業の目的の変化を確認する。その後、明確な経営理念を有する日本企業がコーポレート・ガバナンス改革やサステナビリティをめぐる動きにどのように対応したかについて確認する。本稿の目的は、コーポレート・ガバナンス改革の変遷やサステナビリティ概念の変容について確認し、これらの変化が日本企業の実践にどのように影響しているのかを確認することである。株式会社リコー(以下、リコーとする)の三愛精神、キヤノン株式会社(以下、キヤノンとする)の共生、株式会社資生堂(以下、資生堂とする)のSHISEIDO PHILOSOPHY、花王株式会社(以下、花王とする)の花王ウェイのように、経営理念が明確に示されているリコー、キヤノン、資生堂、花王の4社を取り上げ、それぞれのコーポレート・ガバナンス改革、企業サステナビリティへの取り組みを確認する。

2.企業観の変遷

A・スミスが『諸国民の富』(Wealth of Nations)で、東インド会社のような合本会社(joint stock company)の経営のあり方について批判的に考察し、その後の伝統的経済学では、企業を生産関数のように見なすようになる。C・メイヤーは、『企業の関与』(Firm Commitment)において、スミスの時代の企業の目的は、私的利益の追求の側面だけでなく、公共的なものでもあったとしている。

A・バーリとG・ミーンズは、1932年の『近代株式会社と私有財産』(The Modern Corporation and Private Property)において、所有と経営の分離が進み、経営者支配の成立により、経営者が「中立的なテクノクラシー」になり得ることを指摘し、株主以外の利益を考慮することを示唆している。J・コモンズは、1950年の『集団行動の経済学』(The Economics of Collective Action)の中で、ゴーイング・コンサーンを自律的な意思を有する個人と個人との取引とし、有形財産のみならず、無形財産も有し、富の負担や利益の分配を自律的に行うものとしている。さらに、ゴーイング・コンサーンは、生産組織であるゴーイング・プラントと事業組織であるゴーイング・ビジネスから成り、事業活動を継続的に行うことになる。

M・フリードマンは、1970年にニューヨーク・タイムズ紙に投稿した「企業の社会的責任は利益の増大である」(“The Social Responsibility of Business Is To Increase Its Profits”)において、株式会社の経営者の社会的責任は株主のために利益を最大化することであるとしている。その後の代理人理論では、経営者が株主の代理人として想定されていても、そのことが必然的に経営者をして株主のために利益を最大化させるとはせず、むしろ、「所有と経営の分離」の下で、株主と経営者との間に情報の非対称性が存在することから、経営者は自己の利益のために機会主義的行動をとるとされる。

M・ジェンセンは、2001年に「価値最大化、利害関係者論、企業目的の機能」(“Value Maximization, Stakeholder Theory, and Corporate Objective Function”)という論文の中で、「啓発的利害関係者論」を提唱し、「価値の最大化」という近代経済学的な見方を維持しながら、企業の目的は、「市場における長期的企業価値」(long-term market value of firm)の増大であるとする見方を示している。この目的の達成は資源の効率的な配分により可能となるが、それは社会の福利を増大させることにもなるとしている。

利害関係者論は、E・フリーマンの1984年の『戦略経営』(Strategic Management: Stakeholder Approach)以降、研究と実践の面で影響を与えるようになる。E・フリーマンは、2007年の『利害関係者志向の経営』(Managing for Stakeholders)において、企業を利害関係者との相互作用とし、企業の目的はすべての利害関係者のための価値創造であるとしている。制度としての企業が価値創造の源泉で、利害関係者との協力により価値の新しい源泉を創造することになるが、経営者の思考の中心に株主が置かれると、「株主の利益か、従業員の利益か」などのトレードオフの関係が導かれるとしている。

