Journal of Information Processing and Management
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Growth of the open access movement and current issues
Sho SATO
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JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2013 Volume 56 Issue 7 Pages 414-424

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著者抄録

本稿ではオープンアクセス(OA)運動の背景から現在までの流れを概観し,現在のOA運動における争点を整理する。現在,Gold OAはビジネスとして成立することを示し,Green OAは機関リポジトリ等においては成功しているとは言えないが,助成機関によるOA義務化を伴うことで成功例が現れている。そして公的助成研究に対するOA義務化の方針は確実に広がりつつある。商業出版者もOAを受け入れ,OA運動における主導権をめぐって図書館と対立するようになっている。その中で問題となっているのが再利用可能性とエンバーゴである。

1. はじめに

オープンアクセス(Open Access: OA)が明確な定義を得て10年以上が経った。現在,学術情報流通の中でOAは当たり前の選択肢の1つとなっている。Kurataらの研究によれば2009年の生物分野の論文は過半数がOAになっている1)。OAに懐疑的な立場を取ってきた商業出版者もOA雑誌を刊行しはじめており,購読出版とOAのシェアがどうなるか等は議論もあるものの,OAそれ自体は商業出版者も含め受け入れられつつある。その結果,「商業出版者・購読モデル vs. 図書館・OA」というステレオタイプのイメージでは現状をとらえ難くなっている。

本稿ではOA運動の背景から現在までの流れを概観し,現在のOA運動における争点を整理することを試みる。読者各位がそれぞれの立場から,今後OAとどう向き合っていくかを考える材料の1つになることを願う。

2. そもそもOAとは?

2.1 OAの定義

OAの定義としては,2002年に公開されたBudapest Open Access Initiative(BOAI)によるものがよく知られている2)。BOAIは学術情報の自由な流通実現に向け活動する複数の団体・個人を集めた会議に基づくもので,OAが1つの運動にまとまった契機として知られている3)

BOAIによれば,OAとは査読付きの学術雑誌論文等注1)について,「インターネットにアクセスできることそれ自体を除く経済的,法的,技術的な障壁なく文献を利用できるようにすること」である。OAと聞くと「論文に無料でアクセスできること」ととらえられがちであるが,BOAIではそれだけではなく,著作権という「法の壁」と技術標準等の「技術の壁」もクリアすることで,自由に再利用できることがOAである,と定義している。

2.2 OAの実現手段

OA実現の手段として,BOAIでは著者自ら論文を電子アーカイブに公開するセルフ・アーカイビングと,利用者に料金を課さず出版するOA雑誌の2つを紹介している。前者はGreen OA,後者はGold OAとも呼ばれ,OAの実現手段としては,この2つが現在においても主流である。

(1) Green OA

Green OAについてはBOAI発表時点ですでに物理学分野におけるプレプリントの電子アーカイブ,arXivという成功例が存在し,BOAIの中で取り上げられたのもその流れを汲んでのことである注2)。Green OAの場としてはarXivのような分野ごとの電子アーカイブのほかに著者自身のWebサイト等も考えられるが4),著者のWebサイトでは技術標準等に従い「技術の壁」を排除することは難しい。そこで分野別アーカイブが存在しない分野のGreen OAを担うものとして,著者の所属機関による電子アーカイブ・機関リポジトリが現れ,注目されていく。

(2) Gold OA

学術雑誌出版にかかるコストは多くの場合,購読料として読者に転嫁される。しかし雑誌の収入源はほかにも著者からの投稿料や広告などさまざまにありうる5)。印刷体の雑誌においては読者が増えるほどに印刷・流通コストが増えるが,インターネットを介した電子ジャーナルのみを発行することで,読者数増大に伴うコストを抑え,購読料に頼らず雑誌を刊行できる,というのがBOAIの見立てである。BOAI発表時点で,すでに購読料に依拠せず電子ジャーナルを刊行していた商業出版者としてBioMed Central(BMC)が存在した。BMCは著者が支払う掲載料(Article Processing Charge: APC)による出版モデルをBOAI発表直前に始めており,これが後にOA雑誌の主要なビジネスモデルとなった注3)

