2013 Volume 56 Issue 7 Pages 468-472
クールジャパン,地域ブランドにご当地キャラとご当地モノが元気だ。食べ物に関しても,松阪牛,静岡茶,草加せんべいといった伝統的なご当地モノを始め,福島県双葉郡浪江町の「なみえ焼きそば」のように比較的新しいものもある。日本国外でもシャンパン,ワインのボルドー,パルマハムなど地名を冠した有名な食材は多い。今回はご当地グルメと知的財産の関係についてである。
スーパーに行っても,普通のステーキ用の牛肉より,神戸牛の方が高い。これは「いやぁ,この霜降りのステーキはもうたまらない! とろける美味しさ最高~!」などと神戸牛の品質が高いということをわかっていて,その美味しさのためには高いお金を払うことを厭わないとする人々が存在するからである。したがって,仮に神戸牛ほどのクオリティを伴わない牛肉に神戸牛とラベルを付けて売るようなことがあるとすると,「あれー? 神戸牛って思ったほど美味しくないかな。次からは普通の牛肉で十分かも」ということになりかねない。本物の神戸牛の生産者からしてみれば,ブランドにタダ乗りされて自分たちのビジネスにとってはマイナスであるし,消費者にとっても間違ったものを買う羽目になりデメリットである。
ブランドを守るための知財といえば,商標を思い浮かべるのではないだろうか。商標は通常,企業や個人など特定の権利者が権利を持つ。例えば,「PlayStation」はソニー・コンピュータエンタテインメントが独占的に使いたいであろうし,「CHANEL」だって他社に使わせたくはないであろう。ところが,ご当地グルメの場合,1社だけが作るのではなく,むしろ何社,何人もの生産者がいる,ということのほうが多い。そこで出てくるのが,地理的表示や地域団体商標などの仕組みである。
地理的表示(Geographical Indications: GI),頭文字を取ってGIと略されるがGIジョーとは関係ない。硬い定義は条約に譲ることとして注1),GIとは,シャンパン,ワインのボルドーといったその土地に由来した産品の原産地に関する表示である。フランスのシャンパーニュ地方で収穫されるぶどうを使って伝統的な手法で作るので,高い品質,評価が得られている,というわけである。だから「シャンパン」を名乗ることができ,それ以外の産地のものには「シャンパン」という表示をして商品を販売することはできない,というものである。
これはワインのようなお酒に限らず,チーズ,ハムなどさまざまな産品に当てはまる。したがって,ボルドー産以外のワインに「ボルドー」と表示することや,イタリアのゴルゴンゾーラチーズ以外に「ゴルゴンゾーラ」と表示して商品を売ることはダメなのである。このようにして,ご当地ブランドを守るわけである注2)。しかし,単に名前を表示しているだけでは必ずしも売れるわけではない。これらの産品は,長年の努力と実績によって,高い品質が消費者に認められていたり,名声が確立されていたりすることが多い。生産者としてもそのような高い品質,名声を維持するために努力をする。特にヨーロッパでは,各国で品質管理機関注3)を設け品質を管理し,EUレベルで保護制度を整えている注4)。
ロックフォールというブルーチーズをご存知の方もおられると思う。フランス南部のミディ・ピレネー地方のロックフォール・シュール・スールゾン村という人口1,000人にも満たない村の洞窟で作られ,世界中に輸出されている。伝説によれば,若い羊飼いが美しい乙女を追いかけて,洞窟にパンとチーズを忘れてしまった。その後,(残念ながら一人で)洞窟に戻ったところ,チーズにカビが付いていたが余りに空腹だったので食べてみたところ,とても美味しかった…とか。伝説はさておき,ロックフォールチーズの名声が高まると,商品価値も高まり,競争力も高くなる。しかし,売れると便乗商法をしようと考える輩が出てくるのは世の常。20世紀の後半には,ロックフォールチーズの模倣品が数多く出回るようになった。また,そもそもロックフォールチーズと言ってもロックフォール地区で作ればなんでもロックフォールチーズを名乗ってもよいとなってしまうと低品質のものが市場に出回りかねない。何がロックフォールチーズなのか,についての争いは裁判にまで持ち込まれた。結局,1961年の判決で,チーズの「熟成庫はロックフォール・シュール・スールゾン村にあるコンバレー山の堆積物ゾーン内,標高630~710m,長さ2.5km以内」とされた1)。たかがチーズではない。ご当地ブランドにかける執念である。もちろんEUの保護制度に登録されている。ちなみに,EUレベルで登録されているものは,インターネット上のデータベースで検索できるが,ワインについてはお酒の神様バッカスにあやかりE-Bacchus注5),スコッチウイスキーなどの蒸留酒(スピリッツ)についてはE-SPIRIT-DRINKS注6),農産品についてはDOOR注7)と,ネーミングが面白い。
日本においてもご当地ブランドを守る動きはある。地理的表示のための制度については,農林水産省が検討を行っている注8)。また,お酒に関しては,国税庁長官が指定する制度がある注9)。