C・メイヤーは、2013年の『企業の関与』(Firm Commitment)において、現代企業が人間や人間性を匿名の市場や投資家に置き換え、人間が制御できなくなっているとし、現在のみならず将来の多様な利害関係者の利益のバランスを図ることが大切であるとする。C・メイヤーは、2019年の『繁栄』(Prosperity: Better Business Makes the Greater Good)において、株式会社の決定要因として、目的、所有、ガバナンスを挙げ、啓発的な会社は、人的資本、知的資本、自然資本、社会資本、金融資本を統合し均衡させて事業活動を行っているとする。企業の目的は、顧客、地域社会、取引先、株主、従業員、年金生活者が直面する問題に取り組むことであり、利益は、その過程で生み出されるが、利益はそれ自体目的とならないとしている。これは、P・F・ドラッカーの企業の目的の見方と同じである

A・スミス以降、株式会社に関する考察が様々に行われているが、利潤の最大化のような単純な企業の目的のみならず、利害関係者の利益を考慮するような見方も行われるようになっている。こうした見方がコーポレート・ガバナンス改革にどのように反映しているのかについて次に確認する。

3.コーポレート・ガバナンス改革の変遷

コーポレート・ガバナンス改革は、1990年代初頭に英国から始まる。1992年、企業不祥事を背景にロンドン証券取引所の支援を受けた、キャドバリー委員会が「取締役会」、「非業務執行取締役(独立取締役)」、「業務執行取締役」、「報告と統制」を項目とする最善慣行規範を公表し、上場企業に対して、「遵守せよ、さもなくば説明せよ」(Comply, or explain)の原則で対応したのである。米国では、1997年に、一部の機関投資家による行動主義を背景に、有力財界であるビジネスラウンドテーブルが、「コーポレート・ガバナンスの目的」、「取締役・経営者は株主に第一の義務を負うこと」、「取締役会の役割」、「株主全体を代表する取締役」などを内容とするコーポレート・ガバナンスに関する声明を公表している。そこでは、取締役会の役割が株主と他の利害関係者の利益を均衡させることというのは誤った理解であるとされていた。OECD(経済協力開発機構)は、1999年に「株主の権利」、「株主の公正な扱い」、「利害関係者の役割」、「情報開示と透明性」、「取締役会の責任」を内容とするOECDコーポレート・ガバナンス原則を公表し、コーポレート・ガバナンスにおける利害関係者の役割についても明記している。

2002年の商法改正では、取締役会に監査委員会・指名委員会・報酬委員会を設置し、監査役会を設置しない委員会等設置会社の設置が認められる。米国では、エンロン・ワールドコム事件を受け、企業改革法(SOX法)が制定され、監査委員会が独立取締役で構成されること、内部告発の手続きを定めること、監査人の独立性を保証することなどが明記される。単なる社外取締役ではなく、会社と独立した関係にある独立社外取締役の選任が求められたのである。

2004年、OECDコーポレート・ガバナンス原則が改訂され、「有効な枠組みの基礎の確保」、「株主の権利及び主要な持分機能」、「株主の平等な取扱い」、「コーポレート・ガバナンスにおける利害関係者の役割」、「開示及び透明性」、「取締役会の責任」を内容とするようになる。利害関係者が非倫理的な行為の懸念を自由に取締役会に伝えることができることを加えている。同年、東京証券取引所は、「株主の権利」、「株主の平等性」、「コーポレート・ガバナンスにおける利害関係者との関係」、「情報開示と透明性」、「取締役会・監査役(会)等の役割」を原則とする上場会社ガバナンス原則を公表する。この原則では、「遵守せよ、さもなくば説明せよ」の原則は採用されていない。

英国では、2006年に会社法が改正され、コーポレート・ガバナンスの基本原則として、「株主の権利と平等な取り扱い」「取締役会の役割と責任」「誠実さと倫理的行動」「開示と透明性」と並んで、「利害関係者の利益を考慮すること」が規定される。啓発された株主価値原則が採用されたのである。

OECDは、2015年にコーポレート・ガバナンス原則を「有効なコーポレート・ガバナンスの枠組みの基礎の確保」、「株主の権利及び主要な持分機能」、「機関投資家・株式市場その他の仲介者」、「コーポレート・ガバナンスにおける利害関係者の役割」、「開示及び透明性」、「取締役会の責任」を内容とするものに改訂し、機関投資家を取り上げている。東京証券取引所も、同年、「株主の権利と平等性の確保」、「株主以外の利害関係者との良好な関係作り」、「適切な情報開示と透明性の確保」、「取締役会の責務」、「株主との対話」を原則とするコーポレート・ガバナンス・コードを制定する。そこでは、独立社外取締役に関する記載もなされ、「遵守せよ、さもなくば説明せよ」の原則が採用される。