3. OAの背景:4+1の動機

OA運動の背景には,インターネットにより自由な学術情報流通を実現しようという,複数の団体や個人による活動があった。少しずつ目的が異なるそれらの活動が1つにまとまった契機が前述のBOAIである。本章ではこのBOAIの各参加者に注目しつつ,OA運動の背景には4つの動機を持つグループがあり注4),さらに後に1つが加わったことを紹介する。

3.1 雑誌価格高騰への対応

BOAI参加グループの1つは,学術雑誌価格高騰への対抗を目的とする,SPARC(Scholarly Publishing and Academic Resources Coalition)に代表される大学・研究図書館関係者である。

SPARCは北米研究図書館協会(ARL)が立ち上げたプロジェクトである。雑誌価格高騰については他の優れた論考があるのでここで詳しく論じはしないが注5),その一因は商業出版者による寡占であると見られている。当初,SPARCはその寡占を崩すために商業出版者に対抗する新雑誌の支援等を行ったものの,失敗に終わった6)。そこでSPARCが次に取り組んだのが新たな情報流通チャンネルの確立であり,BOAIにもその文脈の下で加わっている。SPARCは機関リポジトリの提唱・普及や後述する「パブリック・アクセス」議論の導入等を通じて,その後もOA運動に寄与し続けている。

3.2 研究成果の迅速・自由な共有の実現

1つ目の点と関係しつつも異なる源流の下でBOAIに参加したグループとして,情報共有を迅速かつ自由に行える環境を実現し,それによって研究のスピードを上げたり,研究成果のインパクトを高めたりしたいという研究者たちが挙げられる。

その源流は前述のarXivである。物理学分野等ではもともと,雑誌出版以前から同僚のフィードバックを得るためにプレプリント交換が行われていた。雑誌への投稿から出版までのタイムラグが大きくなるにつれ,プレプリントは迅速な成果共有メディアととらえられるようになった7)。arXivはそれをインターネットを用いて,誰もが閲覧できる形で実現したものである。その衝撃は大きく,Stevan HarnadやHarold Varmusら多くの追随者を生んだ。

Harnadは1994年に「転覆計画」と呼ばれるメーリングリスト投稿を行い,研究者自らが自身の論文をインターネットで公開することでより多くの同僚の目に触れ,インパクトが最大になると論じた8)。これはarXivの成功を異分野でも取り入れようという提案であり,OAにかかわる運動の「事実上の宣言書」とも評される9)

米国国立衛生研究所(NIH)所長であったVarmusもまたarXivの影響を受け,生物医学分野の電子アーカイブE-Biomedを提案した10)。これが現在のPubMed Central(PMC)へとつながっている。同じくVarmusが立ち上げにかかわったPLOSは,当初は商業出版者に圧力をかけ,論文の無料公開を実現するための科学者集団であった11)。その計画は失敗に終わったが,PLOSは後にOA雑誌出版事業に転進し成功,BMCと並ぶOA雑誌出版者の代表例となった。

3.3 発展途上国における学術情報流通の改善

第3のグループの目的は発展途上国における学術情報流通の改善である。雑誌価格高騰によって学術情報へのアクセスの危機を迎えた先進諸国とは異なり,途上国においてはそもそも必要な学術雑誌等を購読できていなかった。また,途上国から学術情報を発信することも困難であった。そこで普及しだしたインターネットを用い,途上国の学術情報の入手・発信状況を改善しようという動きが現れた。

このような動機を持つグループの代表は,BOAIの基となる会議を主催したOpen Society Institute(OSI)である。OSIはKarl R. Popperの影響を受けた篤志家George Sorosが設立した団体で,「開かれた社会」実現に向け活動している。その活動の1つが貧困地域における知識・情報のアクセス,交換,生産活動の強化を目的とするInformation Programであり,BOAI開催をはじめOSIによるOA運動の支援を担ってきた12)

OSIは単に知識にアクセスできるだけではなく,それに基づき新たな知識を生産できるよう支援することが重要ととらえ,知的財産権制度の改革を目指す活動も行っている13)。このことがBOAIにおいてOAが著作権という「法の壁」をも排除したものと定義されたことに影響したと考えられる。