商標制度においては,「地域団体商標」という制度が新たに2006年に導入された。簡単に言えば,「地域名」+「商品名」からなる商標である。例えば,「神戸牛」や「静岡茶」,「仙台みそ」といったものである。普通,商標権を所有する主体は「Apple」のように単一の場合が多い。ところが地域ブランドは,神戸牛の例を考えてみても想像がつくように,権利の主体を特定の企業,個人に絞り込むことは難しい。そこで,事業協同組合や農業協同組合などの団体が商標の権利者となることができるようにしたところがミソである。したがって,兵庫県食肉事業協同組合連合会のメンバーであれば「神戸牛」の表示をすることができる。もちろん,それぞれの組合の中で,どのような条件を満たせば神戸牛,静岡茶を名乗ることができるのかという基準を設けている場合には,それをクリアすることが前提になる。この制度は,導入以来,日本各地から出願があり,2013年7月2日現在の登録は,これまた縁起がよく555件である注10)。「神戸牛」,「松阪牛」,「静岡茶」,「草加せんべい」などが地域団体商標として登録されている。
現在の地域団体商標は,権利者となることができる主体が事業協同組合や農業協同組合などに限定されている。冒頭に触れた「なみえ焼きそば」は浪江町商工会がその普及に取り組んでいる。また特定非営利活動法人(NPO法人)が主体となっているものなどもある。しかし,現在の制度ではこれらの団体は地域団体商標の権利者にはなれない。そこで,日本国特許庁は,権利者となれる主体を商工会,商工会議所,NPO法人にも拡大する方針を示した注11)。「なみえ焼きそば」や伊勢崎商工会議所が取り組む「いせさきもんじゃ」,NPO法人小豆島オリーブ協会が取り組む「小豆島オリーブオイル」など,さらなるご当地ブランドが登録される日も遠くないと思われる。
地理的表示などのご当地ブランドは,地名が含まれることから,地名に由来する産品についても歴史が長い旧大陸の方が保護に熱心である。新大陸の場合,旧大陸から移民してきた人が生産技術も一緒に持ち込みワイン,チーズなどの産品を生産してきた。さらに地名も旧大陸にちなんだ地名があるなどの事情があり,旧大陸に由来する名称,表示がすべて使えないとなると困ってしまうからである。
さて,いろいろな形で保護されるご当地グルメであるが,これを守るのに権利者たちが気を付けていることがある。それは名前の普通名称化である。特別の名前であれば特定の権利者が独占的に使うことは認められるが,普通名称まで独占してしまっては,やりすぎである。例えば,「うどんすき」は,当初は特定の商品を示すものであったが,その後,うどんを主材料とし魚介類,鶏肉,野菜類等の各種の具を合わせて食べる鍋料理を示す普通名称として定着した注12)。ご当地モノの例としては,ソーセージなどに付けて食べると美味しい粒マスタードソースで「ディジョン・マスタード」がある。これは元々,フランスの都市ディジョンのマスタードのことを指していたが,今や産地によらずマスタードの種類を示す名称となってしまっている注13)。
普通名称化してしまうと,これまで使ってきたブランドが使えなくなってしまうので大変である。したがって,権利者は商標などが普通名称化しないような努力をする。例えば,表示に「登録商標」と記したり,他人が使っている場合はこれをやめさせるような行動をとったり,コマーシャルを流して誰の商標(地理的表示)であるかを一般に知らしめるといった具合である。
普通名称について,アメリカの例は興味深い。移民の国であるアメリカのワイン作りは移民がもともと住んでいたヨーロッパから伝わった。当初は,米国の消費者はワインに使われるぶどうの品種にも詳しくなかったので,アメリカの生産者たちは,ワインの特徴を示すのにヨーロッパのよく知られた地名を使って,カリフォルニア・シャブリなどとして販売してきた注14)。このような経緯もあって,アメリカではBurgundy(ブルゴーニュの英語表記),Chablis(シャブリ),Champagne(シャンパン),Sherry(シェリー)などは半ば普通名称化しているとして,半普通名称(Semi-Generic)としてワインの名前に使うことを認めている注15)。したがって,フランスのシャンパーニュ地方で生産されたものでなくてもCalifornia Champagne(カリフォルニア・シャンパン)という名前のスパークリングワインをアメリカ市場で販売することができるのである注16)。
こうして見てみると,普段目にしたり食べたりしているご当地グルメを巡って知的財産が絡んでいることがわかる。次回,スーパーに買い物に行ったときには,地理的表示,ご当地ブランドを探してみてはいかがか。パルマハムとロックフォールチーズをつまみにボルドーワインを傾けるも良し,大間マグロの刺身を輪島塗のお箸でいただきながら,くまモンのふるさと熊本の球磨焼酎を江戸切子のグラスで一杯というのもいいかもしれない。
夏目 健一郎(なつめ けんいちろう)
特許庁入庁後,審査官,審判官としてエレクトロニクス,コンピュータ関連の審査,審判業務に携わる。その間,カリフォルニア工科大学客員研究員,特許庁国際課,総務課,調整課審査基準室,外務省経済局,在ジュネーブ国際機関日本政府代表部などにおいて,特許行政,国際交渉にも従事。2012年からWIPO日本事務所。