英国では、2018年にコーポレート・ガバナンス・コードが改訂され、「取締役会のリーダーシップと会社の存在意義」「責任の分担」「構成・継承・評価」「監査・リスク・内部統制」「報酬」についての原則が示される。「取締役会のリーダーシップと会社の存在意義」では、望まれる企業文化を促進するように行動することがすべての取締役に求められ、細目で「利害関係者の利益を考慮すること」に関する履行状況の説明が求められている。「構成・継承・評価」では、取締役会や経営陣の構成における多様性を求めている。

米国のビジネスラウンドテーブルは、企業の目的として、顧客の期待に応え価値を提供すること、従業員に公平に報酬を与えること、サプライヤーを公平に倫理的に扱うこと、地域社会の尊重と環境保全の支援、株主の長期的価値の創造を明記した企業の目的に関する声明を公表し、それ以前の株主利益のみを重視する見方を変更している。日本では、2019年に、社外取締役を大企業に義務化する会社法の改正が成立したが、独立社外取締役については明記されていない。

東京証券取引所は、2021年6月、市場区分の再編に伴い、コーポレート・ガバナンス・コードを改定し、最上位に区分されるプライム市場の上場企業に対しては、独立社外取締役を3分の1以上選任することや、独立社外取締役を指名委員会・報酬委員会の過半数選任することを求める。さらには、サステナビリティに関する事項も設けられ、プライム市場に上場する企業に対しては、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)又はそれと同等の国際的枠組みに基づく気候変動開示の質と量を充実させることや、サステナビリティについて基本的な方針を策定し自社の取組みを開示することを求めた。TCFDは、G20の要請で設置され、2017年6月に最終報告書を公表し、気候変動関連リスク、及び機会に関するガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標について企業等に公表することを求めている。

東京証券取引所は、1998年から2005年までのコーポレート・ガバナンスに関するアンケート調査で、利害関係者(ステークホルダー)の項目を設けていなかったが、2007年からのコーポレート・ガバナンス白書から利害関係者の立場の尊重に係る取組み状況を確認し始め、2015年の白書からは2名以上の独立社外取締役の選任を確認している。2007年から2020年までの改革の状況についてまとめたものが表1である。

表1 改革の状況
利害関係者に関する社内規程等による規定の整備環境保全活動、CSR活動等の実施利害関係者への情報提供に係る方針等の策定2名以上の独立社外取締役の選任
2007年
(2356社)
52.6%63.5%37.9%(45.4%)
2011年
(2294社)
62.0%69.0%45.9%(48.7%)
2015年
(3414社)
60.1%62.7%45.2%60.4%
2019年
(3594社)
68.7%67.7%56.0%71.8%
2020年
(3677社)
71.1%70.1%59.4%78.5%

*2007年、2011年は、社外取締役を選任している企業の割合である。

出所:東証上場会社コーポレート・ガバナンス白書を参照し、報告者作成。

コーポレート・ガバナンス改革では、株主の利益のみならず利害関係者の利益の考慮が求められ、日本においても、英米の改革の取り組みやOECDのコーポレート・ガバナンス・コードなども参考にしながら、市場がコーポレート・ガバナンスの取り組みを評価できるように改革が進められ、独立社外取締役の選任も求められている。

4.サステナビリティ概念の変容

サステナビリティは、当初、地球環境問題と結びつけて捉えられていた。例えば、1987年の国連の環境と開発に関する世界委員会の報告書では、サステナビリティは現在世代の必要を満たしながら、将来世代のそうした必要を満たす能力を危険にさらさないこととされた。1992年の「地球サミット」において、グローバルパートナーシップの理念の下、サステナブル・デベロップメント実現のための行動計画が公表された。1993年には、P・ホーケンが『商業のエコロジー−サステナビリティ宣言』で、自然環境への影響を考え、廃棄段階を考慮して生産を行うなどのサステナブルな事業活動を行うことを企業に求めている。