3.4 新たなビジネスチャンスの獲得

BOAIに参加した第4のグループはBMCである。その動機は明確で,新たなビジネスチャンスの獲得にある。

BMCは英国の実業家Vitek Traczが設立した出版者である。Traczは生物分野等を中心に新たな事業を起こし,それが軌道に乗った時点で売却し,売却益で新たな事業を起こすことを繰り返していた。BMCもその一環であり,後にSpringer社に売却されている。Traczや後のBMC代表であるMatthew Cockerillは,BMCはOAをビジネスチャンスととらえて始めたものであることを明言している14)15)

3.5 後付けの「パブリック・アクセス」

BOAI以前から存在したOA実現の動機は以上の4つである。しかしOA運動成立後,「公的資金によって行われた研究の成果はそのスポンサーである市民(納税者)に公開すべき」としてOAを求める動きが出てくる。その代表例はNIHによるパブリック・アクセス方針の策定である。

NIHは前述のPMCを設立した機関である。自身が医学研究機関であると同時に,助成機関としての役割も担い,その助成額は医学分野で世界最大とも言われる。このNIHが2004年に,自身の助成金を受けた成果はPMCに登録・無料公開すべき,という勧告を打ち出したのがいわゆるパブリック・アクセス方針の始まりであり6),2008年4月からは助成研究のPMC登録が義務化された16)。その後助成研究成果のPMCへの登録率は劇的に改善し,それまでの19%程度から2009年には約70%になったとの報告もある17)。2013年7月現在,その公開論文数は約280万件となっている18)

このNIHによる義務化の礎が「公的資金による成果は市民に公開すべき」という論理である。その説得力は強く,後に多くの助成機関等が同様の考えの下でOA義務化方針を打ち出している。しかしこの動機はNIHや市民の間から自発的に出たものではなく,SPARCによるロビイングや,同じくSPARCの支援により設立された市民団体の活動が影響を与えていた6)19)。OA運動成立後に,OA推進のために戦略的に導入された後付けの動機である。そしてこの戦略は見事に当たり,助成機関等による義務化はOAを大きく推進していくことになる。

4. OAの普及

4.1 Green OAの現状

BOAI以後,Green OAに関する顕著な動きとしては機関リポジトリの普及がある。機関リポジトリは当初,分野別のアーカイブ等がない分野に向けたGreen OAの場として考えられた20)注6),機関自らが所属する研究者の成果を収集・保存・発信する電子アーカイブである。米国で始まった機関リポジトリはその後世界中に広まり,2013年7月現在,世界全体で1,937件の機関リポジトリが存在する21)。公開コンテンツ数は国によってばらつきがあるが,例えば日本では100万件以上の学術文献がその本文まで公開されており,学術情報流通の中で一定の役割を担うものに成長している22)

しかし機関リポジトリが増え,コンテンツの数も増す一方,雑誌掲載論文の公開というGreen OAとしての役割は,必ずしも果たされていないと指摘されている。米国では339の機関リポジトリ中,雑誌論文を登録しているものは182件であり,雑誌論文自体登録されていないものが目立つ21)。英国では雑誌論文の登録は多いものの,メタデータのみの登録で本文が少ないとの指摘がある23)。日本においても,100万件のコンテンツの大多数は価格高騰とは無縁の紀要論文である。

分野別の電子アーカイブについて見ると,arXivはその後も成長著しいが,その他の成功例は少ない。もともとプレプリント文化があった分野だからこそarXivは成立したとの指摘もある4)

その中でarXiv以外でもっとも成功しているのはPMCである。2008年4月の義務化施行以後,登録コンテンツ数は順調に増加しており,前述のとおり現在では約280万件の雑誌論文に誰もがアクセスできるようになっている。PMCはプレプリント文化がない分野においても,OA義務化方針が伴えばGreen OAが成功しうる事例の1つとなっている。

4.2 Gold OAの現状

当初,OA雑誌のビジネスとしての実効性は危ぶまれていた。しかしPLOSが2010年には黒字化するなど24),OA雑誌は現在,ビジネスとして確立している。その確立に寄与したのはカスケード査読とOAメガジャーナルという2つの手法である。

カスケード査読とはある雑誌で論文がリジェクトされた場合,査読結果を別の雑誌の査読に引き継いで掲載可否を判断する手法である。類似分野の中で,掲載率の異なる複数の雑誌を持つ出版者において有効で,掲載率の低い雑誌で「科学的な信頼には足るが掲載に足るインパクトがない」などと判断された論文を効率的に他の雑誌で引き受けることが可能になる25)。BMCはこの手法により,一度投稿され,査読を行った論文は,なるべくそのコストを無駄にせず,掲載料収入を得ようとしている26)

