Journal of Information Processing and Management
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Opinion
Nissan Case Study : Contribution to the company through IP promotion & protection (3)
Kohki SONE
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2013 Volume 55 Issue 12 Pages 924-927

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前回は,日産自動車のケーススタディーとして,知的財産の保護のための補修用模倣部品やコピーデザイン車への対応,また模倣品対応のための情報共有システム「サイバーネットワーク」について述べた。

今回は,最終回として,知的財産を積極的に活用した1. マーケティング支援でファンを増やす商品化権ビジネス,2. モノづくり産業やサービス産業の効率化に貢献するコンサルティングビジネス,3. 異業種企業に技術・ノウハウを活用していただくライセンスビジネス,の3つの知財活用ビジネスについて,具体例をもとに紹介する。

1. マーケティング支援でファンを増やす商品化権ビジネス

日産自動車は,フェアレディーZ,GT-R,スカイライン,シルビアなどスポーツカー,スポーティーカーとして確固たるブランドを確立した人気モデルを持っている。これらのモデルのブランドは日本国内ばかりでなく,米国・英国をはじめとした先進国のみならず,中国やアジア地域の新興国市場にも浸透している。

この人気を背景に,日産ブランドやモデルのブランドを冠したさまざまな商品がビジネスとなっている。具体的には,ミニカー,ラジコンカーなどの玩具,Tシャツなどのアパレル,家庭で楽しむテレビゲーム,ゲームセンターやスーパーマーケットにあるアミューズメントマシーン,自転車,ボールペンなどである。これらの商品を製造するメーカーに対し,日産自動車が商品化権をライセンスすることで,メーカーは,日産自動車を想起させる商品の販売により,自社の売り上げを増やすことができる。日産車をご購入のお客様やその予備軍であるお子様には,日産ブランドや日産車のブランドを,玩具・ゲーム・Tシャツなどを通して所有していただき,ご満足を味わっていただける。日産自動車は,このような活動で,日産ブランドとお客様とのタッチポイントを拡大することができ,ファンを増やすことが可能となる。

図1 日産における商品化権ビジネスの例

例えばテレビゲーム事例では,お客様が日産GT-Rを選択された場合に,お客様と日産との接点はゲームを楽しんでいる間ずっと継続し,GT-Rとの一体感をゲームを通じて味わっていただくことができる。また,このGT-Rを使ったテレビゲームの例では,ゲームメーカーは,発売時にハリウッド女優を起用した発表発売イベントを開催し,テレビのキーステーションのメディアから全米に放映するイベントを実施した。ゲームのパッケージには「GT-R」がデザインされており,ゲームメーカーのビジネスと日産のメディアへの露出・市場への宣伝効果増も実現し,両社にとって,“Win–Win”の関係が構築できたといえる。

次の事例としては,日産が子供向け番組の“レスキューファイヤー”に車両を提供し,同番組の制作委員会に玩具メーカーや映画会社などと一緒にメンバーとなって参画した事例がある。この取り組みにより,「正義の味方が日産車に乗って困った人を助けにくる」というイメージを視聴者である子供たちが持つようになった。番組に登場するレスキュー車のミニカーが売れて,自宅でクルマを購入する際には,番組に出ていた日産車購入を子供が両親に薦めるという波及効果も期待できる。さらに,日産本社でレスキューファイヤーライブショーを開催した際に,ペースメーカーを付けたお子さんの両親から,病弱でクルマ好きのわが子が,日産車が正義の味方で活躍する場面を見て毎週勇気づけられ,感謝に堪えないというコメントをいただいた。ファンづくりのほかにこのような“心に残る効果”があることを実感した。

2. モノづくり産業やサービス産業の効率化に貢献するコンサルティングビジネス

日産は自動車の生産ラインで培われた,ムリ・ムダ・ムラを排除した究極の高効率な現場管理システムを,異業種のモノづくり産業やサービス産業へ,コンサルティング活動を通じて普及させ,産業の効率を向上させる活動を展開している。

日産自動車では,「お客様への限りない同期」を目指した生産活動を展開しており,販売店で,お客様からご注文をいただくと,そのクルマに使われる2万点に及ぶ部品・モジュールを生産する部品メーカーや日産社内で内製するエンジンやボディーの製造部署に対し,お客様におクルマが渡るまでの部品の製造,モジュール組み付け,移送,車両組み立てラインでの部品集結,完成車両への組み付けまでの壮大な段取りをコントロールし,高効率な生産システムを実現している。