1997年、SustainAbility社のJ・エルキントンがトリプル・ボトムラインの概念を示し、企業活動の結果について環境的側面、社会的側面、経済的側面の3つの側面から評価することを求めた。これ以降、サステナビリティはCSRと結びつけられ、欧州委員会のように金融や財政と結びつけ、情報開示を求めることも行われる。2002年、『CSR:企業のサステナブル・デベロップメントへの貢献』を公表し、サステナブルな企業の成功は短期的な利益の最大化ではもたらされないとした。2011年、『CSRに向けたEUの新たな戦略』を公表し、加盟国が企業と市民を巻き込み、CSRによりサステナブルな経済システムに転換できるとし、2014年には、非財務情報指令を出し、重要なESG情報を年次報告書等で開示することを大企業に要請する。ESG情報は、環境、社会、ガバナンスに関する情報である。米国のデラウェア州においても、2018年にトランスペアレンシーとサステナビリティ基準法を制定し、州の企業等の組織がCSRやサステナビリティに取り組み、情報を開示することを促している。

サステナビリティについては、版を重ねている欧米の企業倫理論や企業と社会論のテキストにおいても取り上げられている。A・クレーンとD・マッテンは、2007年の初版より『企業倫理−グローバル時代の企業市民とサステナビリティの管理』を刊行し、2019年の第5版においても、企業倫理や企業市民に関係させて、企業のみならず、市民社会、政府とサステナビリティの関係を取り上げている。A・キャロルとA・バックホルツは、1981年初版の『企業と社会:企業社会業績の管理』の副題について、1989年の第2版で『企業と社会:倫理と利害関係者管理』に変更しているが、2011年の第8版より『企業と社会−倫理、サステナビリティ、利害関係者管理』としている。各章に「サステナビリティに注目」というコラムを設け、サステナビリティに取り組む米国企業の実際を紹介している。

日本企業では、2002年に環境省が「環境会計システムの確立に向けて」を公表してから、それまでの環境報告書等の名称を「サステナビリティレポート」「サステナビリティ報告書」に変更する動きが見られるようになる。主要企業の変更をまとめたものは表2である。

表2 報告書の名称変更の動き
企 業変更前の名称変更後の名称
2002三菱商事環境レポートサステナビリティレポート
2003キヤノン環境報告書サステナビリティ報告書
2003セイコーエプソン環境報告書サステナビリティレポート
2004富士ゼロックス社会・環境報告書サステナビリティレポート
2005積水ハウスエコワークスサステナビリティレポート
2005日産自動車環境報告書サステナビリティレポート
2006トヨタ自動車環境・社会報告書サステナビリティレポート
2009マツダ社会・環境報告書サステナビリティレポート
2010パナソニック社会・環境報告書サステナビリティレポート

出所:各社のウェブサイトを確認し、筆者作成。

表3にあるように、報告書のみならず、担当部署の名称をサステナビリティに関するものに変更する動きもある。また、2018年には、DIC、テルモ、ブリヂストンなどがサステナビリティ推進部を新設し、2019年に、SUBARU、TDK、丸紅、三井住友建設、三菱自動車などがサステナビリティ推進部を新設している。

表3 担当部署の名称変更
企 業変更前の名称変更後の名称
2015資生堂CSR部サステナビリティ戦略部
2015リコーCSR室サステナビリティ推進本部
2016花王CSR推進部サステナビリティ推進部
2016三菱商事環境・CSR推進部サステナビリティ推進部
2017横河電機CSR部サステナビリティ推進室
2018日立製作所CSR・環境戦略本部サステナビリティ推進本部
2018東京急行電鉄CSR推進室サステナビリティ推進部
2019中外製薬CSR推進部サステナビリティ推進部
2019三菱地所環境・CSR推進部サステナビリティ推進部