OAメガジャーナルとは,PLOSによる雑誌PLOS ONEの成功を受け広がりつつあるモデルである。PLOS ONEは研究成果のインパクトは考慮せず,科学的に妥当な研究成果であれば出版するという簡易な査読方針のもと,できるだけ多くの論文を公開するというモデルを採用した。このモデルは成功を収め,2012年にはPLOS ONEの年間総掲載論文数は23,000本を超え,世界最大の雑誌タイトルとなっている。PLOS ONEの収益によりPLOS全体も黒字化し,今では商業出版者でも類似のOAメガジャーナルを相次いで創刊している25)

その他にも購読料モデルの雑誌掲載論文を,追加料金を払うことでOAにできるハイブリッドOAモデルも多くの雑誌で取り入れられている。OA雑誌掲載論文のシェアも増えており,2020年には世界の論文の大半はOA雑誌に掲載されているといった予測も出されるようになっている27)注7)

4.3 義務化をめぐる動き

NIHのパブリック・アクセス方針については3章5節で取り上げたが,その他にも研究助成機関や著者所属機関等によるOA義務化方針の策定が進んでいる。2013年7月現在,世界全体で助成研究の成果にOAを義務付ける団体は81,所属研究者の成果にOAを義務付ける機関は177存在し28),さらに米国では州単位でのOA義務化方針も現れている29)

このようなOA義務化方針に対し,商業出版者はさまざまな形で抵抗した。例えばElsevier社はNIHのパブリック・アクセス方針を無効化しようという法案提出にかかわり,研究者から反発を招き撤回するなどしている30)。しかし最近では商業出版者もOA義務化に対立するのではなく,むしろその流れの中で主導権を握る方向に動き出している。

5. 現在のOA運動の争点

以上のOAに関する状況をまとめると,Gold OAはビジネスとして成立することを示し,Green OAは機関リポジトリ等においては成功しているとは言いがたいが,助成機関によるOA義務化を伴うことでの成功例が現れている。そして公的助成研究に対するOA義務化の方針は確実に広がりつつある。

このような状況の中で,今問題になっているのは「どこまでOAを実現するか」と「どうやってOAを実現するか」である。

5.1 どこまでOAを実現するか:再利用可能性とエンバーゴ

長い間,OA運動においては「価格の壁」のみに注目が集まってきた。例えば「法の壁」についてはクリエイティブ・コモンズ(CC)におけるCC-BYライセンスの下で公開することで解決できるとされているが,2009年時点でCC-BYを取り入れたOA雑誌は9.9%のみであった31)。Green OAにおいても,機関リポジトリの中でCCライセンスを導入しているもの自体がわずかであるとの指摘がある。「技術の壁」についても,サーチエンジン等で検索できない状態になっているリポジトリが多数存在することなどが指摘されている32)

しかしここ数年,「法の壁」と「技術の壁」をも解決し,研究成果の再利用可能性を増そうという動きが盛んである。BOAI発表から10年を経たことを受け2012年に新たに発表された文書(BOAI10)では,「ライセンスと再利用」に関する提言を大項目の1つに立てている33)。その中ではGreen OAにおいてはできる限り,Gold OA(OA雑誌)については強く,CC-BYの導入を推奨している。「技術の壁」についても,機械可読フォーマットについてなど,踏み込んだ提言がなされている。同じく2012年に発表されたSPARC,PLOSらの共同によるOAの詳細な定義『HowOpenIsIt?』の中でも,「再利用に関わる権利」や「機械可読性」を観点の一部に取り入れており,CC-BYの導入や機械可読性の確保等を行っているものを真のOAと定義している34)

同様に「どこまでOAを実現するか」という点で問われているのは,論文出版後,それをOAにするまでにどれだけの猶予期間を設けるかという,いわゆるエンバーゴ期間の長さである。3つの障壁すべてを排除して論文を再利用可能なものとし,エンバーゴ期間を設けないものこそがOAである,という点では関係者の見解は一致しているのだが,ことはそう単純ではない。