このノウハウは,製造現場だけでなく物流,事務処理をはじめ,低コストと高品質を両立させなければならないあらゆるビジネスに適用が可能である。以下に具体例を挙げる。

  • •   病院の待ち時間を短縮し,従来の半分の待ち時間で同じ内容の健康診断が実現できた。患者・看護師の動線の変更,診断機器のレイアウト変更,カルテを患者に持参させる手法の採用,過去の診察データの置き場所を医師のそばに変更するなどによってである。
  • •   ホテルでのベッドメーキング,清掃作業について,ベテラン作業員のノウハウを標準化して学生アルバイトにトレーニングした。学生アルバイトの作業時間をベテラン作業員に近いレベルに短縮し,出来栄えも遜色ないレベルにすることができた。
  • •   レストランの厨房とウエイトレスとの情報交換方法や食材の管理,大量の調理・盛り付け時の作業手順の改良などについて,自動車製造ラインで得たノウハウをもとにコンサルティングを行うことで,クライアント企業からコスト低減,収益増,お客様満足向上に貢献したという評価を得ている。

図2 現場改善コンサルティングサービス

3. 異業種企業に技術・ノウハウを活用していただくライセンスビジネス

日産自動車の研究開発部門は,総合研究所,先進技術開発,商品開発の3つの部門から構成され,クルマに搭載されることを目的とした技術の研究開発活動を行っている。総合研究所では,5年から10年先を見越した技術のシーズを生み出し,革新的なアイデアで未来を先導する技術を生み出すことに主眼を置いている。先進技術開発部門では,総合研究所で研究された技術を3年から5年後に商品開発部門に引き渡すことを目的に,品質・信頼性・コスト・生産のしやすさなどを,実用化可能なレベルにもっていくための開発を行う。さらに,商品開発部門では,次期型やマイナーチェンジに合わせて,サプライヤ企業との共同作業で,市場での実験確認も含めた最終的な開発を行っている。

上記の総合研究所発の技術の中で,量産型自動車向けよりも計測器向けの技術であったため異業種企業にライセンスした例と,大学との共同研究で生まれた技術が携帯電話に採用された例を以下に取り上げる。いずれも異業種企業に技術・ノウハウを活用していただいた例である。

〈赤外線カメラ〉

2,000画素の赤外線センサーを自動車のエアコン温度制御,夜間歩行者検知などへの適用を目的に研究し,半導体製造技術や計測への応用など,一連の技術開発を進めていたところ,量産型自動車の部品コストとしては,商品部門の要求範囲にいれることが難しいと判明した。開発途上で,計測器メーカー,半導体メーカーとも共同研究を行っていたことから,計測器として,赤外線カメラの心臓部にこの日産の技術をライセンスすれば,ビジネスとして成立することがわかった。計測器メーカーにとっては,日産の赤外線検知半導体部分の技術をライセンス導入することで開発コストを削減し,赤外線カメラを計測器マーケットで競争力ある価格で販売できる,というビジネスモデルである。2008年から計測器メーカー「チノー」がこの赤外線カメラを販売し,現在に至っている。日産にはライセンス収入が入り,チノーは開発費を削減でき,お客様は安い価格で性能のいい赤外線カメラを購入できるという3者のWin–Win関係が構築できている(図3)。

図3 赤外線カメラ(チノー社)

〈傷のつかない塗料〉

自動車用に洗車傷がついても修復可能な塗料を東京大学と共同で研究して,試作品で実験する段階まできていた。しかし,上記の例と同様に,自動車という大きな面積に塗る場合に,コスト面で商品部門要求との乖離があった。このため,使用量は少ないが,お客様が傷に敏感な製品について調査をしたところ,携帯電話がひとつのターゲット商品として浮かび上がってきた。そこで,東京大学のベンチャー企業であるアドバンスト・ソフトマテリアルズ社と共同で,NTTドコモ社へ傷のつかない塗料“スクラッチシールド”の効用について説明し,筐体メーカー,電話メーカーとの共同開発を経て,2009年に採用された(図4)。

図4 NTTドコモ(NEC製)携帯電話に採用された日産のスクラッチシールド塗料

以上,1回目は日産自動車の知的財産を扱う組織やマネジメント,2回目は知的財産保護のための組織横断的な活動,最終回の本稿では,知的財産ビジネスについて実例に基づいた紹介を行った。

新興国でビジネスを確立していくことが,日本のモノづくり産業にとって重要である。その際の知的財産マネジメントについて日産自動車のケースを参考にしていただければ幸いである。

執筆者略歴

曽根 公毅(そね こうき)

1975年4月日産自動車入社(中央研究所排気研究部)。

1983年米国ニッサンリサーチ&デベロップメント社,1989年ニッサンヨーロピアンテクノロジーセンター社,1992年技術開発企画室,1997年ニッサンテクノロジーセンターブラッセル社,2000年リソースマネジメント部,2002年広報部,2006年IPプロモーション部,2012年日産財団。

2008年より,早稲田大学招聘研究員。宮城県出身,東京都在住。

 
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