出所:各社のウェブサイトを確認し、筆者作成。

サステナビリティ概念は、環境サステナビリティから、経済領域、社会領域を含むものに変容し、SDGsの公表以降、日本企業の中には、報告書やCSR担当部署の名称をサステナビリティに変更するところもある。

5.個別企業の事例

リコー、キヤノン、資生堂、花王の4社は、経営理念が明確で、表4にあるように、日本経済新聞社のSDGs経営調査において高い総合偏差値で評価されている。本節では、4社のコーポレート・ガバナンス改革、企業サステナビリティへの取り組みを確認する。

表4 各社のSDGs経営調査総合偏差値
2019年2020年
リコー70以上70以上
キヤノン60以上65未満60以上65未満
資生堂65以上70未満65以上70未満
花王65以上70未満65以上70未満

出所:2019年12月2日付『日本経済新聞』2020年11月17日付

『日本経済新聞』に掲載された「SDGs企業番付表」より筆者作成。

リコーは、1936年、市村清により理化学興業株式会社から独立し、理研感光紙株式会社として創業される。1938年、事業の多角化により理研光学工業株式会社に社名を変更し、1960年代に売上高100億円を超え、1963年、現在の社名に変更する。2020年の海外売上は売上全体の60%を占め、外国人持株比率は42.5%である。リコーは、創業の精神として、「人を愛し 国を愛し 勤めを愛す」という三愛精神を掲げ、経営理念として「事業・仕事を通じて、自分、家族、顧客、関係者、社会のすべてを豊かにすることを目指す」こと、使命として、「世の中の役に立つ新しい価値を生み出し、生活の質の向上と持続可能な社会づくりに責任を果たすこと」を挙げ、「信頼と魅力のグローバルカンパニー」を目指している。利害関係者という言葉の明記はないが、経営理念には、顧客や関係者という言葉が記されている。

リコーは、2000年に執行役員制度を導入し取締役を21名から13名にし、その後、社外取締役を選任し、2015年、取締役会議長と執行役員の兼務を廃止し、取締役を9名とした。2020年時点で、リコーは、監査役会設置会社で、取締役会、監査役会の構成は、代表取締役1名、取締役3名、社外取締役4名、常勤監査役2名、非常勤監査役3名である。コーポレート・ガバナンス改革は、他企業の改革や東証コーポレート・ガバナンス・コードの制定などに対応して行われている。

次に、サステナビリティへの取り組みについてである、1999年に環境報告書を発行し、2001年に社会環境報告書に名称を変更して、2009年より社会責任報告書とし、2012年からはサステナビリティレポートとして発行している。2003年、CSR室を設置し、2015年、サステナビリティ推進本部に改編して、執行役員をサステナビリティ推進本部長にする。こうした取り組みから、2019年には、日経SDGs経営大賞の環境価値賞や環境コミュニケーション大賞の審査委員会特別優秀賞を受賞し、2004年以降、17年連続で、FTSE4Good Indexに採用されている。

キヤノンは、1933年、御手洗毅、吉田五郎、内田三郎により、精機光学研究所として設立され、1947年にキヤノンカメラ株式会社に社名変更するが、カメラと事務機を事業の柱とし、1969年に現社名となる。2020年の海外売上は売上全体の76%を占め、外国人持株比率は17.1%である。キヤノンは、1988年に「共生」を企業理念とし、世界中の利害関係者とともに歩むとしているが、「共生」とは、文化、習慣、言語、民族などの違いを問わず、すべての人類が末永く共に生き、共に働き、幸せに暮らしていける社会をめざすものであり、「共生」の理念のもと、世界中の利害関係者とともに、社会のサステナビリティを追求するとしている。

キヤノンは、2008年に執行役員制度を導入し、取締役を25名から17名にし、2014年、社外取締役を初めて選任し、代表取締役3名、専務取締役6名、取締役8名、社外取締役2名、常勤監査役2名、監査役3名とした。現在は、監査役会設置会社として、取締役会、監査役会の構成は、代表取締役4名 社外取締役2名、常勤監査役2名、監査役3名となっている。執行役員制度の導入や社外取締役の選任は、他企業と比べると遅く、コーポレート・ガバナンス改革は東証コーポレート・ガバナンス・コードの制定等に対応したものである。