5.2 どうやってOAを実現するか:RCUK方針とOSTP指令への対応

(1) Finch ReportとRCUK方針

Green OAにおいて「法の壁」を解消することは容易ではない。購読モデルの雑誌掲載論文でCC-BYを導入してしまえば他の雑誌や図書が無断で再掲載することすら可能となるわけであり,出版者がこれを容易に許諾しないのは当然とも言える。一方で,Gold OA(OA雑誌)については,出版コストは掲載料等からすでに回収済みであり,全面的にCC-BYを導入することは可能であるし,実際にPLOSやBMCでは行われている。また,エンバーゴについてはGreen OAにおいてのみ問題となるのであって,雑誌自体がOAであるGold OAの場合は問題にならない。つまり,再利用可能性を維持し,論文出版と同時にOAを実現しようとすると,Gold OAの方がGreen OAより適していると考えられる。そして実際にそう考えた助成機関が,GoldおよびハイブリッドOAをGreen OAより優先するOA義務化方針を発表したことが,OA関係者の間に波紋を起こしている。

2012年,英国のResearch Information Networkは,英国の研究成果へのアクセス拡大方法に関する答申を発表した35)。この答申は代表者の名前をとってFinch Reportと呼ばれている。Finch Reportでは英国の機関リポジトリにおいて雑誌論文の本文登録が少ないことと,前述のとおりGreen OAでは再利用可能性やエンバーゴの問題があることを理由に,英国においてOAはGoldとハイブリッドOAにより実現すべき,としている。この答申を受け,政府系助成機関であるResearch Councils UK(RCUK)はGoldあるいはハイブリッドOAが可能かつAPCが妥当な金額であればGoldあるいはハイブリッドOAを,それ以外の場合にはGreen OAを義務付ける方針を発表した36)

Finch Reportのうち雑誌論文の本文登録が少ない,というリポジトリへの指摘に関しては,調査方法自体に問題があり考慮に値しないが,再利用可能性とエンバーゴに関する指摘は,認めざるをえないものである。しかし,そのためにGold・ハイブリッドOAをGreen OAより優先することを認めるか否かは,立場による。3章にまとめたとおり,OA運動に加わった動機はさまざまにあり,中でも図書館関係者は商業出版者による寡占を崩し,雑誌価格高騰に対抗するためにOA運動に参加している。仮に再利用可能でエンバーゴのないOAが実現するとしても,APCや追加料金のために出版者に払う額が増えたのでは意味がない。特にハイブリッドOAについては購読料支払いも続けねばならないため,RCUK方針に対し反発が起こるのは当然である。

一方で,「研究成果の迅速・自由な共有」や「市民への公開」について考える場合にはRCUK方針への評価は割れうる。追加でかかる費用よりも再利用可能かつ迅速な流通実現を重視するのであれば,RCUK方針に賛同しうる。一方,Green OAによる「価格の壁」排除をまずは優先すべきという立場もとりうる。再利用可能性とエンバーゴのない公開を重視するか,それともコスト(=出版者への支払額)を減らすことを重視するか。これは商業出版者と図書館によるOA運動の主導権争いへとつながっていく。

(2) OSTP指令とCHORUS vs. SHARE

出版者と図書館の主導権争いが別の形で現れたのは,米国ホワイトハウス科学技術政策局(OSTP)が2013年2月に出したパブリック・アクセス拡大に関する指令をめぐる,商業出版者らと大学図書館らの対立である37)

OSTPによる指令は研究予算が年間1億ドル以上の政府機関に対し,2013年8月22日までにアクセス拡大のための方針を策定せよ,と義務付けたもので,NIH方針以来のパブリック・アクセスの流れの延長に位置づけられる。この指令を受け,2013年6月に出版者陣営と図書館陣営のそれぞれから,パブリック・アクセス実現のための提案が出された。1つはElsevierなどによる“ClearingHouse for the Open Research of the United States”(CHORUS)38),もう1つはARLなどによる“SHared Access Research Ecosystem”(SHARE)39)である。

CHORUSは出版者のプラットフォームにおいて政府の助成を受けた研究成果を公開する,すなわちハイブリッドOAによってOSTP指令に応えるモデルである。その目的は明確で,PMCのように政府機関自身によるリポジトリに論文が集約することを恐れたものと考えられる。PMCで公開された論文は出版者のWebサイトでのアクセスが減るとの調査があり40),アクセスの減少は図書館における購読可否の検討に直結する。ハイブリッドOAであればこの問題は発生しない。OA義務化方針に逆らうよりも,その方針の下で主導権を握り,できるだけビジネスへの影響を廃しようという意図が見える。

一方のSHAREは,機関リポジトリに助成研究の成果を集約・公開するGreen OAによってOSTP指令に応えるモデルである。これは機関リポジトリによるGreen OAを一気に前進させるための提案と考えられる。興味深いのは,CHORUSにおける提案では述べられていない著作権処理についてSHAREでは言及している点で,再利用可能性についてもやり方によってはGreen OAで実現可能であることを示そうとしている。

6. おわりに

RCUK方針をめぐる議論でも,OSTP指令への対応についても,共通しているのはOAそれ自体の是非はすでに争われていないことである。OAの是非について議論する段階は終わり,どう実現するのかについての主導権の奪い合いが行われている。OA運動の背景と照らし合わせれば,図書館による商業出版者の寡占切り崩しと出版者によるビジネスの維持・拡大の欲求という対立軸が存在し,その間で自由かつ迅速な流通を実現したい人々の判断が問われている,というのが現在の構図である。OA実現自体が目的となり得た(そう錯覚し得た)時代は終わり,あらためて「なんのためにOAを実現したかったのか」を思い出すべき時に来ている。

紙幅の関係もあり,本稿では扱えなかった話題も多い。例えばSCOAP3の動き,PeerJによる新たなGold OAのモデル,学位論文のOA化,OAと研究インパクト,オープンデータ等については,重要な要素となりうるものと知りつつ,取り上げられなかった。これらの取りこぼした要素が今後のOAをめぐる動きの中で大きな争点となる可能性は大きい(例えば再利用可能性の議論が,ある時期までは必ずしもOAに関する話題で常に取り上げられたわけではなかったように)。本稿の内容については,そのような限界にも留意しつつ受け止めていただければ幸いである。

本文の注
注1)  OAの対象範囲は査読付き論文等に限らず,学位論文やモノグラフ,データ等に広げてとらえられることもあるが,いずれの場合も著者が原稿料等を受け取る習慣がない(発表それ自体に伴う収益をあてにしていない)学術情報であることを前提としている。

注2)  arXivの詳細については次等を参照:Ginsparg, Paul. ArXiv at 20. Nature. 2011, vol. 476, p. 145-147. 邦訳については以下で公開されている:Ginsparg, Paul. ArXiv創設20年. 情報管理. 2011, vol. 57, no. 7, p. 415-420.

注3)  三根慎二. オープンアクセスジャーナルの現状. 大学図書館研究. 2007, vol. 80, p. 54-64. によれば,そのほかにもOA雑誌のモデルとしては「完全無料型」,「ハイブリッド型」,「一定期間後無料公開型」,「電子版のみ無料公開型」等がありうる(ハイブリッド型については本文で後述する)。この中で雑誌全体のOA化が可能であり,かつビジネスとして採算が成り立っているのは,今のところ「著者支払い・読者無料型」のみである。

注4)  もちろん,厳密には参加者の数だけ(一団体の中でもさらに個々人の数だけ)OA運動に加わる動機はありうるわけだが,いささか乱暴であることを承知しつつまとめればおおむね4つと言える。

注5)  例えば日本の状況については2010年度の『情報管理』誌連載「シリアルズ・クライシスと学術情報流通の現在」等を参照。

注6)  Crowの後に機関リポジトリに関するエッセイ(Lynch, Clifford A. Institutional Repositories: Essential Infrastructure for Scholarship in the Digital Age. ARL: Bimonthly Report. 2003, no. 226, p. 1-7. http://www.arl.org/bm~doc/br226ir.pdf, (accessed 2013-07-22).)を発表したLynchは機関リポジトリをより広いものと定義しており,CrowもGreen OA以外の役割も果たしうるものと位置づけている。しかしCrowの当初の声明は明らかにGreen OAを企図してのものである。

注7)  ただしこの予測は「Gold OAは破壊的イノベーションである」という前提の上に成り立っており,その前提を受け入れるか否かで予測の信頼性は大きく変わる。

参考文献
 
© 2013 Japan Science and Technology Agency
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