キヤノンのサステナビリティへの取り組みについては、1994年より、環境報告書を発行し、2003年にサステナビリティ報告書に名称を変更し、2013年より、サステナビリティレポートとして発行する。2011年、CSR統括部門を設け、2020年時点で、副社長をCSR担当役員とし、CSR推進部が、環境、品質、調達、人事、ファシリティ管理、法務、IR、広報などの部門と連携して活動している。キヤノンは、こうした取り組みから、フランスのEcoVadis社のCSR企業評価において、サステナビリティ活動で最高ランクの「ゴールド」を5年連続で取得している。

資生堂は、1872年、福原有信により民間洋風調剤薬局として創業され、1917年に、香水の花椿を販売し、1927年に現社名とし、有信の三男の信三が取締役社長に就任した。1957年より台湾に進出し、グローバル化を進め、2020年の海外の売上は売上全体の60%を占め、外国人持株比率は41.1%となっている。1921年に、五大主義(品質本位、共存共栄、小売、堅実、徳義尊重)という社業の基本理念を確立し、1989年に制定した企業理念を2011年にSHISEIDO PHILOSOPHYとして再定義する。SHISEIDO PHILOSOPHYは、世界中の人々や社会・地球環境に対して果たすべき企業使命を定めたOUR MISSION、140年を超える歴史の中で受け継いできたOUR DNA、社員が仕事を進めるうえで持つべき心構えOUR PRINCIPLESから構成される。資生堂グループ倫理行動基準において、顧客、取引先、社員、株主ごとに行動基準を示している。

資生堂は、2001年、執行役員制度を導入し、取締役を13名から7名にし、2005年には、社外取締役を選任し、代表取締役2名、取締役5名、社外取締役2名、常勤監査役2名、非常勤監査役3名とする。2014年より、CEOに対する監視・監督がバランスよく機能した「緊張感のあるコラボレーション」を目指す。2020年時点で、資生堂は監査役会設置会社で、取締役会と監査役会の構成は、代表取締役2名、取締役2名、社外取締役4名、常勤監査役2名、社外監査役3名となっている。こうした取り組みにより、資生堂は経済産業省のコーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー2019で経済産業大臣賞を受賞している。

資生堂のサステナビリティへの取り組みについては、1997年に環境報告書を発行し、2003年にサステナビリティレポート(社会・環境活動報告書)とするが、2004年よりCSRレポートとして発行し、2007年よりweb版に移行する。2015年にCSR部をサステナビリティ戦略部に改編し、2017年よりサステナビリティレポートをwebで掲載する。2017年、資生堂は、サステナビリティ戦略統括担当を担当する執行役員副社長を選任する。資生堂は、CSRから発展させ事業活動の中にサステナビリティを位置付け、こうした取り組みにより10年以上連続してFTSE4Good Indexに採用されている。

花王は、1887年に、長瀬富郎により長瀬商店として創業され、1890年、花王石鹸を発売し、1925年、花王石鹸株式会社長瀬商会となり、1946年、株式会社花王となったが、関係会社との合併等を経て、1985年、現社名となる。2020年の海外売上は売上全体の38%を占め、外国人持株比率は40.1%である。1995年、花王の基本理念を策定し、2004年には、基本理念から花王ウェイを策定する。花王ウェイは、何のために存在しているのかという使命、どこに行こうとしているのかというビジョン、何を信じているのかという基本となる価値観、どう行動するのか行動原則から構成される。行動原則の部分では、「人(生活者、社員、ビジネスパートナー)と地球すべて」によい影響をもたらすとしている。

花王は、2002年、社外取締役を選任し、執行役員制度を導入し、取締役を23名から13名にし、2012年の改革で代表取締役3名、取締役4名、社外取締役3名、常勤監査役2名、非常勤監査役2名として、2014年に取締役会議長を社外取締役としている。花王は、監査役会設置会社で、2019年、社外取締役を1名増員し、取締役会と監査役会の構成は、代表取締役3名、取締役1名、社外取締役4名、常勤監査役2名、非常勤監査役3名となっている。他社に比べると、社外取締役、社外監査役の割合が高い。

花王のサステナビリティへの取り組みについては、1998年から環境・安全報告書を発行し、2005年にCSRレポートに名称を変えて発行している。2004年にCSR推進部を設置し、2010年、サステナビリティ委員会に改組し、2018年にはESG委員会に改組する。2016年、サステナビリティ推進部を設置し、2017年から「統合レポート」を発行している。サステナビリティについては、CSRから発展させて事業活動の中に位置付けている。これらの取り組みから、花王は、米国のエシスフィア研究所により世界で最も倫理的な企業に15年連続で選出され、10年以上連続して、FTSE4Good Indexに採用されて、2020年には女性が輝く先進企業として表彰されている。

リコー、キヤノン、資生堂、花王は、経営理念が明確で、利害関係者に関わるような記述が行われている。4社とも、コーポレート・ガバナンス改革に取り組み、20世紀末より環境報告書を発行し、統合レポートを発行している花王を除いて、2020年時点で、サステナビリティを冠する報告書を発行している。担当部署については、4社ともCSRの担当部署を設置し、現在は、キヤノンを除いて、サステナビリティを冠する部署や担当役員によりサステナビリティに取り組んでいる。

6.おわりに

企業観の考察から、企業の目的については、株主のみならず様々な利害関係者を考慮する研究が見られるようになっている。コーポレート・ガバナンス改革においても、株主の利益のみならず利害関係者の利益を考慮することを求めるようになり、ESG投資の興隆により、株式市場がコーポレート・ガバナンスの取り組みを評価できるようにする形で改革が進められ、独立社外取締役の選任も求められている。

サステナビリティ概念は、環境に限定したものから、経済領域、社会領域を含むものに変容し、SDGsの公表以降、一部の日本企業は、報告書やCSR担当部署の名称についてサステナビリティを冠するものに変更している。リコー、キヤノン、資生堂、花王は、経営理念に利害関係者にかかわる言葉を明記しているが、コーポレート・ガバナンス改革やサステナビリティに関して、その意味する内容の変化に対応しながら取り組んでいる。

参考文献
  • Berle, A. Jr., and Means, G. (1932) The Modern Corporation and Private Property, Macmillan.
  • Commons, J. (1950) The Economics of Collective Action, Macmillan.
  • Freeman, E. (1984) Strategic Management, Pitman.
  • Freeman, E., Harrison, J., and Wicks, A. (2007) Managing for Stakeholders, Yale University Press. (中村瑞穂他訳『利害関係者志向の経営―存続・世評・成功』白桃書房,2010年。)
  • Friedman, M. (1970) “The Social Responsibility of Business Is To Increase Its Profits”, in Hartman, L.P. ed. (1998) Perspectives in Business Ethics, pp246-251, McGraw-Hill.
  • Hawken, P. (2010) The Ecology of Commerce Revised Edition: A Declaration of Sustainability, HarperBusiness.
  • Jensen, M. C. (2001)“Value Maximization, Stakeholder Theory, and Corporate Objective Function”, Business Ethics Quarterly , Vol.12, No.2, pp. 235-256.
  • Mayer, C. (2013) Firm Commitment, Oxford University Press.
  • Mayer, C. (2019) Prosperity: Better Business Makes the Greater Good, Oxford University Press.
  • 2019年12月2日付『日本経済新聞』。
  • 2020年11月17日付『日本経済新聞』。
  • 花王のホームページ https://www.kao.com/jp/(2021年6月5日アクセス)
  • キヤノンのホームページ https://canon.jp/corporate(2021年6月5日アクセス)
  • 資生堂のホームページ https://corp.shiseido.com/jp/(2021年6月5日アクセス)
  • 東京証券取引所のコーポレート・ガバナンス白書に関するホームページ https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/02.html(2021年6月5日アクセス)
  • リコーのホームページ https://jp.ricoh.com/about/(2021年6月5日アクセス)
 
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